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おかげでこうして早く更新することができました。
彼がこの街に来て一か月経っていた。
この一か月で彼の生活サイクルは確定し、ぼっちながらも安定した暮らしを送っている。
学校に行き、防衛任務をこなす。無い日は買い溜めしたゲームや漫画、アニメを消化する。
防衛任務で積極的にトリオン兵を討伐していたおかげか、一か月前の彼と比べると懐が温かい。
中学生ですでに遊び人のような暮らしをしている彼の将来は心配だが。
さて、そんな彼だが一つ悩みがあった。
友達ができないのだ。
ぼっち、またはコミュ症を直そうと親元を離れたのに、これでは意味が無い。
この街に来た当初はどうにかしようとした。しかし慣れない環境に適応するので手一杯だった。しばらくすると「もうこのままぼっち極めようかな?」と思い始めていたが、最近になって危機感を覚えた。いや、思い出したと言った方が正しいか。
彼は振り返ってみる。ここ最近の自分のことを。まるっきりダメ人間だ。
どうにかしなければ……と打開策を考える彼。
結局思いつかなかった彼は、防衛任務へと赴くことにした。
時間の無駄であった。サイドエフェクトは使っていない。
「おっ、来たぜ秀次」
「……」
弓手町支部に向かった彼は、A級7位の三輪隊の面々と合流した。
本来なら部隊ごとにシフトが組まれるのだが、ソロ(ぼっち)である彼はこうして他の隊と共に防衛任務をこなしている。
さて、支部に着いた彼は内心顔を顰めていた。どれぐらいかと言うと、口の中に大量の梅干しを放り込まれたくらいには。
彼は、目の前の三輪秀次という人間が苦手だった。
と言っても、それも仕方のないことだと彼は思っている。
以前独りで食堂で昼食を摂っていた時、わいわい仲良く談笑していたC級隊員たちの会話が耳に入ってきたのだ。
曰く、ボーダーには三つの派閥がある。
近界民に恨みを持つ過激派――城戸派。
市民の防衛を第一に考える穏健派――忍田派。
そして、近界民との交流を考えている改革派――玉狛派。
その中でも三輪はバリバリの城戸派である。戦闘の時に溢れ出す怒気でそれを察した彼は、三輪とは仲良くなれないと瞬時に悟った。
それは、彼は玉狛支部の理念に深く共感している――訳ではない。
ただ、ここで思い出して欲しいのは、彼がボーダーに入った理由だ。
遊ぶ金欲しさ。まるで犯罪者の動機のように要約したが、間違っていない。
そんな彼を三輪が……近界民に全てを奪われたであろう人間が嫌悪しないだろうか?
「……合流前に警戒区域に入るなと言っているだろうが、馬鹿が」
結果はご覧の通りである。
ぶっちゃけ初めに怒鳴られたときは心が折れかけた彼。
戦闘の最中に首根っこを捕まれ、他の隊員をよそにメンチ切られた時は泣きそうになった。トラウマにはなった。枕のシミが一つ増えた。
「そうだぜモガミン。じゃないとお兄ちゃんが心配するからなー」
「おい、陽介っ」
自分はいったい何をされるのだろうか。
目の前で話す彼らを見て内心ガクブルである。
ちなみに、他の三輪隊のメンバーは比較的優しいと言える。
以前三輪に怒鳴られた後、スナイパーである奈良坂と古寺は彼を慰め、米屋は三輪に注意していた。それでも三輪隊の中で会話率が高いのは三輪というこの絶望。二位はオペレーターの月見である。
しかし、彼は知っている。三輪が本当に切れた時のやばさを。
以前サングラスをかけた男に掴み掛って、トリガーを取り出していたほどだ。後で聞いた話だとその男は城戸派と仲の悪い玉狛派の人間だったとか。
処罰を受けることを承知の上で激情をあらわにする三輪を、彼はこれ以降怒らせないように努力しようとした。
だが――。
「おい馬鹿。一人で突っ走るな」
「おい馬鹿。俺たちを無視するな。こういう時は連携を……」
「おい馬鹿。何処に行く気だ。終わったら今日の動きの粗探しと言っただろうが」
「おい馬鹿。今日はこれから焼肉に行くと言っただろう」
「おい馬鹿。それはしゅ……最上のだろう。お前は食いすぎだ陽介」
地雷が足を生やして向こうからやって来る。どないせえっちゅうねん。
彼はぼっちだ。しかしそれを脱したいとも思っている。
だが限度がある。B級に上がり立ての新人がベテランの先輩に物申すなど……。
胃痛で吐きそうである。
逆にダメ出しを喰らうのは……お察しの通りだ。
幸いなのは、他の部隊と組んだ時はこのような事は起きない。
単に話しかけられていないと言えばそれまでということを、彼はまだ気付いていない。
『そろそろ時間よ』
彼の耳に凛とした女性の声が響いた。
三輪隊のオペレーター月見蓮だ。
彼はトリガーを起動させてトリオン体へと換装する。少し前まではC級の白い訓練服だったが、今ではそれを黒く染めた服――旧ボーダー時代の物を使っている。
彼はただデータベースで見かけたのをそのまま使っているだけで、そのことを知らないが。
三輪隊の面々もトリオン体となり、出発する。
彼はその少し後ろを歩く。しかし三輪に頭を掴まれ引きずられ、他の三人は笑ってそれを見ていた。
この人本当どうにかして欲しい、と彼は思った。
◇
とりあえず、任務を終えて次の部隊に引き継ぎを終えた三輪隊と彼は本部へと向かっていた。彼はこれから反省会か、と少し意気消沈している。
「あっ、そうそうモガミン。今日俺らこの後用事あるから、反省会は無しな」
しかし彼の予想に反して中止らしい。
どういうことだろうか? と首を傾げていると奈良坂が答える。
「俺たちは今日遠征部隊の試験を受けるからな。それの準備もある」
遠征部隊。それはA級の中でも選ばれた者のみが近界に行くことができる部隊だ。
しかし彼には関係の無い話である。何故なら彼はA級に上がることなどできないのだから。
それよりも重要なのは反省会が無しということだ。
これで次のシフトまで遊べるぜ、と喜んでいた彼だったが……。
「……俺たちが居ないからと言って、サボるなよ」
こちらの体重を何十倍もしそうな声で釘を刺してきた。
前髪で隠された眉間には凄い皺が寄ってそうだ。怖い。
それだけ告げると彼はスタスタと歩いて行き、他のメンバーも彼に一言声をかけて去って行った。
「そう機嫌悪くするなよー秀次」
「黙れ陽介」
「……隊長、変わりましたね」
「そうだな」
これは家に帰ってゲームをしていたら、風穴を空けられそうだ。または重りを付けられる。
そう考えた彼はラウンジで適当に時間を潰そうと歩を進めた。本人が居ないのだから、それっぽいことをしていれば怒られないだろう、と考えたのだ。サルの浅知恵である。
しかし、ふと彼は歩みを止めた。
今、暇だから丁度アレの練習ができる。
そうと決まれば早い。彼は早速目的地――仮想訓練室に向かった。
彼が基本使うのはスコーピオンだ。他にグラスホッパーやシールド等のオプションを使うが、彼の武器はこの軽い剣のみ。サイドエフェクトを用いた短期決戦は、今では攻撃手の間で有名だ。それを本人は知らないし、そもそもランク戦はしないが。
だが、彼はこれだけでは足りないと思っている。
誤解無きように言うが、彼は誰かに勝とうとか考えていない。この場合の『足りない』はトリオン兵を他の隊員よりも速く仕留めることを意味する。
彼の給与はトリオン兵討伐の出来高払い。つまり競争だ。
しかしここ最近は仕留めることができない。もっと言うとトドメを刺せない。
だがそれも仕方の無いことである。彼が組まされる隊はほとんどがA級、またはB級の上位だ。そしてもちろん彼らの技量は彼とは一線を画す。サイドエフェクトが無ければ何もできずに終わるぐらいだ。
彼は攻撃手だ。攻撃手である以上近づいて斬らなければならない。
しかしその前に射手に、銃手に、狙撃手に獲られる。加えてスコーピオンを伸ばしたり、頭おかしいレベルの弧月で斬られたり……。
B級中位以下と組んでいた時と比べると、彼の討伐数は半分以下にまで減っている。
というか忍田本部長は何故出てくるのか、と彼は割と本気でキレそうになっている。頭おかしいレベルのそのまた上なのだから、組んだら彼は絶対にトドメをさせない。
そこで彼は一つの結論に至った。
ならば遠い所から撃てば良いじゃない。
彼は特に射手に獲物を持っていかれている。よって射手を目指すことにした。
トリオンは平均に比べて多い方なので、射手としての最低条件は満たしていた。
実戦で使ったところ、三輪にこってりと怒られたが。
どうやらあまりの拙さに、実戦ではまだ使えないとのこと。
これには他の三輪隊も苦笑いしていた。
もう怒られたくない彼はこうして練習して、三輪隊以外と組む時に試し撃ちをしたりしている。
彼は早速と言わんばかりに訓練装置を起動させる。
現れたのは戦闘用トリオン兵モールモッド。もちろん強さは本物と同じだ。初めて緊急脱出させられた時は、腹いせに訓練室で挑み続けていたのだが……今となっては懐かしい。
彼はいつものように集中する。するとサイドエフェクトの効果により彼の意識は加速し、一歩世界から外れた。
彼が使用するのは
本来なら予め設定しておくのが常だが、彼はサイドエフェクトの効果でその場で最適な動きを作ることができる。そして、その見本は嫌というほど見ている。
彼のバイパーはモールモッドのブレードをへし折り、足を捥ぎ、トドメに目を貫く。
しかし狙ったところと少しズレたようで、彼は満足しなかった。のめり込むとハマる性格のようだ。
彼は先週から始めたバイパーを物にするため、さらに大量の近界民を蜂の巣にするのであった。
Q彼のサイドエフェクトと射手の相性
Aこれ以上ないほど良い。体内時間を遅くしてバイパーの弾道を出水や那須並みに操ることができるし、合成弾も練習次第で瞬時に生成することができる。
さらに自分が斬りかかりながらチクチクとバイパーで当てることも可能。
それに気付けるかが最大の問題だが。