「うまくヒュースをボーダーに馴染ませる事ができましたね」
メディア対策室にて、資料を再確認しながら東は言った。
それに根付も資料を見ながら「当然だ」と返した。
「ヒュースくんは幸い目撃されていないし、ずっと雷蔵くんの所に居た。下地は完璧だったからねえ」
ヒュースの事は当然極秘事項だ。彼の事を近界民だと知る者は極少数である。
しかし、彼を最上隊に入れる上で問題だったのが彼の強さだった。アフトクラトルの遠征チームに選ばれるだけあって、その実力は高い。普通に入隊手順を踏めば一気に正隊員に上がれるだろうが……同時に妙な疑いも掛けられるだろう。
そこで元攻撃手である雷蔵の弟子という内容の噂を東経由で流した。最上隊に入ったのはレイガストの意見の食い違いなど言った数多の情報を盛ったのだが……。
元々の最上の苛烈さの方がインパクトがあり、ヒュースを自分の部隊に入れた事の方に注目が集まっている。ヒュースが近界民だとは微塵も疑われていない。
「まったく……彼はいつも私たちの仕事に影響を及ぼす……」
「ははは……それもまた最上の特色でしょう」
「特色ねぇ……これもまた特色かい?」
そう言って、根付はぴらりと一つの資料を東に渡した。それを受け取った東は内容を見て……思わず苦笑した。
その資料には、新生最上隊の隊服の絵が描かれていた。
ボーダー隊員は、基本市民の人達に威圧感を与えない為にジャージタイプを基本にした隊服を着用している。中にはチームのコンセプトや隊員のセンスにより個性あふれるデザインのものを着ている。
最上隊もまた例に漏れず、しかし根付からすれば論外だった。
「ボーダー隊員が、このようなデザインの隊服を着て良いのかね!? 街を守るというイメージが、威圧感を与えないというのはどうした!」
「それを言ったら二宮や那須隊の隊服も規制しないといけませんよ?」
「分かっているよ! まったく……!」
不満を露にする根付には悪いが、東からすれば資料にある最上隊の隊服のデザインは
だが……。
他の隊員から見れば、彼はそういう風に見えている。
分かっていてそうしたのか、もしくは近界民から玄界を守るのではなく──殲滅する事への意思表示か。
(……気にかけておかないとな)
秀一の事を気にかけながら、東は自然とかつての部下のことを思い出していた。
目をギラギラとさせ、近界民を全て殺すと復讐の炎に身を焦がしていた少年の事を。
◆
さて。
実際は復讐の炎どころか、焚火で焼き芋作ってそうな秀一は、ヒュースと唯我を呼びつけて隊服のお披露目会を開いていた。
「この野郎っ」
しかし何故かヒュースに開幕早々怒られていた。
「ボーダーは、民に威圧感を与えないデザインにするのではなかったのか? 何故オレが決めた隊服から、こちらになっている?」
秀一は現在、金ぴかに光り、ゴテゴテに鎧を着こんでいた。
携帯ゲームに出てくる超レアキャラみたいな現実からかけ離れたデザインである。
ヒュースが本来却下した案である。しかし独断で提出したらしい。
「素晴らしいぞ最上君!」
「成金趣味は黙っていろっ」
最上側である唯我の意見は羽虫を叩き落す勢いで封殺された。
思わず頭を抱えるヒュース。
「くそ……! 今回の事でよく理解した。最上、お前はアホだな」
「……!?」
「何衝撃を受けた顔をしているっ。くそ、オレはごめんだぞこの隊服でランク戦に出るのは」
「そうかい? 僕は気に入っていったけど?」
「勝手にデータ引き取って着ているんじゃない!!」
鬱陶しい光源が二つに増え、ヒュースが思わず叫んだ。
事態の収拾がつかなくなった所に、月見がやってくる。
「新しい隊服ができたって聞いたけど……」
そんな彼女に、秀一が自慢げに隊服を見せた。心なしかどや顔である。
「あら? 間違ったデータを受け取ったみたいね。最上君、すぐに取りに行きなさい」
「……! ……」
「うん? 聞こえなかったのかしら──取りに、行きなさい?」
「──」
月見の笑顔に、秀一はしょんぼりとしながら部隊室を出て行った。
唯我はデータを破棄して普段の姿に戻り、ガタガタと震えながら直立不動となった。
その光景を見たヒュースはたらりと冷や汗を流し、この部隊の力関係を理解した。
しばらくして。
正しいデータを受け取り、ようやく最上隊本来の隊服が展開された。
それは、一言で表すなら「黒」だった。
旧ボーダーの訓練服を着ていた秀一とヒュース、太刀川隊の黒い隊服を着ていた唯我たちだったからか、違和感はそこまでなかった。
「この世界にある国の軍服を参考にした。確か、西にある国だった筈だ」
雷蔵にパソコンの使い方を教わりながら、隊服のデザインを考えたヒュース。
結果、バリバリに威圧感を与える軍服だ。それも、この世界では過激と言われる国の。
しかしアフトクラトルの軍人であるヒュースからすれば、軍服は戦う者であることを表し、自国の民に安心感を与えると考えていた。考えの差である。
根付もまさかヒュースに丸投げするとは思っておらず、結果秀一が考えたと誤認している。認識の差である。
秀一と唯我はもっとゴテゴテしたのが好きだったりする。センスの差である。
ちなみに、唯我は早速太刀川隊に写真を送って自慢し、秀一は携帯片手に送ろうとして結局やめた。コミュ力の差である。
「シンプルだが、素晴らしい! ……しかし一つ疑問が」
「なんだ」
「何故、君たちにはそれぞれ肩に装飾品があるのに、僕には無いんだね?」
三人とも基本は黒の軍服だが、秀一とヒュースにはひと手間加えられているデザインだ。
まず秀一。
彼の左肩には、隊長を示すマントがつけられていた。左腕を覆うほどのサイズで、肩の部分にはエンブレムが刻み込まれている。
資料によると、左手から弾トリガーやスコーピオンを多用する秀一の為に、隠すことができるデザインにしたとの事。右腕をマントの中に入れて合成弾を作成して放てばカッコいいというデザイナーの個人的なメモも書かれていた。というよりも文字が見覚えのあるものだった。というか雷蔵だった。
次にヒュース。
彼には右肩に飾緒が付け加えられていた。これは、参謀役という意味で付けられたらしい。
しかしそれも当然で、秀一も唯我も考える頭が皆無に等しい。雷蔵の最上隊に対する印象が薄っすらと伺える。ちなみに反対の腕には腕章があり、エンブレムが刻み込まれている。これは唯我にもある。
説明をあらかた聞いた唯我が一言。
「ずるい!!」
「何がずるいものか。それぞれ個人を表しているだろう」
「でもなんかそれだと僕が目立たない!」
「腰に拳銃のホルダーがあるじゃないか」
「確かにそうだけど!」
不満を露にする唯我にヒュースはため息を吐きながら、彼を黙らせる。
「ならば、次の試合で結果を出せばいい。力の無い者に、意見を言う資格はない」
「ぐ……!」
「口だけ一人前では、お前はこの先ずっと誰からも必要とされないぞ」
そこまで言って、隊長である秀一からストップがかかる。
それ以上言うのは可哀そうだ、と。
しかし、その言葉に反応を示したのは……。
「っ……」
彼の言葉にぐっと押し黙る唯我。
それを見た秀一が不思議そうにし、ヒュースは呆れた。
「……はぁ。最上、お前は……」
「……?」
「……いや、何でもない。オレからは以上だ」
ランク戦まで時間がない。雷蔵の元に行って準備に取り掛かる。
そう告げてヒュースは出ていき。
「僕も失礼するよ。……何のためにこの部隊に入ったのか、証明しないとね」
唯我もそれに続き、月見も仕事があるとこの場を後にしようとする。
ただ、その前に……。
「最上くん、隊長としての自分をもう少し考えてね?」
それだけ告げて立ち去り、最上は一人部屋で首を傾げた。
考えても仕方ないので、秀一はランク戦室にやってきた。
モニターを見ると今日も元気にヒュースが攻撃手相手に弧月で戦っている。実力は既に知られているので、存分に戦って経験値を稼いでほしいところ。
しかし、どういうわけかヒュースが負け越している。相手は誰なのだろうと見て……納得した。
個人総合一位相手では、流石に分が悪い。
負けず嫌いな性格のヒュースは、苦悶の表情を浮かべて必死に喰らいついているが太刀川は涼しげな表情だ。その差がそのまま実力差を示している。
「ランク戦か? 秀一」
モニターを眺めていると声を掛けられる。
そちらへと視線を向けると、元S級の迅が居た。
こんにちは、とあいさつを交わして秀一は先ほどの問いに答える。
気分転換の為にランク戦をするというのも、随分と太刀川に毒されたものだ。
「はっはっは。元気そうでなにより」
笑いながら迅がそう言い……。
「うん……本当に」
ジッと秀一を見てそう言った。
その視線に居心地の悪さを感じた秀一は、思わずらしくもなくこう言った。
自分とランク戦をするか、と。
「──! いいね、やろうか」
何故かうれしそうな表情を浮かべた迅に連れられて、ブースに入りランク戦を開始。
夏に戦って以来のランク戦を楽しむ迅と、まさか戦うとは思わなかった秀一。
さらに戦闘が長引き、何故か試合の途中に生駒が見学に来てかなり妙なことになりつつ──。
一時間後。
「いや~本当に感動したわ! じゃあね、二人とも!」
「あ、うん……バイバイ生駒っち」
凄く活き活きとしていた生駒を見送る迅と秀一は、かなり疲弊していた。
妙なポージングで観戦する生駒は、すごく気が散った。サイドエフェクトを使用していただけ余計に。
「なんかごめんね……ちょっと読み逃したというか、逃げられなかったというか」
気にするな、と言いつつも秀一の声に元気はない。
「お詫びと言ってはなんだけど、一つアドバイスしよう」
「……?」
「いやね、さっきの生駒っちの事もあるけど……まぁ、今はそういう気分なんだ」
そう前置きをして、未来を知る男は言う。
「どんな時でも、仲間は信じてやって欲しい」
「……?」
「──はは! うん、大丈夫そうだ。おれの杞憂だったかな? ──またな、秀一」
それだけを告げ、迅は立ち去り──。
ラウンド5。二宮隊。王子隊。東隊との試合が始まる。