かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのさんじゅういち 恐怖!霧も凍える氷の妖精!

 

 

~~~

 

 

 太郎くんへ

 

 こんにちは。ずっと紅魔館にいたけれど、春はやっぱり外が気持ちいいね。

 

 学校の校庭には、まだ桜は残っているかな? 幻想郷の桜は、もうほとんど散ってしまったようです。

 

 今日は、霧の湖で妖精と出会いました。一年前は弾幕を投げつけられて逃げ回っていたけれど、今ではすっかり追い払えるようになってました。うふ、強くなったのかな。

 

 でも一人だけ、とっても強い妖精がいました。氷の妖精なんだけれど、弾幕の強さは、私と同じくらいでした。性格はなんというか、レミリアさんやフランちゃんをもっともっと子供っぽくした感じ。

 

 こういう言い方は良くないってムラサキおばあちゃんに怒られちゃいそうだけれど、頭が悪い、のかな? 一緒にいた子は、とてもいい子だったのだけれど。

 

 今日中に人里の方へ行きたかったんだけど、間に合わなそうなので、道端で野宿することになりそう。星空を見ながら寝るのは久しぶりだから、ちょっと楽しみ。

 

 人里についたら、新しい便箋と封筒を買うよ。太郎くんに喜んでもらえそうなものを買うから、期待していてね!

 

 それでは、お元気で。

 

 

 花子より

 

 

~~~

 

 

 雑木林の細道を、花子は機嫌よく進む。

 木々の隙間から見える青空には、ちらほらと桃色の花びらが飛んでいる。満開の桜でお花見をしたかったが、今年は諦めるしかないようだ。

 そもそも、虹色異変の後一週間近くも紅魔館にいたのだ。フランドールが家出から帰ってきた時が満開だったことを思うと、桜はよく持ってくれているほうだろう。

 晴天に散る桜の花も風流だし、これはこれで悪くはない。のんびり歩く景色としては、むしろ最高と言えるかもしれない。

 この風景を眺めていれば、人里へ続く大通りまでそう遠くないかなと思った花子だが、雑木林を抜けたところで、その思いは潰えた。

 霧が、視界を遮ったのだ。異変で見た虹とは正反対の、真っ白な濃霧。すっかり忘れていたが、ここには霧の湖があったのだ。

 濃霧とはいえ、花子が初めて訪れた時に比べてずいぶんと薄い。歩きながら濡れてしまうようなことにはならないだろうが、それでも当然湿気っぽくて、花子は歩きながらしょっちゅう手櫛で髪をとかした。

 咲夜に洗ってもらったばかりのセーラー服ともんぺが湿気るのを、嫌がりつつも諦める。誰かが霧を出しているなら文句も言えるが、この湖の霧は年中出ているそうなので、そこを選んで歩く花子の方にも責任がある。

 早く抜けてしまおうと歩を進めると、最近はすっかり見慣れた光が視界の端に移った。反射的に体が動き、直後、花子の足元に光弾が突き刺さる。

 

「な、なに?」

 

 避けた後に驚いて、花子は足元を見つめた。弾はもう消えてしまっているが、湿った地面に空いた穴から感じる小さな妖力が、それが妖弾であったことを教えてくれる。

 ということは、誰かに弾幕ごっこをしかけられたと見るべきか。しかし、スペルカードは提示されていないし、煽るにしてもやり方が賢くない。

 一体誰がと口に出そうとして、花子はその答えに思い当たった。幻想郷に来たばかりの時、奇しくもこの湖で同じ相手に襲われ、逃げまわったではないか。

 霧にまみれて見えにくい空に、小さな影がいくつも浮いているのが見えた。その誰もが少女であり、また花子より背が低く、それぞれ個性的な羽を持っている。妖精だ。

 

「標的発見! そーいん、こーげきかいし!」

 

 誰かの可愛らしい声を合図に、皆が揃って、大小様々な妖弾を投げ飛ばした。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 霧の中から襲い掛かってくる妖弾を二、三発避けてから、花子はリュックを背負ったまま空に飛び上がる。

 投げつけられる妖弾は、どれも弾幕として成り立っていないほど弱々しいものだ。ルールもない無茶苦茶なやり方だが、以前美鈴に、これが妖精なりの弾幕ごっこだと聞いた。

 妖精は何が楽しいのか、やたらと騒ぎながら妖弾を投げつけてくる。リュックが少し重いが、それでも避けるのに苦労しないほどの量だ。

 なんとなく無駄な気もするが、花子は一応話し合いに持ち込めないかを試みる。

 

「ねぇ、話を聞いて! そんないきなり――」

「うるさーい! この湖は妖精のテリトリーよ! 通りたければあたし達の屍を超えていけー!」

 

 意味など分かっていないだろうに、他の妖精たちも同調して「そうだそうだ」と口々に叫んでいる。おまけに、弾幕を飛ばす手を緩めることはない。

 ひょいと妖弾を避けてから、花子は仕方なく反撃に出ることにした。下級妖怪とはいえ、妖精程度なら簡単に追い払うことができる。レミリア曰く、妖精は体が粉砕しても次の瞬間には元に戻るそうだが、さすがにそこまではやりたくなかった。

 なるたけ弱く、桃色の二重螺旋を二つ作り出す。広範囲をカバーするショットに、妖精達はさっそく撃墜され始めた。撃っている本人にすら、どうやったらあんなに当たるのか分からないほど、簡単に被弾しては目を回して落ちていく。

 紅魔館で吸血鬼を相手に遊んでいたせいか、あまりにも手応えがなかった。妖精の弾も苦労なく避けれるし、緊張感は全くない。

 

「……なんだかなぁ」

 

 呆れる余裕すらある中で、花子は一応ショットを撃ち続ける。次々と妖精が妖弾を食らって落ちていくさまを見ていると、だんだん申し訳なくなってくる。

 まだ元気の残っているのが何人かいたが、仲間が一桁にまで減ったあたりで、ようやく劣勢を悟ったようだ。

 

「や、やるわね、おかっぱ!」

 

 一番強いらしい赤い髪の妖精に指さされ、どう返したらいいものかと、花子は頭を掻いた。

 

「はぁ、どうも」

「これは、その、手加減よ。手加減したの!」

「そうなんだ」

「そうだよ! ねぇ、みん……な……?」

 

 赤髪の妖精が振り返るも、そこに仲間の姿はない。花子からは見えていたが、彼女が手加減云々言い出した辺りから、蜘蛛の子を散らしたように撤退してしまっていた。

 どうやら、チームワークがいいわけではないらしい。一人残された赤い髪の少女は、裏切られた事実に絶望しているようだが。

 五秒ほどして、妖精はようやく花子の方を向いた。すっかり涙目で、頬を膨らませている。あまり気の毒なので、花子は妖精少女の顔を覗きこんで、訊ねた。

 

「大丈夫?」

「うるしゃい!」

 

 鼻声で怒られてしまったが、花子は苦笑するしかなかった。突然襲ってきて、ものの数分でこれだ。妖精というのは、吸血鬼姉妹より分かりやすく子供であるらしい。

 とうとう声を上げて泣きだしてしまった赤髪の妖精少女は、花子が慰めようとするより早く、背を向けてしまった。

 

「ししょーに言いつけてやるんだから! 覚えてなさいよ、ばかー!」

 

 泣き叫びながら、妖精はとうとう霧の中に消えた。その泣き声もしばらく反響していたが、どこまで遠くに行ったのか、次第に聞こえなくなる。

 師匠とやらを頼るつもりらしいが、果たしてあの少女の師とやらはどの程度の者なのか。似たり寄ったりな気もするが、妖精でも強い者がいるらしいので、なんとも言えない。

 ともかく、平和に大通りへ辿り着きたいという願いは、叶わなそうだ。

 

「もう、ホントに幻想郷って、むちゃくちゃなんだから」

 

 とっくの昔に分かっていたことを毒づいて、花子は八つ当たり気味に石ころを蹴り飛ばす。

 湖に落ちたらしく、霧の向こうでポチャリと音が聞こえたが、なんだかそれも、むなしかった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 妖精というものは、ほぼ例外なく頭が悪い。中には大人びた言動で人間や妖怪を驚かせる者もいるが、大抵が幼児と同程度の知能しか持っていない。

 自然の権化としてそこにいるだけで意味があり、毎日を遊びに費やし、人間にイタズラをしかけてはお仕置きされる。生死の循環から離れた存在ながら、幻想郷でもっとも脳天気な連中である。

 そしてそれは、冬眠から冷めたばかりのカエルを氷漬けにして遊ぶチルノも、例に漏れない。昨日も一昨日も同じ遊びをしているが、飽きずに繰り返している。カエルにとっては迷惑この上ないことだろう。

 四つか五つの童女くらいしかない背丈の彼女は、青い髪に青い瞳、これまた青の衣服に、氷の翼を持っている。非常に分かりやすい外見の、氷の妖精だ。

 解凍されて身の自由を得たカエルが慌てて逃げていく様子を腹を抱えて指さしていると、霧の向こうから声がかかった。

 

「いたいた、ししょー」

 

 赤い髪の妖精が、何やらずいぶん服をボロボロにしてやってくる。弾幕に負けたのだろうなと、チルノは思った。

 しかし、彼女はこちらを知っているようだが、チルノは思い出せなかった。妙ちくりんな名前で呼ばれて、眉を寄せる。

 

「あたいはシショーなんて名前じゃないよ、チルノよ」

「えぇ、そんなぁ。昨日弾幕した後、弟子にしてやるって言ってくれたのに」

「そうだっけ? じゃああんたは、あたいの弟子なの?」

「そうですよ。スペル撃てない私に、弾幕を教えてくれるって言ったから、今朝だってずっと待ってたのに」

 

 どうやら遊びの約束もしていたらしいが、チルノの脳みそには、その情報が入っていなかった。最初からなかったのか、あるいは消去されてしまったのかは、本人にも分からない。

 しかし、長い年月を生きているおかげか、こういった場合は大体相手の言葉に合わせればなんとかなると、チルノは奇跡的に学習していた。

 

「そっか! じゃあ弟子でいいよ。それで弟子、どうしたの?」

「実はですね、ついさっき、湖で――」

 

 赤髪の弟子は、先ほど起きたことを逐一チルノに報告した。少しだけ早口なのは、できるだけ早く伝えなければ、忘れてしまうからだろう。

 湖の畔を歩いていたおかっぱの女の子を襲ったら、その少女が実は妖怪か何からしく、めっぽう強い弾幕を撃ってきたとか。チルノは聞きながら忘れていくので、最後の「おかっぱにみんなやっつけられた」という一文を聞いた時には、最初に仕掛けたのは彼女達であるということを忘れ去っていた。

 霧の湖はチルノ達の縄張りだ。そこで好き放題暴れられたとあらば、ここら一体のボス――自称である――のチルノが黙っているわけにはいくまい。弟子の仇討ちというのも、なんだか響きが格好いい。

 

「よし決めた! そのおかっぱ、どこにいるの? あたいが退治してやるよ!」

「やった! さすがししょー!」

 

 久方ぶりに褒められて、チルノはすっかり有頂天になった。湖の対岸を歩いているらしいおかっぱ妖怪へ向かおうと、空に飛び上がる。

 意気揚々と戦いに向かう妖精二匹は、ちょうど湖の真ん中あたりで、止まった。誰かに遮られたわけではないが、チルノがよく知る人物に出会ったのだ。

 緑色の髪をサイドテールにした、白のシャツに青いワンピースがよく似合う、妖精少女だった。虫でも鳥でもない不思議な羽を持つ彼女は、妖精の中でも力の強い、名も無き大妖精だ。

 大妖精は彼女だけに限らないが、この大妖精は、チルノの親友であり保護者でもある、よき理解者であった。チルノは彼女のことを、親愛の念を込めて「だいちゃん」と呼んでいる。

 

「やっほ! だいちゃん」

「チルノちゃん、こんにちは。どこに行くの?」

「なんかねぇ、あたいの弟子をいじめた奴がいるんだって。そいつをとっちめにいくの」

「弟子って、その子?」

 

 弟子を指さす大妖精に、チルノは大威張りで頷いた。何が偉いのかは、分かっていない。

 

「そうよ。おかっぱ頭の変な妖怪にやっつけられたっていうから、あたいが仇を取るんだ!」

「ふぅん。……って、おかっぱ頭の妖怪? ねぇ、その子ってもしかして、こないだの……」

「だいちゃん、おかっぱを知ってるの?」

「虹色の霧を出した吸血鬼と、一緒になって異変を起こした妖怪じゃなかった? さっき、街道に落ちてた新聞で読んだよ。ねぇチルノちゃん、やめようよ。吸血鬼と同じくらい強いなんて、勝てっこないよ」

 

 青い顔で訴えてくる大妖精だが、チルノは聞き耳を持たなかった。吸血鬼といえば、どうしようもないくらい強いことで有名だし、さすがのチルノもそのくらいのことは知っている。

 しかし、それは問題ではない。もう答えは決まっていた。

 

「だいじょーぶ! なんたってあたいは、サイキョーなんだから!」

「チルノちゃんはいつもサイキョーだけど、この間巫女と魔法使いにやられていたじゃない」

「そ、そんなこともあったね。でも、サイキョーなの! おかっぱが吸血鬼くらい強くたって、負けやしないよ」

 

 まったく根拠のない自信であったが、弟子も大妖精も、その自信を疑うことはなかった。悲しいかな、ここにいる三人の中で誰一人として、チルノの自信に裏付けがないことを考えもしなかったのだ。

 少しも怖がらないチルノにすっかり安心した大妖精は、もう勝った気でいるらしく、胸を撫で下ろす。

 

「そっか。じゃあ大丈夫だね。私も応援に行っていい?」

「うん! そんじゃ、行こう。弟子、案内して!」

「はーい」

 

 もうすっかり恨みを忘れつつある弟子が元気よく答えて、霧の湖上を先導する。

 湖のあちこちで、春に浮かれた妖精が飛び回っていた。弾幕ごっこもどきに興じたり、ただ追いかけっこをしていたり、湖畔で昼寝をしていたり、自由気ままに過ごしている。

 三人は何度か目的を忘れて、あっちへこっちへ寄り道をした。友達を見つけては声をかけたりかけられたりしては、大妖精に早く行こうと背中を押される。

 そんなことを繰り返していたせいで、目的の妖怪を見つけたのは、湖から少し離れた小道であった。大きなリュックなど背負って、のんびり歩いている。

 

「なんであいつ、飛ばないのかな。飛べないとか?」

「さっき飛んでましたよ。リュック背負ったまま」

「力持ちなんだね」

 

 妖精基準で言うと人間の女性も力持ちになってしまうのだが、彼女達は自分という物差し以外を持つことはほとんどない。

 ともかく目標を発見し、チルノ達は颯爽とそのおかっぱ妖怪の前に降り立った。おかっぱは、突然目の前に現れた妖精に、驚いているようだ。

 なんとも地味な格好と髪型と顔で、チルノは思わず腰に手をやって、舐めるように見回してしまう。

 

「あんた、ホントに妖怪?」

「そ、そうだけれど。あなた達、誰? そっちの赤い子は、さっき会ったよね」

「あたいはチルノ! こっちは大ちゃんで、赤いのは弟子よ」

「どうも、よろしく。私は、御手洗花子っていうの」

 

 いちいち頭を下げる花子に、大妖精が礼儀正しく返した。ふんぞり返っていたチルノだが、自分もそうしたほうがよかったかなと、少し後悔する。

 しかし、花子は戦わなければならない相手なのだ。湖を荒らした罪は、かなり重い。無論、チルノの中ではだ。

 赤髪の妖精に「やっちゃってください」と言われ、チルノは鼻息あらく腕まくりなどして見せる。

 

「よくも妖精をいじめてくれたね!」

「えぇっ! 先に妖弾を撃ってきたのはあっちだよ。私はそれにお返ししたんだよ」

「あれ、そうなの? じゃあ悪いのは弟子のほう? だけど、湖で暴れたのは本当だし、うぅん……」

 

 小さな頭で必死に考えても、チルノにはどちらが悪いのかが分からなかった。大妖精は謝ろうよと言うし、弟子には早くやっつけてくれと頼まれ、余計にこんがらがる。

 三分ほどして、結局何もまとまらず、ヤケクソ気味に花子を指さす。

 

「もういいわ! あんたをやっつければ全部オッケーでしょ!」

「オッケーじゃないよ、そんなの。どうして私が」

「いいの! あんたはやっつけるの、弾幕で!」

 

 喚き立てながら、チルノはスペルカードを三枚、ポケットから取り出した。氷の結晶が描かれた、青いカードだ。

 チルノは、妖精の中では別格なほどに強い。大妖精でも遠く及ばないほどの力を持っていて、人間に警戒される数少ない妖精だ。弾幕ごっこで十分に通用するスペルを使えるので、こうして妖怪とケンカすることも珍しくはない。

 掲げられたカードを見て、花子も彼女が他の妖精とは違うと分かったらしい。渋々リュックを下ろして、もんぺのポケットからカードを引っ張り出す。

 

「三枚だから、持ち点は九点だね」

「そうなの?」

「……そうだよ」

 

 花子に呆れられてしまったらしいが、チルノはちっとも気にしなかった。計算ができないなんて、いつものことだからだ。

 

「わかった! だいちゃん、あたいの点数、数えてね」

「うん、いいよ。がんばってね」

「ししょー、ファイトですー!」

 

 友達と弟子の応援を受け、チルノは無敵の力を得たような心地になった。面倒くさそうに空へ飛び上がるおかっぱ妖怪程度には、負ける気がしない。

 花子を追いかけて、氷の翼を羽ばたかせる。小さい体から思い切り冷気を振り撒き、寒そうに震える花子へと、チルノはどうだとばかりに胸を張る。

 

「寒いでしょ。これがあたいの力よ! あんたを凍らせたあと、あたいのおもちゃにしてやるんだから!」

「はいはい、私に勝てたらおもちゃにでもなんでもなってあげるよ。まったくもう、普通に遊ぼうって選択肢はないのかな。あぁでも、弾幕ごっこが遊びだものね」

「何をぶつぶつ言ってるのさ」

 

 まともに会話が成り立たないと分かったらしい花子は、手をひらひらと振って適当にあしらおうとしている。その態度に、すっかり馬鹿にされている気がして、チルノは憤慨した。頬を膨らませて睨みつけても、やはり花子が動じることはなかった。

 ショットの間合いまで離れた花子が、じっとこちらを見据える。様子見ということだろうが、チルノにはそれが、仕掛けるまでもないという挑発に思えた。

 

「このー、なめるなぁー!」

 

 怒りのままに、細かい氷のつぶてを撃ちだす。見計らっていたかのように花子が動き出し、あっさりと避けられて、それがまた、チルノの怒りに油を注ぐ。

 絶対に参ったと言わせてやるのだと意気込んで、チルノは花子を追いかける。

 彼女の頭からはもう、弟子の仇討ちや縄張りを守るといった目的は、なくなっていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 勝利を得たのは、花子であった。

 勝敗が決した時点で、花子はスペルカードを一枚残し、得点は四点残っていた。初期枚数を考えると圧勝と言ってもいいのかもしれないが、今回は運が良かったなと、花子はほっと一息つく。

 実力はほとんど拮抗していた。妖精だと舐めていたせいで序盤は苦戦したが、避けることにかけては花子のほうが上回っていたことと、独特なショットにチルノが苦戦したことが勝因だろう。チルノの頭に血が上り、花子のスペルを落ち着いて避けられなかったというのも大きい。

 弾幕ごっこで勝利したのは久々だったが、どうにも嬉しくない。突然理不尽にケンカを売られたのだし、弾幕にのめり込む前に終わってしまったからだ。

 

「なんだかなぁ」

 

 ぼんやりと呟いて、湖畔でべそをかいているチルノを眺める。大妖精に慰められている彼女は、時々花子の方をちらりと見ては、いっそう激しく泣きじゃくっていた。

 まるで、花子がいじめたような状況になってしまっている。声をかけようにも、言葉が見当たらない。あんなに泣いてしまっている時は、何を言っても無駄だということは、泣き虫な花子も自分の体験でよく知っていた。

 弟子と呼ばれていた赤髪の妖精はといえば、師匠が戦っている途中で、飽きてどこかに行ってしまったらしい。そのことでチルノがさらに落ち込むのではと思ったが、チルノも弟子のことは忘れているようだ。

 ほったらかしていたリュックは、大妖精が見ていてくれたらしい。彼女はチルノの味方のはずだが、しっかりした子だなと、花子は感心した。

 とにかく、ここで立っていても仕方がない。リュックを背負って、こっそり立ち去ろうと背を向ける。

 

「どこに行くのさ」

 

 こういう時に限って、タイミングよく気づかれたりするものだ。花子はなんとなく感づいていたから、チルノの声にも対して驚かなかった。

 しかし、返事に困る。どこへと言われても、目的地を決めているわけではないからだ。適当にはぐらかせばいいものを、すっかり真面目に考えこんでしまう。

 

「特に、考えてはいないんだけれど。人里の方かなぁ」

「ダメよ! あたいが勝つまで勝負するの!」

 

 いきなり詰め寄ってきて、チルノは花子の胸ぐらを掴んだ。泣いているせいで制御しきれていないらしく、冷気が駄々漏れである。とても寒い。

 引き剥がそうにも、チルノ自身も氷のように冷たいので、掴むに掴めない。引き剥がすことは非常に難しい。

 しばらく説得を試みたが、チルノに落ち着く気配はない。掴まれているセーラー服の胸元が凍り始めていることに気づき、花子は慌てて声を上げた。

 

「分かった、分かったよ! もう一回勝負しよう。それでいいでしょ?」

「ホント!? やったぁ!」

 

 花子から手を離して、チルノは飛び上がって喜んだ。大妖精も安心したようだが、花子はうんざりと溜息をつく。旅路を急ぐつもりはないが、こんな風に足止めを食らうとは。

 とはいえ、言い出しっぺは花子自身なので、仕方がない。リュックをもう一度下ろし、大妖精の傍らに置いた。

 

「これ、見ててもらっていいかな」

「あ、はい」

「ありがとう」

 

 にっこり笑う大妖精を見て、やはりよくできた子だなと頷く。花子はすっかり彼女を気に入ってしまっていた。比較対象がチルノであるし、最近までよくつるんでいたのがレミリアとフランドールのワガママ姉妹なのだから、余計にそう思えてしまう。

 妖精に共通して言えることだが、花子よりも背が低く、幼く見える貴重な存在だ。いっそ頭を撫で回したい衝動に駆られたが、チルノがスペルカードを突きつけてきたので、断念することになる。

 

「カードは五枚よ!」

「あぁ、うん」

「なんだかやる気がないわね! そんなんじゃあたいに勝てないよ!」

 

 大妖精が友達に選ぶのだから、チルノも根はいい子なのだろうが、できればもう少し落ち着いてほしいなと花子は嘆息を漏らした。

 勝たせてやれば満足するのかもしれないが、五枚もカードがあることを考えると、手加減がバレてしまうかもしれない。それに、五枚全部に当たると考えると、とても痛いはずだ。

 結局、負けてやろうという気持ちが固まる前に、弾幕ごっこが始まってしまう。

 

 調子を取り戻したチルノは、先の戦いよりずっと勢いに乗っていた。ショットもスペルも安定した強さを持っていたし、先ほど使ったのと同じスペルもあったが、より洗練されて見える。氷が光を反射して、とても綺麗だった。

 それでも、花子は勝ってしまった。今度は残り二点でカードも使い切るという接戦だったが、最後の一枚でチルノが使った決め技、凍符「パーフェクトフリーズ」を、花子が避けきってしまったのだ。

 スペルの氷が散っていき、チルノはしばらく呆然としていた。しかし、ほどなくして顔を真っ赤にし、腕をぶんぶん振り回しながら、

 

「もっかい! 今度も五枚で!」

「えぇー……」

 

 洗いたての服をこれ以上汚したくなくて、花子は渋った。だが、チルノには引く気がまったく見られない。

 結局もう一戦交えることになり、仕方なしにカードを取り出す。先の二戦で手の内はほとんど出し切ったので、チルノも攻略法を見出してくるだろう。少し手を抜くだけで、彼女を勝たせてやることができるかもしれない。

 どうやってうまく手加減しようかと作戦を立てているうちに、三回戦目が始まった。そろそろ疲れてきてもよさそうなものだが、チルノは相変わらず元気だ。くたびれるということを知らないかのように、氷のつぶてを飛ばしてくる。

 同じくらいの強さだと思っていたが、踏んでいる場数はチルノのほうが圧倒的に多い。花子よりもたくさんのカードを持っているので、そのスペルも多彩だった。総合的な実力は、チルノが一枚上手だろう。

 そう感じてしまったせいか、花子はつい負けん気を起こしてしまい、気づけば、手加減をするどころか思い切り戦っていた。単純な性格が災いして、熱くなるともう元の目的を見失ってしまう。

 数十分後、何が勝敗を決めたのか分からないほどの接戦の末、花子はまたも勝利してしまった。我に返ってようやく、チルノのふくれっ面に気がつく。

 

「……もっかい」

「うへぇ、まだやるの?」

「やるの! 次は六枚よ!」

 

 たくさんスペルカードを持っているチルノと違い、花子が使えるスペルは十に届くかどうかといったところだ。何度も連戦していれば当然攻略されてしまうだろうし、何より自分の手の内の少なさが露見してしまい、少し恥ずかしい。

 一生懸命勝とうとしている姿はとても可愛らしいので、チルノのことが手のかかる妹分のように思えてきた。しかし、手心の一つも加えてやれない自分を顧みると、あまり偉ぶれる立場ではないのかもしれないと、花子は自嘲の苦笑を漏らす。

 その顔を見たチルノは、どうやら自分への蔑みだと受け取ってしまったらしい。

 

「こんのー! もう許さないんだから!」

「えっ」

 

 何がチルノの逆鱗に触れたのか、花子には分からなかった。なぜ怒っているのと聞こうとしたが、チルノが唐突にスペル宣言をし弾幕を放ってきたので、避けることに集中しなければならなくなる。

 腹を立てているからか、弾幕も先程より気合いが入っている。心なしか氷の先端も尖っていて、非常に当たりたくない。

 力強い氷の弾幕にスペルで対抗しながら、花子は負けてやったとしてもまだ続けなければいけないような予感がしていた。やる気満々に弾幕を展開するチルノが、一度勝つだけで満足してくれるとは思えないのだ。

 ワガママな相手に付き合うことは、すっかり慣れている。服がボロボロになるのは嫌だけれど、紅魔館で裁縫道具をもらっているので、後で修繕することにしよう。

 こうなったら、とことん付き合ってやる。どうせ終わらないなら、勝ち続けるつもりでやろうと決めて、花子はスペルに力を込めた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 夕焼けの赤い日差しを受けながら、花子はチルノと並んで、湖近くの小道に大の字になって寝転んでいた。

 無尽蔵なチルノの気力が尽きることはなく、勝っては負けての繰り返しは、日が暮れる寸前まで続いてしまった。途中で止めておけばいいものを、勝利を掴んだチルノの挑発でムキになった花子は、負けて終わるのだけは嫌だという気持ちになってしまったのだ。

 結局、最後の一試合は引き分けに終わっている。勝敗も見事に五分五分で、誰がどう見ても綺麗におあいこ、という結果だ。

 山での決闘や異変を起こした時より抑え目に戦っていたとはいえ、これだけの連戦だ。さすがに妖力も体力も尽きて、花子はぜいぜいと息を荒げている。隣で大妖精に膝枕してもらっているチルノも、小さな胸を上下させていた。

 

「チルノちゃん、大丈夫?」

「うぅーん、もう疲れたぁ、帰るぅ」

「よしよし、がんばったもんね」

 

 遊びすぎた子供よろしく大妖精に甘えるチルノを、上半身だけ起き上がった花子は半眼で見つめた。妖精をいじめたとか湖で暴れたとか、好き放題いちゃもんをつけられたことが、何一つ解決していないからだ。

 大妖精の膝でむにゃむにゃやり始めているチルノを見る限り、誤解を解くことはできないようだ。とりあえず大妖精だけはと思ったが、目が合うと苦笑いを浮かべる辺り、彼女は途中から気づいていたのかもしれない。どうしようもないワガママ娘を友達に持つ花子には、彼女の苦労が痛いほど分かった。

 眠いやらお腹減ったやらとぐずり始めたチルノを抱っこ――彼女はチルノの冷たい体温をものともしない――して、大妖精が花子に頭を下げる。

 

「それじゃ私、チルノちゃんを連れて帰ります。今日は遊んでくれてありがとう」

「あ、えぇと、うん。気をつけて帰ってね」

「はい。おかっぱのお姉さんも」

 

 お姉さんという響きが心地よくて、花子は思わずにんまりとしてしまった。いつもは子供扱いされる方が多いが、なかなか気持ちがいいものだ。

 どっと疲れてしまったが、小さい子の相手くらいしてやれなければなと、上機嫌に頷く。気分はすっかりお姉さんで、咲夜や美鈴にでもなったような心地だ。

 霧の向こうに飛んでいく妖精二匹を見送ったあと、しばらく休憩してから、花子はリュックを背負う。その時だった。

 

「標的発見! そーいん、こーげきよーい!」

 

 聞き覚えのある声に振り返れば、チルノの弟子らしい赤髪の妖精が、子分を従え妖弾を振りかざしているではないか。爛々と輝く瞳に敵意はなく、遊んでほしいと表情が語っている。

 赤髪の少女に、花子のことを覚えている様子はなかった。どうやら、妖精に学習能力を求めてはいけないらしい。花子は視線を前に戻し、大きなリュックを背負い直す。

 花子が頼りになるなと思う女性達は、こんな時、仕方なく妖精の相手をするのだろうか。適当にあしらうか本気で追い払うか、どちらにしても、面倒くさい。

 

「……やっぱり、私にお姉さんは無理みたい」

 

 かぶりを振って、呟いた。直後に、妖精達が一斉に妖弾を投げ飛ばす。

 街道に出たら、まずはご飯、それから裁縫をしよう。そんな算段を立てながら、街道に続く小道を、花子は一目散に駆け出した。

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