勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第26話

「――いつも言っているだろう。無暗に前に出れば恰好の的だと。何回聞けば覚えるんだ、このバカ」

 

 それは、彼らにとっての日常だった。

 まだトリガーを使いこなせていない彼は、その日も何も考えずトリオン兵に突っ込み、それを三輪隊の面々がフォローをする。

 その時の彼はスコーピオンしかまともに使えず、シールドやグラスホッパーの存在自体を知らないほどの素人だった。サイドエフェクトがあるとはいえ、鈍い体では意識との格差でどうしても隙が生じてしまう。

 しかしそのことを本人は気付かず、自覚させるために直接言えない三輪は歯がゆく思っていた。せめて基本の動きだけはできるように、反省するように防衛任務の後は三輪隊と一緒に焼肉を食べながら指摘をしていたのだが……。

 

「わりぃ秀次! 今日オレこの後予定があったんだわ」

「俺たちもスナイパーの合同訓練がある。すまないな」

 

 予定が合わず、三輪以外の面子はそのまま去ってしまった。

 ぽつりと取り残される男二人。

 彼は反省会無しか? と内心期待するも……。

 

「……仕方ないな。俺たちだけでもやるぞ」

 

 彼の望みは叶うことなく、泡と化した。

 せめてもの救いは三輪が奢ってくれることだろうか。

 彼らは行きつけの焼肉屋に行くと、いつも食べている品の二人前を頼んで向かい会って座った。しかし、双方自分から話すタイプではないため、痛い沈黙が続いた。

 彼は、なんで自分から虎の口の中に入ったのだろうと、ほいほい着いて来た己を恨んだ。

 だが、彼の無駄なポーカーフェイスによって、彼の内心に気付いていない三輪は一つ息を吐くと。

 

「……今日は反省会は無しだ。あいつらも居ないし、そこまで酷い動きも無かったしな」

 

 それを聞いた彼は呆然と三輪を見て、ギロリと睨み返される。

 

「……なんだ?」

 

 三輪の言葉に彼は何でもない、と返した。

 つまり、今回はただの食事ということになる。

 三輪の言葉で心をズタズタにされないことが確定し、彼は少しだけ肩の力を抜いた。

 反省会で適当なことを言えば、三輪の鋭い視線が彼を射抜くのだ。常に考えないといけないこの時間は彼にとってトップ10に入る苦手な分野だ。元々復習をしない性格だから余計に。

 

 しかし、再び沈黙が訪れる。ぼっちの彼にはとうてい耐え切れない空気だ。人と共に居るのも苦手なのに。

 彼はただひたすら熱される網をジッと見る作業をしつつ、早く肉来ないかなーと待ち続けた。

 

「……聞いたぞ」

 

 そんな彼に、三輪がまたもや話しかけた。

 

「先月、トリオン兵討伐数の記録を塗り替えたそうじゃないか」

 

 言われて、そういえばそんなことを事務の人に言われたと彼は思い出した。

 どこか引き気味に報告してきたのを覚えているが、特にボーナスとか出ていたわけではなかったので忘れていた。

 彼は、三輪の言葉を肯定し、それがどうかしたか聞く。

 

「……特に何か言いたかった訳では無い。少し前に耳にして、今ふと思い出しただけだ」

 

 そう言われた彼は曖昧に返した。

 ここで追及すればどうなるかは分かっているからだ。

 そして彼は再び視線を網に戻し――次に三輪の言った言葉を聞き逃した。

 

「――■■■■■」

 

 彼の言葉に重ねるように、店員の声が店内に響いた。

 

 

 

 

 ギリッ……! と音が鳴るほど歯を噛み締め、己の中にまだ残っている冷静な部分が、自分を抑えようとする。しかし、そんなものは無駄だと言わんばかりに、彼の心の奥底からマグマのように煮え滾った強い怒りが三輪を動かした。

 

「――うおおおおおおおお!!!」

 

 握り締めた弧月を手に、ハイレインとミラに向かって愚直にも突っ込んでいく。感情に身を任せた、戦場において最も取ってはいけない悪手。かつて彼にも耳にタコができるほど戒めていたことを、三輪はしていた。

 そんな彼を冷たい目で見下し、ハイレインは卵の冠(アレクトール)の弾を背後へと向かわせる。しかし、卵の冠(アレクトール)の向かった先には激昂している三輪の背中があった。何てことは無い。ミラの窓の影(スピラスキア)の大窓が、ハイレインの背後と三輪の背後が繋がっているだけのこと。そしてハイレインは、それを通して三輪をキューブ化させようとしている。ただそれだけのこと。しかしその効果は初見の者をほぼ確実に葬ることができる必殺のコンビネーション。現に、三輪は全く気が付いておらず、このまま行けば三輪がハイレインたちに斬りかかる前に、卵の冠(アレクトール)の弾丸が三輪をキューブ化させるだろう。

 

「――エスクード」

 

 しかし、それをさせないためにこの場に駆け付けた者が居た。

 その男は、突っ込もうとしていた三輪の前と後ろにエスクードを展開し、彼の特攻と敵の不意打ちを防いだ。

 足を止められた三輪と己の攻撃を止められたハイレインは、エスクードから伸びているトリオンの光を辿ってその男を視認した。

 

「迅……!」

 

 三輪が迅の名を怒りを含んだ声で言葉にするも、肝心の男はジッとハイレイン……いや、彼の手元にあるキューブ化した秀一を見ていた。

 

「援軍か……?」

「そのようです」

 

 迅を警戒しつつ、ミラはハイレインの言葉にそう返した。

 あの技を初見で防ぐ者は居ない、そう思っていた彼女は迅という男の得体の知れなさを感じ取っていた。ここで不用心にも撤退行動を取れば何をされるのか分からない……いつでも窓の影(スピラスキア)を展開できるようにしつつ、彼女は迅から目を放さなかった。

 

「どのツラ下げて此処に来た……迅!」

「……」

「貴様のせいで、秀一は……秀一は――!」

「――頭を冷やせ、冷静になるんだ」

 

 激昂している三輪の元に歩きながらも、迅はハイレインから視線を外さなかった。

 

「貴様がそれを言うのか!?」

「――あいつは、死んでいない。助けることができる」

「まだ言うのか!?」

 

 ガッと三輪は迅の襟元を掴み取った。

 それを隙だと断じたのか、ミラが窓の影(スピラスキア)にトリオンを送ろうとするが、それをハイレインが制した。無暗に動くのは危険だと。現に、迅は

 

「そうやっていつも『おれのサイドエフェクトがそう言っている』と宣い、既に起きた過去から目を背けるのか?!」

「……」

「そもそも、何故風刃を奴に授けた!? 傍から見れば、ブラックトリガーを得たあいつは無類の強さを得たように見える――だが、違う!

 緊急脱出(ベイルアウト)機能をできず、撤退が出来ない! いたずらに敵の目を集めて、過剰な戦力を引き付ける!

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 ――三人の近界民(ネイバー)が秀一の元に集ったと聞いた時、三輪は不安を覚えた。

 ――トリオン兵が次々と駆逐されている状況を聞いた時、三輪は違和感を覚えた。

 ――秀一の元に、空閑が援軍に向かったと聞いた時、三輪は全てを理解した。

 

 だからこそ、キューブ化されて捕らえられた秀一を見た三輪は――許せなかった。

 

「――それは、違うぞ。秀次」

 

 ――だが、次に放たれた迅の言葉は……三輪にとって予想外の物だった。

 いや、確かに彼の否定の言葉は予想外だったのだろう……しかし、放たれた彼の声が――あまりにも弱々しく、思わず振り返ってしまうほどで――()()を見た三輪は目を見開いた。

 

「違うんだ……秀次……」

「……迅……?」

 

 ――涙は流れていない。

 ――しかし、迅は泣いていた。

 ――顔をくしゃくしゃにして、胸の痛みを必死に耐えながら、それでも秀一を救うために、連れ出されないために、敵をジッと見据えていた。

 

「おれが見た未来は、確かに酷いものだった。秀一が殺される未来を何度も見た。

ブラックトリガー化する未来。緊急脱出(ベイルアウト)して、基地で殺される未来。

でも、あいつはおれの知らない未来を突き進んで、最高に近い未来を呼び寄せている――自分が捕まりながらも……!」

「……」

「おれがやったことは、全て裏目に出た。出来たことと言えば、風刃を――最上さんを返したくらいだ。

 たったそれだけなのに、あいつは……あいつは……!」

 

 あり得ない光景だった。あり得ない言葉だった。

 迅は後悔していた。最高の未来が来ているのに。

 迅は失敗していた。最悪の未来が遠ざかっていたのに。

 何が起きたのか分からなかった。しかし、いざ戦闘が起きると、それまで見えていた秀一以外の未来が変わり、秀一の未来は変わらないままだった。

 

 それを知った時、迅は彼を助けようと走っていた。

 

「あいつは、おれの予想外のことをしてくれた。だからこそ、助けたい。絶対に。

 だからどうか、手を貸してくれ――秀次!」

「――貴様の泣き言なんぞ、聞きたくも無い。だが――」

 

 チャキ、と弧月を握り、丁度足元にあった風刃を拾って迅に投げ渡すと、三輪は強く言い放った。

 

「お前が手を貸せ――迅!」

 

 風の刃が――再び戦場に舞い戻った。

 

 

 

 

(――なるほど、そういうことか)

 

 あることを確認するために黙って迅たちのやり取りを見ていたハイレインは、ミラに確認を取った。

 

「ミラ、ヴィザとランバネインは?」

「双方無事に遠征艇に帰還しています。いつでも撤退できますが――」

 

 ミラはそう言って、キューブ化したヒュースを足でコツンと蹴りどかした。

 抵抗する前に無力化した彼は、現在起きている状況を知る由もないだろう。

 そして彼女はすでにヒュースのことなど頭に無く、ハイレインが持っている秀一のことが気になっていた。ハイレインは確実に始末するために、このまま連れて帰るつもりのようだが……()()()彼を見た彼女にとって、それはアフトクラトルを危険にする愚かな行為にしか思えなかった。

 ゆえに、目の前の迅たちに返して、このまま帰ることを進言する。しかし、その提案をハイレインは聞き入れなかった。

 

「こいつは、餌だ」

「……餌、ですか?」

「ああ――優秀な駒を得るための、な」

 

 元々失敗することを前提にして、今回の任務に赴いたハイレイン。

 雛鳥を捕らえることができなかったが、彼はそれでも構わないと思っていた。

 代わりはいくらでも居るのだから。

 しかし、それでも何の成果も無しというのも味気ない。ゆえに――。

 

「――なるほど、そういうことですか」

「――ああ。三分で片付けるぞ」

 

 ――戦闘開始だ。

 

 

 

 

 ――おれたちが取り返せば、秀一の未来は拓き。

 ――おれたちが取り返せなかったら、秀一の未来は無い。

――おそらくこの戦いはすぐに終わる。いかにこちらの手が相手に通るかが未来の分岐点だ。

 

 事前にそう言われた三輪は、短期決戦で決めようと距離を詰める。

思惑は違うが、この戦いを速く終わらせようとしたハイレインもまた、卵の冠(アレクトール)を弾の出力を最大にする。

正面、左右のみならず、ミラの窓の影(スピラスキア)で迅たちの背後から大量の魚を模した弾丸が放たれた。

 

(こいつの弾は――)

 

三輪は卵の冠(アレクトール)の情報を既に得ている。東曰く、ハイレインの卵の冠(アレクトール)はトリオンをキューブ化させる力がある。そこに密度は関係なく、二部隊総出で張った広範囲のシールドがキューブにされたと聞いた。

そこで三輪は、シールドを細かく分割させ、大量に展開した。

 

 それを見たハイレインは内心で舌打ちをする。

 

「すでに卵の冠(アレクトール)の情報が漏れているのか……!」

 

 加えて、迅には未来視のサイドエフェクトがある。

 彼の目にかかればどのような攻撃が来るのか、手に取るように分かる。

 迅は、風刃の遠隔斬撃を用いて卵の冠(アレクトール)の弾を防いだ。そして空いた隙間に体を潜り込ませて卵の冠(アレクトール)の包囲網から脱出する。

 

「――ここ!」

 

さらに牽制としてハイレインに風刃を放つ。それを防ごうとしたハイレインは、ミツバチ状の弾丸を斬撃と己の体の間に潜り込ませ――三輪の放った鉛弾(レッドバレット)に撃ち抜かれた。

 

「――っ、重し!?」

 

 シールドトリガーに干渉しない三輪の鉛弾(レッドバレット)は、()()()()()()に効果を発揮する卵の冠(アレクトール)にも干渉しない。

 ここに来る途中、東からの推測を聞いていた三輪はそれを実行し――見事的中した。

 

 動きの鈍ったハイレインの手元……秀一を救うために、三輪は卵の冠(アレクトール)の弾丸を掻い潜って下から上へと弧月を振り抜いた。

 

「――っちィ!」

 

 しかし、空間から飛び出したミラの小窓が三輪の腕を貫く。あと一歩というところで三輪の弧月は止まり、ハイレインの卵の冠(アレクトール)が喰らい付く。

 そしてそのまま卵の冠(アレクトール)が三輪をキューブにしようと襲い掛かるも――。

 

『秀次、そのままツッコめ!』

「っ!」

 

 迅の風刃による遠隔斬撃が、その刃を犠牲にしつつも三輪を守った。

 三輪はアステロイドを放とうとトリガーをハイレインに向けるも――。

 

「隊長!」

 

 ミラの大窓が発動し、ハイレインの身を包み込む。

 アステロイドはハイレインを穿つことなく通り過ぎ、大窓で風穴を空けられることを防いだハイレインは……。

 

「――はい、予測確定」

 

 ――迅の風刃によって足を斬られてしまう。

 未来視で己の背後に転移することが分かっていた迅は、予め風刃による罠を仕込ませていたのだ。

しかし、迅は直接ハイレインを見ることなく、三輪の近くに居るミラに向かって風刃を振り抜き。

そして三輪は、己のすぐ傍に居るミラを無視し、バイパーをハイレインが通った大窓に向かって放った。

 

『――当たれ!』

 

 奇しくも、三輪と迅の言葉が重なり、その通りとなった。

 風刃の斬撃に反応できずミラは腕を斬られ、ハイレインは足を斬られたうえに腕を撃ち抜かれた。

 

「――迅!」

「――ああ!」

 

 空中に放り出された秀一のキューブを、掴もうと迅が振り返って手を伸ばす。

 それを見たミラとハイレインがそれぞれのブラックトリガーの力を、迅に向けて放つ。

 ミラは足を狙い、ハイレインは体全体を。

 ――それすらも、迅は未来視で見ていた。

 

「――トリガー、オフ!」

 

 迅は最後の一手を打った。

 換装体を解除したことによって、ミラの小窓が迅の足に突き刺さり、ハイレインの弾は迅に触れると同時に消滅した。

 ハイレインとミラは、迅の行った行動に驚きを隠せず動きを止めてしまった。

 ゆえに、迅が秀一をキャッチする様を見せつけられ――ミラの大窓を通った三輪が迅を抱えて距離を取るのを見逃してしまった。

 

 ――二人は、無事秀一を救うことに成功した。

 

 

 

「ぐっ……トリガー、起動(オン)

 

 足の痛みに耐えながら、迅は風刃とは別のノーマルトリガーを起動した。

 エスクードの使えるこちらの方が、ハイレインの攻撃を防げると判断したからだ。

 しかし生身に怪我を負ったせいか、彼の表情は苦痛に染まっている。

 三輪は、迅の前に立つと引き締めるように弧月を構えた。

 ハイレインとミラの目つきが明らかに変わったからだ。

 

「……換装体を解いたのは失敗だったな、玄界(ミデン)の兵士よ」

「へへ……秀一を助けるには、これが最も可能性が高かったからね」

「悪足掻きだわ。そんな足で逃げ切れると思っているの?」

 

 不敵な笑みを浮かべる迅に向かって、ミラは冷ややかな視線を送る。

 どうやら、ハイレインの腕を斬られ、秀一を奪還されたことが癇に障ったようだ。

 

「逃げる……? フザケタことを言うなよ近界民(ネイバー)

 

 しかしそれ以上に、三輪はミラの発言にイラついた。

 

「貴様たちは今此処で始末してやる……!」

「ふん……なら――」

「お前は此処で終わりだ――重しの男」

 

 そう言うと、ハイレインは再び卵の冠(アレクトール)の弾丸を大量に展開した。

 いくら対策をされようとも、そう何度も同じ手で防げる量ではない。

 戦略をひっくり返す。それがブラックトリガー。

 ミラと共に卵の冠(アレクトール)の包囲網が作られ、迅はエスクードを、三輪はシールドを展開し――。

 

「――アステロイド!」

「――アステロイド!」

 

 しかし、彼らのシールドトリガーに触れる前に、卵の冠(アレクトール)は突如上空から降り注いだ大量の弾丸によって阻まれた。

 

「これは……」

「……やっと来てくれたか――皆」

 

 戸惑う三輪を置いて、迅は安堵の息を漏らす。

 おそらく彼には見えていたのだろう――心強い味方が、この場に来ることを。

 

「――遅くなったな、迅!」

「嵐山隊!?」

 

 迅たちの援軍に駆け付けたのは、嵐山隊だった。

 それぞれ銃型トリガーを展開し、卵の冠(アレクトール)を押し返していくその様は頼もしいの一言。

 そして、援軍は彼らだけではない。

 

「――レーダーに反応あり。隊長、警戒を!」

「――!」

 

 ハイレインが卵の冠(アレクトール)の弾丸で身を隠すのと、三つの弾丸が襲い掛かったのは全く同時だった。

 

「うわ、外しちまったぜおい!」

「キューブにするブラックトリガー……!」

「……次は隙間を狙うか」

 

 当真、奈良坂、古寺のスナイパー組だ。それぞれ狙撃ポイントに到着した彼らは、スコープ越しに敵を見据えて次々と弾丸を撃っていく。

 嵐山隊の集中砲火に加えて、スナイパーの狙撃。ハイレインとミラはそれぞれブラックトリガーで防ぎつつ距離を取った。

 そして、迅は敵のその行動を見て笑みを深めた。

 

 ――この時、未来が確定した。

 

 

「――隊長、玄界(ミデン)の兵士が次々とこの戦場に向かっています」

 

 ミラの言うように、トリオン兵を殲滅した部隊――それも、A級の部隊が援軍に来ている。 

 出水、米屋、緑川の三人は間もなく到着。基地東部からは風間隊、太刀川、忍田本部長が。

 もし彼らが全員揃えば、いくらブラックトリガーであろうとただでは済まない。

 それを察したハイレインは――。

 

「……撤退だ。クロノスの鍵の破壊は――今回は諦めることにしよう」

「――了解。既に遠征艇の離脱の準備はできています」

 

 ミラが門を開き、二人はそこに入る。

 

「待て!」

「深追いはするな三輪! ――彼を助けることができただけでも、良いじゃないか」

「……くっ!」

 

 それを三輪が追おうとするも、深追いは禁物だと嵐山が止める。

 三輪は、嵐山の言葉に顔をしかめるも、秀一のことを言われては下手な行動はできない。

 仕方なく、トリガーを下ろした。

 

「――そこの男」

 

 立ち去る前に、ハイレインは迅を見た。

 

「せいぜい、ソレの扱いには気を付けろ――世界を壊したくなければな」

「――!?」

 

 どういう意味だ? 

ハイレインの言葉の真意を問おうとした迅だがその前に門は閉じ――空が晴れた。

 それと同時に、ハイレインを通して視た未来がぶつりと途切れ、敵が完全に撤退したことが分かった。

 

「……ふう」

「迅さん!?」

「あー、大丈夫大丈夫。疲れただけだから」

 

 バタリ、とその場に倒れた迅を緑川が心配した声で駆け寄るが、それを迅が大丈夫だと言う。

 気が抜けたのか、今までの疲労が一気に押し寄せてきた。

 そんな彼に本部から通信が入る。

 城戸司令だ。

 

『迅……』

「あ、城戸さん」

『彼は無事なのか?』

 

 彼、とは秀一のことだろう。聞かれた迅は一瞬顔を顰めるが、すぐに表情を改めると大丈夫だと言い放った。

 

「もう大丈夫。あいつが死ぬ未来は無事回避できたよ。あ、あと敵の増援はもう来ないから、東と南西に救護班を回して良いよ」

『そうか、分かった。……迅』

「ん?」

『これは、お前から見て何番目に良い未来だ?』

「二番目、だね。でも、他の人から見たら一番目なのかもしれない」

『……そうか。ご苦労。君もすぐに傷を治したまえ』

 

 それを最後に通信が途切れる。

 己の足のことがバレていたことに迅は苦笑いを浮かべ、よっと軽く声を出して立ち上がろうとし、しかしバランスを崩して倒れそうになる。

 それを緑川が慌てて受け止めようとするが、それよりも早く受け止めた者が居た。

 

「秀次……」

「……貴様には、まだ言いたいことが山ほどある。これからたっぷりと聞いてもらうから覚悟しろ」

「はは……お手柔らかに頼むよ」

 

 ――迅は、笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 民間人――死者0名。重傷12名。軽傷32名。

 ボーダー――死者0名。軽傷1名。意識不明1名。

 近界民(ネイバー)――捕虜2名。

 

 対近界民(ネイバー)大規模侵攻。

 三門市防衛戦――終結。

 


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