続きません。
しかしながら修正をする可能性は大いにあります。
大井にではないので百合の花は咲きません。
あしからず。

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我が青春の短編

 

 

 初めて彼女を目の当たりにしたのは、とある大規模作戦がようやく終わりを迎えようとした、そんな時だった。

 二正面作戦となる激戦を総力を以って潜り抜け、皆が皆ようやく終わったかと安堵の表情を浮かべていたそんな折、大本営よりもたらされた絶望すら感じる情報。

 

【緊急電文! AL/MI作戦展開中に敵別働隊が本土近海に来襲! 残置艦隊全力でこれを迎撃せよ!】

 

 総力戦だったのだ。

 確かに本土には残置艦隊が存在した。

 したが、それはあくまでも最低限の防備であり主戦力として扱ってよいものではない。

 資材はおろか高速修復材すら枯渇しかけた状況の中で、傷ついたままの者も居れば、まだ艦隊へ加わったばかりで右も左もわからない者すら居る。

 そんな中で届けられた非情とも言える電文に、ある者は嘆き、ある者は腹を括り、またある提督は思いを寄せていた艦娘にプロポーズをした。

 しかし、その全ては良くも悪くもどうでも良くも、打ち砕かれる事となる。

 

 その幕開けは、深海棲艦の大艦隊……の、上空から始まった。

 禍々しいとしか形容できない、黒い霧が現れたとの情報が偵察機よりもたらされる。

 

 

 

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「ヘーイ後部座席妖精一号、アレ、何ダト思ウ?」

「HAHAHA決マッテルダロ、敵ノ新兵器ニチガイナイ!」

「ダヨナ!」

「ソウダヨナ、流石ダヨナ俺タチ!!」

「トリアエズ電文ダナ。『ワレ敵ノ新兵器ヲ発見。何カ真ッ黒ナ霧ッポイ? ポイヌチャン可愛イヨネ』ット」

「ポイヌチャン可愛イケド、夜戦ニナルト構ッテワンコカラ妖怪艦橋オイテケニ変貌スルジャン……」

「ソノギャップガ、タマラン!」

「ヨシ分ッタ、兄弟、オ前病気ダゼ?」

「クックック、機内ニ居ルオ前モ、ジキニポイヌウイルス感染……!」

「ナニソレコワイ!」

 

 その霧は妙なナマモノ共が能天気に騒いでいる中で刻一刻とその厚みを増していき、瞬く間に大きな球形へと変貌していく。

 だが、何故だろうか。

 その下に居る『新兵器を繰り出したはず』の深海棲艦たちが怯えているのは。

 空母棲姫、戦艦棲姫と呼称される艦種の者まで一様に空の霧を見上げては、常に浮かべている憎悪の表情すらも忘れ、ただの小娘のように身を震わせている。

 

「……オイ、敵ノ新兵器ジャナイッポイ?」

「感染確認。ッベーヨ、マジッベーヨ……ッテ言ウンダッケ、コウイウ時。サッキノ電文、虚偽報告ニナッチャウンジャネ?」

「大淀サンニ叱ラレル!?」

「ア、ゴ褒美デシタネ君ニトッテハ」

 

 あのスカートの穴から覗く腰から太腿にかけてのラインだけでも堪らないのに、その上で眼鏡っ子がやれやれと言わんばかりに叱ってくるのだ。

 しかも、場合によっては明石さんの改造までセットで付いてくる。

 その筋の方々には堪らない逸材である。

 

「……ヘイ後部座席妖精二号、アノ霧ノ中ニ何カ見エルノハ俺ノ気ノセイカ?」

「勝手ニ殉職サセテ代替ワリサセテンナヨ、ポンコツ操縦妖精三号!」

「俺ハマダ一号ダ! ッテ、チョ、オマ、何アノデッケェドクロ!?」

「チョ、マジデケェ!!」

「デデデ電文、電文!!『何カ大キクテ黒クテ硬ソウナブツガ!』……ヨシ!」

「ヨシジャネェ!? ソノ電文、大淀サン宛テダロ!?」

「当タリ前ジャナイカ。ソレガドウシタッテンダヨ兄弟!」

「一歩マチガウトセクハラ発言ジャネェカ! ソッチ方面ハヤベェヨ!? 帰ッタラ大淀サント仲ノイイ明石サントコニ連レテカレテ、溶鉱炉ニドボントカ嫌ダゼ、俺!」

「アッ…………死ナバ諸共、ダヨナ? ナ、兄弟!?」

「……コノ機ハ俺ニ任セテ、オ前ハ先ニ逝ケ!!」

「ウ、裏切ッタナ兄弟ィィィ!!」

 

 広がりながら、更にはその濃さすらも増していく黒い霧。

 加速度的に広がり続けた数百メートルはあろうかというその中に、機体の中でどったんばったん暴れ出した救いようのないナマモノ共の言う『髑髏』が垣間見えた。

 重厚な暗緑色の上に威容を誇る、白く厳めしい面構え。

 

 ――――――霧の中から、耳障りな音が響く。

 

「オイ、何ダコノ音……?」

「……ワカラネェ……ダガ、ドコカ聞キ覚エガアルヨウナ……」

「確カニ……ドコカ、デ……?」

 

 小さくも甲高い、耳慣れない音が海原へと響き渡たり始めた。

 その音に気付いて、似合いもしない真面目な顔をしたナマモノ共が訝しがる。

 

 ――――――やがてその音は、髑髏の威容に見合った重厚な大爆音へ移り変わった。

 

「ナンジャコリャァァァァ!? 耳ガ、耳ガイカレル!!」

「機体ガヤベェ! オオオオオオ落チルナヨ、頼ムカラ落チルナヨ!?」

 

 そしてついに、霧の中に留まっていた髑髏が滑るように動き出した。

 大きな大きな黒霧の塊からまず姿を現したのは、先ほどから見え隠れしていた髑髏。

 そして頭が異様ならばその先も然るもの。

 無骨ながらもスマートな印象を感じさせるラインが流れ、上下に装備された砲台、艦橋、極め付けは中世の帆船を思わせる華美な船尾楼。

 そのシルエットから、船である事は何とか理解できる。

 だが、ナマモノ共の知る船とはかけ離れた姿でもあった。

 

「…………オイ、四号。俺ハ夢デモ見テンノカ?」

「ダカラ殺スンジャネェ……ソレカラ、夢ジャネェヨ」

「何ダヨアレハ。空飛ブ船ダナンテドコノSFダ!?」

「シカモドクロマークトカ、海賊船カヨ!?」

 

 動き出した船は、その船主を向けていた方向へと進路を変える素振りすら見せずに突き進んでいく。

 

「ウボァ……敵ナガラ哀レナ……」

「敬礼……!」

 

 そう、真下の敵へ。

 落下としか取れない角度で、敵の中央部へと突っ込む髑髏。

 重厚な見た目に反して、お前どんなエンジン積めばそんな速度が一瞬で出せるんだよと突っ込みたくなるような加速を見せる。

 空に発生した黒霧と、海面と。

 彼我の距離が優に千メートルはあったというのに、それを瞬く間に零へと変えた。

 無駄に鷹の目の如き視力を誇るナマモノ共は、その瞬間の戦艦棲姫達の諦めきった顔をしっかりと目に焼き付けながら、海抜をマイナスへ突破して行く船を見送った。

 ざぶん、何て可愛らしいものじゃない。

 音に聞こえる大和型の主砲だってもっと可愛らしい音を出すだろうという凄まじい轟音と共に、ひしめいていた深海棲艦ごと海中へと消えていく。

 

「…………敵影、最早見エズ。ドウスンダヨ、コレ」

「アノ勢イジャ、船体モバラバラダロウ。シバラク様子ヲ見テ、帰投スルシカ……ン、待テ!」

「ム……!?」

 

 大質量の船がまるで海を抉るかのような勢いで突っ込んだ先。

 そこに残された大渦の中から、小さな影が躍り出る。

 暗い緑の髪に、大仰なマント。

 その周囲にはナマモノ共が普段見慣れた艤装……の、ような物が浮かぶ。

 

「マサカ、艦娘ダッテノカ!?」

「アノ艤装ノ形、サッキノ船ノ……!!」

 

 まだまだ無駄に鷹の目を発揮し続けるナマモノ共が目にしたのは、先の巨大すぎる船体の特徴を残しつつも艦娘へと成ったかのような姿。

 あの船体で目にした、変わった形の砲身を持つ砲台を左右に。

 その背はためくマント、更には髑髏の旗と船尾楼。

 首から胸にかけてはこれまた髑髏をあしらった無骨な暗緑色装甲。

 そして体の各所に見える装甲板や固定翼らしきもの、鋭角的なパーツの数々……。

 

「…………ナンカ、天龍トカ木曾辺リガ好キソウナ恰好ダナ」

「ア、俺モソレハ思ッタ」

 

 大渦の上で、揺らぎすらしないその小さな姿。

 それは確かに、とある年代で抱き、後に頭を抱えて身悶えする事になる歴史の中に登場しそうな姿だった。

 マントにドクロにアーマー。

 しかも良く見ると腰にサーベルっぽいブツの柄まで確認できた。

 最早数え役満である。

 麻雀ならば天龍や木曾がサーベル引っこ抜いて盆踊りをしだす勢いで直撃してハコる。

 

「ッテ、イヤアアアアコッチ見タ、コッチ見テルヨアノ艦娘カッコカリ!」

「待テ待テ待テ、落チ着ケ、マダ慌テルヨウナ時間ジャナイ! コレダケノ距離ガアルンダ、逃ゲ切キレル!!」

 

 人、それをフラグと言う。

 操縦桿を握るナマモノが必死に機首を上げつつ離脱を図ると、まるでそれを待っていたかの様に海原を滑り出す姿。

 

「追ッテ来タァァァァ!?」

「雲ダ、雲ニ隠レテ逃ゲロ! 俺ハ打電スル!!」

「ガッテン!」

 

 手近にあった雲へ紛れての逃走。

 それは確かに有効な手段だったかもしれない。

 しかし、それを為すにはあまりにも遅すぎた。

 機体が軽く揺れたかと思った瞬間から、どれだけ主機の出力を上げようと、操縦桿を振り回そうとピクリとも機は動かなくなってしまう。

 

「……ナァ、五号」

「モウ突ッ込マネェゾ。……オイ、オ前、後ロ向イテ確認シロヨ」

「イヤイヤ、オ前ノ方ガ良ク見エルハズダロウ? ソッチガ確認シロッテ」

「俺ハ今打電スルノニ忙シインダヨ。Ar196改娘ニナ」

「何コンナ状況デ堂々ト私事ニ走ッテンダテメェェェ……アッ」

 

 前のナマモノ、後ろのナマモノへ渾身のツッコミ。

 それは、彼の目に後部座席のみならずその先までも映し出す結果となった。

 右目を隠すように下りる暗緑色の髪と、その下から覗く古びた眼帯、そして残った左目からは訝し気な視線。

 先の大渦の上に居た姿と余すところなく一致するそんな彼女が、まるで飛行機の模型を眺めるかのような気軽さで機体後部を握りしめていた。

 

「……ここは「脱出ゥゥゥ! パラシュート大先生、ヨロシクオ願イシマス!!」あっ……」

 

 それはもう、素晴らしい身のこなしだった。

 体を固定していたベルトを生涯最高速度で外し、キャノピーをこじ開け、芸術的な姿勢で眼下に広がる海原へと旅立っていくナマモノ共。

 だが、敢えて言おう。

 無駄であると。

 そも、海原に立っていたはずの彼女は、それなりの高度に位置した上に海軍最高速とも謳われたこの【彩雲】へ瞬く間に追いつき、捕獲したのだ。

 いわんや、速度など比べるまでもない落下するだけのナマモノ二匹。

 

「アッ……ヤ、優シクシテネ?」

「私達、初メテナノ……!」

 

 即座に捕獲された。

 しかも片手で二匹とも。

 親指と人差し指の間、人差し指と中指の間という違いこそあれ、二匹とも仲良く黒い皮手袋と装甲板の組み合わさった左手にがっちりと。

 

「聞きたい事がある。まずは落ち着いてくれないか」

「喋ッタァァァ!?」

「アレ、日本語? 日本語喋レルノ!?」

「……ここは、どこだ?」

「ハイ?」

「エ、日本近海……?」

「に、っぽん? ……ん、日本語?」

 

 んん? とでも言うべきか。

 二匹と一人がお空の上で仲良く首を傾げあうという奇妙な光景が生まれた。

 誰も得をしない、無駄な絵である。

 

「ナァ…………オ前サン一体何者ダ?」

「…………何、者?」

「ン?」

「……………………」

「オイ、ドウシタ?」

「私は……」

 

 ナマモノが発した疑問に答えるべく口を開こうとした途端、まぁるく見開かれる眼帯に包まれていない左目。

 その瞳が何かを思い出そうとするかのように揺れると同時に、だらりと力なく落ちる両手。

 右手に掴んでいた彩雲は零れ落ち、左手のナマモノ共はその脱力した指へと必死に抱き付いて落ちまいと奮闘していた。

 彼らの背に鎮座しているパラシュートの存在は大先生から空気へとクラスチェンジを果たした模様。

 

「オオオオイ六号、ヤバイ、何カヤバイ!! 目カラ光ガ消エタ!!」

「オ前ガイラン事聞クカラァァァァ!!」

 

 やがてかたかたと小さく揺れ始めた指先にしがみついたまま勃発する醜い争い。

 お互い届きもしないと言うのに、短い足を相手へと振り回す。

 

「そうだ」

「ハイ、何デショウ!?」

「私は、覚えている」

 

 やがて、答えを得たのか。

 彼女は震える左手にしがみつくナマモノ共を落とさぬよう、わざわざ右手まで添えて己が眼前まで持ち上げ、眼帯の嵌められていない片目を細めて、告げる。

 誇るべき自身の存在を。

 

「私は海賊船。正道を行かぬ船」

「オ、オウ。ソリャア、髑髏ヲ掲ゲルノハ海賊船ダロウナ?」

「そして、そんな私を生み出したのは勇敢な男達だった」

「……?」

「自由を愛し、邪悪に立ち向かい、己が道を貫き通す。出会ったばかりの、たった一人の少年を助けるために平然と敵の本陣へ単艦で殴り込みをかけるような、そんな男達だった」

「ソリャア……何ト言イウカ……スゲェ奴ラダッタンダナ」

「…………ああ、そうだ。私の魂は彼らの歴史そのもの。恥じる所なぞ何一つとして無い」

 

 胸を張り、蒼穹を見上げ、燦然と輝く太陽へ宣言するかのような言葉。

 

「しかし、だ。そんな私は君たちに謝らねばならない」

「ウン?」

「故意ではないにしろ、君たちの機体を落としてしまった」

「……ア。ソウジャン、俺タチドウヤッテ帰ンノサ?」

「流石ニ泳イデ帰レル距離ジャネェヨナァ」

 

 遠い目をして、本土があるであろう方角を見つめるナマモノ二匹。

 そして、そんな二匹を心苦しそうな目で見つめる艦娘カッコカリ一人。

 

「君たちさえ良ければ、送るが?」

「ンンン……オ前サンノ目ヲ見レバ、悪イヤツジャネェッテノハ何トナク分ルンダ。デモナ……」

「ンム。マサニ渡リニ船、ト言イタイ所ナンダガ……連レテ帰ッテモイイモノカ、俺タチダケジャ判断デキネェ」

「ダヨナァ。イッソ、コノ海域ニ艦娘ガ来ルノヲ待ツカ?」

「ア、ソレイイナ」

「かんむす……?」

「今ノオ前サンミタイナ恰好ノ娘サン達ダヨ」

「……それは、少しばかり会うのが楽しみだ。色々と聞きたい事もあるしな」

「オウ、個性的ナ奴ラバッカリダケド、マァ……イイ奴ラダヨ」

「一部、個性的スギテ困ル奴ラモ居ルケドナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………来た。6人だな」

「オ、ヨウヤクカ……ッテオイオイオイドコダヨ?」

「2時方向、水平線の上だ。こちらが高度を取れていない事もあって発見が遅れたな」

「ドウナッテンダヨ、オ前サンノ目ハ……?」

「何、宇宙空間では数十キロなんて誤差とも言える近距離さ」

「ナニソレコワイ!?」

「デ、ドンナ艦娘ダ? 好戦的ナ艦娘ダト説明ガチト面倒ダゼ?」

「ふむ……」

 

 先頭を威風堂々と直走るのは、豊かな黒髪を海風になびかせ凛とした表情を浮かべる女性。

 その背にはダズル迷彩の施された艤装が鎮座していた。

 

「ソウナルト、鹿屋ニ残ッテタ榛名辺リカ?」

「ドック入リシテタ所ニ虎ノ子高速修復バケツブッカケテ突貫工事カ? ショッパナカラ残置艦隊ノ最高峰ガオ出マシタァ驚キダ」

 

 遠く水平線の果てに浮かぶ、6つの影。

 

「後は揃いの服を着た子が4人。髪の色は黒、銀、茶が2人」

「ンー……ソリャア第六駆逐隊ノ面子ダロウナ……数ガ多イカラ、ドコノカハワカランガ」

「最後は……他の5人よりも装備が随分大きいな。赤い小さな日傘と、長いポニーテール」

「……ゲェ、大和!?」

「アン? 大和ガ本土ニ残ッテタカ?」

「着任シタバカリダカラ練度不足ッテコトデ、1隻ダケナ」

「……行くか」

 

 むんず、と傍らのナマモノ共を片手で掴み、腰かけていた岩礁の上へ立ち上がる。

 そして響き渡るのは、先の黒い霧の中から聞こえてきたあの音。

 規模こそ小さくなっているものの、己が存在を高らかに歌い上げるかのような大爆音。

 

「エ、待ッテ? ネェ待ッテ!?」

「ラムアタックハヤメテアゲテ!!」

 

 そんな大爆音の中で、ナマモノ共の小さな叫びなぞ聞こえるはずもない。

 それを察したナマモノ共が黙り込んで、せめてもの対ショック姿勢とばかりに頭を抱え込んだ所で、それはやって来た。

 岩礁から海原へ向けて、宙を飛んだ瞬間に途轍もない勢いでぶつかってくる空気の壁。

 

「アァァァァァ!??!!」

「ハ、ハエェェェェヨオオオオドウナッテンダヨオ前ェェェ!?」

 

 過たず、6人が位置する方へ一直線。

 空を駆ける彼女は波の影響なぞ受けるはずもなく、更には空気の壁すら物ともしない。

 発生した衝撃波で後方へ大量の海水を巻き上げながら進む彼女を発見するのは、周囲を警戒しつつ進んでいた6人にとっては容易い事だっただろう。

 

「総員構え、撃ェ!」

 

 そして、未確認の個体がそんな状態で突っ込んでくるともなれば、穏やかでいられようはずもない。

 気付くと同時、押しも押されもせぬ戦艦組から放たれる大口径主砲の一撃。

 しかし空を駆ける彼女は、それを避ける素振りすら見せなかった。

 そんな彼女へと狙いはそこそこの牽制の意味を多分に含んだ徹甲弾が当たったのは、ある種奇跡的な確率の産物である。

 しかし装甲板すらない場所に砲弾を受けたというのに、当の本人は意にも介さぬとばかりに速度を落とす事は無かった。

 傷一つ付かず、その砲弾の質量、ひいてはその砲弾が持っていたエネルギーの影響で少しばかり揺らいだのみ。

 

「なっ!? 46cm砲の徹甲弾ですよ!?」

「大和さん、落ち着いて。六駆の皆さんは撤退。航跡を悟られぬように留意の上、未確認艦の情報を基地へ」

「あ、暁だってやれるわ!」

「……如何に六駆の皆さんが持つ魚雷が強力であっても、真正面から徹甲弾を弾くような相手では分が悪いですよ?」

「それに、あれどう見ても飛んでますし。魚雷、当たりません」

「大和さんは黙ってて下さい。突っ込みをしている暇があるなら一発でも多く徹甲弾を当てるように」

「あ、はい、ごめんなさい……」

 

 日本が世界に誇った大戦艦、大和。

 とはいえ、艦娘としてはペーペーである。

 いつもにこにこ貴方のお傍に、はい、榛名は大丈夫ですと言わんばかりの華やかな笑顔の大先輩から送られる『空気読んで下さい』な視線に逆らえようはずも無かった。

 

「……無傷の戦艦を残して逃げ出す駆逐艦が居ると思うかい? それに、もう残される側になるのは御免だね」

「響さん……」

「そうよ、私達だってやれるわ! ね、電?」

「は、はいっ!!」

 

 ある者は静かな決意を目に宿し、またある者は震えながらも胸を張り。

 恐ろしい速度で迫りくる未確認艦へと各々の主砲を向けた。

 今の距離で当てた所で弾かれるのは分っている。

 ならば引き付けて、それこそ零距離まで引き付けてでもあの信じられない装甲を抜く。

 

「……皆さん、ご武運「あれ? 榛名さん、あの未確認艦こちらに手を振ってませんか?」……はい?」

「速度も、落としてるみたいなのです!」

「敵じゃ、ないの?」

 

 榛名が覚悟を決め、いざ決意の口上をというタイミングで発せられる、大和の気の抜けた声。

 ぷつりと緊張の糸が切れた途端、距離が詰まってきた事もあって、これまで以上に相手が見えてくる。

 電が気づいたように相手の速度も落ちているし、暁の言うように敵意も感じない。

 まるで自分に敵意がない事を示すかのように右手をこちらへ向けて振っている様など、それこそ作戦終了後の艦娘たちの姿と同じものだ。

 そんな姿に警戒はすれど、ひとまずそれ以上は必要なさそうだと榛名は判断を下す。

 隣でお気楽に手を振り返している大和を意図的に視界から外して。

 

「……大丈夫だよ、榛名さん。嫌な気配はしない」

「ええ……ですが、大和さんの様ではいけないと思います」

「それは同感だ。彼女は妙な所で天然だから気を付けないといけないね」

「て、天然じゃありません!!」

「寝言は寝てから言うといいよ」

 

 響と榛名が諦めたかのように頭を横へとふーりふり。

 大和はそれを受けて、常日頃のホテルじゃありませんと主張するトーンで抗議の言葉。

 そんな目を逸らしておきたいやり取りが交わされる中、やがてその『未確認艦』は彼女たちの前へと滑るようにして到着を果たした。

 黒皮のブーツを海面へと預け、僅かな水音を立てながら停止した彼女は、これまで確認されていない姿とはいえ十分に艦娘として通る姿であった。

 

「驚かせてしまったようだ、すまない。見ての通り、こちらに敵意は無い」

「……その様ですね」

 

 威風堂々とした立ち姿。

 己に恥じる所など何一つ無いとばかりに真っすぐな目で、先頭に立つ榛名へ相対した。

 ただし、片手にグロッキーなナマモノ共を乗せて。

 

「主な用向きとしては、この『妖精』とやらの返還だ。行き違いで彼らの機体を落としてしまったのでな」

「文字通リ、片手カラポロットナ」

「哀レ、俺タチノ機体ハ海ヘ還リマシタトサー」

 

 彼女の掌の上で、グロッキーなまま行われる下らない寸劇。

 最後はナマモノ共曰く『ポロっと』された機体を見送っての敬礼であった。

 

「え、ええっと……その、大変でしたね?」

「アレ、榛名サンカラ向ケラレル視線ガ生暖カイゾ?」

「テメェノ台詞ガ棒読ミダッタカラダロ!」

 

 掌の上で喧嘩を始めるナマモノ共。

 最早緊張感のカケラもない。

 

「ほら、喧嘩はやめましょう? そろそろ榛名さんからニコニコ命払いのアイアンクローが飛んできますよ?」

「は、榛名はそんな事しませんっ!! 霧島と一緒にしないで下さい!」

「いやいや、霧島さんの場合はどっちかって言うと胸倉掴み合っての殴り合いとかヤクザキックとか……」

「……ごめんなさい、霧島……榛名、否定できません……!」

 

 大和と榛名の間でも一部の方々以外は関係の無いやり取りが始まった。

 落ち込む榛名と、わたわたしながら失言を詫びる大和。

 そしてそんな面々を他所に、第六駆逐隊は響が未確認艦な彼女へ近寄ってじっと見つめ、残りの三人がはらはらした表情でそれを見守っていた。

 敢えて言おう、カオスであると。

 

「……何か?」

「いや、その上背から見るに戦艦なのかな、と。大和さんよりも高いとは驚きだ」

「ヤマト……あぁ、確かにヤマトと同じ戦闘艦ではあるな。海賊船だが」

「ほぅ……?」

「へ、私ですか?」

「あぁ、そういえば君がヤマトだと妖精達が言っていたな。こういった対面は予想だにしていなかったが、会えるとは光栄だ」

「いえいえいえ、私なんてまだまだぺーぺーなんで!」

「たとえそうであっても、その魂に違いはないだろう? それに時代こそ私の方が後になってしまうが、艦種や運用のカテゴリー的には同じようなものだ。こうして対面すれば、親近感も沸いてくる」

 

 目を細めて大和を見つめる彼女に対して、見つめられる大和は不思議そうに瞬きを繰り返す。

 貴女、何言ってらっしゃいますか、とばかりに。

 

「…………あの、私、空を飛んだりできないんですけど」

「…………なに?」

 

 んん? と響、大和らと首を傾げあう事数秒。

 致命的すぎる齟齬である。

 

「ヤマト……恒星間航行用超弩級宇宙戦艦。識別番号BBY-01、ヤマトではないのか? 私がこのような姿になっているのだから、君達もそうだと思ったが……」

「は、はい?」

「……違う、のか?」

 

 再びお互いに首を傾げ合って、しばし。

 その沈黙を打ち破ったのは響だった。

 

「彼女は貴女の言うような存在でないのは確かだね。大日本帝国海軍所属、戦艦大和。それが彼女の基となった艦だよ」

「ッ!? まさか、原型となった方の『大和』か!?」

「って私宇宙戦艦になるんですか!?」

 

 嘘だろうとばかりに目を見開く彼女に、驚くタイミングがズレた大和。

 そして色々と突っ込み所があったぞと言わんばかりの残り5人。

 

「致命的なまでの齟齬があるようですね……」

「そのようだ。確認だが、そちらの『大和』は西暦2199年に進宙した『ヤマト』ではなく、1945年に坊ケ崎沖で沈んだ『大和』である、と」

「2199年!?」

「ああ。私はそれよりも遥か未来、2900年代後半の船だが……ヤマトは、私の時代においても時代を切り開いた偉大なる船として名を残している」

「……2900年って……今、2015年ですよ?」

「…………予想こそしたが、こうして突きつけられると、こう……胸に来るものがあるな、その西暦は」

 

 会話を交わしていた榛名と彼女だけではなく、全員が『えー』と言わんばかりの表情である。

 片や第二次世界大戦の海原を駆け抜けた船たちであり、片や2900年代の星の海を駆け巡った船である。

 常識で測れようはずもない齟齬であった。

 

「いや、こうして悩んでいても仕方がないだろう。時の逆行については、まぁわからなくもない。時空間の歪みというのは確認されているからな」

「未来ではそんな事まであるんですか……」

「しかし、こうして人の形を取るとは思いもよらぬ出来事だ。君たちはこの事態の原因について……予測でもいい、何かわからないか?」

「…………予測、ですか…………」

 

 むむっと顔を見合わせる戦艦と駆逐艦の面々。

 

「私達がこうして人型を取るに至った経緯は説明できますが、それが貴女に適応されるかは……」

「微妙な所だろうね」

「そも、深海棲艦という概念すら彼女は知らないでしょう」

 

 どうしたものかと、先ほどから対話に努めていた榛名と響が悩むこと数十秒。

 その悩みを打ち破ったのは大和だった。

 

「とりあえず敵対意思は無いんですよね?」

「現状はな。仮に敵対するとしたら、面と向かってその旨を伝えた上で行動に移すさ。卑怯な真似をするくらいなら、堂々と正面から殴り合って負ける道を選ぶ」

「ふむふむふむ。ならばとりあえず問題は先送りできますね。どうです、一度うちの鎮守府に来てみませんか?」

「大和さん、それはまずい事になりかねませんよ?」

 

 あっさりと『ウチにおいでよ!』と言わんばかりの軽いノリで不明艦を招こうとする大和に、慌てる榛名。

 

「なら連絡を入れておけばいいじゃないですか」

 

 さらにあっさりと不思議そうな表情を浮かべる大和に、榛名は最早諦めすら浮かんでくる。

 何でそんな暢気にいられるのか、と。

 

「……話が難航しているようだな。では、こうしようじゃないか」

「はい?」

「君たちは未確認艦と交戦し、撃退し、帰路についた」

「……それで?」

「それだけだ。私は私で動かせて貰う。そもそも、妖精達を返すのが一番の目的だったんだ」

「えー……?」

「私は基本的に敵対するつもりはない。それでいいじゃないか。そもそも、海賊船だぞ? 誰かの言う事を唯々諾々と聞いてやるつもりもない」

 

 とりあえず、とばかりに相対していた大和の艤装の上へ降ろされる妖精達。

 しかし何故だろうか、どこからともなく現れた大和の主砲妖精たちが彼らを袋叩きにしているのは。

 

「ウチに来ませんか、とは言いましたけど……艦隊に加われなんて言ってませんよ? むしろ言えませんよ、の方が正しいですね」

 

 数十kmの距離でこちらを補足する目に、それだけの距離を瞬く間に潰す速度。

 自身の46cm砲から放たれた徹甲弾の直撃を受けても涼しい顔をしている装甲。

 そんな艦と艦隊を組める存在など、存在しない。

 そして、軍という機構は彼女のような存在を受け入れられはしない。

 最後の最後、喉元に砲身を突き付けられるまでは。

 なにしろ彼女を受け入れて、彼女が単艦で全て終わらせでもすれば、軍など何の意味も持たなくなってしまう。

 それでは色々とうまくないだろう、特に上層部の腐臭がする連中は。

 

「好きに生きればいいんですよ。彼女には縛られる理由も義理もないんですから」

「……はははは! どこでもいつでも、ヤマトはヤマトか。未来の君の功績や運命も大概だったが、それが君の本質なのかもしれないな」

「ちなみにうちの鎮守府には美味しい居酒屋がありますよ? 負傷で退役した鳳翔さん……空母の艦娘が開いてるお店で、これがまた絶品ぞろい!」

「ほう!」

「更に今なら私秘蔵の竹鶴に、榛名さんがこっそりちびちび飲んでる剣菱まで出しちゃいます!」

「ちょっと大和さん!?」

「固い事は言いっこなしですって、榛名さん」

「でも、今は敵の本土襲撃が……」

「あぁ、そいつらならもういないぞ?」

「…………………………………………はい?」

 

 乗り気な彼女に対してテンションが上がって来た大和と、さらっと落とされた爆弾発言にきょとん顔の珍しい榛名。

 それまでの微妙な空気がさらに微妙な空気にランクアップした瞬間だった。

 

「岩礁の上でゆっくりと海原を眺めていたら襲撃を受けてな。妖精達に確認した所、人類の敵対勢力と言うじゃないか」

「そ、それで?」

「地球に影響が出ないよう配慮はしたが、パルサーカノンとスペースバスターで全て吹き飛ばした」

「…………………………もう一度言っていただけますか?」

「加減はしたが、全て吹き飛ばした。ちなみに海中にいた連中も含めての、全敵勢力だ」

 

 ふんす、と腕組みをしながら『それがどうした』と言わんばかりの堂々とした姿。

 

「ちなみに損傷や消耗は?」

「あると思うか?」

「全くそういう気配はありませんね」

「そういう事だ」

 

 茫然としたままの榛名に対して、大和は『これがジェネレーションギャップ……!』何て斜め上に突き進んでいた。

 

「ぱるさーかのん……すぺーすばすたー……! レディ臭がするわ!」

「強そうなのです! でも、レディかどうかは別なのです」

「カッコイイわね! レディかどうかは別として」

「暁……いや、何でもないよ」

「何よあんたたち!?」

 

 一方六駆も斜め上だった。

 

「はは、はははははは! いいな、面白い。それではお言葉に甘えてお邪魔するとしよう。居酒屋にな!」

「そこはせめて鎮守府に、でお願いします。せめて、せめてオブラートに……」

「榛名さんは真面目ですねー。危機は去った、ならひとまず宴会でしょう!」

「そうです……ね、はい……榛名は大丈夫、です。…………大丈夫です」

 

 一方榛名は泣いた。

 然もあらん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば今更ですけど、お名前を聞いていませんでしたね?」

「む、確かにそうかもしれない。すまん」

「いえいえ。とりあえずこちらから、私は先ほど申し上げた通り『大和』です」

「はるな、です」

「暁よ! 一人前のレディとして扱ってよね!」

「雷よ! かみなりじゃないわ!」

「電なのです! ぷらずまじゃないのです!」

「…………響だよ」

 

 非情に元気でよろしい。

 一部除いて。

 

「ははは! 揃いも揃って名の知れた艦たちじゃないか、これは光栄だ。私も気合を入れて名乗らねばなるまい」

 

 

 

 

 

 

 

 自由を愛し、己が正義を貫いた。

 我が名に恥ずべき所など何一つ無い。

 だからこそ、あらん限りの力を込めて、名乗りを上げよう。

 

 

 

 

 

 

 

「私はアルカディア! そう、我が青春のアルカディア!」

 

 

 

 


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