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五枚目だよ。
弾幕ごっこには、結局負けてしまいました。がんばったのだけれど、霊夢と魔理沙は、やっぱり強かったよ。
でも、ちょっとは強くなれたかな、なんて。フランちゃんと一緒だったけど、そこそこがんばれたと思うの。男の子がゲームやスポーツに夢中になる理由、分かっちゃったかも。
もうクタクタだけれど、パーティーはこれからが本番だそうです。霊夢達が着替えに行って、テラスには妖怪がいっぱい集まってるの! 萃香さんやこいしちゃんはいないみたいで、残念だなぁ。
私も、赤いワンピースに着替えたよ。フランちゃんに借りたドレスは可愛いけれど、着慣れた服には敵わないね。地味だけれど、こっちの方が、やっぱり好きだな。
なんだか私ばかりが楽しむ手紙で、ごめんね。太郎くんにも、少しだけでも楽しさが伝わればいいな。いつか一緒に、レミィ達と遊べたらいいね。
フランちゃんが呼んでいるので、そろそろ行きます。長くなっちゃったけれど、読んでくれてありがとう。また、おたよりしますね。
それでは、お元気で。
花子より
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異変を初めて経験した花子にとって、異変後にお決まりとなっている酒宴に参加するのも、もちろん初めてのことだった。
せいぜいが紅魔館の皆と花子、霊夢と魔理沙、そして文を交えた程度の人数だと思っていたのだが、どこからともなく妖怪が集まってきて、紅魔館のテラスはどんちゃん騒ぎとなっている。
異変が終わり、霧が晴れた頃は、すでに夕方だった。皆衣服がボロボロだったので、一度着替えてから再集合という形になり、日が落ちてから、酒盛りは始まった。
花子も赤いワンピースに着替え、レミリアとフランドールに挟まれる形で、テラスの手すりに腰掛けている。
「異変……終わっちゃったなぁ」
「そうだねぇ、あっという間だったわ」
星空を見上げて、フランドールが呟く。まだまだ遊び足りないようだ。
「うぅん、もっと弾幕がしたいなぁ。花子、あとで遊ぼうよ」
「私はもう、煙も出ないよ」
頬を掻いて答えると、フランドールは残念がりながらも、それ以上誘うことはなかった。弾幕ごっこの終盤戦で花子が無理をしていたことは、誰よりも彼女が知っているからだ。それでも誘ってくるあたりが、フランドールらしい。
体力が回復するまで、一時間近くもかかってしまったが、今ではすっかり元気だ。妖力まで戻ってはいないので、言った通り、弾幕などとても撃てないが。空を飛ぶのも怪しいかもしれない。
「さて花子、異変はどうだったかしら?」
足をぶらぶらやっているレミリアに聞かれて、花子は間を置かずに答える。
「楽しかった、とても。といっても、私は異変っぽいことを何もしていないのだけれど」
「そんなことないわ。霊夢と魔理沙を相手によく戦っていたじゃない。黒幕っぽい妖怪っぷりだったわよ」
褒められているらしいので、素直に「ありがとう」と告げた。黒幕らしい妖怪といっても、花子は異変に立ち会ったこともないので、いまいち分からなかったが。
しかし、我ながらよくやったと、花子は自画自賛できた。結果は敗北だったし、最後の弾幕には手も足も出なかったが、全体を通してみれば接戦だったのだ。
大妖怪と並んだなどとは、口が裂けても言えない。しかしそれでも、花子は自分が強くなったと実感することができた。これでまた少し、一人前に近づけただろうか。
テラスのテーブルで文花帖に覚書を書いていた文が、筆を置いた。三人揃ってテラスに降りてから、レミリアが文に訊ねる。
「どう? いい記事になる?」
「えぇ、まぁ。紅霧異変や永夜異変などと比べるとちょっとアレですが、目立つ一面記事にはなりそうです」
「楽しみだわ、ちゃんとウチにも届けてよね」
あまりにも瞳を輝かせるレミリアに、文は苦笑交じりに頷いた。
花子の視線は、せわしなく動きまわる咲夜達に移った。美鈴と小悪魔、そして幾人かの妖精メイドと共に、客人となる妖怪達をもてなしている。
その中の一つ、一際賑やかなテーブルには、霊夢と魔理沙がいた。ようやくお目当てのものにありつけた霊夢は、幸せそうな顔で美鈴が作った中華料理を頬張っている。花子も先ほど頂いたが、とても美味しかった。
魔理沙はといえば、妖怪に囲まれながら、紅魔館には似合わない一升瓶を手に大騒ぎをしていた。人間の少女だというのに、妖怪を相手に面白いほど打ち解けている。
とても楽しそうだが、魔理沙達のテーブルにいるのは、知らない妖怪がほとんどだ。なんとなく、混ざりにくい。
「心配しなくとも大丈夫よ。あの子達は無理矢理でも飲ませてくるから、嫌でも馴染めるわ」
文と同じテーブルで本を広げていたパチュリーが、微笑んだ。よほど羨ましそうな顔をしていたのかと、花子は少し赤面する。
パチュリーに言われても、やはりすぐに混ざろうという気にはなれずもじもじしていると、レミリアとフランドールが、花子の手を引いた。
「行きましょう、花子。あなたは主犯なんだから、一番賑やかなところにいなければね」
「そうだよ、みんなで騒いだほうが楽しいもんね。私も友達いっぱい、作らなきゃ!」
吸血鬼姉妹の無邪気な笑顔に負けて、花子は導かれるままに、賑わっている霊夢達のテーブルに向かった。
テーブルに腰掛けたり一升瓶をらっぱ飲みしたりと、お行儀が悪い連中が固まっている場所でもあるが、そこは確かに賑やかだった。豪華なパーティーではなく、まさしく宴会といった盛り上がり方だ。
妖怪少女と肩を組みながら飲んでいた魔理沙が、花子を見つけた。目が合うと、彼女は大声で、
「おぉい、花子! 吸血シスターズも、こっちに来いよ!」
その声を聞いてか、魔理沙と霊夢を囲んでいた妖怪達が、一斉に花子達を招き、椅子に座らせた。テーブルの上はひっちゃかめっちゃかで、料理も小分けされておらず、好き勝手につまんで食べている状態だ。
花子の手を引き寄せて、魔理沙が大勢の妖怪に向かって、何やら偉そうに胸を張った。
「よしお前ら、よぉく聞け! ここにいるお方はなぁ、虹色異変の首謀者の一人、御手洗花子。私と霊夢を苦戦させた、大妖怪様だ! 外の世界では伝説だったらしいぜ!」
テーブルがどよめき、酔っ払って赤い顔をした妖怪達が、拍手やら口笛やら、好き勝手に煽りだす。恥ずかしくてたまらなくなり、花子は思わず手を振って否定した。
「ち、違うよ! 私はそんな、大げさなもんじゃ」
「酒の席だ、思いっきり誇張表現していいんだよ。ほら、次、次!」
こんなに大勢に囲まれるのは初めてなのだろう、意気込んでいた割りにオロオロしていたフランドールが、魔理沙に引っ張られる。
「首謀者そのニを紹介するぜ。会ったことある奴はいないだろうな、紅魔館の悪魔の妹、フランドール・スカーレット嬢だ! 霧を出したのはこいつだな。姉貴より頭がいいんだぜ!」
「よ、よろしく……」
少し人見知りをしたらしく、普段の彼女らしくない消極的な様子で、フランドールが小さく答える。場が一瞬静まったが、次の瞬間には爆発的に騒がしくなり、こいつが噂の、だの、
自分達ばかり持ち上げられて、レミリアがいじけていないだろうかと、花子は後ろを振り向いた。しかし、そこにレミリアの姿はない。
「あ、あれ? レミィは?」
「あっちだな」
魔理沙が指差すその先には、美味しい料理に囲まれてご機嫌な霊夢に酌をする、レミリアの姿があった。ニコニコと楽しそうに会話をしていて、弾幕ごっこで激しく戦っていた姿は、もう思い出せなくなりそうだ。そちらにも何人かの妖怪が一緒にいて、吸血鬼は嫌われ者だということが嘘に思えるほど、仲良くやっている。
もしかしたら、吸血鬼が敬遠されているというのは、デマなのではないか。それを魔理沙に訊ねると、彼女は少しだけ真顔になり、難しそうに唸った。
「それは、嘘じゃないんだよな。レミリアは特に生意気な感じだから、あんまりいい風には思われてないってのが本当だ。吸血鬼異変で幻想郷が大変なことになりかけたのも事実だし」
「……」
「でもまぁ、だんだん仲良くなってきてるんだ。こうやって、酒の席だと楽しく飲めるし、そういう機会も増えてきた。妹君の方も、うまくやってるみたいだしな」
見れば、フランドールは妖怪達と打ち解けていて、羽のクリスタルから霧を出してみたり、手品代わりにチキンの骨を破壊してみたりと、能力を宴会芸にしてすっかり人気者だ。
友達が楽しそうにしているのを見ると、花子もつい、破顔してしまう。悪魔らしく傲慢な姉妹だが、根は素直な少女なのだ。これからも少しずつ友人を増やしていくだろう。
その中の一人にいることが嬉しくもあるが、なんとなく彼女らが遠くに行ってしまうようで、少し寂しくもある。自分勝手な思いではあるが、花子はそれだけ、レミリアとフランドールを身近に感じているのだ。
なんとなく考え込んでいると、魔理沙に頭をこづかれた。
「なに辛気臭い顔してるんだよ。お姉さんが悩みを聞いてやるぜ」
「別に、悩んでいるわけじゃないよ。ただ、その」
チラチラとフランドールに視線をやる花子に、きょとんとしていた魔理沙はようやく気づいたらしく、快活に笑いながら、花子の背中を押した。
「なに遠慮してるんだよ、行ってこい行ってこい」
「で、でも……」
「気遣いなんて、この場にゃ似合わないって。おぉい、フラン!」
魔理沙に呼ばれて、フランドールが振り返る。彼女を囲んでいる妖怪達も、同時にこちらを向いた。
「花子が混ざりたいって拗ねてるぜ!」
「ま、魔理沙!」
「本当のことだろ? ほら」
促されるままに一歩踏み出して、花子は遠慮がちにフランドールに手を振る。魔理沙の言うとおり、いちいち気にするようなことではないと分かっていても、どうしても行きづらい。
歩き出せずにいると、フランドールが駆け寄ってきて、花子の手を取った。
「花子、ごめんね。のけものにするつもりなんかなかったの、本当だよ」
「う、うん、分かってるよ。私こそ、なんだかごめんね。普通に話しかければよかったのに」
「盛り上がっちゃってたもんね、声をかけにくかったと思うよ。おいで、みんなに紹介してあげる」
導かれるままに、花子はフランドールがいたテーブルに向かう。多種多様な妖怪が、花子を興味深そうに見つめている。
羊のような角があったり、足が蛇になっていたり、どの妖怪も特徴的な容姿を持っていた。その中で一際無個性な花子は、どうにも恥ずかしくなってしまう。
好奇の視線が集まり俯く花子に、羊の角を頭に生やした妖怪少女が訊ねた。
「フランドール、その子も異変の主犯なんだっけ?」
「うん。花子はね、私の、一番の友達なんだ」
嬉しい紹介に、花子は照れやらなにやらで顔を真っ赤にして、
「こ、こんばんは。御手洗花子です」
「花子はねぇ、外の世界から来たばかりなんだよ!」
なぜか自慢げに、フランドールが胸を張る。すると、周囲の妖怪から「おぉ」と歓声が上がった。
外の世界から来たのは本当だが、もう一年経っている。まだ来たばかりという時期は、もう過ぎ去ったように思えるのだが、フランドールの友人自慢は続く。
「外の子供達は、みーんな知ってた妖怪なんだって。『トイレの花子さん』っていって、日本中で伝説として語られていたんだって。ね、花子」
「えぇと、間違っちゃいないけど……」
誇張表現というわけでもない。事実そうだったし、日本中を忙しく駆けまわったのも本当だ。しかし、学校の怪談としてがんばっていた仲間のことを思うと、自分だけが偉ぶるのも申し訳ない。
今もまだ、大勢に囲まれる緊張から抜け出せていないが、花子はそれでも、おずおずと語り出した。
「あの、私の他にも、トイレの妖怪がいるの。太郎くんっていうのだけれど」
「手紙にいつも書いてる、太郎くん?」
フランドールの問いに、首肯する。
「うん。太郎くんはね、私と同じで、お手洗いで子供を驚かす妖怪なの。私はほとんど太郎くんと一緒にいたから、セットで噂になることが多かったんだ――」
懐かしい友人の話をすると、花子の緊張はつま先からスゥと抜けていった。酒も回ってきたからか、次第に饒舌になっていく。
それから、花子は色々な話をした。外の世界の様子や、大先輩のムラサキ婆や深夜のピアノお化けのクララ――学校の仲間達のこと。外の世界は幻想郷よりずっと広く、人間に支配されながらも、まだたくさんの妖怪ががんばっていること。
フランドールをはじめとする妖怪達は、花子の話を肴に飲みながら、時々質問を交えたり、笑ったり驚いたりしてくれた。
「花子さんは、生まれてどれくらい経つんですか?」
トカゲの尾を持つ妖怪少女が、何やら花子を大先輩と崇めているらしく、敬語で聞いてきた。尊敬の眼差しを向けられたことはほとんどなかったので、花子はわずかにたじろぐ。
「え、っと……四十年くらいかなぁ」
妖怪としては、まだまだ若い部類だ。もしも彼女らが年長者だったら、失望させてしまうかもしれない。
しかし、杞憂だったようだ。皆が一様に、適当な相槌で頷く。予想以上に若い、という反応はなさそうだった。安堵の息を吐くと、フランドールが耳元で囁いた。
「ここのみんなはね、十年前くらいに生まれた子達ばっかなんだって。だから、私が一番年上なんだ。花子は二番目だよ」
「へぇ……。みんな若いんだねぇ」
「花子が言うと、変だよ」
言われて、なるほど確かにと、花子はフランドールと一緒に笑った。すると、何が楽しいのかも分からないだろうに、酒のおかげか笑いが伝染し、花子達のテーブルはどうしようもないほど賑やかになった。
今度は、皆が話を聞かせてくれた。どの妖怪も花子とフランドールが聞いたこともないことを知っていて、一緒になって驚いたり笑ったり、とにかく楽しくて、花子は時間が過ぎるのも忘れていた。
気づけば、花子とフランドールがいるテーブル以外は、ずいぶん静かになっていた。霊夢とレミリアは仲良くテーブルに突っ伏して寝ているし、魔理沙はパチュリーに魔法の講義を受けているようだ。
咲夜と小悪魔は散らかった床やテーブルを片付けていて、美鈴は寝てしまった主や客人一人ひとりに、毛布をかけてやっている。手伝った方がいいだろうかと思ったが、逆に気を使わせてしまいそうで、やめた。
どこを見ても文の姿が見つからず、花子は妖精メイドにどこに行ったのかを訊ねてみた。つい二時間ほど前に、帰ってしまったそうだ。楽しんでいるところを抜け出すと場が白けるから、誰にも言わず静かに紅魔館を出たらしい。そういった大人の気遣いができるところに、花子はこっそり憧れていた。
もうそろそろお開きかと思われたが、フランドールの「そういえば」から始まり、また話が盛り上がった。咲夜が酒とつまみを追加したことで、場は静まるどころか、余計騒がしくなる。
しばらくすると、目を覚ましたレミリアと霊夢、読書を終えた魔理沙とパチュリーまで参加して、一仕事を終えた咲夜達も混ざり、場の空気は明るくなるばかりだ。
考えてみれば、夜は妖怪の時間なのだ。時計台を見上げてみれば、時刻はまだ、日付が変わる前。宴会は、まだまだこれからだ。
何気なく満天の星空を見上げていると、似たようにして空を見ていたフランドールが、呟いた。
「楽しいね」
「うん。こんなに楽しいパーティーができるなら、また異変を起こしたいくらいだよ」
「その時は、私も一緒だからね」
「もちろん」
フランドールと小指を絡め、二人一緒に微笑む。幻想郷で一番と言ってくれた友達との約束だ。きっと守ろうと、花子は星空に誓った。
紅魔館のテラスに灯された眩い明かりと笑い声は、日が昇る寸前まで、消えることはなかった。
◇◆◇◆◇
文の新聞が届いたのは、翌日の昼頃だった。ニュースは新鮮なうちに届けるのが信条らしく、文は新聞を渡し、次の配達があるからと、早々に去ってしまった。
明け方まで騒いでいたせいか、ただでさえ寝起きの悪いフランドールが起きる気配は、全くない。レミリアのベッドで、泥のように眠りこけている。
起こすのも悪いので、花子とレミリアは寝室を出て、漫画ばかりが並ぶレミリアの書斎に来ていた。開けられた窓から吹き込みカーテンを揺らす春風が、心地いい。
新聞を広げると、花子とフランドールが使ったお手玉のスペルが、一面に大きな写真で載っていた。妹の姿を写真に認め、レミリアがはしゃぐ。
「見て花子、フランが写真に写ってる! これ、いろんな人が読むのよね?」
「文さんの新聞、人間にも人気みたいだものね。きっと、今頃みんなの噂になっているよ」
「すごいことだわ、あとで咲夜にもう一部買ってこさせて、永久保存版として図書館に保管しなきゃ」
つい最近まで妹の外出をあれほど不安がっていたというのに、レミリアは、妹の存在が幻想郷中に知らしめられたことが、とても嬉しいようだ。
一面記事には花子達の弾幕を文が考察した文章も載っており、さすがに深い物の見方をしていて、二人揃って唸らずにはいられなかった。
まだ読んでいるというのに、レミリアが新聞をめくる。一緒に本を読んでいてもよくあることなので、花子はすっかり慣れていた。
二面には、咲夜と美鈴、そしてレミリアとパチュリーが戦った時の写真も掲載されていた。一面の写真に比べたらずいぶん小さいが、レミリアは満足しているらしい。
「なかなか、いい写真だわ。天狗も分かっているじゃない。これで、紅魔館の悪魔の恐ろしさが幻想郷中に知れ渡ったというわけね」
すっかり上機嫌なレミリアを見ていると、花子はつい微笑んでしまう。実際に人間からすれば恐ろしい吸血鬼なのだろうが、子供のようにはしゃぐレミリアを見ていると、どうしてもそんな風には見えないのだ。
新聞の中には、虹色の霧を見た妖怪や人間の感想も書かれていた。奇抜な霧に目を回した妖精が湖に落ちたり、色彩感覚がおかしくなった老人がド派手な服を着て人里を歩いたりと、おかしなエピソードに、レミリアと花子は笑い転げた。
文々。新聞を読むのは初めてだったが、真面目くさった内容はほとんどなく、花子でも楽しんで読むことができるものだった。なんとなく癪だしお金もないから購読はしないが、たまになら読んでもいいかもしれない。
咲夜が持ってきてくれた紅茶がなくなる頃、二人はようやく新聞を読み終えた。結構な時間が経っているが、フランドールはまだ起きてこない。
新聞を閉じると、一面の大きな写真が再び花子達の前に現れた。楽しげに弾幕のお手玉で遊ぶフランドールを眺めて、レミリアが頬杖をつく。
「本当に、夢みたい」
「レミィ?」
先ほどまでの幼さが消え失せ、レミリアは目を細め、写真に写る妹を、人差し指で優しく撫でる。その様子がとても大人っぽくて、花子はなぜかドキリとした。
「あなたにしばらく紅魔館にいてって頼んだ時、私は言ったわよね。花子といればフランは変われる、本当の意味で、外を知ることができるって」
「……」
「正直、自分で言っておきながら、信じていなかったわ。あの子が外に出て、友達を作るなんて、十年――いえ、百年かけても無理だって思ってた。
でも違ったのね。花子という一番の友達を得て、自信がついたのかしら。家出をして寺に行った時も、異変の後の宴会でも、たくさんの妖怪と仲良くなって。まだまだ外に出すのは早いだなんてのは、杞憂だったのよ。私は、愚かな姉だったわ」
暖かな風が、レミリアの青みがかった銀髪を、静かに揺らす。
花子は何も言えなかった。そんなことはないと慰めることもできるが、レミリアがそれを望んでいないことくらい、分かるのだ。だからただ、続きを待つ。
「でも、予想通りね。フランドールは、私よりずっと友達を作るのが上手みたい。あの子があんなにたくさんの妖怪に囲まれて、本当に幻を見ているようだったわ。あんなに……楽しそうに笑って……」
「レミィ……」
「あの笑顔を、私は地下にずっと封じていたのね。残虐非道の吸血鬼とはいえ、これほど罪深いことはないと思わない?」
「たった一人の家族なんだから、誰よりも心配するのって、当たり前のことだと思う。私には、血縁って呼べる人がいないから、あんまり言えないけれど」
「ありがとう。でも、不器用な姉の下に産まれて、あの子も大変だったと思うわ。……ふふ、自分でそんなふうに言うなんて、私も変わったわね。こっちのほうが、よほど
自嘲気味に微笑むレミリアに、花子は小さく首を横に振った。
「変わったわけじゃ、ないんじゃないかな。レミィは、私やパチュリーさんと出会うよりずっと前から、フランちゃんにとって、大切なお姉さんだったのだろうなって、いつも思うよ」
「そ、そうかしら」
「そうだよ。確かに、閉じ込めちゃってたり、色々なことがあったんだろうけれど、レミィがフランちゃんを見ている時、とても優しい目をしているもの。吸血鬼は怖いって思ってる人間が見たら、きっとびっくりするくらい」
普段はあんなに傲慢な癖に、いざ褒められると慣れていないのか、レミリアは白い頬を赤らませて、照れくさそうに目を逸らした。
姉妹揃ってワガママで、他人の迷惑を考えず、自由気ままな吸血鬼だ。確かに人から好かれる性格とは言えないが、レミリアもフランドールも、こんな優しさや少女らしさを持っているのだ。
強大無比な悪魔だとか、夜を支配する吸血鬼だとか、そんな建前はまったく関係なく、花子は二人と友達になれたことを心から誇りに思っていた。
「フランちゃんだって、レミィといる時が、一番素直なんだよ。私と一緒に遊んでいる時も楽しそうにしてくれているけれど、やっぱりお姉さんには敵わないよ」
「ちょっと、あんまりそんな……恥ずかしいから」
今日のレミリアは、ずいぶん素直に恥じらう。妹を閉じ込めていたという、知らず背負っていた大きな重荷を下ろすことができたからだろうか。
こんな風にレミリアを困らせられる時は、そう多くはない。花子はしばらくの間、思いつく限りの賛辞を尽くして、紅い悪魔が文字通り赤くなってもじもじする姿を、にやにやしながら楽しんだ。
顔どころか全身真っ赤になった頃、ようやく褒め殺しを止める。いつものレミリアなら有頂天になっていそうなものだが、すっかり小さくなって俯く姿も、可憐な容姿にはまた似合う。同じ女の子として、花子は羨ましく思った。
こんなの私らしくない、などと繰り返し呟いていたレミリアは、十分ほどして、ようやく落ち着いたらしい。調子を取り戻しつつある彼女は、手で顔を仰ぎつつ、
「あー恥ずかしい。こんなところを天狗にすっぱ抜かれたら、大変だわ」
「あはは、異変以上の噂になっちゃうね」
「紅魔館の沽券に関わるわ……」
苦笑交じりに溜息をついて、レミリアは二度、手を叩いた。すると、どこからともなく咲夜が現れる。何も言われていないのに、すでに紅茶のポットを持っていた。
新しい紅茶を頂いてお礼を言うと、咲夜は慎ましく微笑んで、音もなく消えた。時間を止める能力は便利そうだが、突然いなくなるのは少し怖い。
お茶を飲みつつ談笑していると、話題はいつの間にか出会った頃のことに移っていた。一年前の話だが、遠く昔のことのように思える。
「もう一年なのか、まだ一年なのか。ふふ、五百年以上生きているけれど、時の流れだけは、変わらず不思議なものね」
「そうだね。私もすっかり幻想郷に慣れたつもりでいるけど、ここで過ごしたのは、ほんの一年なんだものね」
学ぶことの多い一年だった。幻想郷での生き方も、妖怪としてのあり方も、色々なことを教わった。たくさんの友達もできたし、得たものはあまりにも多い。
感慨深いものがあり、二人は揃って一年前に思いを馳せる。ふと、レミリアが口の端を緩めた。
「あの日、私が花子に『地下の本を取ってこい』と言わなかったら、花子とフランは仲良くなっていなかったのかもしれないわね」
「レミィと友達になったんだから、フランちゃんとも、そのうち友達にはなっていたと思うけれどね」
「でも、ここまで親しくはならなかったっと思うの。あの日、フランとあなたは、そうなるべくして友になったんだと、私は思うわ。私とパチェがそうだったように」
「そうなるべくして、かぁ」
「運命とも、言い換えられるかもね。フランは特に、一番と呼べる友達ができたのだから」
レミリアの言う運命というものがどういった意味をもつのか、花子には分かりかねた。だが、フランドールが自分を一番と呼んでくれていることは、とても嬉しい。
片割れとも呼べる太郎と比べることはできないが、それでもフランドールは、花子にとっても幻想郷で一番親しみを持てる存在だ。友達に順番をつけるつもりはないが、幻想郷に来て最初に友達となってくれたスカーレット姉妹は、やはり特別なのかもしれない。
おもむろに、レミリアが手を伸ばした。カップを置いた花子の手を取り、彼女は時々見せる優しい微笑みを浮かべる。
「花子、ありがとう。この数ヶ月で、我が家は大きく変わったわ。フランも、私も、みんなよ。それは全て、あなたがここにいてくれたおかげ」
「そんなこと。私は何もしていないもの」
「いいえ。花子がいたから、私もフランも変われたの。私を縛っていた過去の鎖を断ち切ってくれたのも、フランドールを地下の呪縛から解いたのも、花子、あなたなのよ」
紅魔館が抱えていた大問題が解決したことは、花子も喜んでいた。だがまさか、それが自分によってもたらされた結果だとは、考えたこともないことだ。
ただ、成り行きで紅魔館に辿り着き、そこでレミリアやフランドールと仲良くなった。ただそれだけで、この数カ月も、お世話になってはいたものの、姉妹に何かをしてやれた記憶は、どこを探しても見つかりそうにない。
だというのに、レミリアはすっかり悪魔の一面をしまいこんで、熱心に語る。
「ただ一緒にいてくれた。普通の『友達』として、フランドールに接してくれた。そのことが、あの子にとってどれだけ特別で、嬉しいことだったか。私には想像もできないわ。
あの子が友達を大事にできる子だと分かったのも、花子がフランと仲良くなってくれたおかげよ。人間ではなく妖怪のあなたが、畏怖せず、嫌わないで、対等に接してくれたから。外に出してあげてって、私に直接頼んでくれたあなただからこそ、フランドールは真に心を開くことができたの」
「そんな大層なことじゃないよ。フランちゃんは、レミィのことが大好きだから、外に出たいって言うのを遠慮していただけだもの。きっと、レミィが勇気を出したから、フランちゃんもそれに答えて、ワガママじゃなく心から、外に出たいって言えたんだと思うよ」
あんまり真剣に褒められるものだから、花子はくすぐったくなって、所在無さげにレミリアから目を逸らした。それでもレミリアは、痛くならない程度に、花子の手を強く握ってくる。
「もし、もしそうだとしても、その勇気を私にくれたのは――やっぱり花子、あなたなの。花子ならフランを変えられる、花子がいるなら、外に出しても大丈夫と思えたからなの」
「あぅ、でも、私……」
「ねぇ花子、お願いよ。あなたを困らせるつもりはないわ。ただ、このレミリア・スカーレットの思いを受け取ってちょうだい。ありがとうと、言わせてちょうだいよ」
真っ直ぐ見つめられては、さすがにそっぽを向くわけにもいかない。何より、花子にとってレミリアも、フランドールと同じほど大切な人なのだ。こんなに懇願されて、拒もうとは思わない。
褒めちぎられて恥ずかしかったが、さっきはレミリアも同じ目にあっていたのだから、お互い様だろう。なるたけ自分を落ち着けて、それでも頬は紅潮していたが、花子は心のままに自然な笑顔で、頷いた。
「うん……、どういたしまして。レミィとフランちゃんの役に立てて、嬉しいよ」
こんな風に二人でしおらしく話すのは、フランドールが家出した時以来だろうか。なんだか落ち着かなくなり、花子とレミリアは揃って黙りこんでしまった。
春風の吹き込む部屋で、静寂が続く。居心地の悪い沈黙ではないのだが、花子とレミリアに似合うものでもない。
しばらくすると、レミリアがくすりと笑い出した。何がおかしいのか分からないまま、花子も釣られる。お互い、小恥ずかしさをごまかすように、コロコロと笑う。
黙っていた時よりずっと長い時間を笑い合い、落ち着いたころには、二人揃って目尻に涙まで溜まっていた。笑いすぎて、お腹が痛い。
ようやく一息ついたレミリアが、肩を上下させながら、浮かんだ涙を拭った。
「あぁ、おかしい。やっぱり私には似合わないわ、こういうの。慣れないことをやるもんじゃないと、この何ヶ月かで学んだはずなのにね」
「でも、レミィのそんな一面が見れてよかった。普段なら、絶対見られないもの」
「誰にも言わないでよ、花子」
「えー? どうしようかなぁ」
意地悪く言うと、レミリアは頬を膨らませて睨んできた。いつもの二人に戻り、安心感すら覚える。
そんな時、姉の書斎だというのにまったく遠慮無くドアを開け放ち、フランドールが入ってきた。着替えてはいるが帽子は被っておらず、髪も下ろしている。
「お姉さま達、こんなところにいた! って、どうしたの、二人ともお顔が真っ赤よ? あっ、さては私に内緒で、面白い話してたんでしょ!」
「フラン、髪をちゃんとしてこなきゃダメでしょう」
「あとでやるもん。それよりねぇ、なんの話してたの? 私にも教えてよ」
レミリアのお叱りを適当に流して、フランドールは花子の隣に座った。
これまでのやり取りは、姉としての立場もあるだろうし、レミリアの希望通り、花子は秘密にしておくことにした。文々。新聞を、フランドールに渡してやる。
「これ、文さんが持ってきてくれたの」
「昨日写真を撮ってたやつね! どれどれ……」
新聞に目を通し、フランドールは写真に自分や家族、花子の姿が写っていることに、レミリア以上に大はしゃぎした。
それから三人は、異変のことからその後のパーティの話、そこから転じて吸血鬼姉妹の弾幕講座になったり、いつものどうでもいい会話が、途切れることなく続けた。
お別れパーティーと称した異変が終わっても、花子達の楽しげな笑い声には、何一つ変化はない。それは当然のことだった。
なぜなら、花子が旅を再開しても、決して変わらないものがあるからだ。
また、いつでも一緒に遊べる。今日のように、くだらない話で笑うことができる。
彼女達は、ずっとずっと仲良しな、友達なのだから。