血まみれの兵と汚いファンタジー   作:仕舞獅子舞

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戦いの後

ランドクルーザーのエンジンを切り、長谷川たち三人は外へ出た。

加賀チームの溜まり場、神奈川県の某所にある倉庫の前。使った銃や使わなかった物を持って、三人が中に入ると、そこにはビール片手にテレビを見るユリカと、上半身裸でソファに横たわる宮崎の姿があった。

宮崎の下半身はタオルがかかっていて見えないが、もしかしたら下も履いていないのかもしれない。

三人は一瞬汚物を見るような目で彼をみたが、すぐに視線をそらした。

 

「あっみんなおかえりー。いやぁ惜しかったね。ハッセーお兄ちゃんも宮崎お兄ちゃんも、いいせんいってたんだけどね」

 

帰ってきたのに気づいたのか、ユリカが微笑みながら手を振った。その顔や付けっ放しの装備に血がついているのをみるに、帰ってきて時間が経っていないということがみて取れる。

 

「でも、殺しきれなかった」

「オオカミお姉ちゃん、どんな敵でも確実に殺せる、なんて思わない方がいいよ。敵だって人間。悪運が強い人もいるんだよ」

「そういや、加賀はどうした?」

 

クソビッチの近くで腰を下ろし、ビールの蓋を開けながら長谷川が尋ねるも、彼女は首を横に振った。ついさっき、出かけてしまったということだった。

 

「加賀お兄ちゃん怒ってたよぉ。林さんとの思い出の品を使うなんて、ハッセーお兄ちゃんも鬼畜だねー」

「成形炸薬弾なんて、使わない方が勿体無い。というかRPG持っていってたら、あのクソジジィ殺せたんじゃないか?」

「でもXM109の弾丸をよけた相手ですよ?」

 

硯の一言に、皆が黙った。

 

「あれ、音の壁超えてたっすからね」

「宮崎の言う通り。弾丸が発射されてからよけれる身体能力があれば、RPGの発射から着弾までの時間で、走って逃げることも可能」

「オオカミお姉ちゃんはそう言うけど、多分サーベル・テンダロスはよけないと思うよ。RPGが店に当たったら、どうなるかくらい分かってると思うから」

 

迎撃される可能性もあるよな、とビールを飲みながら呟く長谷川。

 

「あいつの頭は着脱可能だった。実際、外れたはずの頭がくっついたにが証拠と言ってもいい」

「あれは着脱というより、吹き飛んだ頭と体を無理やりくっつけて、再生させてたって感じでしたよ」

「美緒、そこが問題じゃねぇんだよ。大事なのは、あいつは体を外せるってことなんだよ」

 

何を言ってるのか分らず首をかしげる彼女と違い、宮崎は寝そべったまま、あぁと呟いた。

 

「体を外せるってことは、自分の腕引きちぎって投げることもできるってことっすね。テンダロスは頭なくても体が動いてたから、投げた腕に銃でも持たせれば、腕が落ちたポイントが固定砲台みたいになることも」

「充分ありえるねー」

 

空になったビールの缶を、部屋の隅のゴミ箱に投げるユリカ。その言葉はとても軽く、真剣に物事を考えていないようにも思えた。

 

「お兄ちゃんたちの心配もわかるけど、ウチはあの武装した男たちの方が気になるなー」

「RFCお抱えの警備」

「オオカミお姉ちゃんの考えが一般的だよねぇ。でも、あれが本当に警備だと思う?」

 

宮崎が突然立ち上がる。

全裸だった。おもわず硯が目を逸らしたが、他の人たちは平然としている。

 

「クソビッチの言うことも一理あるんすよね。大企業が抱えてる警備にしては、弱すぎた。クソビッチ1人で片付けられるほど弱い警備って、いる意味ない気がするんすよね」

「確かに弱かった。こっちに来た三人の男は、一発も撃ってない。一方的な攻撃で終わった」

 

硯はさっき起こったことを思い返す。聞こえた銃声はオオカミのM870が二発と、長谷川のが一発だけ。ランクルが出口に向かっている段階で、相手は撃ってこなかった。

車体を横に滑らせたランクルは、絶好の的だ。防弾になっていないことを祈って、側面を銃撃してきてもおかしくない。いや、銃撃してこない方がおかしい。弾の節約を考えていたのなら話は別だが、一発も撃ってこない理由にはなり得ない。

 

宮崎は全裸のまま台所へ向かい、六缶パックのビールを持ってきた。長谷川とユリカが、あらかじめ用意しておいたビールを全て飲み干してしまったらしい。

元いたソファに腰掛けた宮崎が、缶の蓋を開けながら首を傾げる。

 

「それなら誰なんでしょうね? 警備以外の可能性がなかなか出てこないっすよ」

「依頼主?」

 

オオカミの言葉を笑い飛ばす長谷川。彼曰く、そういう事態が起こらないようにするために、駒場のような組合の人間がいるんだそうだ。

 

「依頼主に撃たれないように機能するのが組合さ。あいつらがもし仕事をサボってるようだったら、オレらは銃持って襲撃しに行かなくちゃいけなくなるがな」

「そうっすね。もし組合に裏切られたら加賀さん本気でキレそうっすよね」

「加賀お兄ちゃんだったら、ウチらにこう指示だすよね。出来ることをしろって」

 

楽しそうに笑う三人、オオカミと硯もつられて笑ったが、お仲間の組織に襲撃をかけるという話をしているんだと思うと、ゾッとした。ユリカが立ち上がり、台所へ向かうのと同時に、長谷川が口を開く。

 

「誰だか知らんが、撃ち殺しちまったんだよな。勿体無かったな。連れ帰って加賀に拷問させればよかった」

「えっと、加賀さんって、拷問とかするんですか?」

「するよ、美緒ちゃん。加賀さんはあれでも鉄の処女を自作して、実際に使った男だからね」

「あれ、開けたら死ぬんじゃ?」

「死んだよぉ。あの時の加賀お兄ちゃんの顔は酷かったなぁ」

 

鉄の処女といえば拷問器具の代表だ。内側にトゲがついた棺のような物に、人間を入れて、閉める。当然蓋にもトゲが付いているため、中にいる人はかなりの激痛を味わう。

トゲの位置を急所に当たらないよう調整すれば、中の人はなかなか死ねず、思わずあることないこと暴露してしまうという物なのだが、鉄の処女を開けた瞬間、トゲが抜けたところから血が吹き出すのは言うまでもない。

 

「加賀さんってドSなんですか?」

 

硯の質問に、首を捻る長谷川。

 

「別にドSってわけじゃないはずだぞ。ただあいつは、許せない物を一生許さないタイプなんだ。あいつの恨みを買って生きてんのは、俺たちと北海道の連中ぐらいだ」

「長谷川さんがまだ生きてるのが不思議っすよね。背後から撃ったり、寝起きドッキリしかけたり、加賀さんの爆弾駄目にしたり、思い出の品を平然と使ったりしてるのに」

「さあな。俺もなんで生きてんのかわかんねぇーーグゲェッ!」

 

長谷川の首に、脚が刺さった。

いつの間にやら彼の背後にいた加賀の回し蹴りが、彼の首を捉えていた。床に倒れる長谷川をすぐにロープで縛り上げてから、加賀が口を開く。

 

「ミーティングはどこまで進んだ?」

 

長谷川を椅子代わりにした彼と、目を合わせられる人はいなかった。加賀が放っている殺気は、サーベル・テンダロスの物よりも強く、睨まれただけで身体が石になりそうだ。

ユリカは目をつぶり、ビールを一口飲んでから告げる。

 

「あの襲撃者が何者かって話まで。次はどうやって倒しに行こうかって話をしようとしてたよ、加賀お兄ちゃん」

「あのクソジジィを殺す方法は、近距離で脳みそめがけて大量に打ち込む以外ねぇだろ。こいつが成形炸薬弾で仕留められなかったからなっ!」

 

椅子がうめき声を上げる。加賀のかかとが鳩尾に入ったらしい。苦しそうな顔をする長谷川を無視し、何度も脚を振り上げる加賀。まるで振り子のように、何度も何度も蹴りつける。

 

「俺が確認できた限りだと、成形炸薬弾が当たる寸前で、あいつの頭は数センチだけ、飛んでた。これは高性能カメラの映像をスローにして確認したから、間違いない。撮影のために人雇って近くで撮影してもらった」

「もしかして、その映像を確認するために出かけてたんですか?」

 

硯の質問に頷く加賀。テンダロス本人が言っていた通り、着弾点がもう少し上だったら本当にとどめを刺せていたのかもしれない。

 

「おそらくあいつの弱点は、脳だろう。頭が取れても動いていたのは、脳から電波のような物で身体を動かしていたと考えればいい」

「でも、そんな機能が備わっている大事な頭部があるなら、よけた方がいい。わざわざ身体をパージさせる理由がない」

「おそらく、あれはパフォーマンスだったんだ。自分に弱点はないと思わせるためのパフォーマンス。あえて弱点の近くに被弾させることで、弱点を隠そうとしたんだろうな」

 

彼の脚は止まらない。長谷川の口からさっき飲んだビールが出ているように見えるが、硯はあえて無視する。

台所からユリカが出てきた。まるで高級レストランのウェイトレスのように、五枚の皿を持ってリビングへ。カレーだ。昨日のあまりなのだろう。

 

「狙撃作戦が駄目なら、次はどうするの? 加賀お兄ちゃん」

「どうもこうもねぇよ。出来ることをしろ」

 

宮崎とユリカの目が光った。長谷川の目は死んでいる。

 

「さて、夜食食いながら話をしよう。明日からの話だ」

 

長谷川を除く皆がカレーの皿を受け取ってから、加賀が口を開いた。

 

「まずは硯とオオカミ。硯、お前は明日からいつも通り学校に行け」

 

目を見開いた硯。話を聞くに、学は持ってないと損をするから絶対に行け、金は俺が出すとのことだった。

 

「次にオオカミ。お前、学校に行く気あるか?」

 

硯の時とは違う聞き方に、宮崎と硯は首を傾げる。だが、とうの本人は気にする様子もなく、首を横に振った。

 

「学校に行く気は無いけど、教科書が欲しい」

「分かった。午前中はココで勉強しろ。分らないことがあったら午後に俺に訊け、いいな」

 

コクリと頷く彼女から視線を外した加賀は、次に宮崎を見る。

 

「お前はとりあえず、服を着ような」

「ちょっ、加賀さん。狙撃で集中力使いすぎて、体が火照ってるんすよ。ちょっとくらいーー」

「ならシャワー浴びてこい。クソビッチ、お前もだ」

「りょうかーい。返り血浴びちゃったから、さっぱりしたかったんだよねー」

「クソビッチ、僕が先に浴びるけど、いいっすか?」

 

どうぞどうぞ、と手をシャワールームの方へ向けてから、彼女は自分のカレーにがっついた。

硯もカレーを口に運ぶ。一日置いたせいか、カレーの味が濃くなり、旨みがましていた。具として入っていたジャガイモはほとんど消滅してしまっていたが、肉や人参にカレーの味がよく染み込んでいて、スプーンが止まらない。そんな彼女の様子をみて、ユリカがちゃぶ台の下から福神漬けを取り出した。

皆が、長谷川を除く皆がカレーを食べる。一見大人しそうなオオカミも、すごい勢いで手を動かしていた。硯は彼女の少し子供っぽいところをみた気がして、頬が緩んだ。

 

「ねぇ、加賀お兄ちゃん。これ、いつもより美味しくなってない?」

「ルーの銘柄が違うからか、その味をごまかすために香辛料ぶっこんだからかは知らんが、美味しいな」

「あれ、もしかして僕のミスが結果的に吉とでたんすか?」

「ミスしたのに美味しくなることって、あるんですね」

「……おいしい」

 

皆が皆、笑い、そして楽しくその日の食事を楽しんだ。仕事のことは忘れ、死の恐怖を体の奥底へ封じ込めるためにも、硯は笑う。明日も元気に生きて行くために。

 

食事を終えた加賀は、長谷川を引きずって帰って行った。これからお仕置きをする、とのことだった。宮崎は家でやりたいことがあるらしく、シャワーを浴びた後しっかりと服をきて、さっさと寝床へ帰っていった。

残ったのは二人の少女と、クソビッチ。クソビッチは家の前が朝から工事しててうるさいからここに残る、というようなことを二人に告げた後まるで死人のように、今も静かに寝ている。

残った二人は昨日と同じく、倉庫の隅にマットを敷き、毛布をかぶって寝ることにした。オオカミはなぜか近くにガバメントを置いていたが、硯にそれを尋ねるだけも気力がない。きっと近くにあると落ち着くーー抱き枕のような役割があるのだろう、と勝手に解釈して完結させた。

お互いにマットの上で横になる。顔が近いが、同性同士だ。特に問題はないだろう。

 

「オオカミさん、今日はありがとう」

「……?」

 

不思議そうな顔をするオオカミ。そんな彼女に硯は微笑みかける。

 

「もしオオカミさんがいなかったら、私はここにいなかったはずだから、お礼を言わせて。ありがとう」

「別に何もしてない。命を救った覚えはない」

 

直接硯の命を救ってないにせよ、謎の襲撃者の撃退や、長谷川のアシストなど、間接的に硯のことを救っている。彼女はそのことに気づいていないようだった。

硯は心の底から、笑みを浮かべる。

 

「そうだとしても、お礼が言いたいの。ちょっとわがままかもしれないけど、言わせて。オオカミさん、ありがとう」

 

正面からお礼を言われたのが恥ずかしかったのか、彼女は顔を真っ赤にして、寝返りをうった。彼女の髪の匂いが、硯の鼻をくすぐる。

 

「……オオカミ」

「え?」

「さん付けしなくていい。オオカミで、いい」

 

硯は目を瞑る。

お互いに借金を抱えていても、二人は違う。オオカミは強く、硯は弱い。それでも、硯は生きていたかった。養子として親戚の元へ引き取られた弟のため、多額の借金を残して消えた両親と再開するために、意地でも生き延びる。

彼女は小さな声でこう呟く。

 

「おやすみなさい、オオカミ」

「おやすみ、硯美緒」

 

硯の瞼の裏に、白いスーツのおじさんの顔が映る。

まだ死ねない。彼女の言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

オオカミの朝は早い。北海道軍にいたころの習慣が、厳しい戦場から離れた今でも抜けていない。

目を開けると、整った顔をした少女がいた。誰だろうと一瞬だけ考えたが、すぐに答えは出た。硯美緒、今の自分の雇い主の仲間。つまりオオカミの仲間だ。

弱々しい雰囲気と、大人しそうな髪型には似合わず、自分と同じように銃をとって戦える少女。まだ自分で人を殺したことはなく、甘さが透けて見えるけれど、とても優しく、近くにいるとなんだか安心する。母性のようなものがあるのだろうか。

目の前で寝息をたてて寝ている少女を起こさぬよう、静かに起き上がる。倉庫の中はまだ暗く、間違えて硯の脚を踏まないように気をつけながら、リビングにあるソファへ向かう。二つあるソファのうちの一つは、自称クソビッチが寝ているはずだった。

オオカミは暗闇の中、手探りでソファの位置を探す。新しい住処の間取りを体が覚え切れていないため、どうしても床を這いつくばるような形になってしまうが、仕方ない。不用意に歩き回ってちゃぶ台に脛をぶつけるよりは、誰もみていない中ダサい動きをするほうが、肉体的には楽だ。

 

伸ばしていた手が柔らかい物に当たる。ソファのクッションだと判断し、そこに手をついて起き上がる。そしてその上に手をかざし、クソビッチがいないか確認する。手を徐々に下ろすと、何か柔らかな物に当たった。柔らかくて少し暖かい。人間の肌だ。

 

「お願い、起きて、クソビッチ」

 

彼女の物と思わしき身体を、揺らす。すぐに返事が返ってくる。

 

「あとちょっとだけ……延長して……」

「延長?」

 

首を傾げながらも、再び身体を揺らすオオカミ。

 

「起きて、まだ朝早いけど、起きて」

「……そんなに太ももが好きなの……しかたないなぁ……」

 

とっさに手を離した。そしてゆっくり今まで触っていた物の形を確認してみれば、確かに人間の脚と同じ形をしている。

少しだけ立ち位置をずらし、今度は別の場所をつかんで、揺らす。

 

「起きて」

「……もうちょっと優しくしてぇ。ウチ、おかしくなりそう……」

 

どんな夢を見ているんだ、と思いながら自分の膝のあたりへ手を延ばす。

 

「あっ、マットのところに銃置いてきた」

「取りにいかなくても大丈夫だよ、起きてるから」

 

身体を揺すっていたオオカミの手を払って、ユリカが起き上がる。その声は少しだけつまらなそうだった。

 

「朝早く起こしたことは、謝罪する」

「気にしないで、オオカミお姉ちゃん。ウチはオオカミお姉ちゃんが起き上がった時からずっと、お目々ぱっちりだったよ」

「……どうして起きてくれなかった?」

「ちょっとからかいたかったんだけど、オオカミお姉ちゃん、反応薄いんだよね。つまらない」

 

彼女はソファから脚を下ろし、その手につけた時計で時間を確認する。アナログ時計の、針が光るタイプらしい。

 

「朝4:30ね。まぁ学校に通ってない高校生にしては早いね。どうしたの? こんな時間に」

「外をちょっと走りたい。でも、道が分らなくて」

「おすすめマラソンコースが知りたいって感じかな? そういうことなら、お供するよ。ウチも朝は走りたいタイプだからね」

 

かろうじて見えるユリカの影を頼りに、オオカミは倉庫の端にたどり着いた。ゆっくりとシャッターが押し上げられ、倉庫内に光が入る。足元にあった靴が、照らし出された。

二人は靴を素早く履いて外へ出ると、同じタイミングで大きく息を吸い込んだ。外の空気は気持ち良く、窓がない倉庫の中とは大違いだった。

オオカミがシャッターをゆっくり下ろしきると、クソビッチが首を捻りながら口を開けた。

 

「これでもう硯お姉ちゃんが起きる心配はしなくていいね。いやぁ、こんな朝っぱらから起こされるとは思ってなかったね」

「昨日のうちに聞いておけばよかった」

「別にいいよ。朝早く起きた方が気分がいいからね。でも、ハッセーお兄ちゃんを早く起こすのはやめた方がいい。たまにキレるからね」

 

念入りに準備体操をしてから、クソビッチは走り出す。空は少しだけ明るく、走るにはちょうどいい気温だ。

オオカミとユリカの走るペースは遅めで、マラソンというよりジョギングという速さで、1キロ走っても一切息はきれていない。

 

「少し遅いかな?」

 

ユリカが隣を走るオオカミに声を掛けた。返事をする代わりに、彼女は頷いた。

 

「ペースあげてもいい? 本気で汗かく速度で走るけど」

「大丈夫。これだと、走ってる気がしない」

 

その言葉を聞くと、自称クソビッチは嫌な笑みを浮かべた。

突如、ユリカの速度が上がった。マラソン選手のそれに匹敵する速度。隣を走るオオカミも加速。二人して早朝の町を走った。店や住宅は全てシャッターがおりていて、人の気配はなく、たまに犬の散歩やらジョギングやらをしている人にすれ違う程度だ。皆が皆、二人の女性に声をかけたが、等の本人たちは返事ができない。

近所の人からすれば、ユリカ達が高速で町中を疾走するのは日常茶飯事で、特に驚きもしない。何人かが女性二人に目を奪われていたが、すぐに何もなかったかのような顔をしてその場を立ち去った。

 

オオカミたちが倉庫のもとへ帰ってくる頃には、空がだいぶ明るくなり、気温も少しずつ上がっていた。だが、気温以上に二人の体温が高く、汗も滝のように流れていた。

 

「いやぁ、オオカミお姉ちゃん、速いね。ついてこれるとは、思わなかったよ」

 

苦しそうにそういうユリカは、無理やり笑顔を作ろうとしているが、うまく笑えていない。オオカミは無表情のまま、口を開いた。

 

「毎日、この速度で走ってる?」

「うん」

「この距離を、あの速度で?」

「まぁね」

「クソビッチ、すごい。今、いくつ?」

 

彼女の笑顔が、固まった。

 

「レディーに歳をきくのはどうかと思うよ。でも、別に隠すことじゃないから、今回は許してあげる。その代わり、一つだけウチの言うこときいてね」

 

地雷を踏んだのかと一瞬身構えるオオカミだったが、そういうわけではないらしい。

 

「出来ることなら、する」

「よろしい。ウチは今、29です! 今年で30! どう、ビックリした?」

 

オオカミは目を見開いて、じっくりと彼女の身体をみた。自分より低い身長、幼さの残る顔、ツインテールの髪、膨らみのない胸。どこをどうみても29には見えない。迷彩柄のカーゴパンツにタンクトップというその姿は、確かに子供らしくないが、それ以外に大人らしさを見出すことができない。

 

「……本当に? 19じゃなくて?」

「29なのです! 若く見えるよね。クソビッチは永遠の17歳なのだ」

「本当に29? それにしては若い」

「でしょでしょ? 中学生くらいから成長が止まってるんだよね」

「それなら、本当は29じゃなくて39の可能性が出てきた」

「殺すぞ巨乳JK」

 

一瞬だけ、いつもの高いアニメの少女のような声ではない、低い声が出たことに驚くオオカミだったが、当の本人は平然としているので、聞かなかったふりをした。

 

「それじゃぁウチの言うこと、一つだけきいてね」

「出来ることなら、する」

「全身を舐めさせて」

「待たれま!」

 

とっさに彼女から離れた。気持ち悪い息遣いのユリカは、手をワキャワキャとさせている。

 

「待たれま?」

「待って。……どうして?」

「まずは汗まみれの脇の下からね」

「会話が成り立ってない」

「成り立たせようとしてないからね!」

 

頭を抱えるオオカミ。北海道にいた頃から、こういう人間が苦手だった。無理やり自分のペースに引き込み、調子を狂わす。

 

「何がしたいの?」

「オオカミお姉ちゃんのことを知りたいの。五感をフル活用して」

「嗅覚と味覚は、やめて」

「身体の形を覚えるまで触るのは?」

「……お触り禁止」

「そういうお店だったの? 入る場所間違えちゃったよ」

「お金払うなら触ってもいい」

「有料なんだ。まぁそういうと思ったよ」

 

ーーだってお姉ちゃん、借金まみれってことになってるんだもんね。

 

楽しそうにそう口にしたユリカを、睨みつけるオオカミ。

 

「怖い目だね」

「クソビッチ、気づいてたの?」

 

むしろ気づかないとでも思ったか、というように目を丸くするユリカ。

 

「だっておかしいもん。少年兵が借金まみれになってるってことが」

 

少年兵、特に孤児は人権を買われ、存在そのものを所有物として扱われることがある。孤児院、とくに戦場が近くにある場所で、経営者が貪欲ならば子供達は軍事訓練を受けたのち、売りに出されるのだ。外見にアドバンテージがある少年兵は、高額で取引される。

そんな少年兵は、借金を背負う権利すら持っていない。個人の権利も含めて、高額で売られるのだから。

 

「昨日の仕事中、駒場お兄ちゃんにメールして確認したんだよね。オオカミお姉ちゃん、戦後のドサクサに紛れて権利を奪い返したんでしょ」

「……」

「取り返した権利で、戸籍やら何やらを担保に闇金を大量に借り入れて自ら借金地獄にハマるなんて、かなりのかけだよね。ギャンブラーだよねー。想定外だったのは、借金の額が思ったより多かったことかな?」

 

借金地獄にハマれば、闇金はオオカミを売りに出す。そうすれば、行方をくらますことができ、警察に捕まり他の少年兵と同じように更生施設に入れられることはない。

 

「……身体も命も使えるから、借金取りは喜んで売ってくれた。それは計画通りだった。でも、借金額が大きすぎて、なかなか返済できない」

「わぁお、ウチの言ってたこと、全部当たってたの?」

「……はめた?」

「そういうわけじゃないよ。半分以上が憶測だったんだよね」

 

悪い笑みを浮かべ、身体を寄せるユリカ。腕に胸が当たっている。

 

「戸籍やらマイナンバーやら、自分が自分であることの証明が偽装じゃないか確認したかっただけだったんだよ。そこらへんが偽装されてると、いろいろ厄介だから確認したかったんだよね。というわけで、ウチからのお願いは、本当のことを言って欲しいでした!」

「じゃぁ、最初の舐めたいっていうのは、会話のペースを握るためだけの、ジョーク?」

「そのつもりだったんだけどーー」

 

顔を近づけるユリカ。いたずらっ子の笑みが、妖艶な物に変わる。

 

「ちょっと気が変わっちゃった! 本当に舐めていい?」

「駄目」

「お金払うから」

「1万から」

「1万5千! プラス今回の仕事のうちの取り分から2割!」

 

渋々腕を上げ、脇の下を見せるオオカミ。以前の雇い主の元では腰も振っていたオオカミだが、同性にこういうことをされるのは流石に恥ずかしい。顔が、羞恥に染まる。

 

「いやぁ、借金抱えたお姉ちゃんは、貞操を捨てるのに迷いがないね」

「いいから、早く舐めて」

「オオカミお姉ちゃん、お持ち帰りしていい? もっとお金積むから、本番までやってもーー」

「おい、クソビッチ。朝っぱらから何してるんだよ」

 

突如飛来した靴が、ユリカの横顔に直撃。

突然のことに、先ほどまでの恥ずかしさは何処かへと消しとび、頭に登っていた血が、一気に冷たくなった。

 

靴が飛んできた方向をみると、そこにはランドクルーザーの運転席から顔を覗かせる加賀と、助手席から靴を投げたであろう長谷川の姿。

 

「チッ! 邪魔が入っちゃった。オオカミお姉ちゃん、続きはまた今度ね」

「おい、クソビッチ。朝っぱらから何してんだよ。チームメンバーは食べない約束だったろ」

「契約は破棄されました!」

「上等だクソビッチ! 今日という今日はぶち殺してやる!」

 

運転席から飛び降り、ユリカに殴りかかる加賀。最初の一撃を、彼女は華麗に回避すると、そのまま背中を向け、何処かへと走り去ってしまう。当然彼も追いかける。

 

ランクルの助手席からおりてきた長谷川は、オオカミの方に手を乗せると、ため息を一つ。

 

「貞操は無事か」

「……」

「金払うって言われても、あいつに身体預けんなよ。戻れなくなる」

 

追いかけっこをする二人をみながら、オオカミはつぶやく。

 

「騒がしい朝」

「しばらく一緒にいりゃぁなれるさ。さて、飯にすっか」

 

長谷川がシャッターをあけ、倉庫の中へと入って行く。その背中を追って、オオカミも中へ。

 

お金が貰えなかったのは少し残念だったが、そんな彼女の気持ちはすぐに消し飛んだ。

朝食の準備中に長谷川から聞かされた、今回の一人当たりの成功報酬が千万を超えていたからだ。




日常パートでした。
シリアスとギャグの切り替えが苦手です。文才が欲しいです。
さて、下ネタ多めとなっていますが、そろそろ危ないネタを大量投下してもいいかな、と思っています。
それではまたお会いできる日まで。
感想、ご指摘、コメント、批判、「太もも成分増やしてもいいなじゃない?」というようなご提案、お待ちしております。
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