硯をのせた車が夜の神奈川を疾走する。目的地は江ノ島のレン・ターキー・フライドチキンズ。
長谷川のものだというランドクルーザーを運転するのは持ち主ではなくオオカミだ。運転免許を取得できない年齢のはずだが裏口で年齢を誤魔化し、不正に免許を入手したそうだ。運転技術は戦場で磨いたと言っているせいか、助手席に乗る硯は不安を抱かずにはいられない。
車内を流れるクラブミュージック。加賀とは違い長谷川の音楽の趣味はロックやポップ、さらにはダンスミュージックまでと多種多様で、本人いわく現実を忘れられるほど激しい物が好き、だそうだ。
「オオカミ、目的地はまだか?」
後部座席でタバコをふかしながら、彼が問う。返答はない。いや、返事をしているのかもしれないが、大音量のクラブミュージックのせいで聞こえない。
「それにしてもオオカミ、お前、運転うまいな。マニュアルのランクルなのにこうもうまく乗りこなしてる。始めて乗る奴は大抵戸惑うんだけどな」
「軍用のジープだと思えば、楽」
「そういや、美緒はマニュアルの運転、できるのか?」
首を横に振る。
銃を取る仕事をする上で必要だからということで、オートマ車とバイクの運転は練習したが、マニュアルには手も触れていない。
最初は硯がこの車を運転する予定だったのだが、マニュアル車だったのでオオカミに代わってもらったのだ。
「マニュアル車は使わないって、教官が言ってたので……」
「教官? ……もしかしてアルバートか? あの野郎、適当なこと言いやがって」
タバコを窓から外へと投げ捨てた長谷川が、膝の上に乗る黒い鉄塊を撫でる。
「マニュアルだってまだ完全には消滅してねぇんだから、教えとけっての。いざって時にはいらない知識が一番役に立つってのに」
「いらない知識が役に立つって、どういうことですか?」
「普通のやつは、ハブクラゲに刺されたらお酢で洗うのが適切な処置だってことこと知らないだろ? だがいざ刺された時に一番役に立つのはそういう、普段絶対使わない知識だ。オレも何度かそういういらない知識に命を救われてる。インド映画の話が役立つとは思ってなかった」
いまの硯は、インド映画がどうして命を救ったのか聞く気にはなれなかった。
仕事場に近づくにつれて、心臓の鼓動がうるさいほど大きくなっている。
「緊張してる?」
「……えっ」
「硯美緒、顔が硬い。緊張してる?」
オオカミが前を見たまま、硯に尋ねる。左手はせわしなくギアをいじっているのに、その声はやけに落ち着いていた。硯ならば、運転に集中して誰にも話しかけられないだろうに。
「顔、硬いですか? できるだけ表情に出さないように、してるんですけどね」
「険しい顔してる。もしかして、まだ本気で人を殺したことがない?」
本気で人を殺す。この前の仕事で硯は一人だけ殺したが、あれは試射のようなものだ。本気で命のやり取りをしたわけではない。
「そこまで、わかるんだ……」
「昔いたところに、硯美緒に似た人がいた。あの人も本気で殺したことがなくて、こう聞いてきた。『どうやったら人を殺せるのか』って」
彼女の話に、クラブミュージックを切った長谷川も耳を傾ける。
「だからこう返した。思考を捨てて、野生動物に戻れば同族だって殺せるって。硯美緒、考えるのは人間の特権。でも、それは人間にかせられた枷」
オオカミがハンドルをきる。素早く左手でギアを変えた。
「いろいろ考えるのは、素晴らしいけど愚かな行為。生きるためには思考を捨てる。そうすれば本気で人を殺せる」
彼女の言う通り、考えるのをやめればもっと楽に銃が撃てるのかもしれない。本気で人を殺せるのかもしれない。だが、そんなことが簡単にできるはずもない。
硯は窓を開ける。夜風に運ばれて、食べ物が焼ける臭いが彼女の鼻を刺激する。何処かの飲み屋で焼き鳥でも焼いているのだろうか。硯はそんなことを考えながら目を閉じる。
やはり考えることはやめられなかった。
肩を許されて目を覚ました時には、すでに目的地に着いていたようだ。オオカミが運転席から腕を伸ばし、硯の肩を揺らしている。
「硯美緒、起きて」
「……ごめんなさい、寝てました」
「気にすんなよ、美緒。とりあえず加賀に指定されたポイントに行くぞ」
後部座席から、硯のもとに何かが手渡された。無線機だ。それもこの前の仕事で使った物と同型。オオカミにも同じ物が渡される。
「オオカミと美緒で向こうの、加賀とクソビッチと情報交換しろ。一応盗聴も警戒して、自分たちの場所のヒントを出すようなことは、絶対言うな」
「えっ、長谷川さんは使わないんですか?」
「狙撃に集中させてくれ。スポッターがいるのにオレが持たなくてもいいだろ」
VSSーー狙撃銃を担ぎながら彼は車外に降りた。車外といっても屋上駐車場なので、江ノ島らしい雰囲気は一切ない。
ここはレン・ターキー・フライドチキンズ、通称RFCが見えるビルの屋上。ここから狙撃をするように加賀からは言われていた。
長谷川は車からもう一つの銃を下ろすと、硯たちに降りるよう指示を出した。
硯は降りると同時に無線の電源をつける。即座に加賀から連絡が来た。
『こちら加賀。各員、応答しろ』
『自称クソビッチでーす! 特に異常なし』
「オオカミ、異常なし」
「硯です、異常はないです」
無線を持っている四人がそれぞれ状況を報告した後、長谷川とオオカミは狙撃の準備に入る。
硯の仕事は誰かが来たらトリガーを引き、狙撃手に音で知らせる。それだけだ。与えられたグロックはただの飾りで、硯美緒はマネキンでも代用できる程度の存在。
狙撃準備に入る二人から距離をとり、銃を構える。いつか撃つ日がきたときに、しっかりと殺せるように握り方を確認する。
『こちら自称クソビッチでーす。硯お姉ちゃん、聞こえたら返事して』
「こちら硯です。どうしたんですか、ユリカさん」
『加賀お兄ちゃんと宮崎お兄ちゃんは準備で忙しそうだから、話し相手になって欲しいなぁって思って』
オオカミと長谷川がそうしているように、向こうの狙撃手も距離や風速の確認を行っているのだろう。そうなると余った人は当然やることがなく暇になるわけで、無線を使って世間話をしたくなる気持ちもわからなくはない。彼女たちのことを察してか、加賀は特に咎めるようなことは言わず、オオカミも無線にでないので、硯は思い切って尋ねる。
「こんな町中で銃なんて撃っていいんですか?」
『警察にお金流してるからね。ちょっとのことなら捕まらないし、依頼主がここら辺の住民にばら撒いたらしくて、苦情が来る心配もないんだって』
「でも長谷川さんのあれ、撃っちゃっていいんですか?」
『うーん、撃たれたら困るよ。一発撃つだけですごくお金かかるから。まぁあれはハッセーお兄ちゃんの私物だから、弾も自腹だろうし、別にいいんじゃない。RPGぶっ放されるよりマシだよ』
倉庫を出る前に、長谷川はRPG、俗に言うロケットランチャーを車にのせようとして、加賀と殴り合いの喧嘩をしていた。最終的には宮崎が二人を蹴り飛ばしたことでなんとか終わったが、それでも互いの顔に痣ができるほどだった。
「ユリカさん、長谷川さんと加賀さんって仲良いんですか?」
『おい硯、俺も無線使ってること忘れてるだろ。そういうことは誰もいないところで聞け』
すっかり忘れていた。本人からの注意もあったので話を切り上げようとすると、ユリカが突然笑い出す。
『加賀お兄ちゃんとハッセーお兄ちゃんが仲良し? はははっ! そういう考え方はなかったね。だって二人は』
『おい、クソビッチ黙れ。ターゲット付近で動きがあった。オオカミ、無線つけてたら応答しろ。そっちからの情報を流せ』
硯がふと長谷川の方を見ると、双眼鏡を持って手招きしているのが分かった。どうやら乱入者はいないと判断して、硯に狙撃の瞬間を見せてくれるということらしい。
握っていたハンドガンをレッグホルスターに収め、彼らに近づく。長谷川から双眼鏡をもらうと同時に、オオカミが口を開いた。
「店の閉店時間。バイトらしいのが、帰って行った。方角は北東へ」
彼女の声は肉声とイヤホンを通した声と、2通りの音で聞こえてくる。
硯は双眼鏡を覗き込んだ。真っ先に目に入ってきたのは、白いスーツに白いひげ、そして白髪がトレードマークの、創業者をもした人形、サーベル・テンダロス人形。そのスーツの表面や肌は、街灯の光を反射し不自然なほどにテカっている。
これが今回の目標。人じゃないというだけで、彼女の心は驚くほどに落ち着いていられた。
「このご時世に24時間営業じゃないんですね」
『早めに閉店して、裏取引の現場として場所を提供する。そういうファミレスが増えてるらしいよ、硯お姉ちゃん』
『そういうことだ。オオカミ、引き続き状況報告。明かりが消えているのは目視で確認した。中に人は?』
「確認できず。……いや、二人いる。店内に二人。影が見えた」
いくら夜であろうと、高度に発展した都市であれば影ができないことはないが、それを視認できるだけの視力を、硯は持ち合わせていない。実際、硯の目には影など見えていないが、オオカミの目にはきっと写っているのだろう。
「……店員の姿を目視で確認。まだ店内に人がいる。……どうする? 待つ? もう撃つ? それとも排除?」
『待つようにクソ野郎に伝えろ。間違っても店員を撃つなよ。一般人撃ったら賄賂まみれの警察だって、動かざるを得なくなるからな』
オオカミがその旨を伝えると、長谷川は舌打ちとともに了解の意を示した。邪魔だから撃ちたかったなぁ、と呟く彼を無視し、硯は双眼鏡で標的の周囲を観察し続ける。もう店がしまっているということもあり、周囲に人影はない。
『こちら加賀。オオカミ、応答しろ』
「こちらオオカミ。どうしたの」
『標的付近の動きの報告を』
「変わらず。店内の動きは、この角度からだとよく分らない。店員がこっちを気にかけている様子は、ない」
『りょうかーー』
突然だった。
あまりにも突然すぎて、加賀は言葉を失い、硯は目を疑い、オオカミは目を見開いた。
腕が、動いたのだ。
サーベル・テンダロス人形、やけに光を反射する白いスーツに包まれた腕が、滑らかな動きで持ち上がる。台に埋め込まれた足で地面を踏み、開いた脚でしっかりとコンクリートで舗装された路上に、立っている。
長谷川が伏射体制に入ったのを、オオカミが片手で制した。
「こちらオオカミ。どうする? 撃つ?」
『まだ待て。あれがただの標的じゃないことは分かった。もしかするとそっちの位置が特定されているかもしれない。防がれたら弾の無駄だ』
加賀から帰ってきた言葉は、待てという命令。長谷川が再び舌打ち。
「狙撃ポイント変えてぇ」
狙撃手は1発撃ったらすぐにポイントを変える。それは相手に場所を知られて対処されるのを防ぐためだ、と硯は銃の扱いを教えてくれた元アメリカ軍兵士、アルバートから習っている。本来、相手に居場所を知られている可能性があるなら、すぐにポイントを変えて、再度安全な場所から狙撃をするのが鉄則だ。長谷川の意見は尤もだが、囮役も兼ねている今回はわがままを言っていられない。
サーベル・テンダロス人形は店の扉を開け、中へと入って行く。あまりに滑らかすぎる動きはまるで人間のものであり、後ろ姿も、髪の色も、全てが作り物とは思えないほど精巧なものだ。
「こちらオオカミ。標的が店内へ入った。どうする。粘る? それとも撤退?」
『いつまでも店内にいるわけじゃないだろ。朝まで粘るぞ』
『クソビッチ、りょうかーい』
「オオカミ、了解」
「えっと、硯です。了解しました」
一旦双眼鏡を下ろし、隣で
店内からテンダロスが出てくる気配はない。いや、電気も消え、中の様子がさっぱり分らないのだから気配もクソもない。硯も苛立ちを覚えていた。
たまに後ろを振り返り、誰かが来ないか確認する。スポッターのオオカミと長谷川の警戒できないところをカバーするのが自分の仕事だ、と自分に言い聞かせているが、どうしても標的のことが気になってしょうがない。
硯も借金がなかったとき、一般人と同じように友人とRFCに行ったことがあった。あの時見たサーベル・テンダロスも、同じような形、同じような色、そして同じような質感だった。もしかしたらあのサーベル・テンダロスも、夜になったら動き出すのだろうか。
「おい、美緒。車からヤニ持ってきてくれ。ライターも欲しい」
長谷川に言われるがまま、彼女はタバコの箱を2つ持って来ると、彼の横に置いた。
「今手が離せねぇ。包装むいてくれ」
「もう既に剥がしておきましたよ」
「おっ、気が利くな。助かる。……ったく、持久戦になんならカートンで持ってきたっつうのに。まぁ人形が歩き出すなんて誰も思いつかねぇよな」
「どこにでもある普通のサーベル・テンダロス人形ですからね」
「まぁそういうこともあるんじゃないかって予想してたが、本当にこうなるとはな。オオカミ、こりゃ粘って出てくる相手だと思うか」
「こっちを認識しているなら、粘っても出てこない。でももし、自分が狙われてないと思ってるなら、粘れば出てくる」
オオカミは口以外を一切動かさず、ずっとレン・ターキー・フライドチキンズの入り口をみている。長谷川はタバコを口に加えつつも、ずっとスコープを覗いている二人は静かに、集中力を一切切らさずに、じっとその時を待っている。硯も彼らと待っていたかったが、後ろへの警戒がなくなるので、仕方なく何度か振り返り、人がいないか確認する。
何分か経過したのち、オオカミが短く、見えたと呟いた。長谷川は手に力を込め、硯は急いで双眼鏡を覗き込む。ずれていたピントを調節すると、あの見慣れた白いスーツが、店の扉の近くにいるのがかろうじて分かった。
すかさずオオカミが連絡を入れる。
「こちらオオカミ。加賀、応答して」
『こちら加賀。こちらも標的の姿を、かろうじて確認できた。外に出て、撃ちやすい場所まででたら、撃っていい。長谷川が外すことはないだろうが、せめて体に当てるように伝えろ』
彼女から指示を受けた長谷川が、咥えていたタバコを吐き出す。すぐに硯が足で火をもみ消した。
「長谷川、撃っていいって。あと、体に当てろって」
「うっす。普通の人間相手なら外しはしねぇよ。見てろ、確実に仕留めてやる」
本命は宮崎なのだろうが、長谷川は自身に満ち溢れていて、失敗しそうな気配は一切ない。歴戦の兵士としての余裕か、それともただの自己陶酔か。どちらにせよ外さないで欲しい。そう願いながら硯はサーベル・テンダロスの動きを注視する。
標的は扉を開け、外へと出てきた。ロボットというには滑らかな動きで、やつは、硯を見た。
気のせいなのかもしれない。それでも、恐怖で硯の脚が凍りつく。体が、テンダロスの視線を拒絶している。
さらに、やつはその手に持った物をゆっくりと持ち上げる。それがなんなのか、長谷川とオオカミだけでなく、硯もすぐに分かった。
「あーー」
硯の口から、言葉が漏れた。
見たことのある形状。今日、長谷川が持っていたのだから見間違えようがない。
「RPG……」
恐怖で脚が動かない。
逃げなくては。
そう思っているのに、体が動いてくれない。
「お前ら、逃げろっ!!」
長谷川が、怒鳴る。
恐怖で飛びかかっていた意識を、無理やり引き戻す。まるで氷が解けたかのように、体が、動き出す。
オオカミ、長谷川。銃を抱えたまま走る。
硯もそれに続き走る。来るであろう衝撃に備えながら、必死に走る。車まであと少し。車体に隠れれば、爆風は耐えれる。
十数メートルが、何百メートルもの長さに感じられた。
一歩一歩、死から逃げる。生にしがみつくため、走った。
直後、地面が弾け飛んだ。
襲い来る爆風と、コンクリート片。
爆風に飛ばされ、何度か地面を転がる硯。
オオカミと長谷川、爆風で飛びつつも受け身をとり、着地と同時に前転。衝撃を地面へ逃がすと、即座に立ち上がる。
硯、朦朧とする意識をなんとかつなぎとめ、後方を見やる。さっきまで自分たちがいた場所が、消えていた。
「ははははは……」
乾いた笑い声。
あと数秒、反応が遅れたら自分も消えていた。そう思うだけで、硯の膝は震え出した。手で無理やり抑えようにも、手が震えて動かない。
「……硯美緒、大丈夫?」
手を引っ張り、彼女の体を無理やり起こすオオカミ。なんとか起き上がるも、硯は体がまともに動かない。
サーベル・テンダロス。あそこまで強烈な殺意を向けられたのは、初めてだった。
「……加賀、応答して。攻撃を受けた」
『聞こえたさ。硯がRPGって呟いたのがな。囮作戦は成功だ』
硯が震える手で、無線のスイッチに手を掛ける。
「……囮が成功って、どういう意味ですか……」
『宮崎の撃った弾が、命中した。そっから確認してみろ。致命傷にならなかったが、いける』
オオカミに引きずられるようにして、彼女はなんとか屋上の端にたどり着いた。そこから双眼鏡を使って見るに、確かにサーベル・テンダロスが膝をつき、右太ももを抑えていた。撃ったばかりのRPGが、床に転がっているのを見るに、被弾した衝撃で手から落ちてしまったのだろう。
「加賀、あの人形、何?」
硯も気づいた。彼が抑えている場所から、血が垂れている。あの白いスーツが、紅く染まっていく。
『俺も今確認できた。血が出てるな。ありゃ着ぐるみの亜種かなんかって考えた方がいいな。ーー宮崎、撃て』
肩に命中。赤黒い血が店の窓に飛び散り、汚いアートを作り出す。
硯の手に、自然と力がこもる。あわよくばここで殺してほしい。そういう気持ちが、後から後から湧き出ている。
そんな彼女の手を、オオカミが掴む。突然のことに驚いて横を見ると、真っ青な顔をしたオオカミの姿。
「硯美緒、今すぐここから離れよう」
「えっ、サーベル・テンダロスから反撃がくる気配はないですよねーー」
「標的は問題じゃない。後ろを見て」
振り返ってみると、そこには悪魔がいた。
顔の血管だけでなく、腕も血管も浮き出ている長谷川。片手で巨大な銃を担いでいる姿は、まさしく悪魔。
硯、ギョッとして後ろに飛び下がり、長谷川の前を開ける。
「……クソ……が」
悪魔の口から、声が漏れる。彼は銃の二脚を展開しながら、ゆっくりと歩いてくる。
「……クソ……が」
何かをこらえるように、また何かに耐えるように、彼は歯を食いしばっている。
オオカミ達の隣に来て、彼は口を開いた。
「このビチグソがぁ! この俺に一発食らわせよぉたぁいい度胸してんじゃねぇか! あぁん! てめぇが行くところは老人ホームじゃなくて葬儀場だ、このクソジジィがぁっ!!」
早口にまくしたてると、すぐさま二脚を床につき、射撃体制に入る。今日始めて慌てた様子を見せるオオカミ。
「長谷川っ、それ使ったら音が……外したら中の人は確実にーー」
「うるせぇクソアマ! あの老害を成形炸薬弾でぶち殺してやるよ!」
彼が構える銃はXM109ペイロード、
そしてXM109が撃てる成形炸薬弾は、戦車の装甲すらも貫通する。
硯、すぐに無線に手をかけ、一瞬なんと報告しようか迷いつつも、口を開いた。
「加賀さん、応答してください! 長谷川さんが暴走しました! ペイロードを撃つ気です。弾種は成形炸薬弾!」
『弾種なんて報告すんじゃーーあん? 成形炸薬弾だと? おい、まさか……』
弾も銃もただではない。弾丸一発あたりの値段も、性能や需要、制作の難しさなどによって変化する。戦車の装甲を貫通させるだけの性能をほこる成形炸薬弾は、たとえ劣化ウラン弾でなくともそのコストは並の金額でまかなえる物ではない。
『おい、クソビッチ。聞こえてたら応答しろ』
『こちらクソビッチ。聞こえてるよ、加賀お兄ちゃん。どうしたの?』
『長谷川のやつ、成形炸薬弾なんて持ってなかったよな』
『うん、持ってなかったね』
『俺たちの中で成形炸薬弾持ってたのって、俺だけだったよな』
『うん、そうだったね』
『ならあいつが撃とうとしてる弾は、俺の成形炸薬弾ってことだよな』
返事はない。
直後、加賀の乾いた笑い声が響いた。
『硯ぃ! 今すぐ長谷川を止めろ! あのクソ野郎、俺がさんから貰った記念の弾使う気だ!』
「えっ、とっ止めろって言われても……」
長谷川はすでに狙撃体制。弾丸も装填済みだ。オオカミが彼の隣で考え直すように言っているが、効果はない。
「あのクソジジィ、てめぇだけは絶対に殺す! ×××だけむしり取って店頭に飾ってやるよ!」
「なんか長谷川さん、怖いこと言ってて、止めたら殺されちゃいそうです」
『マジで止めてくれ! あれは林さんと一緒に生き延びた時に、記念としてあの人から譲ってもらったーーどうでもいいから止めろっ』
切羽詰まった声が、無線から響く。だがその言葉が長谷川に届くことはない。
彼が呼吸を止めた。オオカミ、硯の手を引き、屋上の端に沿って長谷川から距離を取る。
少女二人は双眼鏡を覗き込む。太ももの傷が治ったのか、サーベル・テンダロスは立ち上がる。だがそこへ宮崎の弾丸が飛来。治癒したばかりの脚が、射抜かれる。
再び膝をつくテンダロス。隙ができた。ここしかない。
「撃って」
オオカミの短い声。
直後、轟音。XM109が火を吹いた。
風圧で硯とオオカミは体制を崩す。乗ってきたランクルの窓が揺れる。空気が震えた。
「命中ぅっ! ってぇ。この
嬉しそうに声をあげる長谷川。硯が双眼鏡で確認すると、あの白いスーツをきた人形の、頭が消えていた。命中した弾丸は、頭を吹き飛ばし、店の壁にそれを埋め込ませるだけの威力があったのだ。戦車の装甲すら貫ける成形炸薬弾の名は伊達じゃない。
『……撃ちやがった。俺と林さんの思い出が……よりによってクソ野郎が撃ちやがった』
無線から聞こえる加賀の声は、とてもか細く、寂しそうだった。硯には林というのがどういう人かは分らないが、加賀にとって大事な人だというのは何と無く分かった。
『……おい、宮崎。長谷川の頭を狙い撃て。一撃で仕留めろ』
『ちょっ加賀お兄ちゃん!? 声が本気だよ、怖すぎるよ』
「落ち着いてください、加賀さん」
『落ち着いてらんねぇよ! 俺の宝物を使いやがって! 帰ってきたらぶち殺してやる』
無表情のオオカミが、長谷川にVSSを渡し、XM109を受け取った。サーベル・テンダロスは頭を失っているが、まだ倒れてはいない。
長谷川は装填されているか確認してから、構える。オオカミ、硯の横で腰を下ろし、XM109に25x59Bmm NATO弾を装填。彼女の小柄な体に、大型のそれは若干不釣り合いに見えるが、バイポットを展開して構える姿は、不思議と似合っていた。もともと銃が似合うのかもしれない。
双眼鏡構えていると、長谷川が撃った。胸に命中。
テンダロス、一瞬のけぞるも、すぐに体制を立て直す。そこへ宮崎の弾丸が飛来。再び胸に被弾。だが今度はのけぞらなかった。
やつは突然立ち上がり、壁に埋まっていた頭を取り出すと、首にくっつけた。原型が分らないほどに損傷しているが、少しずつ以前の、髭面の面影が戻りつつあった。
再生している。
『……ガガッ……まったく、最近の若いのは、礼儀がなっていないな』
聞き覚えのない声が、無線から響く。
『老人には優しくしろと、親から教えられてないのかい?』
サーベル・テンダロスが、再生した口で笑う。無線に割り込まれている。硯の体が再び固くなった。死の恐怖が、蘇る。
『頭を飛ばした一撃は、見事だった。テンダロスおじさんも、死ぬかと思ったよ。もう少し上だったら、脳がやられて、死んでいたね』
『死んでてくれれば、楽だったんだけどな』
『そうだね、加賀お兄ちゃん。まさかあの一撃食らって生きてるとは驚きだね』
「タフなおじさん」
オオカミ、呟きながらトリガーを引く。
轟音。突然襲い来る風圧に、硯が耐え切れるはずもなく、尻餅を着いた。
射出される弾丸は、一直線に人形へと向かう。音速を超える弾丸。
サーベル・テンダロスは、回避した。
白いスーツはビリビリに破け、遠くからでも風が目視できるほどの速度。オオカミや長谷川も、その動きを目で捉えられなかった。分かったことはただ一つ。
やつは音の壁を超えた。
『もう食らってあげる義理はない。君たちは今まであってきた中で、一番強い。そして運もいい』
スーツの下は、金属の装甲で覆われていて、所々、人間で関節に当たる部分が、赤い。何かの肉だ。機械でなく肉が、生体部品が体に使われているなら、あの滑らかな動きも納得がいく。
さらに今しがた見せた、音速による回避。生体部品に過度な負荷をかけ、潰れた部分を頭と同じように、驚異的な再生能力で回復させれば、不可能ではない。
『もうショーは終わりだ。食事が終わったら帰ってくれないと、回転が悪くなるからね。ホッホッホッ』
気持ち悪い笑い声の後、無線の向こうから銃声が響く。オオカミは渋い顔をしてイヤホンを外した。
『こちらクソビッチだよー。お客さんが来たから殺しちゃった。てへっ』
『時間切れだな。オオカミ、硯。クソ野郎を連れて逃げろ。プランBだ』
了解、と短く返事をした硯。すぐに顔を上げ、銃を構えたまま固まっている長谷川に声を掛ける。
「加賀さんのところに敵が来ました。失敗です」
「……クソがっ! あと一歩だったのによぉ! おい、オオカミ、美緒。ランクルに乗れ! オオカミは後部座席だ。
長谷川が真っ先に車にたどり着き、開けっ放しだった後部座席に銃を投げ込む。続けてオオカミがXM109を抱いたまま、飛び乗った。硯が助手席に乗り込むと同時に、長谷川がアクセルを踏んだ。
排気ガスを撒き散らしながら、ランクルが走る。すごい速度で駐車場内を走る。角を曲がる度、体が横へと流れるのを、耐える。
駐車場出口。銃で武装した男三人が、バリケード代わりに軽自動車を並べて、待っていた。
長谷川、ハンドルを素早く横にきり、車体を横に滑らせる。ドリフト。その勢いのまま後部座席から、オオカミが飛び出す。
発砲。M870、ダブルオーバック。男一人を肉塊に変え、そのままもう一人、状況を飲み込めていない様子の男へ接近。近距離での射撃。散弾全てが命中し、その臓器を外へと撒き散らした。
最後の男が、急いで銃をオオカミへ向けるが、トリガーが引けない。オオカミの姿、女子高校生特有の幼い容姿が、隙を作り出した。その一瞬の間が命取りだった。
男に銃弾が命中。いつの間にか窓を開け、ハンドガンを構えていた長谷川だった。ほんの数秒で武装した男三人が無力化されたことに、驚きを隠せない硯。
そんな彼女のことは気にもとめず、ランクルは車の向きを変える。ショットガンを持ったオオカミが、車に飛び乗るとともに、排気ガスが巻き上がった。
「いい腕だな、オオカミ」
「そっちこそ」
交わした言葉は短かった。
バリケード代わりの軽自動車を吹き飛ばし、ランドクルーザーが走る。
「結局、殺しきれなかったな」
長谷川のその言葉に、二人は言葉を返せなかった。
お久しぶりです。更新が遅くなってしまいました。
言い訳はしません。遊戯王やらwixossやらをしていて、更新が遅れました。それだけです。……本当にそれだけですよ? 浦和レッズの応援なんてしてませんよ? 欧州選手権のドイツ代表を応援したりなんかしてませんよ? やだなぁ。
さて、銃撃戦が本格的になりはじめ、現実とのズレが出てきていないか、心配なところです。自分の大好きなDNRの二次創作、なんとしても書き上げます。そしてお気に入り登録してくださった方の期待を裏切らないよう、面白い作品にして行きたいと思っています。
ではでは、またいつかお会いしましょう。ご意見、ご感想、ご指摘、「太もも書け」等のご要望、お待ちしております。