勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第41話

「……!」

 

 ベッドの上で呆然と天井を見上げる修の心中には――『後悔』。たった二文字で表せるその感情が、彼を支配していた。

 知らず知らずのうちに奥歯を噛みしめ、拳を握って耐えようするも……修もまだ中学生。感情には逆らえず表情に出てしまった。

 

(知っていた。理解していた。想像していた――それ以上に忘れていた)

 

 先ほど彼に首を撥ね飛ばされる瞬間、修は入隊したての頃を思い出していた。

 何もできない自分が許せなくて、がむしゃらにできることを探して、何とかボーダーに入って、そして……。

 機械のように無機質な瞳。それが最後に修が見た光景だった。……いや、違う。見慣れたはずの光景だった。戦っている自分のことなど目にくれず、ただひたすらに未来しか見ていない危く昏い光。それを見たからこそ修はここまで頑張ってこれた。

 あの時と同じ状況。しかし、修の心中はあの時以上に激しく荒れていた。

 

(せっかく……色んな人たちの力を借りたというのに……!)

 

 烏丸。嵐山隊。出水。太刀川――。

 その人たちの期待を裏切ってしまったことのほうが……修は辛かった。

 

「――修くん!」

「……宇佐美先輩」

「まだ終わってないよ。千佳ちゃんたちに指示を出して」

「……!」

 

 今は、置いておこう。

試合はまだ終わっておらず、今こうして修が後悔している間にも遊真と千佳も戦っているのだから。

己を一旦胸の奥に仕舞った修は、すぐさま立ち上がって未だに隠れさせている千佳へと通信を繋げた。

 

 

 

 

『いったい、何が起きたのでしょうか!? 三雲隊長は確かにレイガストで防ぐ構えを取っていたはずです。しかし……』

『視界が悪くてよく見えなかったけど……私にはすり抜けて見えたわ』

『すり抜けたというよりも()()()()()と言った方が正しいな』

『あら? 風間さんにはあのトリックの種分かるの?』

『解説を頼んでもよろしいでしょうか?』

 

 加古の問いに風間は「ああ」と肯定する。それを横で聞いた綾辻は解説をするように頼んだ。観覧席に居る隊員たちの大多数も興味があるのか、映像を見つつ意識を彼へと向けている。それを感じ取った風間は口を開く。

 

『最上自身は特別なことはしていない。ただ単にトリガー構成を変えただけだ』

『トリガー構成……なるほど、そういうことね』

『それって……』

『――幻踊弧月。弧月専用のオプショントリガーだ』

 

 スコーピオンの使い手である風間だからこそ見抜けたのだろう。

 三雲の首が撥ね飛ばされた時、彼が持っていたレイガストに切断された痕は無かった。生駒旋空やその応用版である狙撃型旋空を派手に使ってきたために、ほとんどの隊員たちは最上はまた変態的な技術を使ったと思っていた。

 その先入観によって気づきにくいが、答えは酷く単純なものだった。

 

『大方米屋から教わったのだろう』

『最上くん、三輪隊の皆から可愛がられているからねぇ』

 

 実際その通りであり、作戦室で観戦していた米屋は笑っていた。

 一方、風間の解説を聞いた隊員たちは何処か物足りない表情を浮かべていた。

 

「なんだ。ただトリガー変えただけかよ」

「ちょっと肩透かしというか呆気ないと言うか」

「俺、今度幻踊入れてみるわ。これ使えば相手のシールド掻い潜って倒せるし」

 

 と、ヘラヘラ笑いつつそう呟く隊員たち。

 どうやら最上が幻踊を使って三雲を倒したことを知って、自分たちも使えば上に行くことができると思っているらしい。

 そんな彼らの会話を聞いてしまった者が一人居た。

 風間隊所属の菊地原だ。

 

(そんな簡単な訳無いじゃん)

 

 菊地原もまた最上が幻踊を使って三雲を倒したことに気づいており、それと同時に呆れてもいた。

 彼もまたスコーピオンを使っているからこそ分かる。あれはそこまで優しい技ではない。高速で振り抜かれた剣を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんな絶技を誰でも使えるのなら、弧月使いのほとんどが幻踊を入れている。

 はっきり言おう。

 それを可能にした最上や米屋は十分変態だ。いや、最上はSEを使っているからその限りではないのかもしれないが……。

 

(居合いの形にしたのも、当てやすいからかな。まぁ、実際にするなんて信じられないけど)

 

 菊地原の思っている通り、居合いの形にしたのも()()()当てるためだ。幻踊の特性上、どうしても相手に近づかなければならない。

 今回は不意打ちで使ったため上手く決まったが、実際は銃手や射手相手には距離を取られると使えず、攻撃手相手だと斬り合いになり、正直なところ使い所が少ない。

 

(だが、これで最上隊の真の狙いが読めたぞ)

 

 己が奇襲されるリスクを犯してまでこの戦場を選んだのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 二宮のトリオン量はボーダーでトップクラス。彼の両防御(フルガード)はアイビスの一撃を受け止めるほどに硬い。ゆえに最上はその堅牢な盾を攻略するために、変幻自在の槍を米屋から学んだのだ。

 風間は、試合が始まってから密かに抱いていた違和感の正体に気づくことができ、それと同時に最上に対して一つの感情を抱いた。

 

(そうか。お前は真の意味でA級を目指しているのだな)

 

 普通の人間なら確実性を狙って妥協するところを、最上はそれをせずに自分が納得いく形で成長しようとしている。

 それを知った風間の口角は自然と上がり……。

 

(気を付けろ二宮。お前が思っている以上に、そいつは貪欲だぞ。なにせ――)

 

 ――総合二位であるお前を倒すつもりなのだからな。

 

 

 

 

 時は少し遡り。

 

緊急脱出(ベイルアウト)していく三雲を見送りながら、彼は思った。

 

 トリガー構成変えてなくて良かった、と。

 客観的に見れば戦術を組んで幻踊を入れたように見えるが、事実は違う。単に彼がトリガー構成を忘れていただけだ。ぶっちゃけ彼にこれ以上の新技術はキャパオーバーである。試合開始時にメテオラではなく幻踊が入っていたことに気づいた時は、久しぶりにSEで落ち着く時間を増やしたくらいに焦った。かと言って試合をもう一度やり直して貰える空気ではないし、月見にバレないようにするので精一杯だった。

 息抜きに幻踊の伸び縮みを使って米屋と遊んでいた自分を呪うも、運悪く()()三雲修と接敵してしまって彼はさらに焦った。

 聞けば、以前の記憶を失う前の頭のおかしい自分とライバルだったらしいではないか。通りでラウンド1でも今回の戦闘でも彼の攻撃を防ぐ訳だ。彼が戦ってきたなかで最も攻め辛い相手だった。そんなのといきなり激突した上に、月見から急かされた彼は覚悟を決めて――幻踊を使った。

 

 正直に言おう。やべえ。

 スコーピオンを使っていたため、刃の変形機能は問題なく使えた。そして運良く倒せることもできた。しかし凄く疲れた。何せ絶対に失敗は許されないため、かなり時間を遅くして使ったのだからストレスがマッハで、開始早々疲労困憊だ。バレないように自然体を装っているが、正直休みたいのが本音だ。

 もしやこれが狙いか。三雲修恐るべし、とだんだん思考回路がおかしくなっていく彼。どうやら上位入りして知らず知らずのうちに気負っているようだ。

 

 そこでふと彼はSEを使っていることを思い出した。このままでは月見の指示を聞くことができない。加えて視界は何をトチ狂ったのか濃霧で最悪である。いや、射程持ちを牽制するためだけども。

 とりあえずSEを解いて月見に弁解をしよう――そう考えたと同時に視界に『警告』と書かれた矢印型のパネルが表れた。加えて頭に響く警報音が矢印の方向から大音量で流れる。SEを使っている状態でも聞こえるほどの音に彼は驚き、緩んでいた意識を引き締めて振り返る。

 モノクロの世界には何も映っていない。しかしそれは短い間だけであった。

 霧の向こうに影が生まれ、その黒の中から白の弾丸が猛スピードで彼に襲い掛かった。

 遅くなった世界でその正体を確認した彼は、弧月で相手の一撃を受け止め、追撃をされる前にゴリ押しでその弾丸を弾き飛ばした。元々軽いからか、それとも今の()()はただの挨拶だったからか、その少年は追撃をせずに軽やかに彼と離れた位置に着地した。

 その一連の動作を見て、彼は常時SEを使用することを決意する。目の前の相手はそれだけの相手だからだ。

 

「久しぶりだな――シュウイチ」

 

 少年――空閑遊真は不敵な笑みを浮かべてスコーピオンを構える。

 そんな空閑を見て彼は内心焦り、そしてそれを読んだかのように視界に一つのメッセージウィンドウが表れる。

 

【現状プランAは不可。プランBを実行せよ】

 

 現実世界では0.5秒だけ表示されたメッセージだったが、SEを使っている彼ならば問題なく読むことができる。

 しかしそんなことより彼は気になっていることがあった。

 

 月見さん、怒ってない?

 

 そんなことを気にするだけの余裕は残っているようである。

 ――そして、それを見逃すほど空閑遊真は呑気ではない。

 

 SEを使っている彼の視界から見ても素早い動きで、遊真は彼に斬りかかった。

 

「悪いけど、修がせっかく繋いでくれたチャンスだ。今回も容赦しないよ」

「……!」

 

 さっさとバッグワームを展開して離脱すれば良かったと後悔する彼だったが、それは少し見当外れだ。小柄な体格の空閑は空中での移動が他の隊員に比べて機敏に動ける。加えて森林地帯という彼にとって絶好の足場が多く存在するこのマップは、今までの通常のマップに比べて遥かに動きやすかった。おかげで空閑は最短ルートで三雲の元に向かうことができた。それでも二宮隊の二人とすれ違ったり、合流前に己の隊長を倒されてしまったが……それでも最悪の事態は免れた。

 

「前回の続きと行こうか、シュウイチ!」

 

 バイパーを使わせないためか、常に彼に張り付いてスコーピオンを振るう空閑。左の刃で硬い弧月に衝撃を与え、もう片方のスコーピオンでモール爪を仕掛けるも避けられる。しかしそれは織り込み済みであり、空閑の狙いは反撃をさせず、防戦一方にさせて動かさせること。現在彼らが戦っているのは、比較的木々が密集している場所だ。三雲がバイパーを防ぐために選んだ場所だったが、それがそのまま空閑に味方している。足場が悪く、閉鎖的なこの場所は、弧月使いの彼にとっては動きにくい。弧月が振るい辛く、先ほど居合いを使ったのもこれが原因だ。

 

『自由自在にスコーピオンを使って攻め立てる空閑隊員! どうやら彼にとってはこの戦場の足場の悪さは問題にならない様子!』

近界(ネイバーフット)での経験か……)

 

 風間の予想通り、空閑はこういう戦場での戦闘経験があるようだ。

 対して彼はと言うと、山育ちで、幼いころは祖父と駆け回り、お前は猿かと言われるほどすばしっこい小僧だったが、どう考えても目の前の少年よりも上とは言えない。やはり体格差が表れているようだ。

 このままではやられるのも時間の問題……そう思っていた彼の視界にまたもやメッセージウィンドウが表れた。

 

【最上くん。弧月が振るい辛いのなら、先ほどのように縮めたらどうかね?】

 

 縮める……? と消えたメッセージウィンドウに対して疑問を抱いていた彼だったが、すぐに幻踊のことだと気づいた。それと同時にそのアドバイスの意味も理解する。

 彼はすぐさま幻踊で刃を小さくし、小太刀程度まで縮める。

 急な変化に空閑が反応し、スコーピオンで斬りかかるも、逆手持ちに切り替えた彼によって受け止められた。

 

(――! さっきよりも反応が速い。小回りが効く分動きやすくなったか)

 

 長い通常の弧月では空閑の攻撃を受け止め損ねていた彼だったが、刀身を縮めたことで戦闘スタイルが変化し、猛攻による攪乱に対処できるようになった。

 しかしこれで終わりではない。先ほどのメッセージでヒントを得たことで、彼はとあることを思いついた。それを試すために、彼はさらに集中する。

 

 十合、ニ十合と斬り合う中、彼は注意深く観察してその時が来るのも待ち続けた。

 左手に展開したスコーピオンと弧月の二刀流で、受けの型で空閑のスコーピオンに対応する。振り下ろして来たらスコーピオンで受け流し、斬り払いには硬い弧月で受け止め、それならばと鋭い突きを放ってくれば体を半身にさせて回避し――彼の待ち望んだ時が来た。

 逆手に持った弧月の剣先を空閑に向ける。

そしてその状態のまま幻踊を解除し――すぐさま生駒旋空を発動! 発動時間が少なければ少ないほど旋空の刃は遥か彼方へと届く。それすなわち、神速の刺突に他ならない!

 弧月の刃が空気を突き進み、そのまま空閑の頭部を刺し貫こうとし――。

 

「!!」

 

 しかし、空閑は間一髪回避することに成功した。予め空けておいた左手でグラスホッパーを発動させて、彼の体に当てて跳ね飛ばしたのだ。

 予想外の不意打ちに彼はなすすべもなく吹き飛ばされ、弧月による神速の刺突もあらぬ方角へと進み、幾つかの木々に穴を空けただけであった。

 それを見た空閑は自分もグラスホッパーで距離を詰めようとするも、その前に彼が牽制でノーマル旋空を放ち、近寄らせない。空閑は仕方なく接近を諦め、彼はその間に態勢を整えた。

 

『幻踊弧月、旋空弧月を変幻自在に操り追い詰める最上隊長! しかし咄嗟の機転で窮地を脱した空閑隊員! 両者互いに譲らず膠着状態!』

『どっちもトリガーの使い方が巧いわね。特に空閑くんなんて入隊して浅いのに』

『それだけどちらも戦い慣れているということだ。だが――時間を掛け過ぎたな』

 

 ――あの男の射程圏内に入ったぞ。

 風間がそう呟いたと同時に、空閑と彼のサポートをしていたオペレーターの二人はレーダーの変化に気づいた。

 二人が戦っている戦場より少し離れた位置に一つのトリオン反応が表れた。

 それを見た二人は嫌な予感を感じ、すぐさま警告する。

 

『遊真くん!』

【最上くん!】

 

 しかし、警告するにはあまりにも遅く、そしてその男を接近させ過ぎていた。

 

追尾弾(ハウンド)炸裂弾(メテオラ)――」

 

 男――二宮の手には既に二つの巨大なトリオンキューブが展開されていた。膨大なトリオンが内容されているその二つの弾丸は、担い手の腕の中で合成されていき――驚異的な破壊力を有する魔弾へと進化した。

 

「――誘導炸裂弾(サラマンダー)

 

 解き放たれた魔弾は、そのまま獲物へと喰らいつき――戦場の一角の濃霧が吹き飛んだ。

 

 




??「13kmや」

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