―――― アフリカ・サバンナ。そこには生と死、コインの裏と表が同時に存在する。
産まれ、日々を生きるために戦い、やがて生命はつぎなる命を育みそして死ぬ。都会では決してみることのない、生命の営みがここサバンナには満ち満ちていた。
そしてそこには、このアフリカを愛し動物たちを愛する戦士たちがいたのだ――――!
「日本の学園都市、ねぇ……」
戦士たち『ターちゃんファミリー』が住まう小屋の中、ターちゃんの妻であるヂェーンは腕を組みながら思案する。
学園都市からターちゃんへの勧誘に関する事項が書きとめられた書類。おおまかな説明によると、学園都市はターちゃんの類稀な身体能力を高くかっており、科学の発展のために是非に協力を願いたいとの旨だった。
「先生、ここはやはり断るべきかと! こんな契約は“裏”があるに違いありません!!」
ファミリーの一員であり、ターちゃんを先生と慕う一番弟子のペドロは云う。ペドロの言うように、この勧誘はあまりにも不明瞭であった。
まず、契約の如何に問わず前金として二百万が積まれている、無論米ドルである。さらに契約してくれた際には、報酬として一千万と学園都市が開発した試作型の警備ロボットをモニター調査として無償貸与されるというものだった。
「たしかに、あまりにも虫が良すぎるわね」
金銭に眼がないヂェーンでもこれには、さすがに疑わざるを得ない。ターちゃんひとりに掛けるには破格の条件。「MAX」や「ケルベロス」といった悪の組織が潰えたとはいえ、ターちゃんファミリーを敵視する組織がいてもおかしくは無いのだ。
そしてなによりも、
やはり断ろう。ヂェーンが心に決めて口を開こうとした時、今まで黙っていたターちゃんが珍しく真剣な面持ちで言う。
「ヂェーン……わたしは日本に行くのだ」
「せ、先生?!」
「ちょっと、ターちゃん! どうしたのよ?!」
誰よりもアフリカと動物たちを愛する男がたったひとりで日本に行く。この宣言に小屋の中にいた全員が驚きの声を上げる。
「昨日、この手紙が届いてからずっと考えていた。わたしは学園都市に行こうと、いや、行かなくてはならない…………。そう、思ったのだ」
「……ターちゃん」
「ヂェーンもわかっているんだろう。『未来を変える』ために」
思い出されるのは数ヶ月前、梁師範の息子が産まれたお祝いに中国に訪れた時のこと。
ターちゃんたちの目の前に突如として現れた昆虫の力を身に付けた怪人と、その統率者である少年。
彼らはみずからを未来人と名乗り、ターちゃんたちに最悪の未来を示す。
『人類はこのままでは過ちを犯す』
未来からきた少年は、そう告げた。
極度の環境破壊と人口爆発のダメージは地球の回復量を上回り、ついに人類は深刻な食糧危機を向かえる。みずからの驕りが招いた危機を、世界のトップたちは最悪の方法でもってしてこれを乗り越えようとした。
―――― 保護対象となっている動物たちへの狩猟の解禁。
餓えた人類はこの提案により本能を爆発させる。飢えを癒し生き延びるために、人々は銃を手に動物たちを狩り漁っていく。その勢いは止まることを知らず、人類というカテゴリに含まれない生命を絶滅させ、路上の野良猫、果ては他人の飼い犬までその手に掛けていった。
こうして、悲しいかたちでもって人類は、生命の「生きるための戦い」を思い出してしまったのだ。
そして、ターちゃんは、そんな人間たちの暴走を止め動物たちを守るために、たった独りで闘い続けて最期は人間たちの欲望の荒波にのまれて死んだ。
「確かに、わたしが日本に行ったところで、未来は何も変わらないのかもしれない。でも、やれるべきことは、やっておきたい。……アフリカを、動物たちを守るために!」
ターちゃんの云う通りだった。未来を知り改善しようとも一個人が出来ることは鷹が知れている。しかし、この契約を交わせば、莫大な資金を基にヂェーンの運営する対ハンター用の『レンジャー部隊』の設備や人員を充実させ、食糧危機対策の農業プラントの開発にも着手できる。
「でも、ターちゃん! いつ帰ってこれるのか判らないのよ? ずっと動物たちと離れ離れになっちゃうけど、本当にターちゃんはそれでいいの?!」
いいさ。
ヂェーンの問いにターちゃんは、そう応える。ターちゃんのジェーンへと向けられた真っ直ぐな瞳には、一欠けらの迷いも無かった。
「わたしはこれまでジャングルの平和を守るために闘ってきた。でもそれは、わたしの『動物たちと離れたくない』という我侭でもあったんだ。
いずれわたし一人で闘い続けても限界がある。……だから、ヂェーン、わたしは日本に行くのだ。これから先もアフリカの大地が動物たちの楽園であるためにも!!」
ターちゃんの決意を聴き、ジェーンは溜息をひとつ附く。そしてヂェーンの決意も固まった。
「―――― ふぅ、判ったわ。ターちゃん、日本に行って来なさい」
「ありがとう! ジェーン!!」
「でも、ターちゃん。私がいないからって、日本でエロ本買い漁るんじゃないわよ?」
「ぎくゥッ!」
―――― バチーンッ!!
「やっぱり、そのつもりだったんかぃっ!!」
ヂェーンのお仕置きである強烈な張り手を喰らい吹っ飛ぶターちゃん。
そんな、いつもの日常的なやり取りに小屋の中に居た者たちは、どこか安心したようなホッとした眼差しで見守っていた。
それから、出発までの一週間。ターちゃんはアフリカの各地を巡り、そこに住まう動物たち一匹一匹にお別れを告げに行った。
「暫くの間、みんなとはお別れだけど必ず帰ってくる。わたしが居ない間は、ペドロたちがみんなを守ってくれるから安心して欲しいのだ」
このお別れに、ある者は嘶き、ある者はターちゃんに身体を擦り寄せてお別れを受け入れていく。そして、ターちゃんは動物たちの顔とアフリカの大地を、しっかりとその眼に焼き付けた。
この愛すべき大地を決して、決して忘れはしないように――――。
そうして、約束の日は訪れる。
「忘れもん、無い?」
「うん! ヂェーンが荷造りを手伝ってくれたから心配ないのだ」
ヂェーンはいつもの『ぶっきらぼう』な調子で尋ねる。ターちゃんを心配させないための気遣いなのか、それとも本当に然して心配していないのか、それは当の本人にしかわからない。
「先生ッ、お気をつけて!」
「……ペドロ、わたしが居ない間、動物たちのことを任せたのだ」
「押忍!!」
ペドロは感情を圧し切れず、涙目となって応える。
「ゴリさんも家のことよろしくね」
「ゴホッ!《いってらっしゃい》」
ターちゃんの格闘技の先生であるゴリさんは、いつもの笑顔で見送る。
「それから、エテ吉」
「エテ吉は、ターちゃんと一緒に行くのよ」
「えっ?! でも、学園都市に行けるのは、わたしだけなんじゃ?」
「ペットのサルってことにしとけば、大丈夫よ! それに、ターちゃんがハメを外し過ぎない為の監視役が必要だわ」
「キキキッ!!」
アフリカのド真ん中に捨てられていたターちゃんを拾い。父親代わりとして育ててきたエテ吉は、「まかせろ!」と、云いながらドンと胸を叩く。しかし、その片腕にはしっかりと日本のサル図鑑が握られている。
エテ吉はエテ公界の生粋のプレイボーイ。今回のターちゃんの日本行きに便乗して、日本でオリエンタルガールを見付ける気 満々であった。
「それじゃあ、…………行ってきます!」
『いってらっしゃい!!』
――――アフリカ去るターちゃんの背中が地平線に消えたあとも、みんなはずっとずっと、ターちゃんを見送っていました…………。