ヒエンside
ヒーロー協会の窓口へ着いたところで、俺は腕の中の相棒へ目を落とした。
……こいつ、一緒に入っていいんだろうか。
入口で悩んでいても仕方がない。受付へ近づき、女性職員に声をかける。
「すみません。怪人の件で報告に来たんですけど、こいつも一緒で大丈夫ですか? 俺の相棒なんです」
女性の視線が、腕の中へ向いた。
相棒も顔を上げ、大人しく尻尾を揺らしている。
「怪人の目撃情報でしょうか。場所と、現在の状況を教えていただけますか?」
「今朝、交差点に現れた紫色の奴です。もう倒したんですけど、まだ行方が分からないってニュースで見たので」
端末へ伸びかけていた手が止まる。
「……倒されたんですか?」
「はい。戦闘の記録もあります」
場所を詳しく伝えると、女性は奥へ連絡を入れた。
程なくして、別の職員がこちらへやって来る。
「詳しくお話を伺います。こちらへどうぞ」
相棒も一緒でいいと言ってもらえたので、礼を言って後に続いた。
*
通された部屋で、男性職員と向かい合う。
相棒は隣の椅子へ座り、俺がモニターを開くのを待っていた。
「まず、お名前をお願いします」
「大空氷炎です。大空に、氷と炎で、ヒエンって読みます」
「大空さんですね。それでは、怪人を発見した時の状況から伺えますか」
頷いて、朝のことを順番に話していく。
光球の先に親子がいたこと。二人を助けてから、ワクチンマンと戦ったこと。
「その時、周りを巻き込まないように結界を張ったんです。だから、外からは途中が見えなかったと思います」
「結界、というのは?」
「戦う場所を外と分ける魔法です。説明だけより、記録を見てもらった方が早いと思うんですけど……ここへ映しても大丈夫ですか?」
許可をもらってから、机の上へ空間モニターを展開した。
職員の視線が、何もなかった空間へ集まる。
「それも、今おっしゃった魔法で?」
「はい。こういう使い方もできます」
相棒へ目配せすると、記録の再生が始まった。
巨大化したワクチンマンが映る。
放たれる光球と、砲撃。それを避けて回り込む俺の姿を、職員は黙って見ていた。
一度身体を吹き飛ばしたところで、再生を止める。
「ここで倒したと思ったんですけど、まだ生きてたんですよ。本人は、核を壊さない限り倒せないって言ってました」
「再生した後の姿が、最初に目撃されたものと同じなんですね」
「そうです。別の怪人が出てきた訳じゃありません」
続きを流すと、職員は端末へ何かを書き込んだ。
最後のヒートバーナーがワクチンマンを呑み込み、その後の確認まで映してから、モニターを止める。
「周辺を調べましたが、残っている反応はありませんでした。その後も再生していません」
「分かりました。いただいた情報は、現地の状況や目撃証言とも照合します」
職員は一度画面から目を離し、俺へ向き直った。
「映像では周囲の建物にも被害が出ていますが、現地で確認されたものとは違っています。これは……」
「結界の中で壊れたものなので、解除すれば元に戻ります。ただ、最初にあいつが撃った所は、張る前だったんです」
「現地に残っている被害は、その時のものだと」
「はい」
俺の返事を聞いた職員は、記録の該当箇所をもう一度確かめた。
質問を受けながら説明していくうちに、話は救助した親子へ移っていく。
「あの二人がどうなったか、分かりますか? 逃げる時には、大きな怪我はなさそうだったんですけど」
「こちらでも確認します。分かり次第、お伝えできるようにしましょう」
「ありがとうございます。お願いします」
記録の提供方法を相談し、戦闘に関係する部分を渡す。
相棒がその作業を支えてくれている間に、俺は通報先と、救助した人を引き継ぐ際の連絡方法も教えてもらった。
一通りの説明を終えた職員が、資料を揃える。
「ところで、大空さんは現在、ヒーローとして登録されていますか?」
「いえ。実は、そのことも聞きたかったんです」
俺が答えると、職員の視線が先程まで映像のあった場所へ向いた。
「登録をご希望ですか?」
「考えています。ただ、こちらでの住所はまだないので、手続きのことも相談したくて」
家に帰れるから、泊まる場所には困っていない。
だが、それと書類に何を書けばいいかは別の話だ。
担当者の説明を聞きながら、必要なものを確認していく。
連絡方法や、こちらへ来られる日時についても伝えた。
「では、登録の担当にも引き継ぎます。認定試験については、こちらの案内をご覧ください」
受け取った紙を、相棒と一緒に覗き込む。
体力試験と、筆記試験。日時と会場も書かれていた。
「……筆記も、ちゃんと準備しないとな」
「ガゥ」
「分かってるって。体を動かす方だけでいいとは思ってないよ」
俺たちのやり取りを見て、職員が少し表情を緩める。
「よく意思が通じるんですね」
「長い付き合いですから。頼りにしてます」
隣で、相棒が胸を張った。
*
「試験を受けることにしたんですね」
帰宅後、案内を見たリニスが顔を上げる。
俺は頷き、手元の資料を机へ置いた。
「うん。こっちで動くなら、協会と連絡が取れた方が助かるし。俺が気づいてない場所でも、怪人は出るだろ?」
「向こうでの活動が増えれば、予定の調整も必要になりますね」
「そこは相談させて。今までの用事を放り出すつもりはないから」
帰る場所も、家族も、元の世界での役目もある。
協会にも、いつでも必ず駆けつけられるとは言っていない。その上で、活動について話を進めることになった。
リニスが案内へ視線を戻す。
「筆記の方は、どうですか?」
「これから調べる。知らない制度とかもあるだろうし」
「では、私も問題を出しましょうか」
「お手柔らかにお願いします」
「理解できているか確かめるだけですよ」
その『だけ』で安心できないのは、これまでの経験のせいだと思う。
隣の相棒を見ると、何故かやる気十分といった様子で頷いていた。
……お前、そっち側なのか。
*
試験当日。
受付を済ませた俺へ、先日話を聞いてくれた職員が声をかけてきた。
「大空さん。救助されたお二人ですが、ご無事でした」
「本当ですか?」
「はい。お母様から当時の状況も伺えました。あなたにお礼を伝えたいと、おっしゃっていましたよ」
相棒と顔を見合わせ、息をつく。
「……よかった」
自分の目で確かめたのは、二人が逃げていくところまでだった。
無事だと聞けて、朝から引っかかっていたものがようやく取れた気がする。
「ありがとうございます。二人とも無事でよかったって、伝えてもらえますか。それと、お礼も嬉しいですって」
「承知しました。では、試験も頑張ってください」
礼を返して、待機場所へ向かう。
周りには、大柄な男や、静かに目を閉じている人など、様々な受験者が集まっていた。
手首を回していると、足元から声がする。
「ガゥ」
「大丈夫。今日は試験だからな。説明を聞いて、ちゃんとやるよ」
しゃがんで一撫ですると、相棒は満足そうに目を細めた。
名前を呼ばれたので、俺は立ち上がる。相棒は案内された見学場所へ向かい、俺も測定場所へ進んだ。
説明を聞き終えてから、試験官へ一つ確認する。
「身体を強化する力は、使ってもいいんですか?」
「使用した場合、周囲に危険はありますか?」
「自分の身体を強化するだけなら、ありません。炎を飛ばしたりもしません」
「では、使用してください。各項目の測定方法は守るように」
「分かりました」
返事をして、死ぬ気化する。
額に炎は灯さない。この状態でも解放される潜在能力に、魔力による身体強化を重ねた。
足を軽く動かし、力の入り具合を確かめる。
……よし。問題なし。
合図を待ち、反復横跳びを始める。
線を越えて、切り返す。腰の高さを保ち、余計に上へ跳ねないように足を運んだ。
右、左。また右へ。
床を蹴る音が重なり、視界の端で試験官の手が動く。
「そこまで!」
足を止めると、試験官が記録を見下ろした。
隣の係員と目を合わせ、それから足元の線を見る。
「今の記録、映像でも確認してください」
「はい」
……何か間違えたか?
俺も線へ目を落としたところで、次へ進むよう声がかかった。
とりあえず、やり方に問題があった訳ではないらしい。
走って、跳んで、指示された測定を受けていく。
そのうち、係員の人数が増えていることに気づいた。
手元の記録を見て、俺を見て、また記録を見る。
……そんなに見られると、こっちも気になるんですが。
重量挙げの場所で両手を拭き、器具の前へ立った。
足の位置を決めて腰を落とす。握った手を確かめ、脚から力を伝えるように持ち上げていく。
持ち上げきったところで、試験官の合図を待つ。
「……はい。下ろしてください」
ゆっくりと戻し、手を離した。
用意されていた重さは、これで終わりらしい。
「もう少し重いものも持てますけど」
「少々お待ちください」
係員が試験官のところへ向かう。
肩を回しながら待っていると、程なくして返事が来た。
「この項目は終了です。次へ進んでください」
「分かりました」
どうやら、必要な記録は取れたようだ。
俺は器具から離れ、次の場所へ向かった。
拳の力を測る機械の前で、殴る位置を教えてもらう。
武器は使わないようにと言われたので、篭手は出さず、素手のまま構えた。
パッドまでの距離を測る。肩を落とし、拳を握る。
大きく振りかぶらず、踏み込みと腰の回転を繋げて、真っ直ぐに送り込んだ。
ドンッ!
低い音が響く。
表示を覗き込んだ係員の動きが、ぴたりと止まった。
拳を引き、俺も機械を見る。
壊れてはいない。……よし。
「もう一度、お願いします」
「同じように、ですか?」
「はい」
足を置き直し、もう一発。
今度は試験官も表示を見て、係員と頷き合っていた。
「確認できました。体力試験は、これで終了です」
「ありがとうございました」
一礼して下がると、見学場所の相棒と目が合った。
片手を上げる。向こうも前脚を持ち上げたので、ちょっと笑ってしまった。
*
筆記試験の会場は、さっきまでとは打って変わって静かだった。
席に着いて筆記用具を並べ、解答用紙へ名前を書く。
開始の合図で問題を開いた。
まずは全体へ目を通し、答えられるものから進めていく。
事前に調べたことが役立つ問題もあった。
リニスと確認した内容を思い出しながら、文章を読んで答えを書く。
……ちゃんと準備しておいてよかった。
途中で手を止め、書いたものを読み返した。
言いたいことが伝わるように直し、空欄が残っていないか確かめる。
終了の合図で筆記用具を置くと、肩の力が抜けた。
走ったり殴ったりするのとは、また違う疲れ方だな。
会場の外では、相棒が待っていた。
「終わったぞ」
「ガゥ!」
伸ばしてきた前脚を受け止め、抱き上げる。
いつも通りの顔を見たら、ほっとした。
「書けるところは書いた。後は結果待ちだな」
相棒が俺の顔を覗き込む。
「そんな心配そうに見るなって。白紙で出してないから」
そこへ、職員が近づいてきた。
体力試験の途中から、記録を確認していた人だ。
「大空氷炎さんですね。お疲れ様でした。少しお時間をいただけますか?」
「はい。何でしょう?」
「先日ご提供いただいた戦闘記録と、本日の測定結果について、担当者からお話ししたいことがあります」
相棒を抱え直し、頷く。
今日は身体能力を測っただけで、炎も氷も見せていない。映像との違いについて、聞きたいことがあるのかもしれない。
「分かりました。大丈夫です」
「ありがとうございます。こちらへお願いします」
職員が廊下を歩き出す。
俺は相棒と顔を見合わせてから、その後に続いた。
あらかじめ魔法という名称で呼んでるみたいにしています。
では、また∠( ゚д゚)