「此処に居たのか」
「……迅」
基地屋上にて、三輪は街並みを眺めながらあることを考えていた。
周りの環境が変化していき、そのことに怒り、戸惑い、焦りを感じていた彼はこうして思考に没頭することが多くなっていた。ゆえに、こうして迅に声を掛けられるまで気付くことができなかった。
後ろから菓子を食いながら近づく男を睨み付けるも、その鋭さも正直弱々しい。
それだけ、先ほど起きた遊真との問答が精神的に来ているということだろうか。
「……何の用だ」
「おっ、今日は『お前と話すことは無い』って追い返さないんだ」
「……」
「待て待て。話すから無言で立ち去ろうとしないで」
飄々とする迅の隣を通り過ぎ、そのままこの場を去ろうとした三輪を彼は慌てて止めた。
思っていたよりも秀一のことで悩んでいるようで、迅は嬉しいやら悲しいやらで苦笑してしまう。
そんな彼の態度が気に入らなかったのか、さっさと本題に入れと三輪は言った。
「今回の大規模侵攻でうちのメガネくんがピンチになるんだ。その時できたら助けてやって欲しい」
「メガネ……三雲のことか」
彼の頭に眼鏡を掛けた一人の少年が浮かび上がる。
今にして思えば、多少強引な手を使えば違った結果になったのかもしれない。
そう考えてしまうほど、彼の存在は三輪にとっては忌むべきものだった。
「断る。あの
俺にあいつを助ける義理は無い」
「それができないから、こうして頼んでいるんだけど……。
でも、今回ばかりはおれの言う通りにした方が良いぞ」
「……?」
怪訝な表情を浮かべる三輪に、迅は真面目な顔で――彼にとっての爆弾を落とした。
「お前がメガネくんを助けなかったら、秀一は確実に死ぬ」
「――」
でたらめを言うな――と怒鳴ることなど三輪には出来なかった。
何故なら、彼のサイドエフェクトはそれだけ強力だからだ。
何故なら、彼は秀一に関することでは絶対に嘘を言わないからだ。
何故なら――今、彼が浮かべている顔を見てしまっては、その言葉を否定することが出来ない。
「……っ」
動悸が激しくなり、三輪の脳裏にあの日の光景が流れる。
――姉さん! いやだ、死なないで!
それは、幼く、弱く、他人に縋ることしかできなかった過去の自分。
そんな自分が嫌で、憎くて、だからこそ彼は力を得た。
「……どういうことだ」
「……どうもこうも無いよ。ここ毎日あいつの未来を視ているけど、様々な過程を得て死んでいる。
人型
仲間を庇って殺されたり。
黒トリガーになってしまう未来なんて物もあった」
そんな未来が視えるようになったのは何時からだろうか。
初めは、可能性の低い未来だった。しかし、その最悪の未来は時と共に枝分かれし、一本一本が太く長く伸びていく。
それを止めるために、迅は彼に力を――風刃を与えた。
「風刃が無いあいつの死ぬ確率は90%
風刃が有るあいつの死ぬ確率は……今は70%ってところだ。
今太刀川さんたちと
聞けば聞くほど、絶望したくなる未来。
そして、それを正すためには――あの裏切り者を助けなくてはならない。
しかし、今こうして三輪が悩んでいるのも元を正せば玉狛の――。
考えれば考えるほど、混乱していく自分に、三輪は知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。
「――俺は、上から与えられた仕事をこなすだけだ。城戸司令にでも頼むんだな」
「……そうするよ」
かろうじてそれだけを言うと、三輪はその場を立ち去った。
「――これは、やばいな」
そして、そんな三輪の背中を見ながら迅は呟く。
「選んだのはおれだけど――本当、後悔しそうだよ、最上さん」
瞳に映った未来――秀一と共に戦う三輪の姿にため息を零しながら、彼は亡き師に向かって弱音を吐いた。
◆
最上秀一がS級隊員に昇格した情報は、C級を含めた多くの隊員に知らされた。
それを知った者たちはそれぞれ、嫉妬、驚き、後悔とさまざまだ。
――諏訪隊の場合。
「ざっけんな! 俺たちの勧誘蹴ってS級たァどういうことだァ!?」
以前から彼を己のチームに勧誘していた諏訪など、荒れに荒れていた。
オペレーターは可愛いぞ。麻雀できるぜ。今度飯を奢る。
等々さまざまな方法で彼に執着していた彼は、S級となった秀一に不満を抱き――。
「でも諏訪さん。彼にも事情があるはずでは……」
「そうだけどよ……あー、しゃあねえ! 今度昇格祝いに何か奢ってやるか!」
それと同時に自分たちを飛び越えて行ったことに喜びも感じていた。
あの模擬戦以来、一方的にではあるが交流を深めていた諏訪隊は最上秀一のことを弟のように可愛がっていた。元々さっぱりとした性格で面度見の良い諏訪は、孤立している彼のことを放っておくことなどできず、何かと気にかけていた。
本人はそのことに気が付いていないが。
「でも、大丈夫ですかね」
「あん? 何がだ日佐人」
「いや、S級ってチーム組めないから、余計に孤立しそうで……」
「……あー」
もしかしたら彼らだけかもしれない。彼のぼっち化が加速していることを認識しているのは。
――荒船隊の場合。
「そうか……残念だ」
荒船隊もまた、彼のS級昇格に不満を抱いていた。
というよりも、彼を自分たちの隊に入れることができなかったことに比重が乗っているが。
「でも、他の隊に取られるよりはダルくないっすけど」
「しかし、あれだけの力があれば納得だな。S級になるのも」
彼らは諏訪隊のようにぐいぐいと行く事はしなかった。
本人の意志を尊重することを決め、入ってくれたらラッキー程度の認識だ。
「本人が決めたことだ。外野の俺たちが騒ぐ必要も無い」
冷たいように感じるかもしれないが、それもまた彼のことを考えてのこと。
今まで一人で居たのには何か理由がある。それを捻じ曲げることはしたくない。
などと、金欲しさに入ったアホのぼっちのことを考えつつ、頭に浮かぶのは自分たちと諏訪隊以外の隊の反応だ。
諏訪隊や荒船隊以外にも、彼を欲していた隊は他に居たのだ。
――鈴鳴第一の場合。
「そっか。それじゃあ……」
「はい。最上は俺たちの誘いには乗らなかったってことです」
鈴鳴支部に所属の来馬辰也。村上鋼。彼らもまた最上を誘ったチームの一つだ。
太刀川たちに鍛えられてからの最上は、№4アタッカーである村上に匹敵する実力を持っており、度々行うランク戦では五分五分と言った所か。
加えてバイパー使いでもある彼の力は仲間にすれば頼もしく、敵にすれば厄介なことこの上ない。
「残念だなぁ……」
しかし、来馬が最上を誘ったのはそんな所ではない。
確かに村上並みの実力者という点は無視できないだろう。だが、それ以上に――彼を放っておけなかった。
一時期流れていたとある噂。
それは、最上秀一はサイドエフェクト頼りのズルい奴という心無い中傷。
本人は気にしていないのか、聞いていないのか、特にそのことに関する話はしていない。しかし、周りはそうでもなく、特にC級たちの間では根深く広まっていた。
サイドエフェクトが無かったら負けない。
サイドエフェクトのおかげだ。
卑怯者。
真面目に努力している奴に恥ずかしくないのか。
言っている本人たちも、本当は分かっているのだろう。
それがただの僻みだということに。
それでも、入隊試験で注目を浴び、短期間で正隊員となり、A級たちから一目置かれて、特殊な訓練を受けている彼に嫉妬せずにはいられなかった。
誰もが思うだろう。彼のようになりたいと。
だが、それと似た経験を持つ後輩を持った来馬は――彼のことを放っておけなかった。
「カゲ曰く、徐々に収まっているけど、まだ他人に対して何処か怯えているようです」
「そっか、影浦くんにお礼を言わないと」
「そうしてください。あいつも喜びます」
できるなら、自分たちの所に来てほしかった。
そして共に証明したかった。
彼の力は虚像ではない。
彼の努力はマヤカシではない。
たくさんの人を守ることができる、素晴らしい力なのだと。
――玉狛の場合。
「はあ!? 迅が風刃を本部に? どういうことよそれ!」
激情のままに声を上げるのは、玉狛第一所属である少女、小南桐絵だ。
彼女はチームメイトの烏丸京介から聞かされたその話が信じられず、目の前の男に聞き返していた。
彼女は迅よりも前にボーダーに入った古参で、当然迅と最上宗一の関係性や過去に起きた事件を知っている。ゆえに、迅が本部に風刃を渡したことが信じられなかった。
いつもの烏丸の嘘だと断じるには、この話は重い。
そう感じ取って、また迅の考えを推測した彼女たちの隊長である木崎レイジは、自主訓練中の玉狛第二のメンバーを思い出しつつ言った。
「迅にとって、それが最良の未来だったってことだろう。外野のオレ達があーだこーだ言っても仕方ない」
「それはそうだけど……」
納得行かない顔をしていた小南だったが、他の二人が何も言わないことを確認するとため息と共にこれ以上の愚痴を零すことを止めた。
「で、風刃は誰が使うの? 准? 鋼さん?」
「いや、どうやらB級の最上秀一という隊員だそうで――」
「最上!?」
「……そうか、あいつか」
烏丸の放った言葉に小南は驚き、レイジは何処か納得した表情を浮かべる。
レイジの反応が気になったのか、二人は彼に視線を向ける。
一人は件の隊員の存在を、一人は最上と言う名に。
「レイジさん知っているの!?」
「そいつ、何者なんですか? やたら迅さんや上層部が気にかけているそうですが……」
「というか、最上ってもしかして……」
「ああ、そうだ。最上秀一は、迅のかつての師である最上宗一の息子だ」
そこで烏丸は思い出した。風刃が誰の命を使って作られたのかを。
それと同時に、運命とは奇妙なものだと感じた。己の父の黒トリガーが巡り巡って自分の元に辿り着き、そしてその力を使って父の仇を討つ――。
物語としては王道だが、こうして現実に起きると……今の最上秀一の心境が気になる。
「というか! 私最上さんの息子がボーダーに入っていること自体知らなかったんだけど!」
「ボスの判断で、今まで黙っていたんだ。最上は
「ぐ……それは、確かに……」
加えて、目の前の少女が知っていれば面倒なことになっていたようにも思える。
彼女の性格を良く知る烏丸はそう思い、だから自分も件の隊員と顔を合わせることができなかったわけだ。
「で、そいつ強いの?」
「迅曰く、才能もあるし強力なサイドエフェクト持ちらしい。
加えて太刀川隊と風間隊を相手にほぼ毎日訓練していたとか」
少なくともアタッカーランキングでトップ10は確実だとか。
それを聞いた小南は一度戦ってみたいと零すも、レイジが全力で止めるのを見て、こっち関係の嘘は吐かないようにしようと決めた烏丸だった。
――太刀川隊の場合。
「なんか、あいつどんどん強くなっていませんか?」
風間隊と模擬戦を繰り広げている秀一を見ながら、出水は手に持ったジュースでそっと一息。
風刃を持った彼の実力は予想以上に厄介で、気が付いたら首を跳ね飛ばされることが多くなった。隣で餅を食っている太刀川ですら、徐々に戦績が逆転し始める始末。本人はそのことに喜びを感じているようだが……完全にターゲットにされた秀一に出水は合掌した。
黒トリガー持ちはやっぱり半端ないとため息を吐いて、思わず零した。
「S級とか勿体ないなー。唯我と交換してえよ」
「酷くないですか先輩!?」
一人は寂しいとか、自分もチームだとか言って無理矢理着いて来た唯我は、出水の辛辣な言葉に涙する。しかし彼の先輩は結構本気で言っているようで、何とか捨てられないようにとご機嫌取りに勤しむ。具体的に言うと食べ物を持って来たりとか、飲み物を用意したりとか。
そんな情けない後輩を見つつ、相変わらずプライドが無いなーとかなり酷いことを考える。
「でも、あいつがこの隊に入ると大変ですよ」
「お前がこの隊とか言うな、戦力外隊員」
「酷い! でも、よく考えてくださいよ。あいつはサイドエフェクトに頼り切りで、不意打ちとか狙撃とか」
「いや、それも分かんねえぞ」
秀一の弱点を理由に何とか自分の地位を守ろうとする唯我の言葉は、彼らの隊長である太刀川によって斬り捨てられた。
太刀川は今まさにカメレオンによる不意打ちを仕掛けられた秀一を指差す。
いつもならここで秀一がやられるのだが、素早い動きで振り返ると手に持った風刃で菊地原の腕を斬り飛ばし、そのまま一刀両断した。
「どういうわけか、勘も動きもいつにも増して素早くなってやがる。
これが黒トリガーの恩恵なのか、あいつ自身がレベルアップしたのかは知らんが――俺たちもウカウカしていられないぞ」
そう言うと、太刀川は最後の餅を口に含んで飲み込んだ。
次はあいつを喰らうと言わんばかりに弧月を手に持って、風間を斬り捨てた秀一へと斬りかかった。
それを苦笑して見ていた出水は、ポンっと唯我の肩に手を置くと。
「除隊した時は、新しいチーム探し手伝うよ」
「本当に酷くないですか出水先輩!?」
◆
このように、周囲の人々が己に向ける視線に気づかぬまま、彼は風刃を振るい続けた。
その成長スピードは凄まじく、まるで初めからそうであるべきかのように、彼と風刃の相性は良かった。
訪れる未来を知らず、彼は風刃を手に今日も太刀川たちと斬り結ぶ。
それが彼にとって吉と出るか凶と出るか。
そのことを知る者は、今この場には誰も居なかった……。
以前から要望のあった周りから見た秀一の評価を、ストーリーにからめて書きました
それでも少し分かり辛いので、いつか番外編でインタビュー形式か何かで書こうと思います
次回から大規模侵攻編に入るます