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太郎くんへ
こんにちは。暖かくなって、気持ちがいいね。今日も幻想郷はお天気でした。
今日ね、久しぶりに香霖堂へ行ったよ。覚えているかな、魔理沙と霖之助さんと友達になった、面白いお店。コンピューターの作り方を聞かれた場所だよ。
霖之助さんに挨拶だけするつもりだったんだけれど、すっかり長居しちゃったんだ。えへ、また新しい友達ができちゃいました。
その妖怪は河童で、私より少しだけお姉さんに見える女の子なんだ。色々な機械を作るすごい人なんだよ。河童の里は、機械だらけなんだって! 一度遊びに行きたいな。
河童の機械は香霖堂にほとんどないのだけれど、霖之助さんは外の物を置くのにこだわっているみたい。売れていないのに、やっぱり変なお店でした。
明日は人里でお買い物です。可愛い封筒とかが置いていればいいな。楽しみ!
新しいお手紙、太郎くんも待っていてね。
それでは。
花子より
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街道から少し外れた原っぱで、花子は目を覚ました。太陽はまだ頂点にないものの、小春日和の陽射しがとても心地いい。
夜のうちに人里を目指すこともできたのだが、チルノとの弾幕ごっこで溜まった疲れに嘘はつけず、昨日は草原のど真ん中で星を眺めながら眠った。妖怪としての自信がついたからか、何も心配に思うことはなかった。
リュックの中から竹編みの弁当箱を取り出し、一切れだけ残ったベーコンエッグサンドを口に運ぶ。昨晩の残りだが、毎日三食これでもいいと思うほど、花子は好きになっていた。美鈴の烏龍茶も口の中をさっぱりとさせてくれて、幸せな朝食の時を過ごす。
春風の中で弁当を食べていると、まるでピクニックにでも来たかのような心地になる。実際にやったことはないのだが、ここに友達がいたらもっと楽しいのだろうなと、想像を膨らませた。
食べ終わり、弁当箱をリュックにしまってから、大きく伸びをする。どこを目指そうかと、青空を眺めながら考えた。
「……そういえば」
花子が行こうとしている通りには、確か香霖堂があったはずだ。霖之助とも、もう一年近く話していない。久々に顔を出してみるのもいいかもしれない。
旅の目的地というよりは、寄り道に近い。しかし、それもいいなと花子は思った。やるべきことを見つける旅とはいえ、一刻を争うわけでもないのだ。時間はたっぷりある。
リュックを背負って立ち上がり、街道に出る。人里から離れたこの道に人間は少ないが、霧の湖に向かう牛車が一台見えた。紅魔館に物を売りにいくのだろうか。
人気のない道は少し寂しいが、昨日までずっと騒がしい毎日だったのだ。たまには静かに散歩をするのも悪くないなと、花子は道端に咲く花を見ながら破顔する。
空を見上げていると、妖精達が追いかけっこをしていた。花子に気づく様子もなく楽しそうに飛び回っている様子は、春の蝶々を連想させる。
「似たようなものなのかもしれないな」
妖精も蝶も、人間も、妖怪だって、浮かれてしまう季節なのだ。春の日差しの中では、誰しもが蝶々になれるのかもしれない。
そんな、自分にはとうてい似合わない詩的なことを考えて、なぜか小恥ずかしくなった花子は、一人赤面した。もし誰かに聞かれでもしていたら、どうなっていたことか。もしかしたら、誰よりも花子こそが、春に浮かれているのかもしれない。
頭を振ってポエマーな自分に別れを告げ、花子は早足で香霖堂を目指した。急ぐつもりはなかったが、恥ずかしい思いをした場所から遠ざかりたかった。
ふと、足に何かがぶつかる感触を覚え、視線を下ろす。紺色の携帯電話が転がっていた。幻想郷に落ちている物としては、あまりにも珍しい。外来人の落とし物だろうかと推測した。
小学校にいた時も、携帯の落とし物を拾ったことがあった。中を拝見してどの子供のものかを調べ、机にそっと戻すということをしたものだ。人間の個人情報など、妖怪の花子には関係のないことだし、悪いことだとも知らなかったのだ。
そして今回も、何の気なしに携帯を開く。画面は暗く電源は切れているようだが、花子はそれよりも気になるところを見つけ、思わず眉を寄せた。
「数字じゃ……ない」
ボタンの配置は似たようなものなのだが、数字が全て漢数字で書かれているのだ。変わった携帯だなと思ったが、電源ボタンらしきものを押しても反応がないので、諦めてポケットにしまう。
このまま持っていても仕方がないので、花子は香霖堂に行くついでに霖之助に相談することにした。彼ならあるいは、こういった落とし主不明の物をどうしたらいいか教えてくれるかもしれない。売ると言い出したら渡すのを止めようと心に決めて、再び歩き出す。
ほどなくして、大きな看板と雑多に並べられた値札の貼られたゴミの山が見えてきた。一年前に見た時と、ラインナップはほとんど変わっていない。むしろ、物が増えているようだ。
店の扉には、『営業中』と書かれた札がかかっている。さっそくドアをノックしてみたが、中から返事はない。留守ということはないだろうが、花子は首を傾げた。
入らなくては話にならないし、お店なのだから入ってはいけないこともないだろうと、ドアノブを捻る。やはりというか、鍵は開いていた。
昼間でも薄暗い店内には、やはり去年とほとんど変わらない状態で、商品が置いてあった。記憶はあやふやだが、以前より非売品の札が増えている気がする。
「お邪魔しますー。霖之助さん、いますか?」
なるたけ元気に声を出してみたが、返事はない。ドアを閉めると、店内はいっそう暗く思えた。しばらくすると目が慣れてきたので、お店の中を回ってみることにする。
旧式のパソコンや、携帯電話、ブラウン管のテレビ、古ぼけたラジオカセット、ポケベル。どれもが花子が外にいた時に一世を風靡したもので、また時代の進みとともに忘れられつつあるものだ。
忘れられていくものたちに自分を重ねてみてしまい、花子は切ない気持ちになった。慰め合うかのように、ポケベルをそっと撫でる。埃が取れても、なんとなく、くすんで見えた。
感傷に浸っていた花子だが、ふと聞こえた物音――なにかが落ちたような音だった――で我に返り、音の方に近づく。
霖之助かもしれないと思っていたのだが、落としたリモコンらしきものを拾い上げる後ろ姿は、花子よりも背の高い少女だった。青い髪をツーサイドアップにして、その上に緑色のキャスケットを被っている。背中には、花子のものより大きなリュックを背負っていた。
泥棒だろうかと身構えたが、この店に盗んで価値のあるものはないようにも思える。真面目な霖之助には大変申し訳ないと思ったが、事実そうなのだから仕方がない。
ともかく、花子は遠慮がちに声をかけてみた。
「あのぅ」
「ひゅいっ!?」
肩をびくりと震わせ、青髪の少女は頓狂な声を上げた。こちらまでびっくりしてしまう。
恐る恐る振り返った少女と目が合い、挨拶でもと思ったが、直後に目を逸らされてしまう。見れば、着ている上着とスカートも青く、またそれがよく似合っていた。
視線を彷徨わせつつ、ちらちらと花子の様子を伺いながらも、少女は落ち着かない様子だった。やはり、何かを盗もうとでも考えていたのだろうか。
リモコンを元の場所に戻しながらも挙動不審な少女をどれだけ見ていても、花子にはやはり怪しい人物にしか映らない。失礼かなと思いつつ、訊ねてみた。
「泥棒じゃ……ないよね?」
「ち、違う! 違うよ、盗むつもりなんて、ただ落としただけで、その、私は霖之助に、だから、あの」
酷く狼狽しているが、霖之助の知り合いらしいので、花子はほっと胸を撫で下ろした。知人から物を盗む人物は一人しか知らないし、目の前の少女は黒白の服装ではない。
泥棒ではないことは分かったが、少女はやはりそわそわしていて、花子とも全然目を合わせようとしない。特に話すこともないので、居心地悪さは花子にも伝染してきた。
どうしたらいいものかと頬を掻いていると、店の扉のベルが鳴った。店主の登場である。
「ダメだったよ、にとり。倉庫にも、君の落とし物はなかった。やっぱり、僕は拾っていないようだ」
「あ、そ、そう。そっか、じゃあいいんだ。あとは自分で探すよ、ありがとう」
「さっきより落ち着かないね。そんなに焦ってどうした……いや、焦っているわけではないか」
にとりというらしい少女の後ろに立つ花子を見て、霖之助が笑った。
「いらっしゃい。久しぶりだね、花子」
「お久しぶりです、霖之助さん。あの、この人は?」
「自己紹介もまだだったのかい? 彼女は
「そうだったんですか。言ってくれればいいのに」
「とても人見知りだからね、にとりは」
にとりが落ち着かず目も合わせない理由に、ようやく合点がいった。人見知りの激しい相手には、自分からアクションを起こさなければいけないことも知っている。
立ち尽くすにとりの前に回りこんで、花子は人懐っこい笑顔で手を差し出した。
「私、御手洗花子です。よろしく」
「あ、あ、うん。よろしく。河城、にとり……」
握手を交わし、にとりが手汗を掻いていることに気づく。よほど緊張しているらしい。やはり、目は合わせてくれなかった。
「落とし物したんですよね。何を落としたの? 一緒に探しますよ」
「いや、そんな、だって私達、会ったばかりだし」
「どうせ暇ですから」
「でも、それはさ、ねぇ霖之助」
助けを求めるように霖之助を見るにとりだが、非売品の札を新たに張り付けていた霖之助は、割りとあっさりと、
「手伝ってもらえばいいじゃないか。僕だって、いつまでも店を開けておくわけにはいかないし」
「そんな!」
「私、迷惑ですか?」
「いや! 迷惑ってわけじゃ、ありがたいけど、ごめん」
ついには謝られてしまい、花子はどうにも困ってしまった。そんなに緊張されるほどの人物ではないと自分で分かっているだけに、こちらが申し訳なくなってしまう。
探し物が見つかれば、少しは変わるだろうか。早く見つけてあげようと、花子は何を落としたのかを聞いてみた。するとにとりは、おずおずと手でジェスチャーをしつつ、答えた。
「ケータイっていう機械なんだ。このくらいの大きさで、紺色のやつで」
「ふむふむ。って、それもしかして」
ポケットから、先ほど拾った携帯電話を取り出した。それを見るや、にとりは目を輝かせて、花子の手に飛びつく。
「それ、私のケータイ!」
「やっぱり。あっちの方で落ちてたんです。どうしたらいいか分からないから、霖之助さんに聞こうかなって」
「あぁ、よかった! それで、あの」
返してくれと言い出せないらしいにとりに、携帯を差し出す。受け取って、にとりは大切そうに携帯を胸に抱いた。
外の子供達も携帯電話を命より大事そうに扱っていたが、彼女にはそれ以上に、まるで家族か何かと再会したような雰囲気がある。正直、花子には大げさに思えた。
頬ずりまでしだしたにとりを見て、霖之助が二、三頷く。
「やはり、自分が丹誠を込めて作ったものは、大切なんだろうね」
「あぁ、なるほど、手作りだったんですか。そりゃ愛着も沸きますよね、手作りのケータイ」
納得してしまいかけたが、花子は引っかかったものに気づき、すぐに驚きの声を上げる。
「て、手作り!? にとりさん、携帯を作ったの?」
「えっ、う、うん。私の工房で、外の物を真似て……。あの、ごめん、ダメだったかな」
「いや、悪いってことないけれど。すごいなぁ、携帯って作れるんだ」
感心して呟いたが、その間抜けな発言に霖之助が笑ったことに、花子は気づかなかった。
褒められたにとりは、嬉しそうな恥ずかしそうな、はにかんだ笑みで携帯を見つめている。照れ屋な一面もあるようだが、人見知りで卑屈になっているというわけではないらしい。
少しだけ慣れてきた様子のにとりが、遠慮がちに花子の顔を覗き込んだ。
「花子、はさ。携帯に詳しいの? みんな、あんまり興味なさそうだけど、花子は違うから」
「あ、うん。私は一年前に外から来たばかりだから、このお店の物も、大体知っているんです」
「そうなんだ。あのさ、その、時間があるなら、ちょっとでいいから」
「外のお話ですか?」
聞くと、にとりは小さくコクリと頷いた。できれば機械のことをと言われて、ちゃんと説明できる自信はなかったが、花子は応えることにする。
新たな友達を作るチャンスを、逃すつもりはなかった。
◇◆◇◆◇
霖之助がお茶を淹れてくれたので、お言葉に甘えて頂戴しつつ、花子はにとりの質問に答えていく。機械の構造などは分からないが、どんな機械があるのかを知っている限り教えてやると、にとりはだんだんと瞳を輝かせていき、嬉しそうに声を弾ませるようになっていった。
動画も撮れるデジタルカメラや噂に聞いたキッチンヒーター。自動車や新幹線、飛行機、東京で見た電飾、電光掲示板。魔理沙が蹴り壊したというゲーム機の正しい遊び方や、霖之助が式神と信じ込んでいるコンピュータが実は機械であるということにも、にとりは真剣に耳を傾けてくれる。
外の話をすると、花子はいつも里帰りをしたような気持ちになった。なので、外の世界の話を聞かれることは、花子にとっても嬉しいことなのだ。
店の奥で二人が話に夢中になっている間、数人の客が来店したようだが、花子もにとりも気にせずお喋りを続けた。数時間立ってから、ようやく一息つく。にとりの人見知りは、すっかり影を潜めていた。
「いやー、いい話を聞けたよ。そっか、外にはまだまだそんなに機械があるんだなぁ。河童もがんばらないと」
「でも、自分達で作ろうとする人間はとても少ないよ。お金で買ってそれなりに使いこなして、分かったような振りをしているだけだもの。私もそうだけれど」
「幻想郷だって同じだよ。その、作ってみようとする物好きな連中が、こっちだと河童だってだけ。作る楽しさは誰にも渡したくないし、私はそれでいいかなーって思ってるよ」
よほど物を作ることが好きらしく、饒舌になったにとりは、途端に自分の情熱について語り出した。これは長くなりそうだなと思いつつ、花子も楽しく耳を傾ける。
人見知りが消え失せると、にとりは想像以上に活発な少女だった。あんなに小さかった声も元気いっぱいになって、挙動不審だった姿が嘘のように、大きな身振り手振りで話を盛り上げてくれる。
彼女は水を操ることもできるそうだが、弾幕には好んで自分が作った爆発しないミサイルを使うらしい。魔理沙もにとりのミサイルを使ったことがあるそうだ。他にも弾幕ごっこで使うという幻想郷らしいものから、外の世界にあるような近代的な発明をたくさんしていて、花子はすっかり感心してしまう。
山に住んでいる河童の技術は、天狗にもその恩恵を与えているらしい。人里よりも山の方が、外の世界に近い生活をしているそうだ。文も住んでいるという天狗アパートには、自動湯沸かし器付きの風呂や扇風機があり、缶ジュースまで売っているとか。
「そこまでくると、外の世界とそんなに変わりませんね」
「いや、そんなことないよ。山の神さまに言われたけど、外の世界は比べ物にならない技術で溢れているらしいじゃないか。どこを見ても必ず機械があるんでしょ?」
「確かにそうかも。山奥でも、電線があったりするもの。人間の手が届いていない場所は、もうほとんどないんじゃないかな」
「当たり前の自然がある場所が、貴重だと言われてるって聞いたよ。幻想郷じゃ考えられない、まるで真逆だよね」
湯呑みを傾けながら、にとりが言った。花子はそれに、「そうですね」と頷く。自分で壊したものをまた欲しがる傲慢さこそが、人間らしいといえばそうなのだが。
窓を見れば、オレンジの光が差し込んでいる。夕方になってしまったようだが、こんなにも長く話しているとは思わなかった。
花子達がいる間、香霖堂に来た客は三人程度だった。閑古鳥が絶叫しているような店だが、これで商売が成り立っていることが、花子には不思議で仕方がなかった。霖之助曰く、固定客が大きな買い物をしてくれるらしい。
商売といえば、と花子は思い出したように言った。
「私、お金をまったく持っていないな。封筒と便箋を買うつもりだったんだけど、どうしよう。えんぴつもなくなってきちゃったし」
「妖怪なら、人間を襲えばいいんじゃない? 私達は機械を売ってるけど、山の妖怪でもそうやって稼いでるのはいるよ」
「うん、その方法は知っているのだけれど……。私にできるかなぁ」
最近は
しかし、それ以外に方法もない上に、にとりだけならず半分人間である霖之助にもそれがいいと言われてしまったので、今晩にでもやってみることに決めた。
それから、今日は気分じゃないからと早々に店じまいした霖之助も加わって、三人はくだらない談笑に花を咲かせた。
にとりの話によると、どうやら河童は本で読んだ通りにきゅうりが好きらしい。にとりは生のきゅうりに塩や味噌をつけて食べる派らしいが、隣に住む河童は浅漬派であるようで、しかもそれが美味であり、浅漬派閥に引きこまれそうだと深刻に語った。好きな方を食べればいいのになと、花子は首を傾げる。
食い物の好みを聞かれ、花子はそういえばなんだろうなと考え込んだ。最近で言えば咲夜のベーコンエッグサンドだろうが、そもそも好き嫌いがなく、なんでもおいしく頂けるタイプである。その通りに答えると、二人は興味津々というほどでもなかったらしく、適当な相槌で済まされてしまった。
雑談に間が空き、皆が揃って湯呑みを口に運ぶ。一息ついてから、霖之助が花子に言った。
「そういえば、新聞を読んだよ。虹色の霧、やってくれたね。目が痛くて敵わなかった」
「あー、あれはまぁ、私が出したわけではないのだけれど。でも、原因は私みたいなものか」
「虹色の霧って、こないだの? あの異変、花子が黒幕だったの?」
「うん、まぁ……」
罪を暴露されてしまったような心地になり、花子は小さくなった。紅魔館の外で言われると、さすがに身が縮こまる。
しかし、にとりはどちらかというと感心したように、「そりゃすごい」と腕組みして唸った。妖怪である以上は人間や他の妖怪連中にちょっかいを出すものだし、その頂点として異変があるのだから、尊敬されることのようだ。
とはいえ迷惑だったことに変わりはないだろうし、花子としてもあの霧は目が回ると思っていたので、素直に謝っておくことにした。
「にとりさんも、ごめんなさい。目に悪かったでしょ」
「だねー。あの日はずっと工房に閉じこもってたよ。一日で解決してよかった」
さすがに、花子のお別れパーティーで起こした異変であることは言えなかった。新聞には載っていたので、霖之助は知っているだろうが。
下手に口を滑らしそうで黙っていると、それにしても、とにとりが続けた。
「花子が主犯なんて、ねぇ。言っちゃ悪いけど、強い妖怪だとは思えないから」
「まぁ……うん、私は弱っちいです。だから、ほとんどレミィとフランちゃんに手伝ってもらったの。吸血鬼の」
「友達がとんでもないのなんだね。異変ってことは、霊夢とかと戦ったんでしょ? 虎の威を借るなんとやら、ってわけじゃなさそうだし」
「千年も生きている天狗に果たし状を叩きつける度胸があるんだ。仲良くなるくらいなら、造作もないだろう」
霖之助の言葉に、にとりが目を丸くした。花子をまじまじと見つめながら、
「新聞記者の文さんと戦った弱小妖怪って、花子のことだったの?」
「なんだにとり、知らなかったのかい? 山に住んでいるくせに」
「あの日は、どうしても作らなきゃいけないものがあったんだ。それに、うちは文さんとこの新聞は取ってないし。あの人に果たし状が届いたって噂は聞いてたけど、へぇー、花子が文さんとねぇ。そりゃますますすごいや」
「あ、ありがとう」
褒めちぎられてくすぐったかったが、花子は照れ隠しに笑う程度で、顔がにやけるのを我慢した。油断すると、慢心してしまいそうだったからだ。
山での決闘は、それはそれは大盛り上がりだったらしい。花子と文の弾幕ごっこも、酒の肴として楽しんでもらえていたようだ。真剣だった花子からすると、複雑な気持ちだが。
時代を遡るように話が進み、誰に弾幕を教えてもらったのとにとりに聞かれ、花子は待ってましたとばかりに自慢げに答えた。
「古明地こいしっていう子と、鬼の息吹萃香さん」
こんな弱い妖怪が、鬼の弟子なのだ。きっと驚いてくれるに違いないと、花子は楽しみにリアクションを待った。しかし、にとりは思惑通りに驚いてくれているものの、それ以上に困惑というか、畏怖というか、恐ろしいことでも聞いたように顔を歪めている。
何があったのか分からず、霖之助の顔を見てみるが、彼は湯呑みを机に置いて、「言ってしまったね」と呟いた。
「あの、にとりさん?」
「お、お、鬼の、伊吹萃香さん? 冗談、だよね? ははは、やだなぁ花子、心臓に悪いよ」
「えっと、本当、ですけど……」
「……」
笑みを浮かべたまま、にとりが固まった。春先の夕方は涼しいほどだというのに、額には汗が滲んでいて、しかし顔色は真っ青だ。
ここでようやく、花子は文が鬼には逆らえなかったことを思い出した。山の妖怪がことごとく鬼の配下だったとするなら、にとりも萃香を恐れていることになる。
どうにかして誤解を解かねばと思ったが、にとりは湯呑みを置いて、そっと立ち上がり、あろうことか花子に向かって土下座をしてしまった。これにはさすがに、花子も霖之助も面食らう。
「伊吹様の弟子とも知らず、ご無礼の数々、お許し下さい!」
「ちょっと、私、そんなつもりじゃなかったのに」
「どうか、どうかこのことは! 伊吹様にはご内密に!」
「あぁん、霖之助さん、助けてくださいよぅ」
「さて、夕食の支度でもしよう」
薄情にも、霖之助は自分の湯呑みだけを持って、裏の住居に引っ込んでしまった。頬を膨らませて恨めしげに睨んだが、彼が戻ってきてくれる気配はない。
とにかく落ち着いてもらわなければと、花子は一生懸命にとりの説得を試みる。
「にとりさん、顔を上げてくださいってば。ほら、私は怖くないですよ。萃香さんだって、普段はただ酔っ払ってる変な人なんですから」
「そそそんなこと、伊吹様は鬼の四天王が一角、超がつく大妖怪でございますー!」
「えぇと、そうですね。萃香さんはすごい人かもしれません。けど、だからって弟子の私まですごいわけじゃなくて。友達だって、吸血鬼とか覚とか、とても強い人もいるけれど、唐傘おばけとか化け猫とか夜雀とか、そういう子だっているんですよ」
身近に感じられる妖怪の名を聞いて、にとりがわずかに顔を上げた。しかし、すぐにひれ伏してしまう。
「伊吹様の弟子ともあろうお方です、弱い妖怪が付き従うのは当然でございますぅー!」
「あぁもう、そんなんじゃないのに!」
一度勘違いされたら、それを覆すのは容易ではない。花子はそのことをしみじみ感じ、また、うまい説得が思いつかない自分の頭を呪う。
のれんで区切られた住居から漂う、味噌汁の平和な匂いが、なぜか憎たらしかった。
◇◆◇◆◇
霖之助が食事を終えて食器を片づけた頃に、にとりはようやく顔を上げてくれた。
さすがに泊まるのは迷惑だということで、花子達は勧められた夕食だけご馳走になって、香霖堂を去った。今は、人里付近の街道にいる。
さきほど、にとりの光学迷彩を借りて、人間を驚かせた。久しぶりの変化だったが、うまくいったようだ。次からは自分で便所を作りでもしない限り身を隠すことができないので、作戦をよく考えなければいけないだろう。
一芝居打って頂戴した小遣いは、ムラサキ婆にもらったガマ口の財布に入っている。少しだけ罪悪感もあったが、花子は妖怪なのだからとにとりに言われて、納得することにした。
「でも、封筒と便箋なんて買って、誰に手紙書くの?」
「外の世界にいる友達です。届けてくれる人がいるから」
「ふぅん。手紙なんて、最近書いてないな。こいつがあるから、いつでも連絡できるしね」
河童式携帯電話を開き、にとりは自慢げに笑った。確かに便利だろうなと思ったが、花子は首を横に振る。
「外の電波は、幻想郷には届かないみたいだから。前に会った外来人が、そんなことを言っていたもの」
「そうなんだよねー。電波をどうこうする技術はないから、このケータイは知り合いの妖気を探して連絡するようにしてるのさ」
「へぇ。それなら太郎くんにも届くかな? すごく遠いけれど」
「うーん、山の外に出ちゃうと、ノイズが入るからなぁ。ちょっと厳しいかも」
久しぶりに太郎と話ができるかと思ったが、やはり甘い考えだったようだ。もとよりその覚悟だったし、手紙はきちんと届いているそうだから、落ち込むことはなかった。
「そういえばさ、花子は外ではどんな妖怪だったの?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 私は――」
花子は、自分が外にいた時のことをかいつまんで話した。歩くついでに、幻想郷に来た理由やその後のこと、今目指しているものと、その方法を探していることも話題にする。
受け流す程度に聞いていたにとりだが、それなりに思うところはあったらしく、携帯をパカパカやりながら言った。
「子供達のおばけ、ねぇ。とは言っても、里の子供はほとんど外に出てこないしなぁ」
「そうなんですよ。でも、人を怖がらせないと妖怪として成り立たないし……」
「んー、まぁ妖怪と人の付き合い方も、だいぶ変わってきてるからね。私だってたまには人間を驚かしたりするけど、尻子玉抜いて命まで取る河童はもう爺さん婆さんくらいだし、私なんかは人里に人間の盟友もいるし。人見知りするから少ないけど」
「へぇ、人間の友達。そういえば、魔理沙とも仲がいいんですよね」
それなりに、とにとりは苦笑した。大方、魔理沙のペースに巻き込まれがちといったところだろう。
しかし、人間と慣れ合う妖怪もいることは、花子にとって少し驚きだった。人里に妖怪が出入りしているのは知っていたし、考えてみれば、花子にも早苗や魔理沙という人間の友達がいる。霊夢は、まだ少し怖い。
これが何かのヒントになるかは分からないが、人と妖怪の新たな距離が、小学校での花子と子供達のそれに近いものなら、大きな進展になるかもしれない。
「それじゃ、私は盟友の家に泊めてもらうから」
「あ、はい。またどこかで」
「元気でね」
人里の前で別れを告げて、花子は街道脇の木陰で休むことにした。明日は里で買い物をしつつ、人間の様子を見てみようと考えながら、目を閉じる。
まだ歩き出したばかりだが、この旅路が求めるものに近づいているような気がして、なんだか嬉しくなってくる。
前向きな気持のおかげで、野宿だというのに、その日はまるでベッドの中にいるかのような、ふわふわした気持ちで眠りにつけたのだった。