「やれやれ……やっぱり未来って言うのは分からないものだ」
イルガーを撃墜させた迅には何処か余裕が無かった。
常に飄々としており、しかしそんな姿に何処か安心感を抱いていた修は、彼のその言葉に言いようの無い不安を覚える。
いや、不安はそれ以前から感じていた。
先ほどまで執拗に千佳を狙っていたハイレインが、突如明後日の方向――遊真たちの方を見て攻撃を止めて撤退した。それにどのような意味を持つのか修には分からないが……。
「レイジさん、今からすぐにあのイルガーを墜としてくんない?」
「――! 例の不測の事態が起きたのか?」
「いや、
「どうやらお前でも変えることができなかったようだな」
頷いた迅を見て、レイジは未だ上空に浮かび、各方向に飛んで行くイルガーを睨み付ける。目測で数は十二といったところだろうか。基地周辺から湧いて出たということは、先ほどのラービットを送り込んだラッドがまだ残っていたということになる。
レイジは、今回迅に必要と言われていたスナイパートリガー『アイビス』を展開する。
「分かった。玉狛第一はこちらに向かっているイルガーを全て墜とそう。だが、他のイルガーはどうする? 天羽の居る西側は別として、ほとんどの部隊は市街地に向かったトリオン兵の対応に追われていると聞いたが……」
「ああ、それなら大丈夫。――皆、来てくれているから」
――基地北部。
北上を続けるイルガーたち。彼らに課せられたのは戦えないたくさんの人間を道連れにすることだった。ゆえに、それができる最も人の多い場所に向かって進軍していたが――レーダーに大きなトリオン反応を確認する。
「グラスホッパー」
彼らもまたこの日のためにセットしていたのだろうか。オプショントリガー『グラスホッパー』を使い、生身の人間では本来届くはずの無いイルガーのいる上空に辿り着いた。
そして彼らはイルガーの背に降り立つと、すぐさま相手が発動させた防衛システムを破壊する。
「その手は木虎ちゃんから聞いているよー」
黒のスーツを着込んだ男――二宮隊銃手『犬飼澄晴』は、二宮隊攻撃手『辻新之助』が弧月で斬り開いた傷口に突撃銃を突っ込み、そのままアステロイドを掃射した。
内部を滅茶苦茶にされたイルガーは至る所からトリオンを吹き出させながら墜落していく。それを見送ることなく彼らは次の獲物を狩ろうとグラスホッパーを展開させて――チラリと三体目のイルガーを葬った自分たちの隊長を見る。
「うちの隊長、いやに張り切っているねー」
「ただ任務を遂行しているように見えますが……」
「いやいや。案外太刀川さんやシュウちゃんに対抗心燃やしているのかもしれないよ? イルガー真っ二つにしたって聞いた時露骨に舌打ちしていたし」
二宮隊隊長『二宮匡貴』。
彼は個人総合二位と太刀川慶に次ぐ実力者であり、A級隊員だった過去を持つ男だ。今はとある出来事で降格しB級一位の地位に居るが、その気になれば再びA級に戻るだけの力はある。
そんな彼だが、己よりも上の位置に居る太刀川に対してライバル意識を持っていることはボーダー内ではそこそこ有名だ。しかし犬飼は、太刀川とは別にとある隊員が標的にされていることを知っている。
その隊員の名は最上秀一。入隊時から何かと話題に尽きない男だ。
「『悪鬼の夏祭り』で二宮さん、シュウくんに結構ポイント取られていたからねー」
と言っても彼が勝ったのは最初の一戦だけで、その後の数戦は惨敗している。まあ、ポイント差によって起きる悲劇だが、二宮自身そのことについては特に悪感情を抱いていない。それどころかその実力を買って己の隊に誘ったほどだ。しかし断られてしまったが。
犬飼曰く、断られた時の二宮の顔がなかなか忘れられない。
「アステロイド+アステロイド――ギムレット」
己の部下にそんなことを言われていることなどつゆ知らず、二宮はイルガーよりも少し上からギムレットで的確にイルガーの急所を撃ち抜いていた。
イルガーの硬い装甲など知らんと言わんばかりに、その高いトリオン能力を贅沢に使った魔王の一撃は、相手からすればギロチンのようなものだ。
「犬飼、辻。こいつらをさっさと片付けて次に行くぞ。雑魚に時間を喰っていられん」
『犬飼、了解』
『辻、了解』
――基地南部。
「アイビスは俺の趣味じゃないんだけどなぁ……」
冬島隊狙撃手『当真勇』はアイビスで空に浮かぶデカい的を暇そうにしながら撃ち落としていた。それを隣で聞いた三輪隊狙撃手『奈良坂透』は彼の方をチラリと見るも、すぐにスコープを覗いてイルガーに向かって発砲する。自分が何を言ってものらりくらりと躱されると分かっているのだろう。そのことは先日のブラックトリガー争奪任務で経験している。
「くそ、嫌に数が多いな……」
「この先にいるアイツが目的なんだろう。三輪を先行させて正解だったな」
イルガーは、自分たちの下を通り過ぎる三輪に反応しなかった。
その行動に違和感を覚えるも、今は一刻も早く彼の元に援軍を送り、そして敵に援軍を送らないのが先だ。
「なんとしても此処で墜とすぞ」
「了解!」
――基地東部。
ラービットを相手に無双していた太刀川の目にも、門から出てきたイルガーの姿は確認できた。下から見ると無防備な腹が見え、しかし、彼はそれを見ても弧月を抜こうとせず、それどころか背を向けて風間たちが居る方へと走り出した。
――瞬間、東に向かっていた全てのイルガーが真っ二つにされる。
「いやに張り切っているじゃないですか――忍田本部長」
後方で墜落していく音を耳にしながら、彼は自分の隣に着地した男に向かって茶化すようにそう言った。
男――忍田は前を見ながら言葉少なく返した。
「迅の視た未来が変わった」
「――!」
「早急に敵を排除する必要がある――お前にも働いてもらうぞ、慶」
「……了解」
これから戦う人型
そんなことを考えながら、太刀川は笑みを浮かべて弧月を力強く握り締めた。
――基地南西部。
基地周辺から湧いて出たラービットは、秘密経路を通って裏を取った出水、米屋、緑川による奇襲を受けていた。
「硬ってぇな……トリオンの少ない俺にはキツい相手だぜ」
「もうバテたのか槍バカ?」
振り抜いた弧月が弾かれた米屋は、すぐさま後方に退いてラービットの拳を上手く避ける。そのままラービットは地面に亀裂を作り、ゴポリと拳を液状化させるも、出水のメテオラが降り注ぎ奇襲は失敗する。
それでもラービットは倒れず、背中の装甲がどれだけ厚いかを物語っている。しかし、どんな相手にも弱点はある。
「テレポーター」
テレポーターによってラービットの懐に入った緑川は、スコーピオンで腹を斬り裂いた。
それによってラービットは機能を停止させ、緑川は次の獲物へと意識を向ける。
「……それにしても、あいつここ最近強くなったなぁ」
「まあ、面白いライバルが二人もできたからな」
「なに? お前なんか知ってんの?」
出水の疑問の声を聞き、米屋は最近玉狛に入ったとある二人の隊員を思い浮かべる。
一人は自分たちの隊を退けた強者。
一人は風間と引き分けた曲者。
どちらも弟分である彼と浅からぬ縁がある――米屋が注目している少年たちだ。
そんな彼の意味深な発言に出水が反応するも、前線に出てラービットと斬り合っていた緑川の声でそれを遮られた。
「よねやん先輩もいずみん先輩もサボってないで手伝ってくださいよ!」
「あー、悪い悪い」
一言謝った出水は、ギムレットを作って解き放った。
確かに緑川の言うように、今はそんな雑談をしている暇は無い。
彼らは一刻も早くこのラービットを倒し、南へと向かわないといけないからだ。
――何故なら、珍しく焦った表情を浮かべた迅が直々にそう言ったのだから。
◆
「じゃあ、おれもそろそろ行くよ」
「……珍しく余裕が無いな。それだけ悪い未来が来るのか?」
来て早々南に向かおうとする迅に、レイジは思わずそう問いかけた。
彼から見ても今の迅はそれだけ余裕がなく、どのような未来が視えているのか気になった。
レイジの問いにしばらく迅は黙った後、今此処で言った方が未来が改善されると思ったのか口を開いた。
「……全体的に見て、これから訪れる未来は最善に限りなく近い未来だ。最悪の未来であるメガネくんの死や千佳ちゃんが攫われる未来は既に無くなっている」
「最善に限りなく近い……?」
「うん。このまま行けば民間人に死傷者は出ないし、ボーダー隊員が攫われる未来も来ない――でも」
迅は、今最も激戦区であろう基地南部を見る。
そこで戦う二人の少年は強い。しかし、それ以上に相手が悪すぎる。その上、まるで嫌がらせのように彼の元に災厄の種は集まりつつあった。
「――どれだけ探しても、あいつの死の未来が完全には拭い切れない」
「それって……最上のことですか? でも、あそこには空閑が!」
「うん。そのおかげで随分あいつも楽に戦えている。でも、決定的な何かが見つからないんだ」
修のおかげで彼の死の未来はかなり遠くなった。だが、それだけだ。
「というわけで、おれはもう行かせてもらうよ。こっちは頼んだぜレイジさん、メガネくん」
それだけを言うと、迅は基地南部に向かって走り出した。
◆
「……なるほど、やはり任務は失敗か」
『ええ。だから貴方の仕事はここで終わりよ。合流しなさい』
「そうは言ってもな。……こいつらに背中を見せた途端にやられそうなんだがな」
右腕を失くし、黒いマントもボロボロの状態でランバネインは目の前の相手を見据えてそう呟いた。
風間隊三人のカメレオンとスコーピオンによる高速奇襲戦法は、ランバネインにとても良く効いた。風間の慧眼によってランバネインの戦い方は比較的早く分析され、彼らは常に自分たちの
(飛行能力に制限があることがバレたのが痛いな……)
その際にやられたのが右腕で、歌川による死角からのアステロイドが彼を撃ち抜いた。
加えて――。
「――目くらましです」
ランバネインの放った弾は地面に当たり強い砂埃が起きる。
しかし風間隊は菊地原の強化聴覚による恩恵で、ランバネインのトリガーの起動音から先読みをし、確実に最善の手を取り続けていた。
三人とも回り込むように走り、ランバネインに狙いを定めないようにする。
「良い耳を持っているな」
それに連携も上手い。本来、攻撃主同士の連携はシビアで、場合によっては戦力ダウンすることが多い。それは彼の祖国であるアフトクラトルでも同じだ。
だからこそランバネインは彼らに苦戦していた。
彼が最も苦手とする距離で、彼らが最も得意とする距離で戦わされているのだから。
ランバネインから見て左に避けた風間が彼に斬りかかる。そして一瞬遅れて歌川と菊地原もスコーピオンで足を狙い、彼はそれをシールドで防ぐ。
さらに風間隊は連携攻撃をし、ランバネインは正確にシールドを展開し続ける。
(次の飛行可能まで後十秒……そこが勝負どころだ!)
ランバネインの手に光球が現れる。
それを見た風間隊は後方に退いて、次の瞬間ランバネインの地面が大きく爆発する。
「音でバレバレなんだよ」
菊地原がそう言うと共に、煙の中からランバネインが姿を現した。
残っていた足を捥がれ、その身を地に落とした状態で。
彼は不敵な笑みを浮かべながら、冷静に何が起きたのかを確認する。
(足元を撃った瞬間、見えたのは相手の弾丸だった)
そして、彼の撃った弾が地面に直撃する前に爆発は起きた。
(あの連携の間に仕掛けていたということか)
しかも、相手はランバネインの行動パターンを読んでいたことになる。
下手をしたら自分たちも巻き添えになる可能性があったにも関わらず。それだけの威力はあり、アフトクラトルが開発した防御性能が高いこの黒いマントが無ければトリオン供給器官ごと吹き飛ばされていただろう。
「やるなら今だね」
「ああ」
歌川と菊地原はスコーピオンを手に、ランバネインの首を斬り裂こうと襲い掛かる。
足をやられて動けないランバネインは、身体全体を覆うようにしてシールドを展開。このまま飛行能力が戻るまで耐え切る算段だ。
「ちっ。イモってないで出てきなよ」
(後五秒)
足を止めれば撃ち抜かれることが分かっている菊地原は、舌打ちをしながら退がり。
「メテオラ!」
(後四秒)
歌川はメテオラでシールドを破ろうとするも、その堅牢な盾の前に阻まれる。
「……何か企んでいるね」
(後三秒)
「……まだ隠し玉があるのか?」
(後二秒……!)
「――まあ、それも無駄だけど」
――後一秒。
ランバネインにとって長い一秒。その一秒を過ぎれば彼らの届かない距離から一斉に葬り去ることができる。そう確信していたランバネインだったが、その一秒は永遠に来なかった。
(――こいつは!)
上下逆さまになる視界のなか、彼は己の身に何が起きたのか理解した。
歌川のメテオラを防ぐためにシールドの厚さを正面に集中させた結果、背後のシールドは若干薄くなっていた。しかしそれでもスコーピオン一本程度なら防ぐことが可能な硬さだった。
しかし、彼を襲ったスコーピオンは――二本を繋げて威力を上げたスコーピオンであってスコーピオンではないもの。
「お前が、オレが背後にいることに気が付いていることに気が付いていた」
「……!」
風間はB級二位影浦隊『影浦雅人』が好んで使う『マンティス』を解除しつつそう言った。
足をやられ、動けない男が背後を全く見ないのは――あまりにも不自然過ぎた。
「大雑把に見えてお前は戦上手だ。オレたちのステータスを頭に入れ、的確に対処し、自分の有利な状況を作って正確に狩る――だが」
「……見事だ」
「最後の最後で油断したな――ボーダーを舐めるな」
その言葉を最後に、ランバネインの戦闘体は崩壊した。
スーツ姿でぴょんぴょんする二宮さん
ネイバー殺すマンの顔で南にダッシュする鬼ィちゃん。
個人的に今話のMVPはこの二人です。
次回、遊真&秀一VSヴィザ、ヒュース、エネドラ戦。決着です。