遠征から帰還したA級トップチーム――太刀川隊、冬島隊、風間隊は城戸司令の勅令によって、三輪隊と共に玉狛支部に匿われている黒トリガーの争奪任務に赴くこととなった。
太刀川の案で決行は今夜ということとなり、それまでは作戦を立てつつ休息を取ることとなった。
「あれ? 冬島さんは参加しないんですか?」
「乗り物酔いでダウンしてるから無理だな。黒トリガーを相手にする以上戦えないなら戦場に出る必要はない。というわけで唯我、お前も不参加だ。食堂でも行ってろ」
「酷いですよ太刀川さん!」
泣き叫ぶ唯我をオペレーターである国近が宥めつつ、作戦室から追い出した。
なかなかやることがえげつない。
苦笑しながらその光景を見ていた太刀川隊射手・出水公平はもう一つ気になったことを己の隊長に聞いた。
「最上はどうしたんですか? 今回の任務、玉狛を相手取る可能性がある以上アイツが居れば結構スムーズに行けると思うんですけど」
「ああ。俺もそう思って進言したけど三輪の奴に反対された。戦力として数えるには最上はまだ未熟だとな」
「……それ、絶対嘘ですよね?」
「だろうな。何でか知らんが、三輪は……というか上層部は最上には今回のことを黙っているらしい」
三輪が彼に遊真が
彼らまでもが今回の件を彼に悟られないようにする理由は――迅の予知が関係している。
迅は、最上秀一が空閑遊真を
このことを遊真を守るために吐いた嘘だと断じることができた上層部だったが、城戸司令はこの忠告を受け止め、彼にはバレないように配慮した。
「勿体ないなー。アイツが居たら仕事も楽なんだけど……」
「相変わらずお前は最上のことを気に入っているんだな」
それを聞いた出水はニヤリと笑い。
「太刀川さんほどじゃないです」
そう言い返した。
太刀川はその言葉を否定することも肯定することもなく、ただ笑みを浮かべるだけであった。
◇
時は遡り。
S級A級B級混合で行われたチーム戦が終わり、少し経った頃。
「――どうだった二人とも? 実際に戦ってみて」
模擬戦を終えて会議室に
それを受けた風間は表情を変えることなく、しかし言葉に乗せる感情は珍しく喜色に溢れたものであった。
「筋が良いな。スコーピオンの扱いも上手い」
「ええー、そうですかー? あんなの僕だってできますよ」
「おい、菊地原!」
風間の高評価に納得のいかない声を上げるのは、彼の部下である菊地原士郎だ。彼はいつもの毒舌で最上を大したことないと言い、それを同じ隊である歌川が諫める。
しかし、彼はさらに続ける。
「だって、実際そうだし……攻撃手として致命的な弱点があるし」
彼の言葉に否定する者は居なかった。
何故なら、先ほどの模擬戦でそのことに気付かなかった者はこの場に居なかったからだ。
「体感速度操作でしたっけ? 確かに一対一なら強いですし、使い方も上手い。
でも、あいつの場合は
最上秀一の弱点はそこだ。
確かに、彼の思考速度は常人の何倍にも跳ね上がり、ノーマルトリガー最強の男である忍田本部長の剣筋すら見切ることができる。
しかし、それは彼の視界内に限る。
良く見えるだけに、今の彼に視界外からの奇襲や狙撃は致命的な痛手だ。
加えて、彼はサイドエフェクトで相手の攻撃を見切って避けることに慣れたせいか、防ぐという行為をあまりしないのも問題だ。
「カメレオンで一発ですよ。C級でも倒せます」
「ははは……まあ、その辺は直して貰うとして……出水、お前はどうだ?」
「ん? まあ、リアルタイムで弾道を引けるのはかなりデカいんで、空間把握能力や弾の当て方を覚えたら化けるかなーと思います」
迅の問い掛けに出水はそう返した。
彼は模擬戦を見ていた際に、秀一の動きに関心していた。彼の射手としてのセンスは悪くなく、ちゃんとした師が居ればすぐにマスタークラスに行くだろうと確信していた。
それを聞いた迅は視線を先ほどから黙っている太刀川へと向ける。それを受けた彼は――笑った。
「直接斬り合えなかったのが残念だ」
「ははは、太刀川さんらしいや」
「んで、勿体ないなと思った」
その言葉に会議室に居た面々が首を傾げる。忍田本部長だけは太刀川の言いたいことを理解しているのか黙って聞いているが。
「どういうことだ太刀川」
「いや、だってあいつの太刀筋って――どう見ても弧月向きだろ」
その言葉に衝撃を受けたのは、実際に戦った風間だ。
彼は思い出す。
最上のスコーピオンの扱いは、風間が認めるほど上手い。形状を自由に変化させることができる特性を使い、ところどころヒヤリとする場面が何度もあった。
それに、秀一の戦闘スタイルは急所を狙った高速戦闘だ。スコーピオンよりも重い弧月では、それに支障をきたす可能性がある。
ゆえに、太刀川の言ったことに疑問に思い――違和感を覚えた。
風間は秀一に何度か良いのを貰った。問題はそれはどの場面だ?
彼は思い出そうとし……太刀川の言いたいことを理解した。
「なるほど……確かに太刀川の意見にも一理ある」
「どういうことですか風間さん?」
「歌川。俺が奴に傷を貰ったのは
戦闘中、彼は無意識にスコーピオンを己の最適な形態に変化させていた。丁度刀――弧月のくらいの大きさに。
「最上は確かにスコーピオンの扱いが上手い。でも、それは常識の範囲内だ。
だが、あいつの本当の強さは、そういう小細工を度外視した純粋な剣術。
そうですよね忍田さん?」
「そうだな、慶と風間の言う通りだ。思わず指導したくなるほどの原石……磨けば慶以上の弧月使いになれるのかもしれん」
太刀川に加えて忍田本部長も認めるほどの剣術。
それを聞いた迅は嬉しそうに頷く。
「で……そろそろ聞かせてもらおうか」
「何が? 風間さん」
「惚けるな。俺たちを最上と会わせて、何を企んでいる?」
「企んでいるなんてそんな……ただちょっとお願いがあって」
いつもの胡散臭そうな表情を浮かべつつ迅はそう言い、それを受けた風間たちは怪訝な表情を浮かべる。
正直、風間は今回の模擬戦に乗り気ではなかった。上がり立てのB級相手に本気で戦って欲しいなどと言われ、理由を聞いてもはぐらかされる。貴重な人材を見つけることはできたが、それでも迅の掌の上で踊らされていると思うと気分が良くない。
そんな風間の考えを読んだのか、迅は苦笑して何でもないように言った。
「風間隊と太刀川隊の皆には、あいつを鍛えてやってほしいんだ」
そして、迅から放たれたその言葉に各々衝撃を受ける。
しかし、上層部は予め聞かされたからか大して驚いていない。
「迅、本当に何を企んでいる?」
「太刀川さんまで……。
まあ、皆に分かりやすく言うと、来たるその日までにできる限りの対策をしたい。
ただそれだけさ」
「なるほど、未来視のサイドエフェクトか。それを視たお前はあいつを強くしようと……。
だが、それならお前が直接教えれば良いだろう」
「いやー。今はその時期じゃないんだよね。それに、風間さんたちに教えて貰った方が良い。
おれのサイドエフェクトがそう言っている」
「……」
納得はしていない。
していないが、城戸司令が何も言って来ないことを考えると、自分たちは迅の言う通りにするべきなのだろう。それだけ彼のサイドエフェクトは強力なのだ。
風間は部下二人を見る。菊地原は嫌そうな顔をしていたが、それも無駄だと思うとため息を吐いて頷いた。歌川は元々反対する気は無いようだ。
太刀川隊の二人も特に嫌がる素振りも見せず、それどころか面白そうと笑っていた。おそらくこの時に彼の命運が決まったのかもしれない。
――翌日、最上秀一の特別強化訓練(本人からすれば地獄の日々)が始まった。
◇
「そう言えば、あの日から個人戦に出るようになりましたよね?」
「俺たちとの模擬戦で得た力の再確認でもしていたんだろう。現に、訓練する度に信じられない速さで強くなっているからな」
実際はC級に降格しそうなほどポイントが削られたからだが。
しかし本人の強さとポイントが比例していないせいか、太刀川たちが気付くことは無く、他の隊員には対人型
「というか、五ヶ月で三つもマスタークラスにするとか変態だな。
俺、あいつのこと密かに剣バカ二号って呼んでますよ」
「まあ、それは確かに――っておい待て出水。その剣バカの一号ってもしかして俺のことか?」
A級上位陣とマンツーマンでイジメられれば、誰だって強くなるだろう。
特に弧月による剣術の成長は凄まじく、今のところは全勝している太刀川もウカウカしていられない。
ちなみに、この時の彼の被害者ランキングは一位緑川、二位米屋、三位木虎である。
最上に搾り取られた隊員たちに合掌。
「……なんか、久しぶりにあいつと斬り合いたくなった」
太刀川はそう言うと、個人戦のブースに向かった。
出水は余計なことを言ったと反省し、弟子に向かって合掌する。
数分後、太刀川と最上が激戦を繰り広げて、若干一名が世の理不尽に嘆いたとか。
◆
A級四部隊合同による黒トリガー奪還任務は、失敗に終わった。
忍田派が玉狛派の味方をし、迅と嵐山隊が撃退したからだ。
最大戦力とも言える太刀川と風間が
そのことに三輪は強い怒りを抱き、自分たちの邪魔をした嵐山隊の二人を強く睨み付ける。特に戦闘中に聞かされた話が、彼の癇に障った。
何故迅に協力するのか。奴は何を企んでいるのか。彼にそう聞けば、何も知らないと答え、迅は意味の無いことをする人間ではないと断言した。
根拠も何も無い、ただ信用しているから。
それが三輪にとって酷く歪に見え、今も尚その怒りは収まらない。
「嵐山さん、あんたは何時か絶対に後悔する。
迅は分かっていない。
ゆえに彼は嵐山に忠告と言う名の皮肉を投げた。
「そんなことは無いぞ、迅はずいぶん昔に母親を
しかし、そんな三輪の言葉に嵐山は反論する。
今回の任務に参加し、三輪と共に良いようにやられた出水は、その言葉に驚きを示した。
「それに、五年前には師である最上さんを――」
「――そんなことは知っている!!」
しかし、それを三輪が叫んで遮った。
彼は限界だった。
憎き
そして何よりも、自分と同じ痛みを……否、自分以上の痛みを知っていながら
「失う痛みを知っていながら、何故
失う痛みを知っていながら、何故
失えば、二度と返ってこない。
そして、その時の痛みは忘れることも、乗り越えることもできない。
「最上は――秀一は!
父が何をしていたのか、何を想っていたのか、どのように死んでいったのか――全て知らない!
これがどれだけ残酷なことか分かるか!? それを奴は分かっていないから――秀一はボーダーに入ってしまったんだ!」
もし、彼に父が居れば当たり前の日常を生きていただろう。
普通に学校に行き、普通に友達と遊び、普通に家に帰り、時々酒に酔った父に絡まれ、嫌がりながらも常に笑顔を浮かべる――そんな、当たり前の生活。
しかし実際はどうだろうか。
父の愛を知らず、友という言葉に焦がれ、喧嘩をしたことがなく、あるのはぽっかりと空いた孤独の心。
祖父ですら、それを埋めることはできなかった。
そして、彼はそのまま成長し――
「……言いたいことは分かった。でも、やっぱり俺の答えは変わらない。
迅が何を企んでいるのか分からない。それでも、あいつは仲間だから――信じる、それだけだ」
「――っ」
「それと……その素直な気持ちは直接本人に言った方が良い。
三輪のためにも、迅のためにも……そして最上のためにも」
「……くそ!!」
真っ直ぐな目でそう返した嵐山の言葉は、三輪の心を強く揺らした。
――話し合う? それができれば……。
しかしそれ以上考えれば、己の弱い部分が出てきそうで……三輪はこれ以上考えるのを止めた。
この後、迅は黒トリガー『風刃』と引き換えに遊真の入隊を交渉し、最後には城戸司令が折れる形で、今回の騒動は終息した。
それと同時に、一人の少年の未来が加速し……それを止めるべく迅はさらに動く。
最上秀一の死。
そんな最悪の未来を変えるために。
Q主人公強すぎない?
Aなに!? ワ―トリでぼっちキャラは最強じゃないのか!?(全方位メテオラ)
ワ―トリ×俺ガイル作者さんごめんなさい