勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第37話

「那須隊、一点獲得! 最上隊長が追い詰めた別役隊員を搔っ攫った!」

「本当はここで狙撃手が落とされるのは那須隊にとっても痛いでしょう。それでも獲られるくらいなら獲ろうって感じですかね」

 

 横取りされた彼は顔を歪める。それは那須隊も同じで、歌川の言う通りだった。気を取り直した彼は弧月を抜いて攻める手を強くし、那須隊は追い込まれ始める。太一を狙って移動したことによって那須隊の狙撃手を振り切った形になり、サイドエフェクトを安全に使えるからだ。しかし……。

 

「ここで鈴鳴が合流し、試合は再び乱戦へと突入! 別役隊員の仇討ちか!」

「この場面は狙撃手の日浦隊員を獲りに行っても良いところですが……」

 

 仲間意識の高い彼らはこちらを選んだようだ。

 鈴鳴の参戦によって那須隊の二人はさらに追い込まれ始める。狙ってやったのか、それとも自然とそうなったのか、彼対那須、鈴鳴対熊谷と戦場が二つに別れた。

 モニターの中の彼女たちは全員苦しい表情を浮かべている。

 

「おそらく、次の日浦の狙撃で試合は決まるぞ」

 

 そんな中奈良坂は、己の弟子である一人の少女を見てそう呟いた。

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 鈴鳴が熊谷を狙い出したことで、彼は那須との戦闘に集中することができた。

 距離を詰めてなるべく彼女に自分の戦いをさせない。試合前に月見と確認したことだ。

 遮蔽物を足場に何とか逃げようとする那須だが、彼もまたかつて踏破訓練で一位を取る実力を持ち、絶えず接近戦を仕掛ける。

 

「バイパー!」

 

 己へと斬り込んでくる彼に対して、那須はいくつもの光弾を叩き込み、しかし彼はそれらを斬って、シールドで弾いて、避けて、そのまま彼女の右腕を斬り飛ばした。

 

「玲!!」

 

 それを見た熊谷が思わずそう叫び……。

 

「よそ見をする余裕があるのか!?」

「っ!?」

 

 村上の鋭い一太刀が那須とは反対の腕を斬り落とした。ギリギリで心臓(トリオン器官)を守ることができたが、片腕を失ったことで彼女たちは追い込まれた。

特に普段両手で弧月を構える熊谷は厳しく、苦悶の表情を浮かべて来馬の追撃のアステロイドを後ろに退いて回避する。那須も熊谷同様退がると、二人は傷口を押さえながら距離を取った。

 

『玲、一旦退いて合流を――』

『そうしたいのはやまやまなんだけど……』

 

 苛烈に攻め立てる彼から逃れるには、腕の一本や二本では足りない。それだけのプレッシャーを彼から感じた那須は、グッと歯を噛み締めた。

 それを聞いた熊谷は焦りを含んだ顔を浮かべる。

 彼がバイパーを、来馬がアステロイドを二人に向けて放ち、彼女たちはシールドでガードしながら後ろへと退がる。村上は彼を警戒して来馬の傍に立ちレイガストを構えている。このまま後退したいところだが、背中を見せた瞬間彼の生駒旋空で緊急脱出(ベイルアウト)するだろう。そして鈴鳴も那須隊を先に倒して彼を倒すつもりのようで、直接仕掛けることはなかった。

 落としやすい相手から落とす。それが彼女たちだったということだ。

 

『――私が、最上君を撃ちます!』

『――! だめだ、茜! リスクが高過ぎる!』

 

 そんな劣勢のなか、己が撃つと日浦が言った。確かに那須隊がこの状況を脱するのなら、狙撃手である日浦が彼を撃ち抜くのがベストだ。

 しかし先ほどの光景を思い出す限り、成功する確率は限りなく低い。どういうわけか狙撃に弱いはずである彼は完璧に対応しており、結果的に那須隊が点を取ったが太一を追い込んでいた。そのことを考えると徒らに彼に攻撃するよりも、フリーである彼女はこのまま試合終了まで隠れている方が安全だ。那須と熊谷が追い込まれている現状なら尚更だ。

 

『――でも! 上に行くには彼に……いや、鈴鳴にも勝たなくてはいけません! どんなに強い相手だろうと、怖い相手だろうと――私は逃げたくありません!』

「……茜」

 

 ――日浦の両親は、彼女にボーダーを止めるよう強く促していた。

 犠牲者がゼロだったとはいえ、先日の大規模侵攻の爪痕に不安を抱く者は多く、彼女の両親もその一部だ。

 話し合いの結果、何とか今回は見送られることになったが、日浦の心中に残ったのは安堵よりも恐怖だった。

 もし次に第二次大規模侵攻以上のことが起きて被害者が出たら、自分はボーダーを辞めさせられるのかもしれない。

 それどころか、那須隊の皆――いや、ボーダーの仲の良い人たちにも被害が及ぶ可能性もある。そしてそれは自分も例外ではない……。

 

 そう考えたら、彼女は不安で不安で仕方なく、思わず那須や熊谷、志岐の前で泣いてしまい己の心中を曝け出した。

 

『私は――私たちは強くなるって決めました! だったら、こんなところで止まっていられません!』

 

 ――強くなろう。

 そう決意した日浦は走り出した。勝つために。那須隊に居るために。ボーダーに居るために。

 

『……分かったよ茜ちゃん』

『玲!?』

『熊ちゃん……勝ちにいこう』

 

 日浦の熱い思いと那須の真っ直ぐな言葉に――熊谷は折れた。

 

『………分かった。やってやろうじゃない。絶対に勝って、上に行こう!』

 

 

 

 

 

『那須先輩。茜が狙撃地点に着きました。何時でもいけます』

『ありがとう、小夜ちゃん』

 

 己の隊長の声を聞きながら、日浦はアイビスを構えてただその時をジッと待っていた。

 彼を撃ち抜くポイントと彼女の狙撃地点はあまりにも近かった。彼が生駒旋空を使えるのなら尚更であり、もしも外せば彼女は確実に村上か彼に落とされるだろう。

 だが、彼を倒すにはこれしかない。彼のサイドエフェクトの前ではどんなに早い弾速だろうと、一定の距離が対処されてしまう。だから、気付いても絶対に当てることができるこの場所から、集中シールドで防げないアイビスで狙撃をする。

 本当なら回り込んで死角から狙撃をしたかったが、戦場がエリア内の隅だったこと、そして回り込むだけの時間が無いことから彼女はこの地点に着いていた。

 

「――はあ……っ!」

 

 知らず知らずのうちに閉じていたスコープを覗いていない方の片目を開いて、ジッと待つ。肩の力を抜いて深呼吸をし、平時の自分を取り戻す。

 焦らない。撃つと考えるのではなく撃てると考える。

 耳にオペレーターの志岐の声が、剣戟の音が、銃声が、それらが彼女にその時は近いと教える。

 

「――来た」

 

 物陰から那須が飛び出し、続いて熊谷が。そしてそれを追うように彼が現れる。鈴鳴の二人が見えないことから、どうやら狙撃を警戒しているようだ。だが、恐らくすぐに斬り込んでくるだろう。彼らも点を獲られるのは望んでいない。

 

 

 ――それまでに終わらせる!

 

 

 彼が那須に斬りかかる。ダメだ。まだ早い。

 熊谷が彼の剣を受け止め動きを止める。ダメだ。後方に退がって避けられる。

 那須のバイパーが彼に襲い掛かる。ダメだ。降り注ぐ弾丸に警戒をしている今撃てば、位置を捕捉されるだけだ。

 熊谷の弧月を弾いてシールドと剣で那須のバイパーを斬り落としていく。ダメだ。まだ余裕がある。

 足音が聞こえたのか、一瞬彼が背後を確認した――今だ!!

 

「――当たれぇ!!」

 

 アイビスの重い引き金を引き、銃口から対大型近界民用の弾丸トリオンが放たれる。

 よほど集中しているからか、放たれたこの瞬間を彼女は何秒も何分も……何時間にも感じられた。

 アイビスの弾丸はライトニングよりも遅く突き進み、すぐに振り返った彼の視界にも映った。しかしもう遅い。避けるには近く、防ぐには威力があり過ぎた。加えて、上空から降り注ぐ那須のバイパーがアイビスを防ぐためのシールドを展開させない。

 

(イケる……!)

 

 彼女は自分の……否、自分たちの勝利を確信し――視界がズレた。

 

「……え?」

 

 時間が戻り、日浦は己の体が膝から崩れていくのを感じていた。

 何が起きたのか理解できず、半壊したアイビスと共に彼女はこの戦場から退場した。

 

 

 

「茜!?」

 

 思わず叫んだ熊谷に向かって、彼は降り注ぐバイパーを無視して駆け抜けた。シールドと弧月によって阻まれ続けた那須のバイパーは、彼が無理矢理前に出たことで徐々にその体に穴を空けていた。

 しかしそれを見て彼女はダメージを与えているとは思わなかった。

 

 何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 そこから漏れ出すトリオンは多く、彼の緊急脱出(ベイルアウト)はもはや時間の問題だろう。それが分かっているからこそ彼は熊谷に襲い掛かった。

 

「ぐっ!」

 

 片腕を失った彼女では、彼の斬撃を防ぐことはできない。

 日浦が訳も分からずやられたことによる動揺から抜け出せなかった彼女は、振り抜かれた彼の足から生えたスコーピオンで胸を大きく抉られた。

 

「……! ごめん、玲……!」

『戦闘体活動限界緊急脱出(ベイルアウト)

 

 勝ちたいという想いは負けていないはずだった。しかし、とある男は言う。

 心の強さだけで勝ち負けは決まらない。

 まさしくそれを体現したかのように、彼女は緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

「よくも熊ちゃんを……!」

 

 だからと言って全くの無関係とは言えない。

 親友がやられたことで、那須の中にあるスイッチが入った。

 彼女の展開していた全てのバイパーが地面へと殺到。しかし直撃する前にそのまま地面にと平行になるように軌道を変えると幾つもの線を描く。やがてその線は集結し一つへの螺旋へと昇華し、目標()を下から突き抜けた!

 

『戦闘体活動限界緊急脱出(ベイルアウト)

 

 限界を迎えた彼は、バイパーで撃ち抜かれたままそのまま緊急脱出(ベイルアウト)した。那須の怒りを受けた彼は何処か呆然としており――いや、これはどうやらサイドエフェクトを使用しているようだった。

 

「――不味い!」

 

 激情を解き放った彼女の頭に冷静さが取り戻される。

 一瞬とはいえ、感情に支配されてしまった彼女は失念していた。

 この場に居るのは彼と自分だけではない。

 

「――旋空弧月」

 

 バイパーを放った後の隙を突かれた那須は、たった今到着した村上の旋空弧月によって真っ二つにされてしまう。

 ビシビシと崩れていくトリオン体。こちらを見据える村上を見ながら――那須も緊急脱出(ベイルアウト)した。

 

 

 

 

「試合終了!! 結果は3対2対2! 鈴鳴の勝利です!」

 

 ラウンド3は那須を倒し生存点を得た鈴鳴第一の勝利に終わった。

 しかし試合を見た者たちは何処か釈然としない気持ちだった。

 

「最後は一気に落ちましたね」

「はい。試合内容もなかなか濃いものとなりました。では、先ずは勝ったチームである鈴鳴から」

 

 歌川の呟きに同意を示し、人見は総評を進めることにする。初めは鈴鳴かららしく、解説を奈良坂に促した。

 

「……奈良坂くん?」

「――あ、すみません」

 

 しかしすぐには反応せずモニターをジッと見ていただけであった。

 人見に呼びかけられた漸く気が付いたのか、彼は珍しく言葉を詰まらせるも意識を切り替える。

 

「終始余裕がありましたね。恐らく対策もしっかりと練っていたんでしょうが、その分動きが一足遅かった印象です」

 

 獲れる時にしか攻めなかった鈴鳴は勝利こそしたものの3点しか得られなかった。

 那須隊が活発に動いた分、それに合わせていたせいで獲れる点を獲れなかった。

 特に村上は共に行動していた来馬に意識を割いていた。来馬がやられるリスクを呑み込んで前に出ればあるいは……。

 

「最後も狙撃を警戒し過ぎたせいで出遅れていました。鈴鳴は熊谷も……彼も獲ることができたはずです」

 

 

 

 

「うう……ごめん鋼」

「いえ、オレが来馬先輩を信じていれば……」

 

 試合が終わって感じていたのか、来馬は申し訳なさそうに謝る。

 村上も同じ気持ちなのか謝り返した。

 

「まあ勝てたから良いじゃないですか! 次に活かしましょう」

「今回は太一の言う通りですよ」

 

 太一の言葉と今は同意し、生き残った二人を慰める。

 優しいだけに気にし過ぎなのよね、と似た者同士の彼らに彼女は苦笑した。

 

 

 

 

「次は那須隊ですね。では歌川さん」

「はい。最上隊長の対策は完璧だったと思います。結果的には彼を打ち倒しましたから……ただ」

 

 ――得られる点と労力が割に合わねぇ……。

 

 観覧席に居る隊員たちの心と歌川の言葉が一致した。

 鈴鳴を巻き込んでの包囲網はしっかりと機能していたし、彼も前の試合に比べると抑え込まれていた感はある。だが、それでも網を食い破り、喉元に斬り裂きに来る彼は……。

 

「ただ、もし彼を倒せたとしても後に控えている鈴鳴との戦いが厳しかったはずです。那須先輩の他にメインを張れる隊員が居れば、今回のような試合でももっと余裕を持って戦えたはずです」

 

 

 

 

「もう彼とは戦いたくないわ」

「ふぇぇ……怖かったですよぅ……」

 

 彼に落とされた二人は片やため息を吐いて、片や涙目で嘆く。

 まあ、戦闘中の彼を真正面から受け止めた彼女たちの心中はお察しである。

 

「でも……最後のあの顔は少し可愛かったかな?」

「那須先輩!?」

「ふふ、冗談よ」

 

 トリオン体が解けて生身の体へと戻った那須は、顔をいささか青くさせながらもそう呟き志岐を戦慄させた。

 やっぱりこの人凄いと日浦が目を輝かせるが……そっちはダメだと熊谷は彼女を止めた。

 

 

 

 

「さて、最後に最上隊長ですが……」

 

 

「なんなんあいつ。何で集中攻撃受けて生きていられるんだ?」

「日浦ちゃんの可愛い顔を斬るとかマジギルティ」

「てかあいつ狙撃苦手だったんじゃねーの?」

「やっぱあいつ頭おかしいわ」

 

 

「――と、このように色々と言われていますが……お二人はどうでしょうか?」

「実質六対一のなか、良く2点も取ったと思います。

 最上隊長は初期位置から囲まれており、はっきり言って初めの衝突で落ちなかったのが驚きです」

「まあ、潜伏して那須隊と鈴鳴を食い合わせるというのも一つの手だったが……あいつはこれからもしないだろう」

 

 上を目指したい彼はそうしない。

 より多くの点を獲るために彼は割かし多く突っ込んでいた。一人部隊という身軽さを活かしていたが、それでも人数の少なさが痛い。

 

「それを補うための努力もしています。成長もしている。工夫もしている。それでも、人数の差は厳しいです」

「しかし、それでも彼の力は凄まじいものです。他の試合結果によっては上位入りもあり得るでしょう。

 ではこれにてB級ランク戦中位グループ昼の部を終了します。解説役の歌川さん、奈良坂さん、試合を行った最上隊、那須隊、鈴鳴第一、そして試合を見ていた皆さんお疲れさまでした」

 

 

 

 

 運悪すぎだろう!!?

 那須のバイパーで緊急脱出(ベイルアウト)していく時に思ったのはその言葉だった。

 試合の組み合わせも、ステージも、初期位置も全て彼を殺しにかかってきていた。

 なんとか二点捥ぎ取ったが、無得点もあり得たのだ。

 そもそも全員で自分を襲うのは如何なものだろうか?  

 ぼっちか? ぼっちだからか? 怒りでぼっちのさらに上の存在に進化できそうだ。誰かかわらずのいし持ってこい。

 

 と、このように絶賛ダークサイドに落ちている彼。

 そんな彼を置いて、月見は二つのメールを見つけていた。

 試合前になかったことから、試合中に送られて来た、または試合後に届いた可能性がある。

 一体誰からだろうかと思いつつ、月見はメールを開き――目を見開いた。

 

「これは――」

 

 彼女は呟いた。

 

 

 最上隊への加入志願? ――と。

 


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