ラウンド4夜の部。
今回の試合は見逃せない、とボーダーのほとんど隊員がこの試合を見るべく観覧席に集っていた。いや、観覧席だけではなく、自分たちの隊室や支部で観戦する者も居た。
それだけ今日行われる試合は注目されているということだ。
B級一位二宮隊。B級二位影浦隊。B級六位玉狛第二。B級七位最上隊。
今シーズンが始まった時は誰も予想しなかった、日にちが進む度に誰もが心待ちにした一戦。
今期に参戦した二つの嵐の目が再びぶつかる試合であり――頂点に挑む試合でもあるのだ。
◆
『開始ギリギリになって申し訳ありません! 今回の試合の実況をさせていただく嵐山隊オペレーター綾辻遥です!』
男女問わず人気のある一人の少女の声が響くと、それまで雑談していた隊員たちはそれを辞め彼女の言葉に耳を傾ける。
それを気にせず今回解説役としてやってきた二人の隊員を綾辻が紹介する。
『今回の解説役は加古隊の加古隊長と風間隊の風間隊長です。今日はよろしくお願いします!』
『はーい、よろしく』
『よろしく頼む』
絶対に面白そうだからと今回買って出た加古は普段通りに、風間もいつものように落ち着いた声で対応する。どちらも解説役として申し分ないメンバーだ。試合のメンバーが割と豪華にも関わらず自然体でいられるのは流石といったところか。
『あ、風間さんこれバレンタインチョコ。よかったら食べて?』
『いただこう』
『綾辻ちゃんのもあるわよ』
『わー! ありがとうございます!』
……またはマイペースとも言えるが。
加古からのバレンタインチョコを貰いつつ、綾辻は実況を進める。風間は早速モグモグとチョコを食べ、加古はそれを眺めて微笑み、今年もゼロだった敗者たちは涙を流した。
『今回マップ選択権のある最上隊は既に『森林地帯』を選んでいます。森林地帯はたくさんの木々に囲まれ、閉鎖的なマップです。これは狙撃手と射手、銃手の射線を凌ぎ、接近戦に持ち込むのが狙いでしょうか?』
『だろうな。最上は万能手だが、どちらかと言えば斬り合いの方が得意だ。おそらく二宮対策だろうが……』
『当然二宮くんも対処するでしょうね。彼、夏の件すっごく根に持っているんだもの』
と、イイ笑顔を浮かべて加古はそう言った。
相変わらず仲が良いな、と風間は呆れて、綾辻は苦笑した。
『さて、そうこうしているうちに各隊員転送が完了しました。
四日目夜の部四つ巴。いよいよ戦闘開始です!』
◇
「これは……!」
転送されて真っ先に修の目に入ったのは、視界全てを覆いつくす樹海――ではなく、白い霧であった。
『視覚支援!』
すぐさま宇佐美が視覚支援を行うも、それでも20メートル先がやっと見える程度。
今回最上隊が選んだマップは森林地帯、に加えて天候設定を『濃霧』にしたようだ。
元々木々で足場も悪いうえに濃霧で視界は遮られたことで、修含めて各隊員は奇襲を否応にも警戒せざるを得なくなった。
『各個撃破が狙いってところかしらね』
『だろうな。動きの鈍った相手を
『しかし、視界が悪いこの状態は最上隊長にとっても不利なのでは? 影浦隊長や二宮隊長相手では少々分が悪いかと……』
感情受信体質のサイドエフェクトを持つ影浦なら、奇襲を受ける前に感知して迎撃することが可能だ。それどころかこの天候で最も動きやすいのはおそらく彼だ。元々攻撃手である影浦からすれば、近づけなければ相手を視認できないこの状況はむしろ好都合だ。
そうなると射手である二宮は不利かというと、状況だけを見れば確かにそうだ。しかし№1シューターの肩書きは伊達ではない。むしろ最上隊の狙いを瞬時に理解し、隊全員にバッグワームを使用させている。これでレーダーを頼っての奇襲は無くなった。
それを汲んでの綾辻の発言だったが、風間はその言葉に対して「確かにそうだ」と肯定する。
『だが、これで少なくとも
『抑え込まれる……?』
『ああ。最上隊は戦闘員が一人しかいない。故に最も他の隊に点を取られやすい。
最上にとって最も避けたいのは、二宮や影浦のどちらかによって抑え込まれて時間を稼がれることだ。そうなれば獲れる点も獲れないからな』
『でもこのマップだったら、さっさと逃げて次の獲りやすい点を狙いに行けるわ。足場が悪く、視界の悪いこの戦場ならね』
一方戦場では、二宮隊の辻と犬飼が合流を果たしていた。
二人は現在レーダーを見ながら、二宮からの指示を聞いている。
「じゃあ、試合前に話していた作戦は無しということですか?」
『ああ。この戦場を選んだということは、
「つまり、狙われるのは俺と犬飼先輩……」
当初、二宮隊は風間の言う通り二宮が最上を抑えるつもりだった。その間に犬飼と辻が他の二つの部隊を討ち、決着が着き次第合流して一気に叩き込む。
しかしそれは使えないので、予め建てていたもう一つの作戦を決行することとなった。
合流した犬飼たちが彼の時間稼ぎをして、二宮が点を取りに行く。
いくら彼でもマスタークラス二人を相手に無双するのは難しい。
割に合わないなぁと思いつつ、犬飼と辻は動き出す。
「じゃあ、モガミンが釣れるまで適当に当たってみますか!」
点を取られたくない彼なら、戦闘が行われている場所に寄って来るかもしれない。もし来なければ普通に倒して点を取れば良い。
『影浦と空閑は深追いするな。特に空閑はグラスホッパーを持っている。警戒を怠るな』
「犬飼、了解――」
「辻、了解――」
一方影浦隊はというと。
『このマップだとオレの狙撃もゾエさんのメテオラもあんま意味ないね』
『そうだねー。ここは合流した方が良いかも?』
「……ふん」
『……? どうしたカゲ。いつもと様子が違うな』
マップの関係上銃手と狙撃手はあまり下手に動けないでいた。
特に北添はメテオラによる地形破壊を行ってからの敵の炙り出しができないため、ひとまず合流をしようと提案をする。内心影浦に一蹴りされると思いながら。そしてそれは他のチームメイトが同じ考えであり、だからこそ今の影浦の反応に違和感を覚えた。彼は特に反対することもなく戦場を駆けていた。そのことについて仁礼がどうしたんだと尋ねると……驚くべき回答が返ってきた。
「……今回オレァ二宮の野郎と遊んでくる。ゾエとユズルはその腰巾着らを抑えてろ」
『――え、どうしたのカゲさん。変なものでも食った?』
「うるせえ! 黙って従ってろ!」
それだけを言うと影浦は通信を切断して反応の消えた方角へと走る。他の隊員たちは怪訝に思うも、こうなっては仕方ないと諦めて自分たちのカバーに入るべく動き出した。
そしてレーダーに映っている反応は自分を含めて僅か四つ。空閑からの報告によれば、二宮隊はバッグワームを使っていた。そのことを考えると、残り二つの反応は影浦隊の二人ということになる。
その反応のうち一つは空閑の方――というよりもバッグワームで消えた二つの反応だろうか――へと向かっており、速さから影浦と予想できる。もう一つは迂回しつつ北上中。もしこのまま空閑が見つかってしまえば二対二対一になり、空閑が不利となってしまう。
早く合流しなくては。
そう思って急ぐ修だったが――。
「――っ!?」
突如、修は酷い悪寒に襲われた。
首元からかけて鋭い違和感を感じ、思わず足を止めてしまい――しかし、すぐさま気を取り直して手に持ったレイガストを構える。
(この、感覚は……!)
何度も体験したから分かる。
どうやら修は焦って最短距離で合流を目指したことによって、一人のハンターに捕捉されてしまったらしい。バッグワームでトリオン反応を消しているからレーダーに映らないが、それでは隠せないほどの濃密な闘気を発してその男は現れた。
「……!」
前方の左上! 霧の奥から影が出現し、その影はスタッと軽い足取りで木の上に着地した。
相手の顔を視認して、修の頬に冷や汗が一つ垂れる。
最上秀一。
遠征部隊を目指す自分たちに阻む大きな壁の一つ。ラウンド1では勝利を収めたものの、それ以降の躍進には目を見張るものがあった。いや、目を見張るなんて上から目線で語れるほど余裕はない。
彼は――以前の彼とはほぼ別人と言っても良いほど強くなっている。
「目標、確認! 迎撃します!」
『相手は強敵。無理はしないで修くん!』
「はい!」
――戦闘開始だ。
『各部隊が合流を目指すなか、最上隊長が三雲隊長に仕掛けた! マップ選択権があった分、最上隊長が優勢か!』
実況を進めている綾辻だが、内心は驚きでいっぱいだった。先日嵐山との特訓を見ていただけに尚更に。そしてそれはモニターで二人の戦いを見ていた隊員たちも同様であった。
三雲は戦闘においては三流以下だ。別に彼を侮っての感想ではなく、今までのランク戦を見ていたからこそ抱いたものだ。戦術や雨取を使った地形戦法は注目する価値があり、だからこそ戦闘での実力の無さが浮き彫りになった。ただ、防ぐという行為においては嫌に上手かったが……。
結論から言うと、観覧席に居た全員が三雲が最上に見つかった時点で終わりだと思っていた。しかし結果は余裕を持って食らいついている。最上の強さを知っているだけに、尚更に信じられなかった。
バイパーと弧月による
『三雲の狙いは空閑が来るまでの時間稼ぎだ』
『加えて、他の隊も気づいている。時間が経てば経つほど最上君は不利になるわ。彼には味方が居ないもの。なかなかえげつないことを考えるわね』
『ラウンド3で漆間に対して行ったのと同じ戦法だな』
単純だがそれ故に効果的だ。
空閑か他の隊員が到着すれば三雲の勝ち。
その前に最上が三雲を倒せば最上の勝ち。
グラスホッパーを持っている空閑に補足されてしまえば、彼は
(それにこの場所はボクが有利だ!)
修の初期地点の近くに居た一つのトリオン反応。それはしばらくしたらレーダーから消えた。明らかに初めからバッグワームを展開する狙撃手ではなく、このマップを見てその意図を読み取ってからバッグワームを展開していた。
そして空閑からの報告から推測すると、その反応は二宮の可能性が高い。
(ボクたちが戦闘をしていることは分かっているはず……なら!)
二宮と最上を食い合わせて、空閑と一緒にまとめて倒す!
そのためにも、目の前の相手からの猛攻を防がないといけない!
首に向かって振り払われた弧月をレイガストで受け止めて、三雲はアステロイドをゼロ距離で放つ。しかしそれを最上は後ろに下がってすぐさま足に展開したスコーピオンで蹴り上げて打ち消し、スコーピオンを消すとバイパーを一斉掃射!
「ぐっ……!」
レイガストとシールドで何とか防ぐも、何発かは三雲の体に命中しトリオンが漏れ出す。
それでもまだ動ける範囲だ。
このまま行けばボクの勝ちだ。彼はそう信じて疑わなかった。
だからこそ聞き逃してしまったのかもしれない。
――最上が零した「仕方ない」という言葉を。
最上は弧月を鞘に納めて居合の構えを取り、そのまま勢いよく三雲に向かって駈けだした。
(居合……? 旋空? いや、でもこの距離で?)
疑念はある。しかし彼ができることはレイガストを構えるだけだ。
それに最上がどこを狙っているのかを三雲は嫌というほど感じ取っていた。いつも以上に首がチリチリと違和感を感じ、そしてそれを防ぐ戦い方を、そして反撃の仕方を練習してきた。
最上の弧月の刃がギラリと光り、三雲はレイガストを構える。
(来るなら来い!)
高速で解き放たれた弧月は三雲のレイガストへと吸い込まれていき――。
「――え?」
しかし、次に三雲が聞いたのはレイガストが弧月を受け止める音ではなく、何かを斬った鈍い音だった。
それどころか三雲の視界はどういうわけか反転しており……何が起きたのか理解することなく。
三雲修は