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太郎くんへ
こんにちは。お元気ですか? 体調を悪くしたり、していないかな?
今日は、とても素敵な魔法使いさんに会いました。パチュリーさんと同じで、魔法使いという種族の妖怪なんだよ。でも、昔は人間だったんだって。
その人は、人形をとっても上手に作るんだ。それだけじゃなくて、いっぱいの人形をいっぺんに操ることができるの! まるで、生きているみたいだったよ。
こいしちゃんがお姉さんのために人形を作ってもらっていたから、私もお願いしちゃった。どんな人形かは、秘密。えへへ。
太郎くんにも作ってもらおうと思ったのだけれど、男の子に人形は変かなって思って、言わなかったの。欲しかったらお願いに行くから、いつでも言ってね。
ルーミアは、人間以外にもおいしいものがあるって森に来て分かったみたいだから、もしかしたら人間と仲良くなれる日がくるかもね。
なんだか少しだけ、太郎くんに会いたくなっちゃった。少しだけだから、大丈夫。こいしちゃんもいるし、寂しくないよ。
手紙のお姉さんがいつか会えるかもって言ってたから、そうなったら嬉しいね。お話たくさん、聞かせてあげたいな。
今日はこのへんで。またお手紙書くね。
花子より
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朝になっても、まだ緑の霧は消えていなかった。妖力も、森を出るまでは使えなそうだ。
簡単な朝食を済ませてから、花子達は森の外に向かうことにした。魔理沙の案内があるので、さすがに迷うことはもうないだろう。
昨日はあんなに怖かった森も、頼れる案内役がいるせいか、今朝は爽やかにすら感じる。花子はなんの不安もなく歩くことができた。
朝日がほとんど差し込まないので、森は薄暗い。しかし、それでもルーミアには十分すぎるほど明るいようだ。
「うぅ、眩しいよー」
「ルーミアは、もっとお日様に慣れたほうがいいよぉ」
こいしに言われて、ルーミアは分かりやすく眉を寄せた。
「やだよ。お肌が荒れるし髪は傷んで枝毛が増えるし」
前髪の先に触れながら、ルーミアが唇をとがらせる。確かに髪や肌に気を使っているらしく、金髪の触り心地はとても滑らかだった。肌も近くで見ると、吸血鬼のように白くて綺麗だ。
「でも、お日様に当たるだけで髪が悪くなったりしちゃうの? だとしたら、私なんて大変なことになってそうだけれど」
いつもおかっぱにしている黒髪だが、触ってみても傷んでいるのかどうかを判断することはできなかった。こいしも似たようにウェーブのかかった緑灰色の髪に触れ、首を傾げている。
妖怪娘が三人揃って髪をいじくりまわしていると、それを見ていた魔理沙が笑った。
「陽に当たる程度で肌荒れなんてしないぜ。度が過ぎると分からんけど」
「そーなのかー。でも日の光はやっぱやだなぁ。月明かりは大丈夫なのに」
払いのけられるはずないだろうに、ルーミアはしきりに光を振り払おうとしている。帽子の一つでも持っていれば違うのだろうが、彼女の頭には、赤いリボンがついているだけだ。
聞けば、このリボンは御札であるらしい。ルーミア本人には触ることもできないそうだ。なんらかの神聖な力が働いているのだろう。
よせばいいのに、花子とこいしは、つい好奇心に負けてしまう。
「こいしちゃん、せーので触ってみない?」
「いいよぉー。ルーミア、ちょっと動かないでねぇ」
「うん」
言われた通りにルーミアが立ち止まり、魔理沙も面白そうに見物している中、花子はこいしと目を合わせる。
二人して息を合わせ、同時に「せーの」と掛け声を上げて手を伸ばす。そして、二人はやはり一緒に、後悔した。
リボンを掴んだ瞬間、全身に落雷を受けたような衝撃が駆け抜けたのだ。痛いなどというものではなく、花子とこいしは揃って悲鳴を上げ、飛び上がる。
「いたぁーい、なにこれぇ!」
「ルーミア、こんなものを頭につけて平気なの?」
どこが痛いのかも分からず、とりあえずリボンに触れた手をさすりながら、花子は涙目で聞いた。ルーミアはこくりと頷き、
「取ろうとしなければ、なんともないよ」
「それは確か、霊夢がつけたんだよな。お前が見境なくあっちこっち真っ暗にするから、自分の周りにしか闇を作れないようにって」
「そうそう。でも、最近は人間を狩ることも少ないし、ちょっとしか闇を出せなくてもいいかなぁって。リボンが取れたら強くなるぞーって言うと、結構騙せるし」
意外なことに、本人はそれほど嫌がっていないようだ。ハッタリに利用する程度にまで慣れているらしい。確かに、霊夢直々に力を封印されているとだけ聞けば、ルーミアが実はとてつもなく強いと勘違いしてしまうだろう。
まだリボンに触れた時の痺れは抜けていないが、一行は再び森の外を目指した。ぬかるんだ地面は少し歩きにくいものの、そのせいで遅れそうになるほどではない。
気温が上がり始めて、ルーミアが陽の光に当たりすぎてボーっとしてきた頃、魔理沙が思い出したように手を打った。
「おぉ、そうだ。ちょっと寄り道していいか?」
「いいけれど、どこに行くの?」
「知り合いの家だ」
寄り道とは言ったものの、進行方向に変化はない。道が分からない妖怪一行は、素直に魔理沙の背中を追いかける。
魔理沙の目指す場所には、すぐについた。彼女が思いたった時には、近くまで来ていたようだ。
目的地にあったその家屋は、小さな洋館だった。鬱蒼とした森の中にありながら、小奇麗で上品な建物だ。紅魔館のような自己主張の強さはなく、可愛らしい。
鉄の柵を遠慮無く押し開け、魔理沙は洋館の玄関を二、三度ノックした。花子達も、その後ろに立つ。
「おーい。アリス、いるんだろー。私が遊びに来たぜー」
家主の名前は、アリスというらしい。魔法の森に住みたがるおかしな人間は魔理沙くらいなものだろうから、妖怪だろうと花子は予想した。
ノックからしばらくして、ドアが開いた。しかし、現れたのは二十センチほどの、西洋人形だった。ドアを押し開け、手で中に入れとジェスチャーしている。
魔理沙が片手を上げて礼とし、中に入っていく。花子はとりあえず人形に向かって、お辞儀をした。
「あの、アリスさん、初めまして。私は御手洗花子です」
しかし、人形はうんともすんとも言わない。こいしとルーミアの視線がとても痛くなり、赤面したまま顔を上げる。
「ち、違うみたいだね」
「そりゃねぇー」
「妖怪かなーって思ったけど、魔理沙にも何も言わないしね」
「うん……」
恥ずかしさに参ってしまいそうになったが、頭を振って気を取り直す。花子達は、人形に招かれるまま洋館にお邪魔した。
中に入っても、外から見た印象はまったく変わらなかった。手入れが行き届いていて、装飾品も可憐なものばかりだ。
だが、三人の視線を引きつけて止まないものは、他にあった。紅魔館にいた妖精メイドのように、あちこちを飛び回る小さなメイドがたくさんいるのだ。そのどれもが、人形だった。先ほど花子達を招き入れた人形と同じ程度の大きさのものが多い。
こんなにたくさんの人形に囲まれて暮らすなんて、なんとメルヘンチックなのだろう。花子はつい見入っていたが、目の前を横切った人形に邪魔だと手であしらわれ、現実に舞い戻る。
忙しそうに駆け回っていた人形のうち一体が、花子達を面倒くさそうに手招きした。可愛い人形に邪険な扱いをされるのは悲しかったが、そちらに魔理沙達がいるということだろうから、従うことにする。
人形に案内された部屋には、やはり人形が敷き詰められていた。西洋人形から日本人形まで、個性豊かな人形たちが、あちこちに並んでいる。動いていないものの方が多そうだ。
「遅いぜ、お前ら」
柔らかそうなソファから、魔理沙が振り返りながら言った。ごめんねと一言告げてから、魔理沙の対面に座っている人物に気づく。
ウェーブのかかったセミロングの金髪とコバルトブルーの瞳を持つ、美しい少女だった。青のワンピースが怖いほど似合っていて、彼女そのものが人形だと言われても信じてしまいそうだ。
つい見とれてしまっていると、花子とこいし、ルーミアを順繰りに見回した少女が、ため息をついた。
「本当に大勢で来たのね。こんなに人が来ることなんて、初めてだわ」
「だからそう言ったじゃないか。アリスはどうせ、今日も暇なんだろ?」
「いつも暇みたいに言わないでよ。まぁ、確かに今日はやることないけど」
どうやら、彼女が件のアリスらしい。呆けていた花子は正気に戻り、挨拶をしなければと、アリスに頭を下げる。
「お邪魔します、御手洗花子です」
「あ、知ってる。新聞で読んだわ。虹色異変の妖怪ね」
「うぅ……、やっぱりそれで通ってますか」
当分――もしかしたらこの先ずっと言われるのかと思うと、花子は少しだけうんざりとした。そのうち慣れるとは思うのだが。
こいしとルーミアが順番に自己紹介を済ませてから、アリス――フルネームは、アリス・マーガトロイドという――も自分の名前を名乗り、自身が魔法使いであることを教えてくれた。館中を飛び回っている人形は、今も全て彼女が操っているらしい。
これだけの人形を同時に操っていることが信じられず、花子は失礼だろうと思いつつも、つい訊ねてしまった。
「本当に、アリスさんが操っているんですか? みんな、生きているみたいに動いているんだもの」
「ふふ、信じられない? よく言われるけど、ちゃんと私が操作しているわ。私の人形劇、評判いいのよ」
笑いながら、アリスは花子達をソファに座るよう促した。
魔理沙の隣に腰を下ろすと、人形がお盆に紅茶とクッキーを人数分乗せてやってくる。その動きには一切危なっかしさはなく、やはり命が宿っているようにしか思えない。
アリスはアリスで、人形を操るような素振りをまったく見せないのだ。新しい人形作りをしながら、運んできてくれた紅茶を楽しんでいる。
「胡散臭いだろ、こいつ。霊夢並だぜ」
耳打ちしてくる魔理沙に、花子は苦笑いで答えた。確かに信じられない器用さではあるが、そこまで言うのは酷いと思ったのだ。
聞こえていたらしいアリスが咳払いをして、人形作りの手を止める。
「わざわざ妖怪を三人も連れて、私をからかいに来たのかしら、魔理沙?」
「あー、別にそれでもいいんだけどな。今日はほら、また面白い本を貸してもらおうと思って」
「ダメよ。あんた、前に持っていったのだって返してくれてないじゃない」
「ちゃんと返すって。私が死んだらな」
「なら、魔理沙が死んだら新しいのを貸してあげるわ」
辛辣な言葉だが、アリスの表情に敵意は見られない。慣れているらしく、魔理沙を嫌っているというわけではないようだ。
思ったよりもあっさりと、魔理沙は引き下がった。彼女なら力づくでも持って行きかねないと思っていたが、もしかしたら、花子達がいるので遠慮しているのかもしれない。
マーガトロイド邸に来た目的が消えてしまったが、アリスの「せっかく来たのだから、ゆっくりしていきなさい」という言葉に、一行は甘えることにした。
◇◆◇◆◇
時刻が昼前になった頃、キッチンから甘くおいしそうな匂いが漂ってきた。小学校の子供達が調理実習で作っていた、ホットケーキのそれだと花子は思い出した。
人形と遊んでいた――遊ばれていたと言ったほうが正しいかもしれない――ルーミアが、その香りに鼻をすんすんとさせる。
「甘くて、いい匂い」
「クッキーだけじゃ、お腹いっぱいにならないでしょ? パンケーキを焼いているの。私の得意料理よ」
「得意っていうか、アリスはそれしか食わないぜ」
「そんなことないわ。週に一度くらいは他のも食べるわよ」
頬を膨らませるアリスに、魔理沙が笑った。聞けば、種族としての魔法使いであるらしいアリスは、食と睡眠はなくても生きていけるらしい。割りと最近人間から魔法使いになったので、癖が抜けていないそうだ。思い出してみれば、紅魔館のパチュリーも、レミリア達の付き合い以外は食事をしていなかった。
お腹が空かないのは便利そうだが、おいしいものを食べる幸せを失うのは嫌だなと、花子は宙ぶらりんな気持ちになる。不要だと知りながら食事を取るアリスの気持ちは、よく理解できた。
ほどなくして、数体の人形がパンケーキの乗った皿と、マーガリンと真っ赤なジャムを持ってきてくれた。人形とにらめっこしていたこいしも、そちらに目を奪われている。
パンケーキの味は、花子の味覚をとろけさせてしまうのではというほど、甘さと香ばしさが絶妙に混ざり合ったものだった。イチゴのジャムも、実によく合う。さすが、得意料理というだけのことはある。
一枚をすっかり食べ終え、量はそんなになかったが、甘みのおかげで満腹感は得られた。こいしとルーミアはおかわりを所望して、新しいのを焼いてもらっている。
人形が用意してくれたナプキンで満足そうに口元を拭っていると、まだ一枚目の半分も食べていないアリスが、妖怪少女達を見ながら呟いた。
「ホントこうして見ていると、妖怪だろうとなんだろうと、子供なのね」
「たぶんこいつら全員、アリスより年上だけどな」
「実年齢の話じゃなくて。魔理沙だって、そう思うでしょ?」
「まぁ、気持ちは分かるぜ。まして、ルーミアが人食いだなんてな」
「ね」
話の意味が分からず、花子はきょとんとした顔で、魔理沙とアリスを見比べる。妖怪と思えないほど怖くないと言われていることには、とうとう気づけなかった。
二枚目のパンケーキをぺろりと平らげて、ルーミアは満足したようだ。こいしはまだ物足りなそうだが、一応遠慮しているらしく、後はクッキーで我慢するつもりらしい。
ルーミアが口の周りにジャムをベッタリとつけているので、花子はナプキンでそれを拭ってやった。迷惑そうな顔をされたが、吸血鬼姉妹と過ごしたせいで、すっかり慣れている。
「はい、取れた。ちゃんと拭かなきゃダメだよ」
「後でやろうと思ったの」
「そういうこと言う子に限って、絶対やらないんだから」
語尾を強めて叱ると、ルーミアは頬を膨らませながらも、反論はしなかった。
新たに淹れてもらった紅茶を飲んでいた魔理沙が、ふと思いついたように、アリスに訊ねた。
「そうだ、アリス。お前は人間を食ったことあるか?」
「……は? あるわけないじゃない。私はもともと人間だったのよ?」
「だよな。いや、妖怪の中にもいろいろだろ? ルーミアみたいに人食いを公言してる奴もいれば、実は人間を食ってたって奴もいる。その線引が知りたくてさ。花子は、なさそうだな」
「私はないよ。食べたいとも思わないもの。食べられるって噂になったことは、何度もあったけれど」
子供の間で誇張される噂話は、時として想像も出来ないものになる。人食いとされたのは、まだいいほうだ。
やっぱりなと頷いてから、魔理沙はこいしに視線を向けた。
「こいしはどうだ? 人間を食ったことあるか?」
「あるよぉー。まずかった」
思わぬ告白に、花子はギョッとして隣のこいしを凝視してしまった。覚が人を喰うという話は聞いたことがないし、こいしがそんなことをするようには見えない。
花子の視線に気づいたこいしが、後頭部を掻く。
「私が襲ったわけじゃなくて、えっとねぇ、名前忘れちゃったけど、ずっと前に地上で会った妖怪が、おすそわけでくれたんだぁ。お姉ちゃんと一緒に食べたけど、全然おいしくなかったの」
「えー! 人間はおいしいじゃない。牛に比べてあっさりしてるし、硬すぎず柔らかすぎずだし、全身残さず食べられるし、ナカミの味ときたら――」
「ルーミア、話振っといて悪いんだが、ストップ。生身の人間が聞いていい話じゃない気がするぜ」
気分が悪くなったらしく、魔理沙が額を押さえながらルーミアの言葉を遮った。語り足りなそうにしていたが、ルーミアは素直に口を閉ざす。
雑談をしている間にも、アリスの手は休むことなく人形を作っていく。その手際の良さは、ものの数十分で一体を作り上げてしまうほどだ。早いのもそうだが、作りこみも半端ではない。
人形作りも魔法の力なのかと聞くと、アリスは笑いながら首を横に振った。
「これは、魔法じゃないわ。人間の頃からずっと続けてきたからね」
こんなに人形ばかりあっては管理も大変そうだと思ったが、アリス曰く、全ての人形の特徴を把握しているから、一体でもなくなればすぐに気づくらしい。
ちなみに、マーガトロイド邸での窃盗事件の被害は主に本だが、今のところ人形が盗まれたことはないとか。その犯人は、まるで悪びれずにあっさりと理由を述べた。
「だって、私に人形はいらないし。似顔絵みたく、私に似せてくれるならもらってやってもいいぜ」
「その態度じゃ、頼まれても作ってやる気にならないわ」
「アリスは冷たい女だな」
大げさに落ち込んでみせる魔理沙に、アリスがベェと舌を出した。本やら何やらを持っていかれても、二人はなんだかんだで仲がいいらしい。
話を聞きながらクッキーを食べていたこいしが、口の中の物を飲み込んでから、アリスの隣に移動する。
「ねぇアリス、誰かに似せて人形を作れるの?」
「え? えぇ、できると思うわ」
「じゃあね、お願いがあるんだぁ。私の人形を作ってほしいの。お姉ちゃんへのおみやげが欲しかったんだぁ」
「構わないわよ。じゃあ、ちょっとじっとしていてね」
こいしの依頼を引き受け、アリスがさっそく仕事に取り掛かる。ソファに座って動かないこいしを上から下までじっくりと見ながら、必要な色の糸や布を取り出し、早送りでも見ているかのような早さで人形をこさえていく。
作業の間、魔理沙とルーミアは興味無さそうに他の話をしていたが、花子はアリスの手元をじっと見入ってしまっていた。
三十分ほどで、人形は完成した。肖像画に比べてかなりデフォルメされた可愛らしい外見だが、特徴はしっかりと抑えている。こいしも気に入ったらしく、大切そうに受け取った。
「えへへ、ありがとぉー。これでお姉ちゃんも寂しがらないですむねぇ」
「喜んでもらえてよかった。花子とルーミアは、どうする? 欲しいなら作ってあげるわよ」
人形作りを喜ばれて上機嫌なアリスに聞かれて、ルーミアはしばらく考えてから、いらないと答えた。普段は外で暮らしているのだから、あっても置く場所に困るのだろう。
あなたはと言われて、花子は遠慮がちな上目遣いで、
「あのぅ、ある人に似たのを作ってほしいのだけれど、その、写真とかがなくって」
「それじゃ難しいわね。言葉で説明できるなら、下書きするけど」
「じゃあ、お願いします」
思い出す必要もなく、花子は似せてほしい人物の特徴をさらさらと述べた。舌が勝手に動いているのではというほど言葉が出てくるが、アリスは一つも聞き漏らさずに下書きしていく。彼女は絵も上手だった。
下書きができてから、アリスは人形を作り始める。こいしの人形よりも作りが単純だからか、半分ほどの時間で完成した。黒髪黒目の、青いシャツに短パン、スニーカーという、外の世界に行けばどこにでもいそうな男の子の形をしている。
人形を受け取り、花子はお礼を言うより早く、それをとても嬉しそうに抱きしめた。
「……太郎くん」
「男の子の人形なんて言うからもしかしてと思ってたけど、花子の恋人?」
「よく分かんないけど、そういうのとは違うと思います。兄妹っていうか、なんていうか」
「ふぅん」
さほど興味はなかったのだろう、アリスは適当に答えて、余った素材で陽の光が苦手なルーミアのために、気休め程度のフェルト帽をこしらえた。
帽子を被らされて、ルーミアはとても鬱陶しそうに頭を振っていたが、慣れると気にならなくなったらしく、被ったまま落ち着いた。
心のどこかで太郎に会いたいと思っていたのだろう、人形を抱いていると、花子を安心感が包んだ。アリスに向かって、心から感謝を告げる。
「アリスさん、ありがとうございます。人形、大切にします」
「どういたしまして」
「さて、そろそろ行くか。悪いなアリス、邪魔した上に人形まで作らせて」
一同を代表して魔理沙が詫びると、アリスは「気にしないで」と首を横に振ってから、魔理沙に半眼を向けた。
「今日は、何も盗られなかったしね」
「借りてるだけだぜ」
「その台詞は聞き飽きたわ。ま、今日は私も楽しかったし、また遊びにいらっしゃい。泥棒以外なら、歓迎するから」
「はい」
玄関までアリスと人形達に見送ってもらい、花子達は洋館の外に出た。
昼下がりの森は、深部に比べて木々の密度が減ったからか、いくらか明るい。ルーミアはもらった帽子の具合がいいらしく、とてもご機嫌だ。
アリスにさよならを言ってから、花子達は出発した。皆の足取りはとても軽い。魔法の森を抜けるまで、そう時間はかからなそうだ。
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森の出口で、魔理沙と別れることになった。花子は面倒をかけた友人に軽く頭を下げる。
「いろいろごめんね。お世話になりました」
「いいって。また遊ぼうぜ、今度は弾幕でさ」
「うん。負けないからね」
魔理沙らしいあっさりとした別れのあいさつを告げて、彼女は森の中へ戻っていった。キノコでも取りながら歩いて帰るようだ。
街道に出ると、花子はようやくあるべき場所へ戻ってきたかのような安心感を覚えていた。
「やっと出られたね」
「そうだねぇー」
大して怖がっていなかったが、こいしにも思うところがあったようで、同じように胸を撫で下ろしている。
一方、帽子だけではどうにも太陽光を防ぎきれないらしいルーミアは、妖力が復活したのでさっそく闇で自身を覆っている。一応、姿が見える程度の薄さではあるが。
「魔法の森、怖かったけど、おいしい物もいっぱいあるね」
「あは、そうだね」
「光もそんなに入ってこないし、妖力使えなくても帽子があるし、魔法の森に住もっかなー」
どうやら、本気で検討しているようだ。キノコ喰い妖怪が誕生する日も、近いかもしれない。
夕暮れ時になって、ルーミアが適当に飛んでいくというので、花子達は彼女を見送った。闇の球体に包まれて、相変わらずフラフラと危なっかしい動きで、どこへともなく飛んでいく。
ルーミアが小さくなるまで手を振ってから、花子とこいしは街道沿いを山方面へと向かう。その間中、花子はアリスにもらった人形をずっと胸に抱いていた。
「花子、出しっぱなしにしてたら汚れちゃうよぉ」
心配してくれるこいしの人形は、花子のリュックに入っている。大きなリュックなので人形二つくらいなら入ってしまうが、そうするのがなんとなく惜しい。
太郎人形に触れていると、手紙をかくことでごまかし続けていた寂しさが、少しだけ薄れるような気がするのだ。
いつまでも出していれば、こいしの言うとおり砂や埃にまみれてしまう。でも、今はまだ――。
「……もうちょっとだけ」
「仕方ないなぁー」
苦笑を浮かべるこいしに、ありがとうと呟く。彼女は花子の内心を、とてもよく理解してくれていた。
ずっと我慢してきたのだ。たまには、こんな日があってもいいだろう。明日からは、またがんばるから。
遠い片割れにそう約束して、花子は歩きながら、すがるように、甘えるように、人形をぎゅうと抱きしめた。
懐かしい太郎の温もりを、少しだけ感じられたような気がした。