ワートリ再開を祝して!!
――これは、ちょっと未来のお話。
「まったく……普段から点検を怠るからこうなるんだ」
鬼怒田開発室長の小言に、彼は素直に「すみません」と謝る。
いつものようにトリオン兵を狩り尽くしていた彼だったが、防衛終わりに突如トリガーが不具合を起こしてしまいこうして開発室に赴いた。
トリガーは未知なテクノロジーが使われて、地球に存在する科学の何歩先も行った技術を持つ代物。とはいえ、定期的なメンテナンスは必要だ。
それを怠った結果、彼は頭の先から黒い煙を吐き出し、チームメイトであるちょっと戦えるようになったボンボンお坊ちゃまには「ついにバグったか秀一くん!?」と心配された。
貶された、とは思っていない。……思っていない。
「ったく……とにかく。とりあえず、貴様のトリガーは直しておく。それまで、このトリガーを使っていろ」
呆れた様子でそう呟いた鬼努田は、彼が普段防衛任務で使っているトリガーとは別の物を渡してきた。
ただ、それを受け取った彼は酷く困惑した。
何故なら、彼が今手に持っているのは――C級隊員用のトリガー。
掌に乗ったトリガーを呆然と見ながら、視線を鬼努田に移す。その視線には、若干抗議の色が含まれており……そこそこ長い付き合いのある鬼努田はそれに気づくと、フン! っと鼻を鳴らして言った。
「限りある正隊員用のトリガーを渡す訳に行くか! これに懲りたら、定期的にメンテナンスをしろ!」
どうやら、罰も含めての行動だったらしい。
理由を述べられた彼は、早々に諦めてトリガーを起動させる。
すると、最上隊の隊服は展開されず、かつて愛用していた黒い訓練服が展開された。
髪型も当時のデータが呼び起こされたのか、前髪が下ろされている。
唯我に見つかったらまた何か言われるな、と思いつつ髪先を弄る彼に鬼努田は言った。
「今日中には直してやるが――それまで大人しくしていろよ! 問題起こすなよ!
間違っても、人型近界民とガチバトルしたりするなよ!?」
フリじゃないからな! と叫ぶ鬼努田に頭を下げながら、彼は開発室を後にした。
しばらくラウンジで時間を潰そう、と。
◆
先日、とある一人の少年がボーダーに入隊した。
仮入隊を果たし、訓練でも好記録を残す少年の名は――仮に佐藤と名付けよう。佐藤は充実する日々を過ごしていた。
周りからの羨望の視線や、先輩方からの期待の眼差しは心地良いものだ。
普段から自己顕示欲の高い彼は、ボーダーに入って良かったと思える程に、訓練を楽しんでいた。
順調にポイントを稼いでいた彼は、あともう少しで正隊員になれる。その前に、ボーダーについて調べておこうと過去の戦闘記録を見たり、友人Cという同級生かつボーダーでは先輩から話を聞き、自分の目指すべき場所を知った。
特に、自分が使っている弧月の使い手や高い戦闘能力を持つ正隊員については調べ尽くした。中でも、特に気になるのはやはり、とある一人の男だろう。
その男を勝手にライバル視した彼は、段々と普段の格好や物言いが変化していき――助言をした後に、久しぶりに同級生と会った友人Cはこう言った。
「ヤクザに憧れて、形から入るにわかそのもの」
まさにその通りで。
室内でサングラスをかけ、白の訓練服を無理矢理に黒に変えた佐藤は――調子に乗っていた。
「だから言ったろ? 銃手も射手も近寄られたダメなの。その前に倒さないと」
「はい……はい……」
「じゃ、後は頑張ってね」
「はい、ありがとうございます……」
自分よりもポイントの低い者を捕まえ、無理矢理レクチャーし数時間拘束する。
経験浅い者は初めは感謝こそするものの、時間が経つに連れて辟易として最後にはそそくさと逃げていく。まさにありがた迷惑。
気づかぬは本人のみ。
良い事をしていると思っているだけに、質が悪い。
「ふー……今日も未来の仲間の力になれたぜ」
ちょっと甲田のナルシストも移っているのかもしれない。
佐藤の姿を見つけ、引き返すC級隊員も多いなか、彼はまたもや獲物を見つける。
「ん? あれは……」
視界に入った途端、すぐに気づいた。
何故なら、その訓練生は佐藤と同じように黒い服を着ていたからだ。
それを見て、佐藤は自分に憧れたのか――と思う程頭の中がお花畑ではない。
奴は違う――彼は、
佐藤はすぐに動き出した。ズンズンと歩き出し、そのC級隊員の元に向かうと……。
「オレは佐藤太郎! 良かったら、色々と教えてやろうか?」
そう素敵な笑顔で、彼――最上秀一に宣った。
いきなりそのような事を言われた秀一は、パチクリと目を瞬かせた。
◇
知人の隊員たちから、訓練服で居る事をからかわれ、ラウンジからランク戦室に逃げた秀一は、全く知らない人間に捕まってラウンジにUターンした。
幸い、先ほどからかって来た隊員たちは居ないものの、遠巻きからジロジロと見られている。しかし、見られ過ぎてその辺りの感覚が麻痺している秀一と、色々と鈍い佐藤という男は気づいていなかった。
「――つまり。お前みたいに点数の低い……1000ポイント代の奴らは、もっと上の奴らにガンガン挑めば良い。負けてもリスクは少ないし、戦うだけでもリターンはある」
だからだろう。訓練生が鼻を高くさせて、正隊員に講釈垂れるという奇妙な光景ができるのは。秀一は普段自分から物を言わないタイプで、今も「あの時そうすればなぁ……」と昔を思い出し、佐藤はそれを感銘を受けていると勘違いする。
佐藤によるB級への講義が行われた30分。ようやく終わりかと立ち上がろうとした秀一を、佐藤がさらに言葉を続ける事で、椅子に縛り付けた。
「そして、此処からが大事だが――正隊員になってから気をつけるべきこと……というよりも、気を付けるべき人について知っておいた方が良いな」
俺の情報網じゃあ、色々といるが……攻撃手のお前にはこの三人だ。
そう言って、彼は三本の指を立てた。
「まずは玉狛の白い悪魔こと――空閑遊真だ。
奴の身なりはちっこい中学生だが、その実力は折り紙付きだ。何せあの三雲修の右腕なんだからな。
何でも、入隊してすぐに攻撃手上位ランカーとバチバチやり合うだけの力を持っていたらしく、初めて挑んだランク戦では疾風怒濤の勢いで勝ち進んだらしい」
秀一は、懐かしいなぁと昔を思い出して遠い目をし……。
佐藤太郎に「ちゃんと聞け」と頭をポカリと軽く叩かれた。
それを見た取り巻き数人が逃げた。
「ったく……。
んで、その戦闘スタイルはスコーピオンとグラスホッパーを使った高速戦闘だ。
記録で見たが……ありゃあ別格だな。スタイルが違うっていうのもあるが。俺じゃあとてもじゃないが、真似できない。
攻撃手以外が近寄られると――すぐに死ぬぜ?」
攻撃手以外のポジションは、基本寄られたらやられる件について。
というか、攻撃手の勝ち筋は基本接近しなくてはならない件について。
少し気になった秀一だったが、彼はコミュ障だった。
故に、だんまりと目の前の男の話を聞いていた。
「で、次の人物だが……こいつもまた色々とぶっ飛んでいる。
名前はヒュース・プロドスィア。
チームメイトが悪く言われてムッとする秀一。
しかし、佐藤太郎に「良いから黙って聞け!」と肩を強く押されてしまい、椅子に座り直した。
それを見た取り巻き数人が悲鳴を上げた。
「人が折角忠告しているっていうのに……。
で、このヒュースって奴だが、こいつもまたさっきの空閑並みにヤバい。
急にB級になったかと思えば、元Å級の銃手をボコボコにして、しかも舎弟にしたらしい。
とにかくこいつはトリオン操作が上手くてな、
でも、だからこそ最上隊を今の地位までに引き上げたんだって、俺は思うね。
ただ、自尊心が強いらしくてな。度々部隊の奴らと衝突しているらしい」
※秀一と唯我のセンスに物申しているだけである。(本人たちに自覚無し)
「そして、最後に最も気を付けるべき男の名は――最上秀一!!」
「――!!」
意義あり! と秀一は立ち上がって抗議した。
しかしこれを佐藤。却下と張り手で返す。
バチーンッ! と乾いた音が響き、取り巻きたちはトリオン体なのを良い事に、自分の指で目を潰した。どうやら、私は見てませんと取り繕うつもりなようだ。
「実は、今まで紹介してきた奴らには共通点がある。
それは、入隊してすぐに話題になった奴らだ。
彼らはすぐに頭角を現して瞬く間に話題となった。
だが、最上秀一は他の二人と毛色が違う。
奴は、バリバリの城戸派で近界民を憎み、第二次大規模侵攻ではトリオン兵を狩り尽くしたらしい。加えて人型近界民を恐怖のどん底に落としたとか……。
さらにランク戦では、自分で部隊を作ってほぼ一人でB級上位に昇りつめた……」
秀一は耳を塞ぎたかった。しかし佐藤に腕を掴まれてできなかった。
こうして、自分が過去にやった事を力説されると、なんというか照れる。
腕を掴まれていなかったら、悶えていただろう。
「だが、あの人の真の恐ろしさは――新人潰しだ」
――ん? なんか、今までの流れと変わったぞ。
それを感じ取った秀一だが、しかし彼は止める事ができない。
何故なら、コミュ障だから。
「あの人は、三輪隊長と同じように近界民を凄く憎んでいる。そして力を付けた。
初めは、ただ自分が強ければ良いと思っていたみたいだが――それも変わった。
あの人は、己の強さを周囲にも求めだした」
「???」
「あの人は、B級に上がった隊員を――尽くC級に落とした。まさにふるいにかけるように」
……え? と思わず彼は声を出した。
「あの人は、自分の方法でボーダーを強くしようとしている。だから、ようやく正隊員になった奴を捕まえて――再び突き落とす」
「――」
「恐らく、そこから這い上がった人間なら真に強くなるって考えているんだろうな……。
水の中で苦しんで苦しんで、ようやく息を吸おうと水面に出た瞬間、グイッと水底に引き摺り込む。
ここだけの話、あの人の影響でボーダー辞めた人結構居るぞ」
現在のボーダーは質も量も昔と全く違う。
ゆえに、秀一の暴挙は許された。
秀一たちの行った偉業で注目が集まったボーダーには、
だからこそ、昔に比べて正隊員になる人間は増えたし。
何かしらの理由で、すぐに辞める人間も増えた。
上層部にとって都合の良い状態で……。
「――」
なお、秀一はただ友達を作ろうとしただけである。
上位ランカーたちとバトる感覚で襲い掛かれば、そりゃあトラウマにもなる。
弁護のしようが無いほど、自業自得だった。
しかし――。
「だからこそ、俺は尊敬と同時に軽蔑している。
あの人のやり方はただの暴力だ。俺みたいに、じっくりと教えてやれば後輩は育つ。
その辺が分かっていない。だから、いつの日にか力を付けて、負かして、言ってやるんだ。
『勘違いするな。お前のやり方では、三門市を守れない』
ってな。
だから、お前も気を付けろよ。あの人に憧れるのも良いが、自分の立場をしっかりと理解しな? 目を付けられたら、ヤバいぞ?」
と、自分が憧れた事を隠しつつ、そう言った。
リスペクトしまくっているが、周りの評価から彼は普段からこのように言っていた。
さて、散々心をズタボロにされた秀一は能面のような顔で頷くと、開発室に帰ろうとする。
今日はダメージが大きかったようだ。
「あっ。そう言えばお前の名前を聞いていなかったな」
そう言って、佐藤太郎が彼の名前を聞こうとしたその時……。
「――此処に居たのか、シュウイチ」
佐藤の背後から、彼のチームメイト・ヒュースが現れた。
「……え?」
突然の要注意人物の登場に、佐藤の体はギシリと固まった。
え? なんで此処に居るの? と。
しかし、ヒュースは佐藤をチラリと見た後、秀一の元へ来ると。
「キヌタから預かっていた。お前のトリガーだ。
キヌタが壊れる前に、さっさと返せと言っていた」
そう言って、ヒュースはトリガーを彼に渡し――バシュンッと秀一のトリオン体が入れ替わった。どうやら、鬼努田が細工を施していたらしい。
そのおかげで、佐藤の前に居た新人隊員はこの世界から抹消され――超危険人物SYUUICHIが現れた。
「え? え? え?」
佐藤は、目の前で起きた事に頭が追い付かなかった。
何故? 何が起きた? WHY?
今まで講釈垂れて偉そうにしてさっきの自分は消え失せ、今は何故か冷や汗だらだらと震えている自分が居る。
「――」
「そうだな。さっさとキヌタに返しておけ」
秀一は、真っ白になっている佐藤に言葉少なくいつも通りの調子で声を掛けた後、その場を後にした。
尚、佐藤フィルターでは、一睨みされた後鼻を鳴らされたように感じた。ただの鼻息である。
しかし、佐藤の受難は止まらない。
「おい、そこのお前」
「は、はいぃいい!!」
「お前の価値観を人に話すのは勝手だが――自分の立場を理解しておけ」
それだけ言うと、ヒュースはその場を立ち去り。
佐藤は――一週間引き篭もり、ボーダーを辞めた。
その後、彼の友人である友人Cは、本人からこう聞いたらしい。
「最上秀一の、新しい新人いびりを受けたって言ってたな……。
そう、今噂になっているアレ。
あえて訓練用トリガー使って新人のフリして、自分を敵視している奴に近づいて、喋らせるだけ喋らして素性をバラす……。
何と言うか、その――惨いよなァ……。
A級に偉そうな顔してアドバイスしていたっていう羞恥心と、本人の悪口言っていたっていう恐怖心を一気に煽るんだからさぁ……」
――実際は、ただの事故である。
なお、秀一も少しだけ隊室に引き篭もったが――親友と相棒の喧嘩を止める為に、すぐに出て来たらしい。