勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第44話

 二宮が絵馬を取りに行ったことで、自分たちを邪魔する者はいない。

 オペレーターからの情報でそのことを知った二人は、互いに相手を見据える。ランク戦の性質上、特別な状況でなければ一騎打ちになることはない。目の前の相手に集中しすぎれば、横から掻っ攫われたり、狙撃されたりするからだ。

 だが、今はそれができる。後のことなんて知らない。ただ、倒すだけ――。

 自然と、二人は距離を取っていた。言葉を交わすことなく、首を取ることだけを考え、純粋な闘志を胸に……。

 

「……」

「……」

 

 ビリビリと空気が揺れる。遠くから微かに衝撃音が響く。

 どちらも動かないまま30秒経過し――一つの木片が音を立てて地面に落ちた。

 

「――!」

「っ!!」

 

 それを合図に二人は動いた。

 目いっぱい力を入れて踏み込み、相手に向かって駆けだした二人。互いに展開したスコーピオンが交差し、火花と共に剣戟の音が鳴る。そしてそれは一度だけではなく、何度も何度も響き渡る。

 

『互いに腕と足にダメージを受けているものの、形勢はやや最上隊長寄りか?』

『元々最上は二刀流で戦えるからな。腕を落とされたのならスコーピオンを使えばいい』

『空閑くんもそこまで堪えていないわね。今までの試合でもそうだったけど、トリオン体の扱いが本当に上手』

 

 彼は弧月を振りぬいて遊真を弾き飛ばした。そしてすぐさまスコーピオンを解除しバイパーを起動させる。 視界がモノクロに変化し、宙に浮いている目標を確認し弾道を設定。そして一斉掃射。分割されたトリオンの弾丸は遊真へと殺到する。自分に襲い掛かる弾丸の嵐を前に、彼は冷静に対処する。スコーピオンとシールドで捌いてダメージを逃れ、着地すると同時に後退した。

 秀一は己の弾丸が同士討ちしないように操作し、回避する遊真へと追撃させつつ弧月を構える。彼を誘導してベストな距離で刃を叩き込むつもりなようだ。

 

「……」

 

 当然そんなことは遊真も理解している。かと言って自分の防ごうと足を止めれば、蜂の巣にされてしまう。

 ――なら、この邪魔な弾を撃ち落とそう。

 遊真は再びグラスホッパーを発動させる。しかし今度は回避をするためではない。迎撃だ。

 メテオラによって散乱していた木片が突如跳ね上がり、遊真を撃ち貫こうとしていた弾丸へと激突した。木片は木っ端微塵に砕け散るが、彼を襲う脅威は一つ減った。さらに幾つもの木片が遊真の足元から飛び出していき、次々とバイパーに当たりに行く。

 

「――!」

 

 それを見た秀一は内心驚いた。今までグラスホッパーを使う相手とは何度も戦ってきた。しかし、目の前の少年は違う。使い方が予想外で、そして効果的だ。不意打ちされるのが苦手な彼からすればやりにくい。

 しかし、秀一もまたA級トップ陣から鬼のような扱きを受けていない。いくら記憶を失っていようとも、彼の体は忘れていない。覚えている。その体が言っている。目の前の少年は強いが――対処できない相手ではない、と。

 

「――」

 

 彼の目が一瞬赤く光り、視界がクリアになる。思考が世界から一つ飛び出し、動きの鈍い足を無理矢理動かす。

 前へ、前へ、前へ――。この刃を通すために、首をはねるために。

 最短距離で、最高速度で遊真に接敵した彼は、そのまま何も考えず、弧月を振りぬき、シールドでガードされ――次の瞬間砕け散った。 

 

「……!」

 

 衝撃で体が吹き飛ばされ、遊真のシールドがガラスの破片のように宙を舞う。それに続いて何条もの光が空間を走り、トリオン体を貫く。瓦礫の上に何度も叩きつけられ、木片を周囲に撒き散らしながらも遊真は着地した。そして冷静に自分の身に何が起きたのか、自分の腕を確認して――すぐさま回避行動に移った。

 先ほどまでいた空間に斬撃が走り、逃げた先には幾つもの弾丸が襲い掛かる。

 それを避けながら彼は内心舌を巻く。

 

(――まただ)

 

 腕を斬り落としてからだろうか。残量トリオンとか、戦略とか関係なしに、彼は一段階鋭く、激しくなっていた。そして今もまた一段階超えて来た。

 成長、という奴だろうか。

 修は彼の記録を見て一気に成長していると言っていたが、実際には異なる。あれは彼が今まで培ってきた経験の、技の、力の引き出しの鍵を開けていたにすぎない。だからこそ修は新しい技を覚えた彼に敗北した。

 だが、今の彼は違う。遊真という存在に刺激されて、彼は戦いながら成長していた。

 

 

 普通にやっては勝てない。今までのままではダメだ。心からそう思ったからこそ――彼は独りになることができた。()()()()

 

 

 垣間見た彼の本質に遊真の心が震え――しかしすぐに己を叱咤した。

 

(だから、なんだ――)

 

 自分は決めたのだ。目の前の友を倒してでも、立ちはだかる強大な壁を壊してでも――自分たちは上を目指すと、そして遠征部隊に行き、千佳の兄や友を探し出し、記憶を取り戻す方法を手に入れると。

 だから……。

 だから――。

 こんなところで、臆している暇はない!

 

 傷も多く、残りのトリオン量も少ない。対して向こうは右腕を落とされただけで、比較的軽傷だ。加えて、この戦いから遊真の動きを見切り始め、成長している彼には生半可な手では対応されてしまう。

 さらに……。

 

『ここで絵馬隊員緊急脱出(ベイルアウト)! 二宮隊に一点加算されます』

 

 もう、時間もない。

なら、彼が、遊真がすることはただ一つ。

 

(――最短距離で近づき、一気に決める!)

 

 メイン・サブ両方のグラスホッパーを起動。地面と垂直に浮かび上がった光の板を踏み締めて遊真は跳んだ。弾丸のように、秀一に向かって一直線に。

 それを見た秀一は、鞘に弧月を収めて腰だめに構える。小細工無しに一直線に来るならば好都合。いくら速度を上げようと、己のサイドエフェクトなら捉えることなど容易い。

 斬り捨てる。彼の目が力強く開かれ、こちらに向かってくる遊真との距離を測る。

 ノーマル旋空の射程距離まで、あと10、9、8、7、6――。

 そこまで数えたところで、視界に映る遊真に動きがあった。

 スコーピオンを作りだしたかと思うと、そのまま手に持ち、投げ飛ばした。

 何故、今この時になって? 弧月で撃ち落とすのを願って? しかし、目の前の少年が今更このような失策を取るだろうか。

自分の顔目掛けて放たれた刃は、しかし彼にとっては大した脅威ではない。故に彼は普通に顔の前に集中シールドを張り、案の定スコーピオンは硬い音を立てて弾き飛ばされた。

射程距離まで後――2メートル。彼は意識を遊真へと完全に向けて旋空を放とうと腕に力を入れ、目は鋭く細まり――。

 

「――そう、ここだ。この距離だ」

 

 しかし次の瞬間、彼は目を見開くこととなる。

 彼が旋空を放つよりも先に、遊真がもう一つのスコーピオンを展開した――こちらに向かって長く、鋭く。

 それを見た彼の脳裏に、先ほどまで戦っていた影浦の姿が浮かび上がる。

 マンティス。二つのスコーピオンを繋げて無理矢理伸ばす影浦の荒業。

 以前噂でその技を聞いた秀一は何度か練習をしたことがあった。しかし、繋げ合わせることはできたものの、どうしても相手に当てることができなかった。

 だからこそ、この土壇場でマンティスを使った遊真に驚き――しかしすぐにそれは収まった。

 先ほども言ったように、マンティスは二つのスコーピオンを繋げて離れた相手を斬りつける技だ。確かに強力だが、それは二つのスコーピオンを使って初めて成立する。スコーピオンの性質上、一つだけではこの距離に届く前に砕けてしまう。

 驚いたが、それだけだ。

 彼は安心して弧月を振るう。

 一応伸びるスコーピオンに注意するが、やはりぶっつけ本番だったからか刃はあらぬ方向へと逸れていき――思考が止まる。

 

 マンティスは確かに二つのスコーピオンを使う。彼の知識は正しい。

 しかし、彼は遊真の力を知らな過ぎた。

 

 遊真は、初めから秀一を狙っていなかった。  

 狙っていたのは、先ほど弾き飛ばされた己のスコーピオン! 伸びたスコーピオンと弾き飛ばされたスコーピオンが合わさり、融合した彼の刃はそのまま秀一へと襲い掛かった。

 彼は内心舌打ちをした。シールドは既に張っている。旋空も発動している。故に回避も防御も不可能! 彼は仕方なく明後日の方向から伸びるスコーピオンを弧月で叩き切った。

 砕け散ったトリオンの光が宙に舞い、しかし彼にそれを見届ける余裕は無い。

 急いで振りぬいた体勢を立て直そうとするも、明らかに遊真が懐に入る方が――速い。

 

 ――まずい。

 ――やられる!

 

 シールドを急いで解除し、彼は弧月を仕舞い、そして――。

 

 

 

 二つの影が交差した。

 

 

 

 

 一方の背中から光輝く刃が突き出ていた。

 一方の腹部には深い切り傷が刻み込まれていた。

 一瞬だけ場が静粛に包まれるも、勢いよく吹き出したトリオンの音がそれを乱す。

 

「――」

「……なんでそこまで必死なのか……って?」

 

 ふと、彼は口を開いた。

 二度目に戦った玉狛第二。直に触れて、戦って、彼らがA級を目指す理由には何かあるのだと、直感で感じ取ったのだろう。珍しく、彼は自分から声をかけた。

 

 それを聞かれた遊真は大規模侵攻で彼と共に戦った時のことを思い出していた。

 今思い出しても、あの状況は切羽詰まったものだった。

 黒トリガー二つに強化トリガー。加えて三人とも精鋭中の精鋭。それを一人で相手取っていた時、彼はどんな気持ちだったのだろうか。

 それを知ることを今はできないが、遊真が駆け付けた時、彼がこちらを見た時――驚いて、笑みを浮かべた時、彼が何を考えたのかを遊真は本人の口から聞いていた。

 その時の言葉を遊真は忘れない。彼が忘れたのなら余計に。

 

「思い出させるため。そして、約束を果たすためだ」

「……」

「そのためなら、おれは――おれたちは諦めない。だから……」

 

 ――次は、絶対に勝つ。

 

 その言葉を最後に遊真の戦闘体は崩壊し緊急脱出(ベイルアウト)した。

 ドンッと音を立てて光が空の彼方へと飛んでいき……しかしそれを見送る余裕は彼にはなかった。

 極度の緊張状態から解放され、息を吐き出す。それと同時に腹部から一際大きくトリオンが噴出した。彼はそれを押さえる。しかし、次から次へとトリオン漏れ出していく。

 

『警告。トリオン漏出甚大』

 

 機械的な声が彼に現実を突きつける。

 彼は視線を彼方へと向ける。その視線の先には最後の相手である二宮が居るのだろう。

 だが、彼はダメージを受けすぎた。

 致命傷を避けたが、それでも……。

 レーダーに映っている二宮は真っすぐとこちらに向かっている。

 緊急脱出(ベイルアウト)は、できない。

 彼はサイドエフェクトによって起きた精神疲労を無視しながら、月見に確認する。

 今の自分は勝てるか? と。

 

『……無理よ。万全の状態で挑んでも勝ち目が薄いのに、今のあなたじゃ――』

「……」

『……そうね。多分この試合を見ている人たちもそう思っているわ』

 

 誰もが思っている。

 この試合の勝者は二宮だと。

 そしてこう思うだろう。最上も頑張ったが、それでも一人では限界だ。まぁ、良い試合だった……と。

 

 ――だからこそ、彼は決めた。

 

 彼は足を動かした。後数分で崩壊するトリオン体を動かして二宮に向かって。

 遊真は諦めないと言った。それを聞いた時、彼はその言葉をすんなりと受け入れることができた。自分も同じだからだ。

 A級を目指し、戦っていて、勝ち上がっていく度に彼は考えていた。ただA級になるだけで良いのか? それだけで最上秀一(記憶を失う前の自分)を超えることができるのか?

 勝つことだけを考えて、ポイントをたくさん取ることだけを考えて。

 二宮(頂点)を避けて、安全に上に行って、それで満足できるのか?

 ――できるわけがない。そんなもの、認められない。認めたくない。

 

『……そう。あなたがそうしたいのなら、私はサポートするだけよ。後悔のないようにしなさい――隊長』

 

 その言葉を最後に月見は通信を切って、彼の視界に必要最低限の情報を表示する。

 そのことに関して彼は感謝を示し、しかしすぐに気を引き締めた。

 彼の足は速い。既に二宮の射程距離範囲内に入った。それと同時にトリオン反応が急増。

 彼はキッと上を睨み付け、空が降り注いてくる数多の弾丸を睨み付けた。

 二宮の両攻撃(フルアタック)ハウンド。北添のメテオラで障害物は無く、身を潜める場所はない。

 彼はサイドエフェクトを使用し、自分に襲い掛かるすべての弾丸を目視した。

 そのまま彼は走る。走る。走る!

 シールドを展開してそれを傘に、絶対に足を止めない。それでも、二宮の火力はボーダー随一。シールドを突き破って幾つかの弾丸が彼に被弾した。

 緊急脱出(ベイルアウト)までの時間が一気に短くなる。

 だが、そのおかげで二宮に近づくことができた。

 必死に走っていたからか、二宮を視界に捉えていた。それを確認して、彼はさらに加速。

 それと共に二宮から放たれる弾幕の勢いが増し、被弾が増える。

 もはや、緊急脱出(ベイルアウト)まで数十秒となった。

 それでも彼は止まらない。猛スピードで駆け抜けて、ぐんぐん距離を縮める。

 

「……」

 

 そんな彼の覇気を受け止めていた二宮は、冷静に彼を見据えて、指先を向け――。

 

「――終わりだ」

 

 速度重視……それも()()()()()()トリオン体では反応できないアステロイドを放った。

 二宮は、自分の放ったアステロイドが彼の体に穴を空けたのを確認し――ゾクッと背筋が凍った。

 その感覚を彼は知っている。

 夏の……記憶を失う前の最上秀一に一本取られた時のあの感覚だ。

 しかし何故? 目の前の彼は――。

 

(な……に……!?)

 

 目を見開く。二宮のアステロイドをもろに受けた彼は、それでもまだ走っていた。

 

(馬鹿な!? 俺のアステロイドは確実に――)

 

 驚きと共に傷口を見た二宮は、何故秀一が無事だったのかを理解した。

 傷口の向かうには、薄っすらと光る何かがあった。

 

(シールド……! 体内に展開してアステロイドを防いでいたのか!)

 

 速度重視にした結果、威力が下がったのだろう。

 もしこれが一般的なトリオン量を持つ相手だったら、二宮の判断は間違っていなかった。

 だが、秀一は二宮と同等のトリオンを有する男。彼のシールドを打ち抜くには威力が足りなかった。

 しかし、シールドを使ったために、彼のトリオン体はもう限界だ。体の至る所から罅が入りトリオンが漏れ出す。

 だが、彼にとってはそれで良かった。この一瞬さえあれば、目の前の男を狩ることができると確信していた!

 腰の弧月に触れていた手に力を込め、神速の勢いで抜き放ち、刃を鞘から解き放つ。

 刃はまるで吸い込まれるように二宮の首へと向かっていく。

 

(っ! シールド!)

 

 危険を感じ取っていた二宮は己の首の側面に集中シールドを展開して防ごうとする。弧月を受け止めるつもりのようだ。

 しかし、そんなものは彼にとっては防御の内に入らない。

 

 ――それはもう……()()()()

 

「――な!?」

 

 弧月がシールドに触れる瞬間、弧月はその刀身を縮めてシールドを避けると、すぐさま元に戻した。

 幻踊弧月。修を倒した際に使ったオプショントリガー。それが今、再び解き放たれた。

 行ける。このまま――行ける!

 もう彼の弧月を阻むものはなく、刃は二宮の首に触れ、そのまま浸食し、首を撥ね飛ばそうとし――。

 

 

 突如、彼の視界は暗転した。

 

 

 

 

「……?」

 

 白い天井を見上げながら、彼は困惑していた。

 先ほどまで見えていた二宮の姿が何処にもない。

 此処は何処だ? と混乱する頭で考えて――自分の居場所を理解した彼は飛び起きた。

 いつの間にかサイドエフェクトを解いていたらしく、体感時間と世界の時間が一緒だった。しかしそんなことはどうでもいい。

 彼が此処に居る。それはつまり……。

 

「お疲れさま」

「!」

 

 部屋の奥から月見が現れた。彼女を見た彼はすぐさま問いかけた。

 試合は?

 試合はどうなった。と?

 それを尋ねられた彼女は静かに目を閉じて。

 

「……これから試合の総評が始まるわ。来なさい」

 

 そう言うとクルリと身を翻して彼女は元の場所に戻る。

 その言葉と態度で察した彼は、目を閉じ、深く息を吐いて己も続いた。

 

 

 

 

「では、まずは影浦隊からね。私が言っても良い? 風間さん?」

「ああ」

 

 試合が終わり、結果を見た観客たちは騒めき立っていた。

 興奮している者。驚いている者。喜んでいる者。嫉妬している者と様々だが、共通していることは、最後の秀一と二宮の一騎打ちに衝撃を受けていることだった。

 それを察した解説役の綾辻は、あえてそれを触れずに最後に残すことにして、その考えを感じ取った加古は一部隊ずつ解説することにした。

 

「意外だったのは影浦くんが終始二宮くんを狙っていて、最上くんや空閑くんには見向きもしなかったわ」

「最も脅威である二宮隊長を取りに行ったと私は考えていますが……」

 

 綾辻の言葉に、影浦のことを知る者たちはそれはないと内心否定する。

 彼は別に上を目指しているわけではなく、ランク戦でもただ面白そうな相手に噛み付きに行くという単純なもの。そもそも、ほかの部隊と違ってランク戦に本気ではない。戦いには本気なのだろうが……。

 

「北添くんと絵馬くんはいつも通りに隊長のフォローに回っていたわね」

「絵馬隊員の狙撃は見事なものでした。爆煙で視界が悪いなか、しっかりと当てていましたし」

「でも、そのせいで最上くんに場所を気取られて足を斬られたのよね。記録(ログ)見てなかったのかしら?」

 

 

 

「いや、あれはおかしいでしょ。狙撃手と同じくらいまで旋空伸ばすとかあり得ない。カゲさんのマンティスみたい」

「オレをあいつと一緒にすんな」

「いや、ゾエさんはどっちもどっちだと思うけど」

「お前らうるせー」

 

 

 

「次は……玉狛にしましょうか。では、風間さんお願いします」

「そうだな……まずは三雲についてだが――」

 

 解説を聞いていた修は、自分の名を呼ばれてグッと堪える。

 分かっている。今回、自分は明らかにチームの足を引っ張っていた。

 どのような酷評をされても仕方がない。大事なのは、それをどう活かすかだ。

 そう思って彼は風間の次の言葉を待っていたが……しかし予想外の言葉に呆気に取られることになる。

 

「悪くない動きだった」

「え……?」

 

 呆然と言葉を零す修の後ろで、遊真は笑みを浮かべていた。どうやら彼は風間の言葉を理解しているらしい。

 観客席に居る隊員たちも、風間の言葉に対して意外に思ったのかまたもや騒めきだした。それに気にせずに風間は続ける。

 

「相手との力量差を理解し、己のできることを最大限していたと俺は思う。結果だけを見れば、三雲は何もできずにやられたように思えるが……。

 幻踊という隠し札を引き出し、空閑を間に合わせた。それが後の点に繋がっている」

「――」

 

 力不足を嘆き、何もできずに落ちたと思っていた。

 しかし、それを風間に否定され、評価され――少しだけ落ち込んでいた気が晴れた。

 

(でも、それは運が良かっただけだ。ぼくは最上の動きを徹底的に知っていたからこそ……多分、他の隊員が相手だったらこうは行かない。)

 

 自分が強くなっても、相手も強くなっている。それを今回の最上との戦闘で感じ取った彼は、自分がすべきことは別にあるのではないか? と考える。

 そして、その答えとも言うべきものを風間が付け加えた。

 

「だが、今後もそう行くとは限らない。自分に何ができるか、()()()()()何をすべきかを考えるべきだと俺は思う」

「――隊長として、か」

 

 分かる者からすれば、余りにも優しい言葉。修は、風間の言葉を受け止めて胸に刻み込めた。

 風間は解説を続けた。彼は空閑については特に語ることはないと言った。しかしそれは、彼の実力を高く評価していることの裏付けだった。

 千佳についてもあまり多く語らなかった。どうやら彼女が人が撃てないことに気付いたようだが、それを指摘するのはフェアではないと思ったのだろう。

 

「じゃあ、次は二宮隊ですね」

「じゃあ私が。犬飼くんと辻くんは指示通り動いたって感じかしら? 初めの影浦隊との戦闘や、最上くんの戦闘も二宮くんの指示ね。マップのせいかうまく動けなかったみたいだけど、二宮くんの邪魔をさせなかったわね」

 

 点を取れずとも、仕事はしっかりとこなした。本当なら秀一を取りに行きたかったのだろうが、そこは絵馬の意地に通されてしまったという感じだろうか。

 

「で、二宮くんなんだけど……」

「あの、加古さんすごい笑顔ですけど……」

「いえね。いつも澄ました顔している彼が、あんな顔しているのを見てちょっとね?」

 

 解説を聞いていた二宮が忌々しそうに舌打ちをした。

 そんな彼の近くに隊員たちは内心気が気でなかった。加古にこれ以上煽らないでと願うばかりである。

 

「あの、加古さん真面目にお願いします」

「オッケー分かったわ。まぁ、影浦隊を次々と落としていったのは流石と言えるわね。確実にポイントを取りに行っていたわ。癪だけど。

 でも、最後の最後で最上くんにいっぱい食わされたわね。本当に久しぶりだわ――引き分けに持ち込まれるなんて」

「……ふん」

 

 加古の言葉を聞いて「えっ」と声を上げたのは秀一だった。

 自分は負けたと思い、解説に集中したからか彼はあることに気付いていなかった。

 ここで最終スコアを確認しよう。

 二宮隊3点。影浦隊2点。玉狛第二1点。最上隊――3点。

 届かなかったと思っていた最後の刃は、ギリギリ届いていたのだ。

 彼は勝っていない。しかし負けてもいなかった。

 信じられない、と思わず呟いた彼に、月見は思わず笑みを浮かべた。相変わらず、集中すると周りが見えない子だ、と。

 

「でも本当にギリギリだったわね。最上くんの残量トリオン量によっては結果はどっちにも傾いていたわ」

 

 最後、彼が二宮の首を撥ね飛ばすと共に秀一はトリオン切れで緊急脱出(ベイルアウト)した。その点は最もダメージを入れた玉狛に入り、彼らは0点は免れた。

 玉狛は、幻踊の前情報を知っていたからこそ点を取ることができた。

 二宮は、幻踊の前情報を知らなかったから虚を突かれた。

 

「では、次は最上隊長についてお願いします」

「そうだな……まず、あいつは数の不利を極限まで下げるために特殊なマップを用意した」

「森林地帯と濃霧ですね?」

「ああ。視界の悪さで狙撃手と銃手、射手のアドバンテージを削り、足場の悪さで機動力を阻害した。奴自身は前もって練習していたのか軽快に動いていたがな……」

 

 実際は田舎で養われた祖父との鬼ごっこだったりするが……それを言う者は誰もいない。

 

「だが、空閑には通用しなかったようだがな」

「グラスホッパーがある分、空閑隊員は最上隊長以上の機動力を得ていましたからね。まるで自分のフィールドのように動いていました」

「そのせいで当初予定していた奇襲ができなくなり、捕捉されて以降ずっと追われていたな」

「試合だけじゃあ分からないわよね。記録少ないし、かと言ってC級時代の踏破訓練までは調べていないだろうし」

 

 結果、最上は空閑のせいで思うように動けなかった。

 最後は何とか勝利を捥ぎ取ったが、全てがギリギリだ。そしてそうなる理由は――。

 

「奴自身の実力は高い。だが、それだけではダメだ」

「やはり、隊員を増やすべきということでしょうか?」

「違う――ランク戦の意義を理解しろ。俺が言いたいのはそれだけだ」

 

 ――ランク戦の意義?

 風間のその言葉を最後にラウンド4夜の部は終了し、最上隊は暫定六位に。

 しかし、彼はそれよりも風間の最後の言葉が気になっていた。

 

 

 

 ――それはそれとして。

 

「いやー最上くん! 実に素晴らしい戦いだった! 先輩として鼻が高いよ!」

 

 なんで此処に居るんですか、唯我先輩。

 本来なら居るはずのないA級一位の男、唯我尊に対して、彼は肩を落としながらそう言った。

 ……本当に何故居るのだろうか、この男は。

 


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