第45話
唯我尊。太刀川隊に所属するA級隊員だ。彼も色々な意味でお世話になった先輩であり、しかし何故此処に居るのかは理解できない。
彼は何か用ですか? 部屋間違えていません? と尋ねる。
というか彼が此処に居ても良いのだろうか? ランク戦中にA級とはいえ他の部隊の者が此処に居るのは不味いのではないか? こんなところを出水に見られでもしたら、また蹴り飛ばされるのかもしれない。
彼にとって、唯我尊は付き合いやすい人間なので、親切心で出口を指さして「お帰りはあちらです」と言った。
「いきなり失礼な奴だな君は!」
しかし、何故か唯我は涙目で叫ぶ。どうして自分は怒られたのだろうか?
ますます分からなくなり、頭上に疑問府が浮かび上がる。
元々考えるのが得意ではない彼はそこで思考を止め、答えを知っているであろう月見の方へと向いた。
「無視!?」と唯我がショックを受けているが、それに構わず彼女は求められた答えを彼に教えた。
「唯我くんは、最上隊に移籍
「ふっ。そういうことだ。これから君の背中を守ってあげるよ、最上くん」
……。
「……? どうしたの、最上くん?」
突然彼は目を見開いてそのまま硬直した。
信じられないものを見たような顔で唯我を見て、ぷるぷると震えた指で彼を指す。
そんな彼の希少な反応を見た二人は驚き、しかし唯我は笑みを浮かべる。
――そうか、そんなに嬉しかったのか。
唯我は今までの試合を見て思っていた……実際は解説役や出水たちの受け売りだが。
彼に今必要なのは、彼を支える仲間だ。それが得られた今、嬉しさで胸がいっぱいなのだろう。
(まぁ、このボクが彼の仲間になるのだから当然か)
と、唯我は彼の心情を理解したかのように感慨深く頷き、彼の次の感謝の言葉を待った。
しかし、唯我の表情は凍りつくこととなる。
エイプリルフールには、まだ早いですよ唯我先輩?
石のように固まる唯我。そんな彼の様子に気づいていないのか、彼は真剣な表情でぶつぶつと独り言を零す。
これは何かの罰ゲーム(出水が唯我に向けての)だろうか? でも今ランク戦で忙しいから巻き込まないで欲しいなぁ。でも断ったら唯我先輩が可哀想だし……。
普段なら内心で留めるのだろうが、今回の試合は激戦で疲労が抜けきっていないのだろう。らしくなく次々と唯我の心を滅多打ちにしていく。
耐え切れなくなった唯我は、泣いた。
「き、きみはぁ!? ボクがどんな思いでこの隊に入ったか分かっているのかね!? 月見さんの出す課題に耐えながら、ボクは本当に……!」
「で、どうするの最上くん? 一応まだ移籍を断ることはできるけど?」
「月見さん!?」
「前にも言ったでしょ? 彼が断ったらこの話は無しにする、と」
「っ……!」
息を飲んだ唯我はバッと彼の方へと向き直る。
ここで彼が拒否をすれば、唯我は太刀川隊にとんぼ帰りだ。彼は知らないが、唯我はこの部隊に入るために本当に努力をした。今までの自分を振り返り、彼の目標を知り、それでも尚彼の助けになりたいと月見に嘆願した。
ここで彼が断っても、唯我は責めないだろう。しかし、受け入れて欲しいと思っている。
そんな唯我を見た彼は……ペコリと頭を下げて一言言った。
――よろしくお願いします、と。
「――ありがとう……最上くん……!」
隊長からの許しを得た唯我は、今までの己を誇示するための言葉ではなく、心の底から湧き上がった感情に従った感謝の言葉を吐いた。
それを横から見ていた月見の目は優しいものだった――。
◆
「……」
そんな内部の様子を、廊下から聞いていた少年――三輪秀次が一人居た。
試合が終わり、二宮と引き分けた彼に労いの言葉をかけようと思っていたようだが……今の彼には不要だと判断したらしい。
彼はその場を後にし、とある場所に向かおうと歩き出すが……。
「秀次」
「二宮さん」
そこには先ほど弟分である彼と試合をしていた二宮が居た。いつもの隊服のスーツではなく私服姿だ。珍しいところを見たなと思いつつ、三輪は一つ礼をして挨拶をする。
「お疲れ様です、二宮さん」
「ああ」
「……」
「……なんだ? 何か言いたそうだな秀次」
三輪の表情は変化していないはずだが、かつてのチームメイトだったからか、二宮は目敏く三輪の感情を読み取った。そして、何を聞きたいのかも理解しているのか心なしか言葉が似棘がある。言外に「聞くな」と言っているようだが、しかし三輪は尋ねることにした。
「先ほどの試合……二宮さんは本気でしたか?」
「……お前から見た俺は、そういう人間に見えるのか?」
「いえ……ただ……」
「ふん。素直にアイツの成長を喜んでいれば良いものを……」
はぁ、とため息を吐く二宮。
今日は本当に、あの夏のことを思い出す。今回の試合……その最後の時もそうだ。
太刀川たちのとの特別訓練で磨いた技を確認するために、彼が行った『悪鬼の夏祭り』。己の技術の向上と共に数多の隊員のポイントを狩り尽くしていき、その被害者の中には二宮も居た。しかし、二宮が負けたのはたったの一回だ。太刀川たちにポイントを削られて少なかったからか、ごっそり取られてしまったが……それはどうでも良い。
二宮に刻み込まれたのは、彼に感じた『感情』だ。まだ一年も経っていない新人に感じたあの『感情』。本来なら、いけ好かない総合一位のあの髭男に抱くソレを、最上秀一という少年に感じた。
しかし、それを感じたのはその一戦のみであり、その後も何度か戦ったが二宮が勝ち続けるだけであった。
あれはいったい何だったのだろうか。
その疑問を抱いて半年が過ぎ――今日の試合、最後の一騎打ちでソレを再び感じた。
二宮が感じたその感情。それは――。
「秀次。俺はアイツがお前の弟分だから手を抜いたりするような男じゃない」
「……」
「アイツは――
「――っ!」
三輪は理解した。
二宮は彼のことを己と対等な存在として認識している、ということに。
それはつまり、彼のことを認めているということに他ならない。
三輪は、二宮がそういう感情を向ける相手を太刀川以外には知らなかった。
理解すると同時に驚き、そして嬉しく思った。
「秀次」
「……はい」
「最上に伝えておけ。――次は俺たちが勝つ、と」
「――はい」
その言葉を最後に、二宮は歩き去っていた。
二宮の背中を見送り、三輪は最上隊の控室の方へと振り向く。
「――ようやくだぞ、秀一」
彼の言葉が、小さく廊下に響いた。
◆
「お前をチームに誘っただと?」
「そうそう。風間さんの助言が効いたんじゃないの?」
「極端なことをする……だが、視野が広がったのなら良い」
もう一人の男はどうだろうか?
ここまで上がって
月見が居る以上、歪な成長はしないはずだが……。
まぁ、そうなる前に学ぶだろうと風間はそれ以上の思考を止めた。チームメイトではない以上、あれこれ考えても意味が無い。気づくべきなのは、彼なのだから。
「……三雲の指示で動くお前も、少し見てみたいがな」
「いや~。
迅は視た未来から、自分が玉狛第二に入るよりも、こちらで頑張った方が彼らのためになると判断した。
ピッとボタンを押し会議室の扉を開く。
「お疲れさまでーす」
そして中に入ると、そこにはそうそうたる面々が居た。
城戸司令。忍田本部長。沢村本部長補佐。
東。太刀川。冬島。嵐山。三輪。
それぞれ既に席に着いており、迅の見る限り自分たちで最後なようだ。
迅たちが席に着くと同時に、忍田によって開始の声が上げられた。
「揃ったな――では、緊急防衛対策会議を始めよう」
今回の会議では、捕虜のヒュース、エネドラから新たに
空閑、レプリカの協力の元、その情報にはかなりの信憑性があることが分かっている。
レプリカがボーダーに提示した軌道配置図から紐解いていくと三つの惑星国家が玄界に近づいていることが分かった。
そのうちの二つはアフトクラトルの従属関係にあり、それぞれの国家の名は「ガロプラ」「ロドクルーン」。
「従属……つまり手下ってことか」
「あくまでまだ予測の段階だが……我々上層部はこの襲撃を可能性の高いものとして捉えている。接触するまでの時間がほとんどない、対策には緊急を要するためこうして集まってもらった」
「……攻撃があるとしたら、奴らの目的はトリオン能力者ですか? それとも――」
「最上って可能性も高いな。あれだけの精鋭を差し向けたんだしな」
人型近界民が三人。そのうち二人が黒トリガーなのだから、アフトクラトルがどれだけ彼に執着していたのかが分かる。今回も、彼が狙われる可能性は十分に高い。
そのことを理解していても、流石に心中穏やかではいられない三輪は思わず反応した。それを見た東は視線を迅に向けて問いかけた。
「その辺は、どうなんだ?」
「う~ん……ちょっとまだ分からないですね。秀一を視ても、特に以前のような危機的な未来は特に……。
他の隊員たちや一般人から視てみたけど、街が壊れたり人が殺されたりはしていない」
「じゃあ襲撃はないんじゃないの? 捕虜どものふかしの可能性も……」
迅の発言を聞いた冬島は襲撃は無いのでは? と言った。
自分たちを躍らせるために吐いた嘘だと……。
その可能性を考慮しつつ、東は別の可能性を上げた。
「あるいは人材以外の可能性もあるな……」
「人材以外?」
「技術、情報」
「捕虜の奪還、または処分」
「あ~、なるほど」
そうなると、以前のような大々的な侵攻はなくとも、向こうが利を取る、あるいはこちらにとって大きな損害を与えることが可能だ。
特に情報を詳細に取られてしまえば、先の戦いで大いに不利となる。
「隠密任務の可能性は高いな。レプリカ特別顧問曰く、ガロプラとロドクルーンはそれほど大きい国じゃない」
「それと、人型近界民をサポートするためのトリオン兵の情報もあります。少し古い情報ですが、可能性は高いかと」
モールモッドやバンダーといった見慣れたトリオン兵とは異なる、かといってアフトクラトルが使用したラービットとも違う新型のトリオン兵。
しかし、得たデータから察するに対処するのは十分に可能だった。それでも、時が経っているので改良されていることもあり得るが……。
「その辺りの聞き込みは続けるとして……ガロプラとロドクルーンがこちらの世界を離れるまでは、通常の防衛体制に加えて特別迎撃体制を敷くことになる。
その内容についてこれから協議していくわけだが……その前に、城戸司令よりこの件について指示がある」
「――今回の迎撃作戦は、可能な限り対外秘とする」
その報告を受けて、彼らの胸中にあるのは「やはりか」と見越していた。
大規模侵攻が起き、それを退けてからまだ日が浅い。そんななか、再度侵攻があったと知られれば市民の動揺がぶり返してしまう。そうなると、ボーダーへの風当たりが強くなってしまう。
来るアフトクラトルとの戦いを考えると、これ以上の問題を抱えるのは得策ではない。ゆえに、上層部は城戸の指示に賛成した。
「そうなると、ボーダー内部でも情報統制が必要になりますが……」
「その通りだ。作戦はB級以上、それも必要最低限の人員のみに伝える。それ以外は通常通りに回してもらい、防衛任務もランク戦も平常運転だ」
それを聞いた太刀川は大変そうだと思わず呟いた。
情報を得ているとはいえ、相手の目的が見えない。そうなると迅のサイドエフェクト頼りになってしまう。
未来が視えるとはいえ、後手に回るのは避けたいところ。様々な可能性を考慮しつつ、A級隊員が中心となって警戒・迎撃に当たることとなった。
また、東の提案でS級隊員の天羽のサイドエフェクトを借りることとなった。
「今回はお前の予知が前提となっている――働いてもらうぞ、迅」
「了解。実力派エリートの名にかけて!」
城戸の鋭い視線を受けながら、迅は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
◆
「――さて、そろそろ行こうかしら?」
「え? どこにですか?」
最上隊作戦室にて、彼が持ってきたゲームでボコボコに負かされていた唯我。太刀川隊に居た頃に国近にゲームでフルコンボで滅多打ちにされていた苦い記憶が呼び起される。それ以来彼女の相手はせず後ろから見ていたのだが……それだけでは強くなれないらしい。ゲームも隊員としての強さも、その辺りは変わらないということだろうか。
なお、彼は他の人とゲームができたことにご満悦のようで、唯我が苦い顔をしていることに気づいていない。
そんな彼らを見ていた月見だったが、ふと時計を見ると二人に声をかける。それに真っ先に反応したのは唯我で、コントローラーを置いて彼も月見の方へと向いた。
「開発室よ」
「開発室……鬼怒田開発室長にご用事でも?」
「いいえ。ただ、予め顔合わせでもしておこうと思ったのよ」
――あなた達の、もう一人のチームメイトと、ね。
彼女の言い放った言葉に、二人は驚きで口を開いた。