では、どうぞ∠( ゚д゚)/
ヒエンside
泊まる場所は、俺たちが困り始めるより先に用意されていた。
学校へ戻ってロズワール先生に尋ねると、鍵と道順を書いた紙を渡されたのだ。食事に寝床まで揃っているのはありがたいが、ここまで手際がいいと、どうしたって思う。
帰し方より、泊まらせ方のほうが詳しいんだよな、あの先生。
「ヒエン君。お湯、沸いたよ」
「お、ありがと」
なのはに声をかけられ、考え事をやめた。教えられた宿泊先の共用の部屋で、三人分のカップを並べる。フェイトは机の上に広げた紙を端へ寄せ、ヒッツのために空けておいた場所を指先で叩いた。
椅子から飛び乗ったヒッツが、そこへ丸くなる。なのはが笑いながら尻尾を避けて、カップを置いた。
「そこだと、紙が取れなくなっちゃうよ」
「ガウ?」
「いいよ、こっちに移したから」
フェイトに頭を撫でられ、ヒッツが前足の上へ顎を載せる。昼間は知らない人に会ってばかりだったから、ようやく気が抜けたんだろう。
俺も椅子へ腰を下ろし、温かいカップを両手で包んだ。
「……今日は、いろいろあったな」
「うん。朝は、お家にいたのにね」
なのはが湯気の向こうを見た。元気にしてはいたけれど、家族のことが気にならないわけがない。フェイトも自分のカップへ視線を落としている。
「心配してるだろうな」
「お母さんも、姉さんも……」
フェイトの呟きに、俺は頷いた。
大丈夫だと、ひと言だけでも伝えたい。こっちは飯を食えていて、怪我もしていなくて、三人と一匹で一緒にいる。そこまで分かってもらえれば、向こうだって少しは安心できるはずなんだ。
「明日、アインズさんと話してみよう。俺たちのやり方と違うなら、何か気づくことがあるかもしれない」
「ヒエン君、夜中に一人で試したりしないでね」
なのはに言われて、カップから目を上げた。
「……まだ何も言ってないだろ」
「言ってないけど、考えてた?」
少しだけ。
正直に頷くと、フェイトまでこちらを見た。
「私も気になるよ。でも、試すなら一緒にやろう」
「分かった。今日はもう休もう」
二人がほっとしたように笑う。その顔を見ていたら、これ以上紙を広げる気にはならなかった。俺たちは明日の集合時間を決め、使ったカップを片づけてから、それぞれの部屋へ向かった。
* * *
翌日、授業のあとの校庭に、昨日の約束の顔ぶれが集まった。
アインズさんとアルベドさん。俺となのは、フェイト、ヒッツ。それから、話を聞いて参加したターニャとヴィーシャさんだ。
カズマも来たが、こちらは途中からスバルに引っ張られてきたらしい。
「いや、俺も帰り方は気になるけどさ。難しい魔法の話をされても分かんねえぞ?」
「俺も分かんねぇよ。だから聞くんだろ」
「お前、妙に堂々としてるな」
二人のやり取りを聞きながら、俺は校庭の端を確かめた。先生には話を通してある。人の出入りが少なく、魔法を見せても周囲を巻き込みにくい場所だ。
「では、まず私から見せよう」
アインズさんが前へ出ると、自然に会話が静まった。
「今から開くのは、この校庭の中を移動するための門だ。向こう側は、あちらになる」
示されたのは、少し離れた場所だった。フェイトが先へ回り、人がいないことを確かめてから手を上げる。
それを見て、アインズさんが片手を掲げた。
「転移門〈ゲート〉」
空中に、黒い穴が開いた。
扉も、柱もない。それなのに、そこだけ景色が別の場所へ続いている。なのはが小さく息を呑み、俺の隣へ一歩寄った。
「……ほんとに、向こうが見える」
門の向こうにはフェイトがいた。こちらを見つけて手を振る姿が、校庭の奥と、目の前の門の中にそれぞれ見える。
同じ転移でも、ヒッツが扉をつなぐときとは発動の様子がまるで違った。
「通ってみてもいいですか?」
「構わん。まずは私が通ろう」
アインズさんが黒い門へ歩み込み、フェイトの隣へ現れた。アルベドさんもそのあとに続く。
俺はヒッツを肩へ乗せ直して、なのはと一緒に門をくぐった。歩幅は一歩分。その一歩で、さっきまでいた場所から離れている。
「おお……」
後ろから来たスバルが、自分の足元と門を何度も見比べていた。カズマは門の縁に触りかけ、途中で手を引っ込める。
「これで家まで行けたら、話が早いんだけどな」
「そうはいかぬようだ。少なくとも、私の知る元の場所へ戻る試みは成功していない」
アインズさんの返事に、カズマが残念そうに息をついた。
この世界の中では使えても、元の世界へ届くとは限らない。門が消えた空間を見ながら、俺は今見た光景を頭の中で確かめた。
「俺たちの世界にも、転送魔法があります。離れた場所へ移動したり、人や物を送ったりするものです」
俺は門のあった場所へ目を向けながら、そう説明した。普段使う帰還手段の細かい仕組みまで話さなくても、移動の魔法について意見は聞ける。
「ただ、元の場所へ戻ろうとしても、うまくいかないんです。連絡も届かなくて」
「行き先を指定できないのか、それとも、指定しても移動が成立しないのかね?」
「戻りたい場所は分かっています。でも、そこへつながらない。今のところ、確かめられたのはそこまでです」
アインズさんはすぐに答えず、少し考えてから頷いた。
「こちらも、元の場所へ移動できない点は同じだ。ただし、原因まで同じとは限らんな」
「はい。それを確かめたくて、話を聞かせてもらいました」
そこで、なのはが小さく手を上げた。
「転送だけじゃなくて、ここへ呼ばれたときのことも調べられませんか? 私たちの世界には、召喚魔法もあるので……」
「召喚。誰かを呼び出す魔法ってことか?」
スバルが聞き返す。なのはが頷くと、カズマは腕を組んでアインズさんを見た。
「そういうのも使えるのか?」
「うむ。私も召喚は行える。しかし、あのボタンによる移動を、私の知る召喚と同じものだと決めることはできぬ」
アインズさんは、さっき門を開いた手を軽く持ち上げた。
「この転移門も、ボタンも、結果としては人を別の場所へ移す。だが、同じ結果になるからといって、同じ魔法とは限らない」
「そうですね。帰る方法とは別に、誰がどうやって呼んだのかも、考えたほうがよさそうです」
フェイトが紙へ書き留める。ターニャはその手元を一瞥してから、俺たちを見た。
「各自の知る転送や召喚について、比較できる点を整理しよう。使えないという報告だけでは、原因は絞れん」
「分かった。見たことと、まだ推測のところは分けておくよ」
俺が答えると、ターニャは短く頷いた。
転送も、召喚も、調べるための手掛かりにはなる。けれど、どれかの名前を当てはめただけで、答えが出たことにはならない。二人の話を聞きながら、フェイトの紙に書かれた項目を確かめた。
「私たちも、来たときのことをもう一度思い出してみるね」
なのはが言うと、フェイトも頷いた。肩の上のヒッツが紙を覗き込み、俺の頬へ鼻先を寄せる。
「お前も、気づいたことがあったら頼むな」
「ガウッ」
その返事に笑って、俺はヒッツの頭を撫でた。
* * *
その後は、互いの魔法について質問する時間になった。
同じ『魔法』という言葉を使っていても、分類も、使うための道具も違う。なのはたちがデバイスの補助について話すと、アインズさんは具体的に何を助けるのかと尋ねた。
「魔法を組み立てたり、狙いをつけたりするのを手伝ってもらいます。でも、どう使うかは私が考えます」
なのはの説明に、フェイトが言葉を添えた。
「同じ魔法でも、自分で練習しないと上手く使えません。速く動いているときとか、ほかのことも一緒にしないといけないときは、特に」
「なるほど。道具があるだけで、誰もが同じように使えるわけではない、と」
「はい」
ターニャも時折質問していた。二人の話から、自分たちが使うものとの共通点を探しているらしい。
俺はその間に小さな石を拾い、指先で砂を落とした。
「例えば、物を運ぶ魔法なら、こういうふうに使います」
フローターを発動すると、石が手のひらからふわりと浮いた。目の高さまで上げて止め、ゆっくり横へ動かす。スバルがその下へ手を差し入れたので、掌へそっと下ろしてやった。
「お、ありがと。……これ、人も乗せられるのか?」
「ああ。運ぶときにも使うよ。怪我した人を動かしたいときとか」
カズマが急にこちらを見た。
「じゃあ、動けなくなっためぐみんも?」
「怪我してるのか?」
「いや、魔法を使い切ると動けなくなるんだよ。んで、いつも俺が背負う羽目になる」
「そういうことか。運べると思うぞ」
カズマが、今日いちばん真剣な顔で頷いた。
「その魔法、便利だな」
「だから昨日から、便利だって言ってるだろ」
なのはが吹き出し、フェイトも口元へ手を添えた。
石を俺へ返しながら、スバルが肩を揺らしている。
「お前ら、魔法の話になると急に生活感がすごいな」
「日頃使うなら、そこが大事なんだよ」
拾った石を足元へ戻し、俺は両手を払った。その手をアインズさんが見ている。
「君の場合は、手に持つ道具を必要としないのかね?」
「ヒッツは内蔵型なんです。外にいるこいつは分身体なので、肩にいても、装備は別に出せます」
言葉だけでは分かりにくそうだったので、両腕に篭手を展開した。服はそのまま、額にも炎は出さない。手を開いたり閉じたりして見せると、ヒッツは肩の上で胸を張った。
「おお、装備が出てきた!」
スバルが声を上げる。カズマも、今度は両手のほうを覗き込んできた。
「お前、そういうの持ってたのか」
「普段は出してないからな」
「殴るためのやつ?」
「それもあるけど、飛ぶときにも使う」
掌を人のいない方向へ向け、小さく炎を灯す。オレンジ色の炎を絞り、短く噴かせると、押し返す力が腕に伝わった。
近くへ顔を寄せていたカズマが半歩下がり、今度は掌を横から見た。
「ああ、それで飛ぶのか。……熱くねえの?」
「自分の手を焼くような使い方はしないよ」
フェイトが少し前へ出て、炎が消えた篭手を見た。
「ヒエンは、細かく向きを変えて飛ぶんです。私は魔法で飛びますけど、同じ動き方にはならなくて」
「三人とも、飛行の仕方は違うのか」
ターニャの問いに、なのはが頷いた。
「一緒に練習するときも、それぞれ得意なことが違います。だから、見てると勉強になるんです」
そう言われると、ちょっと照れ臭い。俺だって、二人の魔力の使い方を見て教わることがある。
篭手を収めていると、アインズさんが口を開いた。
「その炎も、魔法なのか?」
「炎そのものは、魔力とは別です。生命エネルギーを使っています。魔力と組み合わせることもありますが」
そこで、アインズさんの視線が掌から俺の顔へ移った。
「……そうか。一口に魔法と言っても、君たちの世界と私の知るものには違いが多いようだな」
「俺もそう思います。さっきの門も、見せてもらえてよかったです」
誰かの方法を聞けば、そのまま帰れるかもしれない。そう期待していた部分はあった。けれど、実際に話してみると、同じ言葉で別のものを指しているところがいくつもある。
それでも、アインズさんは分からないものを分からないと言ってくれたし、俺たちの話も最後まで聞いてくれた。そこは、来る前より一つ進んだと思う。
「今日はありがとうございました。また、分かったことがあれば話してもらえますか?」
「こちらこそ。君たちの話は興味深かった」
アインズさんが頷く。なのはとフェイトも礼を言い、ターニャたちとは調べた場所の情報を交換した。
カズマはその横で、スバルへ何やら力説している。
「分かるか? 重い荷物を持たなくていいってのは、すごいことなんだぞ」
「分かったって。お前がすげぇ背負ってきたのは分かったよ」
……めぐみん本人の前で言うなよ、それ。
校舎へ戻ると、ロズワール先生が廊下で待っていた。俺たちの顔を順に見て、満足そうに頷く。
「ずいぶん仲良くなれたようだねぇ。ちょうどよかった」
カズマとスバルが、同時に足を止めた。俺もちょっと嫌な予感がした。こういう言い方のあとに、普通の連絡が来る気がしない。
「近いうちに、クラスの懇親会を開こうと思っているんだよ」
「懇親会、ですか?」
なのはが聞き返すと、先生は笑みを深めた。
「ああ。みんなに、もっとお互いのことを知ってもらおうと思ってねぇ」
俺の肩で、ヒッツが耳を動かした。
なのはは楽しみそうにフェイトを見て、フェイトも少し笑っている。二人がそういう顔をするなら、悪い話ばかりでもないんだろう。
ただ、昨日の放課後を思い出すと、俺としては一つだけ確認しておきたかった。
「先生。会場って、丈夫ですか?」
横でカズマが深く頷いた。
また投稿します。