勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第10話

 

 ――なるべく早く日本のことを教えないと。

 屋上で起きたちょっとした出来事によって、クラスメイトから注目を集めている転校生――空閑遊真を見ながら、三雲修はそう思った。

 

 何故なら、空閑遊真は近界民(ネイバー)だからだ。

 初めは信じなかった修だったが、近界民(ネイバー)……遊真曰くトリオン兵を一撃で倒した戦闘能力。日本のルールを知らない様子。そして車に轢かれても何とも無い普通ではない体……。

 それらを実際に見た彼は、遊真を近界民(ネイバー)だと判断した。

 しかしそれと同時に、遊真は人々を襲う近界民(ネイバー)とは――少し好戦的だが――違うと修は思った。加えて命を助けて貰った恩があるため、彼はこうしてボーダーに通報せず、空閑に日本のことを教えていたのだが……。

 

「いえいえ、あのくらいぜんぜん。タダ者です」

 

 思いっきり目立っている……。

 修はため息をグッと堪えて、空閑が妙なことを口走らないように静観した。監視とも言う。

 

 空閑に興味を示したクラスメイトたちは、空閑に次々と質問をする。

 近界民(ネイバー)だとバレないようにするために、空閑は事実をぼかしながら答えた。そして、その話は修にとっても有意義なものであった。

 空閑は、日常的に戦争が起きている環境で生活していたらしい。そのような極限状態なら、空閑の歪な人格も納得できる。

 修は、垣間見た空閑遊真という少年に複雑な心境を抱いていると、彼にとって都合の悪い方向へと話は進んだ。

 

 四年前に起きた近界民(ネイバー)による大規模侵攻。転校して来た空閑は知らないのだろうと親切心に教えようとしたのだろうが……彼の正体を知っている修は冷や冷やとした。それも杞憂に終わったが。

 当時の恐怖を詳しく聞かされた空閑は、しかし不思議そうにしている。

 

「でもその割にはみんな……何というかのほほーんとしているね。怖がっていないというか」

「そりゃあボーダーがいるからな!」

 

 三門市に突如現れたのは、何も近界民(ネイバー)だけではない。

 彼らボーダーは、近界民(ネイバー)の技術を独自に解析し、それを武器に戦う特別防衛組織だ。窓から見える基地ができるまでは、近界民(ネイバー)は三門市のあちこちに湧いていた。しかしボーダーの開発した誘導装置のおかげで近界民(ネイバー)は基地周辺にしか出現せず、市民たちは安全に暮らすことができる。

 そのことをボーダーに対して並々ならぬ憧れを持つ男子生徒、三好は自分もボーダーに入りたいとぼやく。

 

「だったら、またお願いしたら? 1組の最上に」

「無理でしょう。彼って他人と関わるの嫌いみたいだし。それに忙しそう」

「あっ、そういえば今日も昼休みになったら校門から出て行ったの見た」

「――モガミ?」

 

 何気なく呟かれたその言葉に、空閑は反応した。

 それに対して単純に知らない名に反応したのだろうと思った女子生徒は、空閑に最上について説明した。

 

「うん。実はこの学校に一人だけボーダー隊員がいるの。それが1組の最上くん」

「そう言えば、最上くんも転校生だったねー」

 

 そう口にする彼らだが、表情は何処となく暗い。

 

 それも無理も無い、と修は思った。

 当時、ボーダー関係者が転校してくると噂になっていた最上だが、彼は他人と関わろうとせず、放課後になればすぐに帰る……簡潔に言うと孤立していた。ボーダー隊員と聞いて興奮していた三好ですら諦めたほどだ。

 さらに、絡んできた不良たちを蹴散らしたという噂もある。遊真の言う三バカが、彼にだけはちょっかいをかけようとしないことを踏まえると事実なのかもしれない。

 

 ……正直、修は彼が自分と同じ学校に転校してくると聞いた時は焦った。

 ボーダーであることをあまり知られたくない彼は、最上がうっかり漏らしてしまうと危惧していた。

 ……結局、本人は修のことを覚えていなかったようで、彼の心配は杞憂だったようだが。ほっと安堵すると共に複雑な心境になった修であった。

 

「……だったら、オサムに頼めば」

「――!? 空閑、少し話したいことがある!」

 

 今回の転校生は、その心配をする必要があったようだ。

 後ろから突き刺さる同級生の視線を感じつつ、修は空閑を連れて人の居ない空いた教室に向かった。

 

「オサムがボーダーってことも秘密だったのか」

「そうだ! 誰にも言うなよ!」

 

 危うくバラされそうだった修は、よほど焦っていたのか口調が荒い。

 そのことに対して空閑が問いかけるも、彼は何でもないと突っぱねる。

 本人が言いたくないのなら、詮索する必要もないと判断した空閑はこれ以上の追及を止めた。

 それよりも、彼は気になることがあった。

 

「なあ、オサム。モガミって――」

「ああ。そうだ。空閑、最上には絶対に近界民(ネイバー)であることはバレるなよ?」

「……ボーダー隊員だから?」

「それもあるが……最上は近界民(ネイバー)嫌いで有名なんだ」

 

 三雲は一度だけ彼と戦ったことがある。

 開始と同時に首を斬られた、戦いとも言えないものだったが――思い出すだけでも背筋が凍る思いだった。相手を見ているようで、見ていない感情の薄れた瞳。淡々と急所を突く冷たい刃。

 あれ以来、修は彼を見る度に首元に違和感を感じていた。それだけ印象的な一戦だった。

 

「……うそ、じゃなさそうだね」

「……空閑?」

 

 何やらようすがおかしい。

 どうしたのか。

 それを訪ねようとした修を遮るように大きな音が鳴った。

 

 

 

 イレギュラーゲートだ。

 

 

 

 

 その後、最上が居ないことを思い出した修は、学校の皆を助けるためにトリガーを使用した。しかし訓練用のトリガーであることに加え、彼自身の戦いの才能が乏しいために命を落としそうになる。

 だが、そんな彼を空閑は助け、修はモールモッドのブレードの錆になることはなかった。

 一刀両断されたモールモッドを呆然と見ていた修だったが、すぐにもう一体居ることを思い出し、空閑に警告しようとするも――そのモールモッドは突如現れた誰かによって真っ二つに斬り裂かれた。そして息をつく暇も無く弱点である目を斬り裂かれ、機能停止したモールモッドはそのまま校庭に落下した。

 

「――なっ!?」

「……速い」

 

 修は驚き、空閑は感心する。

 空閑はボーダー隊員が到着したことを察すると、トリガーを解除して本来の持ち主である修に返す。

 

「オサム。おれがやったことは誤魔化してくれ」

「え?」

「時間が無い。頼むぞ」

 

 ちょっと待て。空閑!

 そう抗議をしようとした修だったが、モールモッドによって壊された壁から現れた少年によって閉口せざるを得なくなる。

 最上秀一。

 よりにもよって、一番空閑と会わせてはいけない人間が来た。

 最上はじっと二人を見つめると、視線をトリオン兵に移して――顔をしかめた。

 

 ――不味い。

 

「最上、これは……」

「え……オサム。今なんて――」

(しっ。静かにしてくれっ)

 

 修はなるべく空閑を彼の視界に入れないようにした。

 もし空閑が近界民(ネイバー)だとバレれば……。

 先ほどモールモッドがやられたように、斬り裂かれる空閑の姿が彼の頭に浮かんだ。

 

「隊務規定違反だってことは分かっている。それでもぼくは……」

 

 嘘を吐くことは嫌いだ。しかしそうしないと空閑が危ない。

 最上からの質問に、自分がやったと答え、なるべく意識が空閑に行かないようにする修だったが、彼は修と空閑の傍を通り過ぎるとモールモッドの残骸を調べる。

 バレたか……?

 冷や汗を流す修だが、次に放たれた彼の言葉に酷く動揺した。

 

 ――死傷者の確認をするから手伝ってくれ。

 

 修はその言葉に何とか頷くと、彼は入って来た穴から飛び出して行った。

 それを確認すると修は思わずへたり込んだ。

 

「よ、よかった……」

「……やっぱり、よく分かんない奴だな」

 

 空閑が何か言ったようだが、修は聞き取ることができなかった。

 

 

 

 隊務規定違反をした修は、嵐山隊の木虎の案内の元、ボーダー本部にある会議室に辿り着いた。道中空閑と木虎が言い争ったり、新たなイレギュラーゲートが発生するという事態が起こったが。

 会議室に通されて間もなく迅悠一と名乗る男が入って来た。修は彼に救われた過去を持つが……どうやら本人は覚えていないようだ。そのことに修は当然だ、と思うも複雑な気持ちになる。

 

「全員揃ったな。本題に移ろう。今回は、数日前から開いているイレギュラーゲート門の対応策についてだが――」

「待ってください! まだ三雲くんの処分に結論が出ていない」

 

 迅が来たことを確認した城戸司令は、今回の議題であるイレギュラーゲート門について進めようとするが、それを忍田本部長が待ったをかける。

 彼は、その前に隊務規定違反をした、しかし結果的に多くの人の命を救った修の処分の決定が先だと言う。

 

「処分? そんなものクビに決まっておろう」

「市民に『ボーダーは緩い』と思われては困りますからね……」

「それに、C級にトリガーを持たせていたのは、こういう輩を炙りだすためのはずだ。

 ルール違反を犯した馬鹿が見つかった。ならば処分する。それだけの話だ」

 

 例外は認めない。

 そう強く主張する鬼怒田開発室長と根付メディア対策室長の言葉に、忍田は反対した。

 修の働きは、隊務規定違反をしたという事実を加味しても素晴らしい功績だと。彼が居なければ犠牲者は確実に出ていた。嵐山隊の報告を受けていた彼はそう言うと、修をB級に昇級させ、その力を有意義に使わせる方が賢明だと提案した。

 

「しかしだな忍田本部長……」

「それだけではない。現場に駆け付けた最上も彼の行いに対して肯定的だ」

「はあ!?」

「それは……本当ですか」

「……!」

 

 未だに渋る二人に対して忍田本部長が続けた言葉は、その場に居た全員を驚愕させた。

 感情を表に出さない城戸司令ですら反応し、修の隣に座っている迅も思わず。

 

「あの秀一がねぇ……」

 

 と呟くほどだ。

 

「それに、最上はイレギュラーゲート門を早急に解決できなかった我らに責任があると言い、末端に尻拭いさせるのはボーダーのすることか? とも言っている」

「それは……」

「あのクソガキ……それができれば苦労しとらんわ……!」

 

 イレギュラーゲート門の対策は機能していない。

 上層部の面々はそれを理解していたからこそ、最上の発言に強く言い返すことができなかった。いくつかの部隊に特別防衛体制を取らせたところで、結局は後手後手に回り、何とか被害を出さないようにしていた程度。

 しかしそれも限界で、街に被害が出てしまった。

 修が隊務規定違反をしたのは、原因を突き詰めれば不甲斐ない自分たちだ。

 特別防衛任務にあたっていた彼だからこそ、こうしてはっきりと言えるのだ。

 

 実際は自分の失態を和らげようと試行錯誤して、変に修を庇った結果できあがっただけであるが。

 

「なるほど、それは確かにそうだ。

 だが、ボーダーのルールを守れない者は、私の組織に必要ない」

 

 しかし、彼の考えは変わらない。真の目的のためならば、友の息子ですら利用すると決めた彼は――とことん非情になれる。

 

 

 

 

 その後、修は迅の計らいの元、イレギュラーゲート門の原因を突き止めた功労者として隊務規定違反によるボーダーをクビにさせられることはなかった。

 結果的に空閑の手柄を横取りしたことに、修は納得しなかったが……。

 


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