勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第31話

 

 遅くなった世界の中、彼はグラスホッパーで前へと飛び出した。

 加速する体。展開される刃。倒すべき相手。

 それらを一心に受け止めながら、彼は今自分ができる最大の力を発揮する。

 

 彼のスコーピオンは、遊真のスコーピオンで受け止められる。

 首を狙ったが故に分かりやすかったのだろうか。または、急所の防ぎ方を心得ていたのか、遊真は余裕を持って彼のスコーピオンを見送る。

 そして、今度は自分だと言わんばかりに鋭い一撃を彼に叩き込むが、彼からすれば百戦錬磨の剣技ですら、良く見える太刀筋だ。

 

 斬る。弾く。突く。受ける。

 距離を取る。近づく。不意打ち。フェイント。守る。攻める。

 

 両者共にスコーピオンで相手を攻め立て、しかし実力が拮抗しているのか、互いにダメージを与えられずにいた。

 

 二十合ほど斬り合った二人は、全く同じタイミングで後ろへと下がった。

 これ以上やり合っても無駄に時間を浪費すると判断したのだろう。

 不意打ちを警戒しつつ、相手を見据えた。

 

『久しいわね。上位アタッカー以外に苦戦しているあなたを見るのは』

 

 通信越しに話してくる月見の言葉に、彼は内心同意する。

 彼の記憶は、丁度ポイント集めをしていた頃だ。その時彼は、一部を除いたB級アタッカーを相手に圧勝していた。当時、太刀川や風間たちから扱かれていた彼は、自分の実力を疑うほどには心を折られていた。だからこそ、個人戦で勝ち続けていた時、彼は少しだけ自分に自信を持つことができた。アタッカー四位の村上に惨敗して再び折れかけたが。

 

 話を戻そう。

 彼は、度重なる強者との戦いで、相手を三つのタイプに分けている。

 一つは、己の全てを出しても勝てない『頭のおかしいタイプ』。

 サイドエフェクトを使っても勝てず、何故負けたのか理解できないほど上から捻じ伏せてくる理解不能なタイプだ。それに該当するのは太刀川だ。

 もう一つは、サイドエフェクトを使えば勝てる『彼に優しいタイプ』だ。

 動きが単純な者。素早い動きに反応できない者などがこれに該当し、相手をするならこのタイプを最も望んでいる。

 そしてもう一つのタイプは――『勝てるかどうか分からないタイプ』だ。

 彼の戦闘スタイルは、相手の急所を素早く突く短期決戦型だ。サイドエフェクトの関係上、自然と確立されたスタイルで、故に彼を前にして長時間立っている者は――彼の天敵だ。時間が経てば経つほど、彼は常人以上の戦闘時間を体感し、疲弊していく。

 そうなれば隙が生じ、彼は何度か格下に負けたことがある。

 

『どうする? このまま空閑くんと戦う? それとも――』

 

 彼は、このタイプの相手と相対した場合二つの方法を取る。

 一つは、疲弊し切る前に倒す。

 もう一方は、一度離脱して仕切り直す。

 しかし、これらの方法を取っても勝てる可能性は低い。

 

 だが、今回はチーム戦だ。

 彼には共に戦う仲間は居ないが、相手は違う。このまま時間を掛ければ掛けるほど、敵が集まって来る可能性がある。

 が、そんなことは、この戦いに赴く時から分かり切っていたこと。

 彼は、このデメリットをメリットとして考えることにした。

 敵に仲間が居ると考えるのではない。

 上を目指すためのポイントが増えたと考えるんだ。

 

『……そう、分かったわ。あなたがそうしたいのなら、私はそれに従うまでよ』

 

 彼の言葉を聞いて、月見は敵の位置情報を彼に教える。

 それを確認した彼は――グラスホッパーを使ってその場から跳び去った。

 

「――! まさか」

 

 彼の行動を見て、遊真の顔つきが変わる。

 急いで彼の後を追うが、グラスホッパーを持っている彼の方が機動力が上だ。

 

『あの反応から察するに、向かう先に居るのは三雲隊長かしら?』

 

 マップ上にあるトリオン反応の数は彼を含めて三つ。

 通常スナイパーは、近づかれれば何もできず落とされる。ゆえに、基本はバッグワームを使って敵から身を潜める。

 そのことを考えると、月見が補足した相手は修ということになる。

 距離を取っていることから、遊真が落とされた時はそのまま時間切れを狙っていたのだろうと月見は推測する。

 

『サイドエフェクトは極力使わないようにね。何時スナイパーに撃たれるか分からないから』

 

 彼は、ぐんぐんと遊真を置き去りにしていく。

 このまま行けば、遊真が追いつく前に敵を視認し、そしてそのまま倒すことができるだろう。

 ひとつ気掛かりなのは、位置的に挟み撃ちにされていることだろうか。

 しかし、彼の実力を考えると然程問題ないと月見は考える。

 

『敵との距離、およそ60m。これでもう緊急脱出(ベイルアウト)できないわ』

 

 月見のその言葉と共に、彼も敵の姿を視界に捉えた。

 レイガストを片手に持った修が、彼を静かに見据えている。

 あの時の記憶が蘇ったのか、彼の頬には冷や汗が垂れる。

 

「アステロイド!」

 

 通常弾が放たれるが、サイドエフェクトで見切った彼はスコーピオンで全て斬り裂く。

 そしてそのままグラスホッパーを踏んで、修の首に向かって高速の斬撃をお見舞いする。

 

「グッ……!」

 

 それを修はシールドモードのレイガストで防ぐ。

 シールドモードのレイガストの強度は凄まじく、スコーピオンの一撃や二撃は容易く防ぐことができる。しかし、シールドとは違って形状を自由に変化させることができないのが弱点だ。それを知っている彼は、錯乱させるために修の周りを縦横無尽に跳ね回る。

 グラスホッパーを複数枚使用した技――乱反射(ピンボール)

 本来なら視界が激しく動くのだが、彼のサイドエフェクトによって解消され、彼はあらゆる角度から修の隙を探した。

 先ほど彼の一撃を受け止めた際の踏ん張り、レイガストの構え方、アステロイドの照準。これらの要素から、彼は修を倒せる敵と判断し、遊真が落ち着く前に確実に狩るつもりだ。

 

 色褪せた視界の中、修は跳ね回る彼を捉えようと必死になっている。

 しかし、明らかに追い切れていない。

 二十四枚目のグラスホッパーを踏んだ時、彼は今まで最も狩れる瞬間を見つけた。

 左前へと跳ぼうとしていた体を無理矢理捻じ曲げる。その力を利用して彼は高速で回転しながらスコーピオンを展開。そしてそのまま修の首を、背後から斬りかかった!

 

 ――獲った!

 

 月見も、彼も、観覧席で見ていた隊員たちも、誰もがそう思った。

 ――彼らを除いて。

 

「――っ!! テレポーター!」

 

 修の姿が掻き消え、少し前に現れた。

 その結果、彼はスコーピオンを振り切った状態で修の前に――否、玉狛第二に晒すことになった。

 

『最上くん!』

 

 月見の警告が入るのと、彼の立っていたアスファルトが爆発するのは同時だった。

 しかし、サイドエフェクトを使用していた彼はそれに気づかず、爆風で宙に投げ飛ばされる。視界がひっくり返り、先ほどまで立っていた近くの家が吹き飛んでいるのがはっきりと見えた。

 

 そして、自分に向かって真っすぐ飛び掛かる遊真の姿も。

 

 降り注ぐ瓦礫を無視して、彼は振るわれたスコーピオンを受け止める。

 鋭い太刀筋だが、彼なら十分対応できるレベルだ。しかし、今回ばかりは悪手だった。

 いや、もしかしたら既に結果は決まっていたのかもしれない。

 蹴りを放とうとしていた遊真を弾き飛ばしながら、彼は己の敗北を悟った。遊真と入れ違うようにして細かく分割されたアステロイドが彼の体に向かって突き進んでいた。

 彼は現在両手にスコーピオンを展開しており、しかも遊真を弾くために両腕を全力で振り抜いた状態だ。シールドも、叩き斬るのも間に合わない。

 

「……!」

 

 ゆえに、彼はしっかりと己の目に焼き付けた。

 自分を倒した相手の姿を。超えるべき壁を。

 そして、こちらを真っ直ぐ見据える男たちの瞳を。

 

 

 

 

「試合終了! 最終得点は玉狛第二が生存点を含めて6点。最上隊が3点。吉里隊、間宮隊0点の、玉狛第二の勝利です!」

 

 桜子の試合終了の声を合図に、観覧席に居た隊員たちは驚きの声をあげた。

 吉里隊、間宮隊が開始早々に全滅させられた時は、言っては悪いが予想通りだった。強いて言うなら、遊真の動きがB級下位の物ではないことくらいだろう。

 ただ、この結果は……最上秀一の敗北は予想外だった。

 

「最上が負けた……?」

「嘘だろ。あいつがB級以下の隊員に負けているところなんて久しぶりに見たぞ!」

「やっぱり噂は本当だったんだ……!」

 

 彼らの視線は、自然と彼を撃ち抜いた者へと注がれる。

 玉狛第二の隊長、三雲修。

 勝利を収めた彼は、遊真とハイタッチをしていた。

 

「強い! 強いぞこのチーム! 生存点含めて一気に6得点を得たァ!!」

「桜子ちゃん落ち着いて落ち着いて……」

「まあ、私は当然の結果だと思いますけどね」

 

 玉狛の大躍進に武富は興奮したようすで実況を続け、それを佐鳥が宥めようとする。しかし、そんな二人とは対照的に、木虎は冷静に今回の試合の評価を口にした。

 最上秀一や玉狛第二の面々のことを知っている彼女からしたら、玉狛第二の勝利――最上秀一の敗北は分かり切っていたことだと述べる。

 その言葉に観覧席にいた隊員たちは、一斉に彼女へと視線を向けた。

 

「ど、どういうことでしょうか木虎隊員?」

「……最上隊長は確かに強いですが、それは一対一の場合に過ぎません」

「しかし、間宮隊を一瞬で撃破しましたよ?」

「それは単に彼のレベルが違うだけです。それに、真正面からの攻撃は彼にとっては脅威でもなんでもありません」

 

 加えて、彼は出水からシューターとしての戦い方を学んでいる。

 その中には当然ハウンドのことも学んでおり、弾の動き、当て方、防ぎ方、避け方などを()()()()知っている。

 

「話を戻しますが……彼は他に仲間が居ない以上、点を取るには自分で動かなくてはいけません。しかし、一人の相手に拘っていると挟み撃ちにされたり、スナイパーの餌食になったりします」

 

 それを嫌ったからこそ、彼は遊真を置き去りにして取りやすい点である修を狙いに行った。

 彼が行えるいつも通りの最適解だ。月見のサポートもあり、決まれば彼が勝つ未来もあったのかもしれない。

 しかし、そのいつも通りがダメだった。

 

「彼は強いです。それこそS級隊員に認められるほどには。

 だからこそ、相手は彼のことを徹底的に調べ上げ、十分な対策をしていた」

 

 体感速度のサイドエフェクトのメリットとデメリット。彼の戦闘スタイル。行動。癖。弱点。崩し方。

 それらを出し切った玉狛第二の勝利は――なるほど、確かに当然の物だと言える。

 

「対して、彼は病み上がりにも関わらずランク戦に挑み、自分の強みを、実力を、全てを出す前に負けました。

 一人では勝てない。そのことを知らない彼ではない筈なのに――」

「……木虎ちゃん」

「……今のは失言でした」

「――まっ、最上隊員には確かに戦闘員が欲しいかもね。全部一人でするのは大変だしね」

「な、なるほど! 確かにこのB級ランク戦は一人で勝ち上がれるほど簡単ではありません! この一戦をバネに、彼がどのように立ち回るかも見ものですね!

 それと玉狛第二の今後の活躍も!」

 

 今回の試合でそれぞれの暫定順位が決定した、

 玉狛第二は14位に一気に上がり、次の試合相手は鈴鳴第一、柿崎隊、漆間隊との四つ巴に。

 最上隊は15位まで上がり、次の対戦相手は常盤隊、早川隊、海老名隊との四つ巴となった。

 

「――って、次私たちの隊とだあああああ!?」

 

 そして、武富桜子の悲鳴を最後に、B級ランク戦初日・夜の部は終了した。

 

 

 

 

「木虎ちゃんの言う通りよ」

 

 木虎の辛辣な、しかし正論な言葉でダウンしていた彼を月見が追撃した。

 

 今回、月見は玉狛第二に負けると分かっていた。

 より正確には本調子ではない彼がこのまま戦うと……。

 そして、月見は事前にそのことを告げ、それでも彼は勝ちに行くと言った。

 

 にもかかわらずこうして負けてしまったのだから、彼は恥ずかしく思っていた。

 

「どうする? このまま続けるの?」

 

 月見の言葉に、彼は即答した。

 ランク戦はこのまま続ける、と。

 

「また負けるかもしれないわよ?」

 

 それでも、だ。

 彼は月見の目を真っ直ぐ見てそう言い――。

 

「――なら、何故強くなろうとしないの?」

 

 彼女の強い視線に撃ち抜かれた。

 強くなる努力。そう言われて彼は思わず反論した。

 自分は、この戦いのためにたくさんのことを頭の中に叩き込んだ。時間が無かったため、粗はあったと思うが、それでも何もしていないと言われるのは心外だった。

 

 しかし、彼らしくない発言である。普段の彼なら小さくなって謝るのだが。

 まるで、何かから必死に目を逸らそうといているようだ。

 

 そして、月見はそれを見抜いており、チームを組んだ以上指摘しないわけにはいかない。

 月見は、彼の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「あなた、過去の自分の記録(ログ)を見たのは何回?」

 

 そう言われた彼は――目を逸らした。

 答えは――ゼロだ。

 今の態度でそれが分かった彼女は深いため息を吐く。

 

「……あなたが自分の知らない自分にコンプレックスを抱いているのは分かっているわ。

 でもね、あなたが確実に強くなるには、追いつくには、超えるには、A級になるには――必要なことよ」

 

 彼女の言葉は正論だ。

 大規模侵攻時の彼は全盛期と言っても過言ではないほど強かった。己の弱点である不意打ちや狙撃を感じ取って対処し、太刀川と斬り合うことができる実力を持つほどの強者。

 そして、それは彼にとって完成された最高の自分で、だからこそ見るのが辛かった。

 

「……そう。こればかりは個人の問題ね。私も言い過ぎたわ。でも――」

 

 ――上を目指すなら、それなりの覚悟が必要よ。

 

 彼女の言葉が、彼の心に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 ランク戦を終えた彼はそのまま食堂に向かって、夜食を取っていた。

 動いたからか、または普段使わない頭を使ったからか腹が妙に減ったのだ。

 月見はこの場には居ない。これから三輪隊は防衛任務らしい。兼任している彼女は彼らのサポートもしないといけないのだ。

 

 彼は目の前にあるカレーをボーっと眺めながら、先ほど出会った三輪隊の面々を思い出していた。

 彼らは、彼に軽く一言言うとそのまま防衛任務に行っていた。その反応から、彼らも負けると分かっていたのかもしれない。

 実際は気を使われているのだが、考え込み過ぎる癖がある彼は気付かない。

 

「えええええ!? おばちゃん、もうカレーないの!?」

「流石にこの時間には残っとれへんやろ」

 

 彼は端末を起動させて、自分が映っている動画を見る。

 大規模侵攻時に民間人が避難する前にこっそりと撮っていた物だ。

 遠くから撮っているからか、彼の細かい動きは見えないが、常識離れなところは良く分かる。

 

「せっかくナスカレー食べようと思ったのになぁ」

「イコさんそんなに好きやったっけ? カレーライス」

 

 バドを踏み台にして空を跳び回る姿。

 巨大なバンダーやバムスターをまるで案山子のように扱い、次々と薙ぎ払っていく姿。

 自分を囲むモールモッドを一瞬でバラバラにする姿。

 

「でもカレーの臭いは残ってんなあ……ん?」

 

 何度見ても、これが自分だとは思えない。編集で自分の姿に変えただとか、他の誰かがトリガーで姿を偽ったと言われた方がしっくり来るくらいだ。

 しかし、この動画は無修正であり――何れ、自分が超えなくてはならない己の姿。

 そして、そのためにはこの最上秀一と向き合わなくてはならない。

 

「おお! モ()ミン! モ()ミンやないか!」

 

 だが、彼は割り切ることができなかった。

 彼は他人に対しては諦めの感情を抱くことができるが、逆に自分のこととなると妙なところで意地を張ってしまう。

 

「もしもーし? モカミーン? ……寝てんか?」

「なんでやねん。目開けとるやん」

「あれじゃないですか? サイドエフェクトの体感速度っちゅう」

 

 今の自分を変えたいと思っていたからこそ、変わることができた自分に嫉妬した。

 そして、何時かは自分も……と夢想し、未来の自分を見る、未来の自分を望む人たちの目を思い出す。記憶を失った自分を見る目が変わるのを感じる。

 

「でもこの集中力やばない? ちょっと心配なんやけど」

「叩いたら直ると思います、前もそうやったし」

 

 未来の自分を受け入れることは、彼にはできなかっ――。

 

「ほら起きんかい! 朝やで!」

 

 ――瞬間、脳天に直撃した一撃が、彼を覚醒させた。

 無意識に発動させていたサイドエフェクトによって、鋭い痛みがゆっくりと彼に襲い掛かり、思わず体感速度を元に戻した。常人なら普通に耐えられる痛みも、彼にとっては激痛に等しい。

 彼は頭を抑えて痛みに悶える。

 

「はっはっは! モカミン、ええリアクションしとるやん! でも無視はいかんで無視は!」

 

 彼は視線を上げて――ゲンナリとした。

 こんなことをする人間は限られており、そして目の前の人たちのことを彼は苦手に思っている。

 

「てか、モカミンカレー食っとるやん。一口ちょうだい」

 

 そう言ってパクリと彼のカレーを一口頬張り、美味いとオーバーリアクションで叫ぶ男――生駒達人を見つつ、彼はため息を吐いた。

 




最上秀一の苦手なモノ:リア充っぽい人、猿(過去に動物園でトラウマを植え付けられた)

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