珍しく、三輪は一人食堂に居た。
コップに注がれたオレンジジュースをストローで混ぜながら、物思いに耽る。
――最近、妙に秀一が余所余所しい。
防衛任務を終え、今日は焼肉でも奢ろうかと考えた三輪はいつものように彼を誘った。
ここ最近の秀一は三輪から見ても頑張っている。
A級隊員たちとの訓練のおかげか、共に戦っていると彼の成長が良く分かる。
相変わらず過剰な防衛任務と連携の拙さは目立っているが、許容範囲内までには落ち着いてきている。
ただ、三輪の性格上面と向かって褒めることができないため、こうして不器用ながらも形にしょうとしていた。
しかし――。
「……」
――結構です。
彼は冷たく、短く簡潔にそう言い放つと一人先に本部へと帰っていく。
それが9月26日からずっと続いている。
正直三輪は心が折れそうだった。
突然自分に対する態度を変化させた彼に、当初は強く出て聞き出そうとしていた。しかしその度に彼は三輪を冷たく突き放し、次第に苛立ちを覚え、理由を考え――。
(――心当たりしかない!!)
サッと自分の顔が青くなるのを自覚する三輪。よくよく考えなくても、理由など決まっている。常日頃から繰り返している彼の言動が原因だ。
何処のツンデレヒロインの如く好意を裏返しにして罵倒する男を、快く思う人間が居るだろうか。これが異性なら漫画のようにちょっとしたスパイスとなるが、同性の三輪ではただの劇物でしかない。
以前スラリとした足の長い女性が好みだと言っていたことから、彼は普通に異性が好きである。つまり三輪が嫌われる……畏れられる可能性は十分高い。というか最近の彼を見ていれば分かる。分かったからこそ三輪は酷く後悔し、まるで体中に鉛弾を受けたかのような錯覚を覚える。
しかし三輪自身も正直どうかと思っていたのだ。彼は玉狛の例のセクハラエリートのようにいけ好かない男ではなく、どちらかというと放って置けない大切な後輩だ。ぶっちゃけると弟のように思っている。だからこそ、三輪はなるべく厳しく接するようにしていた。戦いに身を置く以上、中途半端な甘えは彼に牙を剥き、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。だから別に彼のことを疎ましく思っていたわけではなく、逆に気にかけていたからこその言動だった。
しかし現実は非情である。以前米屋に「あんまし厳しすぎると反抗期起こすぞ?」と言われ、その時はお前があいつの母親かと呆れていた。しかし呆れて物も言えない状況に陥ったのは三輪の方であった。来ちゃったよ反抗期。反抗期の弟の対処法など三輪は知らないのだ。生前の姉なら何か知っていたのかもしれないが、今はもう居ない。そもそも自分は反抗期があっただろうか? あの優しい姉に反抗するなど考えられない。ああ、姉さん。俺はどうしたら良いんだ。
カラコロカラコロストローで氷をかき混ぜ続ける三輪。ショックで混乱状態に陥っている彼は、周囲の人間が遠巻きに自分を見ていることに気がつかない。まあ、瞳から光を消して何かブツブツ呟きながらジュース飲んでいる
しかし、此処に勇者が居た。
「……秀次?」
かつてのA級一位に三輪と共に所属していた男――二宮匡貴だ。
◆
「それはお前の教育が温かったんだろう」
勇者じゃなくて魔王だった。
「反抗する気概すら折ってやれば、お前もそこまで悩む必要なかったんじゃないか?」
「いや、それは流石に過激かと……」
「過激、か。俺はそうは思わないな」
と、憂いを帯びた表情を浮かべて言う二宮に、ハッと何かに気がつく三輪。
二宮は今でこそB級一位だが、それ以前は自分たちと同じA級隊員だった。しかし、とある事がきっかけで二宮隊はB級へと降格してしまった。
それは、彼の部下である鳩原未来が重大な隊務規定違反を犯したからだ。それによって二宮隊は連帯責任で降格処分されてしまい、鳩原はボーダーをクビになった。
そのような過去を持つ二宮からすれば、先ほどの言葉が出るのも仕方のないことなのかもしれない。隊務規定違反を犯す気が起きないほど支配していれば、と二宮は考えているのだろう。そうすれば二宮隊はあの頃のままで居られたはずだ……。
そこまで考えた三輪は二宮を優しい目で見つめ……。
「二宮さん……」
「おい、なんだその目は。不愉快だからやめろこのブラコン野郎」
何故か罵倒されてしまった。どうやら三輪はまだ回復しきっていないらしい。
(これは重症だな)
それを二宮も察したのか、深いため息を吐いて呆れた視線を目の前の少年に向ける。
(真実を教えてやればこいつも落ち着くんだろうが……)
それはあまりにも酷だと思った。
ならばどうするか。しかし二宮は自分がどうするべきか理解していた。
もう一度ため息を吐き、何故自分がこんなことを……とこの場には居ない彼女たちに悪態を吐く。
「……そもそも、俺自身よく分からん。今の俺の隊の奴らはそういうこととは無縁だからな。昔東隊に居た時は、俺もお前と同じ立場だったしな」
「……? 同じ立場とは?」
「俺も反抗する立場だったということだ」
「――え」
「おい、引くな」
ドン引きする三輪に対して、二宮は額に青筋が浮かび上がる。
かつての二宮は力が全てだと勘違いしていた。
ボーダー随一のトリオン量を持っていた彼は、その力で暴れ回っており、戦術や戦略を軽視していた。それを問題視した忍田本部長が当時
当然、二宮は反発した。自分には無意味なことだと。自分を使いたいなら、自分よりも強くないと納得できない。力を示せ。
そう東に言って、ランク戦を仕掛けた二宮は――惨敗した。
戦術や戦略を極めた東に翻弄された彼は、何もできずに敗北して――「戦略ってすげえ!」と己の隊の隊長に薫陶を受けた。
「だから、部下を仕付けるには東さんのように反抗心を根こそぎ奪ってやれば良いんだ」
それ、二宮さんの例が特殊すぎるんじゃ……。
比較的素直に東に従っていた三輪は、二宮から今の話を聞いてゲンナリとする。
これが場を和ますための冗談だったら良かったのだが、本人は真面目に言っているのだから質が悪い。コスプレを嫌って隊服をスーツにした結果一番コスプレっぽくなる程度には、目の前の男は天然だ。天然魔王だ。なんだ天然魔王って。
しかし結局三輪の求める答えは得られなかった。相談相手が三輪と似たような性格の二宮な時点で分かり切っていた結果だったかもしれないが。
――PPPPP。
ふと、二宮の持っている携帯に着信音が鳴り響く。
メールが届いたのか、二宮は画面を見てしかしすぐに顔をしかめる。
どうかしたのか、と疑問に思っていると二宮が立ち上がる。
「ともかく、行動を改めるなりなんなりすれば良い。それと、俺は用ができた」
「はい。相談ありがとうございます」
「ふん……秀次」
二宮は三輪の目を見て――凄く冷淡な声で言った。
「暴走はさせるな。それが上の者の義務だ」
それだけを言うと二宮はその場から去っていた。
彼の心中にあるのは、やはり止められなかった彼女のことだろうか。
それを知るのは二宮自身だけだ。
「……ん? 陽介?」
三輪の元に一通のメールが届いた。
◆
「お疲れ様、二宮君」
「……」
己の隊室に戻る道中、二宮は加古と出会った。
しかしそれは偶然ではなく、予め彼女が待ち構えていたことを意味する。
忌々し気に舌打ちをすると、加古を無視して通り過ぎようとする。加古はそんな彼の態度に微笑みを浮かべるだけで止めようとせず、しかし少しだけ感じていた疑問を口にする。
「でも意外ね。二宮君がこんなことに協力するなんて」
「……フン。気が向いた。それだけだ」
たったそれだけを言うと、二宮は去っていた。
遠ざかっていく彼の背中を見ながら、加古はクスリと笑うと。
「素直じゃないんだから」
◆
一体何の用なのだろうか。
突如米屋から呼び出された三輪は、自分の隊室に向かって歩いていた。
と言っても彼がこうして自分を呼びつける時は大抵碌なことはない。
例えば報告書の手伝いとか勉強の手伝いとか模擬戦の相手だとか……。
今日は気分が悪いから帰ってしまおうか。
一瞬そう考える三輪だったが、どうせなら米屋にも相談することにした。絶対にからかわれるのが目に見えているが、背に腹は代えられない。笑ったら顔に重石を付けてやればいい。
つらつらと考えていると、部屋の前に着いた。
三輪は自分のトリガーを出して認証版に掲げると、部屋の鍵が開く音がする。トリガーを仕舞った三輪はそのまま扉を開けて――。
『誕生日おめでとうーーー!!!』
大量のクラッカーが鳴り響き、三輪は目を白黒させた。
目の前にはこちらを向いて笑顔を浮かべる三輪隊の皆と、彼が居た。
何が起きたのか理解しようとする三輪の肩を組んで、米屋は彼を部屋に強引に居れて席に座らせる。
「これは、一体……」
「なに言ってんだよ、お前の誕生日会だろうが」
――あっと思わず声が出た。
今日は10月2日。三輪の誕生日である。
米屋に言われてようやく気付いた三輪に、奈良坂はやっぱりといった表情を浮かべる。どうやら三輪が忘れていることに気がついていたらしい。
「いやー、大変でしたよね。三輪先輩に気付かれないようにするの」
「そうね。気付かれないように準備するのはなかなかに苦労したわ」
「特にそこの二人には苦労させられた」
そう言われて視線を向けられる彼と米屋。
二人は頬に冷や汗を垂らして視線を明後日の方向へと向けた。
何故なら、彼らのせいでサプライズが失敗するところだったからだ。米屋はうっかり口にしそうになったり、ケーキの予約を間違えたりと問題を起こし、彼は彼で三輪の前で挙動不審になるものだから三輪に不信に思われる始末。生まれて初めて祖父以外の誕生日パーティに参加するからと言って緊張しすぎである。興奮ではなく緊張する辺りがぼっちらしい。
全てを理解した三輪は脱力して身を椅子に投げ出した。
彼に嫌われたと思っていたのは、自分の勘違いだったことに気が付いてホッとしたらしい。恐れられているのは残念ながら事実だが。
「……ふん、くだらんことを」
「あっ! 秀次それは無いだろう! 準備するの大変だったんだぞ!」
お前はそれ言っちゃダメだろう。
そう無言で抗議する苦労させられた三人。
彼は三輪の言葉を受けて、迷惑でしたか? と聞く。
「――いや、そんなことはない。皆、感謝する」
そう言って三輪は笑った。
姉を失って以来、姉の居ない日を数えるだけのものとなった己の誕生日だったが――今年は楽しむことができそうだ。
三輪の笑顔を見た米屋たちは驚きの表情を浮かべ……しかしすぐに同じように笑顔を浮かべると自分たちも席に着いて――三輪秀次の誕生日を祝った。
おまけ
Q 彼からの誕生日プレゼントは何でしたか?
A ……気持ちは嬉しかった。だが、やはりあいつは俺のことが嫌いじゃないのか……!? くそ、これも全部
彼が何を渡したのか。それを知るのは渡した彼と渡された三輪だけである……。
セ――――――フ!!!
三輪さん誕生日おめでとう!
この日、この話を投稿できなくては鬼ィちゃんを使うことは許されない。
そう思っての今回の執筆活動でした。
最初はエピソード・レッド・バレッドを投稿しようとしたんですが、PCの不具合でデータ破損、全部消える、一緒にやる気も消える、回復に夜までかかると言った感じで色々と大変でした。
どうか楽しんでいただけたら幸いです。