借金は人の人生を狂わせる。
硯美緒ほどその意味を深く噛み締めている者は、おそらくいないはずだ。現役女子高校生でありながら、銃を握り、非合法の傭兵仕事をこなす未来を選んだ彼女にとって、借金というものは人生設計を台無しにした物に他ならない。
金がなければ人はすぐに裏切られ、金がなければ生きているともみなされない。そんな残酷でいて汚いリアルをまざまざと見せつけられた彼女の太ももには、人を殺す武器がついている。
グロック19。
宮崎から渡された一挺の銃。当たれば人は血を流し、自分の人生を狂わせた金を駄目にすることもできる。借金と身体以外の何もかもがなくなった彼女にとって、これほど心強い物はない。
銃だけが私を守ってくれる。加賀が運転する車に揺られながら、彼女はそう呟いた。
「美緒ちゃんは、実践は始めて?」
クラッシックの音楽が大音量でなっている車内で、後部座席に最後尾の座席に寝転がっている宮崎が訪ねてきた。真ん中のシートに座り、目をつぶっていた彼女は、一度だけ頷く。
「そっか、初陣はやばい仕事の方がいいんだけど、今日は楽な仕事だからなぁ」
この仕事は楽な物じゃない、という意味は何と無く感じ取れた硯は、目を開けて運転席にいる加賀をバックミラー越しに見つめる。
「……宮崎の言う通りだ。最初の仕事が楽な仕事だと、早死にする可能性が高まる。早めに修羅場くぐり抜けないと、体がなまる」
「私、そんなにこの仕事を舐めてかかってないんですけど」
さっきまで着ていた制服と違い、いまの彼女は動きやすさを重視して少しだけ軽装だが、戦場に向かうといった出で立ちだ。防弾装備は一通り宮崎からかりたため、ただの女子高校生という雰囲気は消えているはずだった。
だが、その認識が他の二人と同じというわけではない。
「いまの俺から言えば、お前はどっからどうみても処女ーー銃を撃ったことないガキだ。宮崎の目とか見てみろ。甘さのかけらもねぇぞ」
「加賀さん、そりゃあ俺だって戦争経験してますし、ガキだって何人もやってーーあの、加賀さん。ちょっと音楽うるさすぎません?」
「何いってんだよ。クラッシックは大音量で聴いてなんぼだろ。しかも新世界の第4だぞ。低音が聞こえなかったら意味ないだろ」
いまから仕事をしに行くと言うのに、緊張感がないなぁ、と硯は思う。緊張感がないというのはある意味すごいことなのだが。
「……そういえば、あの二人から連絡きてないんですか?」
「クソビッチとクソ野郎か? クソビッチはやってる時はケータイの電源切るタイプだからな。絶対連絡がつかない。クソ野郎に関してはケータイ持ってないからな。向こうから公衆電話でかけてこない限り、繋がらない。もしケータイ持ってても、自慰ってる時には繋がらない」
「つまり」
「二人とも、生きてるのかもわからない」
苦笑する宮崎、ため息をつく加賀。
まだその二人にあっていない硯でも、二人がやばい人間であるということは何と無く分かった。
「クソビッチには一応メールしたが、来るかはわからん。久しぶりに松倉に会うって書いといたから、見てたら絶対来るはずだ。もしくるならクソ野郎を部屋から引き摺り出してくれると、俺は信じてる」
「うーん、あの二人が来てくれると仕事がかなり楽になるんですけどね」
「その二人って、そんなにすごいんですか?」
なんとか会話に割って入れた硯の頭を撫でながら、宮崎が答える。
「なんというか、ある意味すごい人だよ。片方はすごく性欲が強くて、見た目もいいから男の暗殺に向いてる。もう一人は頭のネジがないというより、そもそも設計図すらないって感じの危ない人だよ」
「絶対に押した商品が出てこない自動販売機みたいな感じだ。相手にしてるとこっちも頭おかしくなるから、ほどほどに接しろ。薬と一緒だ。嗜むならほどほどにってやつだ」
彼らが乗った車が停車する。どうやら待ち合わせ場所に着いたようだが、そこは町中にある倉庫のような場所。唯一の出入り口と思われるシャッターは、その口を固くとじ、あらゆるものを中に入れまいとしている。
運転席の加賀はタバコを取り出し、口に加えて火を付ける。車内が紫煙で満ちる。
「松倉のやつ、おそいなぁ。おっ出てきた。武島に大野も一緒か。あの3人、相変わらず仲良いな」
シャッターを押し上げて出てきたのは、三人の大人だった。1人は死んだ魚のような眼をし、大型のサプレッサーがついたUMP、サブマシンガンを持っているヒゲの生えた男。その隣にいる、RPKを片手で担いでる金髪の女性は、同性である硯でも見とれてまうほどスタイルがいいけれど、その鋭い目つきのせいか、威圧感を醸し出している。最後にシャッターの奥から出てきたのは、メガネを掛けた童顔の男、彼がかかえているのはおそらくモスバーグ、ショットガンの類だろう。
眠そうな目をした男が、運転席の窓を叩く。加賀はすぐさま窓を開け、手を差し出す。
「久しぶりだな、松倉。この前の同窓会以来だな。元気にしてたか?」
「久しぶりだな、加賀。山田さんは神奈川のチームと合同だって言ってたが、まさかお前のとことはな。いつチームなんて組んだんだ?」
「だいぶ前さ。栃木群馬が終わった後、クソビッチとクソ野郎と一緒に高知に行ったんだが、その時にチームを組んだんだ。ちょっと前までは九州を拠点にしてたんだが、この前の同窓会の時から神奈川を拠点にしてる」
「この前あった時は言ってなかったが?」
「クソビッチが穂積さんの棒ねらってて、それを止めることしか頭に浮かんでこなかった」
松倉という男は、車内を覗き見ると眉をしかめた。
「おい、加賀。その未成年はなんだ? 後ろの男はお前が前に言ってた宮崎だろ?」
「ご名答。その隣にあるバックパックは俺の私物だ。壊れないようにそいつに見張らせてる」
「それはどうでもいい」
松倉の眠そうな眼は、ずっと硯に向いている。何を考えてるかわからないからこそ、彼女にはそれがとても恐ろしい物に思えた。
「こいつは俺が個人的に雇ってるガキだ、気にすんな」
「深く詮索しないでおいた方がいい、か」
「まぁな、取り敢えず乗れ。さっさと仕事終わらせよう。……あー、俺の荷物のせいで1人乗れないのか。しゃあない。宮崎、苦しいかもしれないが、バックパックを膝上におけ」
車の助手席に松倉が乗り込む。少し間をおいてから後部座席が開き、眼鏡の男が最後尾に、金髪の女が硯の隣に乗り込んでくる。
金髪は隣に座る少女を不思議そうな目でみた後、その視線を運転席に移す。
「ねぇ、加賀。アンタいつからロリコンになったの?」
彼女の第一声はそれだった。おい武島、と苦笑をこぼす加賀。最後尾の宮崎もクスクスと笑っている。
「こいつは仕事上必要だから雇ったガキだ。俺はロリコンじゃねぇ」
「そうだぞ、武島。加賀さんはーー」
「うるせぇ、童貞は黙ってしこってろ」
フォローを入れようとした大野という男の言葉を、猛烈な罵倒とともに断ち切った加賀。
「あの、加賀さん。流石にそれは大野さんがかわいそうじゃないですか? 加賀さんのことフォローしようとしたんですし……」
「いいんだよ。加賀は前に、自分がセットした爆弾を大野の誤射のせいで駄目にされたことがあってね。それ以来あんな感じなのさ」
武島はポケットからタバコを取り出し、ライターで日をつけ、紫煙を吐いた。この女性が持っているRPKに通ているのはドラムマガジン、通常のマガジンよりも装填数が多いもの。
加賀にはどんな仕事をするのか聞かされていない硯は、その物騒な物に一種の不安を感じた。
「あの、加賀さん。私、どんな仕事しに行くのか聞かされてないんですけど……」
「あれ、言ってなかったっけ」
答えたのは何故か宮崎だ。隣の大野にAKを渡し、その膝の上にバックパックを乗せた彼は、車内で流れるクラッシク音楽に声をかき消されないよう、声をはる。
「あるビルにいるターゲットを殺しにいくんだよ。僕たちは地下で女の子とパコッてるターゲットを、この松倉さん達は退路の確保と、ビル内の戦力の無力化を担当、ってことでいいんですよね、大野さん」
「へ? そうなんですか……?」
宮崎は驚愕の表情を貼り付け、硯は首がネジ切れんばかりの勢いで振り返る。そんな中、松倉は寝起きのような、気だるげな声で一言。
「そういえば、大野に言ってなかったな」
「……ひどい。松倉さん、大事なこと俺に言わないの、無しにしません?」
「お前は特に何も考えないで戦った方が、いい動きするからな」
「松倉、それは流石に大野がかわいそうだぜ。……武島、俺にも一本くれ」
運転席から伸びる手に、武島がタバコを持たせ、加賀がそれを口にくわえると同時に、松倉がライターで火を付ける。
「さぁて、お前ら気張っていくぞ。あと数分で目的地だ」
何気無くはなった加賀の一言は、車内の空気を一変させる。さっきまで飄々としていた宮崎、タバコを吸いながら皆のやりとりに苦笑を漏らしていた武島、不満を漏らしていた大野。その三人の顔つきが変わる。武島、RPKのマガジンを外し、弾数を確認。大野、車内に持ち込んだモスバーグM500にシェルを装填。宮崎は膝上のバックパックのせいで何もしていないが、顔にさっきまでのふざけた色は見えない。
硯もホルスターにつけたグロックを取り出し、弾数を確認。それからスライドを引いて装填。いまから人を殺しに行くと分かっていても、この音は不思議と心地いい。
「ターゲットがいるビルに入ったら、俺と宮崎、硯は地下への入り口を探す。松倉たちは一階の無力化と、上の階にいる連中の処理を頼む。硯、お前はバックパック背負ってくれ。銃はできるだけ撃つな。後方から誤射されたらたまったもんじゃない」
「付け加えるぞ。依頼主からの注文で、女は殺すなとのことだ。銃を持ってる女は組合のやつという話があるそうだから、撃つはめになったとしても急所は外せ」
運転席の窓を開け、タバコを吐き捨ててから加賀が口を開く。
「松倉の付け加えに付け加えるぞ。宮崎、俺のバックパックから無線機だぜ。6つだ。二つは松倉たちの、二つは俺とお前でつける。周波数はいじるな。基本的にはこれで連絡を取る。片耳式イヤホン、マイク付きだ。ワイヤレスで無線と繋がってるから、無線機本体と違って弱いジャミングにやられる。気をつけろ」
後ろから回ってきた小型の無線機を腰につけ、イヤホンを耳に押し込む。本体のつまみを動かし、音量を調節してから硯が問う。
「えっと、私はバックパック背負って皆さんの後ろからついて行けばいいんですか?」
「あぁ、そういうことになるな。その中に俺のおもちゃが入ってるから、丁重に扱えよ。もし壁にぶつけでもしたら……」
「ぶつけでもしたら……?」
車が停車する。運転席のドアを開け、外に出てから加賀は、呟くように硯に告げる。
「俺がお前を殺してやる」
着いた場所はビル群に囲まれた町の路地裏と思われる場所。松倉、大野、武島は降りるなりあたりを警戒する。宮崎はバックパックを硯に渡してから気持ち良さそうに伸びを一回。加賀は銃を片手に一言。
「よし、やるぞ」
その合図とも言えない言葉に、硯を除く皆が一斉に動き出す。イヤホンから加賀の指示が飛ぶ。これからの現場式は松倉が担当するらしい。
硯、前を走る宮崎を追う。松倉チーム、宮崎、硯、加賀の順番で小さなビルへと突入。
ビルに入ってすぐのところにいた黒いスーツの男二人が、慌てたように懐へ手をいれる。
松倉、発砲。サプレッサーにより押し殺された銃声が四発。胴体を狙った射撃のため、致命傷にはなっていなかったが、後からきた加賀の射撃により、頭をぶち抜かれた。
トマトのように弾け飛んだ人間の頭。飛び散る肉片に硯の口から何かが出そうになる。だが、加賀により背中を押され、死体を視界から外したことで、なんとか吐き気を抑え込めた。
彼女は今一度、自分の手に収まるグロックを意識する。
これを撃てば人間はああなる。逆に弾を食らえば自分がああなる。
自分は命を売ったということを、少女は改めて実感する。
頭の頭に浮かび上がるさっきの光景。吐き気は、完全に収まっていない。
松倉チームが、ビルの廊下の曲がり角を右に曲がる。宮崎は逆へ。それを追うように後ろの二人も左へ。
廊下のはるか先に黒スーツ。
宮崎、AKを構えトリガーを引く。セミオートで2発。乾いた銃声とともに、男の体から肉片が飛び散った。
硯、足を止め、グロックの照準を男の頭へ。発砲。グロックのシャープな衝撃が彼女の手を襲う。初めて撃った銃なのに、不思議と手に馴染む。
弾け飛んだ頭、収まっていた吐き気が蘇る。人を殺したということを改めて実感する硯。もう、一般人には戻れない。
「おい、硯、何してる。早く進め」
「……試射のついでに、とどめさしました」
「とどめは俺が指す。お前は余計なこと考えずに、戦場に慣れろ。ほら、さっさといけ。宮崎を見失うぞ」
加賀は硯を追い越し、先へと進む。硯も置いていかれまいと追うが、バックパックが重い。
前方から聞こえる乾いた銃声と、押し殺された音。前を見やれば、宮崎と加賀がお互いに入れ替わりながら、淡々と引き金を引いていた。
一行は非常用と思わしき、コンクリートと鉄が露出した階段をおりる。人はいない。加賀は硯を前に行かせ、後方を警戒する。
階段の途中に扉はなく、一番下まで降りたところで、宮崎がその足を止めた。鉄製の扉だ。
「よし。加賀さん、鉄扉です。事前の情報だと、かなり分厚い。鍵使わないとあかないみたいですけど、流石にそこまでは……」
「よし分かった」
「どうするんですか、加賀さん。建物の中で、鍵を持ってる人を探すんですか?」
そう訪ねた彼女に、男二人は首を傾げる。まるで、お前は何を言っているんだという風に。
「わざわざ正攻法で開ける理由がどこにあるんだよ。硯、カバンを降ろせ。おもちゃを使う」
宮崎は警戒のために、と階段を上って踊り場へ。加賀はバックパックの中から何かを取り出した。素人の彼女にはそれが何かわからなかったが、加賀いわくC4という爆弾らしい。
それを鉄扉の前に設置しながら一言。
「松倉、そっちはどうなってる」
『大野と武島を上の階にいかせた。俺は一階に残ってる。大野、状況を報告しろ』
『こちら大野。武島と3階、最上階の2つ手前まで来ましたけど、特に気になる物は見つかりません』
『ターゲットがいるわけでもないのに、随分と警備が厚い。アタシも大野もサプレッサーつけてないから、音聞きつけてあとからあとから湧いてくる。鬱陶しいったらありゃしない』
「サプレッサーつけてても銃声は漏れる。どのみち感づかれるさ。よし、硯、バックパック持って上がれ。扉を吹っ飛ばす」
背中を押された硯は、少しだけ軽くなったバックパックを抱えるようにして、宮崎がいる踊り場まで、階段を駆け上る。
男二人が耳を塞ぐ。それを真似るように、彼女も指を耳に突っ込む。
爆発。暴力的な音とともに、熱風が3人を襲う。距離が離れていたためか、生暖かい風が吹いた程度ですんだが、近距離であれを食らったらどうなるかなど、想像するのは難しくない。
「よし、いけ宮崎。中からの反撃に気をつけろ。グレネードも使っていいぞ。硯、お前は俺の後ろだ。後方から誰か来たら迷わず撃て」
宮崎、飛び降りるようにして下へ。着地と同時に扉があった方向へ銃を向け、発砲。男の鈍い悲鳴が響く。加賀も宮崎の後を追い、着地。同じように発砲。とどめを指したようだ。
硯は慌てて階段をおり、二人の男が入って行った穴の中を覗き込む。何かが焼ける匂いとともに、血の匂いが充満している。車一台分ほどの広さの白い廊下は、ところどころが赤く染まり、道端で倒れている男は、どれも顔が悲惨なことになっていた。
吐き気を堪えながら、彼女は男たちを追う。先へと進む二人は、縦一列になり、時々乾いた銃声を響かせながら、どんどん奥へと進む。硯が追いついた頃にはもう、お目当ての扉の前に着いていた。廊下の突き当たりにある扉。硯は再びバックパックを下ろそうとするが、加賀は片手でそれを制した。
「この扉は吹っ飛ばさない方がいい。それに、あらかじめコピーキーを入手してある」
「中に、絶対殺すなって言われてる人がいたら厄介だからね。ここは正攻法で開けーーいや、コピーキーを持ってる時点で外道だね」
「宮崎、硯、残弾数確認」
「マガジン丸ごと取り替えたから、残弾数は十分。美緒ちゃんは?」
「まだ一発しか撃ってません」
加賀が持っていた鍵を穴に差し込み、ロックを解除。すぐさま扉を蹴り開け、銃を構える。宮崎、硯も彼に続き銃を構える。
「動くな! 喋ったら撃ち殺す」
室内には何人もが寝れるような巨大なベット、その上にはまるまると太ったデブのおっさんと、全裸の少女たちが三人。1人、黒い髪をポニーテールにまとめた少女は枕上に頭を寝かせ、後の二人、茶髪と金髪の少女たちは男の腕にしがみつく。
硯と同い年くらいだろうか。おそらく借金に苦しみ、命ではなく体を売ることを選んだのが、この少女たちなのだろう。硯はドアから顔を出し、廊下を確認する。誰かが来る様子はない。無線機も、音を発しない。
「やってる時に悪いが、おっさん、あんたを殺しに来た」
加賀はポケットからタバコを取り出し、火を付ける。室内で武装している人は見当たらない。彼はM4を片手で構え、銃口を下半身丸出しのデブに向ける。
「そうか、上の連中は皆、やられたか」
「いや、まだだ。俺の仲間が狩ってる。遅かれ早かれ、皆死ぬ」
「警備にはそれなりの腕利きを雇っているんだがな。相手によってはどんな腕利きでも、赤子同然ということか」
「運が悪かっただけさ。英雄だって流れ弾で死ぬこともある。世の中そういうもんさ」
銃を突きつけられているというのに、平然と会話をする男。それに対して眉を潜めもず、さも当然というように話を進める加賀。
「さて、お前には一つだけ聞かなきゃいけないことがある。余計なことを言うたび、体に穴が空いてくぞ」
「そいつは怖いーー」
銃声。
加賀のM4が火を吹いた。弾丸は足を射抜き、白いシーツを赤く染める。
「余計なことを言うと、穴が空くって言ったろ?」
これには流石の硯も、男に対して同情せざるを得ない。いくら自分と同い年と思われる少女を犯していた、最低な人間であったとしても、だ。
「さて、聞きたいことは一つだけだ。人を殺せる女を探してる」
「……」
「俺の依頼主、いや組合の方から絶対に殺さないように言われてる。どういう意味かはわからんが、考えるのも面倒だからとりあえず従ってる」
「……」
「黙秘権の行使、か。硯、このデブを撃ち殺せ。宮崎、絶対に殺すなよ」
突然名前を呼ばれた硯は、驚きつつもグロックを構え、その銃口を男に向ける。
AKやM4などのアサルトライフルに比べて、ハンドガンの有するエネルギーは少ないが、人を殺せないわけではない。
撃てば殺せる。撃てばこいつは死ぬ。
指が重い。引き金を引けばいいのに、引き金を引けない。普通の人間であることはとうの昔に諦めたはずなのに、楽しかった日常が腕にのしかかってくる。
「硯、殺せ。借金を返して自由になるために、良心は捨てろ。一般人に戻りたいなら、しまっておけばいい。さぁ、さっさと撃て」
加賀がタバコを吐き捨て、M4から手を離してポケットから新しいタバコを取り出す。
「今だ、やれ、オオカミ」
男が口を開いた。
直後、誰かの舌打ちをかき消すように、銃声。
とっさに頭を横へ動かした加賀、飛来する銃弾を回避。
硯には、何が起こっているのか、しっかりと見えていた。だが、理解できなかった。
どうして、裸の少女が、ハンドガンを持っているのか。
宮崎が動く。
加賀にできた一瞬の隙。それに反応した少女、ずっと枕上に頭を乗せていた少女のもとへ、AKを捨てて、走る。距離はわずか数メートル。
少女、枕の下からナイフを取り出しつつ、発砲。だが体制を低くした宮崎の上を通るだけだ。ベットの上からでは死角があり、そこに潜り込めば、銃弾はたやすく回避できる。
宮崎、ベットの上に飛び乗り、少女の腕をつかむ。ハンドガンがある方の腕だ。ナイフは、反対の手の中。
ナイフが彼の首に迫る。
直後、少女の体が投げ飛ばされた。一瞬の出来事で何が起こったのか、硯の目では捉えられなかったが、一つだけ分かったことは、彼が少女の懐に滑り込むようにしてナイフを回避し、壁まで少女を投げ飛ばしたこと。
少女の手から、武器がこぼれ落ちる。追い打ちをかけるように、宮崎が少女の元へ走り、腹部へ蹴りを一発。少女の口から、鈍い悲鳴が漏れた。
「加賀さん、オールクリア、です」
「くそっ! 使えないガキめ!」
「流石だ、宮崎。これでこのデブに用はなくなった。さよならだ、クソ野郎」
いつのまにかM4を構えていた加賀が、発砲。男の胸と頭へ、それぞれ一発ずつ銃弾が撃ち込まれた。
二人の少女から甲高い悲鳴があがる。硯は構えていたグロックを下ろす。結局、撃てなかった。唇を噛みしめる彼女の頭を撫でながら加賀。
「これで仕事は終わりだ。さっさと撤退するーーのが一番いいんだが、なかなか面白い物が見つかっちまった」
楽しそうに笑う彼の視線の先には、宮崎に腕を踏みつけられている黒髪の少女。銃に手を伸ばそうとしたところを、止められたらしい。
「おい、そこの女、名前は?」
「……」
「おいおい、だんまりか? 困るな、そういうの」
彼はゆっくり、少女の元へ近づく。
「お前、宮崎がお前のこと殺せないってこと、把握してただろ」
「……」
「なおかつ、宮崎がベットの死角に潜り込むことも分かってた。だから銃を連射せずナイフを掴んだ。宮崎が銃を使わないって分かってれば、必ず素手で近接をしかけに来ることぐらい分かるからな。違うか?」
「……」
「それだけじゃねぇ。お前、主人が声あげた時に、舌打ちしたろ。あのタイミング、仕掛けるには絶好だった。なのに主人がお前の存在をほのめかすようなこと言っちまったからな。奇襲じゃなくなっちまった」
「……」
「あんまり黙られても困るんだよなぁ」
加賀が少女の顎を掴み、強引に自分の顔を見させる。
「お前、名前は?」
「…………オオカミ」
小鳥のような、綺麗でいてか細い声。一見弱々しく聞こえるが、敵意がにじみ出ている声。
「キラキラネームか? それとも、大きな神様って書いて大神か?」
「昔の上官がつけてくれた名前だ。目つきが獣みたいだから、オオカミ」
これには驚きを隠せない加賀。
「昔の上官、だと。お前まさか、北海道軍の少年兵部隊所属か?」
北海道独立戦争の際、道内の孤児を集めて結成した部隊で、敗戦後トップが自殺したことで自然消滅した部隊。一般にはその存在は隠され、機密事項としてマスコミには報道規制が敷かれたのだが、元道軍の加賀が知らないはずがない。大半が殺され、残った子供も網走に送られたという話だったのだが、まさかこんなところで出会うとは、思ってなかった。
「どうして、あの隊のことを知っている?」
「そりゃぁ、俺も元道軍だからな」
今度は少女が驚く番だ。
「あの部隊の生き残りか。ちょうどいい。お前、俺と一緒に来い。元道軍の仲間として、お前を雇う」
「……さっきお前を殺そうとしたのに、か?」
「関係ねぇ。宮崎、こいつの装備を硯のバックパックに詰めろ。オオカミ、一度しか聞かねぇぞ?」
彼女の顎から手を離し、タバコを口に加え、火を付ける加賀。
「俺と、来るか? もちろん、金も銃も渡してやる」
「……借金がある」
彼女は絞り出すようにそう口にするが、彼は鼻で笑い飛ばす。
「別にいい。俺らの稼ぎをお前の借金返済に当ててやる。生活用品も飯も、全部俺らが提供してやる」
「……どうしてそこまでする?」
疑惑の目を向ける彼女に一言。
「気に入ったからだ」
宮崎が体の自由を得た彼女は、笑いながら立ち上がる。
「今まで最悪な選択肢を何度も突きつけられてきたけど、これは本当にサイテーだわ。気に入ったって理由で敵を雇う人と一緒に戦うなんて、いくら命があっても足りないわ」
「よく言われるよ」
「でも、そんなあんたについて行くのも、悪くない」
彼女はベット脇に置いてあったワイシャツを羽織ると、、頭が潰れた男の脇を漁り、黒い物体を取り出す。ガバメント、ハンドガンだ。
「あの、加賀さん。この人、銃持ってるのにどうして撃たなかったんですか?」
「撃てなかったんだよ、硯。お前は宮崎に見とれてたから分からなかっただろうが、俺の銃口はずっとあいつに向いてた。もし懐に手をいれたら撃たれるって、あいつの本能が察したんだろ」
彼はイヤホンに手を当てる。
「こちら加賀。仕事は終えたぞ。これから撤退する。各員、状況報告」
『こちら大野。最上階まで行ったけど、何もありませんでした』
『女もいないし、骨があるやつもいなかった。金とか違法品の武器とかが大量にあったから、組合に連絡したよ。すぐに回収するってさ』
「武島、大野、終わったなら下にいけ。逃げるぞ」
『こちら松倉。まずいぞ、何人かがこのビルに特攻しかけてる。何人か片付けたが、一人で持久戦は辛い。誰かーーっておい、嘘だろーー』
直後、無線がノイズを発した。宮崎、オオカミ、加賀、硯の順で部屋を出て、最後尾が非常階段にたどり着いたあたりで、ようやくノイズが止んだ。
『あー、あー。このチャンネルでいいんだっけ。こちら遅刻組。今さっき到着した。クソビッチと駒場と一緒だ』
『あーあー、こちら遅刻組でーす。松倉お兄ちゃんが頑張ってるところに参戦したよ。全員綺麗に殺せたから、いまから撤退するって。直接倉庫に帰らず、足立区の詰めどころ、松倉お兄ちゃんのところに行くんだって! ……加賀お兄ちゃん、生きてる?』
イヤホンから流れる聞き覚えのない男の声と、やけに甘ったるい、若い女と思われる声。
『こちら松倉。バカ二人がハイエースで何人も轢き殺しやがった。死体処理が面倒だな。大野、武島。俺らはビル前のハイエースに、加賀達は予定通り元の車に乗り込め。駒場さんが車の方に向かった』
「加賀、了解。お前ら、ビルを出たら駆け抜けろ、足を止めんな。クソ野郎たちが運転してんなら、俺らが車のところに行くまで援護してくれるはずがない。おい、硯、さっさと登れ! 遅れてるぞ!」
「バックパックが重いんですよ! 予備の弾丸とか入れすぎたんじゃないんですか!?」
反論しながらも全力で階段を駆け上る。イヤホンからは、汚物は消毒だぁヒャッハー、とか、ねぇお兄ちゃん楽しい? 楽しい!? といった狂気にそまった言葉が流れる。
四人が外に出るとすでにハイエースはなく、代わりに一台の車が走ってくる。運転席には見覚えのある男の顔。駒場だ。
「加賀!早く乗り込め!後ろから来るぞ!」
問題ない、と呟く駒場。全員が乗り込むのと同時に、車は急発進。開けっ放しになった扉から身を乗り出し、かがは後方へとM4の銃口を向ける。
助手席に乗り込んだ硯がバックミラーを見ると、後ろから高速で接近してくる車が一台。
「くたばれ」
M4が爆音とともに弾をばら撒く。一発が運転席に命中。フロントウィンドウを内部から赤く染め、コントロールを失った車はそのまま近くの建物へ。爆発。
ヒューと口笛を鳴らす駒場。
「派手だなぁ。後片付けがめんどくさそうだな。まぁいっか。とりあえず、そに裸ワイシャツは誰だ?」
バックミラー越しにオオカミへと視線を向ける駒場。答えるのは加賀。
「拾った」
「ははぁん。あのビルにいた武装したガキがそいつってことね。あぁ、そいつの身柄はもう組合の方で買い取ってある。そのまんまお前が雇ったことにしてやる」
「駒場さん、助かる」
自分が着ていた上着を少女にかける加賀へ、駒場が何かを思い出したようにk、そういえばと話を切り出す。
「めっちゃ報酬が高くて、やばい仕事があるんだが、受けるかい?」
「そういえばそんなこと言ってたな。内容は?」
宮崎、硯、加賀、そして少女の視線が駒場に向く。当の本人は楽しそうに笑ながらこう言った。
「江ノ島にあるレン・ターキー・フライドチキンズの、サーベル・テンダロス人形。あれをぶち壊せだとさ」
まさか二話目を投稿できるとは。
張り切りすぎてかなり長くなってしまいました。なんとかテンダロス人形の名前は出したかったので。カー○ル? そんな人は知りません。道頓堀に投げられた? そんなこと知りません。
銃の描写や戦闘描写が増えてきました。戦闘描写はそこまで得意ではないので、アドバイス等お待ちしてます。
そして、この銃を使って欲しい、等の意見もお待ちしております。
では不定期更新ではありますが、またお会いしましょう。
ではでは。