勘違い系エリート秀一!!   作:カンさん

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第62話

『──まっ、正直唯我はいつ落ちてもおかしくなかったからな。それが一番初めだったってだけだ』

 

 だから気にするな。気にするのなら実力付けろ。

 

 その言葉と共に、今回のランク戦の総評は終了した。

 最上隊にとって考えさせられる一戦だった。反省点も見つかり、次の試合に活かす点がいくつもある。

 だが。

 唯我は、そう思わなかった。……いや、そう思えなかった、が正しい。

 

「……は、はは。米屋先輩分かっていないなー……僕の実力をまるで分かっていない……」

「……」

「つ、次の試合こそ僕たち最上隊の真価が発揮される! だから! ……だから……」

 

 初めはいつも通りに虚勢を張って叫ぶ唯我だったが、徐々に言葉が失速し口を閉じた。

 ギリっと噛み締められた奥歯から音が鳴り、彼の心情を表す。

 悔しい。太刀川隊に居た時には感じなかった感情だ。

 しかし、その感情を素直に出すのは恥ずかしくて、後輩である彼に知られるのが嫌で、そして何よりも──隊長に失望されるのが怖かった。

 故に唯我はいつも通りを装い……。

 

 ──そうですね。では次頑張りましょう。

 

「……っ」

 

 装う事なく、いつも通りの反応をする秀一に胸の奥が痛くなった。

 求めていた反応の筈なのに、彼にとって正解で、傷つけない答えの筈なのに。

 なぜ? と自問する暇も無く唯我は理解した。

 それは自分の事を見つめていなかった過去の……太刀川隊の唯我に対する最適解で、今の……最上隊である唯我に対しては最悪の対応だった。

 

 秀一は唯我に期待していない。

 負けても、活躍しなくても良いと思っている。

 ただ、この部隊に居てくれるだけで嬉しい。

 

 それは秀一の本心であり、優しさだろう。

 かつての唯我はそれが心地よく、しかし今の彼には毒となり襲い掛かった。

 

 唯我は、自分が酷く情けなくなった。

 

 そして、それを見たヒュースが口を開く。

 

「唯我。言葉を持ち合わせていないのなら、口を開くな」

「な、なにを……」

「お前がどう思っているのか見れば分かる。コイツは分かっていないようだからな──そして、言うべき言葉も分かっていない」

 

 唯我は恐怖した。ヒュースの次の言葉に。

 しかし、止まる暇も無く紡がれる。

 

「弱い者に選択肢は無い。何も得られない。何も捧げられない。今のお前では、この部隊に相応しく無いぞ」

「──っ!」

 

 ──そこまで言って初めて、秀一か叫ぶ。

 それ以上言うな、と。ここで唯我を責めて何になる、と。

 だが、その反応が秀一の唯我に対する印象の現れであり、それを理解した唯我は……。

 

「っ……!」

 

 涙を流したまま、隊室から走り去って行った。

 彼らから、そして情けない自分から逃げ出すかのように。

 

 

 そして……。

 

「最上、A級に上がるのなら唯我は切り捨てろ。それがこの部隊の為だ」

 

 ヒュースの言葉に秀一がキレた。

 

 

 ◆

 

 

 理解できない。唯我を切り捨てる意味が無い、と秀一が応えるとヒュースは感情を感じさせない冷めた目で彼を見て、口を開く。

 

「お前は……隊長として未熟すぎる」

「……!」

「試合前、唯我に同調し生温い言葉を投げ掛けたが……。隊長なら、言動を律して少しでも勝てるようにするべきだ」

 

 その甘さにズブズブと浸っていた唯我も唯我だが、指針を示して勝ちを描く事を怠ったのは秀一だ。

 時に優しさはその人の為にならない。その事を彼は理解せず、修正せず、そして今日試合を迎えて……この結果だ。

 試合最後の行動もまた、彼の間違った優しさから暴走してしまっている。部下をやられたから東を取りに行く──そんな弔い合戦を続けて勝てるほどこのランク戦は甘くない事を知っている筈だった。

 秀一の顔が曇る。

 

「お前は」

 

 しかしヒュースの進言は止まらない。

 

「A級に上がりたくてこのランク戦に挑んでいる筈だ。そして、そんなお前にオレ達が後から加わった。

 当初の目的からブレるような事をするな。……お前の為にこの部隊に入った唯我に失礼だろう」

「……!」

 

 秀一は押し黙った。仲間ができて舞い上がっていたが──彼は、隊長として何もしていない。

 彼の部隊に入ってきた唯我とヒュースに対して、あまりにも礼を欠く行動だった。支えてくれようとしている人間の腕を取り、振り回せば崩れ去る。

 その事を彼は理解させられた。

 

「それでも慣れ合いを続けたいのなら、もう何も言わない」

「……」

 

 ヒュースの言葉に、秀一はすぐに謝罪の言葉を返す。

 今までの自分の行動は間違えていたと、己の非を認める。

 

 しかし、彼は唯我を自分の部隊から追い出さないと強く告げた。

 あの人は仲間だ。迎え入れたのなら、最後まで捨てない。絶対に、と。

 

「……」

 

 そんな彼の言葉にヒュースは……ハイレインの姿を思い浮かべた。

 目的の為に自分とエネドラを騙し、そして彼自身は玄界に置いていかれた。ハイレインにとってヒュースは邪魔であり、切り捨てるべき駒だったからだ。

 

 だか、目の前の男は違う。

 強いが、甘い。戦場で一番初めに死ぬタイプだ。

 ──そして、死なせたくないタイプだ。

 

「……部下とまともにコミュニケーションも取れない隊長が……随分と大口を言うな」

「……」

「分かった。今後はお前の方針に従おう。それで良いのだろう」

「!」

 

 根負けしたかのようにヒュースがそう言い、秀一は彼の言葉にしっかりと頷いた。

 話が纏まり、見守っていた月見が安堵の息を吐き──秀一がヒュースに、それはそれとして唯我に謝れと宣ったのを聞いて、ため息を吐いた。

 何故なら、再び空気が死んだからだ。

 

「……オレは間違った事は言っていない。断る」

「……」

 

 秀一は謝れと言った。

 

「断る」

 

 秀一は謝れと言った。

 

「……」

「……」

 

 ……。

 

「模擬戦室に入れ。その頑固な性根叩き直してやる」

 

 上等だこの野郎、と秀一は言い、ヒュースの後に続いた。

 そんな彼らの後ろ姿に月見は再びため息を吐いてやれやれと首を振る。

 

「ちーっす。モガミンさっきの試合惜しかっ──て、何事」

 

 そこに、先ほどの試合の解説を行なっていた米屋がやってきた。

 厳つい表情で模擬戦室に入るヒュースと秀一に目を丸くして驚いていた。そんな彼に、月見は困ったような、しかし笑みを浮かべながら応える。

 

「喧嘩よ。友達とね」

 

 

 ◇

 

 

 唯我はトボトボとあてもなく廊下を歩いていた。情けなく思い飛び出して来た彼だったが、ボーダー本部内に置いて駆け付けられそうな場所が無かった。あえて言うなら前の部隊の隊室だが……。

 太刀川隊の所は行きたくない。かつての隊長や先輩達に今の自分を見せるのは嫌だった。そう思える程度に成長したと見るべきか。

 

 これからどうしよう。そう考えている唯我の耳に、声が聞こえた。

 

「さっきの試合さー」

「あー、アレね」

「うん。アレ」

「唯我いらなかったよな」

 

 ドクン、と心臓が高鳴り、思わず唯我は息を潜めて会話に耳を傾けた。

 廊下の曲がり角越しに聞こえる。幸いこちらに来ておらず、存在に気づかれる事はない。

 だから、客観的に見た自分の弱い姿がよく聞こえた。

 

「敵に見つかったら逃げるしかなく」

「最上に拾われても大した活躍できず」

「東さんにカモにされてたな」

「ああ。てか、アイツが居なくなったから最上の奴動き良くなったよな」

「ああ。それに、唯我と違ってあのヒュースと奴は強いよなー」

「うん。それに──」

 

 話題が変わり、別の場所へ移動しのだろう。それ以上の会話は聞き取れなかった。しかし、唯我の胸にはしっかりと重く残っていた。

 誰から見ても唯我はお荷物だった。

 誰から見ても最上隊は唯我抜きで勝っていた。

 ──誰が見ても、自分は最上隊に相応しくなかった。

 

「っ……ふぐっ……!」

 

 唯我の頬に再び涙が流れ……。

 

「泣くな。鬱陶しい」

「アイタ!?」

 

 そんな彼の尻を思いっきり蹴る者が居た。

 勢いよく前に吹き飛び廊下の雑巾と化す唯我。しかしすぐに起きて振り返り抗議する。

 

「いきなりなんだ! 人を蹴るなんて!」

「トリオン体だから痛みは無いだろう、馬鹿が」

「……へ? あなたは……」

 

 しかし、そこに居た意外な人物に唯我は呆けた声を出す。

 その様子に男──三輪は深く、不愉快だと言わんばかりにため息を吐いた。

 唯我は己の不幸を呪った。この先輩は前々から自分への当たりが強い。ボーダーに入った経緯を考えれば当然の帰結だが、彼らは相性が悪い。なるべく顔を合わせないようにしていた。

 それが、向こうからやって来ると誰が予想できようか。

 いまだに混乱している唯我に、三輪は冷たい言葉を叩きつけた。

 

「奴らが言っていた事は正しい」

 

 飾り気もない罵倒だった。

 

「お前には足りないものが多過ぎる。そんなお前が最上隊に入ればどうなるかなど、簡単に予想できた筈……自業自得だ」

「っ……」

 

 押し黙る唯我に、しかし三輪は止まらない。

 

「……先ほど、太刀川隊の所に行って来た」

「……え?」

「──今なら、太刀川隊に戻る事ができる」

「──」

「今のお前には、そっちの方が良いだろう。不相応な場所に居続ける必要もない」

 

 それは、甘く、毒のように魅力的な言葉だった。

 太刀川隊に戻れば前と同じように戻れる。A級一位の席に身を置けば、今回のような惨めな思い自覚せずに済むだろう。

 目を背けて、責任を他に押し付け、駄々を捏ねるあの日々に。

 

 ──しかし。

 

「──僕は、月見さんの試験に受かって最上隊に入ったんだ!」

「知っている。全て聞いた」

「初めて、なんだ! 僕が心の底から頑張りたいと思ったのは!」

「……」

「彼を、支えたい! 頑張っている彼の力になりたい! だから、だから……!」

 

 逃げ出そうとも。

 己の不甲斐なさを笑われようとも。

 唯我は最上隊から離れたくなかった。

 例え隊長に期待されずとも、同時期に加入した者と比較されようとも。

 そんな彼を見て三輪は……。

 

「……出水から頼まれた。お前の力になってくれと」

「え?」

「不本意だが、お前を最上の役に立てるようにしてやる」

 

 三輪は、太刀川隊に赴き唯我が太刀川隊に逃げ帰った時は受け入れて欲しいと頼み込んだ。

 太刀川は特に反対せず了承したが、出水だけは違った。

 

「アイツは、お前の事を気にかけていた──諦めたらぶっ飛ばす、だそうだ」

「出水先輩……」

 

 唯我は涙を拭った。出水がせっかくくれたチャンスだ。

 

「……個人的に、アイツがあのバカの役に立っているのも気に入らんしな」

「え?」

「何でもない。三輪隊の隊室に来い。そこで教える」

「──はい!」

 

 唯我の覚悟を決めた返事に、三輪は鼻を鳴らすだけだった。

 しかし、いつも浮かべている額のシワは今日はなかった。

 

 

 ◇

 

 

(木虎の言う通りだ……!)

 

 ラウンド4夜の部の観戦を終えた修は、タラリと額から汗を流す。

 新たな戦術で3位まで駆け上がり、影浦隊とは一点差。

 A級まであと少しの所で感じる強敵の存在感。それがヒシヒシと玉狛第二に襲い掛かる。

 もし何処かで当たった時、今回の試合のように勝てるのか……それが分からなくなる。

 

「空閑、今回の最上隊……空閑?」

「……」

 

 隣で試合を見ていた遊真は、ヒュースを見て何やら考え込んでいた。

 修の声が聞こえないのか、彼の呼びかけに答えない。

 

「空閑!」

「……! おお、悪い悪い。で、何の話だっけ」

「……ハァ、いや何でもない。この後はどうする? 僕は次の試合に向けて情報収集するが……」

「……おれはちょっと野暮用がある」

「……分かった。じゃあまた後で」

 

 そう言い二人は別れた。

 遊真を見送ってから、修は意識を切り替える。

 今は最上隊ではなく二宮隊や他の部隊の対策を立てないといけない。

 そして、あの時まで上位に残留する。そうすれば──。

 

「──Aに、上がれる」

 

 確信を持って修は断言した。

 


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