では、どうぞ∠( ゚д゚)/
ヒエンside
食堂から漂ってきた匂いを嗅いだ途端、腹が鳴った。
隣を歩いていたなのはがこちらを見上げ、その向こうでフェイトが小さく笑う。いや、朝からいろいろあったんだ。腹くらい減るだろ。
「ちゃんとお腹は空くんだね」
「そりゃそうだ。なのはは減ってないのか?」
「私も、お腹空いた」
「じゃあ、まず食べようぜ。考えるのは飯を食いながらでもできるし」
食堂にはすでに何人かのクラスメイトがいた。料理を受け取って空いている席を探すと、スバルが大きく手を振ってくる。
「おーい、こっち空いてるぞ!」
その向かいにはカズマが座っていた。俺たちが近づくと、置いていた肘を引き、少し横へ詰めてくれる。
「お、ヒエン。……お前、それ一人分か?」
「そうだけど?」
俺の盆と、なのはたちの盆を交互に見ている。そんなに変か? ちゃんと食べられる量だぞ。
「ヒエン君、よく食べるんです」
「へえ。身体を動かすのが好きって、そういう……」
「どういう納得だよ」
席について手を合わせる。ヒッツには別に用意した取り分を渡し、俺も箸を持った。暖かい飯を口に入れると、それだけで少し気持ちが落ち着く。
なのはとフェイトも食べ始めた。二人がきちんと食事を取れているのを見てから、俺はようやく盆から視線を上げた。
「そっちは、何か分かったか?」
「さっぱりだ。先生に聞いても、学校生活を送れって話に戻るんだよ」
カズマが匙を持ったまま肩を落とす。スバルも頷き、今度は俺たちへ尋ねた。
「そっちの帰る魔法って、どこでも使えるもんなのか?」
「普段なら、行ったことのある世界へ戻る手段はある。今回はそれがつながらない」
「力が足りないとか?」
「その可能性も含めて調べたいけど、出力だけの問題かはまだ分からない。闇雲に力を込めて、変な場所へ出ても困るしな」
カズマが匙を止めた。思っていたより気軽な移動方法ではない、と受け取ったらしい。
無事に帰るための調査で、さらに迷子になったら笑えない。今日の失敗はもう十分だ。
「午後の授業が終わったら、学校の周りを見てみるつもりなんです」
フェイトが言った。
「私たちが来た場所だけじゃなくて、みんなが来たところも、聞いてみようと思って」
「何か残ってるかもしれないもんな。俺のとこでよければ案内するぜ」
「ありがとうございます、スバルさん」
なのはが礼を言うと、スバルは照れたように鼻の下を擦った。
「こういうときは、お互いさまだろ」
「カズマはどうする?」
「俺? ……まあ、帰り方の手掛かりになるならな。見つかったあとで聞いてなかったってなるのも嫌だし」
なんだかんだで、一緒に来てくれるらしい。礼を言ってから箸を動かすと、カズマは俺の肩の上へ視線を移した。
「そいつも、飯食うんだな」
ヒッツは口を動かしたまま顔を上げる。自分の分を取られると思ったのか、前足を皿の近くへ寄せた。
「取らねえよ!」
「ヒッツ、飲み込んでからな」
ごくん、と喉が動いてから「ガウ」と返事が来る。フェイトが口元についた食べかすを取ってやると、今度はそちらへ頭を寄せた。
「お前より、その子たちのほうが世話してないか?」
「俺だってしてるって。なあ、相棒」
頼みの相棒は、フェイトに撫でられて目を細めていた。
せめてこっちを見ろ。
* * *
午後の授業まで終わると、俺たちは教室で今日の分のノートを片づけた。なのはが借りた鉛筆を先生へ返しに行き、フェイトは帰りに見て回る場所を紙に書き出している。
その横から覗き込んだスバルが、紙の一角を指差した。
「俺たちが最初にいたのは、この辺だと思う」
「じゃあ、校門からこっちを回れば……」
「ああ。エミリアたちにも声かけてくる」
スバルが席を離れたところで、別の足音が近づいてきた。顔を上げると、ターニャと、その後ろにヴィーシャさんが立っている。
「周辺を調べるそうだな」
「ああ。大した範囲じゃないけど、歩いて見ておこうと思って」
「移動手段の検証について、結果が分かれば聞かせてもらいたい」
「そっちも何か分かったら教えてくれるか?」
「無論だ」
短い返事のあとで、ターニャはフェイトの紙へ視線を落とした。
「空から確認する予定は?」
「周りを歩いてから考えるつもりです。飛んでいい場所なのかも、まだ分からないので」
フェイトが答えると、ターニャは軽く頷いた。
「そうか。飛行も可能なのだな」
質問であると同時に、今の返事を確かめる言い方だった。フェイトが「はい」と答える。俺たちも飛べると分かれば、協力の仕方が増えるかもしれない。ただ、ここで全員が好きに飛び回っても、調べた場所が重なるだけだ。
「見てない場所が分かれば、あとで分担できるな」
「まずは、学校周辺の状況を整理することだ。連絡は明日、この教室でよいか?」
「ああ。それまでに何か見つかったら、知らせるよ」
ターニャたちが去るのと入れ替わりに、なのはが戻ってきた。スバルもエミリアさんたちに話をしてきたらしく、廊下から手招きしている。
帰る手掛かりがあると決まったわけじゃない。それでも、一緒に調べる人が増えたのはありがたかった。
* * *
学校の敷地を出るころには、日差しが少し傾いていた。
スバルの案内でいくつかの場所を見たが、ボタンは見つからない。なのはが周囲を調べ、フェイトも場所を変えて魔力の反応を確かめた。俺とヒッツも調査に加わったものの、ここが転移先だと示す決め手は得られなかった。
「……簡単には見つからねえか」
スバルが頭の後ろで手を組む。俺はヒッツと視線を交わしてから、首を横に振った。
「今のところはな。案内してくれてありがとな」
「おう。俺も帰りたいのは一緒だからよ」
エミリアさんも近くへ戻ってきて、なのはたちに声をかける。そのとき、カズマが妙な顔で辺りを見回した。
「……あれ。アクアは?」
「途中まで後ろにいましたけど」
振り返ったなのはの声に重なるように、通りの向こうから声がした。
「見つけたわよ、アンデッド!」
声のするほうへ目を向けると、アクアさんが道の先を指差していた。その向こうを歩いていたアインズさんたちが、足を止める。
あ。これ、まずい。
アクアさんの声に、アルベドさんの顔つきが変わった。アインズさんの前へ出る動きと、アクアさんが手を上げる動きが重なる。
カズマが走り出すより先に、俺は地面を蹴っていた。
「ちょっと待って!」
魔力を腕と脚へ通し、上がりかけたアクアさんの手首を取る。そのまま前へ向けないように横へ逸らした。空いた手は反対へ伸ばし、両者の間にラウンドシールドを展開する。
オレンジ色の円盾が開いたところで、アルベドさんが足を止めた。その目は、盾の向こうからまっすぐこちらを睨んでいる。
「お退きなさい。その女は、アインズ様に――」
「分かってます。だから、止めてるんです」
「ちょっと! 私はアンデッドを浄化しようとしただけよ!」
「その『だけ』を待ってくれって言ってるんですよ!」
アクアさんが腕を引く。握り潰したりしないように力を加減しつつ、手の向きだけは戻させない。
なのはとフェイトは俺の脇を通らず、道の端へ回っていた。なのはがエミリアさんたちへ距離を取るよう声をかけ、フェイトは、こちらへ近づこうとしていた人たちを止めている。
「通るなら、少しだけ待ってください。今、話をしているので」
話で済ませたい。俺としても、心からそう思う。
「アクア! お前、何やってんだ!」
追いついたカズマが、アクアさんの襟元を掴んだ。
「何よ! カズマまで邪魔しないで!」
「邪魔するわ! お前、相手の連中を見てから物言え!」
その声を聞きながら、俺はアインズさんを見た。相手が攻撃に移れば、盾を増やして人を下がらせる。だが、アインズさんは片手を上げ、まず自分の仲間へ声をかけた。
「アルベド。下がれ」
「ですが、アインズ様」
「私が話す」
アルベドさんは一度だけアクアさんを見てから、アインズさんの横へ戻った。盾へ攻撃を仕掛ける者がいないのを確認して、俺も息を整える。
「君は、私を浄化するつもりなのかね?」
「そうよ。アンデッドなんだから当然じゃない」
カズマが天を仰いだ。俺も仰ぎたいが、まだ手を放せない。
「アクアさん。まず、この人と話してからにしませんか」
「どうしてよ」
「さっきまで同じ教室にいたでしょう。いきなり魔法を撃たれたら、向こうも黙ってないですよ」
「そうだぞ! 俺たちまで巻き込むな!」
俺とカズマの声が重なった。アクアさんはまだ何か言いたそうにしていたが、カズマがぐっと襟を引くと、不満そうに口を尖らせる。
「……分かったわよ。今はやめるわ」
「今だけじゃなくて、勝手にやるなって言ってんだ!」
アクアさんの腕から力が抜けたのを確かめて、手首を放す。カズマがそのまま彼女を数歩下がらせたところで、俺も盾を消した。
ヒッツは肩の上で、まだアクアさんとアルベドさんを交互に見ていた。
「すみません。大丈夫ですか?」
アインズさんに声をかけると、赤い光がこちらへ向く。
「問題ない。君にも手間をかけたな」
「いえ。魔法が飛んでからじゃ、話がややこしくなるんで」
カズマは深々と頭を下げ、アクアさんの頭も一緒に下げようとしていた。抵抗されて、また言い合いになっている。ここで謝る役まで全部引き受ける必要はなさそうだ。
俺が少し下がると、なのはとフェイトが近づいてきた。
「ヒエン君、大丈夫?」
「ああ。そっちは?」
「誰も巻き込まれてないよ」
フェイトの返事を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。なのはもほっと息をついて、アクアさんたちを見る。
「同じクラスなのに、こういうこともあるんだね……」
「住んでる世界が違うからな。何が当たり前かも違うんだろうけど」
だからって、目の前で魔法を撃つのを眺めているわけにもいかない。帰る方法を調べる前に、クラスメイト同士で大怪我なんてことになったらたまらない。
「ヒエン」
呼ばれて振り返ると、アインズさんが立っていた。少し後ろにはアルベドさんもいる。こちらを見る目は厳しいままだったが、少なくともさっきのような空気ではなかった。
「君の移動手段についてだが、改めて話を聞かせてもらってもよいだろうか。私の使う魔法とも、比較できることがあるかもしれん」
「はい。それなら、俺からも聞きたいです。二人も一緒でいいですか?」
なのはとフェイトに目を向けると、アインズさんが頷いた。
「無論だ」
騒動のおかげ、とは言いたくない。それでも、新しく話せる相手はできた。明日、落ち着いて情報を交換する約束をして、俺たちは通りの端へ移動した。
少し離れたところでは、ようやくカズマの説教が一段落したらしい。
「だいたい、お前が女神だってこと、あっちが信じてるかも分かんねえだろ」
「本物なんだから、信じるも何もないじゃない!」
……この話、まだ続くのか。
「ねえ、ヒエン君。これからどうする?」
なのはに聞かれて、俺は傾いた日を見た。調査を続けるにしても、今日はそろそろ切り上げたほうがいい。二人をいつまでも歩かせておくわけにもいかないし、夕飯と寝る場所も確認しないと。
「今日は学校に戻ろう。先生に泊まる場所も聞かないと。分かったことをまとめて、飯食って、それから明日の相談だ」
「うん」
フェイトが紙を畳んだところで、肩の上から「ガウ」と声がした。ヒッツが前足で俺の頬をつつく。なのはとフェイトがそろって笑った。
「ヒッツも、お腹空いたんだね」
「そうみたいだな」
「ヒエン君も?」
「……そりゃ、まあ」
昼にあれだけ食べたのに、と言いたげな二人の顔を見ながら、俺は学校への道を歩き始めた。
知らない世界の一日目。帰還の手掛かりはまだ薄いが、クラスメイトの顔と名前は、もうそう簡単には忘れそうになかった。
かけてる分だけ投稿しますー。