かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのさんじゅうはち 恐怖?結界を守る博麗神社!

 

 

~~~~

 

 

 太郎くんへ

 

 

 こんにちは。暖かくなってきたね。今日もお日様がぽかぽかしていて、気持ちよかったです。

 

 今ね、博麗神社で、霊夢達と一緒にお酒を飲んでいるんだよ。すっかり飲むのに慣れちゃったけれど、太郎くんと一緒にいた頃は考えもしなかったよね。

 

 私はもう好きになっちゃったけど、太郎くんはどうだろう。お酒の味って独特だから、もしかしたら嫌いかも。

 

 外にある博麗神社から旅が始まったんだなって思うと感慨深いけれど、外のはボロだったのに、こっちの神社はとても綺麗だから、なんだか別の場所みたい。不思議だね。

 

 そういえば私、毎日のように手紙を書いているけれど、さすがにかさばってしまっているよね。もしも邪魔だったら、捨てていいんだよ。

 

 太郎くんは、私があげたものをずっと大切にしてくれているもんね。だから、手紙を書くのがこんなに楽しいのかな?

 

 これからも、いっぱいおたよりするからね。

 

 それでは、また。

 

 

 花子より

 

 

~~~~

 

 

 深夜、花子とこいしは相変わらず遅い歩みを止めて、休みを取ることにした。体力は余っているからまだ歩けるが、せっかく星が綺麗なのだから、のんびり眺めたくなったのだ。

 こいしと並んで草むらに寝転んでいると、その空中に大きなスキマが開いた。すっかり慣れたもので、花子は上半身を起こし、スキマから現れた紫に頭を下げる。

 

「こんばんは、お姉さん」

「ごきげんよう。邪魔してごめんなさいね」

「いいえ。これ、お願いします」

 

 アリスの家であったことを綴った手紙を渡すと、紫は丁寧に受け取って、懐にしまった。

 花子とこいしの視界を妨げないところまでスキマごと移動してから、彼女は花子のリュック脇にある人形に気づく。

 

「あら、それは」

「えへへ、太郎くんのお人形です。アリスさんに作ってもらったの」

「そう、良かったわね。森も無事に出れてなにより。道に迷っていたら、もしかしたらまた湖に出ていたかもしれなかったものね」

「あの森、湖まで繋がってるのぉ? 里を挟んで反対側なのに?」

 

 首を傾げるこいしに、紫は手を口に添えて上品に笑いながら、「えぇ、そうよ」と答えた。

 どうにも、魔法の森は街道から見える範囲にとどまらず、幻想郷の南部をかなり広く覆っているらしい。花子達が迷い込んだのは人里から東の街道付近だが、泊めてもらった霧雨魔法店は南部中央付近にあるそうだ。

 考えてみれば、魔理沙の家からマーガトロイド邸まで三時間以上歩いたのだから、かなりの距離である。なるほど、花子達はとんでもなく深くまで迷い込んでいたようだ。

 紫の話によれば、霧の湖に満ちる霧も森の湿気が流れ込んで発生しているそうで、周囲の雑木林や湿地帯も、大きくくくってしまえば魔法の森になるらしい。香霖堂も、森の入口と言われることがあるそうだ。

 頭がこんがらがってきた花子は、どこに行っても魔法の森があるということで納得してしまうことにした。

 

「とんでもないところで迷ってたんですね、私達」

「空から見てみれば、その広さを知ることができますわ。森の向こうには、季節感のない向日葵畑や入ったら出られない迷いの竹林があるわ。どちらも森を迂回して行くと、かなり遠いわね」

「魔理沙に案内してもらえば、森を突っ切っちゃえそうですね」

「飛べばいいんじゃないのぉー? 花子、歩きすぎて飛べるのを忘れてることが多いよねぇー」

 

 頬を突っついてくるこいしに、花子は言い返すことができなかった。そも、つい一年ちょっと前までは、空を飛ぶなど考えたこともなかったのだ。無理もないと、自分を慰める。

 年がら年中咲いているという向日葵畑や魔法の森以上に迷う竹林に興味はあったが、どちらも進行方向とは正反対の位置だ。足を運ぶのは、また別の機会になるだろう。

 三人で星を眺めながら、明日はどこまで行こうかという話をした。さっさと山に向かってしまうという選択肢は、なぜか誰も口にしない。

 

「この道を真っ直ぐ行ったら、何があるのかな」

「山だねぇー」

「そ、それは分かっているよ。その間に、なんかないかなぁって」

「脇道に入れば、妖怪で賑わう神社がありますわ」

 

 妖しげな微笑を浮かべる紫。幻想郷の東端には博麗神社があるとは聞いていたが、花子はまだ行ったことがなかった。

 正確に言えば、幻想郷の結界を越える時に、一度訪れたことがある。しかしそれは外の世界に面する博麗神社で、霊夢が住むそれとはまた別の場所だと言っていいだろう。

 未だに鳥居を超えた時に神社ではない場所へ出た理由が分からなかったが、紫に訊ねると、あれはそういうものであるらしかった。曰く、迷い込んだ人間をいきなり神社に送ってしまうと、妖怪達の食料にならないからだとか。妖怪でよかったと、花子は心底思った。

 しかし、博麗神社。霊夢が悪い人間ではないと分かってはいるが、何度もおしおきされているせいで、少し怖い。また退治されてしまうのではと不安を口にすると、紫は首を横に振った。

 

「大丈夫。あの子は神社にいる妖怪には手を出さないわ。私も顔を出そうかと思っているから、安心なさい」

「うぅん、じゃあ行ってみようかな。こいしちゃん、どうする?」

「いいよぉー。お姉ちゃんとは仲悪いみたいだけど、私は霊夢のこと、嫌いじゃないしねぇ」

 

 妖怪に好かれる妖怪退治屋というのもおかしな話だが、力の強い妖怪ほど、霊夢のところに遊びに行くらしい。思い出してみれば、レミリアもよく神社に行くと言っていた。

 博麗神社には、朝になったら出発しようということになった。紫が言うに、日が高くなる頃にはつくそうだ。

 

「それでは、また明日。神社で待っているわ」

「はい、おやすみなさい」

 

 紫がスキマに消えたのを確認してから、花子はもう一度原っぱに寝っ転がった。こいしも似たように、背中を地面にくっつける。

 朝までは、まだ時間がある。夜風も気持ちがいいし、一眠りしていこうというこいしの提案に賛成して、花子は目を閉じた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 そして、花子達は昼過ぎに目を覚ました。むくりと起き上がり、花子は寝ぼけた頭を振ってから数秒、ようやく寝坊したことに気づく。

 まだ眠りたいという気持ちは一瞬で吹き飛び、隣でまだ夢の中にいるらしいこいしの肩を叩く。

 

「こいしちゃん、起きて。寝坊しちゃった」

「んー……」

 

 のんびりとした動きで上体を起こし、こいしが目をこすりながら鴉羽色のつば広帽子を被る。大きく伸びをして、空のてっぺんに昇った太陽を手で遮りながら、

 

「もうお昼だねぇー」

「うん、急いで神社へ行かないと」

「そんなに慌てなくてもいいと思うよぉ」

「でも、お昼くらいには行くって、昨日言っちゃったもの」

 

 こいしにはそう言ったが、約束らしい約束をしたわけではない。ただ紫に「このくらいの時間に出発すれば昼頃につく」と言われただけだ。

 靴紐を結び直してリュックを背負い、花子はいつでも出発できる状態になった。しかし、こいしは服についた葉っぱを丁寧に取っていて、まだ動く気がなさそうだ。

 結局こいしが身だしなみを整えるのを手伝ってから、花子達は博麗神社目指して出発した。そんなに遠くはないので、三十分も歩けばつくだろう。

 いい加減慌てるのも諦めて、いつものペースで街道を歩いていると、こいしが意地悪な笑顔で言った。

 

「花子、急いでても空は飛ばないんだねぇー」

「だって、私は飛んでも遅いから、そんなに変わらないかなぁって」

「それはないよぉ。飛んだほうが絶対早いよ」

「そうかなぁ。でもやっぱり、歩く方が好きだから」

 

 そう言うと思ったと、こいしに笑われてしまった。

 神社へ向かっていると、以前ミスティアと響子がライブをしていた会場の跡地を見つけた。響子と一緒に寺へ向かった時は、一時間そこらしかかからなかったはずだ。寺を出てからいかに寄り道をしてきたかを思うと、花子は小恥ずかしくなって、頭を掻く。

 道すがら響子達のライブの話をこいしにすると、彼女は知っていたらしい。どころか、何度か行ったことがあるそうだ。あまり好きにはなれなかったらしいが。

 

「あの音は、耳が痛くなるねぇー」

「響子の声も大きいものね。私はパンクロック、嫌いじゃなかったけれど」

「花子は意外とおてんばだもんねぇ」

「そ、そんなことないよ」

「えぇー? 自覚ないのぉー?」

 

 こいしに背中を突っつかれて、花子はついそっぽを向いた。自分をおしとやかだとまで思ってはいないが、認めてしまうのも、女の子として悔しい。

 その後も話題は転々とし、話すことに夢中でどれほど歩いたか忘れかけてきたころ、足元の道が街道に比べて整備が行き届いていない獣道に変わっていた。妖怪が人間を襲うのにはうってつけの場所だろう。

 獣道をさらに進むと、長い上り階段も確認が見えてきた。鳥居がないので、神社らしさを感じられない。

 遅れてしまったこともあるが、未だに霊夢と面と向かって話をするのは苦手な花子である。突然お邪魔して怒られたりしないかと、足を止めてしまった。

 花子が立ち止まったことに気づき、こいしが振り返る。

 

「どうしたのぉー?」

「う、ううん。ただ、霊夢を待たせちゃって、怒られないかなって」

「大丈夫だと思うよぉ。霊夢は花子が思ってるより私達に興味ないから、来ないなら来ないで困らないよ」

「そ、そうなの? それはそれで、ちょっと寂しいけど」

 

 とはいえ、霊夢のお仕置きをもらうよりはずっといいだろう。花子は先に行ってしまったこいしを追いかけて、階段を登る。

 長い階段を登り切って、来た道を振り返る。幻想郷が一望できる、素晴らしい景色が広がっていた。まるで空の上に昇ったようだ。実に気持ちがいい。

 境内は思っていたより狭いが、特有の透き通った静寂が広がっている。参道には木の葉が少し散らかっていて、人の気配もない。

 参道を少し歩くと、拝殿の前で箒を動かしている霊夢を見つけた。動かしてはいるものの、掃除になっているようには見えない。

 

「れぇーむ!」

 

 こいしが呼ぶ声に、霊夢がこちらを向いた。驚いたりする様子もなく、まるで初めから花子達に気づいていたかのようだ。実際にそうだとしても、花子は驚く気がしなかった。

 箒を持ったまま、霊夢は花子達へと近づいてきた。さすがに身構えたりはしなかったものの、わずかな緊張は消すことができない。

 

「こいしはともかく、花子が来るとはね。なんか用?」

「え、あの、手紙のお姉さんが遊びに行ったらって。お姉さんは来ているんでしょ?」

「手紙の……あぁ、紫ね。来てないわよ」

 

 思わずこいしと目を合わせ、二人して首を傾げる。しばらく黙って見ていた霊夢が、やれやれとため息をついた。

 

「ま、わざわざ歩いてきたんだから、お茶くらい出してあげるわ。あいつのことだし、たぶんもう私んちにいるでしょ」

 

 拝殿の賽銭箱に箒を立てかけ、霊夢は神社の裏手にある玄関に向かった。どうやら、神社に居住スペースがくっついているらしい。

 玄関の引き戸を、霊夢が開ける。彼女に続いて台所のある土間を通って居間を見ると、紫がいた。まるで我が家のように、ちゃぶ台でお茶を啜っている。

 やっぱりねと呟いた霊夢に、紫は妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ごきげんよう、霊夢」

「もう何も言う気がしないわ。ただ、そのお茶は有料。ちゃんと新しいの買ってきてよね」

「明日にでも、藍に届けさせますわ」

 

 寝室と居間が一緒になった部屋にお邪魔し、花子とこいしは霊夢に促されて、座布団に正座する。畳のいい匂いがする、こざっぱりとした和室だ。縁側からは、参道も見渡せる。

 霊夢運んできてくれたお茶を一口飲んでから、花子は紫に訊ねた。

 

「あのぅ、お姉さんはいつ来たんですか?」

「あなた達が霊夢と話をしている時に。少し遅れてしまって、ごめんなさいね」

「私達もさっき来たばかりですから」

「ねぇー」

 

 こいしと一緒に頷くと、紫は「お互い様ね」と笑った。

 渋めの緑茶を啜っている霊夢は、花子達の会話にあまり興味がなさそうだ。勝手に上がり込んで勝手に盛り上がられても、家主の霊夢は困ってしまうだろう。少し考えてみれば分かることだ。

 

「霊夢、突然ごめんね」

「何が?」

「えっと、いきなりお邪魔して、お茶まで出してもらって」

「あー、別にいつものことよ。紫もそうだし、文も好き勝手に茶菓子食べていくし、魔理沙なんて人の布団で当たり前のように寝るし。二階の物置はレミリアの別荘になりつつあるわ」

 

 どうやら、いらぬ心配だったらしい。霊夢にとって、花子とこいしは礼儀正しい上客の部類に入るのだろう。花子は同情すら覚えた。 

 花子から見ると霊夢はクールで少し怖いイメージがあったが、力の強弱に関係なく平等に接しているのだから、勝手に怖がっているこちらが悪いのかもしれない。そう思ってはみても、霊力弾や大幣の痛みは忘れられないが。

 魔法の森での顛末を笑い話にしている間も、霊夢は自分から会話に参加しようとすることがほとんどなかった。誰かしらに話を振られて、ようやく答えるといった具合である。

 大丈夫だとは言ってくれたが、やはりつまらない思いをさせている気がしてならなくなり、花子はおずおずと霊夢に訊ねた。

 

「あの、霊夢。もしかして、退屈?」

「は?」

「だって、お話に混ざってこないんだもの。もしかして、面白くなかったかなって」

「面白いか面白くないかで言ったら、面白くはなかったわ」

 

 率直な言葉に、花子は引きつり笑いで胸元を押さえた。心を冷たい刃物でチクチク刺されているかのようだ。

 こちらの心境を知ってか知らずか、霊夢がお茶請けの煎餅をかじりながら、ちゃぶ台にだらしなく頬杖をつく。

 

「まぁでも、退屈ってわけではないわよ。少なくとも神社の掃除をしているよりは、暇つぶしになるかな」

「そ、そっか。いいのか悪いのか分からないけれど」

「もっとちゃんと掃除すれば、時間はあっという間に過ぎると思うよぉー」

 

 悪気のない笑顔でこいしにサボりを指摘され、霊夢が苦い顔をした。否定はできないようだ。

 あまり心配しすぎると、かえって鬱陶しくなってしまうだろうから、花子はこれ以上霊夢を気にかけないことにした。とはいえ、元来の性格が性格なので、苦労しそうだが。

 せめて面白い話をと思ったが、お世辞にもユーモアとボキャブラリーが豊富とはいえない花子には、難しい問題だった。結局話題もそこそこに、和室に静寂が広がる。

 さすがにまずいかとこいしや紫を見てみると、二人とも沈黙をまるで意に介せず、のんびりと茶を呑んだり煎餅を食べたりしている。霊夢も散らかった参道を、ぼんやりと眺めていた。

 いちいち不安になっているのは、どうやら花子だけであるらしい。そうすると、さすがにこれ以上話題を探さなければと思うことはなくなった。皆に習って、あまり上物ではない緑茶を楽しませてもらうことにする。

 時折思い出したようにちらほらと会話をしては、また黙る。風が木の葉を撫でる音や鳥のさえずりが聞こえる、心地良い静寂だった。最近は賑やか続きだったからか、とても落ち着く。博麗神社の居心地の良さは、訪れた他のどの場所でも感じたことのない不思議なものだった。

 ふと、霊夢が思い出したように言った。

 

「そういや、あんたら地底に行くんだって?」

「うん。真っ直ぐ行くかは、まだ分からないけれど」

「こいしは地底の住人だからいいけど、花子が行くってのはどうなのよ、紫?」

「どうもこうも、地底の妖怪が地上に出ているのだから。不文律はもうあってないようなもの、好んで地底に行きたがる者がいないだけですわ」

 

 妖怪の中でとても偉い紫が言うのだから、行っても問題ないのだろう。妖怪の賢者とやらがどれほど偉いのか、花子には漠然としか分かっていないが。

 霊夢がまじまじと花子を見つめてくる。観察されているようで、あまり気持ちの良いものではない。もじもじしていると、彼女は難しそうに唸った。

 

「こいしがいるから大丈夫だとは思うけど、あいつらのケンカはごっこ遊びじゃ済まされないところがあるからなぁ」

「あら、花子を心配しているの?」

「死なれでもしたら寝覚めが悪いなってさ。地底ってあんまりいい思い出ないのよね。出くわした連中がアレだったから仕方ないんだけど」

 

 どうやら、地底はなかなかにバイオレンスなところであるらしい。こいしも否定せず、首肯している。少しばかり、覚悟を決めた方がいいかもしれない。

 聞けば、弾幕ごっこのルールで戦ってはくれるものの、地上に比べて美しさよりも威力を重視した弾幕が多いらしい。あの魔理沙をして、「本気で殺しにくる」と言わしめたほどだ。

 地底にいる間は、こいしのそばを離れないようにしよう。花子はそう心に決めた。

 

 昼下がりが夕暮れになり、赤い空がわずかに紺色を混ぜ始めた頃、こいしが縁側から空を覗きこんだ。

 

「あれぇ、もう夕方なんだぁ」

 

 花子の位置からは空が見えなかったが、参道は夕日に照らされて赤く染まり、さらに神秘的な雰囲気を漂わせている。

 

「そろそろお暇しなきゃだね。こいしちゃん、いこっか」

「そうだねぇー」

「あれ、帰るの?」

 

 さも意外だとばかりに、ちゃぶ台に肘をついたまま霊夢が目を丸くした。紫はくすくす笑っているが、花子とこいしはわけが分からず、お互いの顔を見合わせる。

 妙な間を置いてから、花子は夕暮れの参道を指さした。

 

「だって、もう夕方だもの。おゆはんの準備とかもあるだろうし、邪魔かなぁって」

「……妖怪にそんなこと言われたの、初めてだわ。うちに誰かが来た時は、大体そのままなし崩し的に飲み会になるのよ。今夜もそうだろうって思ってたんだけど」

「おつまみでお腹を満たせば米も減らない、だったかしら?」

「そうそう、それもあるわ。まだ早いけど、あと一刻もしたら始めようと思ってたのよ。帰るってなら止めないけど、どうする?」

 

 まさか霊夢に飲みに誘われるとは。今度は花子の目がまんまるになる番だった。

 返事をしようとする前に、こいしが「お言葉に甘えてぇ」とちゃぶ台に戻ってしまったので、花子も霊夢の好意――であろう、恐らく――を受け取ることにした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 準備をしてくると霊夢が立ち上がったので、花子も手伝うためについていく。

 土間の広い台所は、霊夢の一人暮らしには大きいように思えた。なぜかと聞くと、先代の時からそうだから知らないと言われた。

 予想外というと失礼だろうが、霊夢の料理の腕はなかなかのものだった。咲夜や一輪には及ばないものの、いいお嫁さんになりそうだなという印象を受ける。花子はほとんど見ていることしかできなかった。

 食器や酒瓶を運ぶ役を与えられ、花子はそれらをせっせと居間に運ぶ。ちゃぶ台に伸びているこいしをどかして取り皿を並べていると、その様子を眺めていた紫が微笑んだ。

 

「霊夢、喜んでいるでしょうね」

「え? なんでですか?」

「宴会の準備を手伝ってくれる人なんて、ほとんどいないからですわ」

 

 そう言う本人も、テコでも動かないつもりらしい。

 霊夢が作ったつまみを持ってきたところで、宴会が始まった。外はもうすっかり夜になっている。

 皆でささやかな乾杯をしてから、コップを傾ける。優しい口当たりの、とてもおいしいお酒だ。

 

「いい酒ね」

 

 紫が言うと、霊夢もその味に舌鼓を打ちながら頷いた。

 

「虹色異変のお礼でもらったのが残ってたのよ。こんなに美味しいとは思ってなかったわ」

「あは、じゃあ花子のおかげだねぇー」

「まぁ異変なんて起きないのが一番いいんだけどね」

 

 さらりと釘を刺されて、思わず霊夢から目を逸らした。異変の主犯だったと威張れるほどの度胸は、まだない。

 この日の酒宴は、とても静かだった。人数が少ないのもあるだろうが、いつもは酒の匂いを嗅ぎつけてくる賑やかな面々が、今日はいないのだという。

 その筆頭に魔理沙の名が上がったので、花子は何気なく訊ねた。 

 

「そういえば、霊夢と魔理沙って仲いいよね。いつから友達なの?」

「あー、小さい頃からよくつるんでるわね。腐れ縁ってやつよ」

「いつも魔理沙が遊びに来ていたわね。最近はそうでもなくなったけれど、やはり寂しいかしら?」

 

 意地悪い視線を紫に向けられたが、霊夢は小さく鼻を鳴らし、

 

「今でもしょっちゅう来てるわよ。神社に来る他の誰よりもね」

「私と太郎くんみたいな感じ?」

 

 首を傾げると、それには紫が答えた。

 

「似て非なるもの、ですわ。友情とは人の数だけ形が違うものだから」

「そんなものなのかな」

「霊夢と魔理沙を繋ぐものは、あなた達のそれとは大きく異なるのよ。霊夢が持つ天賦の才を魔理沙が追い続ける、それが二人の間にある、最も強き縁」

 

 高みにいる者を追いかけているという意味では、花子と文の関係に似ている。しかし、友達と呼べるかと言われると、難しいかもしれない。文のことは、もう嫌いではないのだが。

 魔理沙が尋常ではない努力家であることは知っていたが、なおも霊夢には追いついていないのだろうか。魔理沙はとても強かったし、花子にしてみれば、霊夢よりも魔理沙の弾幕のほうが苦手なのだが。

 恐らく、ゴールなどないのだろう。魔理沙は人間としての生を終えるその瞬間まで、努力の人であり続ける気がした。

 つまみの料理を取り皿に山盛りにしながら、こいしが感心したように頷く。

 

「なんだか、かっこいいねぇー。二人はただの飲み友達だと思ってたよぉ」

「そうねぇ。私も今の今までそう思ってたわ」

「自分達では、なかなか分からないものなのよ。花子とこいしのように、同じ志があるものなら、分かりやすいのだけれどね」

 

 そう言いながら、紫が花子にお酌をしてくれた。ありがたく頂いていると、霊夢が花子とこいしを順繰りに見回し、

 

「あんたらの共通する目的って、なんなの? 些細な事ならその都度やるけど、また異変でも起こそうってならこの場で即退治よ」

「そ、そんな大げさなことじゃないよ! 私とこいしちゃんはただ、子供達のための妖怪を目指そうねって」

「子供達のための? どういうこと?」

 

 花子とこいしは、自分達がなそうとしていることを順を追って説明した。

 妖怪の志としては低い場所のあるものだが、二人の一生懸命な話に、霊夢も何かを感じてくれたようだ。三本目の一升瓶を開けて自分のコップに注いでから、肯定とも否定ともつかない相槌を打つ。

 

「ふぅん。まぁがんばってみれば? あんたらが妖怪である以上、なんかしでかすのは当然だろうし、そうなったら退治してあげるわ」

「それは、喜んでいいのかな……」

「喜べないねぇー」

 

 こいしと一緒に苦笑いをしたが、霊夢にやってみろと言われたことは、素直に嬉しい。また一歩、本当に少しだが、目標に近づいた気がした。

 ふと、花子は太郎への手紙を書いていないことを思い出した。昨日書いたばかりだが、ほとんど日課となっている。一度思い当たると、気になって仕方がない。

 食事も兼ねている酒宴の最中でお行儀が悪いとは思ったが、断りを入れて手紙を書かせてもらうことにする。リュックから筆箱と便箋を取り出し、魔法の鉛筆を走らせる。

 

「これが例の太郎ってのに書いてる手紙?」

 

 霊夢に訊ねられて、花子は鉛筆を動かしながら「そうだよ」と返した。

 

「それ、今は紫が運んでるからいいけど、こいつの気が変わったらそこで打ち止めよね」

「えっ」

 

 思わず顔を上げて紫を見ると、彼女は相変わらずの妖艶な微笑みを口元に浮かべたまま、

 

「大丈夫、ちゃんと届けてさしあげますわ」

「えへ、ありがとうございます」

 

 書き終わった手紙を小奇麗な封筒に入れて、紫に渡す。丁寧に受け取り、紫は封筒を裾に入れた。

 明日の昼頃、外に届けてくれるらしい。太郎には明後日くらいには届いているだろうか。返事はないが、読んでくれているはずだ。

 何気ない会話をしながら、のんびりと酒瓶を開けていくうちに、花子の霊夢に対する見方が大きく変わってきた。魔理沙に比べたら冷たい印象はあるものの、もう怖い巫女というイメージはなくなりつつある。

 霊夢に慣れ合う気はなさそうなので、他の友人とは距離感が変わってくるだろうが、それでももう、花子の中で霊夢は友達の一人になっていた。これからも彼女に退治されることはあるだろうが、それはお互いの立場を考えれば、詮ないことである。

 ふと隣を見れば、こいしがうつらうつらと船を漕ぎ始めている。昼まで寝ていたというのに、お酒が入ったせいで眠くなってしまったのだろう。

 

「あの、霊夢」

「はいはい、そろそろお開きにしときましょうか。今日はバカみたいな酒豪もいないことだし。花子、片付け手伝ってくれる?」

「うん」

 

 紫がこいしを見てくれている間に、花子と霊夢は食器やら酒瓶を台所に運ぶ。古い和風の台所は勝手が分からなかったが、皿洗いくらいならできそうだ。

 こいしはもう寝てしまっているだろうし、花子も酒のせいで少し眠い。霊夢の泊まっていけという言葉に、素直に甘えることにした。

 食器を洗い終えて居間に戻ると、すでに人数分の布団が敷いてあった。うち一つでは、こいしが気持ちよさそうに寝息を立てている。

 どうやら紫が準備してくれていたようだが、霊夢が必要以上に驚いている。

 

「紫、あんた、布団敷けたのね……。式がいないと箸持って口動かす以外できないと思ってたわ」

「あら、失礼ね」

 

 口では言うものの、紫の微笑は少しもぶれていない。いつも優しい印象があるが、感情の起伏が見えにくい女性である。

 こいしは寝てしまったが、花子は霊夢と一緒に風呂に入った。ただでさえ野宿したまま来たのだし、他人様の布団を借りるのだから、こいしも無理矢理にでも入れておくべきだったかと、少し後悔する。

 霊夢と色違いの寝間着を借りて居間に戻ると、紫が縁側に佇んでいた。

 

「お姉さんは、お風呂入らないんですか?」

「不浄と清浄の境界を操作したから、必要ないわ。こいしもね」

「……?」

「もうお風呂上りみたいなものなのよ。ありがとう」

 

 本人がいらないといっているのだから、無理に押すこともできず、花子はどういたしましてと頷いた。

 促されて布団に入るも、霊夢と紫はまだ寝ないとのことだった。明かりが消えて、月の淡い光が少しだけ、居間を照らす。

 襖を閉めようとしていた霊夢に、花子は布団の中から声をかけた。

 

「霊夢、今日はありがとう」

「あんたは本当に律儀ね。お礼言われるのなんて慣れてないから、むず痒いわ」

「また遊びに来ていい? 今度はお土産持ってくるよ」

「酒は足りてるから、煎餅がいいわ」

「うん。覚えておくね」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 襖が閉じられ、月光も届かなくなった居間は、真っ暗になった。こいしの気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 博麗神社の布団と畳からは、太陽の匂いがした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 襖を閉め、霊夢は縁側に佇む紫の隣に腰を下ろした。

 

「眠った?」

「さぁ。酔いも醒めてたから、どうかしらね」

 

 いつの間にか、紫はお茶の入った湯呑みを持っていた。傍らにあるお盆には、ご丁寧に霊夢の分も用意されている。今更とやかく言うつもりにもなれず、素直にお茶を受け取る。

 夜になっても、ほとんど寒さを感じない季節になってきている。よく晴れた夜空にぽっかり浮かぶ半月を眺めていると、紫がちらりと横目で霊夢を覗き見た。

 

「どうかしら?」

「何がよ」

「あの二人よ」

 

 茶を啜る。慣れた味が口に広がり、霊夢が吐く息が、少しだけ白くなった。

 

「こないだ言ってた、『未来に託す希望』ってやつ?」

「えぇ。このままでは逃れられない滅びに対する希望に、彼女達はなってくれるはず」

「滅びって、大げさねぇ。そんなに大層な問題じゃないでしょ」

「あなた達が生きている間だけで言えば、そうでしょうね。しかしあと百年、二百年先となれば、分からない」 

 

 幻想郷が現在と未来にかけて抱えている問題については、この郷の歴史に深く関わるものなら誰もが知っていることだろう。

 その問題を解決せしめる者が、あの花子とこいしだと紫は言う。霊夢も適任だとは思うが、頼り甲斐があるとはお世辞にも言えない二人だ。全うできるのか、怪しいところではある。

 花子とこいし以外にも、問題を解決できる妖怪として数名の名前が上がっている。時が来たら彼女らに託すことにしているそうだが、その筆頭に立つのは、花子なのだそうだ。

 

「本当に、花子でいいわけ? あいつ、他人を引っ張るタイプじゃないと思うけど」

「大丈夫よ。彼女は『トイレの花子さん』なのだから。外の世界で積み重ねてきた貴重な経験が、あの子には備わっている」

「ふぅん。あんたがそう言うのなら、そうなんでしょうね」

「えぇ。花子ならきっと、この幻想郷で、もう一度伝説になってくれるはずですわ」

 

 半分だけの朧月を見上げる紫の瞳は、優しく柔らかな輝きを湛えていた。

 

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