ヒエンside
案内された部屋には、二人の職員が待っていた。
一人は朝の怪人について報告を聞いてくれた男性。もう一人は眼鏡をかけた男性で、俺が座ると、手元の資料をこちらへ向けた。
「お疲れのところ、ありがとうございます。今回の能力評価を担当しています」
挨拶を返し、相棒を隣の椅子へ下ろす。
知っている職員がいるだけでも、少し気が楽だった。
「まず、体力試験ですが、満点です」
「おお」
思わず声が出る。
相棒へ顔を向けると、当然だろう、とでも言いたげに頷いた。
いや、結果として聞くと、やっぱり嬉しいだろ。
「ただし、測定結果には補足があります。重量挙げでは用意されていた最大重量を、打撃力では機器の測定上限を記録しています」
「……ああ。それで、もう一回殴ったんですね」
「はい。再測定でも同じ結果でした。試験の評価には十分ですが、これがあなたの限界という訳ではありませんね?」
「そうですね。まだ余力はありました」
職員が記録へ書き加える。
続いて、試験中に使った身体強化について尋ねられた。
「潜在能力を引き出した上で、魔法による身体強化も重ねています。今日は、その二つを使いました」
「戦闘記録にあった、額の炎は出ていませんでしたね」
「はい。額に炎を出す状態とは別です。今日の状態でも潜在能力は解放していますけど」
「では、あの炎は、魔法を使うために必ず必要なものではないんですね」
「ええ。それと、あのオレンジの炎は、魔力で作った普通の炎とも違うんです。使っている力の元が別で」
言葉を切り、机の上の記録を見る。
一度に全部説明しても、かえって分かりにくいだろう。
「同時に使えるので、映像だと区別しづらいと思います。必要なら、それぞれ説明しますよ」
「お願いします。まずは今回使用されたものから確認しましょう」
質問に答えながら、違いを伝えていく。
職員は分からないところで手を止め、こちらへ聞き返してくれた。
やがて話は、ワクチンマンとの戦闘へ移った。
「この結界ですが、市街地での戦闘でも、常に使用されますか?」
「状況によります。今回みたいに相手と俺だけを入れられるなら使いますけど、逃げ遅れている人がいたら、その人たちへの対処も必要ですから」
「記録では、相手の攻撃を何度も避けていますね」
「あれは周りを巻き込まないようにした後なので。普通の街中で、後ろに人がいたら同じ避け方はできません」
俺が避けた先に、人や車があるかもしれない。
そこは、敵を見るのと一緒に確かめるところだ。
職員は頷き、記録の別の箇所へ目を向けた。
「攻撃方法を変えたのは、相手の防御力に対応するためですか?」
「はい。最初の攻撃が効かなかったので、同じ撃ち方を続けても仕方がないと思って。再生すると分かってからは、核ごと破壊するつもりで攻撃しました」
画面の中で、ワクチンマンが目を押さえている。
……人と一緒に見返すと、中々えげつない光景だな。
もっとも、あの場で放っておける相手ではなかった。
職員もそこを責める様子はなく、巨大化する前後の動きや、再生後の変化を確認していった。
*
追加で氷の力も見せてほしいと言われ、確認用の区画へ移動した。
使っていい範囲を聞き、職員たちが離れたところで、篭手を展開する。
相棒は職員たちの近くで、こちらを見ていた。
外に出ている相棒がそのままでも、装備の展開には何の問題もない。
「それでは、始めます」
額に大空の炎を灯し、片手を前へ出す。
「零地点突破・ファーストエディション」
冷気を走らせ、地面の一点から氷を伸ばした。
柱へ形を整え、そこで止める。続いて一部を横へ伸ばし、低い壁に変えていった。
「形まで変えられるんですか」
「はい。遮るものを作ったり、足場にしたりもできます」
職員の一人が横へ移動し、氷の厚みを確かめる。
もう一人は、指定された範囲の外へ冷気が広がっていないか見ているようだった。
次は炎による移動だ。
両手からの噴射を調整し、ゆっくりと地面を離れる。その場で止まり、左右へ動いてから着地した。
「戦闘記録で飛んでいたのも、今の方法ですか?」
「そうです。噴射の向きと強さを変えて動いてます」
質問に答え、確認を終えてから氷の後始末をする。
額の炎を消して戻ると、相棒が前脚を上げて迎えてくれた。
その日、階級の話が決まることはなかった。
筆記試験の採点もある。連絡を待つことになり、俺たちは家へ戻った。
*
後日、再び協会を訪ねた俺の前へ、正式な結果が置かれた。
合格。
まず、その文字を見て息をつく。
筆記も含めて結果が出たのだから、これで一安心だ。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
返事をした俺へ、職員が続けた。
「初期の所属階級ですが、S級での登録が決定しました」
「……S級?」
思わず顔を上げる。
職員は頷き、別の書類をこちらへ向けた。
「体力試験、追加確認、そして提供いただいた戦闘記録を踏まえた判断です。特に、あの怪人を単独で撃破した実績を重く見ています」
「いきなり、一番上の階級ですか」
「はい。登録順位は十七位となります」
S級十七位。
書類の上でもう一度確かめてから、相棒へ目を向けた。
相棒は俺を見上げ、小さく頷く。
順位そのものにこだわっていた訳じゃないが、ちゃんと評価してもらえたのは嬉しい。
同時に、その名前を見て助けを待つ人も出てくるんだろうな、と思った。
「活動できる時間や連絡については、相談したとおりで大丈夫ですか?」
「はい。変更があれば担当へお知らせください。出動要請の際も、その時点の状況を確認します」
「分かりました。よろしくお願いします」
続いて、活動名についての説明を受ける。
「公表する名称は、『氷炎のヒエン』を候補としています」
「氷炎のヒエン……」
名前を口にしてみる。
氷と炎を使うヒエン。確かに分かりやすい。
「……何だか、俺を二回呼んでるみたいですね」
思ったことがそのまま口から出た。
職員が俺を見る。隣の相棒も俺を見る。
あ、滑ったか?
「いえ、変えてほしい訳じゃないです。分かりやすくて、いいと思います」
相棒が小さく鼻を鳴らした。
おい、今笑っただろ。
職員も口元を緩め、それでは、と確認を進める。
俺は頷き、必要な書類へ名前を書いた。
S級十七位、氷炎のヒエン。
突然やって来た世界で、俺の名前が登録される。
始まり方は、今も分からない。
だが、ここで何をするかは、自分で決めた。
「今後とも、よろしくお願いします」
頭を下げると、隣で相棒もちょこんと頭を下げていた。
*
「……写真、もうちょっと何とかならなかったかな」
協会の紹介画面を見ながら、俺は呟いた。
名前の横に載っている自分の顔が、どうにも硬い。
「ガゥ」
相棒が画面と俺を見比べ、こくりと頷く。
そこは否定してくれてもいいんだぞ。
街の公園で苦笑していると、協会から連絡が入った。
今日は、こちらで活動できることを伝えてある。
『商業施設のある通りに怪人が出現しました。付近に取り残された人がいます。現場へ向かえますか?』
「向かいます。場所と、分かっている状況をお願いします」
説明を聞き、モニターの地図を確かめる。
相棒は俺の腕から下り、内側へ戻った。
周囲を確認してから、フルドライブを起動する。
黒いジャケットを纏い、額へ大空の炎を灯すと、両手から炎を噴射した。
建物の上へ出て、現場へ向かう。
ほどなく、道路から立ち上る埃が見えてきた。
「相棒、逃げ遅れてる人を見ててくれ」
内側から応答が返ってくる。
その先では、黒光りする大きな怪人が、車の屋根へ脚をかけていた。
カブトムシを思わせる角に、太い脚。
向かいには、道路を塞ぐように止まったバスがある。乗客が扉から降りていたが、車内にもまだ人が残っていた。
怪人が、そのバスへ角を向ける。
「させるか!」
両手の炎を強め、間へ割り込む。
「ラウンドシールド!」
オレンジの盾が、突き出された角を受け止めた。
着地して足を踏ん張ると、怪人が頭を振って押し込んでくる。
後ろで運転手が声を張った。
「押さないで! 一人ずつ降りてください!」
「運転手さん! こいつは止めます。そのまま避難を!」
「分かった!」
返事を聞き、目の前の怪人へ集中する。
角で押せないと悟ったのか、前脚が持ち上がった。
叩きつけてくる動きを見切り、盾を解除して外側へ抜ける。
低い姿勢から脚の関節へ掌を当て、冷気を走らせた。
「零地点突破・ファーストエディション」
氷に固められた脚が止まり、怪人の巨体が傾ぐ。
逃げる人のいない方へ回り込み、右手の篭手を手甲へ変えた。
収束させた炎を込め、腰の回転とともに拳を叩き込む。
「はっ!」
外殻が砕けた。
怪人はバスと反対側へ吹き飛び、道路へ転がる。
俺はすぐに位置を変え、人のいる方へ戻れないよう立った。
だが、もがいていた脚は程なく止まる。
反応を確かめ、協会へ制圧を伝えようとした時だった。
相棒から、近くの店舗を知らせる思念が届く。
崩れた入口に、男が二人いた。
一人は足を挟まれ、もう一人が腕を引いている。その頭上で、大きな看板の留め具が外れかけていた。
「そこから動かないで!」
二人の前へ飛び込み、頭上に盾を出す。
直後、落下した看板がぶつかり、金属の音が響いた。
「ひっ……!」
「大丈夫。そのまま待っててください」
声をかけ、周囲を見る。
入口の枠も歪んでいた。足の上の部材だけを退かせば、残りが落ちてきかねない。
地面から氷を伸ばし、枠を支える。
看板を脇へ下ろしてから、挟まれた足の位置を確かめた。
「持ち上げたら、後ろへ引いてもらえますか?」
隣の男へ尋ねると、青ざめた顔のまま頷いてくれる。
「あ、ああ。分かった!」
「いきます。せーの!」
両手で部材を持ち上げる。
足が抜けるだけの隙間を作り、そこで止めた。男が仲間の肩を抱え、身体を後ろへ引く。
靴先まで抜けたのを見てから、部材を脇へ移した。
「建物から離れましょう。肩、借りますね」
怪我をした男を抱き上げ、安全な場所へ運ぶ。
救急隊員がこちらに気づき、担架の場所へ案内してくれた。
*
「足を挟まれていました。意識はあります」
男を下ろし、隊員へ状況を伝える。
確認を進める横へしゃがみ、俺も足の状態を調べた。
「治療の魔法が使えます。処置してもいいですか?」
隊員が顔を上げ、俺の顔と装備を見る。
「あなたは、新しいS級の……」
「ヒエンです。協会から連絡を受けて来ました」
傷の位置と、挟まれていた状況を確かめ合う。
男にも声をかけてから、足へ手を添えた。
「フィジカルヒール」
魔力を流し、傷ついた組織へ働きかける。
出血と腫れの変化を見ながら治療を進めると、男の肩から少しずつ力が抜けていった。
「……痛みが、引いてきた」
「楽になりました?」
「ああ……助かった」
頷いて手を離し、隊員へ場所を譲る。
治療後の足を確認してもらっていると、救助隊の一人がこちらへ来た。
「入口にある氷は、あなたが作ったものですか?」
「はい。枠が崩れそうだったので、支えています。建物全体を支えている訳ではありません」
「こちらで支えを用意します。それまで状態を見てもらえますか?」
「分かりました。中に人が残っていないかも調べます」
相棒へ呼びかけ、エリアサーチを使う。
捜索を進める隊員へ結果を伝えながら、氷へかかる重みも確かめた。
バスの運転手からは、乗客が全員降りたと知らせが入る。
俺も協会へ、怪人の制圧と救助中であることを報告した。
しばらくして、店舗の入口へ新しい支えが据えられた。
救助隊と声をかけ合い、重みを移してから氷を退かす。
「ありがとうございました。こちらで引き継ぎます」
「はい。お願いします」
建物の前を離れると、先程の男が担架の上から手を上げた。
隣には、助けようとしていた仲間もいる。
「ありがとうな! 足、ずいぶん楽になったよ!」
「よかったです。お大事に!」
二人を見送り、俺も片手を上げる。
バスのそばでは、運転手が避難した乗客の人数をもう一度確認していた。
怪人との戦闘は短かったが、その後は結構動いたな。
肩を回したところで、足元に相棒が現れた。
「ガゥ」
「ありがとな。あの二人を見つけてくれて」
しゃがんで頭を撫でると、手へ額を擦り寄せてくる。
抱き上げ、現場の方をもう一度見た。
隊員たちは、もう次の作業へ移っている。
周辺の状況を協会へ伝え、こちらで手を貸す必要がないことを確かめてから、通りを離れた。
「初仕事、どうだった?」
腕の中へ尋ねると、小さな前脚が胸をぽんと叩く。
それから、しっかりと頷いてくれた。
「そっか」
思わず、口元が緩む。
家へ帰ったら、まずはリニスに報告しよう。
試験の時とは違って、今度は実際に働いてきたんだ。
氷炎のヒエンとしての初仕事。その話は、こいつと一緒にすればいい。
また投稿しますー。