かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのにじゅうろく 異変!七色の霧と弾幕地獄!(3)

 

 

~~~

 

 

 三枚目だよ。

 

 

 時計台の屋根の上から、今もレミィ達の弾幕を見ているよ。スペルが出るたびにドキドキして、ずっと見入っちゃうんだ!

 

 私の弾幕を見て、みんなはどう思うのかな。綺麗だと言ってくれるかな? 太郎くんにも、見てもらいたいな。

 

 どちらもすごくて、私なんかじゃ勝ち負けの予想なんて、全然できなかったの。でも、まさかあんなことになるなんて。

 

 なんて驚いているけれど、その出来事の理由を作ったのは、実は私でもあるんだよね。あぁ、後で怒られるのだろうな。

 

 何が起きたのか、気になっているよね。もったいぶるのは私の悪い癖かな?

 

 それじゃあ、教えてあげる。実はね――

 

 

~~~

 

 

 虹色の霧に包まれた空で、激しい弾幕が飛び交う。レミリアとパチュリーの魔力弾を躱しながら、霊夢と魔理沙は各々のショットを放つ。

 紅霧異変後、レミリアやパチュリーとは度々顔を合わせているし何度も弾幕ごっこをしているが、今日の二人は何かが違うと霊夢は感じていた。特に、レミリアの方だ。気合いが入っているというか、いつも以上に精密な狙いをつけてきている。

 大小さまざまな紅い魔力弾を避けながら、なぜあんなにも張り切っているのだろうと、ぼんやりと考える。やはり花子が原因だろうか。しかし、彼女らの目的は勝つことではないはずだ。

 熱くなりすぎているのかもしれない。この場には見知った顔しかいないので、気取らないで戦えていることも原因か。

 

 血の魔力弾をぎりぎりまで引きつけ、当たる寸前で身を捻り回避。同時にショットを放ち、霊力弾はレミリアの右足に当たった。一点の減点、レミリアとパチュリーの持ち点は、残り十一。

 ロングスカートが裂けてしまったが、ここにいる誰もが、もう綺麗な衣服ではない。レミリアも気にせず立て直し、すぐに反撃に出てきた。

 散弾のような紅い魔力弾の間を抜け、もう一撃見舞って同点にと思ったが、直後にそれを諦める。左右から挟みこむように、パチュリーの長いレーザーが迫っていた。魔理沙の光線と違い、腕の延長のように伸び続けている光線だ。

 パチュリーとペアで挑まれたのは初めてだが、こうも連携がうまいとは。舌打ちしつつ、一旦後退する。魔理沙が援護のショットを撃ってくれたので、パチュリーとレミリアも間合いを離してくれた。

 

 ショットを撃っても牽制にすらならない距離に下がり、箒の上でレミリア達を見据えている魔理沙に、霊夢は一言訊ねた。

 

「どうする?」

「私が行くぜ。今日は星成分が多いんだ」

「そう」

 

 星成分とやらについて霊夢はよく知らないが、どうやら空気中に存在している魔力のようなものらしい。魔理沙の魔法は、その星成分を使っていることが多いと聞く。

 撃ち合いが再開する前に、魔理沙がスペルカードを取り出した。カード宣言、三枚目。残りは三枚となる。

 カードをしまい、魔理沙が箒を加速させた。上空に舞い上がり、八卦炉を掲げる。目に見えない星成分が魔理沙の八卦炉に集まっていくのを、霊夢は気配で感じた。

 魔法の発動にレミリアとパチュリーが身構えた瞬間、魔理沙の八卦炉から、小さな星が噴水のごとく噴き出す。

 魔符「ミルキーウェイ」。星は空中で徐々に大きくなり、悪魔と魔女に降り注ぐ。星は空気中の星成分と干渉し、星成分は新たな魔力弾となってレミリア達を襲う。

 弾幕はパワーが信念の魔理沙だが、時にはこうした『らしい』弾幕を使うこともある。本人が楽しいかどうかは別として、このスペルは弾の形状が独特な上に突然魔力弾が生まれるため、避ける方は非常にやりづらい。

 この遊びにおいて、弾幕に火力はあまり意味がない。気絶狙いという戦法もあるにはあるが、妖怪が相手ならば威力がなくても避けづらい方が強い。弾幕ごっこには人一倍こだわりがある魔理沙がそれを知らないわけもなく、勝たなければならない場面では、こうした器用な魔法を惜しみなく使うのだ。

 それにしても、と霊夢は唸った。魔理沙はまた成長している。弾幕を見るたびに強くなっている。彼女を見ていると努力にもそれなりに価値があるのではと思ってしまう。

 

「……思うだけだけどね」

 

 言い訳気味に呟いて、腕組みを解き、霊夢は動いた。レミリアが星のシャワーを突破したのだ。このままでは、上空に回り込まれる。星の噴水に守られているとはいえ、レミリアの反撃を防げるほど魔理沙の魔法は強くない。

 少しでもレミリアに肉薄してスペルの発動を遅らせたかったが、スピードで彼女に敵うはずもなかった。颯爽と移動したレミリアが、真紅のカードを召喚する。

 カードを掲げ、レミリアが紅い瞳を光らせた。レミリアとパチュリーの残り枚数は、これで三枚となる。

 

「いくわよ」

 

 腕を噛み切って、レミリアは血濡れの唇を歪めながら両腕を空に突き上げた。大量の血液がふわりと舞い散り、瞬時に膨張、ショットとは比較にならないほどの大きさと量の魔力弾が形成される。

 無数の魔力弾が、一斉に動く。紅符「スカーレットマイスタ」。次々と生み出される血の弾丸は、スペルにパチュリーを捉えて動けない魔理沙を狙う。

 やたらめったらな力技に見えても、スペルは必ず避けれるように配置されている。それを知っている魔理沙は、スペルを中断せずに細かく動き、冷静に第一波を避けきった。だが、スペルを発動しながらの回避は、やはり危うい。

 残りカード枚数に余裕はない。しかし、言ってもいられない。霊夢はポケットに手を突っ込んで、カードを引っ張り出す。カード枚数は、これで二枚にまで減った。

 

「宣言!」

 

 聞こえるように叫んでやると、レミリアが目を見開いてこちらを見てきた。星のシャワーを避けるのに必死なパチュリーにも、聞こえただろう。霊夢は素早く術式を編み上げる。

 警戒するかと思われたレミリアが、こちらを見もせずに腕を噛んで血を振り撒き、第二波の弾幕を作り上げようとした。魔理沙が歯を食いしばるのが見えた。間に合うか――。浮かんだ雑念を振り払い、霊夢は術を発動させる。

 今までのどの札よりも強く輝く博麗の札を、投げつけた。たった一枚なので簡単に避けられたが、何か挑発めいたことを言おうとしたレミリアが、直後、焦燥に包まれる。札が弾け、聖なる光の柱が発生、レミリアを飲み込んだ。

 神技「八方鬼縛陣」。光の柱に被弾判定はないが、その光は妖怪人間問わず、動きを強烈に縛り付ける。レミリアはほとんど身動きが取れなくなり、作った血の魔力弾が霧散し消えていく。

 

 一見すれば反則的な技だが、この術には致命的な欠点があった。それは、自分もほぼ動くことができなくなるということだ。本来のスペルカードルールならまだしも、弾幕ごっこでは使い物にならないスペルだった。

 しかし、タッグバトルとなれば話は別だ。レミリアの動きを縛り付け、魔理沙がスペルに集中を始める。これで実質、魔理沙とパチュリーによる一対一の戦いとなった。

 

 そう思った、次の瞬間。

 

「霊夢!」

 

 聞こえたのは魔理沙の声だ。まさかと思って見れば、星の雨を避けながら、パチュリーがスペルカードを召喚しているではないか。カードの色と魔導書の輝きは、翠玉(すいぎょく)色。残り枚数は、双方共に二枚。

 魔理沙への反撃であってくれという思いは、あっけなく潰えた。霊夢の真下――紅魔館の庭が大きく隆起し、カードと同じ色をした巨大な宝石が、霊夢目掛けて真っ直ぐ立ち上がってくる。

 土金符「エメラルドメガロポリス」。外の大都市にあるビルという建物をイメージしたらしいエメラルドの塊は、近づくにつれてその大きさを知らしめてくる。舌打ちをこぼしつつ、霊夢は術を解いた。その場から離れ、真後ろにそびえ立った魔法の石を振り返りもせず、レミリアの様子を伺う。

 まるでパチュリーの反撃を読んでいたかのように、もうスペルの魔力弾を精製して魔理沙を狙っている。

 

「やらせないッ!」

 

 再び術を発動し、レミリアを縛る。しかし、少し遅かった。魔力弾の多くが射出されてしまう。少しは量を削れたものの、それでもショットとは比較にならない。なんとか避け切れたらしい魔理沙も、冷や汗を隠せていなかった。

 光の柱に包まれているレミリアが、にやりと笑う。間に合わなかったことへの嘲笑と取りかけたが、すぐに気づく。先ほどの宝石は消え、新たなエメラルドが足元に迫っていた。

 やむを得ず術式を解き、再びエメラルドを回避、すぐにレミリアを捕縛する。しかし、その抵抗も強い。スペルの残り時間以上に、霊夢の霊力が削られてしまう。

 

「魔理沙、早く!」

「分かってるから黙っててくれ!」

 

 自分を守るように頭上から星を出していた魔理沙は、八卦炉を真下に向けた。噴水のように溢れていた星は一転、流星の瀑布となり、パチュリーを押し潰さんと流れ落ちる。

 慌ててくれればと思ったが、パチュリーは星の滝にいながら冷静に場所を選んで移動し、魔法を詠唱し始める。その過程の滑らかさには驚いたが、真下の地面が盛り上がるのを見て、霊夢はまたも術を解くはめになった。

 青緑の岩塊を躱し、レミリアの足元を追跡する札に霊力を込める。八方鬼縛陣のスペル時間は短い。あと何度、彼女らの動きを封じられるか。難しいところだった。

 考えている猶予はない。術を発動させ、レミリアを縛りつける。まさに魔力弾を放つ寸前だったらしい彼女は、苛立たしげに霊夢を睨みつけてきた。

 

「ざまぁみなさい」

 

 ほくそ笑みながらも、頬を汗が伝う感触だけは騙せなかった。霊力で相手を縛る術は、酷く消耗する。それがレミリアほどの大妖怪となれば、なおさらだ。

 捕縛術が切れてしまうと、回避と見なされ相手に加点となる。魔理沙がレミリアを狙う手も考えたが、そうなればパチュリーが自由になってしまう。全員がスペル発動中となると、好きなように身動きが取れないのだ。霊夢が攻勢に出ていれば、少しは違ったのかもしれない。

 

「この術を選んだのは、失敗だったわ」

 

 後悔の念を呟いたところで、気持ちが楽になるわけでもない。刻一刻と迫る時間制限に、焦りが募るばかりだ。

 思考に気を取られたのか、霊夢は一瞬、術の霊力を弱めてしまった。直後にレミリアが捕縛を打ち破り、光の柱が消滅する。レミリアは血の魔力弾をすぐさま生み出し、魔理沙へと放った。

 刹那の出来事だった。攻撃に力を入れている魔理沙が避けられる保証はない。

 ならば、敵の被弾率を上げるまでだ。捕縛術の時間は、まだわずかに残っている。博麗の札を作り出し、霊力を込める。札が白く輝き、新たな捕縛術を完成させた。

 パチュリーが気づき、魔法を放つ。渾身の一撃だ。大地を揺るがす轟音と共に、幾本ものエメラルドの塊が霊夢に迫る。その隙間をくぐり抜けながら、パチュリーへと札を投げる。一直線にパチュリーの下へ滑り込んだ札が、弾ける。

 もう足元まで来ていたエメラエルドが、消滅した。時を同じくして、光の柱が立ち上る。パチュリーを縛ることに成功したのだ。こうなれば、後は魔理沙のスペルに任せるのみ。

 しかし、容易ではない。レミリアのスペルもまた、今まで以上に力を入れている。星の滝を埋め尽くす血の散弾のなかで、果たして魔理沙は避けられているのだろうか。

 

 ほんの数秒にも満たない時間が、酷く長く感じられた。捕縛術に力を入れる中で聞こえてきた衝撃音は、誰かが被弾した音だ。

 全員が一斉に、スペルを中止する。見てみると、避け切ったらしい魔理沙は、どうだとばかりに自慢げな顔を霊夢に向けている。

 被弾したのは、パチュリーだった。ふらりと揺らいで、真っ逆さまに落ちていく。レミリアが悲鳴を上げる。

 

「パ、パチェ!」

 

 パチュリー、スペルに被弾。レミリアとパチュリーの残り点数、八点。全員がスペル発動中だったため、霊夢と魔理沙に点数変動はなく、十点から変わらず。

 

 一番近くにいた魔理沙が駆けつけるより速く飛び寄り、レミリアがパチュリーを抱きとめた。

 逆転した喜びを味わっている暇はなく、霊夢もパチュリーの元へと急ぐ。一応は敵対関係とはいえ、彼女には世話になることもあるし、弾幕だけでなく酒も交わす仲だ。さすがに心配になった。

 魔理沙と並んで、様子を伺う。レミリアの腕の中で、パチュリーが小さく呻き声を上げた。

 

「うっ……」

「大丈夫? どこに当たったの?」

「あ、頭よ……。真上から降ってくるんだから、当たり前でしょ……」

 

 苦しげに漏れる声に、どうしたらいいか分からないらしいレミリアが、霊夢に視線で助けを求めてきた。突然振られて困ったが、兎にも角にも確認しなければならないことがある。

 酷なことで言い難くはあるが、聞かねば始まらない。霊夢ははっきりと訊ねた。

 

「どうすんの? 戦えるの?」

「……残りは二枚で、点数は八対十か。決着までは遠いわね」

「パチェ……」

 

 心配そうな親友に顔を覗きこまれ、しかしパチュリーは笑った。

 

「咲夜と美鈴は降参だったんでしょう、魔理沙?」

「そうだな。逃げられたぜ」

「なら、逃げるわけにも行かないわ。紅魔館の、レミィの沽券に関わるから」

 

 よほどレミリアが大事と見えるパチュリーは、なんとか自力で飛んだ。ふらふらと非常に危なっかしく、レミリアに肩を支えられている状態だ。とても戦える様子ではないし、彼女自身もそれは分かっているだろう。

 しばし思案してから、パチュリーは霊夢に向き直った。

 

「悪いけど、私はこれまでよ。でも、レミィはまだ戦える」

「二対一になるわよ? 勝ち目があると思ってるの?」

「厳しいでしょうね。だから、私は交代しようと思うの。どうかしら、ルール違反ってことにはならないと思うのだけれど」

 

 唐突な提案に、霊夢は魔理沙と目を見合わせて驚いた。タッグルールですら珍しいというのに、交代とは。確かにルールで定めていないし、所詮は遊びなので厳しくするつもりもない。しかし、花子にしろフランドールにしろ、ここで体力の有り余った者が入ってくるのは――

 

「いいぜ、面白いじゃないか」

「ちょ、魔理沙!」

 

 勝手に答えられ、霊夢は慌てた。しかし、魔理沙は言葉通り楽しそうに、

 

「いいじゃんか。二対一で叩きのめすより、正々堂々のが気持ちいいだろ? それとも、もしかして加勢をビビってたりするのか?」

「冗談じゃないわ。楽勝よ」

 

 ふんと鼻を鳴らしてから、まんまと乗せられたことに気がついた。反射的に堂々と答えてしまったので、前言撤回することもできまい。ムッと頬を膨らませて魔理沙を睨むが、笑い飛ばされてしまった。

 困惑の中に置いてけぼりになっているレミリアに、パチュリーが振り返る。

 

「そういうことよ、レミィ」

「ど、どういうこと?」

「聞いてたでしょう? 私は交代よ」

 

 オロオロと狼狽しているレミリアは、歳相応の子供にしか見えない。先ほどまであんなに戦闘狂の一面を見せていたというのに、その姿を思い出せなくなりそうなほどだ。

 

「交代っても、誰とするの? フランと花子はダメよ、あの子達はあとで一緒にやるんだから」

「分かってるわよ。大丈夫、ちゃんと考えているわ」

 

 紅魔館の方を向くパチュリー。釣られて、皆が同じ方向へ視線を動かす。

 もう、霊夢は彼女が誰と交代するつもりなのか見当がついていた。魔理沙も恐らくそうだろう、上等じゃないかと、帽子の下で瞳を光らせている。レミリアは、分かっていなそうだが。

 

「もう一匹、いるじゃない。暇そうにしている天狗が」

 

 弱々しく宙に漂うパチュリーが、静かに言った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「いや、暇じゃないんで」

 

 手を振りながら、文が答える。突然パチュリーと代われと言われて、驚きを通り越して呆れているようだ。

 パチュリーが被弾し気絶しかけた瞬間、花子の耳元で小悪魔が尋常ならざる悲鳴を上げた。すぐに恥ずかしさから赤面していたが、花子の耳は未だにキンキンしている。

 空の遠くには、待ち構えている霊夢と魔理沙が見えた。あんなに激しいスペルの撃ち合いをしていたというのに、疲れた様子は見せていない。

 

「暇でしょ。どうせ今はやることないんでしょ」

「レミリアさんにはそう見えるのかもしれませんが、私には私なりにやることがあるんですよ」

「それは私と弾幕ごっこのペアを組む光栄よりも、大切なことなのかしら?」

「大切ですねぇ」

 

 歯軋りをしながら睨まれても、文は一切動じずにペンを動かしている。きっと今の言動も一言一句逃さずメモしているのだろう。

 しかし、交代とは。花子とフランドールはとても驚いていた。禁止されているわけではないらしいが、花子はおろかフランドールもあまり聞いたことがない事例である。

 事の顛末を興味津々に眺めていると、文がこちらを向く。目が合って、これは嫌なことを言われるなと、花子は直感した。

 

「どうして私が、こんなちんちくりんの便所妖怪のために戦わにゃならんのですか」

「絶対言うと思ったよ、そういうこと」

 

 半眼で呟くと、フランドールが愉快そうに笑った。彼女はどうやら、花子と文の悪口合戦がお気に入りらしい。

 レミリアの説得では無理と見たのか、パチュリーが文の手を掴んで筆を止め、

 

「そうは言っても、もう霊夢達に宣言してしまったわ」

「知りませんよ、そんなこと」

「ただとは言わない。あなたにとって有益な報酬を約束しましょう」

「……ほう。例えばそれは、新聞の一番ネタになりそうな情報とか、でしょうか」

 

 唇を歪め、文が交渉の体勢に入った。顎に手を当てて考えるような仕草をしてから、パチュリーが答える。

 

「そうね……、小悪魔のスリーサイズとか。すごいわよ?」

「ちょ、ちょっとパチュリー様!」

 

 首まで真っ赤にして小悪魔が怒鳴るが、文は淡々と、

 

「結構です。この悪魔は滅多に紅魔館から出ませんし、知らない妖怪のそんな情報で得する者なんていません。例えすごくても」

「あらそう、残念」

 

 呆気無く流されてしまい、小悪魔は顔を赤くしたまま、怒りに震えている。一方、小悪魔の主は気に留めることもなく、破れて汚れたローブを払いながら、

 

「困ったわ、他に何かあるかしら」

「それしか考えてなかったんですか? 私がそんなものに食いつくとでも?」

「思っていたわ」

「……」

 

 じっとりと()めつける文に、パチュリーは涼しい顔で「本当にすごいのよ」と呟いた。スリーサイズなるものと無縁な体型の花子にとっては羨ましいようなどうでもいいような、複雑な心境である。

 ともかく、このままでは霊夢達を待たせすぎてしまう。あの巫女を怒らせると怖いことは分かっているので、花子は文を説得することにした。

 

「いいじゃないですか、文さん。パチュリーさんの代わりに戦ってくださいよ」

「嫌よ。なんであんたのために」

「それもおかしいよ、別に私のためじゃないもの。代わってって言ってるのはパチュリーさんだし、負けても勝っても私は文句を言うつもりなんてないです。霊夢達が来たら、フランちゃんと一緒に弾幕をするってだけ。守ってもらおうなんて、思ってないよ」

「ぐ……。まぁそうだけど、花子のため云々なしにしても、せっかく主犯に独占インタビューするチャンスを手に入れたのよ。しかも現場で、リアルタイムに。こんな機会を逃す手はないわ」

 

 そんなに血眼になって取材するほどの異変ではないだろうに、最近はよほどネタに困窮しているのだろうか。

 新聞のために一生懸命なのは本当なので少し申し訳なかったが、レミリアを独りで戦わせるのはもっと辛い。仕方ないのだと自分に言い聞かせながら――心の奥底では若干楽しみながら――、花子は文を煽った。

 

「本当は、怖いんじゃないんですか?」

「なんですって?」

「霊夢達に退治されるのが怖くて、私達をダシに逃げようっていうんでしょ? 霊夢も魔理沙も強いもの、文さんが震え上がっちゃうのも分かるなぁ」

「ちょ、挑発には乗らないわよ」

 

 言いつつも、文の頬はひくひくと痙攣して、確実にボルテージが上がっているのが見て取れた。

 いつもは冷静沈着な文だが、山での一件からか、どうやら花子の挑発にだけは弱いらしい。もうひと押しだ。

 

「そっかぁ、文さんは怖いんだ。だから取材だーなんて言って、私たちの背中に隠れてるんですね。あぁよしよし、私が守ってあげますよー」

「あんた……」

「だって本当のことじゃないですか。いいですよ、レミィとは私が戦うから。二戦くらいできるもの、臆病者の文さんの代わりにがんばってあげます」

「この……クソガキ……!」

 

 我ながら、こんなことを言われたら腹が立つだろうという言葉を立て並べた。やはり性に合わないのか、少しばかり罪悪感が心の中に引っかかっているが、ここまで来て引き下がるわけにもいかない。

 レミリアの手を引いて、花子はにっこりと笑った。

 

「じゃあ行こ、レミィ」

「え、でもダメよ。連中と二連戦だなんて、花子にはきつすぎるわ」

「そうだよぅ。私と遊ぶ体力がなくなっちゃうよ」

「いいのいいの。弱虫天狗よりマシだよ」

 

 吸血鬼姉妹の静止も聞かず飛ぼうとした花子だが、突然後ろから襟元を引っ張られ、時計台の屋根に転がった。

 

「あいたっ」

 

 頭を抑えて立ち上がると、憤怒のあまり修羅のような顔になった文が、空に飛び上がっている。煽っておいて逃げ腰になるのは格好がつかなかったが、花子は彼女の顔を直視することができなかった。

 

「いいわ、私が行ってあげる。天狗を怒らせたらどうなるか、あんたに見せてやるわよ、便所娘」

「そ、そうですか。せ、せいぜいがんばってください」

 

 何とか煽る口調を保ったものの、声は見事に上ずっていた。怖いのだから仕方がない。

 強風が吹き荒れ、文は猛スピードで霊夢と魔理沙に向かっていった。後に続くべくレミリアも飛び上がったが、

 

「うぅん、大丈夫かしら。あんな天狗と一緒に戦わなきゃならないなんて」

「ごめん、ちょっとやりすぎたよ」

「あ、いいのよ。私のために文をけしかけてくれたんだものね。ありがと、行ってくるわ」

 

 ウィンクをして、レミリアも飛び去っていく。

 なんとか文を戦いに向かわせることができたものの、花子はこのあと自分に返ってくるであろう仕返しを想像して、背筋を震わせた。

 その様子を見ていたパチュリーが、ぼそりと呟く。

 

「自業自得ね」

「……パチュリーさんのためでもあったんですけど」

「頼んでないわ。あなたが勝手にやったことでしょう」

「ひどいなぁ」

 

 ぼやいてみても、パチュリーはまるで相手をしてくれなかった。小悪魔を引き連れて着替えてくると短く告げ、館の中に入ってしまう。

 珍しく黙っていたフランドールが、羽のクリスタルから霧をモクモクやりながら、花子の頬を突っついた。

 

「こうなるだろうなって、思ってたよ」

「じゃあ止めてよぅ。文さんが相手だと、なんだか私、嫌な子になっちゃうみたい」

「いいじゃない。妖怪なんだから、嫌いな奴を煽るくらいできなきゃ嘘だわ」

 

 悪びれることなく笑うフランドール。しかし、花子はなんとも複雑な気持ちで、

 

「文さんのこと、別に嫌いってわけじゃないんだよね」

「そうなの? あんなに仲が悪いのに?」

「なんて言ったらいいのかなぁ。嫌なことをされるとムカッとするし、私もついつい口が悪くなってしまうけれど、そういうのとは違うんだよね」

「ふぅん、変なの」

 

 それはいわゆるライバル意識というものなのだが、言葉では知っていても実際に感じるのが初めての花子には、それがそうだと自覚するまでに、まだまだ時間がいりそうだ。

 結局分からずじまいで、花子とフランドールは揃って「まぁいっか」と肩をすくめる。

 突然、純色の霧が満ちる空に凄まじい濃さの妖気が充満し始めた。驚いて見れば、文の周囲に淡いグリーンの妖気が高く立ち上っているではないか。

 

「おぉー、あの天狗も結構やるじゃん」

 

 フランドールが感心したかのように腕を組む。しかし花子は、その膨大な妖力に圧倒されるばかりだ。

 以前の決闘とは明らかにレベルが違う強い力に、今更ながら、文のとんでもないスイッチを押してしまったことに気付くのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 隣で無駄に張り切っている文に、レミリアは半眼を向けざるを得なかった。

 

「ちょっと、あんまり飛ばし過ぎないでよ」

「ふん。私はあなたより遥かに長く生きてる大妖怪、烏天狗の射命丸文ですよ。言われるまでもないわ」

「その大妖怪が、花子に煽られて顔真っ赤にしてどうするのよ」

 

 火に油を注ぐ発言であったが、文は答えずにただ妖気を滾らせるばかりだ。対峙している霊夢と魔理沙も、その怒り心頭っぷりに呆然としている。

 文の前だと花子があんなにも毒舌になるとは思わなかったが、教科書通りの良い子だった花子の意外な一面を見て、実は嬉しくもあった。むしろ、あの花子の方が好きだと思ってしまう。

 おかげで文にも火がついたし、レミリアも一人で妖怪退治のプロ二人を相手にせずにすんだのだから、花子に救われたと言っても過言ではない。負けねばならぬとはいえ、彼女のためにも無様な戦いだけはしたくない。

 

「で、始めていいの?」

 

 大幣を肩に担ぎながら、霊夢が言った。痺れを切らしたというわけではなさそうだが、それでも早くことを片付けたいという気持ちは嫌というほど伝わってくる。

 文を見ずとも、彼女が戦闘準備――あるいは、八つ当たりの準備――済みであることは、その巨大な妖力から分かる。

 魔理沙も霊夢も、同じことを感じたようだ。八卦炉と大幣をそれぞれ構え、

 

「確認するわよ。私達の持ち点があと十点、あんたらは八点。カードはお互いに二枚。間違いない?」

「えぇ、結構よ」

 

 頷いて答えると、霊夢と魔理沙は仕切り直しの間合いまで下がっていった。

 睨み合う状況になるや、怒り冷めやらぬ文が、歯軋りが聞こえてきそうな声で告げる。

 

「足を引っ張るんじゃないわよ」

 

 怒りの矛先は花子かそれとも文自身か、レミリアには分かりかねたし、分かりたいとも思わなかった。

 ともかく、まるで自分が格下だと言われたようで、レミリアは小さく鼻を鳴らし、

 

「そっちこそ。せいぜい私のために働きなさいな」

 

 文は答えず、霊夢達の背後を取らんと飛び出した。直後、魔理沙のレーザーがレミリアを急襲する。

 よそ見していたが、油断までしていたわけではない。即座に動いて光線を避け、親指の付け根を噛む。血が吹き出し、魔力弾と変化した血の弾を、思い切り蹴飛ばす。

 霊夢の札を砕き貫きながら迫る血の弾丸は、しかし札の霊力によって小さく削られてしまう。こうなってしまうと、魔理沙も霊夢も簡単に避けてしまうのだ。

 

 やはり一人では厳しい相手だった。しかし、コンビネーションは絶望的とはいえ、文がいる。素早く人間二人の死角に回り、赤と青の妖弾を輪にして、無数に散りばめる。遊びのない、密集した弾幕だ。

 背後からの奇襲だというのに、どちらも焦ることなく即座に対応してくる。霊夢よりも素早い魔理沙が、文を撹乱するためにレーザーを乱射し始めた。同時に霊夢が、分厚いショットの弾幕をレミリアに向かって展開する。

 さすがに手強いが、今はこちらが挟撃している状況だ。相手の虚をつければ、一気に攻めることができる。文が放つリング状のショットは、広く濃くばらまかれており、パチュリーとレミリアの弾幕に慣れ始めていた霊夢達は、順応するまでに時間がかかるはずだ。

 次々に血の魔力弾を生成し、殴っては蹴ってぶっ放す。魔理沙のレーザーが首元を駆け抜けていっても、また霊夢の札が執拗に追ってこようと、レミリアは攻撃の手を緩めない。

 

 パチュリーと組んでいた時よりも、弾幕の密度はずっと濃くなっている。親友を弱いと言うつもりはないが、やはり天狗とはかなりの差があるということか。ショットを放つだけで、霊夢と魔理沙という猛者を同様させるだけの力を、文は持っている。

 そしてそれは、レミリアも同じだ。血の雫が膨れ上がり、レミリアの身長よりも遥かに大きな魔力弾が完成する。爪で切り裂くと、それは爆散し、虹色の霧を埋め尽くすほどの紅が空に散らばった。弾幕は霊夢と魔理沙目掛けて、空を切って進む。

 対角からは、文が宝石のような赤と青のリングをばらまいている。放っている文自身も止まることなく移動し続け、反撃の札やレーザーをするすると回避している。見ていて安心できるその回避力に、天狗の身体能力の高さが垣間見える。

 無論、肉体の屈強さやスピードならば、吸血鬼も負けてはいない。反転して高速で接近してくる魔理沙の、いくつもの白い光線をぎりぎりまで引きつけて避け、すぐそばまで来ていた魔理沙に、口元を歪めて見せる。

 

「ちょこまかと、鬱陶しいチビだ」

「愚直なのよ、お前の光は」

 

 一言交わし、魔理沙が背後へ抜けていく。霊夢を警戒しつつ振り返り、レミリアは魔理沙へ追撃の魔力弾を放った。箒に跨る小さな背中へ、血の弾幕が飛びかかる。

 勘か、あるいは経験か。魔理沙は一瞬こちらを振り向いただけで、あとは見もせずにレミリアの弾幕を避けてしまう。

 

「やるわね」

 

 呟いて、腕を噛んで血を散らし。生成した巨大な魔力弾を、オーバーヘッドキックの容量で霊夢がいる背後へと蹴っ飛ばす。短く小さな足からは信じられないほどの力で放たれた蹴りを受け、血の塊が弾けて霊夢に降り注ぐ。

 文の弾幕に集中していたはずの霊夢はすぐに気づき、一旦下降して反転、レミリアと文の弾幕を前に恐れるでもなく正確な回避を見せた。

 埒があかないような戦いに、レミリアは少しばかり焦れてきた。とはいえ、カードの枚数から考えて、まだスペルを使うわけにはいかない。カードで点を奪い切るためには、少なくともショットで四回当てなければならない。勝ってはいけないという気持ちは、完全に消滅していた。

 背中に強い気配を感じる。振り返らずに急上昇し、すぐそばまで迫っていた魔理沙のレーザーを躱した。くるりと宙返りをし、落ちかけた帽子を押さえながら、強襲を読まれて慌てる魔理沙を見下ろす。

 

「残念でした」

「ちぃッ!」

 

 急旋回して攻勢に出る魔理沙だが、それよりも早く魔力弾を作り出し、ばら撒いた。二人の間に、距離はほとんどない。避けられる距離にない血の弾幕を目の前にして、魔理沙が悔しげに眉を寄せるのが見えた。加速直後の弾幕の直撃を受け、魔理沙が箒から落下する。

 

 魔理沙、ショットに被弾。霊夢達の持ち点は九点に減少する。

 

 すぐに箒を呼び戻して乗り直し、魔理沙はその柄を拳で殴りつけた。

 

「くそっ! 何やってんだ私は」

「お疲れみたいね。そろそろ帰ったら?」

「そうします、って言うと思ったか?」

「まさか」

 

 八卦炉を構える魔理沙を見て、即座に離れる。霊夢はどこにいるかと見てみると、相棒の被弾にもお構いなしに文と激闘を繰り広げていた。心配の一つくらいしてやったらどうだと、悪魔のレミリアが気の毒になってしまう始末だった。

 

「ふぅん、次はあの子の士気を削ぎましょうか」

 

 純白のレーザーを二、三度避けてから、霊夢目掛けて一気に加速する。引っ掻いた腕から舞い散る血で弾幕を作り、背中を向けている紅白の巫女服に狙いを定めた。

 しかし、文に集中しきっていると思っていた霊夢が、こちらを向いた。その悪魔すら貫く冷たい瞳に、悪寒を覚える。すぐに自分の心を殴りつけ、お構いなしに魔力弾を叩きつける。

 血の雨が降り注ぎ、かつ文の妖力弾にも狙われている中で、霊夢は反撃してきた。圧倒的に有利なのはこちらだというのに、レミリアは迫りくる博麗の札に恐怖すら覚える。

 

「……っ」

 

 魔理沙を打ちのめして有頂天になっていたというわけではないが、レミリアはもとより傲慢だ。少しでも相手を見下せてしまうと、条件反射的に油断が生じてしまう。昔からの悪癖だった。

 その油断を掴まれた。大した数でもない霊夢の札に当たるまいと、必死に避ける。先ほどまでなら苦にもならなかったショットが、まるで難攻不落のスペルのように思えてくる。

 

「なんで、こんな」

 

 歯噛みをしながら、体勢を立て直す。わずかに落ち着いた直後、霊夢を挟んで反対側にいる文が、叫んだ。

 

「上を見なさい!」

「くッ!?」

 

 振り返り、見上げ、戦慄する。真上から、迷わず降下してくる魔理沙が見えた。重力も味方につけた彼女は、いつもより数倍の速度で迫っている。

 回避をと思う前に、視界が幾本ものレーザーで埋め尽くされる。あまりの眩しさに、思わず帽子を両手で抑えてうずくまった。光線に打たれて、体中を痛みが走り抜ける。

 

 レミリア、ショットに被弾。持ち点は七点に減少する。

 

 なんという失態。なんという屈辱。レミリアは霊夢に呑まれたのだ。悔しさのあまり、頬が引きつる。

 

「おいおい、私らにビビってんのか? 吸血鬼サマも、思ったより大したことないな」

 

 ショットを当てた魔理沙が、意地の悪い笑みを見せてきた。そのくせ邪気がなく、まるでフランドールにイタズラをされた時のような気分だ。

 文の視線が痛かったが、当たってしまったものはどうしようもない。責められても無視しようと心に決めて、レミリアは魔力弾を作り出す。

 

「まだまだこれからよ。あなたの稚拙な魔法で、私に抗ってみなさい」

「当たったくせにほざくなよ。天狗もろとも吹き飛ばしてやるぜ」

 

 向けられた八卦炉が輝きを放つ。見れば、文と霊夢の周囲にも、各々の弾幕が展開されていた。

 いかに早くスペルで削りきれる点数まで減らせるか。恐らくこの戦いで、もっとも激しいショットの撃ち合いとなるだろう。

 連戦の疲れがあるはずの霊夢と魔理沙だが、彼女らは異変解決の際に何度も弾幕ごっこをくぐり抜けて本丸に辿りついている。スタミナ切れを狙うのは得策とはいえないだろう。

 文との共闘で、どこまで有利に戦えるか――。そこまで考えて、レミリアは思考を停止した。幾枚もの博麗の札の間を翔け抜け、思うまま、感じるままに、真紅の魔力を解き放つ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 弾幕ごっこのルールでは、終盤になればなるほど、どうしてもショットの撃ち合いになりやすくなる。「スペルを避けられたら二点加点」というルールが、それを更に酷くさせていた。開始早々スペルを放つことも多々あるフランドールからすると、少し鬱陶しいルールである。

 とはいえこの現象は、遊びの発案者である霊夢達によれば、狙った通りのものであるらしい。高難度のスペルを使えない者への救済処置であるとか。避けることに集中して、ショットで粘り勝ちを狙えば、妖精でも大妖怪に勝てるはず、という理屈らしい。

 弾幕ごっこの華は、スペルにある。これは魔理沙とも散々語ったことで、ショットに重きを置く弾幕ごっこはいまいち派手さが足りないなと、常々考えていた。

 今現在空中で繰り広げられているショットの撃ち合いは、激しい戦いではあるのだが、フランドールにはどうにも退屈なものだった。

 

「早くスペル使わないかな。つまんないなぁ」

「当てられれば大きなアドバンテージになるけれど、さすがにどちらも慎重ね」

 

 着替えから戻ってきたパチュリーが、屋根の縁に腰掛けて評論する。言われなくともそんなことぐらいは分かるので、あえて頷くようなこともしなかった。

 それにしても、思った以上に長い戦いになっている。最初こそ楽しかった空のお絵かきも、いい加減飽きてしまった。いっそ太陽を出して無理矢理終わらせてやろうかとも思ったが、そんなことをしたら姉に酷く怒られるだろうから、しぶしぶ我慢しているありさまだ。

 ちらりと花子を見ると、両手を握りしめて必死にレミリア達を応援している。次に戦うのは自分だというのに、応援だけでエネルギーを使ってしまいかねない緊張ぶりだ。

 大して興味なさそうに弾幕を見上げていたパチュリーが、独り言のような声音で、

 

「それにしても、あの天狗。渋っていた割りに張り切っているわね」

「だねぇ。花子にあんな言われ方したから、腹いせかな?」

 

 意地悪く言うと、手に汗握っていた花子がじっとりとした半眼をこちらに向けてきた。

 

「せっかく忘れかけていたというのに、フランちゃん酷いよ」

「現実から逃げちゃダメよん、花子」

 

 人差し指を立ててみせると、花子はそっぽを向いて観戦に戻ってしまった。先ほどの熱意はすっかり奪われてしまったらしく、幾分冷めた顔でレミリアの動きを追いかけている。

 よくも飽きないものだなと感心しつつ花子のおかっぱ頭を眺めていると、パチュリーのために用意したハーブティーを、小悪魔がおすそわけしてくれた。レミリアはあまり好きではないらしいが、図書館に入り浸っていたフランドールにとって、小悪魔の茶は慣れ親しんだ味だ。

 息を吹きかけながらお茶を頂いている間、花子が悲鳴やら歓声やら、忙しく叫んでいた。初めて紅魔館で出会った時に比べて、ずいぶんと垢抜けたものだ。

 ふと戦いを見上げれば、撃ち合いはいっそう激しくなっている。フランドールが目を離した間に、戦況が大きく動いたらしい。

 

「花子、今何点?」

「えっと、レミィ達が五点で、霊夢と魔理沙は七点だよ」

「ありゃ、結構減ったね。そろそろスペルが来るかな?」

「そうね。決着が近いわ」

 

 先ほどまで弾幕のまっただ中にいたというのに、パチュリーはもう完全に他人事である。従者の小悪魔も、これにはさすがに苦笑を隠せないようだ。

 まだ自分達との戦いが残っているというのに、霊夢も魔理沙も飛ばしすぎではないだろうか。手応えのない弾幕ごっこはしたくないので、フランドールはその一点だけが心配で仕方なかった。

 せっかく花子のために起こした異変なのだ。彼女には特に、目一杯楽しんでもらいたい。そんな気持ちを悟ってくれたらしく、パチュリーが着替えから戻ってきた時に持ってきた鞄を指さした。

 

「妹様、安心なさいな。こうなるだろうと思って、あの子達のために即効性の栄養剤を用意したわ。効き目は抜群よ」

「……本当に大丈夫? パチュリー、薬作るのは苦手だって言ってたじゃない」

「簡単な薬剤の調合くらいならできるわよ。伊達に百年も魔女をやっていないわ」

「実験台は、主に私ですけどね」

 

 小悪魔の控えめな訴えを完全に無視して、パチュリーは瓶入りの栄養剤を一本取り出し、

 

「主成分はにんにくだし、その他にも薬草を数種類入れただけよ。魔理沙が持ってくるキノコよりずっと安心だと思うのだけれど」

「うへぇ、にんにく……。私とお姉さまはダメだね」

「無臭にんにくよ。それにあなた達はそんなものを飲まなくても、元気じゃないの」

 

 なるほど確かにと、フランドールは妙に納得してしまった。弾幕ごっこ程度の運動ならば、いくらやっても疲れる気がしない。

 霧を出すことに本格的に飽きてきたせいで、空の色はごちゃごちゃと濁り不気味な色合いとなっている。純色が混色になったおかげで目には優しくなったが、いよいよ異変らしい空模様だ。

 パチュリーと並んで屋根に腰掛け眺めていると、長い撃ち合いの果てに、とうとう霊夢が文のショットに被弾した。

 

「あ、当たった。これで霊夢達は六点?」

「そうなるわね。カードで決着がつく点数になったわ」

 

 霊夢と魔理沙にとっては死守したかった一点、レミリアと文にはどうしても削りたかった一点だったことだろう。大きな意味を持つ被弾だが、霊夢は遠目からでも冷静に見える。

 実際のところ、人間組二人に大した動揺はないだろう。ショットで粘っていたら、遅かれ早かれこうなるのだ。スペルに踏み切れなかった自分達の責任でもある。

 なんにせよ、この戦いはいよいよ決着に向けて動き出す。その証拠に、空で戦う少女達の妖気や魔力、霊力が、今まで以上に高まっていた。

 

「いよいよだよ、花子」

「う、うん」

 

 食い入るように見つめる花子を邪魔したくはなかったが、このままでは本当に観戦だけで疲れてしまう。背後に回りこみ、花子をひょいと抱えて、フランドールとパチュリーの間に座らせた。

 

「もう、もっと力抜いてよ。お姉さま達の弾幕、綺麗なんだから、もっと楽しもう」

「私は楽しんでいるよ。ただ、すごくて見とれちゃってただけで」

「真面目なのね、本当に」

 

 パチュリーに笑われ、花子は照れくさそうに「そうかなぁ」と頬を掻いた。

 屋根の縁で戦いの行末を見守る、三人の妖怪少女。しかしその内心は三者三様で、パチュリーはレミリアが怪我をしないことを祈り、花子はどちらもがんばれとどっちつかずな応援をしている。

 そんな二人と一緒にいながら、フランドールの頭の中は、自分が繰り広げたい弾幕のことでいっぱいなのであった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 欲を言えばもう少し削りたかったと、霊夢は少しだけ悔しがった。あと一点でも削れていれば精神的に優位に立てたし、二点削れれば圧倒的な優位に立てたのだ。しかし、被弾してしまったものは仕方がない。

 レミリア達の持ち点は五点、対する霊夢と魔理沙は六点となっている。もはや一点が大きな意味を持つ局面ではない。残りカードは双方共に二枚、力を出し尽くして決着をつける場面だ。誰もがそれを分かっているからこそ、宣言がなくともショットは停止していた。

 

「そろそろお終いにしようぜ。フランと花子がお待ちかねなんだろ?」

 

 帽子のつばをつまんで、魔理沙が言った。対するレミリアは、いつも通り小生意気な目付きで鼻を鳴らし、

 

「もう関係ないわ。本気で叩きのめしてあげる」

「私としては、もう十分憂さ晴らしできたので戻りたいんですが、ここまで来て引き下がるのもナンセンスでしょう。最後までお付き合いしますよ」

 

 言うとおり、先ほどまでの憤怒は消え失せている文だが、霊夢は彼女が今も本気になっているのをその妖気で感じていた。ただでさえ強い文だ。まったく厄介極まりない。

 しかし、相手の強弱は霊夢には関係のないことだ。異変解決の邪魔をする者――特に妖怪――は、例外なく潰す。今までもそうやってきたし、これからもその方針を変えるつもりはない。それは魔理沙も同じのはずだ。

 

「さて、誰からいく?」

 

 挑発的な魔理沙の口調に、何がとは誰も聞かなかった。各々が相手の顔色を、出方を伺い、一瞬、濁った空は静まり返る。

 ややあって、カードを取り出したのは、文だった。

 

「私は位置的に客将でありますし、レミリアさんにはトリを努めてもらいましょう」

「ふぅん、分かっているじゃない」

 

 満足そうに呟いて、レミリアが文の背後に下がった。カード宣言、レミリアと文の残り枚数は、これであと一枚。

 

 妖気が膨れ上がり、同時に吹く風全てが文のものとなるのを知覚する。この圧倒的な妖力、何度も対峙した相手とはいえ、その都度戦慄を覚えるほどだ。

 途端、強風が吹き荒れた。弾幕はまだなく、ただただ強い突風が、霊夢と魔理沙を翻弄する。まともに飛ぶのも辛いほどだ。

 必死に体勢を整えつつ、風上に注視した。霊夢はこのスペルは知っている。以前も経験し、そして被弾している弾幕だ。

 風の向こうに、黒い点がいくつも見えた。近づくにつれて、その正体がだんだんと明らかになる。どうあっても見紛うことのできない、それは岩石の群れであった。

 逆風「人間禁制の道」。文が操る風に乗って、無数の岩塊が、霊夢と魔理沙を押し潰さんと迫りくる。妖力でクッションを作っているとはいえ、当たれば痛いで済む保証はない。

 何より、その威圧感が半端ではない。なにせ巨大な岩石なのだ。目の前に迫ればさすがに怖いし、妖弾のような美しさはほとんどない。圧倒的な自然の美と文は断言していたが、人を選ぶ美学だろう。

 どこから運んでくるのやら、無尽蔵に襲い来る岩を避けるのは、容易いことではない。突風の中にいるのだから、うまく飛ぶことができないのだ。霊夢はすでにコツを掴んだが、魔理沙はいまいち順応できていないらしく、箒を握りしめて四苦八苦している。

 ここまで来て、スペルを出し惜しみするのは得策ではない。チャンスがあったらカード宣言をしてしまおうと、霊夢はレミリアを探した。突風の頂点にいる文よりも狙いやすい位置にいてくれればと思ってのことだが、レミリアは文のすぐ後ろで、偉そうに腕組みをしてこちらを見据えている。

 動いているわけではない。霊夢と魔理沙から見れば、彼女ら二人は直線上にいる。これほど狙いやすい立ち位置もないが、文の繰る風と岩石弾幕が、落ち着いてスペルを放たせてくれない。

 

「まったく、頭にくるわ」

 

 舌打ちを一つ、しかし霊夢は自身を諌める。慌てるな、苛立つなと自分に言い聞かせる。以前、霊夢は今のように焦れた挙句に被弾したのだ。

 どうにか平常心を保ちつつ、反撃の機会を伺う。文は強いが、無粋ではない。弾幕の中に必ずチャンスを用意しているはずなのだ。その瞬間さえ見失わなければ、形勢逆転の余地はある。

 圧倒的な存在感を持ちながら迫る巨岩を避け、その向こうに散らばる小さな――とはいえ、霊夢の胴回り以上はあるが――岩を下降上昇、左右に細かく動きながら回避する。魔理沙が被弾した様子もなく、どうやらあちらも風に慣れたらしい。一度目を離せば被弾しそうで、直接確認はできなかった。

 あるいは、このまま避け切ってしまうか。回避できればこちらに二点の加点となる。こうなれば、勝ちはほぼ確定的だ。しかし、このあと文が仕掛けてくるであろうラストスパートや、被弾した時のリスクを考えると、得策とは言い難いかもしれない。

 何より、そんな消極的戦法を、魔理沙が好むわけもない。友人の名が脳裏をよぎった瞬間、霊夢の視界、その端っこで白く眩い輝きが見えた。

 魔理沙の八卦炉だ。もう一方の手で、スペルカードを掲げている。カード宣言、霊夢と魔理沙の残り枚数は、一枚。

 

「魔理沙、焦っちゃ――」

「もう遅い。私はいつでも、全力主義者なんだよ!」

 

 咆哮に呼応するかのように、白い光が膨張、炸裂する。小さな八卦炉から莫大なエネルギーの光線が放たれ、魔理沙に襲いかかっていた岩石をことごとく破壊した。

 恋符「マスタースパーク」。一試合中に同じスペルを使用することは禁止されていない。特に魔理沙の場合、五枚中四枚がマスタースパークだったこともあるほど、このスペルを多用する。

 怒涛の疾風に逆らい、威力を落とすことなく突き抜けたレーザーは、文とレミリアを飲み込んだかに見えた。しかし、風は止んでいない。

 

「外したか」

「簡単に当たってやるわけないでしょう」

 

 声は、背後から聞こえた。魔理沙と同時に振り返った直後、霊夢は派手に吹き飛ばされた。今まで吹いていた方向とは真逆から、風が荒れ狂うように流れ始めたのだ。

 背中を取られた挙句風の向きを変えられ、大きくバランスを崩した霊夢と魔理沙は、慌てて体勢を立て直す。魔理沙が八卦炉を向けるが、先ほどいた場所に文の姿はない。ただ、巨大な岩だけが霊夢達目掛けて飛んでくるばかりだ。

 ラッシュをかけてきたということは、文のスペルは残り時間が少ないはずだ。焦れてくれれば御の字だが、果たして文ほどの妖怪がそうなってくれるかどうか。

 文を見失い、ふわふわ飛んでいたレミリアに狙いを定める魔理沙だが、他に脅威がないレミリアは、巨大なレーザーを楽々避けてしまう。フリーの彼女を落とすのは、難しいだろう。

 一瞬、風が消えた。次の瞬間、霊夢の右側面からの突風。見れば、文が天狗の団扇を手に風を起こしていた。この瞬間、叩けるか。霊夢は叫んだ。

 

「魔理沙、四時方向!」

「そこか!」

 

 上体を捻って、魔理沙がマスタースパークを見舞う。岩石を砕きながら文へと迫る巨大な光線は、紅魔館の上空を純白に染め上げた。

 

「遅いッ!」

 

 気迫のこもった文の喝は、魔理沙の後方、斜め上から。風がさらに向きを変え、霊夢達はなおも翻弄される。このままではまずいが、カードは後一枚しかない。ここで霊夢までが使えば、負けが確定する。魔理沙を信じ、避け続けるしかなかった。

 魔理沙が声の方向に八卦炉を向けてスペルを放つが、紙一重のタイミングで文は移動してしまう。徐々に風の向きを変えるタイミングが早くなってきており、岩石は空中で不気味な軌道をとっている。まるで岩が意思を持ち、霊夢達に体当たりをしかけているかのようだ。

 闇雲にマスタースパークを乱射しているように見える魔理沙だが、霊夢は彼女の狙いが徐々に文へと迫っているのを感じた。動きの先を読みつつあるのだろう。

 

「……頼むわよ、魔理沙」

 

 他人に頼ることには慣れていないが、霊夢は思わずそう呟いていた。

 レーザーが放たれる度に、白い輝きに岩が砕かれ風を押しのける。しかし蠢く岩石は、なおも二人に突進を繰り返してくる。蚊帳の外から優雅に見下すレミリアには、この光景がどう映っているのだろうか。

 またも風の向きが変わった。豪風に飲まれながらも岩石の流れを読み、回避しようとした霊夢は、相棒を見て思わず声を上げた。

 

「後ろ、避けて!」

 

 彼女のすぐ背後に、岩石が迫っている。しかし、魔理沙は一点を注視したまま、避ける素振りを見せない。

 八卦炉の先には、文がいた。驚きを浮かべているが、同時に勝ち誇った表情も見せた。魔理沙に岩石が被弾するまで、もう数秒とないからだ。

 それでも魔理沙は動かない。彼女の八卦炉が光を放つ。

 

「もらったぁッ!」

 

 今までで一際大きなレーザーが、文を飲み込む。岩を飛び越えて見守った霊夢にも、上空から悠々と見下していたレミリアにも、文の被弾がはっきりと確認できた。

 直後に鈍い音が聞こえ、そちらを見れば、魔理沙が岩石の直撃を受けて箒から落ちかけていた。

 

 文と魔理沙、同時に被弾。霊夢達は残り三点、レミリアと文は二点となる。

 

 光線に撃たれた文は、少しばかり衣服が破れたり焦げたりしているものの、ほとんど無傷だった。唇を噛み、被弾の悔しさを滲ませている。一方で、妖力でクッションが作られているとはいえ岩石がもろに当たった魔理沙は、かなり辛そうだ。当たった場所が背中なので、さすることもできないらしい。

 

「くそ、超痛いぜ、半端じゃない」

「大丈夫?」

「なんとかな。これより痛い弾幕を、私はいくつか知ってる」

 

 腕をぐるぐる回して痛みをごまかし、魔理沙が気丈に言った。彼女の丈夫さは霊夢も知っていたので、この答えは予想していた。ようは、確認である。

 気を取り直したらしい文が、レミリアと何事かを話している。もはやショットを撃つ気はないらしく、霊夢はその様子をじっと眺めて待つことにした。

 ややあってから、文が後方に下がる。そして、レミリアの小さく白い手が、真紅のスペルカードを掲げた。

 

「ラストの一枚……、決着をつけるってことね。魔理沙、いける?」

「当たり前だろ。霊夢は何でいくんだ?」

 

 訊ねられ、しばし考えたが、霊夢は首を横に振った。察した魔理沙が、苦笑を浮かべる。

 

「意地が悪いな、お前」

「生意気な子供の躾には、プライドを打ち砕くのが一番なの。当たるんじゃないわよ、魔理沙」

「もうヘマはしないさ、任せろよ」

 

 身構えて、二人はレミリアのスペルを待つ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「あ、あら? どうして宣言しないの?」

 

 スペルカードを手にしたまま、レミリアは困惑した。本当ならば霊夢がスペルで受けて立つはずだったのだ。レミリアの中ではそういういことになっていた。

 思わず文を振り返るが、彼女は肩すくめてにやにやしている。霊夢と魔理沙は、やはりスペルを使う気はないらしい。

 

「な、なによ。なによなによ! 散々盛り上がってたくせに、私には反撃の必要もないっていうの!?」

 

 一人で喚いて、レミリアはカードを炎に消して、目一杯掲げた右手に真紅の魔力を集中させた。魔力は槍を象って、その手に握られる。

 レミリアの怒りに応じるかのように、紅い稲妻が槍の周囲に迸る。しかし、それでも人間の二人は動じない。

 ふと、霊夢が右手を伸ばし、指先をくいくいと自分の方に折り曲げた。さっさと終わらせたいから早く投げてこい。そう言わんばかりだ。

 文と魔理沙の熱いスペル合戦を見て羨ましく感じていただけに、泣きたくなるほどの疎外感を感じて、レミリアは頬をぷくっと膨らませた。

 

「ば、馬鹿にしないでよね! 意地でもスペルを引き出してやるんだから、許さないんだからっ!」

 

 後ろで文がやれやれと呟く声など、聞こえるはずもなかった。

 振りかぶり、投げ飛ばす。神槍「スピア・ザ・グングニル」。暗雲に煌く稲光が如く放たれた真紅の槍は、澱んだ色彩の霧を切り裂き、霊夢達に迫る。

 魔理沙のレーザーショットを遥かに超える速度の槍を前に、霊夢と魔理沙が散開する。二手に別れられたが、レミリアは両手に槍を召喚して、二人に向かって投げつけた。感情が昂ぶっているせいか、いまいちうまく狙いをつけられない。

 こんな時にパチュリーがいたならば、落ち着いてと優しく声をかけてくれたことだろう。しかし、今の相棒である文は、もう満足するほど戦ったからか、後方でシャッターを切りつつ文花帖に何やら書き込んでいる。スペルで狙われる心配もないと見ているらしく、完全に観戦者となっていた。

 

「このっ、反撃しなさいよ! スペルを使ってよぉぉぉ!」

 

 さすがにここまで腹を立てるとは思っていなかったのか、次々に投げ飛ばされる真紅の槍を避けながら、霊夢は呆れ顔を浮かべて、魔理沙は「これは酷いぜ」と失笑している。それがまたレミリアの子供っぽい怒りを煽るものだから、収集がつかない。

 相手が当たってくれれば、それ見たことかと見下すこともできようが、ベテランの異変解決屋二人が相手では、それも簡単にはいかない。

 両手を持ち上げて、一際大きな槍を作り出す。大きければいいという発想は弾幕ごっこにおいては通用しにくいのだが、今のレミリアは完全にヤケクソである。

 

「馬鹿ぁぁぁぁ!」

 

 ぶん投げた巨大な槍は、今までの小さな槍より遥かに遅く、また重かった。あっけなく避けられた上にぐらりと傾き、紅魔館の中庭に落下していく。程なくして、真紅の柱が噴水を破壊し、中庭にそびえ立つ運びとなった。

 魔力の槍はやがて霧散して消えたが、崩壊してみっともなく水を撒き散らす噴水を見て、レミリアは顔面蒼白になった。紅魔館の水回りはパチュリーの魔法で管理されているし、調度品の整備は咲夜が丁寧にやってくれている。これは後でネチネチと言われそうだ。

 なんで自分ばかりこんな目にと、自業自得であることを棚に上げた、その瞬間だった。頭の奥のほうで、何かがプツリと切れる音を、レミリアは聞いた。

 

「ふふ……ふふふ。いいわ、上等よ。このレミリア・スカーレットを甘く見たことを、後悔させてあげるわ」

 

 吸血鬼とは、悪魔の一種だ。悪魔とは冷徹で慈悲なく、人間を喰らい尽くす恐怖の存在。レミリアは今、その本質を取り戻した。きっかけはどうあれ、取り戻したのである。

 血色の魔力がオーラとなって、レミリアを包み込む。右手に生まれるは、神をも穿つ真紅の豪槍。

 

「さぁ、踊りなさい。我が掌の上で、滑稽なワルツをね!」

 

 小さな手から放たれた魔力の槍は、突如速度を増し、霊夢の脇腹をかすめた。被弾こそしていないが、その余波で巫女装束が破ける。さすがの威力に、余裕すら滲ませていた霊夢の顔が引き締まった。

 ついで、レミリアは魔理沙を狙う。目が合って、魔理沙も今までと違う気迫を感じ取った。撹乱のために箒を加速させるが、

 

「遅いわッ!」

 

 唸りを上げて空を走るグングニルは、敵の動きを完全に読んでいた。急激にスピードを落とした魔理沙の鼻先を通過し、魔理沙の視界は一瞬、真紅に染まる。

 箒の先端を持っていかれたが、本人に当たっていないので被弾にはならない。それでも大きく士気を削ぐことに成功し、レミリアはいよいよ傲慢で無慈悲な吸血鬼である自分に立ち返っていった。

 右手に握った魔力の槍、その先端を、霊夢達に向ける。

 

「このまま避けきれると思って? 素直にスペルを使ったらどうかしら。それとも、スペルに頼る余裕もないの?」

「ずいぶんと安い挑発ね。もっと気の利いた文句を考えてくれない?」

「まったくだな。せっかくだから、どうしてもスペルを使いたくなる状況にしてくれよ。なぁ、吸血鬼サマ」

 

 冷や汗を感じているだろうに、二人ともまったく動じない。その胆力には、さすがと認めざるを得なかった。

 

「そうね。では望みどおり、嫌でもスペルカードを手にしたくなる地獄を味わわせてやるわ!」

 

 手にした得物を、上空に投げる。舞い上がった槍は上空で砕け、散乱した真紅の魔力はそれぞれが槍の形をとり、穂先を真下に向けて、落下を開始した。

 レミリアと背後の文だけを避けるように、真紅の槍が、豪雨よろしく降り注ぐ。避けるスペースは用意してあるが、正しく避けなければ被弾が確定する難易度だ。

 まさに奥の手。レミリアのスペルはもう、残り時間が少なかった。ここで被弾させるか相手のスペルを引きずり出すかをしなければ、負ける。もっとも、レミリアには勝敗の行方を案ずる心など、どこにもなかった。

 

「あははっ! もっと愉快にステップを踏むのよ。ほら、ほらぁ!」

 

 新たな槍を放り投げ、再び拡散、紅い雨を生む。前方で回避コースを見定めては細かく動いている霊夢と魔理沙の、なんと必死なことか。歯を食いしばり伝う汗を無視するその姿は、実に愉快極まりなかった。

 戦いの狂気に酔った悪魔の笑みの裏で、今この瞬間だけを記事にしてくれればいいなと、いつものレミリアが呟く。できれば先ほどのみっともない姿はなかったことにしてほしかった。

 徐々に密度を増す槍の弾幕に、霊夢も魔理沙も、衣服はボロボロに破けてしまっている。息も上がっているだろうに、懸命に避ける道を探し続けていた。

 

「そう、その顔よ。二人とも、とても素敵だわ」

 

 残り時間は、もうないに等しい。次が、この勝負最後の一撃となるだろう。

 真紅の豪雨が降り注ぐ中で、レミリアは凝縮した魔力の槍を精製する。大きさは今まで投げてきた槍と同じ程度だが、そこに込められた魔力の密度は、我ながらうっとりするほどの濃厚さだった。

 槍の雨を避け続ける二人に狙いを定め、小さな腕を振りかぶる。紅い稲光が、レミリアの白い肌を照らす。

 

「さぁ、受けてごらんなさい!」

 

 投げ飛ばした、終わりの一撃。自らが生み出した無数の槍が全て消滅し、紅蓮の輝きは、一直線上に並んだ霊夢と魔理沙を貫かんと突き進む。

 降り注ぐ槍が止んだのは、わずか一瞬のこと。レミリアが勝利を確信したのもまた、一瞬であった。しかし、一秒にも満たぬその瞬間を、霊夢と魔理沙は見逃さない。

 今の今まで死に物狂いで回避していた二人は、まるで別人のように平常心を取り戻し、レミリアが投げた渾身の一撃を静かに見据える。レミリアの顔から、笑みが消える。

 ゆらりと揺れた二人の間を、真紅の槍は駆け抜けていった。紅魔館を包む林の木々から葉を巻き上げ、槍は霧の湖に着水し、館の時計台よりも高い水柱が上がる。

 

「っ――」

 

 にわかには、信じられなかった。しかし、穿つはずだった敵は、目の前で平然と漂い、レミリアを見据えている。

 

 霊夢と魔理沙、スペルの回避に成功。

 

 全力にして必勝の一手が、ここに敗れ去った。所持枚数がゼロとなったレミリアとパチュリー、及び文は、敗北が確定した。

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