思ってたのとなんか違う 作:もちすぎ
「思ってたのとなんか違う」
「ナニを想像してたか知らないけど、暗部の仕事なんてこんなものよ」
暗部に落ちてから早数日、俺は今『アイテム』の一員として暗部のお仕事の真っ最中である。
正直言って俺は、暗部にちょっとした憧れの様なものを抱いていた。だって『暗部』だぜ? 厨二心を擽るだろ!
明日を生きるため、今日人を殺す。人を殺して悲しむ、なんて感情はとっくに失った。みたいな感じだと思ってたわ。
今俺がやってる事は電子ドラックの密売人を捕まえることだ。いや、これだけ聞くとカッコいい仕事に思えるかもしれないな。
俺も最初にこの依頼を受けた時は、怪しい黒づくめの男の取り引き現場を押さえる感じの、ハードボイルドなのを想像した。
他にもなんていうかこう、逃げる男をバイクで追いかけてカーチェイスになって、みたいな展開とかあると思ってた。
しかし実際のところは、メガネのイカれた目をしたヒョロガリを捕まえるだけの簡単な仕事だ。しかも本物のクスリと違いデータなので、部屋の中からインターネットで取り引きしてる。港の取り引き現場を押さえて云々、みたいなのはない。
俺がした事といえば、そいつのネット回線を『
調べてみたところ、密売人はlevel2の
捕獲の際念の為近くで待機、なんてのも俺がいる限りしなくていい。学園都市どころか、日本の何処に逃げようが追跡出来る。
そんな訳で暗部は基本的に暇だ。自由に遊びに行くとこも出来ないし、かと言って仕事が面白い訳じゃない。やりがいもない。
これだと確かに、麦野が高位能力者を殺す仕事でテンションが上がるのもわかる。命の危険はあるが、スリルもある。少なくとも暇ではない。
「麦野、この後どうする?」
「シャケを仕入れに行くわよ」
「またかよ……」
「文句あるのかにゃーん?」
「ねえよ。マジでねえから『
こいつと来たら!
事あるごとに俺を殺そうと、いや俺と戦おうとしてきやがる。本気の俺と再戦し、倒したいのだろう。負けず嫌いここに極まれりだ。
しかし再び戦えば、今度こそ死ぬので絶対に戦わない。それに俺は平和主義なのだ。いつか麦野もそうなってほしい、切実に。
そして平和主義の俺は、大人しく麦野のおねだりを聞いてあげるのだ。決して麦野が怖い訳ではない。
学園都市で食料を買おうと思ったら、まず思いつくのは第四学区だ。あそこは他の学区に比べて、食品関連の品揃えが格段に良い。
自分で調理せず、単に美味いものが食べたいだけなら第三学区も良い。あそこは高級ホテルやレストランが沢山ある。金に糸目をつけないのなら、あそこで食事するのが一番だ。
ところが、麦野はその二つの学区でシャケを仕入れない。麦野がシャケを仕入れるのは第一一学区、つまり外部からの輸入が盛んな学区だ。そうこの女、スーパーに並ぶシャケではなく、学園都市に輸入されたシャケを直接競り落としているのだ。
そして麦野は暗部にいるとはいえlevel5、奨学金をたんまり貰っている。それプラス暗部での仕事の報酬だ。こいつは億単位で金を持っている。当然、シャケを競り落とすくらい訳ない。
俺?
俺は貧乏だよ。まだ給料日になってないからね。口座に振り込まれてないんだ、お給料。
それに、俺の存在が知られると、新たなlevel5を倒して名を上げようとするスキルアウトが襲ってくる可能性が非常に高い。そしてスキルアウトに襲われなら俺は負ける。だから俺の存在は秘密になってる。つまり奨学金はない。
「麦野、準備出来たぞ」
「なんの?」
「張っ倒すぞオマエ。シャケ仕入れに行く準備だよ」
「それを早く言いなさいよ! さっさと行くわよ、シャケが私を待ってるんだから」
待ってねえよ。
◇◇◇◇◇◇
俺たちがいたのは『アイテム』のアジトの一つ、第七学区のとある学生寮の一室だ。一室といっても、壁をくり抜き左右の部屋とくっつけているためとても広い。
第七学区から第一一学区まではまあまあ距離があるので、車での移動となる。下っ端が車を運転し、俺と麦野は後部座席にいる。
「オイ、もっと飛ばせよ」
「す、すいません。でも、これ以上速度を出すと……」
「いや、大丈夫だから。安全運転で頼むよ」
住民の大半が学生であるこの街では、車が少ない。それ故、法定速度を越してる車があるととても目立つのだ。万が一
「オイ麦野、そう急かすなよ。早く着こうが遅く着こうが関係ないんだからよ」
「こういうのは気分の問題なのよ、気分の」
「いやほら、待ってる時間が長ければ長い程食べた時美味く感じるとかあるだろ」
「ねーわよ」
ねーのかよ。
学園都市では、“鮮度”という概念が存在しない。詳しいことはよく分からないが、魚や肉を特集な液体につけたり、瞬間的に冷凍する事で撮れた時そのままの状態をキープ出来るそうだ。
ともすると忘れがちだが、
俺たちを乗せた車が第一一学区に差し掛かった時、麦野の携帯がピーピーと鳴り出した。
しかし麦野は気だるそうに窓の外を眺めるだけで、電話に出る様子はない。
「オイ、携帯鳴ってんぞ」
「知ってるわよ」
「なら出ろよ」
「イヤよ、シャケが私を待ってるの。仕事なんかしたくないわ。『アイテム』がやらなくても、他の誰かがやるでしょ」
麦野が携帯を無視すること数分、今度は俺の方にかかってきた。
何を隠そう、最近俺も携帯を買ったのだ。いや、買ったというよりは支給された、の方が正しいか。
俺は携帯が鳴っていると物凄くイライラとするタチなので、迷いなく電話に出た。
『仕事の依頼よ!』
「なんで出るのよ!」
両耳から怒鳴られたせいで、耳がキーンとなった。どうやら『電話相手』は素のキャラではなく、こちらのちょっと幼いキャラで話すことにしたらしい。
とりあえず麦野の方は無視して、『電話相手』との会話に耳を傾けた。どうせこいつは電話に出るまであの手この手で連絡を取ろうとしてくるのだ。それだったら早いほうがいい。
『新しい電子ドラックを作った生意気な奴がいるの! そいつを暗殺して、電子ドラックのデータだけ回収しなさい!』
「また電子ドラックかよ」
なまじパソコンが高性能になった分、この手の厄介ごとが非常に多い。プログラミングに関する科目も、学園都市外の学校に比べたら遥かに多いしな。
『今回の電子ドラックは今までとはワケが違うんだっつーの! ついでに、作った奴も!』
「どういうことだ?」
『なんとびっくり! 今回の電子ドラックは、観るだけでハイになれちゃうのよ!』
「……そらヤバイな」
電子ドラックは一般的に、耳と目でやるものだ。特殊な映像を観ながら、同時に特定の電子音を聴く事で初めて脳を揺さぶることが出来る。
基本的に電子ドラックを味わう為には、高性能なイヤホンと高画質の液晶画面が必要だ。それと、誰にも邪魔されないスペースも。
しかしそれが映像だけで良いとなると、話は大分変わってくる。
個人で楽しむだけならまだ良いが、テレビの電波をジャックされて配信でもされたら、溜まったものではない。
いや、それだけじゃない。普通の街ならいざ知らず、ここは学園都市。テレビ以外にも映像を映している媒体が沢山ある。
そのどれか一つでもジャックされたら終わりだ。当然、全てを監視することなど出来ない。つまり、
「開発者を殺すしかないか」
そいつがどんな意図でその電子ドラックを作ったのであれ、“もし”映像を流されたら終わりなのだ。そして少しでも“もし”がある限り、俺たちはそれを排除しなくてはならない。
「それで、開発者はどんな奴なんだ?」
そういや、開発者の方にも何か問題がある的なこと言ってたな。
『開発者は長点上機に特待で入学した、プログラミングの天才! まあ、一般人ね』
それは、なんとも厄介そうだ。
そんな有名人だと、下手な殺し方をすると騒ぎになる可能性がある。
『じゃあ、麦野のアホにも依頼の内容伝えといてね!』
「あっ、ちょ!」
切れやがった。
……マジで俺が麦野に伝えるの?