第1話
「え? 受かるとは思わなかった!?」
ボーダー人事部の水沼誠二は面接にやって来た一人の少年に酷く驚いていた。
彼の目の前の少年はこの部屋に来て早々「なんで受かったんですか?」と聞いて来たのだ。加えて全くの無表情で言うのだから、恐ろしい。
詳しく聞くと、実力試験も筆記試験も平均を下回っていると感じていたとのこと。
それを聞いた水沼は納得したように頷くと彼に教えた。
「この試験で重要なのは一言で言えばトリガーを使う『才能』だ。この才能を君は持っているということ」
しかし彼はそれを聞いてもいささか納得していないようであった。
これに困ったのは水沼だ。見る限り目の前の少年はボーダーに対する興味が薄いように思える。それこそ何故この試験を受けたのかと疑問に思うほどに。
それならば、彼の意志を汲み取って合格を取り消したら良い――普通なら。
「……正直、君の才能はここ最近では滅多にお目にかかれない代物だ。それに、その才能は君を助けるだけではなく、場合によっては君に牙をむくことも……。
自分のためにも、そして大切な人のためにも、君は防衛隊員になった方が良いのかもしれない」
その言葉に彼はいくらか考え込むように視線を膝へと向ける。
しばらくすると、彼は目の前の男の提案に乗ったのであった。
その後、彼は仮入隊を経て正式入隊日を迎えた。
周りには彼と同じように白の訓練生用の制服を着た少年少女たちが居た。
今日と言う日を待ち望んでいたのか、彼らの顔にあるのは喜びと興奮。
対して彼の表情には感情が浮かび上がっていなかった。元々感情を表に出すのが苦手な上に、成行きでここまで来てしまった彼にとって、喜びだとか嬉しいとかそういう気持ちは一切ないと言える。
しばらくすると、時間が来たようでボーダー本部長の忍田真史が壇上に上がった。
彼は己の立場と名を言うと、彼含めた訓練生たちの入隊を歓迎する節を伝えた。
そして彼は言った。
三門市の、人類の未来は君たちにかかっている。そのためにも日々研鑽して欲しい。そして自分たちと共に戦う日を待っている――と。
これを聞いた訓練生たちは胸に熱いものが込み上がり、さらにモチベーションが上がった。
彼は夜更かししたせいで意識が半分飛んでいたが。
忍田本部長の熱い激励の後は、爽やかな隊長が率いる嵐山隊の出番だ。
これから行う入隊指導の前に訓練生たちはポジションごとに分かれることになっているらしい。
「改めて、攻撃手組と銃手組を担当する嵐山隊の嵐山准だ。
まずは、入隊おめでとう」
性格も容姿もイケメンな彼に男子からは尊敬が、女子から好意が注がれる。
三門市に引っ越してきたばかりの彼は、嵐山隊長の異常な人気に少し戸惑っている。無表情で。
嵐山隊長は、訓練生は防衛任務に就くことはできない。そのためにはB級隊員になる必要があり、そのための説明をこれからするようである。
「まずは右手の甲を見てくれ。
君たちが今起動させているトリガーホルダーには、各自が選んだ戦闘用のトリガーが入っている」
彼が見てみると、そこには「3800」と書かれていた。
嵐山隊長曰く、B級昇格になるためにはこの数字を「4000」まで上げる必要があるらしい。
あれ? もしかしてB級とやらになるのは簡単なのか? と思った彼だったが、周りの声を聞いてみるとほとんどの人が「1000」らしい。
それを知った彼は数字を隠してなるべく目立たないようにした。
余計なやっかみを受けたく無いからだ。
しかし何故自分だけこんなに数字が高いんだろう……?
その疑問は次の嵐山隊長の言葉で解消された。
「ほとんどの人間は1000ポイントからだが、仮入隊の間に高い素質を認められた者はポイントが上乗せされてスタートされる」
つまり、彼は即戦力として期待されているとのことらしい。
この説明を受けた彼の脳裏には、仮入隊で行った日々の出来事。
いやにでかい生物を斬る訓練。ゴキブリみたいな生物を斬る訓練。走り回って斬る訓練。
あれ? 斬ってばかりじゃね?
あまり思い出すことがなかった彼をよそに、どうやら目的地に着いたようだ。
「さあ、到着だ。まず最初の訓練は――対近界民戦闘訓練だ」
いきなりの戦闘訓練に周りの訓練生は騒めき立つ。中には近界民に襲われた経験があるのか、頬に汗を伝わせる者も居た。
これによって向いているか向いていないかが分かるらしい。意欲的には彼は向いていないだろう。
「制限時間は一人五分。早く倒すほど評価点は高くなる。自信のある者は高得点を狙ってくれ。では、説明は以上だ。はじめてくれ!」
その言葉と共に我先にと意欲的に向かう訓練生たち。その中には意外なことに彼の姿があった。
仮入隊の間に心境の変化でもあったのだろうか?
否、ただ彼はさっさと終わらせれば次の訓練まで休めると踏んだからだ。
仮想訓練室に入った彼は、早速己が選んだトリガー『スコーピオン』を起動させて――
すると彼の視界の色は無くなり、世界はモノクロへと変わる。
――0.1秒経過。
動きの遅くなった近界民に向かって彼は跳んだ。
――0.2秒経過。
そして、その勢いのまま、仮入隊の時のようにスコーピオンを振り抜いた。
――0.3秒経過。
『……0.3秒!?』
観測室から驚きの声が上がり、外に居る訓練生たち――否、入隊指導に当たっていた嵐山隊も呆然と彼を見ていた。
これで休める、と思っていた彼だったが周りの視線に気が付く。
何かしたのだろうか? そう思ったと同時に訓練生たちが一気に彼に押し掛けた。
「凄いなお前!」
「何者!?」
「全く動きが見えなかった……」
「たまに特集で見るA級の人たちみたいな動きだったよ」
ワイワイガヤガヤと騒ぐ彼らを見て、彼はようやく察した。
もしかして目立っている? と。
ふと他の訓練室を見るとまだ近界民を相手に悪戦苦闘している。
そんな中、彼は一秒切りを果たした。
これで目立たないはずがない。
「凄いな! こんな記録を見るのは初めてだ」
そしてそれは正隊員から見ても異常なようで、嵐山隊長が驚いた顔で彼に話しかけていた。何故か後ろの木虎隊員は彼を睨んでいたが、彼はそれどころではない。
楽をしようとしたら面倒な事態に陥った。だが自業自得である。
「どこかで近界民と戦ったことのあるような、そんな洗練された動きだったよ」
彼を褒める度に後ろの木虎の顔が凄いことになっている。
しかしそのことに気付く者は誰も居ない。何故なら、注目は彼が集めているからだ。それがさらに木虎の神経を逆撫でする。
自分のやったことの凄さを知らない彼は、恐る恐る聞いてみた。
そんなに自分の記録は凄いのか? と。
「ああ、それはもちろん! 今までの最高記録は四秒! それでも一分を切れば速い方だ」
それを早く言って欲しかった……! と彼は内心渋い顔をする。感情が顔に出ないからだ。
嵐山の言葉に従って周りを見ると、確かに二分前後の記録が多い。中には五分を超えて失格になっている者も居る。
なんでこうなったのだろう、と彼は考えるのを止めようかなとため息を吐きたくなった。
コミュ症の彼に、この状況は辛い。
「恐らく君ならすぐにB級……いや、A級に上がって来るだろう。それまで楽しみに待っているよ」
「すげえ……あの嵐山さんにあそこまで言われるなんて!」
「おれ、凄い時期に入隊しちゃったかも」
彼は思った。
この人は敵だ、と。
「じゃあ、これからの訓練頑張ってくれ――
その言葉に彼は――最上秀一はとりあえず頷いておいた。