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四枚目だよ。
そんなわけで、文さんにレミィと組んでもらったんだけれど、負けちゃったんだ。とてもいい勝負だったのだけれどね。
次は、私達の番。今、とても緊張しているけど、ワクワクもしてるんだ。きっと、運動会で順番が回ってきたら、こういう気持ちなのだろうね。
フランちゃんは上手だから、私がポカしてもカバーしてくれると思うけれど、それじゃだめだよね。私がフランちゃんを守るってくらい、がんばらなきゃ!
これから決闘だから、本当は深呼吸したりしたいんだけれど、うぅん、レミィを慰めてあげないと。拗ねちゃってるみたい。
五枚目はきっと、決闘が終わってからになると思います。文さんみたく、弾幕中も写真撮ったりできる人なら、手紙も書けるのかもしれないけどね。
五枚目に続きます。
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時計台に帰ってきたレミリアは、本館へ続く渡り廊下の隅っこでいじけてしまった。彼女曰く、どうしても許せない負け方をしてしまったらしい。
花子には素晴らしい戦いに思えたし、彼女のスペル――こと最後に使った真紅の槍については、その輝きと威力に言葉を失っていたほどだ。しかし、三角座りのまま動かないところを見ると、よほどショックだったと見える。
あまりにも気の毒なので、花子は太郎宛に書いていた手紙を適当に切り上げ、ナイトキャップの上からレミリアの頭に手を置いた。
「ねぇレミィ、元気出してよ。私は感動したよ、レミィのスペル、とても格好よかったもの」
「うぅ、そうやって慰めてくれるのはあなただけよ、花子」
なにやら切羽詰まった顔で見上げるレミリアは、まるでこの世の終わりとでも言いたげな様子だった。咲夜でもいれば違ったのだろうが、彼女はキッチンに向かったまま、まだ戻ってはこない。
心配ではあるが、どうせすぐに立ち直るだろうから、肩を二度、三度優しく叩いてから、時計台の屋根へと飛び上がった。
スペルカードを何枚も召喚してどれにしようか悩んでいるフランドールはともかく、花子は避けて通れぬ相手と対峙する。すっかり破れてしまった衣服を直そうともせず、文花帖にペンを走らせている文である。
どう声をかけたものかともじもじやっていると、気づいた文が訝しげな視線を向けてきた。
「なにか用?」
「えっ、あーっと、その。ナイスファイト、でした」
我ながら何を言っているのか分からなかったが、文はわずかに眉を寄せてから、「どうも」と短く返してきた。あわや怒らせたかとも思ったが、素っ気ない態度ではあるものの、メモ帳に向かう文の顔に憤りは見られない。
こんなことを聞いてどうするのかとも思ったが、それでも文のプライドを傷つけ煽った花子は、訊ねずにはいられなかった。
「あ、あの。怒ってないんですか?」
「すっごい腹立ってるわ。はっきり言って殴りたいくらい」
「う……。ですよね」
冷静な表情の裏には、やはり静かな怒りが潜んでいたのか。文から気まずそうに目を逸らし、何を言うべきかを考えてみたが、花子の小さな頭ではいい誤魔化しが思いつかなかった。
仕方がない、謝るかと覚悟を決めた時、文花帖をそっと閉じた文が言った。
「ま、挑発に乗ったのは私だしね。今回は負けを認めてあげるわ。実際、連中との弾幕は楽しかったから、全部が全部悪い気分ってわけでもないしね」
「そう、ですか? うぅん、でも――」
「謝ってほしくないっつってんのよ。あんたに必要なのは、大人のデリカシーね。空気が読めなさすぎる」
これには、花子もムッと頬を膨らませた。
「なんですか、ちょっと酷いこと言いすぎたかなって思って、だから謝ろうと思ったのに」
「それが余計なのよ。確かに頭にきたけど、あんたに謝られたところで気分が晴れるわけじゃないの。それは花子の自己満足に過ぎないでしょうが」
「そうかもしれないけれど……」
「妖怪がペコペコ頭下げるのは、みっともないでしょうに。この一年、幻想郷で何を学んだのよ、まったく」
文の口調に、萃香に叱られた時にも似た懐かしい感じを覚える。あまりいいものではない。
背中を押された挙句、しっしと手で追い払われて、花子はもう文には頭を下げてやるものかと心に誓った。この先も覚えていればの話だが。
フランドールにおいでおいでをされたので、素直にそちらへ向かう。ちょうど、霊夢と魔理沙に栄養剤とやらを渡しに行ったパチュリーが帰ってきたところだった。
「そろそろ行くよ。準備はできてる?」
瞳をキラキラさせながら、フランドールが訪ねてきた。もう待ちきれないとばかりに、七色の羽が上下している。
「うん、いつでもいいよ」
「あっちの二人も、すっかり元気になったようよ。霊夢は怪しんでなかなか飲まなかったけれど」
まったく失礼な、とパチュリーが憮然とした顔で言った。ただの栄養剤と主張を繰り返していたものの、彼女は魔法使いだ。魔女の薬と聞けば、怪しまれるのは仕方ないだろう。
ともあれ、霊夢と魔理沙は無事回復したらしい。普段の異変では休憩する暇もなく何連戦も重ねているという二人だ。持久戦に持ち込めば、フランドールはともかく、花子はまず敵わない。
霊夢も魔理沙もフランドールも、花子より遥かに格上だ。場違いにも思われるかもしれない。それでも、フランドールが相棒として選んでくれたのだから、できる限りの力を尽くそうと決めていた。
紅魔館中庭上空、先ほどまで激戦が繰り広げられていた空で、人間の少女が二人、じっとこちらを見ている。問答無用に仕掛けてくるような真似はしない。
「これ以上、待たせていられないね」
「うんうん。待ってられないね!」
まるで濁色の霧に吸い込まれているかのように、フランドールの足が地面から離れた。本当に弾幕が好きなのだなと、花子は微笑ましく思う。
「花子」
声をかけられ振り返ると、すっかり元気になったレミリアがいた。相変わらず立ち直るのが早い。
レミリアは花子の手を取って、時々見せる優しい顔で微笑んだ。
「がんばってね。私はここで、ずっと見守っているからね」
「うん。ありがとう、レミィ」
「フランも、ちゃんとルールは守るのよ。花子とのチームワーク、大切にね」
「任せて!」
答えて、フランドールがいっそう高く飛び上がった。花子もレミリアの手を離し、後を追いかける。フランドールの羽から溢れる虹色の霧が、とても幻想的に輝いている。
ふと、時計台を振り返る。レミリアとパチュリー、そして小悪魔が、しっかりと見守ってくれていた。その視線は、花子にとってこの上なく心強い。
行ってきますと言う代わりに、花子は元気いっぱいに、大きく手を振った。
◇◆◇◆◇
そして、花子はとうとう、この二人と対峙する。
改めて思い返すと、なんと長く濃い一年だっただろうか。人里の寺子屋で退治された時が、霊夢と魔理沙、そして今ここにはいないが、早苗との邂逅であった。あの時は、まさか彼女らと戦うことになろうとは、想像だにしなかった。
霊夢の薦めで紅魔館に行き、レミリアに出会い、フランドールに出会い――たくさんの友人や師を得て、花子は今、ここにいる。
あるいは、彼女が花子を導いたと言えるのかもしれない。そう思うと、いつもは怖い霊夢にも、感謝の念が
つい物思いにふけっていると、妖怪にはとことん無愛想な霊夢が、大幣を肩に担いで怪訝そうに、
「なにニヤニヤしてんのよ。私の顔になんかついてる?」
「あ、ううん。違うよ。えへへ」
「……変な奴」
妙に思われてしまったらしいが、花子は慌てて取り繕うようなこともせず、変わらぬ表情のまま、魔理沙の方を向いた。
彼女と顔を合わすのは、香霖堂から出た日――花子が妖怪の山で、文に叩きのめされた日以来だ。実に久しいはずなのだが、魔理沙のカラッとした雰囲気は、不思議とそれを感じさせない。
「よう花子、久しぶりだな。ずいぶんなおめかしじゃないか」
「綺麗でしょ。借り物だけれど」
「私のなんだよ。少し大きかったんだけど、花子にはぴったりなの! 似合ってるでしょ?」
肩口から覗いてくるフランドールが、まるで自分の服を見せびらかすかのように言った。
ワインレッドのドレスにスペルカードが入っている同色の小さなポシェットを肩から下げている花子を、魔理沙は品定めでもするかのような目で上から下まで見回し、
「ふむふむ、悪くないな。馬子にも衣装って言葉の意味がよく分かるぜ」
「それ、褒めてないでしょ」
「褒めてるよ。私の中ではな」
まるで悪びれない魔理沙に、花子とフランドールは、思わず声を上げて笑っていた。妖怪を前にした人間とは思えない立ち振る舞いは、いっそ心地いい。
すっかり談笑を楽しんでいた花子達だったが、霊夢の咳払いで一斉に沈黙する。彼女は妖怪二人を順繰りに睨めつけてから、大幣を横に一閃した。
「こんな趣味の悪い霧ばらまいて、遊び半分の異変でしたなんて、そんなこと許されると思っているのかしら? フランドール」
「誰かに許しを請う必要なんてないわ。私は悪魔の妹にして魔法少女、高貴な吸血鬼。お前の指図なんて受けない」
「姉に似て、生意気なのね」
「生意気というのは、格下を相手に使う言葉よ。口の聞き方に気をつけなさい、人間の巫女」
フランドールの魔力が高まり、虹色の霧がいっそう濃く空を彩る。スカーレット一族の紅い魔力がフランドールを包み込こみ、彼女はその左手に、悪魔の尻尾のような歪んだ魔法の杖を召喚した。
何やら剣呑な雰囲気になってきたと思っていたところで、霊夢の視線が花子に向く。いつか橙と小傘と一緒に退治された時とは、凄みが違う。
「花子。あんたが異変の主役だなんて、立派になったもんね」
「それはまぁ、色々違うところもあるんだけれど。でも言い訳はしないよ、私は幻想郷の妖怪だもの、異変ぐらい起こしてみせるんだから」
「嘆かわしいわね。レミリアなんかとつるんでるから、悪い影響を受けるのよ」
「紅魔館に行けって言ったのは、霊夢だよ。私が悪い子になったとしたら、それは霊夢のせい」
してやったりと、花子はほくそ笑む。霊夢は悔しがったりはしなかったが、それでも面白くなさそうに鼻を鳴らした。レミリアやフランドール、そして文のおかげで、口だけならば一人前の妖怪になれたようだ。
箒に跨ったまま、魔理沙がおかしそうに腹を抱えて笑った。
「霊夢、一本取られたな。後先考えないで紅魔館なんて薦めたからだぜ」
「あの時の花子がレミリアと仲良くなるなんて、想像できるわけないでしょうが」
「それには同感だけどな。さて――そろそろ始めるか」
魔理沙の目付きが変わる。同時に周囲の空気も変質したように、花子は感じた。事実、変わったのだろう。澱んだ虹色の空に、緊張の糸がピンと張り詰める。
魔法の杖を一振り、フランドールの眼前にスペルカードが現れる。その数は、事前に決めていたとおり、八枚。花子もポシェットから用意しておいたカードを取り出し、提示する。
枚数が意外だったらしい魔理沙が、放り投げた八卦炉をキャッチしながら、
「八枚か。お前のことだから、もっとべらぼうな数を覚悟してたんだけどな、フラン」
「うふふ。魔理沙、大切なのは中身よ。私も花子も、ずっと我慢してたんだから」
「ほう、期待できそうだ。花子、私と霊夢をがっかりさせないでくれよ?」
比較的優しい口調だったが、花子はそれに笑顔を返すことができなかった。魔理沙の瞳に宿る戦意が、そうさせてくれなかったのだ。
「カードは八枚――持ち点は、二十四点ね。覚悟はいいかしら」
霊夢の確認に、花子は神妙な面持ちで、対するフランドールは輝くほどの笑顔で頷いた。
ショットの間合いへと、霊夢と魔理沙が下がっていく。いつ始まってもいいように、花子は妖力を目一杯練り上げる。
数秒の沈黙を破り、真っ先に弾幕を展開したのは、フランドールだった。純粋な魔力で練り上げられた白く細かい魔力弾が、そこら中にばら撒かれる。
とうとう戦いの火蓋が切って落とされた。花子も桃色の二重螺旋を、自分を囲むような六つの頂点から発射する。文と戦った時に比べて効率良く妖力を使えるようになり、一度に撃てるショットの量も飛躍的に増えていた。
フランドールの弾幕を援護として、花子は積極的に魔理沙と霊夢に向かっていく。対する相手も似たような戦術で、攻勢に出る魔理沙を、霊夢の霊力弾と博麗の札がうまくカバーしている。
狙うなら、前に出ている魔理沙になるだろう。追尾してくる博麗の札や妖怪の天敵である霊力弾を避けつつ、以前フランドールにもらったアドバイス通り、魔理沙の八卦炉に注視する。光った直後に体を動かすと、脇をかすめるようにレーザーが駆け抜けていった。
妖力弾の二重螺旋は、魔理沙のショットに似て直線的なものではあるが、広範囲をカバーできる特徴もある。フランドールの細かい魔力弾も相まって非常に避け辛いはずだが、魔理沙は自分の進むべき道が見えているかの如く、一切の迷いもなく進み、レーザーを花子に撃ってくる。
「……っ」
分かっていたはずだ。あのレミリアとパチュリーを負かし、文にすら勝った魔理沙と霊夢が、弱いわけがない。それでも想像以上の気迫に、花子の心臓は締め付けられるようだった。
このままでは、勢いに呑まれる。花子は気を取り直すために、一度下がることにした。背中を向ければ確実に被弾するだろうから、視線は魔理沙と霊夢をしっかりと捉えたまま、ゆっくりと後退する。
レーザーが、また霊力弾や札が、それがショットであることを疑わせるほどの密度と速度で迫る。フランドールの援護射撃も、今まで花子が受けてきた彼女の弾幕に比べて遥かに濃く、精密だ。
今まで自分が吸血鬼の姉妹にどれほど手加減されてきたのか、花子は思い知った。一瞬の余裕を見つけ、気持ちを落ち着ける。焦ってはいけない。避けるのだけはそれなりにうまいと、文が言ってくれたことを思い出す。
なにより、これほどの弾幕を体験できるのだ。楽しまなければ、もったいない。
「もう準備運動、終わりでいいよね? 一枚目、宣言しまぁす!」
フランドールが、それはもう楽しそうに手を上げ、彼女の羽の色にカラーリングされたスペルカードを召喚した。カード宣言、一枚目。花子とフランドール、残り七枚。
「いっくよー! 花子もちゃんと避けてねー」
歪な形の黒い杖を、フランドールが振りかぶる。直後、その先端が燃えた。伸びた紅蓮の炎は、杖を柄とした刃となる。
禁忌「レーヴァティン」。彼女の得意技なのか、花子はこのスペルを何度も見たことがあった。しかしその剣身は、花子が体験した時の倍か、あるいはそれ以上の長さがある。
考え事をしている暇はなかった。フランドールは「避けて」と言ったのだ。間違いない、巻き込み覚悟で振り回してくる。
「あわわ、フランちゃん待って――」
「とぉぉりゃぁぁぁぁぁッ!」
混ざり合った絵の具の空に、紅く燃える横一文字の斬線が走る。大振りなその攻撃自体は簡単に避けられたが、振るわれた炎剣から、無数の火炎弾が発生している。霊夢達は剣だけでなく、この炎弾も避けなくてはならないのだ。
まったく遠慮無く振り回す炎の剣から逃げ回りながら、花子は魔理沙と霊夢を観察した。人間程度なら一瞬で消し飛ばせそうな――無論、威力の加減はするだろうが――炎の剣を前にしても、二人はまるで動じる様子がない。味方なのに逃げ回っている自分がみっともなくなるほどだ。
戦略的に言えば、この一枚は当てておかなければまずい。文との決闘で最初の一枚を外した時の焦燥感は、今でもはっきりと覚えていた。しかし、
「ぬりゃーっ、当たれー!」
こんなにも楽しんでいるフランドールを見てしまうと、戦略云々を口にするのは野暮に思えてしまう。
空を切り裂く炎の剣が、霊夢と魔理沙の間を通過する。剣を振るう度に増していく炎弾は、意思を持っているかのように二人を狙っていた。あの炎の弾幕も、全てフランドールが操っているのだ。がむしゃらに遊んでいるように見えて、その弾幕の精密さ、花子は心底感心した。
しかし、今は敵である二人には、フランドールのスペルに感動を覚えているような表情は一切ない。果てしなく伸びる炎の剣、そこから生まれる火炎弾から目を離さず、淡々と避け続けている。
霊夢にも魔理沙にも、反撃する様子はない。避け切られてしまうだろうか。気づけば、花子は半ば観客のような心地になっていた。
横薙ぎの一撃が、紅魔館上空を焼く。剣での攻撃自体はやはり当たる気配がないが、生まれ出る炎弾は空を覆い尽くし、紅魔館の外壁をさらに紅く照らし出している。パチュリーが使っていた魔法が炎の嵐とするならば、こちらはさしずめ火炎の津波といったところか。
火の熱気は花子にまで届いており、先ほどから顔がチリチリと痛い。それでも人間二人から目は離さず、反撃してきた場合に備えて援護のスペルを考えていた。
激化していく火炎弾幕に、花子はスペルの終わりが近いことを感じた。最後の一押しにかけるべく、フランドールが巨大すぎる炎の剣を持ち上げる。
「こんにゃろーッ!」
ゆっくりと、しかし凄まじい質量を持って、炎の剣が叩きつけられる。魔法の火は飛び散って火災を起こしたりはしなかったものの、それでも熱風が吹き荒れ、花子はおろか、霊夢や魔理沙まで腕で顔を覆う。
今のが最後の一撃かと思ったが、ようやく熱波が去り腕をどかした花子は、驚愕した。叩きつけた炎の剣身が百を超える炎弾となり、竜巻のごとく霊夢達を襲っていたのだ。この攻撃を読んでいたらしい二人は回避を始めているが、もし対戦相手が花子だったなら、とっくに被弾していたに違いない。
発生した火炎の渦に、空を漂っていた今までの炎弾が引き込まれていく。肥大していく炎の竜巻に包まれ、霊夢と魔理沙の姿が見えなくなる。
しかし、それから数秒と経たないうちに、霊夢がどこかの隙間を縫って、紅蓮の竜巻から脱出した。フランドールが悔しそうに唇を噛む。
「まだ、魔理沙が残っているよ」
声をかけると、フランドールは小さく「うん」と答えた。
脱出した霊夢は、炎弾に襲われなさそうな下方から悠々と竜巻を眺めている。魔理沙を心配するような素振りは見せていないが、そこに不思議と冷たさは感じず、花子はなんだかんだで二人が信頼しあっているのだと感じた。
渦の先端――地面に最も近く細い部分から、炎の竜巻が瓦解していく。残り時間は、もうあってないようなものだろう。花子にもフランドールにも、諦めの色が見える。
ややあって、紅い渦は消え去った。空を埋め尽くしていた炎の弾幕もまた、消滅する。
炎の竜巻に包まれていた魔理沙は、服にも髪にも焦げた後は一つもなく、ただ悠然と箒に跨り、額の汗を拭いている。
「いやぁ、相変わらず熱いサウナだ。おかげでいい汗流したよ、フラン」
魔理沙と霊夢、スペルを回避。持ち点は二点加点で、二十六点となる。
初撃を回避されて、展開はかなり不利に傾いてしまった。まだ序盤とはいえ、この二点と一枚は大きい。花子は思わずフランドールの顔を覗き見た。落ち込んだり怒ったりしていないかと、気になったのだ。
しかし、その表情に悔しそうではあるものの、花子の心配は杞憂のようだ。
「もー! あんな簡単に避けちゃうなんて、二人とも、強くなりすぎだよぅ」
「人間は常に成長するもんだぜ」
「そうそう。努力の賜物ね」
霊夢が言っても説得力がない、と魔理沙とフランドールが笑った。遊びだとは分かっていたが、あまりにも和気藹々としているので、花子も異変中であることを忘れてしまうほどだ。
とはいえ、弾幕ごっこも決闘方式の一つである。始めた以上、決着がつくまで続けるのだ。仕切り直しのために、魔理沙と霊夢が下がっていく。
「花子」
振り返ったフランドールは、先ほどとは打って変わって、かなり真剣な顔をしていた。
「これからしばらく、ショットの撃ち合いになるよ」
「うん。文さんの時と違って、二人はお情けでスペルを使ってくれそうにないものね」
「それはきっと、花子が強くなったからだよ」
お世辞じゃなく褒められて、花子は照れ隠しに頭を掻いた。純粋に力を褒められることは、外の世界どころか幻想郷に来てからもほとんどない。
霊夢の大幣と魔理沙の八卦炉が輝いている。戦闘再開が近い。
「花子。次のショットから、私も前に出るよ。できれば五点は削りたいかな」
「五点かぁ。ちょっと大変そうだけれど……、うん、私、がんばるよ」
二人の会話は、純白のレーザーによって途切れた。輝きが近づくと共に、花子とフランドールは同時に宙返りをし、また同時に弾幕を展開した。
宣言通り、フランドールが白く細かい魔力弾をばらまきながら、霊夢や魔理沙と肉薄する。遅れを取るものかと、花子も妖弾の二重螺旋を六つ生み出し、できる限りのスピードで突っ込んだ。
霊力弾や御札、レーザー、魔力弾、そして桃色の妖力弾。経験したことのない弾幕の嵐にいながら、恐怖心がまったく沸かないのは、そばにフランドールがいるからか。
あるいは、花子の中でほとんど消え失せていた妖怪の闘争本能が、再び燃え始めているのかもしれない。
◇◆◇◆◇
レミリアの提案で、時計台にいた面々は再びテラスに移動した。パチュリーの魔法で結界を張っているため、弾幕はここまで届かない。
こっそり飛び立った文が戦いの邪魔にならないよう弾幕を写真に収めているのだが、果たして花子達はそれを知っているのだろうか。フランドールはさすがに気づいていそうだが、だからといって巻き込まないような配慮をするつもりもないように見える。
もっとも、それらは小悪魔から見た素人目線での見解なので、実際にどうなのかは分からない。
「小悪魔、お茶のおかわりをくれる?」
「あ、はい。……ごめんなさい、次のをすぐ淹れますね」
すっかり弾幕に見入っていたせいで、お茶を切らしてしまっていた。普段はあまりない失敗に、パチュリーが眉を寄せる。
「いいんだけれど、珍しいわね。あなた、そんなに弾幕ごっこ、好きじゃなかったのではないかしら?」
「えぇ、はっきりと苦手です。でも、見るのは好きなんですよ」
「そうだったの? 初耳だわ」
言われてみると、確かに直接口にしたことはなかったかもしれない。パチュリーの手伝いばかりで弾幕と縁が薄いのだから、意外と思われるのも当然だ。
実際にスペルの強弱などを語れるわけではなく、ただ個性的で色とりどりな弾幕を見るのが好きなだけなのだ。そのことはきっと、付き合いの長いパチュリーなら分かってくれるだろう。小悪魔が種族に似合わず少女趣味であることを、彼女は知っている。
新たなハーブティーを淹れて、パチュリーのカップに注ぐ。薄緑の液体が満ちた時、テラスの面々が――特にレミリアが――ざわめいた。
見てみると、フランドールの白い魔力弾に撃たれたらしい魔理沙が、よろめいている。人間チームは一点減少し、残りは二十五点だ。
妹のショットが当たったのがよほど嬉しいのか、レミリアは兎のように飛び跳ねて喜んでいる。パチュリーを応援している時の自分もこんな姿だったのかと思うと、小悪魔は恥ずかしくなって、一人赤面した。
「……? どうしたの?」
パチュリーに訊ねられ、正直に答えられるわけもなく、「いえ」と首を横に振った。あの姿は、できれば主には見られたくない。
カップから口を離したパチュリーに釣られて、小悪魔は空を見上げた。ちょうど、花子が魔理沙のレーザーに被弾するところだった。派手に吹っ飛んでいて、思わず口を両手で覆う。
得点が二十三点に減ったが、駆けつけるフランドールを制して、花子はショットを再度展開し、魔理沙達へと気丈に立ち向かっていく。見れば見るほど実力の差は明らかだというのに、怖気づく様子は全くない。
遠すぎて顔は見えないが、それでも花子とフランドールが、とても楽しんでいることが分かるのだ。自在に空を飛び、弾幕をばらまき、避け、その一挙一動があまりにも無邪気で、弾幕を不得手とする小悪魔でさえも羨ましく思うほどに。
「強い子、ですね」
いつだったか、自分のなすべきことが見えないと相談してきたことを思い出す。あの時はとても小さく見えたのに、濁色の空を弾幕で埋める今の花子は、まるで別人のようだ。
これが、成長なのだろうか。小悪魔自身、パチュリーの使い魔となってから色々な知識を得たりと伸びるところはあったのだが、性格的な成長はほとんどしていないように思う。昔から、悪魔らしくない悪魔だった。
花子はどこまで伸びるのだろう。付き合いの浅い小悪魔には想像することも難しかったが、いつかきっと、小悪魔に人生論を語れるほどの大物になってくれるだろうと、信じることにした。
交わる桃の螺旋が、霊夢を捉えた。六つの二重螺旋に閉じ込められ、数秒回避を続けた霊夢だが、とうとうその一つに被弾する。霊夢達の持ち点は二十四点となる。
予想外の出来事だったのか、テラスにいた全員が歓声を上げた。あの花子が、霊夢にショットを当てたのだ。ワゴンで料理を運んできた咲夜と美鈴までもが、ふらつく霊夢を見て絶句している。
「やっ……やるじゃない花子! すごいわ、みんな見た? 見たわよね?」
真紅の瞳を輝かせて、レミリアがテラスを跳ねまわる。紅魔館当主としての威厳は完全に消滅しているが、仲の良い友達の武勇を見れたのだ、これだけはしゃぐ気持ちも分かるなと小悪魔は微笑んだ。
運ばれてきた料理を保温するべく、小悪魔は簡単な火の呪文をワゴンに施した。一日くらいは熱いままの状態を保てるだろう。本に夢中でお茶が冷めがちなパチュリーのために、試行錯誤して完成させた魔法だ。
ほとんど条件反射でしたことだが、美鈴が律儀に頭を下げてきた。
「ありがとうございます、小悪魔さん」
「いえいえ。美鈴さんも、お料理を?」
「えぇ、まぁ。得意じゃないんですけど、そういう流れになっちゃいましたから、ちょっとだけ」
自嘲気味に笑う美鈴だが、謙虚な妖怪だなと小悪魔は感心した。得意ではないと言うが、普段の紅魔館ではまず出ない中華料理は、彼女の手製だろう。
「すごく美味しそう。楽しみですね」
「皆さんのお口に合えばいいんですけど」
照れくさそうに、美鈴が頬を掻いた。その時、上空から何度目かの衝撃音が響く。
今度は魔理沙が吹っ飛ばされていた。当てたのは、またも花子らしい。ショットを中止したところで、フランドールに頭をめちゃくちゃに撫でられている。
霊夢と魔理沙、三度目の被弾。持ち点は二十三点となり、点数はとうとう同点になる。
思わずこちらまで嬉しくなって、小悪魔は知らず呟いていた。
「快進撃ですね、花子さん」
「確かに、あのおかっぱがここまでやるとは思いませんでした。私の時と同じで、少しばかり飛ばしすぎてますがね。はてさて、いつまで持つやら」
誰ともなしの言葉に答えたのは、文だった。写真を撮り終えたのか、いつの間にやら帰還し、コップの冷水を呷っている。
「まぁ、さっさとスペルにこぎつけてくれれば、私は何でもいいんですけど。ショットばかりじゃ、ネタになりませんからね」
「素直じゃないなぁ、文さんは」
豪快に笑い飛ばす美鈴に、文は渋い顔をした。本当は認めるべきところは認めているだろうに、正直に褒めてやれない性格は、小悪魔も可愛いとすら思う。
つまらなそうに文花帖へ目を落とす文を置いて、上空では戦いが再開していた。確かに文の言うとおり、花子は無我夢中になりすぎてスタミナ配分を考えていないようにも見える。
小悪魔の心配をよそに、レミリアは出されたおやつも忘れて大はしゃぎだ。
「すごいすごい! 咲夜見て、花子が霊夢達と渡り合ってるわ!」
「えぇ、見ておりますよ。本当に、驚きですわ」
「そうよね。花子だもん、正直コテンパンにされると思ってたわ。うぅん、フランと一緒だから強いのかしら。どっちにしてもすごいわ」
興奮気味に羽を動かしているレミリアに、咲夜はすっかり破顔している。当主が楽しむというこの異変における従者一同の目標をクリアしていることに、小悪魔も安心した。
互角どころか、今はフランドールと花子が押している状態だ。このままいけば、もしかしたら簡単に勝ってしまうのではないか。思わず胸元を押さえ、食い入るように弾幕を見つめる。
しかしそれは、決闘をほとんどしない小悪魔の、あまりにも甘い考えであった。
「ここからよ」
パチュリーがふと零した声と同時に、霊夢と魔理沙の動きが変わる。より俊敏に、より正確に、一切の無駄なく、攻めに転じた。とうとう「異変を解決」し始めたのだ。
遠巻きに見ていても伝わってくるのだから、目の前ではよほどの迫力なのだろう、花子の動きが鈍る。フランドールに名前を叫ばれ気を取りなおしたようだが、素早く背後に回り込んだ魔理沙が狙っていることに、彼女は気づいていない。
「花子さん、後ろ!」
聞こえやしないだろうに、ついつい叫んでいた。フランドールも似たようにしていたのだろう、花子が振り返る。しかしその頃には、フランドールの白い魔力弾を避けつつ、魔理沙がレーザーを放っていた。
至近距離での光線を避けるのは、至難の技だ。逃げようとした花子が吹き飛び、レーザーが白い粒子と散る。これで、妖怪組の持ち点は二十二点になった。
一瞬落胆しかけたテラスの一同だが、フランドールに支えられて花子はすぐに立ち直り、息をつく間もなく弾幕を再展開する。テラスは再び、観戦の熱気に覆われた。
「なるほど、タフにはなってるのね」
短い文の一言は、賞賛なのだろうか。小悪魔には分かりかねたが、文が口元を緩めたのだけは、見逃さなかった。
◇◆◇◆◇
予想していたよりもずっと、花子は強かった。フランドールのアシストあってのことではあるが、それでも花子のショットだけで二点も奪われてしまっている。
こんなにも花子が強くなっていたことに魔理沙は歓喜したが、それ以上に、ペースを持っていかれたままでは負けるという危機感もあった。霊夢も同じだからこそ、本気を出し始めたのだろう。
桃色の妖弾に注視していると、上空からフランドールの魔力弾が降り注いできた。真っ白な雪のようだが、その速度はまるで空から石つぶてを投げつけられているようだ。
小さな隙間を縫うようにして、魔理沙はフランドール目掛けて上昇した。八卦炉からレーザーを乱射するも、手応えはない。
「ちっ」
漏れでた舌打ちは、当てられなかったからではない。背後に、二重螺旋が迫っていたのだ。ショットのくせに実に嫌らしい弾幕で、巻き込まれたら避けるのは難しい。即座に方向転換し、桃色の渦から逃れた。
どこからともなく飛んできた霊夢の札とすれ違う。本人はそのへんをふらふら飛んでいるのだろうが、博麗の札は的確に敵へと狙いを定め、追跡していく。相変わらず、ずるいショットだ。
花子のショットが向きを変える。彼女の動きに応じて分かりやすく動く螺旋は、チーム戦では狙いが見破られる短所があった。それを見抜いてはいるのだが、何度も花子と遊んできたフランドールがそのことを知らないわけもなく、抜群のタイミングで援護射撃を撃ってくる。簡単には攻められなかった。
「後ろよ!」
花子の向こうから聞こえてきた霊夢の声に、魔理沙は振り返った。フランドールが、ショットを展開している。避けられない距離ではないが、一瞬遅れた反応を取り戻すのは、簡単なことではない。
なんとか呼吸を整えて、攻勢に転じる。白い魔力弾を抜けながら、光線を放つ。時折振り返って花子の動きを確認しなければならないので、戦いにくい。反対側に回り込めればと動くが、さすがに読まれて、フランドールはそれを妨害するかのように移動してくる。
霊夢と合流できればまた違うのだろうが、それも容易ではない。なにせ、背後では油断ならない小さな妖怪、花子が霊夢を抑えているのだ。
「もっとサクサク行くと思ったんだがな」
現状を打開しなければ、どうにもならない。本当はもう少し点差を開きたかったのだが、下手をすればこちらが削られてしまう。
意を決して、カードを取り出し、声を振り絞った。
「そろそろいくぜ!」
カード宣言、一枚目。魔理沙達の残りカードは、七枚。
霊夢とフランドールがショットを中断し、花子も宣言に気付き、振り返る。注目が集まる中、八卦炉の出力を上げた。魔力を注ぎ、フランドールに向かって術式を解き放つ。
魔理沙の十八番、巨大なレーザー、恋符「マスタースパーク」。濁った霧を貫く光線は、避けられはしたものの、フランドールにいくらかの動揺を与えることができたようだ。
反転し、今度は花子へ八卦炉を向ける。目前でマスタースパークを見たせいか、若干怯えているように見えた。ためらわず、魔法を発射する。
「勝負なんだ、悪く思うなよ!」
眩い光が空全体を包み込み、独特の轟音と共に、光線が花子へと迫る。必死になって逃げ回る様は気の毒だったが、慣れられる前に仕留めたい。狙いは花子に決まった。
反撃のスペルを警戒しつつ、三発目を撃つ。捉えたかと思ったが、花子はきわどいタイミングでレーザーの射線から逃れた。だが、徐々に追い詰めてきている。後何発かすれば当てられると、魔理沙は確信した。
その、直後。花子が決然とこちらを見据え、ポシェットを開けた。ままならない展開だが、こうでなくては面白く無いと、思わず口元がにやける。
「フランちゃん、使うね、ごめん!」
「いいよ、がんばって!」
仲睦まじいやり取りの後、花子は可愛らしいピンクのスペルカードを掲げた。カード宣言。残り枚数は、六枚となる。
八卦炉で狙いは定めたまま、魔理沙はスペルの発動を待っていた。妨害などというナンセンスな真似はしたくなかったし、何より、花子のスペルが楽しみで仕方なかった。
突如、空中に緑の妖弾が浮かび上がる。魔理沙どころか霊夢やフランドールの周囲も覆い、その数は百を超えている。
「こいつは――」
山での決闘で文を相手に使い、見事命中させていたスペルだ。全ての妖弾に、花子の妖力が満ちた。魔理沙も八卦炉へ魔力を注ぎ、いつでも反撃に出られるように集中する。
タイミングを計るものなど、何もない。ただ唐突に、一斉に、緑の球体がバウンドを始める。
怪談「ホルマリン蛙の運動会」。あまりの不気味さに、魔理沙は一瞬思考が停止した。すぐに頭を振って、蠢く妖弾の隙間を縫うように動く。止まったら被弾してしまう。
「なるほど、『学校の怪談』ってのも、馬鹿にできないな」
ひたすら跳ねまくりながら執拗に追いかけてくる妖弾は、確かに怖い。外の世界の子供が怖がるのも無理はない気味悪さだ。
しかし、ここは幻想郷であり、魔理沙も霊夢も、幼いながらに妖怪退治の専門家だ。この程度の恐怖を屈服できずに、どうして大妖怪を仕留められるというのか。
跳ね回る緑の間から、花子の姿を見つけた。スペルを動かしているその後姿に、狙いを定める。
このスペルの弱点は分析済みだった。無数の妖弾を操作することは花子には難しいらしく、以前の決闘ではスペル中まともに動けていなかったのだ。
移動が制限されるスペル。それはすなわち、魔理沙のマスタースパークとの相性が最悪であることを意味している。
「悪いが、いただきだ!」
八卦炉から溢れた光の奔流は、一直線に花子へ向かった。最低限の回避動作しかできない状況では、極太のレーザーを避けきることはできない。魔理沙は命中を確信した。
しかし、予想は裏切られる。スペルを操っているはずの花子は、必死ながらも魔理沙のレーザーをひらりと回避したのだ。妖弾は、今もバウンドを続けている。
「マジかよ……!」
妖力の使い方が、格段に上手くなっている。空も飛べなかった頃の印象がまだ残っていたのか、魔理沙は油断していたのだ。
そう、油断していた。気付けば、周囲に蠢く妖弾が、魔理沙を囲んでいた。逃げ道はもう、残されていない。
叫ぶ余裕もなく、魔理沙はマスタースパークをぶっ放した。極太のレーザーで無理矢理突破口を開き、囲んでいた妖弾から脱出、未だ魔理沙の周囲を蠢く緑の球体を避けながら、花子の姿を探す。
見つけた。いつの間にかフランドールと合流し、何やら言葉のやりとりをしながら、蛙を模した妖弾に守られるような位置で、スペルを操っている。遠く離れた霊夢の周囲でも、妖弾が跳ね回っている。初見のスペルに、霊夢も避けにくそうだ。
友人として、よくここまで来たと褒めてやりたいほど、花子は成長している。しかし、今の魔理沙にとって、彼女は倒すべき敵である。
フランドールがこちらに気付く。花子は魔理沙に背を向けていた。迷うことなく八卦炉を向け、魔法を放った。光線は噴流となり、妖弾を巻き込み蹴散らしながら、花子達へ直進する。
命中かと思われたが、魔理沙は捉えていた。レーザーが放出された瞬間、フランドールが花子を掴んで下降したのだ。自分のスペルに視界を遮られ、魔理沙はまだそちらを確認することができない。
光線が消え、下方を確認する。一瞬見えた花子とフランドールの顔は、勝ち誇っているように見えた。まだ魔理沙のスペルは終わっていない。花子だって命中させてはいないのだ。今だって、魔理沙の周りの妖弾は――
「……ッ!」
声が出なかった。魔理沙の周囲で飛び跳ねていたはずの妖弾は、どこにもない。ただ、視界の片隅、霊夢のいる方向で、おびただしい数の緑が跳躍しているのが見える。
謀られたと知るのに、時間はいらなかった。マスタースパークの威力と眩しさを利用された。霊夢の方向へわざと妖弾を吹き飛ばさせ、同時に魔理沙の目も眩まし、その一瞬で、狙いを完全に霊夢へと切り替えたのだ。
魔理沙は歯噛みした。フランドールの入れ知恵だろうが、こんな戦い方をしてくるとは。展開されていた全ての妖弾が集中しているのだ。さすがの霊夢でも、被弾してしまいかねない。
「やってくれるぜ、花子!」
時間がない。すぐにスペルを当てなければ、三点も減点を食らうことになる。レミリアとパチュリーにも、協力されてマスタースパークは敗れた。これ以上、このスペルに傷を付けるわけにはいかないのだ。
大量の妖弾の中で避けているだろう霊夢に持ちこたえてくれよと念じて、魔理沙は八卦炉に魔力を注ぐ。あと何発かなど、数えている暇はない。一撃で当てなければ。
幸い、魔理沙を狙う妖弾はない。箒を加速させ、フランドールのスペルを考慮に入れず、ただ真っ直ぐ、自身が光線にでもなったかの如く、突撃する。
花子とフランドールは動かない。ただじっと魔理沙を睨みつけてくる。妖弾に集中しているのかとも思ったが、何か秘策があるのだろう。二人の正直すぎる瞳が、魔理沙にもっと近づけと言っているのだ。
「お望みどおり、行ってやるさ!」
二人の顔立ちがはっきり見える距離に近づいた刹那、魔理沙は箒を地面と垂直になるまで持ち上げていた。下から現れた妖弾が、眼前を通過していく。
花子達のほぼ真下に、妖弾が残っていた。隠されていたと言ってもいいだろう。これこそが、二人の秘策であったのだ。
十にも満たない程度の妖弾が、高くバウンドして魔理沙の進路を遮る。弾が残っているということは、霊夢もまだ被弾していないということだ。
緑の妖弾に触れないようにしつつ、箒を加速させた。もう、魔理沙のスペルの時間もない。否が応にも、次の一撃で決めなければならない。
花子とフランドールに肉薄する。二人は動かない。まだ手があるということだろうが、そんなものを気にしてはいられなかった。箒に足をかけ、器用に立ち上がり、八卦炉を向ける。
「ふっ――」
呼気が漏れた。同時に、魔理沙は箒を蹴る。空中に飛び上がり、花子とフランドールが目を丸くしているのが見える。集中しきった魔理沙の視界は、ゆっくりと流れていった。
魔理沙の背中をなぞるように、背後数センチのところを妖弾が通過していく。隠していた最後の一手だろう。魔理沙は、妖怪少女の奥の手を躱しきったのだ。
今も驚きに目を見開いているフランドールと花子の頭上から、八卦炉を突きつける。二人が逃げる素振りを見せた瞬間、容赦なく、怒涛の一撃を発射した。霧を切り裂く光線が、花子達を完全に飲み込む。
重力に引かれる中、魔理沙は箒を呼び寄せてそれに跨った。体重の軽いフランドールと花子が、派手に吹き飛ばされている。命中は確定した。
しかし、にわかには喜べない事態となった。振り向いてみれば、霧散していく緑の妖弾の中から霊夢が現れるところだった。右の離れ袖がなくなっており、霊夢も痛みに顔を歪めている。
双方、同時に被弾。持ち点は、花子とフランドールが十九点、霊夢と魔理沙は二十点に減少した。
妖怪二人の心配は、するだけ無駄だろう。連中が魔理沙の魔法程度で死ぬはずがない。今は、霊夢に声をかけてやるべきか。
とりあえず行ってやるかと思ったが、その前に霊夢が近づいてきた。頬を膨らませて、憮然としている。慰めてやろうと考えていたのに、魔理沙は笑ってしまった。
「お前、なんて顔してんだよ」
「うるさいわね。ていうか、なんで助けてくれないわけ?」
「そりゃ、フラン達を狙ったほうが早かったからだ。事実、ギリギリだけど同時被弾にまで持ち込んだぜ? 後はお前が粘ってくれてりゃなぁ」
「あんたね、あの中で避けてみなさいよ。気持ち悪いし避けづらいし、最悪よ」
反撃もできずにあれだけの数に囲まれていたのだから、さぞイライラしたろうなと、魔理沙は苦笑した。避ける側じゃなくてよかったと心底思う。
遠目に、飛ばされたフランドール達が見えた。至近距離でレーザーを受けてドレスはボロボロだというのに、手を取り合って被弾させたことを喜んでいる。自分達も減点なのだが、単純というかなんというか、実に羨ましい。
霊夢も被弾したとはいえ最小限の被害に抑えたらしく、いつでも再開できそうだ。魔理沙は訊ねた。
「どうだ?」
「何が?」
「あの二人のことだよ」
白い光が纏わりつく大幣を肩に担いで、霊夢はしばらく花子とフランドールを見据えた。十秒ほどして、彼女は小さく、
「油断しなきゃ勝てる、ってとこね」
「お前にしちゃ、高評価じゃないか」
霊夢がわずかに微笑みながら、博麗の札を取り出した。
「私にショットとスペルを当てられる下級妖怪なんて、そうそういないからね。フランドールが一緒にいるにしても、舐めすぎたわ」
「同感だ。いつも通り、異変の黒幕をぶちのめすつもりでいかないとな」
「花子のあの顔を見ると、調子が狂うけどね」
確かにと笑って、魔理沙は移動を始めた。フランドールと花子の、それぞれ白い魔力弾とピンクの妖弾が放たれたからだ。
濁った空に散りばめられた弾幕の中を進みながら、八卦炉に魔力を注ぐ。霊夢もとうとう前に出て、霊力弾と札を積極的に展開し始めた。
至近距離で、激突するかのようなショットの撃ち合いが始まる。この高揚感が、人の身でありながら妖怪と堂々戦える心地よさが、魔理沙はたまらなく好きだった。
この感触をもっと知ってほしいから、さらに高みへ登ってこいと思うのだ。魔理沙がいる場所へ。霊夢が、レミリアが、フランドールが、文がいる場所へ。
花子ならば、きっと登ってこれる。そう信じているから、魔理沙は何度も、花子に向かって手を伸ばす。