「誰か! お願いします。助けて下さい!!」
珍しく昼間からシャッターを閉ざした郵便局の前、花飾りヘアバンドをつけた少女が懸命に助けを請うていた。
花飾りの少女、初春飾利。中学への進学を間近に控え下見で訪れた郵便局で、彼女の知り合いであり、既に
―――― パァン!
「全員、動くな!」
乾いた破裂音と共に典型的とも取れる、お決まりの科白(セリフ)を吐く銀行強盗。
「い、いいか……お客もあんまり騒ぐんじゃあねぇぞ?」
目が泳ぎ、口調にも自信というものがこの強盗からは感じられない。
この場の優位性を象徴する拳銃すら、震えた手でしか持てないことからもこの銀行強盗は『トウシロウ』に違いないと、白井は感じ取る。
「(訓練どおりにやればッ!)」
それが判った瞬間、白井は拳銃を振りかざす銀行強盗目掛けて跳び出していった。先輩である固法に「
「シ――――ッ!」
「うおっ?!」
小柄な体躯を活かし、強盗の間合いへと滑り込む白井。鮮やかな足払いからの九尾への一撃でなんとか強盗を制圧することに成功した。
「きゃあっ!」
「馬鹿が、餓鬼にのされてんじゃねぇよ」
「初春?!」
だが、強盗には仲間がもう一人。それも初春を人質に取られるという最悪の展開。おまけに、取り乱した郵便局員が警報を鳴らしてしまい、防犯シャッターが降ろされたことにより完全に外部と隔離されてしまう。
独断専行が裏目に出た。
白井は己の未熟さを恥入いる。それと同時に、この状況に巻き込まれてしまった初春を「なんとしても救う」と心に誓った。
初春を人質に取られ、一方的に強盗に蹴られ続けながらも、白井はほうほうの体で初春の体に触れて自身の能力である瞬間移動(テレポート)で初春を安全な外へと送り出した。
「白井さんッ!!」
それが、五分にも満たない前の出来事。
中から聴こえてくる白井の呻き声に、思わず顔をそむけて泣きだしそうになるのを懸命にこらえて、初春は周囲に助けを求めながら、冷たくそびえ立つシャッターを叩き続ける。
「お願いです!――――― 中に強盗が、風紀委員が強盗に襲われてて、お願いです誰か……誰か助けて下さい!!」
『ドウシマシタ?』
その時、ひとりの男が片言の日本語で声をかけてきた。
* * *
銀行強盗から初春を救出した白井だが、銀行強盗から受けたダメージで既に反撃する程の体力は残されておらず。膝をついて睨みつけるのが精いっぱいの状況だった。
「おまえの考えていることを当ててやろうか?」
白井とは対称的に薄ら笑いを浮かべながら強盗は云う。
「警報が鳴ってだいぶ経つ。そろそろ、アンチスキルもくる。人質を取られないよう足止めできれば、こちらの勝ち…………図星だろ?」
外へ出られない以上、白井ひとりが犠牲となってでも時間を稼げば、アンチスキルが解決してくれる。白井の考えは強盗の言う通りであった。
「だがな、ここから出れないと決まった訳じゃねぇんだぜ?」
「なっ!?」
強盗はポケットからビー玉サイズほどの鉄球を取り出すと、シャッター目掛けて軽く放り投げる。すると、鉄球は放物線ではなく、直線を描いてシャッターへと当たり勢いを殺さずにシャッターとガラスを容易く貫通させた。
「“
強盗が開けた穴から、薄暗い店内に差し込まれる光。それは、白井にとって希望の光とは掛け離れた、絶望の象徴に他ならなかった。
相手も能力者、このままでは見す見す取り逃してしまう。だが、今の白井には打つ手がない。先程、強盗に片足を潰されてしまったせいで攻勢にも移れず。かといって、強盗の能力を前には人質たちの盾にもなれないといった八方塞。
白井は改めて自分の未熟さと不甲斐なさを思い知らされる。
「チッ! 時間が無ぇな……、おい! おまえの力で金を取り出せ。おれに手伝えば全員解放してやる」
「……え?」
「そうだな、これからは俺と組まないか? 俺とおまえが組めば無敵だぜ、どうだ?」
強盗からの一言が白井の足に力を入れさせ、よろめきながらも立ち上がる。決して、提案が魅力的だったというものではない。
『思い出したのだ』、なぜ自分がボロボロになっても立ち上がれるのか、その訳を―――。
「私、…………ぜぇったいに、お断りですの!」
強い拒絶を示して、白井は続ける。
「仲間になる? 生憎と、郵便局なんか狙うコソ泥は、タイプじゃありませんの! それに私、もう心に決めてますの――――『自分の信じた正義は決して曲げない』と!!」
「そうか、残ね……あん?」
ミシッ――――― バリバリバリッ!
まるで白井の決心に呼応したかのように開かれる一枚のシャッター。
絶望を象徴していた穴の開いたシャッターの直ぐ隣から、希望ともとれる光が大きく差し込まれる。
『Umm……コレデ、アナタナカニハイレル? “タスケテ”コレデOK?』
「い、いえ! そうじゃなくて、わたし中に入りたくて助けを呼んでいたんじゃなく……白井さんを助けて欲しいんです!!」
「初春?」
逆光でよく見えないが、声からして初春だろう。そして恐らく、今シャッターを抉じ開けたのが外国人であった為か、片言の日本語でうまく会話が成立せず。“とんちんかん”な遣り取りに場の緊張感は一気に崩れさる。
「アンチスキルかッ?!」
―――― ブンッ!
正体が掴めず、焦った強盗はポケットの中の鉄球を総て“横一面”に撒き散らす。
あれほど広範囲に鉄球を散布されれば射程範囲は白井のみならず、外にいる野次馬と助け出した初春にまで及んでしまう。
「(いけないっ!)」
白井の焦りとは、反対に事態は呆気ない終息を迎える。
―――― ポカリ。
この時のことを白井は上手く覚えていない。
気がつけば誰かに抱きかかえられながら、いつの間にか強盗の後ろにいた。そして自分を抱えている人物の拳が、強盗の後頭部を殴って気絶させ、能力者の意識と共に鉄球の進行を止めたという事ぐらいである。
自分を抱えていたのは誰だったのか? どうやって強盗の後ろに回り込んだのか? この疑問は今の白井の脳裏にこびり付いて離れない。
いや、後ひとつ覚えていることがある。
去り際にクシャミをひとつ。寒そうに身を震わせながら去っていくその人は、“腰巻”だけの異様な風体だったということ。
秋の終わりの冬到来の季節。史上最強の格闘王が学園都市へとやってきた初日の出来事であった…………。
* * *
「…………上条くん、君どこか怪我してる?」
突然の訪問に驚きつつも、犬並みの嗅覚を持つターちゃんは、嗅ぎとった血の匂いに表情を強張らせる。ともかく話を聴こうと、ターちゃんは突然の訪問にもかかわらず、上条を招き入れた。
「いえ、俺じゃなくてインデ……この娘が」
部屋の真ん中に敷き詰められた、柔らかい乾草の上。そこへうつ伏せに横たえられた少女の背中は、ターちゃんの想像を超えた状態であった。
幸いにも骨のお陰で内臓こそ傷ついていないようだが、その反面、脊椎を損傷している可能性もある。何よりも出血が酷く、早急に輸血を施さなければ命に関わるほどであろう。
「ひどい怪我だ。速く病院に連れて行かないと!?」
「待ってください、先生!」
ターちゃんがインデックスを抱えて病院に連れていこうとするのに上条は身体を張って「待った」を掛ける。
「お願いします、今は先生しか頼れる人が居ないんです!」
IDを持っていないであろうインデックスを病院に連れて行けば、インデックスの情報が漏れてしまう。もしかすると、治療を受けさせてもらえるかもしれないが、学園都市からの追放は確実。下手をすればインデックスに深手を負わせた、あの魔術結社にもインデックスの所在が知れてしまうかもしれない。それだけは、何としても避けなくてはいけない。
―――― パァァア
不意に部屋が明るさを増す。見れば、インデックスから青白い光が漏れだし、反面に開かれたインデックスの瞳からは、死者のように光が失われていた。
「インデックス?!」
『―――― 警告、出血による生命量の流出が一定量を超えたため、強制的に“ヨハネのペン”で目覚めます。
現状を維持すれば、ロンドンの時計塔が示す国際標準時間に換算しておよそ十五分後に、私の身体は必要最低限の生命力を失い――――― 絶命します』
まるで他人事のように、感情のこもらない声でインデックスの口から吐き出される死亡宣告に、戸惑いの色を隠せない上条とターちゃん。
インデックスは続けて言う。
『これから私の指示に従って、適切な処置を施して頂けたら幸いです』
「…………ええと」
ターちゃんは一度、上条を見てから床に伏せっているインデックスに尋ねる。
「つまり、私が言う通りにすれば、君は助かるんだよね?」
『はい、その通りです』
「た、ターちゃん先生?! 信じてくれるんですか? こんな突拍子もない話に」
あまりにターちゃんがスンナリと納得してくれたことに驚く上条に、ターちゃんはニコリと笑って言った。
「正直、私はこの娘の言ってることの半分も理解できないけど、私がこの娘の言う通りにして助かるなら、“それをやらない理由は無い”のだ」
「あ、ありがとう御座います!」
人を疑うことをまるで知らないかのような、真っ直ぐな瞳に感極まって上条は腰を九十度に折り曲げて感謝を述べる。これでインデックスは、きっと助かる。確証はどこにもないが、そんな気がしてならない。
「なぁインデックス。なんか俺にやれることって無いのか?」
魔術に関してはサッパリな自分でも、インデックスの命を救う為になにか手伝いたい。その一心で上条は尋ねるも、帰ってきたのは相変わらずの無感情で、徹底に無駄を省いた答えだった。
『ありません―――― この場における最良の選択肢は、あなたがここから立ち去ることです。あなたがこの場に居れば、それだけで回復魔術が打ち消されてしまいます』
「…………くっ」
淡々としたインデックスの言葉を聴きながら、悔しさに歯噛しながら上条は右手を睨んだ。
インデックスを救い出すと息巻いていたにも拘わらず、結局は他人任せ。ましてや、その手伝いすら儘成らず、自身の存在そのものがインデックスを救うことを阻害している…………。上条は、あまりのチッポケさに自分が情けなく思えた。
「先生、後は宜しくお願いします…………」
「あ、上条君!!」
出ていこうとする上条をターちゃんが呼び止める。そして、インデックスの血塗られた背中を指して言った。
「治療が終わったら、この娘の服を洗濯しないといけないから、水を沢山 汲んできておいてくれるかい?」
「は、はいっ!」
「それじゃあ、エテ吉 案内してあげて」
無意識か、それともターちゃんなりの気遣いなのだろうか。どちらかは上条には解からないが、ターちゃんの何気ない言葉に救われたかのように、上条は小屋を跳び出していった。