かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのにじゅうく  異変!七色の霧と弾幕地獄!(6)

 虹色異変という名は失敗だったかもしれないと、文は渋面を浮かべた。幻想郷に満ちる霧は、目に優しくない七色ではなく、濁りに濁った例えようのない色になってしまっているからだ。

 とはいえ、誰もが異変だと気づいたいのはあの色なのだから、変えるのも何かおかしい。記事が面白くなれば関係ないかと、一人肩をすくめる。

 

 終盤戦に差し掛かった黒幕との弾幕ごっこは、ショットによる激しい撃ち合いとなっている。双方ともに一度ずつ被弾し、花子達の持ち点が十点、霊夢達は八点になっている。どちらもスペルの射程圏だが、お互いにもう少し余裕が欲しいというところか。

 すばしっこいフランドールと避けるのだけはうまい花子を前にして、人間二人がカード宣言に慎重になるのも無理はないかもしれない。妖怪少女達も、似たような思いなのだろう。

 新聞記者としては、派手に一発をかましてもらう方がありがたい。文のカメラにはもうかなりの弾幕が収められているが、まだ物足りなかった。

 無論、ショットであっても彼女らの弾幕は見ものだし、こと弾幕ごっこに興ずる身としては、それぞれ特徴的なショットを研究考察するだけでも楽しい。

 

「とはいえ、仕事は仕事」

 

 自分に言い聞かせ、文はシャッターを切る。花子が苦手としている魔理沙のレーザーに被弾した瞬間を収めたが、記事に載せるほどの写真にはならなそうだ。

 これで、花子とフランドールの持ち点は、九点となる。霊夢達のカードは四枚残っている。

 霊夢と魔理沙のショット命中率は、この試合ではかなり高い。一枚分の余裕があり、外したとしてもショット二回で取り返せる状況ならば、彼女らが躊躇することはないだろう。

 仕掛けたのは、霊夢だった。散弾のようなフランドールの白い弾幕をくぐり抜け、紅白のカードを指に挟んで掲げる。カード宣言、残りは三枚。

 

 花子とフランドールが身構える中、霊夢は左手に握った大幣を振り払った。光の粒子が舞い飛び、それらは大量の霊力弾となり、また霊夢の周りには、この試合では見たことがない数の、博麗の札が出現している。

 大幣が、花子達に向けられる。まるでそれが命令であるかのように、霊力弾と札が一斉に射出された。

 霊符「夢想封印・散」。速度も方向も不規則に、ただばら撒かれただけのような弾幕は、まるで下級妖怪がヤケクソで放つ弾幕のようにすら見える。しかし、文にはその弾幕に隠れている技術の深さがしっかりと見えていた。

 逃げ道を確実に作り、かつ安易な退路は全力で妨害し、第一波の後には相手にわずかな思考の間を許し、その思考が終わらぬうちに次を撃つ。

 ばらける札と霊力弾の白さには神秘的な美しさもあり、純粋なスペルカードルールであっても、十分通用するはずだ。

 これぞまさに、弾幕の王道と言えよう。弾幕ごっこの提唱者は伊達ではないと、文はファインダー越しに唸った。

 

 絶妙なタイミングとバランスで繰り広げられる霊夢のスペルに、フランドールと花子は苦しめられているようだ。特に花子は、度重なる被弾と疲労で、判断を誤りがちになっている。

 原因が文にあるとはいえ、花子は文に対して凄まじいライバル意識を持っている。恐らく、間近で文に見られているというプレッシャーも、彼女の焦りに一役買っているのだろう。

 だが、その程度のことは、無様な戦いの理由にはならない。弾幕はもともと他人に見せるルールなのだし、誰かに注目されていて気が散ったなどという言い訳は、一笑に付されるのがせいぜいだろう。

 どうせ気にするのなら、素晴らしい弾幕を見せつけて驚かせてやろうというくらいの気概が欲しいと、文は期待に近いものを抱いていた。

 三度目の弾幕を避け切り、フランドールが何事かを叫んだ。花子に向かって、がんばれとでも言ったのだろうか。まったく仲がいいことだが、いささか慣れ合いがすぎると、文は眉を寄せる。

 文にも親友と呼べる者はいるが、あんなにベタベタされては気持ちが悪くて仕方がないだろう。精神的に幼い二人には、気にならないのかもしれないが。

 

 霊夢が大幣を振り上げる。大量の霊力弾と博麗の札が召喚され、第四波が撃ち出された。これだけの量と質だ、あと一、二撃がせいぜいといったところだろう。

 シャッターを切っても、花子とフランドールの姿が弾幕にかき消されることが多くなってきた。霊力弾と札の数が増えてきているのだ。

 そろそろ最後の一押しが来るなと思った直後、霊夢の大幣がいっそう強く輝き出した。からくも四撃目を回避した花子とフランドールが、顔を青ざめる。

 空を覆いつくすほどの弾幕が、霊夢の周りに浮かんでいた。遠くから写真を撮っている文でさえ、背筋に冷たいものが走るほどの物量だ。あれだけの弾幕をコントロールできる人間など、霊夢くらいなものだろう。

 それらがいっせいに、動き出す。一気に加速し、圧倒的な数の弾幕が、花子達に容赦なく襲いかかる。

 

「これは、無理かしらね」

「フランと花子じゃ、きついかもな」

 

 隣から聞こえた声に、文は冷ややかな半眼を向けた。つい先ほどから、魔理沙が隣に来ていたのだ。すっかり観客気分らしい。

 チーム戦の致命的な欠陥は、こうして誰かしらが蚊帳の外になりやすいということだろう。それにしても、魔理沙は堂々と見物に徹しすぎている。

 しかし、小言をぶつける暇はない。被弾する瞬間を逃すまいと、ファインダーを覗き込む。

 文と魔理沙が見つめる弾幕の中で、フランドール達は一生懸命に体を動かし、多少無理な体勢になってでも霊力弾やら札やらを躱している。

 努力は認めるが、あの避け方では持つまい。文がそう思いシャッターボタンに指をかけた、その瞬間だった。

 息切れのせいでふらついた花子の正面に、霊力弾が近づく。鈍った彼女の動きでは避けられない距離だ。身を縮こまらせ、花子が回避を諦めた直後、文はシャッターを切った。

 神聖な光が飛び散り、激しい破裂音が空に響く。光が消え失せ、皆は目に入った光景に、言葉を失った。

 被弾は分かりきっていた。しかし、文と魔理沙、弾幕を撃った霊夢、そして被弾したはずの花子は、それぞれ似たように絶句している。

 それぞれの視線の先には、花子を守るように抱きかかえ、被弾した痛みに小さく呻くフランドールがいた。

 

 フランドール、スペルに被弾。花子達の残り持ち点、六点。

 

 被弾する瞬間――それこそ、文がシャッターを切るというたった一瞬の間に、フランドールは花子を庇っていたのだ。天狗と並ぶスピードを持つのだから可能といえば可能だが、わずかな躊躇いもなく代わって被弾するなど、そうそうできることではない。

 まして、フランドールは残虐非道と謳われる吸血鬼だ。いくら思考が幼いとはいえ、こんなことが起こり得るのだろうか。

 

「フランちゃん、あの」

 

 抱きかかえられている花子が、ようやく声をかけた。しかし、言葉が続かない。それは文や霊夢、魔理沙も同じで、空中には不思議な静寂が広がっていた。

 ようやく痛みを押し殺したらしいフランドールは、花子を解放しつつ、照れくさそうに頬を赤らめた。

 

「えへへ、なんだか、体が勝手に動いちゃった」

「ごめんね、フランちゃん。ありがとう」

「いいの。このくらい、へっちゃらだよ。それより花子、よく避けてたね。すごいよ」

「ううん、そんなことない。フランちゃんが一緒にいてくれたから、がんばれたんだ」

 

 被弾したというのに、二人は手を取り合って、なぜだか嬉しそうだ。

 ずいぶん破けてしまっているとはいえ、二人共が人形のような服装だからか、花子とフランドールの周りだけがやたらと甘ったるい空気になっている。

 悪いわけではないのだが、文はなんだかむず痒くなって、顔をしかめていた。見れば、霊夢も似たような表情で、腕を組んでいる。当ててみせたのに見向きもされず、かといって咎めるのもおかしく、複雑な気持ちなのだろう。

 そんな霊夢の肩に、魔理沙が肘をかけた。ニンマリと口を歪めて、

 

「おいおい霊夢、そんな顔すんなって」

「うるさいわね。ちゃんとスペルを当てたんだから、文句を言われる筋合いはないわ」

「文句なんて言わないぜ。お前の弾幕は確かにすごかった。見事だったよ、ダシにされてるけど」

「……釈然としないわ。私は妖怪退治しているんだし、そのための弾幕ごっこだし、さらに弾幕を当てたっていうのに、なんで私が悪者みたいな気持ちにならなきゃいけないのよ」

 

 ぶつくさとやる霊夢に同情の念を抱きつつも、文はしっかりとその姿を写真に収めた。シャッターの音で気づき、酷く睨まれてしまったが、適当に受け流す。

 空中に花畑を作り出しつつあるフランドールと花子だが、このままでは続きが始まらない。文は咳払いをして、二人の気を引いた。

 

「いつまでやってるのよ。もう十分休んだでしょう」

「うるさい天狗ねぇ。いいじゃないちょっとくらい」

 

 フランドールが唇を尖らせるが、言わんとしていることは伝わったらしく、しぶしぶ花子の手を放した。

 それが合図となり、四人に戦意が戻る。ショットの邪魔にならないよう離れて、文は再びカメラを構えた。

 先ほどまでの空気が一変し、濁った空に緊張感が走り抜ける。花子の二重螺旋を皮切りに、弾幕ごっこが再開された。

 

 開始数分で、お互いが一度ずつ被弾する。花子とフランドールは持ち点は五点、霊夢達は八点に変動した。

 残り点数は少なく、カードも三枚づつと余裕があるというのに、双方ショットに妥協がない。この調子では、決着までそう遠くない。

 勝負がつくまでの短い時間で、皆が全力を出し尽くすだろう。その時にこそ、決め手となるスペルが披露されるのだ。その瞬間を決して逃すまいと、文は多少目が乾いても我慢して、ファインダーを覗き続ける。

 妖怪少女の友情異変。なかなか人間受けしそうな見出しじゃないかと、一人でそっと、微笑んだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 一点が重要なこの場面で、これほど激しい削り合いが起こることに、花子は驚いていた。

 すでに花子達の持ち点は四点になっており、霊夢と魔理沙は六点まで減少している。スペルの射程圏まで得点を持っていったものの、こちらはあと一度被弾すれば、スペル一発で負けが決まってしまう。

 フランドールも攻勢から守りに動きが変わってきているし、花子もショットの頂点を四つまで削り、より多くの妖力を移動に割いている。

 スペルを使うべきかどうか、ずっと迷っていた。花子達に残されたカードは三枚もあり、今使わずにいつ使うのかという状況ではある。だが、魔理沙らも同じ数のカードを持っているのだ。反撃は必須だろう。

 脇をかすめるレーザーが、ドレスの布を引き裂いていく。魔理沙のショットに追い詰められつつある事実が、花子を焦らせる。

 いっそスペルを使ってしまえば、状況は覆るかもしれない。だが、一度浮かんだ迷いが、花子にそれを決心させてくれない。少なくなった桃色の二重螺旋で霊夢と魔理沙を牽制しつつ、距離を取ってばかりだ。

 

「このままじゃ……!」

 

 ポシェットに手が伸びる。しかし、カードを選べない。最後の決め手は決まっているのだが、霊夢達の持ち点を考えると、まだその時ではない。

 後のカードは、文との決闘で使ったものばかりだ。ただ一枚だけ、空白のカードが混じっている。数合わせで入れただけで、スペルは考えていなかった。

 以前見られた技を、疲弊した今の花子が使ったところで、魔理沙達には通用しないだろう。弾幕を交わせば分かる。彼女達は、そんなに甘い相手ではない。

 いっそフランドールにスペルを使ってもらいたかったが、霊夢に追いかけられている彼女に、その様子はない。もしかしたら、大技のために体力を残しているのかもしれない。

 

 白金のレーザーをまたぐように避けて、こうなればどれでも使うしかないと、花子がポシェットに手を突っ込んだ時だった。

 魔理沙の手が、白黒のカードを掴んでいる。カード宣言、霊夢達は、残り二枚。

 花子は体勢が不十分で、立て直すのにわずかな時間がいる。八卦炉を箒の穂先に固定し、魔理沙が狙いを定めた狩人の目付きで、笑う。

 

 光が一点、八卦炉の真ん中に収束し、

 

「いただくぜッ!」

 

 解き放たれたマスタースパークを推進力に、箒が天狗並の急加速をしてみせる。巨大な光線を引っさげて迫るその姿は、まさに流星の如し。

 彗星「ブレイジングスター」。十八番であるマスタースパークをふんだんに利用した飛翔は、人の身では体験できない速度を、魔理沙に与える。

 あまりにも早い体当たりに、花子は文と決闘した時に使われたスペルを思い出す。風を纏った文の突進には、とても苦しめられた。

 しかし、だからこそ、簡単にやられたくないという思いが芽生える。少し痛かったが、背面跳びよろしく体を反らせて、体当たりと後方に向けられたレーザーを躱す。

 本当に危ういところであった。魔理沙自身は難なく避けられたものの、彼女を押しているレーザーに、ドレスの背中をほとんど持っていかれてしまった。

 

「花子、平気!?」

 

 遠くから、フランドールの声が聞こえる。被弾したと思われても仕方なかったが、魔理沙がスペルを止めないので、近づけないようだ。

 高みの見物を始めている霊夢とは対照的に、フランドールは今すぐにでも反撃のスペルを使おうとしている。

 この後に大技が控えているのなら、彼女に無理はさせたくなかった。花子はポシェットに手を入れて、フランドールに叫ぶ。

 

「大丈夫、任せて!」

 

 頷く友人を見て、花子は決意を固めた。どうせダメ元ならば、やれるだけやってみようと、自分を奮起させる。

 再び光線を従えて突進してくる魔理沙に向かって、カードを掲げる。カード宣言、花子達の残りは二枚。

 桃色のカードには、模様が書かれていない。数合わせで入れた、白紙のカードだ。

 思いつきのスペルだが、きっとできる。まだ妖力には余力があるし、魔理沙のマスタースパークが、とても良いヒントになってくれた。

 今度は余裕を持って体当たりとレーザーを避け、花子は両手を伸ばした。集中し、妖力を縁に結びつけ、水を繰る。

 手元に現れてくれさえすれば、後はどうとでもなる。狙いを魔理沙に定めて、水の力を、文字通りぶっ放した。

 

「いっ――ちゃえぇぇぇぇッ!」

 

 怒涛の水流が、突っ込んでくる魔理沙に突き進む。

 水洗「ウォーターパイプバースト」。マスタースパークをヒントに、まさに今思いついたスペルだが、この技は近い将来、花子の決め手の一つにまで昇華されることになる。

 突如使われた水のスペルに、魔理沙が急激に方向転換をする。帽子がふわりと舞い飛んで、水流の中に消えた。

 あまりにも荒い妖力の制御で、こんなところを師の萃香に見られたら怒られそうだと、花子は内心で苦笑する。しかし、雑把な妖力操作でこれほどの技が使えるのなら、悪くはない。

 視線を下方に移す。どうやら、魔理沙の弾幕魂に火をつけてしまったらしい。凶暴な、しかし愉快そうな眼光が、花子を捉えて離さない。

 一瞬怯んで水流を撃てず、体当たりを回避する。真横をレーザーが駆け抜けていく恐怖は、いつまでたっても慣れそうにない。

 いっそ霊夢を狙うかと探してみて、眉を寄せる。ハラハラと胸元を掴んで見守るフランドールの、すぐ背後にいるのだ。水流を苦手とする吸血鬼の友達がいては、このスペルは撃てない。分かってやっているのだとしたら、なんとずるいことか。

 

「よそ見してたら、轢いちまうぜ!」

 

 我に返り、花子は右を向いた。至近距離まで近づかれていたのだ。

 またも体から数センチのところで、体当たりとレーザーを回避する。今度はスカートの裾をかなり持っていかれて、右足側だけが、外の世界で見たミニスカートと同じ程度まで短くなってしまった。

 遠ざかる魔理沙の背中に水流を放つも、魔理沙には届かず、妖力となって霧散していく。

 

「くぅっ……」

 

 やはり、にわか仕込みでは通用しないのか。別のスペルにしておいたほうが良かったかと後悔しかけたが、もう宣言してしまったものは仕方がない。

 次の突進が来る前に妖力を練り上げ、水を手に呼び、こちらに箒を向けた魔理沙に解き放つ。

 水の奔流を正面から撃たれても、魔理沙は冷静だった。箒を捨てて飛び上がり、水流に吹き飛ばされた箒を素早く手の中に引き寄せて、再度マスタースパークで加速してくる。

 おおよそ、体の弱い人間が思いつく戦い方ではない。しかし、魔理沙ならば仕方がないと思えてしまえる不思議さもあった。水流を外しても、笑みさえ浮かんでしまう。

 魔理沙が標的を変えた。突然花子に背を向けて、真っ直ぐフランドールへ向かう。すっかり観戦者になっていたフランドールが、大慌てで逃げ出している。その後ろにいた霊夢もまた、魔理沙に罵声をぶつけながら、急いで上昇した。

 なぜ、という疑問は浮かばなかった。魔理沙は楽しんでいるのだ。黙って見ているなんて許さない、お前達も混ざれとばかりに、フランドールを追い掛け回している。

 そうなれば、花子もやることは一つだった。上空でやれやれと額の汗を拭いている霊夢に向かって両手を突き出し、

 

「顔を洗う水なら、ここにいっぱいあるよ!」

 

 水流を放つ。一息つきかけていた霊夢が、またも目を丸くして、流れ来る水を避ける。被弾とまではいかなかったが、それでも水滴で霊夢の服を濡らすことくらいはできた。

 フランドールは、まだ避けてくれているようだ。むしろ、今は楽しそうに魔理沙の体当たりを避けてはからかっている。

 注意は怠らないつもりだが、それでも魔理沙は当分花子を狙わない気がした。彼女のことだから、より自分のスペルを楽しんでくれる相手を狙うはずだ。

 しかしそうなると、花子の相手は霊夢ということになる。高速移動を続ける魔理沙より、ずっと当てにくいと思わせる相手だ。

 怖気づいていては始まらないと、花子は何度も水流を撃つが、やはり簡単に避けられてしまう。

 

「勢いがあったのは、最初だけね。避けてみればなんてことはない、こけ脅し」

 

 霊夢に挑発されても、花子は反論できなかった。事実急造のスペルなのだから、大それたものではない。

 だが、馬鹿にされて黙っているのも癪だった。花子にとって水の縁は、文の風に対抗すべく手に入れた、自慢の力なのだ。

 なんとかして、霊夢に一泡吹かせたい。撃っても撃っても安定した回避を見せる霊夢には、今のままでは通用しない。

 ラストスパートにはまだ早いが、仕方ない。うまく操れるか不安だが、花子は両手で一本に絞っていた水流を、二本に分割した。右手で撃ちだし、すかさず左手で追い打ちをかける。

 まだまだスペルとしては未完成なせいか、水流は一本の時に比べていかにも細くなってしまう。それでも、霊夢が先ほどより避けにくそうにしているところを見ると、効果はあるようだ。

 しかし、花子の消耗も増した。一本を分割したのだから、妖力の消耗に変化はないと思っていたのだが、連射性も上がったからだろうか、早々に息が切れ始める。

 霊夢の背中を追いかけながら水流を放っているうちに、花子はすっかり背後への警戒を怠っていた。聞こえた声で、我に返る。

 

「花子、後ろに魔理沙!」

「ッ――!」

 

 振り返る余裕などない。勘を信じて宙返りをすると、最初よりずっとスピードの増した魔理沙が駆け抜けていった。箒の穂先から放たれるマスタースパークも、さらに巨大になっている。

 なんとか避けられたが、あと一瞬反応が遅れたら、間違いなく被弾していた。安堵の息は一瞬、霊夢に激突しかけて文句を言われている魔理沙に、花子は水流をぶっ放す。

 気づかれ、口論を途中で切って、霊夢と魔理沙が散開する。水流は二人がいなくなった空間を駆け抜けて、妖力となって消えた。

 

「花子」

 

 いつの間にかそばまで来ていたフランドールに、肩を叩かれる。振り返ると、彼女はそれ以上何も言わず、ただはっきりと頷いた。

 たったそれだけで、花子はきっとスペルを当てられるという自信を身につけられた。同時に、賭けてみたい策を思いつく。

 

「フランちゃん、あのね」

 

 手短に作戦を説明すると、フランドールは「分かった、いいよ」と微笑んで、さっそく魔理沙に向かって飛んでいく。魔理沙の狙いがフランドールに移ったのを確認し、花子も動き出す。

 狙いは変わらず、霊夢だ。二本の水流で狙いを定めては撃ち、やはりあっけなく避けられる。花子は悔しそうに唇を噛むが、内心ではこれでいいとほくそ笑んでいた。

 霊夢は勘が働く。天性の勘で策を悟られる前に、実行に移さなくては。ちらりとフランドールに目をやると、作戦通り、うまく魔理沙を誘導してくれている。

 こちらも、気付かれないように注意しつつ、水流を避ける方向でうまく霊夢を動かせている。もう少しだが、スペルの残り時間も残り少ない。

 

 水流を放ち、霊夢が左に回避する。その瞬間、勝負の時がきた。

 フランドールが誘導してくれた魔理沙と、霊夢を挟んだ花子の位置が、ちょうど直線になった。これでは、霊夢が壁となり、魔理沙からは花子の姿が見えないはずだ。

 一秒もなくていいのだ。花子は即座に行動に移す。後ろを向き、霊夢と魔理沙に背を向ける形で、思いっきり強い水流を放つ。

 放たれた水流を推進力に、今まで経験したこともない速度で、花子は飛んだ。

 急加速した花子に気づき、霊夢が回避のために急いで下降する。遮っていた者がいなくなり、猛進してくる魔理沙の瞳に、花子が映った。

 花子はすでに前を向き、その手に水を呼んでいる。避けようとしても、もう間に合わない。

 

「……!」

 

 魔理沙が、口元を歪めた。この、被弾がほぼ決まった状況で、笑っている。強者の余裕か、それとも。

 ためらっている暇はない。花子は水流を発射した。同時に、箒の穂先が吹き飛ぶほどのレーザーで、魔理沙が最後の猛加速を見せる。

 今更突っ込んできても、水流が先に当たるはずだ。そう、わずかに感じた花子の自信は、いとも容易く砕かれる。

 突然箒を離し、魔理沙は飛んだ。その体は慣性のままに前進はすれど、今も加速を続ける箒の方が速い。

 レーザーに押し進められる箒は、水流の勢いに負けることなく、突き抜けてきた。

 

「う、うそっ――」

 

 まさか、箒ごときが怒涛の水流を突破してくるとは思わなかった。予想外の事態に動けず、花子は箒の柄をもろに食らう。

 空が反転する。自分が吹き飛ばされているのだと気づくのに、時間がかかった。

 揺らぐ視界の端で、魔理沙を見つける。彼女もまた、空に放物線を描いて吹っ飛んでいた。魔理沙の服からは、大量の水滴が散っている。

 

 花子と魔理沙、同時に被弾。花子とフランドールの持ち点は、残り一点。霊夢と魔理沙は、残り三点。

 

 箒に当たっただけだというのに、花子は気が遠くなるほどの衝撃に見舞われていた。抱きとめてくれたフランドールの顔が、ぼやけて見える。

 

「花子、しっかり!」

「うぅ……フランちゃん、ごめんね。相打ちになっちゃった」

「ううん、十分だよ。すごいよ花子、びっくりしちゃった」

「まったくだ」

 

 声に振り向けば、ずぶ濡れになった魔理沙が、いつの間に呼び寄せたのか、花子に当たった箒に跨っていた。

 霊夢に借りたハンカチで顔を吹いてから、魔理沙は一息ついたとばかりに大きな息を吐き出す。

 

「まさか、私のマスタースパークをパクるとはな。謝罪と賠償を要求するぜ」

「あんただって、人のスペルをよく真似するじゃない。そのために研究してるくせに」

 

 返されたハンカチを袖の中にしまいつつ、霊夢が呆れの混じった声音で言った。これに魔理沙は、心外とばかりに、

 

「私は盗んでないぜ。ただのオマージュだ」

 

 ぼんやりとした頭では、いまいちどんなやり取りなのか分からなかった。フランドールが苦笑しているあたり、取るに足らない会話なのだろうと、花子は納得した。

 だんだん意識が覚醒してきて、ようやくフランドールの支えなしで飛べるようになった。両手を握っては開き、空中で屈伸などして、体の具合を確かめる。

 

「……よし」

「いける?」

 

 フランドールの問いに、強く頷く。

 花子達の持ち点は、あと一点しかない。ショットの撃ち合いという選択肢は、そこにあるわけがない。

 霊夢と魔理沙も、それを分かっているはずだ。余裕を見せたいのか、こちらの出方を伺っている。先手は譲るということだろう。

 カードを召喚し、フランドールが呟く。

 

「それじゃあ、本気でいくよ」

 

 カード宣言、花子達は、残り一枚。

 戦闘の間合いに、霊夢達が離れる。フランドールから感じる並々ならぬ気迫に、花子も思わず後ずさった。

 残った二枚ずつのスペルカードを出し切る、最後の大勝負。異変の決着は、もう目前に迫っている。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 そのスペルを、花子は見たことがなかった。

 濁色の空に、フランドールの姿はない。しかし、彼女の魔力は、その存在感は、圧倒的なほど、幻想郷の空に満ち満ちている。

 どこからともなく現れる、七色の霧を撒き散らす青白い魔力弾が、霊夢と魔理沙をありとあらゆる方向から、攻め立てている。

 秘弾「そして誰もいなくなるか?」。フランドールは、消えたのではない。前触れもなく突然出現する全ての魔力弾が、彼女自身なのだ。

 耐久型と呼ばれるスペルである。魔力弾となったフランドールに被弾させることはできないので、霊夢達はただ耐えて、逃げ延びるしかない。

 しかしそれは、敵がフランドールのみだった場合に限る。空気中に広がるフランドールの気迫に呑まれていた花子は、魔理沙が掲げたスペルカードで我に返った。

 魔理沙、カード宣言。霊夢と魔理沙の残り枚数、一枚。

 

「全力全開、いくぜぇぇぇッ!」

 

 魔理沙の叫びに、花子は必死に逃げた。どこまでというものはない。どこまででも、逃げたくなった。

 八卦炉の輝き、それは、花子に人里の寺子屋で感じた恐怖を想起させるに十分なほど、強く激しい光だったのだ。

 放出された、超特大の光線。独特の爆音が、幻想郷を揺るがす。

 魔砲「ファイナルスパーク」。その巨大さは、ともすれば紅魔館を簡単に飲み込みかねないほどだ。

 かなりの距離を飛んで避けたはずなのに、光線は花子のすぐ背後を流れていく。あまりの巨大さに、思わず腰が抜けそうになった。

 自分で頬を叩いて叱咤し、反撃のタイミングを伺う。もう、出し惜しみをしている場合ではない。

 さすがに反動が大きいのか、魔理沙は連発をしてこない。フランドールの魔力弾を避けつつ、八卦炉に魔力を注入している。

 妨害すべきか、それとも霊夢を狙うか。迷いながら霊夢の様子を伺う。

 

「……だめかも」

 

 霊夢は狙えない。花子の、妖怪としての本能が告げている。今の彼女には、近づけない。

 紅白のカードが、投げられる。カード宣言、霊夢達は、カードを使い切った。

 霊夢の周囲に、八つの陰陽玉が浮かび上がる。目を閉じた霊夢が、両手を広げた。

 青白い魔力弾が、霊夢に迫る。被弾するはずのそれらはしかし、全てその体を通り抜けてしまった。そこには確かに霊夢がいるのに、まるで不透明な透明人間を見ているようだ。

 博麗霊夢が究極奥義、「夢想天生」。あらゆるものから()()()()()彼女の前では、いかなる弾幕も意味を成さない。

 

『避けて!』

 

 頭の中に、フランドールの声が響く。声に従い、跳ねるようにその場を離れた。直後、陰陽玉から放たれた無数の札が、高速で駆け抜けていく。

 無敵になったばかりではない。弾幕としての威力も、今まで霊夢が見せてきたスペルで群を抜いている。博麗の札の輝きが、それを物語っていた。

 大量の札を避けたところで、魔理沙のレーザーが目前を駆け抜ける。急ブレーキでなんとか被弾を免れたものの、背中に走る戦慄は消せない。

 巨大な光線は霊夢を巻き込んだはずだというのに、光が消えた後の霊夢は、やはり宙に浮かんだまま、目を閉じて微動だにしていない。

 対等に戦えると思っていた自分を、花子は恨んだ。こんな人間、無茶苦茶ではないか。

 

『怖がらないで。きっと勝てるから』

 

 音ではないフランドールの声が、優しい。安心感に包まれ、花子は目を覚ました。

 

「ありがとう、フランちゃん」

 

 フランドールがそばにいるのだ。友達が戦っているというのに、負けを恐れて縮こまっては、失礼ではないか。

 青白い魔力弾は、魔理沙に狙いを絞り始めた。その魔理沙は花子を狙っているし、目を閉じたまま自然に放たれる霊夢の弾幕もまた、花子狙いだ。

 博麗の札と巨大レーザーに追いかけられても、花子はもう恐れなかった。光の如き速度の札を避け、魔理沙の八卦炉がこちらに向いた時、花子はポシェットのカードを抜く。

 少ない余力を、この一枚に注ぎ込む。カード宣言、花子とフランドールのカード枚数は、〇枚となる。

 

 花子のスペル発動より早く、魔理沙が超級のレーザーを放つ。空を白く染め上げる光線は、もう避けられない。

 光線が爆散する。飛び散る光に、フランドールの魔力弾や霊夢の札が吹き飛ばされる。

 光が消え、勝ち誇った魔理沙の顔が、驚愕に歪む。花子に届いたはずの光線は、その手前で、掻き消えていたのだ。

 地面から伸びる、巨大な巨大な妖力の掌が、魔理沙の魔砲を遮っていた。

 見れば、空のいたるところに、白く不健康な手が伸びている。レーザーを防いだ手よりは小さいものの、蠢く手と長い腕は、十分すぎるほど不気味だ。

 怪談「花子さんの手招き」。花子の妖力を最大限に使い、実体化した無数の腕は、ぐにゃりと歪に折れ曲がる。

 

 レーザーに撃たれた巨大な手が、消える。刹那、全ての腕が、一斉に動いた。無限に伸びて、魔理沙に掴みかかる。

 無数の腕を操りながら、花子は回避行動を止めない。攻勢に出たところで、無敵となった霊夢の札が止んでくれるわけではないのだ。

 陰陽玉から撃たれる博麗の札は、速い。呼吸も許されぬスピードで迫る札が、花子のドレスを引き裂いていく。 

 フランドールの魔力弾も魔理沙を追い立てているが、魔理沙は青白い魔力弾と花子が操る妖力の腕を、まとめて怒涛のレーザーで消滅させた。

 腕を消されても、花子に痛みはない。しかし、妖力が大きく削がれた感覚は、容赦なく襲い掛かってくる。

 

「くぅっ……」

 

 呻きながらも、消えた分の腕を再召喚する。地面からにゅるりと生えた白い手が、再び魔理沙へと伸びていく。

 残った妖力を全て絞り尽くすつもりで、花子はスペルを構成し続ける。霊夢の札が容赦なく襲い来るが、いつまで対処できるだろうか。

 長時間避ける自信はない。スペルも、長く続けることはできないだろう。皆が皆、奥義と呼べる技を使っているのだ。長く持たないのは、花子だけではない。

 最後の一瞬まで、全力でいたい。こんなにも強い皆と戦える時間を、一秒たりと無駄にしたくはなかった。

 ダメ元で霊夢に腕を伸ばしてみたものの、彼女を掴んだはずのゴム質の腕は、手応えもなく空気を握り締める。直後、博麗の札で消し飛ばされてしまった。

 やはり、効かない。魔理沙を狙うしかない。狙いをつけてくる札を近くにある妖力の手で相殺しつつ、花子は標的を目指す。

 

 フランドールの弾幕がより激しくなり、魔理沙は攻撃に出れず歯噛みしていた。狙うなら今だ。十本以上の腕を魔理沙に伸ばす。

 しかし、さすがにただでは当たってくれない。あっという間に全ての腕を回避され、青白いフランドールの弾までも躱しきり、一瞬の隙を突いて、魔理沙が反撃に出る。

 全ての弾幕をかき消すレーザーが、花子に向けられた。爆音と圧倒的な輝きをもって撃たれた光線が、下降した花子のすぐ頭上を駆け抜ける。

 なんとか避けられた。しかし、次はないかもしれない。光線がパワーアップしていたし、今の一撃でまた多くの腕が破壊され、花子の妖力が大量に削られたのだ。

 

「このままじゃ……」

『花子、落ち着いて』

「う、うん」

 

 頭に直接話しかけてくるフランドールの声に首肯するも、その自信はなかった。

 回復もままならぬ状態で、博麗の札が容赦なく迫る。霊夢の周りを回転する八つの陰陽玉は、徐々に飛ばす札の数を増やしている。

 ラストスパートだ。フランドールの弾幕も量が倍以上に膨らんでいる。

 だが、花子はスペルを強化することができなかった。もう、妖力が残っていないのだ。今の状態を維持するだけでも、精一杯だった。

 悔しかった。もっとがんばりたいのに、その力がないことが、ただ情けない。涙すら浮かびそうになっていると、背中に暖かなものを感じた。

 フランドールだ。ほとんど透明なフランドールが、花子の小さな背に掌を当ててくれている。

 

『大丈夫、私は花子を頼りにしてるよ』

「でも、でも私、何もできないよ」

『そんなことない。花子にしかできないことが、ちゃんとあるよ』

「私にしか――」

 

 フランドールの温もりが消える。目前にまで迫っていた博麗の札と魔力弾が衝突し、霊力と魔力とが、空中に散った。フランドールが守ってくれたのだ。

 そうだ、何も攻めるばかりが弾幕ごっこではない。花子は思い出した。弱者には弱者なりの戦い方がある。そのための、回避ルールではないか。

 どちらかの弾幕を避けきって加点となっても、花子達の持ち点は三点になるだけだ。被弾したら、どちらにせよ削られてしまう。

 ならば、両方とも避けてしまえばいい。回避はうまいと、皆が褒めてくれたのだ。きっとできると、花子は自分に言い聞かせる。

 

「できる……やってみせる」

 

 全ての腕を、自分の周囲に集める。突然の防御姿勢に、魔理沙が訝しんだ。

 しかし、いつまでも悩む魔理沙ではない。八卦炉に満ちた魔力を、レーザーとして打ち込んでくる。

 魔力弾が間に入り、相殺を試みてくれる。フランドールの青い弾はことごとく掻き消されたが、わずかに威力を削いだように、花子には見えた。

 すかさず飛び上がる。妖力の腕五本を壁にして、今度は確実に勢いを殺し、すんでのところで光線を飛び越える。

 そのすぐ上に、博麗の札が迫っていた。見れば、目を閉じていたはずの霊夢が、開眼している。依然無敵なままで、陰陽玉から放たれる博麗の札は速度も精度も、さらに練磨されている。

 無限を思わせる数の札に、花子のドレスが原型を留めぬほど八つ裂きにされていく。回避を試みるも、全てを躱すのは厳しいと判断し、花子は妖力の腕で札を防いだ。

 弱った妖力の腕では、何度も防ぎきれない。一、二枚の札を受け止めただけで、妖力の腕は消滅し、花子の力も削がれていく。

 

 青い魔力弾の間を抜けて、魔理沙が再度八卦炉を向けてきた。もう高速の飛行はできない。特大の光線を避けられる自信は、なかった。

 

『花子!』

 

 友の声に、最後の力を振り絞る。フランドールの魔力弾も、花子を守るように固まってくれた。

 泣いても笑っても、最後の一撃になるだろう。渾身の力を込めて、花子は最初に召喚した巨大な手を、再度作り上げた。

 

「悪いが、決めさせてもらうぜ!」

 

 魔理沙の声と共に、今までで一番巨大で強力なレーザーが放出される。直視できない輝きを前にしても、花子は目を逸らさない。

 大きな妖力の掌が、レーザーを受け止めた。しかし、光は簡単に消えず、巨大な手は、徐々に押され始める。

 今のうちにフランドールに魔理沙を狙ってもらいたいが、彼女の魔力弾が間に入ってくれたからこそ、こうしてギリギリ相殺できているのだ。もしフランドールの援護がなくなれば、間違いなく押し負ける。

 耐え切るしかない。耐えて、後にフランドールに止めの一撃を決めてもらえばいいのだ。

 

「もう、少しッ……!?」

 

 自分を励まそうとして、失敗した。レーザーに注視するあまり、背後の霊夢が弾幕を展開していることに、気づくのが遅れたのだ。

 全ての陰陽玉が砕け、霊夢の無敵化に使われていた霊力全てが、博麗の札に変換される。その規模と威力は、魔理沙のレーザーを上回るだろう。

 挟撃されて、花子は咄嗟に霊夢へ左手を向け、妖力の腕をもう一本召喚していた。キャパシティを超える妖力を使い、極度の目眩に襲われる。

 

「うぅっ」

 

 二本目の巨大な掌が、博麗の札を受け止める。霊夢の弾幕を防ぐことはできたものの、スペルを維持するのがきつい。レーザーと札に押されていき、妖力の掌が削られていく。もう持ちそうもない。

 守ってくれている魔力弾を作っているだろうフランドールも、辛いはずだ。自分だけが弱音を吐くものかと、花子は最後の気力を振り絞った。

 掌が、レーザーと札を押し返す。もうすぐだ、もう少しで、霊夢と魔理沙に勝つことができる。ここで耐えることができれば――

 しかし、その一瞬は、あまりにも遠すぎた。

 

「ふぁっ……」

 

 おかしな息が漏れ、全身の力が抜ける。とうとう、限界が訪れた。

 まさか、こんなところで、お願い、もうちょっとだけ。様々な言葉が脳裏をよぎるが、どうしても力が入らない。

 

『花子!』

 

 フランドールが呼ぶ声に、返事ができなかった。

 妖力の掌が消え、フランドールの魔力弾も弾幕に飲み込まれ、花子を守るものは、もうない。

 霊夢の札と魔理沙のレーザーが、花子の体を容赦なく飲み込んだ。痛みは、通り越していた。

 

 花子、スペルに被弾。花子とフランドールの持ち点は、〇点となる。

 

 光と札が消え、全身を打たれた花子は、ふらついてから、飛ぶこともできずに落下を始めた。もうどこにも力が入らない。耐えられなかった、負けたのだと思うと、余計に脱力感が襲ってきた。

 実体化したフランドールが、花子を抱きとめる。必死に名前を呼んでくれているが、悔しいことに声が出ない。

 唇だけでごめんねと伝えると、フランドールは首を横に振ってから、微笑んでくれた。見慣れたはずの笑顔が、花子の心を癒してくれる。

 霊夢と魔理沙が駆けつける。さすがにやりすぎたと思ったのだろう、心配の声をかけてくれた。やはり、答えられなかった。

 立つ力もないし、息をするのも一苦労だ。皆の表情を見ると、自分はよほど辛そうな表情をしているのだろうなと、花子は分かった。

 しかし、それでも、満足だった。とても楽しい弾幕ごっこだった。

 少し苦しかったけれど、花子は笑ってみせた。本当に楽しいひとときだったのだと、皆に伝えたかった。

 ようやく、霊夢と魔理沙も笑ってくれた。楽しい時間を共有できた、それだけで、花子は満たされた思いになるのだった。

 

 

 弱小妖怪御手洗花子、一世一代の大異変が、幕を下ろした。

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