「各部隊、転送開始!」
今回の試合の実況役、風間隊オペレーター三上歌歩のハキハキとした声が、四部隊による戦いの始まりを告げる。
ランダムに転送された隊員達。各々目の前の光景を目にし、ステージに降り立った事を自覚するなか、すぐに動きを見せたのは仕掛けた側である東隊だ。
小荒井と奥寺が決め、人見と東が所々修正した作戦通りの動きを見せる。
「東隊三人がバッグワームを起動! レーダーから姿を消す!」
「前に見た試合と一緒だな。あらかじめ決めた場所に見つからずに合流する」
実況する三上の隣には三輪隊攻撃手、米屋陽介が座りそれっぽく解説をしていた。米屋の言うように、彼らの動きは前回の試合……というよりも度々試合にて使われる彼らの常套手段の一つ。小荒井と奥寺の連携、狙撃手である東を活かす為に練り上げられた動きだ。
そして、それを無言で見るのは米屋の隣に座る嵐山隊万能手、時枝充。彼の視線はマップ上にあるトリオン反応。そんな彼の視線に気づいた……訳ではなく、何となく弟分を探していた米屋は、東隊の動きの解説をした後、思わず口に出した。
「もがみんと唯我、転送位置が悪いな」
米屋の言葉に反応し、観覧席の視線がマップに集中する。秀一はマップ上の左上端に転送され、唯我は左端の少し下に転送されていた。試合前にて、最上隊は唯我と合流する可能性があるという話が出ていたが……。
その時の話の補足に、時枝が口を開く。
「先ほども言いましたが、唯我隊員は単独だとどの隊員にも落とされます。そうなると他の部隊と点差が開く為、A級を目指している最上隊長からすれば回避したいところ」
「後単純に射程持ちが一人増えるな。唯我のトリオンは並だが、少ない訳じゃない。もがみんがガード崩すなりなんなりして撃たせれば殺せる」
しかし……。
「でも二宮隊長も黙って見ている訳じゃない」
二宮が動いた。
◆
二宮からすれば、左上端にいる駒は浮いた駒だ。相手が誰であろうと、だ。そしてその駒は猛スパートで南にいる駒に向かって突き進んでいる。二宮の反応を無視して。
そして、辻もまた比較的近くに転送されていた。南にいる駒の更に南に。そして、辻と二宮の間に居たもう一つの別の駒はマップ上の右方向、つまり東へと向かっている。この事から察するに、この駒は別の隊の駒。つまり、十中八九合流する動きを見せるこの二つの駒は同じ部隊で、速度から察するに……。
「辻、お前は北上している駒を獲りに行け。俺は猛犬の相手をする」
『猛犬……なるほど。辻、了解』
「犬飼は引き気味に戦え。後で俺が全員撃ち墜とす」
『犬飼、了解』
二宮の指示に二人とも反対する事なく当然のように応えた。
特に犬飼は敵部隊に囲まれている。もしかしたら落とされるかもしれない。しかし二人は自分たちの隊の勝利を疑っていなかった。
何故なら、隊長の二宮が居るからだ。
それと同時に楽しみでもあった。自分たちに噛み付きに来る猛犬の存在に。
二宮は南下する敵に備えて待ち伏せ、辻は北上する反応を追う。
『最上く──ーん!?』
そして、まさに二宮隊に狙われている二人は絶賛対応に追われていた。秀一も急いで走るが嫌な予感がずっと続く。
それを裏付けるように、オペレーターの月見の指示が二人に下される。
『唯我くんが挟み撃ちの位置に居るわ。合流を急いで欲しいけど、多分その前に敵に見つかるわね』
『くそ! 誰なんだ我々の邪魔をするのは!?』
『二宮隊ね』
『──』
唯我、絶句。
『彼と最上くんだけは、誰が相手でも獲りに行けるから──合流後の行動が重要よ。ヒュースくんとの合流急いで』
『〜〜っ、了解!』
唯我のヤケクソ気味な声を聞くと同時に、秀一の視界に人影が現れる。
二宮だ。
両手をポケットに入れ、既に待機状態のアステロイドが怪しく光り──視線が交わるよりも速く凶弾が放たれた。
接敵と同時に放つ為にチューニングされた速度重視の細かい弾。まるでショットガンのように放たれた面攻撃を──秀一、弧月による斬撃とシールドにて対応。
ギャリギャリと弾が弾かれる音が響き、続いて道路や塀を削り破片が舞う。
ファーストコンタクトは、互いに無傷。しかし、双方追撃をせずに距離を置いて睨み合うだけ。鋭い眼差しがぶつかり合い、先に口を開いたのは二宮だ。
「早速だが──先の戦いの借りを返させて貰うぞ」
ハウンドを展開させながら二宮がそう言い、
「……」
しかし秀一はそれに断りを入れる。
──あなたは、後で倒す。
二宮相手に傲慢とも取れるその言葉に、しかし言われた本人である二宮は小さく笑みを浮かべていた。ここまで彼相手に舐めた態度を取れる者はそう居ない。
「抜かせ」
だからこそ燃える。だからこそ戦う意味がある。だからこそ倒す価値がある。
彼の心情とシンクロしたかのように激しくハウンドが秀一に襲い掛かる。それを弧月で弾きながら南下を続ける秀一。
東の場所が分からない二人は片手をフリーにしながら、しかし苛烈に追って追われていた。
「燃えているねー、うちの隊長」
氷見からのオペレートを受けながら、思わず犬飼が言葉を零した。
無敗、という訳ではないが二宮相手にあそこまでバチバチやり合う人間は極稀だ。
犬飼からしても、彼らの戦いは見ていて面白い。A級だった時の事を思い出させてくれる彼には少し感謝の気持ちがあるくらいだ。鳩原が居なくなった後の二宮の事を考えると余計に。
だからと言って、負けてやるつもりはないが。
「……見つけた。いや──」
浮かべていた笑みの種類を変え、予め展開していた突撃銃で弾をばらまく。選択していたのはハウンド。ハウンドの特性、探知誘導機能が起動し、ばらまかれた弾が一方向に向かって集結……いや、喰らいつく。
ハウンドの先を見据え、銃口を向けてハウンドからアステロイドに切り替え。そして掃射。
「くっ……!」
シールドを張り、アステロイドを防ぐのは王子隊攻撃手、樫尾由多嘉だ。
弧月を片手に攻撃を防ぐ彼に、ハウンドで応射する余裕はない。
しかし、それはこの場に居るのが樫尾のみの場合であり、犬飼も必要以上に撃たず直ぐに後退した。それと同時に弾トリガーが先ほど犬飼がいた場所を穿つ。
「樫尾、東さんにも注意しろ。いつ撃ってくるか分からない」
「了解! できれば、ここで倒したいですね……!」
樫尾と合流した王子隊射手、蔵内和紀はハウンドを展開する。
そして前衛に樫尾を置き、犬飼に向かって攻撃を再開した。
状況は王子隊にとって求めた形になりつつあった。マップ右下端、東南方面に転送されていた王子は蔵内たちと合流する動きを見せており、このまま行けば犬飼を挟み撃ちにする事ができる。
しかし……。
(コアデラコンビが待ち構えていそうだ)
「王子先輩、このまま犬飼先輩を獲りに行く動きをしていますね」
小荒井と合流した奥寺は、王子の予想通りにバッグワームを着て潜伏していた。
北端に居る東が二つの戦場を目視し、ほとんどの敵の位置を把握したからこそ王子の動きを読むことができた。
北東に居るであろうヒュースも王子隊たちが居る戦場に乱入する動きを見せている。
マップ選択権、転送位置の運が重なり合い、東隊にはいくつかの選択肢が与えられた。
『さて、どうする? このまま王子を待ち伏せするか……』
選ぶのは、この戦いを仕掛けた二人。
『孤立している犬飼を獲るか……』
それを導くのは始まりの狙撃手。
『それとも──』
◆
「戦場が二つに分かれたな」
解説席の米屋の言葉通り、マップでは二つの戦場が出来上がっていた。
そもうちの一つでは、秀一が泣き叫ぶ唯我を無事に回収したところ。しかし、辻と二宮に挟み撃ちにされてしまい、旋空とシールドを用いて何とか落とされないように動いていた。
唯我が思い出したかのように時々拳銃(アステロイド)を放つもシールドで軽々と防がれてしまい、意味がなかった。
『このままだと端から削られて終わるわ。何とか離脱してヒュースくんと合流しないと』
「そんな事言いましてもー!?」
泣き言を言う唯我だが、このままだと殺されるのは事実。
ここで二人を、もしくは片方を倒すのは無理だと判断した秀一は──。
「──意外ですね」
秀一を、そして全ての戦場を見ていた時枝が呟いた。
決して大きくない、しかしこのタイミングで紡がれた彼の言葉に、皆が自然と耳を傾けた。視線はミニターに釘付けのままに。
二宮と秀一が接敵してからずっと感じていた、違和感に近い感情。
それを自分の言葉に変換する時枝。
「前回の試合まで、貪欲に点を取りに行ったあの最上隊長が二宮隊長に噛み付きにいかない事も」
そして──。
「──今回の東さんも」
弾丸が走った。
サイドエフェクトでゆっくりとその光景を目に焼き付けた──いや、焼き付けるしかなかった、というのが正しい。
月見のオペレートにより、対東の狙撃警戒は盤石なものとなっていた。現に、秀一の体は勝手に動き弧月を構えていた。
しかし、秀一の弧月は弾丸を切り払うことなく、東の弾丸は頭を貫いた。
視界が歪む。思考が乱れる。判断が遅れる。
それでも、秀一のサイドエフェクトはゆっくりと時を刻む。
故に聞こえない。だが──その顔はしっかりと見た。
「──え?」
何が起きたのか理解できないまま──唯我の戦闘体が崩壊し……緊急脱出。
「あ、キレた」
その瞬間を見て米屋が呟くと同時に、斬撃が戦場を駆け抜ける。
◆
「……ちっ、あのバカが」
その試合を見ていた三輪が思わず悪態を吐いた。
ランク戦が始まるときは一人で挑むことに驚き、心配し、そしていつしか期待しつつ見守っていた。
そして今回の試合から最上隊に変化が表れていた。
ヒュースと唯我。二人の加入により、秀一にも何かしら起きると思っていたが……こうなるとは思わなかった。
いや、正確には予想していて、こうなって欲しくないと思っていた、が正しい。
そもそもヒュースと唯我という三輪からしてみれば気に入らない人間が、彼に引っ付いて部隊を名乗ること事態が腹立だしい。
そして。
今の試合の流れ。
「──仕方ない」
本当なら、見守るだけに努めるつもりだった。
あいつなら、秀一なら大丈夫だと。
しかし、やはり彼にも欠点があり、それを自覚しても直せないだろう。
なら、自分が動くしかない。
「……はぁ」
試合後に起きるであろう出来事を思い浮かべて三輪はため息を吐き──しかしすぐに立ち上がると部屋を後にした。
目的を果たすために。