ヒエンside
「ただいまー」
家へ帰ると、足元へ小さな影が寄ってきた。
「きゅ〜」
「お、ナハト。留守番ありがとな」
しゃがんで抱き上げると、肩の相棒も顔を寄せる。二匹の間で短い鳴き声が交わされてから、ナハトが俺を見た。
「怪我はしてないぞ。今日は、怪人を倒した後の方が長かった」
「おかえりなさい。救助も手伝ったんですね」
奥から顔を出したリニスへ頷く。椅子に座り、相棒を机へ、ナハトを膝へ下ろした。
「バスに突っ込もうとしてた奴を止めてさ。その後、店の入口で動けなくなってる人がいたんだ」
記録を開き、今日のことを話していく。リニスは崩れた入口の氷へ目を留め、続いて、運び出された二人を見た。
「間に合ってよかったですね」
「うん。相棒が見つけてくれたんだ」
机の上の相棒が胸を張る。その頭を撫でていると、膝のナハトが身を起こした。
「きゅ!」
小さな前脚が、俺の腕へ乗る。相棒を見て、それから俺を見る仕草に、何となく言いたいことが分かった。
「……ナハトも来たかったか?」
「きゅ〜」
「そっか。次は状況を見て呼ぶよ。その時は頼むな」
背中を撫でると、今度は元気よく返事が来た。ずっと留守番を頼む理由もない。必要なら、こいつにも来てもらえばいいんだ。
「こちらの記録は、協会にも渡したんですか?」
「うん。治療したことも、救助隊の人と一緒に伝えたよ」
「魔法について、聞かれたことは?」
「何ができるかは、これから少しずつ確認するって。登録の時に魔導師だとは伝えてあるけど、実際に見ないと分からないこともあるだろうし」
俺にとっては馴染みのある呼び方でも、こちらでは初めて聞く人もいる。今日の記録を見てもらいながらなら、話もしやすいだろう。
「治療までできるのかって、驚かれたよ」
「それで助かった方がいるんですから、覚えてもらえたでしょうね」
「だな。今度はこっちから頼まれるかもしれない」
頷いた俺の手へ、ナハトが鼻先を寄せる。話している間に、撫でる手が止まっていたらしい。
……はいはい。ちゃんと覚えてますよ。
*
それから数日、怪人への対処と救助を続けた。協会へ活動の予定を伝え、要請のない時には街を回る。帰れば家で過ごし、リニスとの鍛錬も欠かさない。
今日、呼ばれたのは倉庫街だった。相棒とナハトを呼び出してから、荷物の積まれた道路へ下りる。
「相棒、建物の裏を頼む。ナハトは、逃げる人の方を見ててくれ」
「ガゥ」
「きゅ!」
二匹が動き出す。道路の先では、両腕の長い怪人が暴れていた。刃のような腕を振るうたび、シャッターや車体に傷が増える。
倒れた台車の陰に、作業着の男がいた。その前へ立ち、後ろを示す。
「動けますか? 角を曲がった先へ避難してください」
「あ、ああ……!」
立ち上がった男の横から、ナハトの鳴き声がした。男がそちらへ走り出すと、怪人の顔が俺へ向く。
「邪魔だァ!」
右の刃が、肩口を狙って振り下ろされる。半歩ずれて内側へ入り、続けて振ろうとした左腕の肘へ掌を添えた。
大きく振った右腕を戻しきれていない。その間へ左を押し込み、足を運んで相手の向きを変える。左右の刃がぶつかり、目の前で火花を散らした。
「なっ――」
相棒から、背後に人がいないことが伝わる。腰を落とし、がら空きになった胴へ拳を打ち込んだ。
鈍い音とともに、怪人の膝が折れる。倒れる身体を横へかわし、すぐに向き直ったが、刃は動かない。反応を確かめ、構えていた手を下ろす。
協会へ制圧を伝えていると、角の向こうから、先程の男が顔を出した。足元にいるナハトが俺を見て鳴く。
「ありがとな。こっちも終わったぞ」
相棒も戻ってきた。二匹を迎えたところで、建物の脇から流れ出している水に気づく。
怪人の刃が、配管まで切ってしまったらしい。
「……今度は水道か」
作業員へ声をかけると、男は倉庫の方を振り返った。
「元栓は、こっちだ。案内する!」
「お願いします!」
男の案内で、倉庫の脇へ回る。元栓を閉める間、転がっていた台車を起こしておくと、ナハトが足元へ戻ってきた。
「お疲れ。そっちも助かったよ」
頭を撫でてやる。その向こうでは、水の勢いがようやく弱まり始めていた。
*
別の日には、戦闘より先に救助の要請が来た。怪人が壊した建物で、避難に使っていた階段が崩れたらしい。敵には別のヒーローが向かい、俺は取り残された人を外へ出すことになった。
現場で消防隊員の説明を聞き、降ろす場所を確かめる。それから窓の高さまで飛び、室内へ声をかけた。
「ヒーロー協会から来ました! 怪我をしてる人はいますか!」
返事を頼りに中へ入る。床へ座り込んだ女性と、その隣に付き添う男性。奥にも人がいた。
相棒とナハトにも来てもらい、俺は一人ずつ状態を確かめていく。
「飛んで、外へ運びます。下で隊員の人が待ってますから」
「飛ぶって……窓から?」
女性の顔が強張った。そりゃ、慣れていない人なら怖いよな。
「俺がしっかり支えます。怖ければ、地面に着くまで目を閉じていても大丈夫ですよ」
「きゅ〜」
ナハトがそばへ寄ると、女性がそちらを見た。恐る恐る差し出された手へ、小さな顔が近づく。
「……この子も、飛んできたの?」
「はい。一緒に来ました」
撫でていた指が、少しずつ動く。その間に隊員へ人数と状態を伝え、運び出す順番を決めた。
最初の一人を抱え、窓の外へ出る。両手の炎を調整し、身体を揺らさないよう降下していくと、下で担架を用意した隊員が手を上げた。
足を地面へ下ろした途端、腕にしがみついていた力が緩む。
「……着いた?」
「はい。着きました」
女性が地面を見て、それから大きく息を吐いた。隊員へ引き継ぎ、俺は次の人を迎えに上がる。
相棒が窓辺で待つ人へ顔を向け、ナハトが短く鳴く。次に運ぶ男性が、その様子を見て少し笑った。
俺も笑い返し、窓へ手をかける。もう一往復だ。
*
ヒーロー協会side
新人S級についての資料には、登録時の申告が添えられていた。
魔導師、大空氷炎。活動名、氷炎のヒエン。
そこへ、新たな現場の記録が加わっていく。炎と氷による攻撃だけでなく、飛行、防御、捜索、治療。それぞれについて、現場で行ったことが記されていた。
評価担当の男は、倉庫街の映像へ目を向けた。刃の内側へ踏み込む動きを見直してから、資料を担当者へ渡す。
「共闘する際の参考になる。近接戦闘と救助、両方の記録を添えておこう」
資料は、既存のS級ヒーローたちへも送られた。同じ新人についての報告でも、目を留めるところは、それぞれ違っていた。
〈S級一位・ブラスト〉
ブラストへの連絡事項にも、新たなS級の情報は加えられた。だが、協会へ姿を見せていない彼から、返答はなかった。
担当者は確認欄を空けたまま、資料を保存した。
〈S級二位・戦慄のタツマキ〉
「魔導師?」
浮いたまま腕を組み、タツマキが画面を見る。職員は頷き、本人からの申告だと説明した。
「ふうん。呼び方はどうでもいいわ。それで、何ができるの?」
映像が流れる。バスへの突進を止めた盾。怪人を倒す一撃。その後、少年は別の場所へ走り、看板を受け止めた。
画面が切り替わりかけたところで、タツマキが顎を上げた。
「この後もあるんでしょ。続けて」
少年は入口を氷で支え、足を挟まれていた男を運び出す。タツマキは画面の端へ目を移した。避難した乗客たちが、バスから離れていく。
大きな攻撃を撃てるからといって、目の前の相手へ何でも叩き込む訳ではないらしい。救助隊への引き継ぎまで見終えると、組んでいた腕を解いた。
「……S級なら、これくらいはね」
職員が口を開く前に、画面から目を離す。
「同じ現場へ送るなら、誰がどこにいるかは先に伝えなさい。後から救助中でしたなんて言われても困るわ」
返事を聞くと、タツマキは出口へ向かった。扉が開くまでの間に写真を一瞥し、そのまま廊下へ浮かび出る。
〈S級三位・シルバーファング〉
「今のところを、もう一度よいかの」
バングが止めたのは、倉庫街の記録だった。少年の足が刃の内へ入り、肘へ添えた手と腰の動きが繋がる。
「力だけで捻じった訳ではないな。どなたかに師事しておるのか?」
「武術の師匠がいると伺っています」
「そうか」
バングは目を細め、拳を打ち込む直前まで映像を戻した。肘へ添えた手だけで相手を押しているのではない。足の運びと腰の回転で崩し、次の一撃を出せる位置へ入っている。
短い動きの中に、繰り返し身体へ覚え込ませてきたものがあった。少年の師がどのような人物なのかも、少し気になる。
「会う機会があれば、声をかけておくれ。わしも挨拶をしておきたいのでな」
〈S級四位・アトミック侍〉
「魔導師ってのは、拳も使うのか」
アトミック侍は映像を見て、口の端を上げた。刃を避ける足。崩れない姿勢。倒した後に移る位置。
「バングも関心をお持ちでした」
「あの爺さんなら、そっちを見るだろうな」
端末を返し、刀へ手を置く。
「会えば挨拶くらいするさ。どこまでやるかは、その時に見りゃ分かる」
〈S級五位・童帝〉
「氷の支えと、人を運ぶ時の記録を送ってもらえる?」
童帝は、戦闘とは別の映像を開いていた。少年が負傷者を抱え、地面へ静かに降りてくる。
「魔法というのは、本人がそう呼んでいるんだよね。使い方について、質問を送ってもいいかな」
「確認しておきます」
「それと、この二匹も一緒に動くんだね」
映像の端を横切った小さな姿へ、目を留める。一匹は避難者のそばに残り、もう一匹は少年と顔を見合わせていた。
童帝は質問を書き足してから、もう一度、着地の場面を再生した。抱えられた人の身体が、ほとんど揺れていない。
「この飛び方も、かなり練習してるね。会えそうな日があれば、教えてもらえる?」
〈S級六位・メタルナイト〉
ボフォイは、映像と現場写真を比較していた。結界と呼ばれるものの内外で異なる建物の状態。炎による推進。瞬時に展開される装備。
呼称から仕組みを決めつけず、確認できた現象を記録する。不明な箇所には印を残し、次の資料を開いた。
〈S級七位・キング〉
「若いのに、すごいな……」
キングは、巨大な怪人へ向かう少年を見ていた。炎が走り、画面が光で埋まる。
本物だ。この少年は、本当に戦っている。
会った時に、キングさんの戦いも見たいです、などと言われたらどうしよう。そこまで考えて指を止め、ひとまず、普通に挨拶すればいいのだと自分へ言い聞かせた。
〈S級八位・ゾンビマン〉
ゾンビマンが見直したのは、ワクチンマンが再生した場面だった。少年は吹き飛んだ相手から、目を離していない。最後の攻撃の後も、すぐには背を向けなかった。
「再生する相手を仕留めるのに、慣れてるのか?」
「詳しい経験までは、まだ」
「なら、会った時に聞いてみるか」
仕留めたつもりで背を向けた相手なら、自分は何度も見てきた。その点、この少年は最後まで確かめている。
ゾンビマンは端末を返し、現場で会えば声をかけると伝えた。
〈S級九位・駆動騎士〉
駆動騎士は、装備が展開する瞬間を確認していた。少年の近くには、変わらず小動物の姿がある。
「装備と同行者は、別に存在しているのか」
「はい。本人からも、そのように伺っています」
短く応じ、記録を進める。装備を展開する前後の動きを確かめると、追加資料も送るよう伝え、通信を終えた。
〈S級十位・豚神〉
「残っていた人は、全員出られたのか」
食べ物を口へ運びながら、豚神が尋ねた。画面には、窓から人を運び出すヒエンが映っている。
「はい。救助隊の確認も終わっています」
「怪我をした人は?」
「必要な方は、処置の後に搬送されています」
豚神は頷き、ようやく画面から目を離した。
〈S級十一位・超合金クロビカリ〉
「この体格で、測定の上限まで?」
写真と試験結果を見比べ、クロビカリの顔が明るくなる。器具を持ち上げる映像を見ると、下ろす動きにも目を留めた。
「最後まで丁寧だね。どんなトレーニングをしているんだろう」
「身体を強化する力も使用したそうです」
「それでも、身体の使い方は練習するだろう?」
会う機会があれば話したいと、笑って端末を返した。
〈S級十二位・番犬マン〉
Q市の番犬マンにも、新たなS級の情報は伝えられた。顔写真と活動名を示され、黙って画面を見る。
説明が終わると、視線は周囲へ戻った。その先を、街の人々が歩いている。
新人についてどう思ったか、職員には分からなかった。
〈S級十三位・閃光のフラッシュ〉
フラッシュは、反復横跳びと戦闘の記録を続けて見た。怪人の腕が振り下ろされる、その前後で画面を止める。
「……見切っているのか」
怪人が腕を振る時には、すでに踏み込む足が動き始めていた。フラッシュはその一瞬を見直し、画面を閉じる。自分の速さにどこまでついてこられるかは、会ってみれば分かるだろう。
〈S級十四位・タンクトップマスター〉
「頼もしい新人じゃないか」
タンクトップマスターは、怪我人を運ぶ写真へ目を向けた。その後ろでは、隊員たちが通路を空けている。
「一緒の現場に入るなら、こちらも手を貸そう。そう伝えてくれ」
大きく頷き、資料を返す。力を必要とする場所で、協力できる相手が増えたことを歓迎していた。
〈S級十五位・金属バット〉
「色々やんのな、こいつ」
討伐と救助の報告を眺め、金属バットが言った。職員が連携について説明を始めると、端末を返して肩へバットを担ぐ。
「ま、現場で会や分かんだろ。近くにいりゃ行くから、必要なら連絡寄越せ」
歩き出しかけ、振り返った。
「あいつにも言っとけ。呼ぶ時は、場所をちゃんと伝えろよってな」
〈S級十六位・ぷりぷりプリズナー〉
「新しい仲間ね」
ぷりぷりプリズナーは、少年の写真と活動の報告に目を通した。映像では、救助された女性へヒエンが話しかけている。
「怖がってる人にも、ちゃんと声をかけてるじゃない」
職員の説明を聞き、頷く。この時は、まだ顔を合わせる機会はなかった。
*
ヒエンside
「……質問、増えたな」
協会からの連絡を開き、俺は椅子へ座り直した。机の上には相棒。隣では、ナハトが画面を覗き込んでいる。
氷を作った時のこと。人を抱えて飛ぶ時のこと。二匹との連携についても、いくつか質問が並んでいた。
送信者の名前を見て、少し声が漏れる。
「童帝からか」
「ガゥ?」
「頭のいい人なんだよ。使う時のことを、先に知っておきたいんだろうな」
質問を読み進めると、足場として使う時に気をつけることまで書かれていた。確かに、一緒に動くなら知っておきたいところだ。
普段はそこまで細かく測っていないものもあるが、現場の記録なら残っている。まずは、それを見ながら答えよう。
「相棒、入口を氷で支えた時の記録、出せるか?」
「ガゥ」
モニターに現場の様子が映る。礼を言って確かめていると、リニスがそばへ来た。
「どなたからですか?」
「童帝っていう、S級の人。魔法の使い方について、聞きたいことがあるんだって」
「共同で動くなら、お互いに知っておくと助かりますね」
「うん。俺も向こうの道具には興味があるし、会えたら聞いてみたい」
協会からの追記には、ほかのヒーローからの言葉も添えられていた。シルバーファングが挨拶をしたいと言っていたこと。タンクトップマスターも、現場で協力すると言ってくれたこと。
金属バットからは、呼ぶ時は場所をちゃんと伝えろ、とのことだった。
「そりゃ、そうだよな」
思わず笑う。こっちだ、とだけ呼ばれても、広い街では分からない。
「会ったら、ちゃんと挨拶しないと」
俺が言うと、相棒が頷いた。その横でナハトも胸を張る。
「もちろん、お前たちも一緒だぞ」
返事が二つ重なった。リニスがその様子を見て、小さく笑う。
「まずは、お返事からですね」
「そうだな。相棒、そこの時間を確認したい。ナハトは……ちょっと待て、そこへ乗ると画面が見えない」
「きゅ?」
覗き込んできた身体を抱き上げ、膝へ移す。落ち着く場所が決まったところで、俺は最初の質問へ答え始めた。
また投稿しますー。