血まみれの兵と汚いファンタジー   作:仕舞獅子舞

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死に損ない集団

硯達五人を乗せたSUVは、法定速度を余裕でブチ切り、夜の街を疾走する。途中何度オービスに引っかかり、老人を轢き殺しかけたかは言うまでもない。

スピードを出し、追っ手がいないことを確認してから、ようやく車は速度を落とした。助手席の硯はもちろん、後部座席の男達、そして裸同然のオオカミまでしっかりとシートベルトをつけていた。

 

「さて、と。駒場さん、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「次の仕事の話は後にしてくれよ、加賀。せっかくあの二人がいるんだから、あとで倉庫に戻ってからじっくり話す」

「それも聞きたかったんだが、そこじゃない。お前、倉庫で寝てるんじゃなかったのか?」

 

ため息をつき、気だるげに駒場が口を開く。

 

「起こされたんだよ、あの二人に」

「仕事場まで送ってくれって言われたんですか?」

 

宮崎の言葉に彼は頷いた。

 

「気持ちよく寝てたらいきなり脇腹蹴られて、連れて行かなかったらお前の下半身の画像をネットにばらまく、だってさ。冗談だと分かってたけど、ぞっとしたよ」

「クソ二人組が迷惑かけたな。申し訳ない」

 

そう謝罪する加賀の口にはタバコ。反省の色は皆無だ。

 

「それで、俺たちはいまどこに向かってるんだ、駒場さん」

「足立区、松倉達の詰めどころだ。そこで祝勝会するんだと」

「久しぶりに松倉の飯が食えるのか。あいつ、銃も料理も、腕は一流だからな」

「えっと、松倉さんのところで祝勝会するのはいいんですけど……」

 

硯は走行中にもかかわらずシートベルトを外し、後ろを振り返る。その視線の先には、裸同然の少女。

 

「その子の服とか、どうにかした方がいいんじゃ……」

「そうだな。お前の言うことも最もだ。なら硯、服を脱いでこいつに渡せ」

「ヴェ!?」

 

車内が笑いで包まれる。宮崎が最後尾から何か服らしきものをオオカミに投げてよこす。それが何か、硯にはよく分かった。

 

「ちょっ、宮崎さん!? それ私の制服ですよ!?」

「うん、知ってる。内側に名前書いてあったし。美緒ちゃんってしっかり自分の持ち物に名前書く人なんだね。えらいね」

「ありがとうございます……じゃなくて!」

「いいだろ、硯。後で洗えば。下着貸すわけじゃねぇし、なんか変なことされるわけじゃねぇんだ。ちょっとの間我慢しろ。こいつに服着せた方がいいって言ったのはお前なんだから、少しは協力しろ。少女におっさんの汗が染み込んだ服着せるわけにもいかねぇだろ」

 

そこまで言われてしまっては、硯も納得せざるを得ない。それにオオカミという少女の身長は、だいたい硯と同じくらいだ。貸し出した服がきついということはないはず。

 

差し出された服を、警戒しながらも両手でしっかり受け取るオオカミ。一つ一つの所作が美しく、それでいてどこか軍隊を思わせるような動きだ。加賀は昔のことを思い出しかけたので、その目を閉じた。

 

オオカミ、服を受け取るとそれを膝の上に広げた。黒が基調で青いリボンがトレードマークの、シンプルで可愛い制服だと硯は思っている。メガネをかけていて、髪が長めの自分にあう制服はこれしかない、と彼女が思うほど、その服は清楚というイメージを自然と作り出してくれる。

 

オオカミ、制服を訝しげな目で睨んだあと、様々な部分を、まるでボディーチェックでもするかのように触った後、鼻を近づけてくんかくんか。

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

 

絶叫。硯美緒の魂の叫び。腕でも折られたんじゃないかとおもうほど、その口から発せられた音は強烈なものだった。

駒場と宮崎の二人は先ほど以上に大笑いし、加賀は苦笑いを浮かべた。

ただ一人、状況がわからず首を傾げる少女。彼女は不思議そうに硯に尋ねる。

 

「……どうかした? そんなに叫んで」

「どうしたもこうしたも! 今、私の服を!」

「薬物が付着してないか、匂いで確認した。昔の上官に、薬物には気をつけろって言われてたから」

「私の制服って言ったよね!? 自分の制服に薬物つける人なんていないよ!」

「……そうなの?」

 

首を捻って加賀の方へ視線を向ける。これには加賀も首を縦に振る。

 

「確かに、普通なら薬物に自分の服をつける奴はいないが、はめられてる可能性を考慮したオオカミの行動は称賛に値するな」

「小さい頃から戦ってたら、嫌でもこうなる」

「だが、人の制服を嗅ぐのは人としてNGだ。しかも現役女子高生の制服は一番ダメなやつだ。同性でも許されない」

「……そうなんだ。また一つ賢くなった」

 

いやいや、小さい頃から戦場に出ていても、人の服の匂いは嗅がないでしょ、と硯が言う前にSUVが停車した。

まだ服を着ていないオオカミを車内に残し、四人は車を降りた。ドアは開けっ放し。彼女が着替え終えたらいつでも外に出られるように、という加賀の配慮なのかもしれない。出会ったばかりの人間を信用しすぎているんじゃないか、と思っても硯は口にしない。そんなこと、他の二人が気づいてないはずがないのだから。

 

「……駒場さん、嫌な予感がする」

 

加賀はとある建物のシャッターの前に立ち、そう呟いた。中からこぼれ出ているのは、日本酒の匂いとゲロの臭い。

 

「気が合うな、加賀。俺もそう思ってたところだ」

「駒場さんもっすか。僕もですよ。シャッターごしでも変な臭いが嗅げるって、普通じゃあり得ないっすよ」

 

加賀、シャッターに手を掛ける。ギャギャギャギャギャ、という怪鳥を絞め殺したような音が鳴り響き、その中に広がる悲惨な光景を四人に見せつける。

 

空っぽの瓶が散乱し、いたるところにゲロが撒かれ、そして四人の人間が床の上に突っ伏して寝ているという、何があったのか容易に想像できる光景。

 

ただ一人、眠そうな顔をしてキッチンに立っていた松倉だけが四人に気づいた。

 

「加賀、これ以上飲むなよ。掃除が面倒だ」

 

その日の祝勝会にアルコールは出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

硯の朝は早い。

腹時計にしたがって起き、すぐに台所に立って簡単な朝食を作り、家族全員で食卓を囲んでそれを食べる。これが彼女の日常だった。

だが今はもう違う。コンクリートがむき出しになっている床の上に敷かれたマットの上で、硯美緒は目を覚ました。体のありとあらゆるところが痛い。いくらマットの上とはいえ、布団の上で寝るのと比べることはできない。

昨晩、祝勝会を終えた加賀は、酔いつぶれて寝ていた二人と、女子二人組を倉庫まで送ってくれた。ソファの上は酔っ払い二人に占領され、硯とオオカミは床で寝るしかなかった。

オオカミはどこでも寝れると言ってマットを敷こうとしなかったが、流石に体に悪いといって加賀が二人分のそれを敷いてくれた。

硯はまだ回らない頭であたりを見回す。酔っ払い二人、昨日の戦闘中に遅刻組だと言って無線に割り込んできた二人はいびきをかき、隣で寝ている少女は寝息を立てて、気持ち良さそうに寝ている。

硯と同じく黒い髪をした彼女の寝顔は、オオカミというよりは子犬のそれに近い。

オオカミの服は、昨日殺したおっさんのところからパクってきたワイシャツにホットパンツという、とても違和感のある組み合わせだ。ホットパンツからのびる脚は白くて長く、しっかりと筋肉がついている。

硯は昨日の殺し合いで見た、オオカミの姿を思い出す。スラリとした脚、美しくもしっかりと肉が着いている腕、見事な曲線を描いている腰回りは、その上にある高校生にしては大きめの乳房によって美しさが強調されている。祝勝会中にオオカミの口から「この服、胸が苦しい」と言われたことを思い出し、彼女は舌打ちをした。

 

まだ暗い倉庫の中を、体の感覚だけを頼りにして歩く。目指すは倉庫の唯一の入り口であるシャッター。倉庫の中のこもった空気を外の空気と入れ替えたいというのもあったが、単純に電気のスイッチがどこにあるのか分からなかった。

 

硯はシャッターを押し上げる。朝の冷たい空気とともに、かすかな明かりが倉庫内に入ってきた。

 

「今日も、晴れみたいね」

「そうみたいだなぁ。『お日様がご機嫌なら死ぬことはない』ってやつだな」

 

とっさに振り返る硯。彼女の視線の先には、寝癖がものすごいことになっている一人の男性。ソファの上に横になり、タバコを口に加えたまま硯の方を見ている。歳は30くらいだろうか。あごひげのせいで老けて見えるせいか、この男が20である可能性も否定できない。

 

目つきはやけに鋭く、巷のヤンキーのそれとは訳が違う。その目に込められているのは人を睨み殺さんとするような気迫だ。

 

「聞いたことあるか? オレがだいぶ前に読んだ小説のセリフさ。帯の文句だったか、まぁそんなことはどうでもいいな」

「聞いたこと、ありませんでした」

「そんなに緊張すんな。いや、警戒すんな。オレは加賀のところのチームの一員で、長谷川ってんだ」

 

長谷川はおもむろに立ち上がり、硯の横へと歩いてくる。よく見れば、タバコの火はついてなかった。

 

「姉ちゃんの名前、聞いてもいいか? まだ加賀から聞いてないんだ。昨日の祝勝会の記憶は曖昧だから、当てになりそうにないんだよ、これが」

「えっと、硯美緒です……」

「歳は16ってとこか。趣味はその見た目に反してマラソンか?」

「えっ、どうして分かったんですか?」

「それだけは記憶がある。まったく、武島のやつ、オレにウォッカなんて飲ませやがって。まだ頭が痛いぞ」

 

彼はポケットからライターを取り出し、タバコに火を付ける。紫煙を吐く長谷川。彼の目つきは鋭いが、硯には彼が怖い人には見えなかった。むしろ、その目には優しさがある。

 

「で、美緒って呼んでもいいか。その方がしっくりくる」

「えぇ、好きに呼んでください、長谷川さん」

「おっさんに美緒って呼ばれるのがムカつくようになったらいつでも言ってくれ。さてと、もうすぐ世間も動き始める頃だ。オレらも動きますか」

 

タバコを吐き捨て、足ですりつぶして火を消す長谷川。彼が台所へ行くのを追うようにして、硯も台所に立つ。

手伝ってくれと言われたわけではないが、硯は何と無く渡辺を手伝いたかった。この人ともう少し話がしたい。彼女はそう思いながら手を洗う。

 

「今から四人分の朝食を作るんだが、美緒、和風と洋風、どっちがいい?」

「……えっと、和風で」

「オッケー。なら美緒に手伝ってもらえることは、あんまないな。……そうだ、冷蔵庫の中にキュウリがあったはずだから、何か適当に作ってくれ。出来ればさっぱりした物がいいんだが、できるか?」

 

答えるより先に、硯は冷蔵庫を開けてキュウリを二本取り出す。叩いて醤油ベースのたれをかければ、朝食に出せる一品にはなるだろう。

 

「美緒、加賀は俺についてなんか言ってた?」

「特に何も。ただクソ野郎だって言ってました。あんまりそうは思わないんですけど……」

「いや、加賀の言ってることは正しいぜ。オレはクソだからな」

 

長谷川がワカメを切りながら口を開く。

 

「レディーに対しては真摯に振る舞うが、それ以外には態度が激変するのがオレだ。特に銃持つと性格が変わるんだよなぁ。生まれつきみたいで治そうにも治らねぇんだからめんどくさい」

 

味噌汁を作りながら長谷川は、このチームのことや、自分たちの過去、生きていくためにはどうしたらいいかなど、硯が聞きたいであろうことを先読みして次々と口にした。

 

「加賀が美緒を雇ったのは、俺たちの得意分野が、VIPの殺害だからだろうな。美緒みたいな可愛い子がいれば、楽にVIPを殺せる」

「前にも、私みたいな人が?」

「いたよ、何人か。でも誰もがやばい仕事中に撃たれた。初陣で死ぬ奴もいたから、美緒は運がいい方だな」

 

硯は長谷川の指示を受けながら朝食を作る。シンプルでバランスのいい食事が完成しつつあった。

 

「そういえば、美緒と一緒に入ってきた()、ありゃ何者だ? 加賀からは一人だけ新入りが来るって聞いてたんが……」

「昨日のお仕事中に加賀さんが雇ったんです。オオカミって名前なんです。加賀さんは気に入ったから雇ったって言ってましたよ」

「……マジかよ」

 

ふと硯が横を見れば、長谷川が驚愕と歓喜が入り混ざったような複雑な顔をしていた。

 

「加賀が気に入ったのか? マジで? あの娘を? 嘘だろ? 信じられねぇ。あの娘、そんなにヤバいのか?」

「あの、長谷川さん。加賀さんが気に入ったって理由で人を雇うことって頻繁にあるんですか?」

 

首を横に振る長谷川。

 

「あいつが直感で他人を雇ったのは、宮崎の時以来だ。……変な話になるけどさ。加賀には死神がついてるんだよ」

「死神、ですか?」

「そう、死神。つっても本当に死神がいるわけじゃねぇぞ? あいつの直感がすごいって話さ。あいつが気に入ったやつは皆、死に損なうんだ」

 

何処か遠くを見るような目をして、彼はさらに語る。

 

「オレが昔いた部隊は、ちょっと特殊なところでさ。ヤバイのの寄せ集めってかんじだったんだけどさ、まぁ最初の方は死ぬ奴もいたよ。何てったって急遽発足したチームで、別のチームに移す予定だったやつも巻き込んで戦場に行ったりしたから、死なない方がおかしいな。でももっとおかしかったのは、加賀のやつ、誰が死ぬかを予言して、的中させやがった」

 

味噌汁の味見をしながら長谷川は続ける。

 

「それ以来オレらはあいつの背後に死神がいるって言ってるのさ。そんでもってその死神に嫌われたやつは、死ねなくなる。怖いくらいの悪運に守られるようになるのさ」

「長谷川さんや、松倉さんたちも?」

「もちろんだ。特に大野とか武島はヤバイな。まだ生きてるのが不思議なくらいだな……うん、味噌汁はこんなもんか。美緒、オオカミって娘と、ソファで寝てるクソビッチを起こしてくれ。飯にしよう」

 

出来上がった料理を持ってリビングに向かう長谷川を追うようにして、硯もリビングに向かい、その隅で寝息を立てているオオカミの横で膝を下ろす。

その幸せそうな寝顔をみていると、なんだか起こすのが躊躇われるが、彼女は心を鬼にしてオオカミの肩を揺らす。

 

「オオカミさん、起きてください。朝ごはんの時間ですよ」

「…………」

 

ピクリともしないオオカミ。再び肩を揺らす。

 

「朝ごはんですよー。長谷川さんの作った味噌汁ですよー」

「……お腹減ったぁ」

 

寝ぼけているのだろうか、それとも起きているのか。硯は肩を揺らさずに、ほっぺたをつついてみる。

プリンのように弾力があり、健康的な色のすべすべ肌。何度でもつつきたくなる衝動を抑え込みながら硯は口を開く。

 

「起きてるんなら返事してくださーい」

「……」

「ずっとほっぺたつついちゃいますよー」

「……」

「まだ起きないんですかー?」

「……」

「私より大きいその胸をもぎ取りますよー?」

「ッ!?」

 

突然跳ね起き、胸元を隠すオオカミ。なんだやっぱり起きてるんじゃないか、と笑う硯。

 

「おはようございます、オオカミさん」

「……なんだか嫌な気配を感じた。絡みつくような、身体中を舐められるような、ゾッとする何かが……」

「寝ぼけてるんですか? 朝ごはんの前に顔洗った方がいいかもしれませんね」

 

くすくすと笑いながら、内心舌打ちする硯。胸をもぎ取って自分と同じ大きさにしてやりたかったのは、言うまでもない。

 

硯はおもむろに立ち上がり、ソファの方へと向かう。

眠っているもう一人の女性を起こさないといけない。彼女がソファの前に行くと、そこで寝ていたのは硯と同い年くらいの、童顔で低身長の女の子。茶色い髪は地毛らしく、染めているようには見えず、体の筋肉はしっかりしているが、体つきは中学生くらいにも見える。その幼い外見に反して、迷彩柄のカーゴパンツに黒いタンクトップという格好なので、必死に大人になろうとしている子供のように見えて、少しだけ硯の心が和んだ。

オオカミの時と同様に、方を揺らす硯。

 

「起きてくださーい。朝ですよー」

「……あぁん、らめぇ……そこは弱いのぉ」

 

その顔からは想像できないほど艶っぽい声が漏れ、硯は目を見開いた。

 

「あの……起きてください」

「……あぁん、そんなに激しくされたら、ウチいっちゃうよぉ……」

「……」

 

絶句。

加賀や長谷川が彼女のことを、クソビッチと呼ぶ理由が硯にも分かった気がした。この女、かなりヤバイ。

 

「あの……本当に申し訳ないんですけど、起きてくれませんか?」

「……らめぇ、頭おかしくなっちゃうぅ。もっと、もっとゆっくりぃ……」

「あの、朝からこんな過激な寝言聞きたくないんで、早く起きてくれると嬉しいなぁ、なんて……」

「もうらめぇ、これ以上は、もう……きちゃう、きちゃうよぉ、いっちゃうよぉ」

「朝から飢えすぎてんだよ、お前は」

 

突然、ソファで寝る女性の脇腹に蹴りが飛ぶ。放ったのは食事の支度を終えた長谷川。ふと振り返れば、オオカミが髪が乱れたままちゃぶ台の前に座っている。どうやら硯がなかなか彼女を起こさないので、長谷川が手伝いにきたようだった。

 

「あの、長谷川さん。寝てる人の腹を蹴るのはちょっと……」

「心配すんな。こいつは人じゃねぇ。クソビッチっていう新しい生き物だ。必要な餌は人間用のペットフードと、男だけ。絶対に街中で捨てるなよ。街がAVの撮影現場みたいになっちまうからな」

 

腹を抑えて呻く彼女に追撃をかけるように、長谷川が再び蹴りをしかける。今度のは当たる直前で防がれた。

 

「ちょっと! 朝から蹴飛ばすなんて、レディーに対する扱いがなってないんじゃない!?」

「レディーって誰のことだよ。夢の中でも男とやってるようなやつをレディーとは言わねぇよ」

「性欲が強いレディーがいてもおかしくないでしょ!」

「自称クソビッチはどう足掻いてもレディーにはなれねぇんだよ。いいからさっさと起きろ、朝飯だ」

 

渋々といったかんじでソファから降りた彼女は、硯をみて驚愕の表情を顔に浮かべた。

 

「えっ、ハッセーお兄ちゃんロリコンだったの!? そんな若い子をさらってきちゃうなんて!」

「おうおう、三途の川渡りたいのかクソビッチ。やる気があんなら外こいよ。全力で相手してやる」

「全力で相手してくれるの!? しかも外で!? やったぁ! ハッセーお兄ちゃんのRPGがウチのーーゲフッ!」

 

長谷川の腰が入った拳で、タンクトップの女性が膝から崩れ落ちた。はたから見ても強烈だとわかるボディーブローに、硯だけでなくオオカミも息を飲んだ。

 

「てめぇとやる気はねぇよ。あとそれ以上やばいことは言うな。R18になっちまうだろ」

「めっ、メタいよ、ハッセーお兄ちゃん……」

「いいからさっさと飯にすんぞ。オレは松倉ほど飯にこだわりがあるわけじゃねぇけど、冷めた飯は苦手だからな」

 

床でうずくまる女性を置き去りにして、三人がちゃぶ台の前に座る。白米、納豆、味噌汁、キュウリのたたき、そしてゆで卵という極めてシンプルでいて金がかかっていない朝食だ。

 

長谷川の頂きますという言葉を皮切りに、少女二人も箸を取る。ようやく腹の痛みが引いたのか、クソビッチと呼ばれる女性も席に着いた。

 

「それで、この娘たちはなんなの? ハッセーお兄ちゃんがさらってきたんじゃないとすると、宮崎お兄ちゃん?」

「なんでさらってきたこと前提なんだよ。加賀が雇ったんだよ」

「あぁ、死神の加賀お兄ちゃんがねぇ」

 

タンクトップの女性は髪をツインテールにまとめながら、少女二人を品定めするような目で見つめる。

 

「おっと、まずは自己紹介からだね! このチームの古株にして、加賀お兄ちゃんの嫌悪の対象、ユリカでーす! ユリカ、ビッチ、クソビッチのどれかで呼んでね!」

「えっと……硯美緒です。……よろしくお願いします」

「オオカミ」

 

戸惑いながらも挨拶する硯とは対照的に、素っ気なく名前だけを言うオオカミ。そんな態度の彼女にも、クソビッチは不快感を示さず、むしろ興味深そうな目で彼女を見つめる。

 

「硯お姉ちゃんと、オオカミお姉ちゃん……でいいのかな? すごい名前だね。ウルフだよ」

「……目つきが鋭いから、オオカミ。……そのお姉ちゃんって呼び方は何?」

 

味噌汁をすすりながら尋ねる彼女に、気持ち悪いほどの笑顔を向けるクソビッチ。

 

「ウチって見た目が大体中学生くらいでしょ? だからこういう呼び方をすると相手の胸をズキューンってーー」

「ようはただのキャラ付けだ。こいつ、ほっとくとキャラがぶれまくってヤンデレみたくなって怖いから、キャラ統一しろって言ったんだ。そしたらあろうことか妹キャラにしやがった」

 

ご飯に納豆をかけながら、長谷川。そんな彼に批判の目を向けるユリカだが、彼は気に求めずにご飯を書き込んでいる。

 

「まぁいっか。それで、二人はどうしてこんなところに?」

「えっと、借金が溜まってて、体売っても稼げる額じゃないから命を売るしかなくて……」

「雇われたからきた。次に雇ってくれるあてもなかったから」

「硯お姉ちゃんは壮絶な人生を歩んでて、オオカミお姉ちゃんはーー」

「そういやクソビッチ。そのオオカミって娘、加賀に気に入られたらしいぞ」

「……嘘でしょ?」

 

やはり長谷川と同じような反応を示すユリカ。彼女の視線の質が、変わった。

 

「オオカミ。初陣は?」

 

顔つきも口調も、先ほどまでの甘いものではなく、威圧感のあるそれに変わる。これにはオオカミの箸もとまった。

 

「……北海道、独立戦争」

「少年兵に混ざってた少女ってとこね。もしかして北海道の少年兵部隊出身? ……ふーん、あの部隊って生き残りいたんだ。ただの数合わせじゃなくて、化け物も混ざってたんだ」

 

味噌汁に口をつけるユリカ。彼女の視線は未だにオオカミへと向いている。

 

「死に損ない、ね。ウチらというより、宮崎に似てるわね」

「クソビッチもそう思ったか」

「まぁね。ウチらほど頭のネジは抜けてなさそうだからね」

 

ユリカは一旦箸を置き、伸びを一つ。するとさっきまでの真剣な雰囲気は何処かへ消え去り、そこにはさっきまでのクソビッチがいる。

 

「まぁいろいろあると思うけど、よろしくね、二人のお姉ちゃん!」

「よろしくお願いします、ユリカさん」

「……よろしく。クソビッチ」

 

 

 

 

 

加賀と宮崎が倉庫に来たのは午後になってからだった。オオカミ用の服と装備が入った紙袋は倉庫の隅に置かれ、硯には大量のダンボールが渡された。リビングと寝床との仕切りを作れということらしかった。

長谷川は宮崎とともにランニングに出かけてしまい、倉庫に残ったのはクソビッチ、加賀、そして二人の少女だけ。加賀は銃のメンテナンスをしていて忙しそうだったので、硯はクソビッチに声を掛けた。これから何をするのか、自分はなにをしていればいいのか、などいろいろ尋ねてみるも、帰ってきたのはどれも下ネタ混じりの適当な返答のみ。これには硯の口からため息が漏れる。

 

外に出ていた二人が帰ってくると、加賀は全員を集め、タバコをふかしながら話を切り出した。

 

「駒場さんと次の仕事の話をしてきた。標的は、レン・ターキー・フライドチキンズ江ノ島店にある、サーベル・テンダロス人形の破壊だ」

「また意味不明な仕事を取ってきたな、あいつ」

「そうっすよねぇ。どう考えても裏がありそうな、変な依頼ですよね」

 

それぞれ感想を述べる男二人。一方、オオカミは言っていることが理解できずに首をひねり、クソビッチは興味なさそうに天井を見、硯は申し訳なさそうに手を上げる。

 

「あの、加賀さん。一ついいですか?」

「どうしたんだ、硯」

「仕事の内容って、それだけなんですか?」

「それだけだ」

 

これには硯も眉を顰めたが、元からチームにいた三人とオオカミは表情を崩さない。

 

「なるほどなぁ。今回の仕事は確かにヤバイな。加賀、駒場に調べてもらうように言ったか?」

 

手に持っていた缶ビールを飲んでから長谷川が尋ねた。当然のように頷く加賀。

 

「レン・ターキー・フライドチキンズといえば、どこにでもある、いわばチェーン店だ。マスコット的立ち位置のサーベル・テンダロス人形だってしかりだ。それなのに江ノ島って指定しているのは、かなり怪しいからな。駒場さんたち組合には、こういう時こそ動いてもらわないとな」

「とりあえず、初日はどうするの? 加賀お兄ちゃん」

「まずは様子見だ。トラップとかも警戒して、狙撃で頭吹っ飛ばすことにした。いきなり爆弾しかけるのもあれだからな」

 

狙撃という単語を聞いて、突如目を輝かせる宮崎。そんな彼のことは気にも止めず、オオカミが手を上げた。

 

「狙撃手の配置場所と、バックアップは?」

「配置場所は現地で決める。バックアップとして宮崎が第二狙撃手だ。俺とクソビッチが同行する。第一狙撃手はクソ野郎、お前だ」

 

へ? 咥えたタバコを危うく落としそうになりながら、長谷川が間の抜けた声をあげた。

 

「なんでオレ? しかも同行すんのは消去法で考えれば、美緒とオオカミだけだぞ?」

「あぁ知ってる」

「せめてクソビッチをつけるなりーー」

「お前の狙撃の腕は認めるが、成功は望んでない」

 

ちゃぶ台の上の灰皿にタバコを擦り付けながら、加賀。長谷も同じように火を消す。

 

「つまり囮になれと?」

「そういうことだ」

「……」

「……」

「上等だゴラァ! 加賀ぁ、今日という今日は許さねぇからな!」

「やんのかオラァ! お前に富山で意図的に誤射されたのはいまだに忘れてねぇからなぁ!」

 

掴み合いながら倉庫の外へと出て行く男二人を、女性陣と宮崎は黙って見送った。

しばらくして、外から鈍い呻き声が聞こえてくるようになって、ようやくユリカが口を開いた。

 

「さぁ、準備しよっか。お姉ちゃんたち」




日常パートです。
今回で頑張ってサーベル・テンダロス人形を出したかったのですが、無理でした! あはは。その代わり加賀チーム全員の名前が決まりました。クソビッチは今後もクソビッチという呼び方でいいんじゃないかな、と思っています。

次回から戦闘シーンが増えていきます。

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