勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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【大規模侵攻編】
第19話


空が、黒く染まった。

 

「――早いな」

 

 日常が非日常へと変わるその瞬間を、迅はその眼で見ていた。

 

 

 

「門の数37、38、39、40……!

 依然、増加中です!」

「任務中の部隊はオペレーターの指示に従って展開! 

 トリオン兵を全て撃滅せよ! 一匹たりとも警戒区域外に出すな!」

 

 沢村はモニターに映る門の数に臆することなく、忍田の指示の防衛任務中の元各部隊には情報の伝達、非番の隊員には緊急招集をかける。

 

「トリオン兵はいくつかの集団に分かれてそれぞれの方角の市街地に侵攻中!

 西・北西・東・南・南西の5方向です!」

 

 敵の戦力が分散したことに、忍田は内心舌打ちを打つ。

各個撃破をするには相手の数はあまりにも多い。従って、こちらの戦力も分ける必要がある。

敵の狙いや正確な戦力が分からない以上あまり取りたくない選択肢だが、それでもこのまま好き勝手暴れさせるつもりはない。

忍田はすぐに決断すると指示を出す。

 

「現場の部隊を二手に分けて東と南西に向かわせ、それぞれの敵に当たらせろ!」

「了解!」

「ち、ちょっと待ってください本部長! それでは他の三方向に被害が……!」

 

 根付は忍田の指示に異議を出す。

 このままでは彼の指示した方角以外の敵が警戒区域の外へと飛び出し、民間人に被害が及んでしまう。それを危惧しての言葉だったが……。

 

「そちらの方は問題ない」

「え?」

 

 根付の戸惑いの言葉と共に、北西と南のトリオン兵の反応が瞬く間に消失していく。

 それと同時に二つの特異的なトリオン反応が、本部のレーダーに映し出される。

 その二つの内の一つは――風刃。

 

「すでに三方向には――天羽、迅、そして最上が向かっている」

 

 

 

 

 不思議な感覚だ、と彼はトリオン兵を斬り裂きながら自分に戸惑っていた。

 

 迅や太刀川、風間隊との訓練の日々は彼にとってトラウマとなりつつあった。

 防衛任務の時は横で眺めていた頭のオカシイ剣が、己に向かって振るわれていたのだから仕方無い。それが無限に続くのだから尚更だ。

 今回の件の首謀者である迅に対して、理不尽だと怒りと不満を抱いていたほどに彼はここ最近のボーダー生活に疲れていた。

 

 しかし、今この時は、それらを忘れさせるほどに――彼に衝撃を与えた。

 

「――」

 

 ()()()()()()()()彼は、視界の隅に居るモールモッドをちらりと見て足元のアスファルトを斬り付る。そしてすぐさま自分は、愚かにも彼に向かって攻撃したバンダーに向かって駆け抜ける。

 彼に向かって放たれた光の帯の数は五本。しかし、それらの動きは彼からしたらとても遅く、当たる方が難しい。それだけ目の前のバンダーが欠陥品かと言えばそうではない。

 

 ならば何故? その答えは簡単だ。

 彼が何倍も速いからだ。

 

 彼のサイドエフェクトは体感速度操作。戦闘時には体感速度を速くすることで相手の動きを見切っていた彼だったが、その度に彼はいつもこう思っていた。

 

 すごく動きづらい、と。

 

 彼がどれだけ意識を速くしようと、肉体は世界に取り残されたままだった。

 弾道や剣筋は良く見えているのに、避けようと思ってもどうすることもできず、ゆっくりと鋭い痛みを受けていた。彼はそれが酷く煩わしく感じていた。

 一時間の戦闘を終えた時彼はその何倍もの時間を感じており、幼少期から無意識に使って慣れていなければ医師の予想通りに事が起きていただろう。

 

 しかし、それは昔の話だ。

 彼が太刀川達と訓練をするようになってからだろうか。モノクロの世界に時々色が戻り始めたのは。声が聞こえるようになったのは。……少しだけ、身体を動かすのを楽に感じるようになったのは。

 

 人がトリオン体を動かす感覚は、人が自分の体を動かす感覚が元となっている。

 ボーダーやトリオンのことを知らない民間人は、そのことを知らないので空を飛べたりとか勘違いしている者が居るが、常軌を逸した動きは本来できない。

 しかし、その延長上なら可能だ。

 例えるのなら、加古隊の黒江双葉。彼女はオプショントリガーの『韋駄天』を使うことで普通のトリオン体ではできない高速戦闘を可能にしている。それでも意識だけは追いつかないので、予め動きを設定しているようだが。

 

 話を戻そう。

 彼もまた例に漏れず、トリオン体を動かす時にイメージするのは生身の肉体の動きだ。それは今も変わっていない。

 だが、彼は今までサイドエフェクトを使い続けていた。動きづらいトリオン体を酷使して。

 その時の彼にとってトリオン体の動きは、イメージ通りには動いてくれていなかった。

 それに加え、彼は設定された動きをするトリオン兵だけではなく、常に考え、戦場で培った経験を元に動く強者(A級)を相手にしていた。そんな強者(A級)を相手に彼は気を抜くことなど出来るはずも無く、常に最高を目指して全力を出していた。

 

 もっと鋭く。もっと迅く。もっと強く。

 常に最強の剣士のイメージを斬り刻まれていた彼はやがて一つの壁を乗り越えた。

 

『は、速い! これが……!』

『そうだ。これが迅が視た未来の一つだ』

 

 彼のトリオン体は限界を超えて、彼のサイドエフェクトに追いついた。

 その結果、取り残されたのは世界のみ。

 しかし、意識と肉体のシンクロが100%になった結果、彼の知覚機能は正常に働き、過剰な集中という弱点は無くなっている!

 

 後に誰かがこの時の彼の状態をこう評した。

 

 疾風迅雷、と。

 

「――!」

 

 元々動きが遅く、砲撃後には大きな隙を作るバンダーは彼にとって大きな的でしかない。

 彼は猛スピードでバンダーの太い足を伝って登ると、弱点の目を斬り裂く。そしてすぐさま次の的に、そしてその次、そのまた次に、と続けて弱点を風刃で斬り裂く。

 スコーピオンよりも軽く、弧月よりも硬く鋭い風刃の切れ味は、バンダーの装甲など濡れた紙も同然。

あっさりと五体のバンダー……否、風刃の遠隔斬撃を入れてモールモッド四体を斬って捨てた彼は、次の標的に向かって駆ける。

このまま行けば五分とかからず南のトリオン兵は全滅するだろう。

 

 彼はそのまま南下していった。まるでラッドを掃除するかのように淡々と。

 

 

 

 

「こ、これほどとは……!」

「オプショントリガー無しであれだけの動きを可能にするか。相変わらず化け物染みている」

 

 根付と鬼怒田は呆れ半分戦慄半分に、南下する秀一に対して言葉を残した。

 特に根付の驚きは凄まじい。迅とA級トップチームが彼を育てていたと軽く聞いていたが、風刃があるとはいえ天羽と同じくらいの速さでトリオン兵を殲滅するとは思っていなかった。

 今はS級とはいえ、元B級。心の何処かでA級隊員たちよりも下に見ていたようだ。

 しかし、それも改める必要がある。

 彼の力は、確実にA級だ。

 

「問題は他の二方向だ。秀一がそちらにカバーに行く前に市街地に入られる可能性がある。

 鬼怒田開発室長」

「ああ、わかっとる。すでに冬島と組んで対策済みだわい。

 ほれ、そろそろ()()()ぞ」

 

 その言葉と共に(トラップ)が発動し、東と南西の先行していたトリオン兵が次々と破壊されていく。

 

「と言ってもトリオンは有限だ。早う隊員が着かんと基地のトリオンが空になるぞ」

「いや、充分だ。部隊が追いついた」

 

 基地から南西、東に向かっていた部隊がトリオン兵の大群に追いついたのか、後方から次々とトリオン兵の反応が消滅していく。

 

『諏訪隊現着した! これより近界民(ネイバー)を排除する!』

『鈴鳴第一現着! 戦闘を開始!』

『東隊現着。これより戦闘を開始』

 

 基地東部には諏訪隊が到着し、それを追うように風間隊、柿崎隊、荒船隊が。

 基地南西部には鈴鳴第一、東隊がトリオン兵と交戦。嵐山隊と茶野隊もポイントに向かいつつトリオン兵を一掃していた。

 

「また、基地北部では香取隊と三輪隊員がそれぞれ南下しつつトリオン兵を排除しています。他の非番の隊員も現場に急行中です」

「よし、合流を急がせろ。各隊連携して防衛に当たらせるんだ」

 

 初動を抑えた結果、流れはボーダー側に傾きつつある。

 この流れを維持したまま、一気に敵を叩こうと忍田は部隊の指揮を執り続けた。

 

 

 

 

「おいおいおい! どういうことだ!?」

 

 ブラックトリガーは戦況を一気に覆す力を持つ。ゆえに、その脅威は万国共通で、どのようなことが起きようともブラックトリガーが相手であれば驚愕よりも納得することが良くある。

 つまり、この男――アフトクラトルのエネドラの驚きの声には別の要因がある。

 

「なんでクロノスの鍵がブラックトリガー持ってんだ!? 何度も確認しただろ!?」

 

 エネドラの言葉に答える者は居ない。

 その場に居る全員がバドから送られてくる映像を前に口を閉じていた。視線の先に居る秀一を鋭い目で見ており、しかし表情からは何処か納得しているようにも見える。

 秀一はこちらへと視線を寄越すと、跳躍してバドを両断した。映像はすぐに別のバドの物へと切り替わるが……この作業も次第には無為と化すだろう。

 黒い角を生やした、この場で唯一の女性――ミラは隊長であるハイレインへと問いかける。

 

「どうします? 既に二体のラービットが破壊されていますが……」

 

 本人は気が付いていないが、今回アフトクラトルが用意したトリオン兵ラービットを彼は既に破壊している。偶然にも接近して斬り刻んだバンダーの中にラービットがおり、そのまままともな戦闘をすることなく機能を停止させたのだ。

 何ともマヌケだが、アフトクラトル側からすれば面倒な相手だ。少なくともバンダーの装甲を貫いてそのまま中のラービットを破壊できるトリガーを持っているということになる。

 加えて、送られてくる彼の動きとラービットの性能のデータを照合してシミュレーションすれば……彼にラービットを送ってもただゴミ箱に捨てるのと同じこと。

 それが分かっているのか、ミラは暗に自分たちが出るかどうか確認する。

 

「……そうだな」

 

 ハイレインはレーダーを見る。北西のトリオン兵はほとんど全滅し、南もそれに続く勢いで殲滅されて行っている。南西、西は未だ健在だが、ブラックトリガー二つが挟み込むようにして進行すれば瞬く間に蹴散らされる未来は見えている。

 そうなればラービットは仕事をする前にやられてしまう。

 

「まずは予定通りイルガ―を使って巣を叩く。そして各地に散らばっている戦闘員はラービットで抑える」

「クロノスの鍵は?」

「……予定より少し早いが」

 

 ハイレインはそこで部下であるヒュース、エネドラ、そして国宝『星の杖(オルガノン)』の使い手であるヴィザの三人を見据えて――言い放った。

 

「三人には、クロノスの鍵を確実に殺してもらう」

 

 死神の鎌が、ゆっくりと彼の首に触れた。

 




Q疾風迅雷状態の秀一の強さって今までとどう違うの?
A鋼レンの最盛期の大総統と年老いた大総統くらいの差?だと思う

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