勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第17話

 

 最上に続いて一秒切りを果たした空閑遊真。

 アイビスで防壁を撃ち抜いた雨取千佳。

 そしてA級三位の風間と引き分けた三雲修。

 

 この三人の話題は風のようにボーダー内に広まりつつあった。

 特に修の噂はそれが顕著だ。何処から漏れたのか彼が風間と戦い、そして引き分けたことが周りに知られている。

 迅に呼ばれて本部に来た修は、周りの視線からそれを察しているのか、頬に冷や汗を垂らしながら内心で溜息を零していた。

 

(どうしてこうなった……)

 

 確かに修は風間と引き分けた……その前に24敗しているが。

 どういうわけか、その事実が捻じ曲がって他の隊員の間で噂されているようだ。

 加えて秀一と同期であることが知られ、今までは牙を隠していただとか、実は秀一のライバルだとか、根も葉も無い噂が独り歩きしている。

 

「あの最上秀一と同期か……」

「でもそれだったら、なんで今のいままで注目されなかったんだ?」

「あれじゃないか? ほら、能ある鷹は爪を隠す。本当は自分の実力を隠していたけど、それが風間さんに見抜かれて、みたいな?」

「それ本当なら、あのメガネが最上秀一とライバルっていうのも本当かもな」

「あっ、そう言えばあのメガネの人と最上秀一が訓練生時代にランク戦したのを見た子がいるらしいよ?」

「マジかよ。こりゃあいよいよあの噂の真実味が濃厚になって来たな……」

 

 と、修から少し離れた場所で話す隊員たち。彼らの修を見る目は秀一に対するものと同じで、会話を聞かれないように注意していることが伺える。

 もし修がこのことを知れば、勘弁してくれと頭を抱えるだろう。

 何が悲しくて遊真レベルの怪物と同レベルに見られないといけないのか。修にはあんな動きはとてもではないけどできない。それにあの時のランク戦は開始早々に首を飛ばされただけだ。丁度遊真がC級三バカ相手にしているように。

 しかし周りはそのことを知らず、修のことを『落ち着きのある実力者』とささやいている。

 そのせいで憩いの場であるにも関わらず、彼は全く落ち着くことができないでいた。周りの隊員から『凄い奴』とささやかれれば仕方のないのかもしれないが……。

 彼は、どうにかこの誤解を解きたいと思っているが、聞かれてもいないのに事実を叫ぶのも何か違う気がする。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」

 

 どうすれば勘違いが解けるのだろうと悩んでいた修に話しかける少年が居た。

 

「えっと……?」

「オレは緑川駿。A級草壁隊の攻撃手だよ」

「A級……!?」

「うん。よろしく」

 

 背格好から己よりも年下だと思っていた修だったが、まさか目の前の少年がA級隊員だとは知らず驚いた。

 緑川は、そんな修を見てボーダー隊員に対してあまり詳しくないことを悟る。

 しかしそれを顔に出さず、緑川は視線を修の肩――玉狛を示すエンブレムに向けていた。

 

「そのマークって玉狛の物だよね? 玉狛支部の人?」

「あ、ああ。元々本部所属だったんだけど、色々あって迅さんに誘われて――」

「――迅さん? ふーん……」

 

 緑川は、何気ない会話から聞きたいことを聞き出そうと考えていた。しかし、その前に彼にとって聞き捨てならない言葉が出て来た。

 それは、緑川の憧れの人である迅悠一。彼は迅に助けられてボーダーに入った過去を持ち、いつかあの人のようにと思い彼が開発したスコーピオンを愛用しているほどだ。

 常々迅の居る玉狛に入りたいと言っている緑川にとって、迅に直接誘われた修のことが羨ましく思った。

 

 さらに、目の前の男が最上のライバルという噂も気に入らなかった。

 彼を目指している緑川を差し置いて、ぽっと出の修が――。

 できるなら、自分が彼と肩を並べたかった。

 そう思いこうして修の元にやって来たのだが――それがいけなかった。

 

 彼の尊敬する二人と関わりのある目の前に嫉妬した緑川は、普段の彼ならしないことをしてしまう。

 

「今日って暇? 防衛任務は無い? もし良かったらオレと個人(ソロ)でランク戦しようよ」

 

 周りの人間に聞こえるようにそう言う緑川。

 戸惑う修をよそに、彼の頭にあるのはどうやって目の前の男に恥をかかせるかという愚考のみ。

 ざわざわとこちらに注目し出す視線を感じながら、緑川は笑みを浮かべた。

 

 

 

 一方その頃、自販機で飲み物を買っていた遊真は意外な人物と再会した。

 

「どうした? 今日は元気ないね――重くなる弾の人」

「ふん……」

 

 遊真の前に現れたのは三輪秀次だった。

 彼の目元には隈ができており、頬もいささか痩せこけている。ここ数日ろくな睡眠も食事もしていないことが伺えた。

 三輪は自分の足元に転がって来た遊真の小銭を拾うと彼に渡し、自販機からブラックコーヒーを買う。

 

「本部が認めた以上、お前を殺せば隊務規定違反だ」

「た、タイム……?」

「……ルール違反だということだ。近界民(ネイバー)は頭の出来が悪いらしいな」

「む……」

 

 近界から来た遊真にとって、こちらのことはまだ知らないことだらけだ。

 しかし周りに人が居る以上それを言うことはできない。三輪もそれが分かって言っているのだろう。彼の口元には笑みが浮かんでおり、遊真はそれにカチンと来た。

 そしてやられたらやり返すを信条にしている遊真は、三輪にとって特大の地雷を踏んだ。

 

「シュウイチは元気? 最近会って無いんだよね」

「……」

「うお、凄い目……」

 

 遊真としては軽く煽るつもりだったが、効果は有り過ぎたようだ。

 三輪の眼が凄まじく鋭くなり、視線だけでトリオン兵を殺せそうなほど殺気立っている。流石の遊真もこれには冷や汗を流す。

しかしそれだけだ。襲い掛かって来ても遊真とレプリカなら問題なく対処可能だ。

ゆえに、余裕を持って前々から気になっていたことを三輪に聞くことができる。

 

「なんで、シュウイチにおれが近界民(ネイバー)だってこと黙っているの?」

「貴様がそれを聞くのか……!」

「おれだから聞くんだよ」

 

 戯言を、と切って捨てるには遊真の眼は真っ直ぐとしていた。

 三輪はしばらく黙っていたが、大きく舌打ちをして、

 

「あいつには言っていない。その前にお前を殺すつもりだったからな」

 

 そう吐き捨てた。

 自分を殺すと宣った三輪に対して遊真は、あれ? と首を傾げた。

 

「でも、さっきおれを殺したらタイムキテイイハンっていうのになるんでしょ?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、これからはどうすんの? ――おれを殺すの? それともシュウイチには黙っておくの?」

「……」

 

 三輪は、答えなかった。否、答えることができなかった。

 何故なら――。

 

「迷っているんだね。おれのことを話すか、話さないか」

「……っ」

「……なんなら、おれから言おうか? おれが近界民(ネイバー)だって」

「!?」

 

 三輪は心臓を握り締められたような錯覚を覚える。思わず遊真を凝視し、そして彼の全てを見通す眼に……思わず唇を噛んだ。

 

「迅さんたちには止められているけど、何時かはバレることだし、こういうことは早めに言っておいた方が――」

「――やめろ!!」

 

 遊真の言葉を三輪は声を荒げて止めた。

 突然叫んだ三輪に驚いた周囲の人たちが彼らを見るが、そのことに気を割く余裕は彼にはなかった。

 彼の今の叫び声には、一体どのような感情が込められているのだろうか。

 焦燥。怒り。恨み、恐れ。

 さまざまな感情に押しつぶされそうになる三輪に、遊真はため息を吐いて一言呟いた。

 

「……そう言うならおれは何も言わないよ。

 でも、決断は早い方が良いよ……シュウイチのことを考えるならね」

 

 最後にそう言い、遊真はC級ランク戦室へと向かった。

 その場に残された三輪は、手に持った缶コーヒーが変形するほど握りしめていた。

 

 

 

「よぉ黒トリの白チビ」

「がんばっとるかね? ゆうま!」

「おっ? ヤリの人に陽太郎……?」

 

 道中、遊真は米屋と陽太郎にばったりと出くわした。

 しかし遊真から見れば、この二人の組み合わせは違和感しか感じない。何故なら、米屋は遊真を襲った本部の人間で、陽太郎は己と同じ玉狛の人間だ。

 そのことを聞いてみると、本部と玉狛は彼が思っていたよりも仲が悪いわけではないらしい。そして米屋は宇佐美と従兄弟であり、彼女から陽太郎の子守を頼まれたそうな。

 

「それはそうと、これからランク戦すんの? なんなら俺と戦らねえか?」

「え? 訓練生と正隊員って戦えるの? この前カザマ先輩はしてくれなかったけど」

「ポイントの変動しないフリーの模擬戦だったらC級B級A級関係無しにできるぜ! 風間さんはプライド高いからガチのランク戦じゃないとやらないんだろう」

 

 という訳で早速しよう! と遊真の背中を押す米屋。

 遊真はそれに対して、黒トリガー無しならどれくらいできるか確認するためにも、快く承諾し、ランク戦室へと足を進めた。そこで起きているちょっとした事件に気が付かずに……。

 

 

 

 

 初めの三戦はちょっとした違和感だった。

 しかし五戦目を終えてから、緑川はその違和感を明確に感じ取って、そして理解していた。

 

(動きは正直雑魚だ。レイガストもアステロイドも怖くない。

 フェイントにも良く引っかかるし、オレのスピードにも反応し切れていない。

 でも――)

 

 現在、六戦目。

 修の首を狙ったスコーピオンの一撃は、堅牢なレイガストのシールドモードで防がれる。

 こうして防がれるのは彼此六度目だ。そのことに緑川は苛立ちながらも認めた。

 

(このメガネは、首を狙った(・・・・・)攻撃のみ完全に防いでいる)

 

 修の動きはA級である緑川から見れば拙いの一言に限る。

 彼の小柄な体を活かした高速戦闘は、修を面白いように刈り取り、今までの試合に全て勝っている。しかし、緑川が首を狙えば、今までの動きが嘘のように変わり、レイガストで防がれる。

 例え片腕になろうと、足を斬られようと、後ろから奇襲をかけようと。

 ゆえに緑川はこれまでの試合で彼の首を跳ね飛ばすことができないでいた。

 

(くそっ)

 

 自分はA級で、相手はB級だ。

 その自負によって、緑川は修の首のみを狙い続ける。その結果、一つの試合の時間が伸びていき、修もレイガストで反撃をするようになって来ていた。

 しかし、修の剣術は緑川を捉えることができず、緑川のスコーピオンが彼の首に喰らい付こうと牙を伸ばす。

 

「っ!」

「……っち」

 

 しかし、レイガストで逸らされたスコーピオンは、修の頭部を斬り裂いて緑川に勝利を献上する。それでも緑川の表情は優れない。

 

 今の緑川の頭には、当初の目的など残っていない。

 彼の眼にあるのは、ただただ彼の首だけだった。

 

「勝てない……」

 

 一方、緊急脱出(ベイルアウト)した修は、緑川の動きに翻弄されていた。

 先日の風間とはまた違った相手に戸惑い、しかしたった一つ勝機を見出していた。

 緑川が修の首を狙うようになったことで、彼は風間の時よりも戦い易く感じていた。

 彼が首を狙い続ける限り、修は緑川に勝てるかもしれない。

 

(……あいつのおかげだな)

 

 七度目の浮遊感を感じつつ、修はあることを思い出していた。

 

 

 

 

 

「隊員のコピー? どういうこと修くん?」

 

 烏丸の指導の他に、修はモールモッドを相手に戦闘技術を磨いていた。

 以前の事件のことを思ってか、彼は一人でもトリオン兵を倒せるようにと、遊真の動きをイメージに日々研磨していた。その結果は出始めている。

 しかし、それとは別件で、修は戦いたい相手――いや、拭いたいイメージがあった。

 それは、最上秀一。C級に上がって初めてしたランク戦の相手で……個人的に超えたい大きく、硬い壁だ。

 修は、己の心情をぼかして宇佐美に言った。

 

「モールモッドみたいに、隊員の戦闘データを元に模擬戦ってできませんか? こう、ゲームでいうNPCみたいな……」

「あー、なるほど。そういうことね。ランク戦の記録とかがあれば、玉狛の技術で再現可能だよ!」

 

 宇佐美は、直接本人に頼めば良いと思っていたが、それを飲み込んだ。

 まずは彼の要望に応えることを考える。

 彼女はお茶請け用のどら焼きを一口食べると、修に聞く。

 

「で、相手は誰なの?」

「最上秀一です」

 

 ゴフッと彼女は咽た。

 

 

 

 

 

 七、八、九と修は緑川に負け続けていた。

 残るはあと一回のみで、トータル的には既に惨敗している修だが、彼の目には未だに闘志が残っていた。

 

(動きは読めていない。でも、段々僕の読みが通ってきている)

 

 彼は、柄にもなく熱くなっていた。

 風間との模擬戦の時にはまだ使えなかった一手。しかし、彼との戦いによって修は攻撃手の動きを無意識に感じ取っていった。

 加えて身近に優れた戦士が居たこと。たった一戦でトラウマを植え付けるほどの刃を持つ男との仮想訓練。

 そして、弱いからこそ……持たざる者だからこそ、修はまだまだ強くなれる。

 それを感じ取っていた修は――緑川に挑む!

 

『ランク戦十本勝負。最終ラウンド開始』

 

 アナウンスと共に緑川はスコーピオンを片手に修に斬りかかった。

 それを修はシールドモードのレイガストで的確に防ぐ。

 今の緑川は修の首だけを狙っている。狙いが分かっている以上、緑川よりも速く斬り結んでくる秀一(再現体)を相手にほぼ毎日訓練している修にとって――彼の剣は防げる剣だ。

 

(前回はアステロイドを撃とうとして、その前はスラスターで斬ろうとしてやられた)

 

 だからこそ、修は耐えなければならない。

 いかに隙を見つけようと、それはフェイントだ。

 喰い付くな、我慢しろ。

 そこはダメだ。次を待とう。

 攻めに入るな。ただ防げ。

 

 そしてその時は――来た!

 

「アステロイド!」

 

 斜めに構えたレイガストをスコーピオンが滑る。それを後押しするように修はアステロイドを放つ。

 しかし、緑川は素早く腕を引くことで隙を失くそうとし――一瞬視線を修から逸らした。

 たったその一瞬の間に、修は緑川の視界から消えた。

 

(――テレポーターか!)

 

 オプショントリガーの一つであるテレポーターは、視線の先に瞬間移動することができる機能を持つ。それゆえに狙撃手に移動先を読まれてしまうことがあるが、使いようによっては格上に喰らい付くことも可能だ。

 距離に応じてトリオンを消費することを考慮すると、修には不向きなトリガーに思える。

 しかし、そんな修でも相手の背後……それも至近距離に瞬間移動するのなら、トリオンの少ない彼でも可能だ。

 

「ブレードモード! スラスター、オン!」

 

 偶然見つけた秀一の弱点。その弱点を毎日突いていた彼の今の動きは――緑川が本気で焦るほどだった。

 緑川が振り向き、襲い掛かるレイガストを前に――。

 

 

 

 

「お? なんか人多いな」

 

 ブースにやって来た米屋たちは、人の多さに首を傾げていた。

 遊真もそれを感じていたようで、視線を動かし――パネルに書かれていた文字に目が行った。

 

(三雲……オサムか?)

 

 そこには三雲の文字と対戦相手の緑川の名前、そして複数の丸とバツ。

 丁度試合が終わったようで、ブースから修が息を吐きながら出て来た。

 

「そうそう上手く行かないか……」

 

 そう言って修は最後の一閃を思い出す。

 彼の一撃は緑川のトリオン体を斬り裂いた。しかし、それは彼の戦闘体を追い詰めるものではなく、片腕を斬り飛ばすだけに留まった。

 あの時、緑川はオプショントリガーのグラスホッパーを使って後ろに跳び、レイガストを振り抜いた状態の修の心臓を貫いた。

 

「……なあ、どう思う?」

「どう思うって……」

 

 10対0。

 結果を見れば修の完敗だが、彼らのランク戦を見ていた観客たちは修を貶すことができなかった。

 

「年下とは言え、A級のあの緑川に喰らい付いていたしな……」

「B級上がり立てであんなことできるのなんて、一部の天才だけだろ……」

「ふっ、やはり俺の思った通りの男だ三雲修……奴は天才だ」

「おい、そいつ黙らせろ。昔最上の陰口言って緑川にボコられた奴だ」

「OK」

「やっぱあれかな。噂は本当っぽいな」

「だな。最上が目を付けるだけのことはある」

 

 試合を終えて己の反省点を考えていた修の耳に、彼らの声は聞こえなかった。しかし、遊真は修の置かれている状況を察し、そこから対戦相手のやりそうなことを予想する。

 

「こら! おさむ! 負けるとはなにごとだ!」

「ようたろう? それに空閑に、三輪隊の……」

 

 ようやく遊真たちの存在に気が付いた修。

 そんな彼に上から声を掛ける者が居た。

 

「メガネ先輩」

 

 修に声をかけた緑川は、修の前に飛び降りた。

 そして彼を真っ直ぐに見据えると――頭を下げた。

 

「つまんないことして、ごめんなさい」

「……え?」

「それと、ランク戦ありがとうございました」

 

 失礼します。

 それだけを言うと、緑川はその場を立ち去った。

 そんな彼の背中を見ていた修は、何故謝られたのか分からず頭上に疑問府を浮かべている。

 自分に対する悪意に鈍感な隊長に遊真は呆れて一言。

 

「オサム……鈍感過ぎ」

「え!? なんで!?」

 

 突如放たれた毒に修は動揺し、そんな彼らを見て米屋はカラカラと笑った。

 




勘違いは伝染する……!
これは修のカバー裏風を書かなくてはならないな(笑)

ちなみに、この後の緑川くん視点は大規模侵攻の時に書きます。

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