この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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前回よりは文量も投稿間隔も短くなりました!
ごめんなさい、次はもっと短くします、ごめんなさい
 


紅魔祭 3

 

 紅魔祭開催日が近付いてきた。

 里では何体ものゴーレムが闊歩して、祭り用施設の建設作業にあたっている。中には、悪魔まで召喚してこき使っている者もいて、悪魔が大工道具を持ってウロウロする姿はかなりシュールだ。

 

 とあるポーション屋の前では親子と思われる二人が店の飾り付けについて話し合っていたが、俺はふと飾りの一つの照明魔道具がチカチカと点滅しているのを見つけて、

 

「なぁ、ここ切れかかってるぞ」

「え、あっ、ホントだ! えっと、予備は…………ねぇな。親父、照明魔道具作りたいんだけど、材料残ってる?」

「サンダードレイクの電気袋が足りねえな、取ってこい。ついでにファイアードレイクの火袋もいくつか頼む。この着火魔道具、火力が落ちてきてやがる。あと、一撃熊の肝も三つ程ほしい。もうちょいポーションの在庫増やしときたいしな。モンスター寄せのポーションはそこにあるから持ってけ」

「だーもう、面倒くせえな! あ、教えてくれてサンキューな、カズマ!」

 

 そう言って、頭をかきながら森へと歩いて行くポーション屋の息子。

 

 今ポーション屋の店主が要求した内容は、普通の街のギルドに頼めば報酬100万エリスをゆうに超える高難易度クエストになるくらい無茶なものだったりするのだが、紅魔の里ではちょっとそこらで山菜でも摘んでこいみたいなノリで済まされてしまうので、冒険者を始めた紅魔族なんかは外の世界とのギャップに驚くことが多い。

 

 その辺りも今度授業でちゃんとやった方がいいなぁ、などと思いながら歩いていると、とある鍛冶屋の前に大剣やら斧やらゴツい武器が何十本も地面に突き立てられているのを見つけて足を止める。

 

「……なにこれ」

「お、カズマじゃねえか。何って、せっかくの祭りなんだからウチだって気合入れてるんだよ。元々ウチの商品は里の連中にはあまり売れないからな、外の人達が訪ねてくるこの機会に売れるだけ売っちまわないとな!」

「いや売らなきゃいけないってのは分かるけど、なんでこんな武器を地面に突き立てまくってんだ?」

「カッコイイからに決まってるだろう。分かってねえなぁ、カズマは。いいか? こうやって、周りを武器に囲まれた状態ってのは大抵何をしていても格好良くなるものなんだ。例えばこの中で膝をついてみれば、それは戦いに明け暮れ疲れてしまった歴戦の戦士のような雰囲気を出せるし、逆に腕組みをして仁王立ちでもすれば、戦いの中でしか生きられない狂戦士のように見せることもできる」

「……へぇー」

「しかも、それだけじゃないぞ。お客さんの中には試し振りをしてみたいって人もいるだろう、そんな人は当然地面に刺さっている武器を引き抜くわけだが、ここであえて俺の魔法で簡単に抜けなくするんだ。それでも苦労して抜いたお客さんに対して『その武器は、あんたを選んだようだな……』と意味深に言う。どうだ、もう買うしかないだろ?」

「俺だったらちょっと力入れて抜けなかった時点で帰るな」

 

 相変わらず紅魔族のセンスは理解できないが、まぁせっかくの祭りなんだし好きにやるのが一番なのかもしれない。外の人達からすればこういうのも新鮮だろうし。

 

 そのまま少し歩くと、とある靴屋の前に、そこの息子であるクソニートのぶっころりーが珍しく外にいた。

 ぶっころりーは俺に気付くと、得意気な顔で片足を少し上げて、

 

「やぁ、カズマ。どうかな、このブーツ。俺が作ってみたんだけど」

「へぇ、お前がまともに働いてるなんて珍しいな。靴のことはよく分かんねえけど、個人的には良いと思うぞ。素材も良さそうだし、羽飾りも結構凝ってて綺麗だな。貴族が履くような高級靴みたいだ。何か魔法的な効果はあるのか?」

「逃げ足が速くなる。カズマが持ってる『逃走』スキルみたいなものさ。最近祭りの準備が忙しいとかで、俺が家でゴロゴロしてると親父が『ちったぁ店のこと手伝いやがれクソニート!!』とか言ってきて」

 

 ぶっころりーがそう言いかけた時、店のドアが開いて、中から怒り心頭といった様子の親父さんが飛び出してきた。

 

「テメェまた逃げる気かクソニートがあああああああああああ!!!!!」

「おっと、親父のお出ましだ。それじゃ、カズマ。俺はもう行くよ」

 

 ぶっころりーはそう言うと、凄まじい速さで逃げていってしまった。

 どうやら、靴の力は本物のようだし靴屋も問題なく継げそうではあるが、本人がアレってのが問題だ。親父さんも可哀想に……。

 というか、逃げた所で結局アイツが帰る所は自宅くらいしかないし、どっちにしろとっちめられるってのは変わらないと思うが、そこはどうするつもりなのだろう。

 

 そうやって父親とか現実とかから逃走するニートを見送っていると、今度は何やら山の方から別の知り合いが歩いてきた。

 禍々しい空気を放つ、どう見ても魔族の格好をした二メートルをゆうに超える大柄の男で、何度見ても慣れずにどこか警戒してしまう。

 

「よう、ぷっちん。お前相変わらず、とんでもない姿だなそれ。今は祭りの準備でそこら中に召喚された悪魔がいるし、そこまで目立たないと思ってたんだけど、それでもかなり浮くもんだな。流石はひょいざぶろーさんの魔道具というか」

「ぐっ、ほっとけ! 大体、俺はクラスの映画の為にこんな姿をしているんだぞ……しかも、これのせいでお前達が楽しくロケに行ってるのに俺だけ置いて行かれるし……」

「あー…………まぁそう言うなって、魔王役なんて重要な役はお前にしかできないんだからさ」

「っ…………ふ、ふふ、確かにそれはそうだがな! ラスボスというのは、主人公と同じくらい重要な役だと言っても過言ではないし、誰にでも出来るものではない……。いいだろう、真の力を持つ者は、時として周りの為に耐え忍ぶ必要もあるものだ……」

 

 少しおだててみた結果、何やら勝手に意味深なことを呟いて納得してくれたようだ。

 

 そう、今はどう見ても人間に見えないこの男だが、元々はゆんゆん達のクラスの担任であるぷっちんだ。

 今回の映画では魔王役を演じることになったのだが、その為にひょいざぶろーの魔道具を使って魔王のような姿に変えている。問題は、一ヶ月の間元の姿に戻れないことだが。

 

 ……ふと考えてみると、祭りが終わるまでずっとこの姿とか、俺だったらショックで引きこもってるかもしれない。ぷっちんのメンタルすげえな。

 

 俺がそうやって感心しながらぷっちんを見てると、その魔王もどきが何かトロッコのような乗り物を引きずっているのに気付いた。

 

「それなんだ? というか、山の方から来たよなお前、何してたんだ?」

「ん、あぁ、映画の俺のシーンって最後の方に集中しているから、それまで暇でな。他のクラスの出し物を手伝っているんだ。その関係で、ドラゴンズピークまでちょっとな」

「…………ドラゴンズピークに?」

 

 ドラゴンズピークとは里の裏側にそびえる霊峰なのだが……。

 俺は何か嫌な予感がして、改めてぷっちんが引きずっているトロッコを観察してみるが、何やら焦げた跡があちこちに見受けられる。

 

 …………。

 

「おい。おいぷっちん。お前何かとんでもない事してねえだろうな。その手伝ってる他のクラスの出し物ってなんだ。何でドラゴンズピークなんかに行くんだ」

「ふっ、それを言ってしまったらつまらないだろう。だが、期待はしていいぞ。俺達のクラスの出し物に勝るとも劣らない、素晴らしい物ができそうだ」

 

 どうしよう、本当に嫌な予感しかしない。

 

 でも、正直俺はウチのクラスの映画の方で手一杯だし、これ以上何か厄介事を抱え込むわけにはいかない。ただでさえ、ゼスタから色々な意味で危険な頼み事をされているというのに。

 よし、何かあっても俺は知らん。責任は全部こいつに被ってもらおう。

 

 そんな感じに色々寄り道しながら学校までやって来ると、ここでも祭りの準備が急ピッチで進められていた。

 俺と一緒に来ていたぷっちんは、さっさと今手伝っているクラスの方へと行ってしまう。あいつ、自分の担当クラスはちゃんと覚えてるんだろうな。もはや他のクラスがメインになってないか。

 

 入り口の辺りでは、生徒達によって綺羅びやかな飾りの付けられたゲートが作られていて、巨大な黒い悪魔が手伝いながら時々指示も出している。

 

「おい、そこちょっとズレてんぞ、もうちょい右だ右……そう……よし、良い感じだ。ん、なんだ、鬼畜男じゃねえか」

「その呼び方はやめろっての…………なんかお前、もうすっかり馴染んでるな、ホースト」

「あぁ、紅魔祭とやらの準備のお陰でな。ただ、こうして堂々と里にいられるってのはいいんだが、外を出歩く人間が増えると肝心なあっちの方が進められねえってのがな……」

「あっちの方?」

「ん、だから封印の…………あっ! い、いや、何でもねえ何でもねえ!!」

「?? まぁ、いいけどさ」

 

 この悪魔、ホーストは、以前に森でこめっこと一緒にいた奴で、あの時は里の奴等には知られたら困るような反応をしていたが、今ではこうしてすっかり溶け込んでしまっている。

 というのも、今は祭りの準備の為に悪魔を召喚して使役している紅魔族というのも珍しくないので、そこまで存在が浮くということもないのだ。

 

 学校の生徒達も最初は怖がっている子も多かったが、今の里には他にも悪魔がちらほら歩いているので、もうすっかり慣れてしまったらしくホーストに懐いている子も多いくらいだ。

 

 そして、ホーストの近くには、にこにことご機嫌なこめっこもいて、

 

「ホースト! そこの飾り付け、わたしがやりたい!」

「分かった分かった。つっても、ここは結構難しいところだぞ? そこの魔力紐を使って魔法陣を作るんだ。まぁ、俺様の手じゃ細かい作業は向いてねえし、助かるけどよ……できるのか?」

「わたしなら余裕! 姉ちゃんにも手先が器用だって褒められたことあるよ。我が力、今こそ見せつける時!」

「お、おい、こめっこ、手先が器用ってのは分かったから、その手を怪しくワキワキさせるのはやめようぜ……一応女の子なんだからよ……」

「これはカズマお兄ちゃんの真似!」

「お、お前……」

「ちちちちちげえよ! 別にこめっこには何もしてねえし!! 姉の方にドレインタッチやスティールぶちかます時にそういう手の動きはしてたかもしれないけど!!」

 

 悪魔からドン引きの視線を送られ、慌てて弁解する。

 俺は決して五歳児にまでセクハラするような救いようのない変態ではなく、セクハラするのは最低でもめぐみんくらいの年からという健全な男なんだ。

 

 それからホーストはこめっこを肩に乗せて飾り付けをやらせてみる。

 気になるその腕前はというと。

 

「…………何というか、お前ってやっぱり大物で天才なんだな」

「うん、そうだよ」

 

 ホーストの呟きに、手を動かしながら平然と言うこめっこ。

 こめっこが作る魔法陣はそれは綺麗な物で、一応手先は器用な方である俺がやっても絶対ここまで綺麗にはできないと思わせるくらいだった。前から思ってたけど、こめっこの才能は本当に底が見えない。願わくば、姉のような変な道に進みませんように。

 

 その時だった。

 こめっこが作っていた魔法陣が急に発光し始めた。

 

「「は!?」」

 

 俺とホーストの声が重なる。

 元々この魔力紐には発光する仕掛け自体は付けてはあるが、この光り方は明らかに違う。

 というか、こ、これって……。

 

 

 次の瞬間、魔法陣から下級悪魔グレムリンが飛び出してきた!

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「っっ!? 『エクソシズム』!!」

 

 咄嗟に破魔魔法を発動させて滅する。

 び、びっくりした……大した悪魔じゃなかったから良かったけど、不意打ち過ぎてまだ心臓がバクバク鳴ってる。

 

 周囲も突然の出来事にざわつくが、召喚した悪魔が言う事を聞かずに襲ってきて返り討ちにするというのは、紅魔族でもたまにあるのでそこまで大事にはならずにざわめきも収まっていく。

 それでも、悪魔を召喚したのが五歳の幼女という所まで周りの人達が知っていたらもっと大騒ぎになったのだろうが、そこまでは分かっていない人が大半だったらしい。

 

 ホーストの方も驚きで口をあんぐり開けているが、当のこめっこは首を傾げて、

 

「なんか出てきた」

「こ、こめっこお前、無意識に悪魔召喚したのか……? つーか、よく見たらこの魔法陣、召喚用のやつじゃねえか! おい、これ誰に教わったんだ!?」

「前に姉ちゃんがゆんゆんから没収した『悪魔と友達になろう!』って本に書いてあったよ」

「そんな本書く奴も読む奴も大丈夫かよ……色々と……」

 

 ホーストは引きつった顔でそんな事を言っているが、俺は黙って目を逸らす。

 どうしよう、ゆんゆんは愛しの妹だけど、今だけは「それ俺の妹なんです」とか言いたくない……。

 

 すると、こめっこはちょっと不満そうに唇を尖らせて、

 

「でも、あの悪魔、弱っちかったね」

「いや、いくらグレムリンつっても、その年でこんな雑な方法で召喚できるとか、とんでもねえ事してんだぞお前……元々悪魔使いの素質はあると思ってたが、こりゃ俺様クラスを召喚できるようになるのもそう遠くないかもな」

「んー、本当はこうしゃく級っていう最強の悪魔を呼びたかったけど、ホーストで我慢する!」

「そ、そうか、ありがとよ……なんつーか、お前ならいつか本当に公爵級も呼べそうってのが末恐ろしいよな……」

 

 ホーストは苦笑いを浮かべて、そんな事を言っている。

 こめっこが公爵級悪魔も呼べるようになるかもしれないっていうのは俺も否定できないが、そんなものを呼ばれたら、バニルみたいな割と人間に友好的な奴ならともかく、そうじゃない奴が出てきて暴れ始めた場合、多分紅魔族でもどうしようもないから勘弁してほしいところだ。

 

 俺がこめっこの底知れぬ才能にビビっていると、他の生徒達がこめっこの周りに集まってきた。

 

「い、今、悪魔召喚したよな!? すっげー!!」

「なぁ、俺にも悪魔の呼び方教えてくれよ! 宿題とか全部やらせるからさ!!」

「あ、それなら俺は意地悪してくる兄ちゃんを懲らしめてもらう!」

「こめっこっていったっけ? 俺らのクラス来いよ、皆も聞きたいと思うし!」

「んー……おやつある?」

「えっ……あ、あるよ、ある! …………お、おい、皆お小遣いどのくらいある?」

 

 こめっこの言葉に、ひそひそと相談し始める生徒達。ここにいるのは下級生ばかりなのだが、どうやらこめっこの魔性の妹っぷりは、大人相手じゃなくとも十分通用するらしい。

 俺としては、こんな坊主共に可愛いこめっこをやるわけにはいかないが、まぁ、こめっこも普段はホーストくらいしか遊び相手がいないので、邪魔をするのもな……と、ここは我慢して成り行きを見守ろうと思っていた時。

 

 

「おい、妹に何か用があるなら、まずは私を通してもらおうか」

「あ、姉ちゃん」

 

 

 面倒臭い奴がやって来た。

 こめっこと生徒達の間に割って入るように立ち塞がっためぐみんは、バサッといつもより派手にローブを翻してポーズを決める。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして爆裂魔法を愛し、妹を外敵から護り抜く者!」

「あ、紅魔族随一のまな板だ」

「こめっこってまな板の妹なんだ」

「そういえば、まな板も魔力だけは凄いんだっけ?」

「ぶっ殺」

 

 下級生相手にからかわれ、一瞬で頭に血が昇っためぐみんが襲いかかった。

 教師としては目の前でケンカが行われているのを放置するわけにもいかなく、俺は後ろからめぐみんの制服の襟首を掴んで止める。

 

「どうどう、落ち着けって。あと、お前らも、まな板とか言うのやめろよ。めぐみんだって一応女の子なんだから、そんな事言われると傷付くだろうが。本当のことでも言っていい事と悪い事があるんだぞ」

「一応って何ですか、本当のことって何ですか! そういう一言も十分私を傷付けているのですが!!」

 

 めぐみんの怒りは収まるどころか更に燃え上がって、俺に捕まった状態でもバタバタと暴れて抵抗している。

 ホーストはそんなめぐみんを呆れた様子で見ながら、

 

「なんだ荒れてんなぁ、こめっこの姉貴さんよ。前々から思ってたが、人間の女ってのは二の腕や腹につく脂肪は嫌がるくせに、胸は別ってのが俺様にはよく分かんねえな」

「ぐっ、ほっといてください、どうせ悪魔には分かりませんよ! ……そうだ、ホーストは仮にも上位悪魔ですよね。悪魔というのは魂と引き換えにどんな願いでも叶えてくれるもの。流石に魂まではやれませんが、あなた方の大好物である人間の悪感情を集める手伝いくらいはできると思うので、代わりに私を巨乳にして、ついでに魔王にしてもらえませんか?」

「お前ら人間がそういうムチャクチャな願いばっか言ってくるから、その魂と引き換えに願いを叶えるサービスは廃止されたんだよ……」

 

 どこかうんざりしたように言うホースト。悪魔というのも色々大変らしい。

 一方で、下級生達は反省してくれたのか、素直に頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい……そんなに気にしてると思わなかったんだ……」

「その、大丈夫だよめぐみん。ウチのお母さんも『女の価値は胸じゃない! あんたはあんな脂肪の塊に惑わされるようなバカな男になっちゃダメよ!』って言ってたし……」

「う、うん、それに、めぐみんって里一番の天才なんでしょ? それなら別に、胸なくても……」

「や、やめろぉ!!! そんな哀れみの目で私を見ないでもらおうか!!!!!」

 

 下級生から気を使われ、からかわれている時よりもダメージを受けている様子のめぐみん。

 まぁでも、天は二物を与えずとは言うが、めぐみんの場合は凄まじい魔力に整った容姿と他の者が羨む物は複数持っているのだから、胸くらいは諦めてもいいと思うのだが、女の子には譲れないものというのがあるのだろう。

 

 それは例えるならば、男がアレの大きさを気にするみたいな事なのだろうか。

 …………確かに、男としてはアレが小さいとか言われたら傷付くな……これからは胸のことでめぐみんをからかうのは控えるようにするか……。

 

 そんな事を思いながら、俺も今までのことを少し反省していると、ようやくめぐみんは大人しくなってくれたようで、俺に向き直って、

 

「それで、どうしてウチのこめっこがナンパされているのですか。いえ、まぁ、これだけ可愛いのですから、男に目を付けられるのは当然だとは思いますが」

「ナンパってお前な……別にそういうのじゃなくて、こめっこが悪魔を召喚したから、ちょっと人気者になってただけだよ」

「はぁ、なるほど、そういう事でしたか…………悪魔を召喚!? えっ、ちょ、本当ですかこめっこ!?」

「えっへん!」

「褒めてません! 危ないでしょう!! 悪魔というのは、必ずしもそこにいるホーストや先生のように話の分かる者だとは限らないのですよ!?」

「あぁ、俺もそこはめぐみんと同意見だ。こめっこ、これからはもう悪魔の召喚は…………おいちょっと待て、お前今、俺のことを悪魔扱いしやがったか?」

「してません。とにかく、こめっこ、悪魔の召喚は今後一切禁止です。分かりましたね?」

「わかりますん」

「どっちですか!! 先生みたいな事言わないでください!!!」

 

 すっとぼけた表情を浮かべるこめっこに、いよいよ困り果てた様子のめぐみん。

 すると、そんな俺達のやり取りを見ていた下級生の一人が、

 

「なんだか、カズマ先生とめぐみん、こめっこのお父さんとお母さんみたいだね」

「っ!?」

 

 その何気ない一言に、めぐみんはびくっと体を震わせ、一瞬俺の方を窺ったあと、

 

「と、突然何を言い出すのですか。確かに私とこめっこは七つも年が離れてはいますが、だからといって親子というのは言いすぎでしょう。…………まぁ、私と先生が夫婦に見えるというのは、場合によってはあるのかもしれませんが」

「いや、俺と夫婦扱いされて満更でもないってのは分かるけど、それは無理あるだろ。誤解されるにしても、普通に兄妹だろ」

「な、何勝手に満更でもないとか決めつけてるんですか! あくまで私は、年齢的な意味でですね……!!」

 

 めぐみんは視線を泳がせながらそんな事を言ってくるが、相変わらず他に誰かいる状況では素直になれない奴だ。

 でもそういや、王都での一件以来めぐみんとは二人きりになるという状況がない気がする。まぁ、最近は祭りでゴタゴタしてるしな。それに、そういう状況になって、まためぐみんが妙な事を言って妙な雰囲気になるのもアレなので、むしろ俺としては助かるんだけども。

 

 そんな事を思っていると、こめっこが不思議そうな顔をして首を傾げる。

 

「でも姉ちゃん、もうオトナなんでしょ? 外の街でカズマお兄ちゃんとオトナの遊びをしたって言ってたじゃん」

「こここここめっこ、そ、それは外で言ってはいけません! あのですね」

「オトナのあそびー? なにそれー?」

「あ、俺知ってる知ってる! 前に、夜中にウチの父ちゃんと母ちゃんがハダカで抱き合ってるところ見たんだけど、何してるのって聞いたらオトナの遊びとか言ってた!」

「わあああああああああああああ!!!!! ち、違います、違いますよ!? その……そう! オトナの遊びというのにはいくつか種類があるのです! だから別に私と先生はそんな事をしたわけでは……!!」

 

 焦るめぐみんに、ホーストが何か思い付いた様子で、

 

「ハダカで抱き合うっつったら、人間の生殖活動ってやつなんじゃねえの。なんだお前ら、つがいだったのか?」

「つがいじゃないです!!! 先生も黙ってないで何か言ってくださいよ!!!」

 

 こうやってめぐみんが顔を真っ赤にして慌てているのを見るのは中々に楽しいものだが、放っておくと俺が12歳に手を出した変態ロリコンという不名誉極まりない風潮が生まれかねないので、そろそろちゃんと否定しておこう。

 

 そう思って、俺が口を開きかけた時。

 こめっこが、ふと何かを思い出したように、

 

「あ、そうだ。そういえば姉ちゃん、『最近、先生と二人きりになる機会がなくて……』って悲しそうに言ってたね。ねぇ、みんな、向こう行ってあそぼ!」

「そっか、気が付かなくてごめんね! じゃあ俺達はもう行くから!」

「俺もラブラブなカップルを見かけても邪魔しちゃいけないってお母さんから言われた事ある! こういう時のことだったんだ!」

「なっ、ちょ、何勝手に話を進めているのですか!!! というかこめっこ、それは他の人には言ってはいけないとあれだけ……あの、聞いてますか!? 子供のくせにそんな『空気読みますのでごゆっくり』みたいな顔されると物凄く腹立たしいのですが!!!」

 

 そうやって騒ぐめぐみんをよそに、下級生達は分かってる分かってると言わんばかりに頷きながら離れていく。これではどっちが年下なのか分かったものではない。

 

 そして、こめっこはホーストに、

 

「ほら、ホーストも行こ。邪魔しちゃダメだよ」

「ん、あー、こいつらこれから子作りでもすんのか? そんじゃ俺様も空気読んでやるよ」

「読まなくていいです! 子作りもしません!! それに、ホーストには少し話がありますので残ってください!!」

「…………惚気話を聞く気はないぞ?」

「誰が悪魔にそんな話をしますか!!!」

 

 そんなこんなで、下級生達とこめっこは行ってしまい、後には俺とめぐみんとホーストだけが残される。

 

 めぐみんの言う話ってのは……やっぱりこめっこ関係なんだろうな。

 そして、普段の行いから忘れがちだが、めぐみんは知力が高い。そんなめぐみんがホーストに話があるというのだ、自然とその内容は予想がつく。

 

 めぐみんは、改めてホーストの全身を眺める。

 

「……やはり、今まで見たことがない悪魔ですね。ここまで迫力のある上位悪魔でしたら、以前に見たことがあれば印象に残っていないわけがありません。あなたは誰に使役されているのですか?」

「いっ!? そ、それは、だな……」

 

 めぐみんの紅い瞳から逃れるように、そわそわと辺りに視線を彷徨わせるホースト。

 

 これはマズイ。

 一応めぐみんは質問という形を取ってはいるが、おそらく結論はもう自分の中にあって、これは確認という意味の方が大きいのだろう。

 

 そして、ホーストが野良悪魔だとバレるのは俺としても避けたい。

 というのも、もしも真実を知っためぐみんが、こめっことホーストを引き離そうとした場合、こめっこが反撃のためにどんな行動に出るか読めないからだ。

 

 例えばめぐみんが口止めしているであろう、俺とのいかがわしいあれこれについて、ひょいざぶろー辺りにバラされたりしたら、めぐみんよりも俺が大変なことになる。

 

 ……よし、悪魔を庇うというのも不本意だが、ここは俺が何とか切り抜けさせてやろう。

 めぐみんは、ホーストが誰に使役されているのかと聞いているが、安易に誰かの名前を出せば本人に確認を取られて簡単に嘘がバレてしまう。

 

 それなら。

 

「……めぐみん。実はこのホーストな、俺が召喚して使役してるんだ」

「そうですか、凄いですね! …………怪しいとは思っていましたが、先生はホーストが里の誰かに使役されているわけではないと知っていたのですね」

「えっ!? お、おい、なんだよそれ、俺が嘘ついてるって言ってんのか! 証拠を出せ証拠を!!」

「い、いや、どう考えてもお前が俺様を召喚できるわけねえだろ……つくならもう少しマシな嘘ついてくれよ……」

 

 なんかホーストにも呆れられてしまった…………な、なんだよ、これでも俺、一応高レベル冒険者なんですけど、扱いが酷くありませんか……?

 いや、まぁ、確かにこのレベルの悪魔の召喚とか、俺じゃ逆立ちしたって無理なんだけど。

 

 これでホーストが野良悪魔だと確信しためぐみんは、じっと紅い瞳を向ける。

 それを受け、ホーストの顔には緊張の色が浮かび、視線を辺りに巡らせてこの先の行動を考えているようだ。

 

 もしここでめぐみんが大声でこの事をバラしたりすれば、ここは修羅場に早変わりだ。ホーストが相当強力な悪魔だというのは分かっているが、それでも紅魔の里で大勢の紅魔族を一人で相手にするのはキツイだろう。

 

 めぐみんの口が開かれる。

 その一言で状況が大きく変わるのは分かっているだけに、俺とホーストの喉がゴクリと鳴った。

 

 そして。

 

 

「そんな顔しなくていいですよ。別に誰かに言ったりはしませんって」

 

 

 ポカンと、俺とホーストの口が開いた。

 そんな俺達の反応に、めぐみんは苦笑を浮かべる。

 

「なんですか、そんなに意外ですか?」

「お、おう……絶対バラされると思ったぞ俺様は……」

「お、俺も……シスコンのお前のことだから、『妹に手を出す悪魔など滅ぶべきです!』とか言いながら、里の皆から追い回されるホーストを高笑いして眺めるくらいやると思った……」

「私にどんなイメージ持ってるんですか!!! あと、シスコンじゃないですから!!!」

 

 めぐみんは気を取り直すように軽く咳払いをすると、

 

「まぁ、確かに妹の近くに悪魔がいるというのは手放しで認められる事ではありませんが…………見たところ、こめっこはホーストに相当懐いているようですからね。あの子はまだ幼いですが、私と同じで人を見る目は確かです。この場合は人ではなく悪魔ですが。それに、私から見てもあなたはそこまで害があるようには見えませんでしたので、とりあえずは様子見という事にしてあげます」

 

 そう言って、小さく微笑んだ。

 

 意外な言葉に、未だにホーストは唖然としているが、俺は思わず口元が緩んでいた。

 めぐみんは妹のことを大切に想っている。だからこそ、ホーストと一緒にいる時のこめっこの楽しそうな笑顔を奪いたくないのだろう。こめっこにはずっと遊ぶ友達がいなかったので、例え悪魔だとしてもそういう存在はありがたいのかもしれない。

 

 しかし、ここでめぐみんは目を紅く光らせると、

 

「一応言っておきますが、もしもこめっこが傷付くようなことがあった場合は容赦しませんので、そのつもりでお願いします」

「…………はっ、分かってるよ。例えどんな事があってもこめっこを傷付けたりはしねえって約束する。悪魔は約束を破らないんだぜ」

 

 さっきから驚きっぱなしだったホーストは、めぐみんからの警告に、ようやくどこか楽しそうに笑みを浮かべながらそんな事を言った。

 前から思っていたが、ホーストは悪魔の割に人間みたいな表情をよく見せる。こういった所も、こめっこが懐いた理由の一つなのかもしれない。

 

 悪魔にとって契約は絶対。

 それは俺も学校で教えている。そして、勉強に関しては優等生であるめぐみんはもちろんその事は覚えていて、満足そうに頷いている。

 

 俺はそれを見て、安心して一息つく。

 

「……はぁ。まったく、一時はどうなる事かと思ったけど、これで」

 

 そこまで言った時だった。

 

 めぐみんの様子がおかしい。

 先程までの穏やかな雰囲気はどこへやら、今は青ざめた顔でどこか一点を見て微動だにしていない。

 

 ……なんだ?

 俺は疑問に思いつつも、めぐみんの視線の先を追いかけて…………固まった。

 

 二人の少女がこっちに来ていた。

 一人はめぐみんの妹のこめっこで、一緒に来た少女に手を引かれているようだ。

 

 そして、もう一人は。

 これでもかというくらいに目を紅く光らせた、お、俺の、最愛の…………。

 

 

「兄さん、めぐみん。なんかこめっこちゃんから、『姉ちゃんとカズマお兄ちゃんはオトナの遊びをするみたいだから、邪魔しちゃダメだよ!』って言われたんだけど…………オトナの遊びって何かな?」

 

 

 俺とめぐみんは大慌てでゆんゆんに弁解を始めた!

 

 

***

 

 

 いよいよ俺達のクラスは、映画撮影最後のロケ地に来ていた。

 

 場所は王都。

 王道な魔王討伐物語において、魔王城の次くらいに必ず撮っておきたい場所だ。

 

 もちろん、王都側から撮影許可は貰っている。紅魔族というのは魔王軍に対する強力な戦力でもあるので、よほどとんでもない頼みでもない限り、良好な関係を継続する為にこちらの要求は大体聞き入れてくれる。

 

 ここでの撮影の目玉はもちろん国が誇る立派な王城、そしてもう一つ。

 定期的に王都を襲う、魔王の軍勢との戦いだ。

 

 今俺達がいるのは、魔王軍と戦う最前線。

 集まっているのは日頃から厳しい鍛錬を積んでいる王国の騎士や、腕利き冒険者ばかり。

 そして、今回は紅魔族の大人達も、それなりの人数が里から出向いている。

 

 魔王軍の方はまだ見えてこないが、その内地平線の向こうから現れることだろう。

 報告によると、千は軽く超える数だとか。

 

 そんな中で、めぐみんは一番前に陣取り、撮影用衣装のマントをはためかせ、魔法使い用の三角帽子のつばの先を指先で掴み、不敵な笑みを浮かべている。

 

「……風がざわついていますね。我が必殺魔法に、大気までもが恐れをなしているのでしょうか」

「一応言っとくけど、まだ撮影始まってないからな」

 

 そう声をかけるが、めぐみんは既に役に入り込んで……というか、多分これは素なんだろうが、とにかく自分に酔っていらっしゃるようだった。まぁ、撮影的にはこれでいいんだけどさ……。

 

 一方で、ゆんゆん、ふにふら、どどんこは、

 

「ね、ねぇ、兄さん、本当に大丈夫なの……? 魔王軍って凄い数なんでしょ……こ、こんな、呑気に映画撮影なんてやってる場合じゃないんじゃ……」

「ゆ、ゆんゆん、ビビり過ぎでしょ! あ、あたし達は紅魔族だよ!? あのくらい余裕だって!!」

「そ、そうだよ、それに、こっちだってこんなに冒険者や騎士がいるんだし……」

 

 これから来る大規模な魔王軍にビビりまくってるゆんゆん達。

 まぁ、紅魔族といっても、まだ学生だ。例え大人の冒険者であっても、初めてここに来た者は皆ビビるものだし、俺だってそうだった。

 確か初めての前線は、一年前、俺が14の時だったか。もうホント怖すぎて、姿を消す魔法使ったままこっそり帰ろうかと思ったくらいだった。

 

 というか、俺はこの撮影に関しては普通に反対したんだが、あるえやめぐみんにどうしてもと押し切れられたのだ。めぐみんは「爆裂魔法の素晴らしさを広めるチャンスです!」とか息巻いていて、あるえは当然のように映画のことしか頭にない。

 ただ、めぐみんに関しては、卒業後はこういった場面に立ち向かう事が多くなると思うので、今の内に慣れておくというのは良い事ではあるのかもしれないが。

 

 あるえはいつもと変わらない落ち着いた様子で、マイペースに良さそうな撮影ポイントの確認などをしている。

 俺はそんなあるえに、ゆんゆん達のことを指差しながら、

 

「なぁ、あいつらすっかりビビっちまってるんだけど、やっぱやめないか?」

「やめません。大丈夫ですよ、ゆんゆん達はあれで問題ありません。物語的には、めぐみんさえ毅然としていて、仲間を引っ張ってもらえればいいので。もちろん爆裂魔法の出来栄えも大事ですが、百戦錬磨の大魔法使いであるウィズさんであれば心配ないです」

「そ、そんな、私はそんな大それたものでは…………でも、すごいですね、あるえさん。私も昔は冒険者として魔王さんの軍勢とは何度も戦いましたが、この状況でここまで冷静な人なんてあまり記憶にないですよ」

「あるえはこういう奴だからな……大物というか何というか。まぁでも、ゆんゆん達もそんなに心配すんなって。王都にはチート持ちの勇者候補が集まってるし、今回は紅魔族も結構来てる。その上ウィズだっているんだしな。それに、お前達は乱戦になる前に絶対テレポートで逃がすからさ」

 

 何とか安心させようとそう言うと、ゆんゆん達は少し冷静になったようで、周りを見回して表情を少しだけ柔らかくさせる。

 

 彼女達にとって、ここにいる騎士や冒険者の実力というのはまだ未知数なところがあるのだろうが、その強さをよく知っている里の紅魔族やウィズがいるというのが心強いのかもしれない。

 ただし、紅魔族に関しては、今回は戦力として来たというよりは別の目的があったりするのだが。

 

 ちなみにウィズは着ているローブのフードを深く被って顔を隠している。

 もし魔王軍の連中が、こちらにウィズがいることに気付けば色々と面倒なことになりそうだからだ。

 一応映画のために姿を消す魔法も使う予定ではあるが、念には念を……だ。

 

 本当なら、ウィズは立場上、騎士や冒険者が魔王軍と戦う場合は、基本的にはどちらかに手を貸すことはないらしい。しかし、一般人に危害を加えるような魔王軍連中に関しては別で、容赦なく攻撃する。

 そして、王都を襲撃するような連中は魔王軍の中でも特に血の気の多い連中ばかりで、一般人でも容赦なく殺してきたような奴等なので、ウィズの攻撃対象になるのだとか。

 

 ウィズの周りには他の冒険者達が集まっていて、皆どこか懐かしそうにしている。

 

「カズマの言う通りだ、今回は紅魔族がこんだけいてくれるんだし、何よりウィズだ! ウィズがいてくれれば魔王軍なんか怖くないぜ! なんたって、魔王軍も恐れた『氷の魔女』なんだからな!!」

「そうだな、今ではすっかり丸くなっちまったが、昔はいつも張り詰めた顔してて、周りを寄せ付けない怖さがあったからなぁ。『氷の魔女』って通り名は、まさにピッタリだった」

「そうそう、あんなイケイケで魔王軍を狩りまくってたウィズが、駆け出し冒険者の街で店を出してるなんて聞いた時は驚いたなー。ついに『氷の魔女』の氷が解けただの、解かした男は誰なのかだとか、王都ではしばらくその話で持ち切りだったっけか」

「あ、あの、昔の話ですので、もうその辺でいいじゃないですか! あの時は私も色々と余裕がなくてですね……!!」

 

 昔の黒歴史を掘り返された挙句、めぐみん達も「氷の魔女……」などと呟いていて、ウィズは恥ずかしさの余り上ずった声で、さっさと話を切り上げようとしている。

 あと、ウィズの氷を解かした男というのは俺としてもかなり気になる所だが、俺は案外バニルの奴が関係しているんじゃないかと思っている。あいつの場合、男っていうか悪魔だけど。

 

 ウィズのそんな様子に、冒険者の一人が笑いながら、

 

「まぁそうだな、確かにもう結構昔のことだし、それだけ時間があれば人も何かしら変わるってもんか。しかし、ウィズって内面は大分変わったけど、外見は全然変わらないよなぁ。確か俺と同い年じゃなかったか?」

「っ!! あ、そ、その、これでも色々とお手入れをしているんですよ!? 女性というのは、いつまでも若く見られたいものですからね!!」

「ははは、なんだウィズ、お前ってそういう事にはあまり関心なかったのに、本当に変わったなぁ。やっぱり男でもできたのか?」

「あ、あはは……ど、どうでしょうね……」

 

 からかうように言ってくる冒険者に、ウィズは目を逸らして言葉を濁す。

 ウィズがリッチーで魔王軍幹部というのは基本的には秘密で、昔のウィズを知る王都の冒険者達も知らない。

 

 ……それにしても、この人、ウィズと同い年なのか。

 

「…………なぁ、あんたの年は」

「カズマさん、ちょっといいですか」

 

 俺がそう尋ねかけた時、すぐさまウィズが遮り、俺の腕を取って隅っこの方へと連れて行く。

 あ、あれ、なんかウィズの声が異様に冷たかったような……。

 

 そして、ウィズは誰にも聞かれていない事を確認すると、笑顔を浮かべて、

 

「アンデッドである私は年を取りません。つまり、今も私は人間だった頃の20歳なんです。あの人が何歳であろうが、私は20歳です。これから何年経っても20歳です。分かりましたか?」

「は、はい、分かりました!!!」

 

 ウィズが氷の魔女だった頃の名残を見たような気がした。こ、こええ……。

 

 俺はウィズに怯えながら、めぐみん達の所に戻ってくる。

 まだ魔王軍の姿は見えないが、そろそろ来る頃であり、騎士や冒険者達は各々武器を振って調子を確かめたり、腕や足を伸ばして体をほぐしたりしている。

 

 と、今度はよく見知った冒険者がやって来る。

 見るからに上等そうな鎧に、凄まじい魔力を放つ魔剣を携えたそのイケメンは。

 

「なんだ、ハーレム勇者じゃねえか」

「ミツルギだ!! それよりもカズマ、君は相変わらず何を考えているんだ? こんな危険なところに、まだ魔法も覚えていない子供達を連れてくるだなんて」

「ん、なんだよまだ聞いてないのか? 映画ってやつを撮るんだよ。今度の里の祭りで流そうと思ってな」

「…………は!? 映画!? こんな魔王軍との大規模な戦闘で映画撮影!? 何を考えているんだ君はァァ!!!!!」

「いででででででででででで!!!!! お、おいコラ、お前、俺との決闘に負けた時の『もう俺の邪魔をしない』って約束忘れてねえだろうな!!」

「くっ……」

 

 ミツルギは苦々しげに、俺の胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 流石は勇者様、約束はちゃんと守ってくれるらしい。俺だったら何か屁理屈をつけてなかった事にするところだけど。

 

 俺は掴まれたことで乱れた服装を整えながら、

 

「俺だって反対はしたんだけどな……とりあえず、乱戦になる前にはテレポートで逃がすって。それに、一度こういうのを見せておくってのもいいんじゃないか。めぐみんは卒業したら騎士団に入るし、ゆんゆんだってきっと凄腕冒険者になるから、いずれここには来ることになると思うし。他の子だって、今回で何か触発されて魔王軍と戦う道を選ぶかもしれないし、そうなったら打倒魔王を目指すお前としては良い事だろ?」

「それは……そうかもしれないけど…………まったく、物は言いようだね。分かったよ、どちらにせよ僕は君には逆らえないんだ。この子達については僕もよく見ておくし、決して危害が及ばないよう警戒しておく」

 

 ミツルギは諦めて溜息をつきながら、そんな事を言ってくる。

 ウィズだけではなく、王都でも名が売れているミツルギにも守ってもらえるなら、それは安心できるし、ありがたい事ではある…………が。

 

「…………でもお前、油断するとすぐ女の子攻略し始めるからなぁ。言っとくけど、ウチの生徒の頭撫でたり笑いかけたりすんじゃねえぞ。あと話しかけるのもダメだし、目を合わせるのもダメだし、そもそも近付くのもダメだな」

「僕は病原菌か何かか!? この機会だから言っておくけど、そうやって僕が手当たり次第に女性を口説いているみたいに言うのはやめてもらえないかな……」

「つまり、『僕は口説いているつもりはないんだけど、女の子の方が勝手に惚れてくるだけなんだ』って言いたいのか? はっはっはっ…………死ねばいいのに」

「ち、違うよ! そうじゃなくて……そ、そもそも、そんな都合よく女の子が僕に惚れるわけないじゃないか! 君がハーレム要員だとか失礼なことを言ってくるフィオやクレメアだって、僕に惚れてるとかそんな事はなくて、あくまで仲間として」

「死ねばいいのに」

「ま、待ってくれ、何だその目は!!」

 

 こういう天然たらしの鈍感イケメンハーレム野郎は、もしかしたら俺以上に女の敵じゃないかと思う。

 

 ミツルギにとって、本命は以前言っていた女神のような人とやらで、こいつの性格からして他の女の子に目移りする事なく一途に想い続けるのだろう。そして、このイケメンの事だから、その子との間にどんな障害が待ち受けていようと、結局は乗り越えて無事結ばれてハッピーエンドを迎える。そんな未来が約束されていることだろう。

 

 ミツルギのパーティーメンバーのフィオとクレメアは、その本命の存在を知ってなお、振り向かせてみせると決めたようだが、勝ち目は薄いように思える。

 

 ミツルギは、俺のどんよりとした視線に居心地悪そうにしながらも、めぐみん達の方を見て、

 

「そ、そうだ、そう言う君だって周りを女の子に囲まれているじゃないか! 僕のことをハーレム野郎扱いするなら、君だって」

「いや、あいつらはヒロイン枠じゃなくてロリ枠だから」

「…………あの、君の生徒達が、物凄く何か言いたげな目をしてこっち見てるみたいなんだけど…………」

 

 その視線には当然気付いているが、面倒なことになるのが分かりきっているので、俺は意地でもそちらには目を向けない。

 ミツルギは生徒達の方をちらちらと気にしながら、

 

「でも彼女達だって、今はまだ子供でも、いずれは成長して大人になるんだ。そしたら、どうするんだい。結局、君の言うハーレムという状況になるんじゃないか」

「そうなったとしても、俺はお前と違って本命がいないから全然マシだ。お前は本命がいるくせに、他の女の子達にも手当たり次第にフラグを立てて、ズルズルと期待だけ持たせておいて結局最後には振る。そんな、ある意味俺より鬼畜な奴だ」

「ま、待ってくれ! 僕はそんなつもりは……」

「それに比べたら、俺は別に本命の女の子がいるわけでもないし、余程頭がアレな女じゃない限りは誰でもウェルカムだ。一途に想っている相手がいないから、ちょっと地位とか体とかでアピールされれば誰にでもすぐなびくし、チャンスがある。つまり、お前よりはずっとマシってわけだ。証明終了」

「あの、カズマ。君の生徒達が、さっきよりも酷い目で君のことを見ているみたいなんだけど……」

 

 ミツルギが何か言っているが、当然俺はそちらを見ない。

 絶対後で長々と文句を言われるだろうが、とりあえず先延ばしにしとこう。

 

 その時だった。

 

 

「魔王軍が来たぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 その声に、周りにいた騎士や冒険者達の表情が一気に引き締まる。

 地平線の辺りで蠢く影。千里眼スキルを使わなくても、大規模な軍勢が侵攻してきている事が分かる。

 アンデッドや悪魔、鬼、鎧騎士など、多種多様な魔物で構成された魔王軍は、ゆっくりと、しかし着実にこちらへ近付いてくる。

 

 とりあえず俺は、いつも通りに盗聴スキルで相手の出方を窺うことにする。

 スキルによって、俺の耳がまだ遠くにいる魔王軍の奴らの会話を正確に拾う。

 

 

『はっ、相変わらず人間共がうじゃうじゃいやがるぜ! 今日こそは我が魔王軍が根絶やしに…………げっ!!! おい、カズマがいるぞ!!!』

『マジかよ……カズマといえば、また新たにやべえ話が増えてたぞ……何でも、少し前に王都で魔物騒ぎがあったらしいんだが、その時にあいつ、嫌がるマンティコアのケツ穴にぶっといモンぶち込んだとか……』

『ひぃぃ……あ、あいつ、そっちの趣味もあったのかよぉ……!!』

『俺は別の話も聞いたぜ。確か、貴族のお嬢様とやらを縄で縛り上げてモンスターの餌にした挙句に、そのモンスターをお嬢様ごと爆破したとか……』

『……なぁ、あいつって明らかにこっち側の人間じゃね? 対立するより仲間に引き入れた方がいいんじゃねえの?』

『や、やめとこうぜ、あんな変態鬼畜男の仲間とか思われたくねえよ……』

 

 

 く、くそ、言いたい放題だなあいつら! 嘘は言ってないけど!!

 あと、変態だとか鬼畜だとか言われることには慣れてきた俺だけど、魔王軍に言われると結構くるものがあるからやめてほしい。

 

 そんな俺の渋い顔を見て、ミツルギは首を傾げて、

 

「どうしたんだい、カズマ。奴等が何か良からぬ事でも企んでいたのか?」

「い、いや、その…………あいつら、やっぱ俺を一番警戒してるみたいだな!」

「そっか……君の名前は魔王軍にも十分知られているんだね。よし、僕も負けていられないな。魔王軍には僕のことも危険人物として覚えてもらうよ」

 

 ミツルギはそんな事を言いながら、闘志をメラメラと燃やしているようだ。

 いや、別に俺は魔王軍に名前なんか覚えられたくなかったんだけどな……。

 

 俺が鬱屈した気分で溜息をついていると、何やら服の裾を引っ張られる感覚があった。

 振り向いてみると、そこには、俺の服を掴んでいるゆんゆん、ふにふら、どどんこの三人。そして、その全員が大規模な魔王軍を実際にその目で見た結果、怯えて涙目になっている。

 

「…………あるえ、やっぱダメだ。ゆんゆん達はテレポートで帰すぞ」

「……仕方ないですね。とりあえず、めぐみんさえ何とかやってくれれば、脚本的には十分修正できるので……」

「分かった。じゃあ……『テレポ』」

「ま、待って!」

 

 俺がテレポートを唱えようとした時、ゆんゆんが慌ててそれを遮った。

 一体どうしたのかと、ふにふら、どどんこと一緒にゆんゆんの顔を見ると、その目がある方向にじっと向けられているのに気付く。

 

 視線の先には、前方でじっと佇むめぐみんの後ろ姿があった。

 大勢の魔王軍を前にしても微動だにせず、ただマントだけが変わらず風にはためいている。

 

 そんな友人を見て、ゆんゆんはぐっと拳を握りしめる。

 

「私は……だ、大丈夫、だから……。ふにふらさんとどどんこさんだけ送ってあげて」

 

 その言葉に、他の二人も、

 

「あ、あたしも平気! あんなの数が多いだけでしょ! ここで逃げたら、後でめぐみんに何を言われるか分かんないし!」

「う、うん、それに私達は紅魔族だし! 上級魔法さえ覚えちゃえば、あんなの何でもないんだから、怖がる必要なんかないよね!」

 

 明らかに無理をしている様子の三人だが、あるえは穏やかな笑みを浮かべて頷いている。

 俺としてはもう大人しく帰らせたいところではあるのだが、本人達がここまで言っているので、その気持ちを汲むことにする。

 

「分かった、乱戦になる前には必ずテレポートで逃がすから、それまでの辛抱だ。ウィズ、そろそろだけど、いけるか?」

「あ、はい! 私はいつでも大丈夫ですよ!」

 

 今回の魔王軍への最初の攻撃はもう決まっている。

 そう、ウィズの爆裂魔法だ。

 

 あの魔法は威力は絶大だが、効果範囲もまた絶大なだけに、乱戦になると敵味方関係なく消し飛ばしてしまうので使えない。

 だからこそ、使うなら先制攻撃、または敵が撤退する際の追い打ちといった場面に限られ、映画の脚本上、先制攻撃の方で使うということになったのだ。

 

 騎士や冒険者達は、皆固唾を呑んで開戦の合図ともなるウィズの爆裂魔法を待っている。

 ちなみに、ウィズは爆裂魔法で大量の魔力を消費するので、映画の為の姿を消す魔法や、ウィズの詠唱が映像に入らないようにする為の消音の魔法は、俺から彼女にかけている。

 

 準備は整った。

 あるえの方もカメラのチェックを終え、俺に小さく頷いている。

 あとは、主役の仕事だ。

 

「よし、めぐみん。そろそろやるぞ。お前はただ堂々とセリフや詠唱を読み上げればいい。そうすれば、ウィズが最高の爆裂魔法を決めてくれるさ」

「…………」

「……? なんだよ、まさかセリフ忘れたとか言うんじゃねえだろうな。おい、めぐみん?」

「…………はっ!! え、な、ななな何でしょう!!! あ、で、出番ですか!? い、いいでしょう、ば、ばば爆裂魔法の恐ろしさ、魔王軍に、お、教え込んで……」

 

 …………あかん。

 

 さっきからずっとこいつの後ろ姿しか見ていなかったから気付かなかったが、正面から見てみるとよく分かる。

 その顔は思いっきり引きつっていて、ダラダラと冷や汗をかきながら、目も明らかに泳いでいる。

 

 つまり。

 

「お、お前……ゆんゆん達と比べて妙に冷静だと思ってたけど、普通にビビりまくってるじゃねえか! 魔王軍が来る前はあんだけ余裕ぶってたくせに!!」

「ビ、ビビってません! ビビってませんよ!! こ、これは武者震いというやつですから!!」

 

 そうだ、こいつが意外と逆境に弱いってのを忘れてた……。

 

 俺はめぐみんの強がりはスルーして、どうしたものかとあるえの方を見る。

 向こうも困り顔で口元に手を当てて考え込んでいる。どうやらゆんゆん達は、自分達もいっぱいいっぱいだからか、めぐみんがこんな事になっているとは気付いていないようだ。

 

 映画的に、ここはめぐみんが堂々と魔法を唱えて魔王軍を攻撃する場面であり、こんな怯えていては撮影にならない。そして、ゆんゆん達と違ってめぐみんはこの場面の肝なので、簡単に内容を変えることもできない。

 

「めぐみん、落ち着け。実際に魔法を使うのはウィズだ。お前はそんなに気負う必要はないって」

「わわわ分かっていますよ、私はいつだって冷静沈着です! じゃあいきますよ! く、くく黒よりくりょく……」

「待て待て待て! その前にセリフだセリフ! あと詠唱噛みすぎて早口言葉に失敗したみたいになってんぞ!!」

 

 やっぱり、このままじゃダメだ。

 でも、この分だといくら説得したところで落ち着きそうもないし、どうしたもんか…………何か、こいつが普段通りになれるような……いつものめぐみんといえば…………あ。

 

 思い付いた。

 そうだ、こいつにはどんな時だってブレない軸がある。そこを上手く使えば……。

 

 俺は少し考えたあと、声を大きくする魔法を自分に使った。

 そして、大きく息を吸い込んで、

 

 

『よく聞け、魔王軍ども!! 我が名はカズマ!!! 紅魔族随一の冒険者にして、数多のスキルを使いこなす者!!!』

 

 

 俺の声に、魔王軍だけでなく、こちら側の騎士や冒険者達もざわめく。

 ゆんゆん達や、隣にいるめぐみんも目を丸くして、ただ呆然と俺を見ているが、あるえだけは楽しそうな笑みを浮かべてカメラを回しているようだ。ホントあいつは……いや、今はいい。

 

 俺はそのまま魔法で大きくした声で続ける。

 

『今日は俺の大事な教え子を連れて来た! そして、驚け!! こいつは何と、爆裂魔法を覚えている!! 今から大勢消し飛ばしてやるから覚悟しろよ!!!』

「えっ、ちょっと兄さん!? 何でそれバラしちゃうの!?」

 

 後ろからゆんゆんがそんな事を言ってくるが、俺は答えずに、じっと魔王軍の反応を見る。

 大丈夫……大丈夫だ。きっと望み通りの反応をしてくれる……はずだ。た、頼むぞ……!

 

 魔王軍はしんと静まり返っていた。

 突然の俺の宣言に、面食らって反応が遅れているのだろう。内容も内容だしな。

 

 俺はゴクリと喉を鳴らしながら、辛抱強く待った。

 隣からは、めぐみんが不安そうな顔をこちらに向けているが、今は声をかける時じゃない。

 

 すると、その時。

 盗聴スキルでじっと聞き耳を立てていた俺の耳に、魔王軍から突然、「ぶっ」と短い音が聞こえた。

 

 そして、次の瞬間。

 

 

「「ぶはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」」

 

 

 魔王軍が一斉に笑い出した。

 もはや盗聴スキルなどいらないくらいに、何百、何千もの声が重なり、巨大な音の波として大地を揺るがすかのごとく、その笑い声はこちらに伝わってくる。

 

 思わず、口元が緩んだ。

 決して、笑い声につられたとかそういう事ではない。

 

 すると、魔王軍の中の指揮官らしき者が、俺と同じように魔法で声を大きくして、こんな事を言ってきた。

 

『何が爆裂魔法だ、そんなもの誰が信じるか!! 悪名高き貴様のことだ、どうせそう言って何か別の罠にハメるつもりなんだろう! 大体、人間でそんなネタ魔法を覚えるようなバカがいてたまるか!!』

 

 ピクリ、と俺の隣でめぐみんが反応した。

 よし、いいぞ魔王軍、その調子だ。

 

 俺はその指揮官に、

 

『お前、爆裂魔法のことをネタ魔法だとか言ったか? 訂正するなら今の内だぞ』

『ぶはは、誰が訂正などするか! あんな魔法、威力だけは高いが消費魔力が尋常じゃない上に、効果範囲が広すぎて使い所を間違えれば自分も一緒に消し飛ばすものだぞ。しかも、大量に魔力を失った後には、爆音を聞きつけたモンスターが集まってくる危険もあるというオマケつきだ』

 

 指揮官の言葉に、周りの魔族達もゲラゲラと下品な笑い声をあげている。

 俺の隣では、めぐみんがぷるぷると震え始めた。

 

 敵の指揮官もまた、くくっと小さく笑い声を漏らしながら、

 

『しかし、なるほど、今の状況は確かに爆裂魔法にはおあつらえ向きとは言えるかもしれん。だが、こんな限られた状況の為だけに、あんな魔法を覚えるようなバカなどいるわけがない。まともな魔法使いというのは、目ぼしい魔法を習得したら、あとはその威力上昇など補助スキルにポイントを費やすものだ。まともな魔法使いならな』

『……じゃあ、爆裂魔法使いは、まともな魔法使いじゃないってことか?』

『ぶははははははは!! 何を分かりきったことを! 爆裂魔法というのは、長い時を生きてスキルポイントを余らせた魔族が酔狂で取るような魔法だ。それを、たかだか百年も生きられずに寿命を迎える人間如きが習得するなど愚の骨頂! 仮に本当にそんな奴がいるとすれば、そいつはネタ魔法に相応しい、ネタ魔法使いと呼ぶべきだろうな!!』

 

 もう十分だった。

 ちらりと見ためぐみんの横顔には、先程までの怯えはどこにもなく。

 

 

 目をギラギラと真っ赤に光らせて、歯をギリギリと噛み締め、手に持った杖をギチギチと音が鳴る程に力強く握りしめていた。

 

 

 めぐみんは言う。

 

「先生、その声を大きくする魔法、私にもお願いします」

 

 俺は言われた通りに魔法をかけてやる。

 それを待ってから、めぐみんは片手でマントをばさっと翻し、もう片方の手で杖を相手に突きつけたポーズを取って、

 

 

『我が名はめぐみん!!! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者!!!!! 私の前で爆裂魔法をバカにするとは良い度胸です、そのバカにしていた魔法に消し飛ばされながら後悔するがいい!!!!!』

 

 

 めぐみんのその大声に、魔王軍は当然警戒などするはずもなく、ただ笑い声を返すだけだ。

 しかし、それにはお構いなしに詠唱を始めるめぐみん。もはや言葉を交わす気などないくらいに憤っているようだ。

 

 敵の指揮官は煽るように、

 

『ぶはは、やってみろやってみろ! 紅魔族とはいえ、小娘如きが爆裂魔法など撃てるわけがない!! バレバレなハッタリはやめることだな、口だけ紅魔族よ!!』

 

 そうだ、確かにめぐみんは爆裂魔法を覚えていない。ハッタリや口だけというのは間違いではない。ちょっと前までは魔王軍を前にビビりまくっていたし。

 

 でも、今のめぐみんは堂々としている。

 

 本当は魔法を一つも覚えていないけれど。

 実際に魔法を使うのはウィズで、めぐみんはただ子供らしく魔法使いの真似事をしているようなものだけれど。

 

 それでも、こうして大勢の魔王軍を前にして、大声で威勢よく啖呵を切れる者がどれほどいるだろうか。

 

 そんなめぐみんの背中を、ゆんゆん達は夢中になって見つめていた。

 その目はまるで、小さな子供が憧れのヒーローを見るかのように、キラキラと輝いている。

 

 爆裂魔法の詠唱が終わった。

 めぐみんが手に持つ杖の先に、白い光が灯った。

 といっても、これは映画の演出の為の仕掛けであり、杖に魔力を少し込めれば誰でも同じことができる。

 

 しかし、それを遠くから眺めていた魔王軍がざわめきだした。

 敵の指揮官も、先程までのからかうような態度から一転、怯えを隠し切れない震え声で、

 

『な、なんだ、その光は……? まさか……ほ、本当に爆裂魔法なんてものを使うつもり……なのか……?』

 

 めぐみんの近くにいる俺達には、その光に大した魔力が込められていない事はすぐに分かる。

 だが、遠くから眺めている魔王軍はそれに気付くことはできず、先程のめぐみんの言葉から焦りだけがどんどん増していっているようだった。

 

 めぐみんがゆっくりと、大きく息を吸い込む。

 

 敵の指揮官は、もはや動揺していることを隠すこともなく、必死の形相で上ずった声をあげる。

 

『わ、分かった!! 今回のところは引き分けということで、大人しく引き下がってやろう!!! それに、その、悪かったな、口だけなどと言って!!! だ、だから』

 

 

「エクスプロージョンッッ!!!!!」

 

 

 直後、とてつもない音と衝撃を伴った、全てを蹂躙し空高くまで昇る圧倒的な爆焔が魔王軍を飲み込んだ。

 

 

***

 

 

 魔王軍との戦いを終えた俺達は、他の冒険者達と一緒に城での戦勝パーティーに招待されていた。

 冒険者達は堅苦しい正装は嫌がる者も多いので普段通りの服装で参加している者が多いのだが、せっかくなのでウチの生徒達は、レンタルではあるがそれなりに豪華なドレスを着て参加している。

 

 ちなみに俺は普段着慣れた紅魔族ローブのままだ。

 これにはスーツ姿が似合わないとか生徒達にからかわれるのが嫌だったという理由もあるのだが、ある計画のために動きやすい格好でいたいというのが大きい。

 

 周りを見てみると、肩口の開いた黒いドレスを着たゆんゆんとめぐみんが目についた。

 ゆんゆんは慣れないパーティーに若干緊張している様子だが、めぐみんは仏頂面でむすっとしている。

 

「……もう、いつまでむすっとしてるのよ。爆裂魔法をバカにされて腹が立ったのは分かるけど、あれだけやったんだから、それで満足できないの?」

「ふん、あれは私の爆裂魔法ではなく、ウィズの爆裂魔法です。このくらいでは私の気は収まりませんよ。私も早く爆裂魔法を習得して騎士団に入り、私自身の手で魔王軍を屠ってやりたいです」

「流石はめぐみん殿、実に頼もしい! 私共も、一日でも早いめぐみん殿の入団をお待ちしております!!」

 

 未だに不機嫌なめぐみんとは対照的に、上機嫌にそんな事を言っているのは、アイリスの護衛にして大貴族シンフォニア家の長女クレアだ。

 

 どうやらクレアは、今回の戦いでの爆裂魔法がどれだけ効果的だったかという報告を聞いて、すっかり気を良くしたらしく、他の貴族に「爆裂魔法の有用性を発見したのは私なのだ」と自慢していたくらいだ。

 まぁ、すぐに「最初に爆裂魔法使いを騎士団に推したのは俺だ」ってバラしてやったら涙目になってたけど。

 

 ただ、こうしてめぐみんが魔王軍にビビらなくなったのは、卒業したら騎士団で何度も魔王軍と戦うことを考えると良かったとは思う。張り切り過ぎて、騎士団の指示とか関係なくぶっ放しそうで怖いところはあるけど……。

 

 今回の戦いについて語っているのはクレアだけではなく、周りの他の貴族や、騎士や冒険者なども同じような感じだ。

 

 主に冒険者は興奮冷めやらぬといった様子で、やれ自分がどう活躍したのか、どんな敵を倒したのか、など。

 貴族は全体を通して騎士団の統制具合や、特に目立った活躍をした冒険者の功績など。

 それぞれ思い思いに語り合っているようだ。

 

 こういった戦勝パーティーは俺も今までに何度か参加していて、初めの内はそういう話題に自分のことが含まれていないかと聞き耳を立てていたものだが、今ではむしろ俺のことは聞きたくない。

 だってあいつら、俺に関しては活躍より悪評について語りまくってるからな……特に貴族の奴等。いや、俺の日頃の行いが悪いとか言われたら何も言い返せないんだけども……。

 

 そして、今回の戦いでのMVPと言えばもちろんウィズであり、そういった者の周りには騎士や冒険者、気さくな貴族なんかが集まるもの…………なのだが。

 

 何故だか、ウィズの周りの者達は顔を引きつらせて、一刻も早くここから離れたいと思っているように見える。

 

「それで、こっちが戦闘で使った泥沼魔法の効果を飛躍的に向上させるポーションで、今回のような大規模戦闘では大いに役立つので……」

「い、いや、ウィズがそれ使うの見てたって俺……効果範囲が広がりすぎて、自分ごと沼に沈めてただろ……」

「うっ……そ、それはですね、えっと…………あ、それではこちらの、周囲の者の心を読める帽子はどうでしょう!? 味方の心を読んで言葉を交わさずに連携を取ったり、敵の心を読んで次の攻撃を予測できる物ですよ!! きっと役立つはずです!!」

「それ俺が使わせてもらったけど、心の声が大き過ぎるんだよ! 大音量過ぎて、もはや何言ってるのか分からないし、頭痛くなるし、戦闘どころじゃなかったよ……」

「えっ、ご、ごごごめんなさい! で、では、こちらの敵の耐性を著しく下げる毒餌なんかは…………あれ!? あの、皆さんどこへ行くんですか!?」

 

 ウィズから何か妙な物を売り付けられない内に、さっさと退散し始める冒険者達。

 

 先制攻撃で爆裂魔法を撃って魔力を大量に消費したウィズは、あの後は自分が持ってきた魔道具を活用して戦っていた。

 ドレインタッチで魔力を補給するにしても、あまり大っぴらにやるとリッチーである事がバレてしまう可能性もあったし、魔道具を使えば自分の店の宣伝にもなると思ったのだろう。

 

 しかし、まぁ、ウィズの店で扱っている魔道具というのは、どれもこれも何かしら見逃せない問題がある物ばかりで、戦闘中に何度も自滅しかけていたので、他の騎士や冒険者達もウィズに近付かなくなっていったのだった。

 

 ウィズの他にも、何体もの敵をまとめて魔剣で斬り払ったミツルギの周りにも人が集まっていて、しかも女の子が多く、近くにいるフィオやクレメアが目立たない程度に威嚇しているのが見えた。あいつらも苦労してるなぁ。

 

 もちろん、俺が連れて来た紅魔族の連中も存分に活躍したわけだが、このパーティーには参加せずにさっさと里に帰って行った。元々、ここで魔王軍を相手にしたのは紅魔祭のある準備のためであり、すぐにやるべき事があったのだ。

 

 この機会に紅魔族を仲間に加えたい冒険者達はがっかりしていたが、その代わりに俺が連れて来た生徒達の方が次々と勧誘されているようだ。

 

 魔法使いをパーティーに入れたいと思っているミツルギなんかも、勧誘したくてウズウズしているように見えたが、フィオとクレメアがこれ以上ライバルを増やしてなるものかと邪魔をしていて中々思うようにはいっていないらしい。

 まぁ、例え二人が邪魔しなくても俺が邪魔したが。大事な生徒を鈍感ハーレム野郎の餌食にさせるわけにはいかないしな。

 

 そんな中、ふにふらとどどんこは、中々イケメンな戦士風の冒険者に話しかけられていた。

 

「どうだ、卒業したらウチのパーティーに来ないか? ウチは全員が上級職で、王都でもかなり稼いでる方だと思うぞ。それに高レベルの前衛職が多いから、後衛職はしっかり守ってもらえる。条件は悪くないと思うんだ」

「うーん……そうだね、結構良いかも。85点」

「私はそこまであげられないかなー、70点くらい」

 

 これだけ聞けば、二人は条件面に対しての評価として点数を付けているように思うかもしれないし、この冒険者もそう受け取っているだろう。

 

 しかし、二人の事をよく知っている俺には分かる。

 この二人、絶対相手の顔だけ見て点数付けてるだろ。というか、よく見ればこいつら、さっきから相手の顔しか見ていないようで、話を聞いているのかも怪しい。

 

 どうやら俺が授業で教えた、パーティー選びに関する注意点などは頭から消し飛んでいるようだ。まぁ、元々冒険者になるつもりはなさそうだったしな、この二人は。

 

 何も知らない冒険者は、その高評価に顔を輝かせる。

 

「つまり、前向きに考えてくれるって事でいいのかな! 頼むよ、フリーのアークウィザードなんてそうそう出会えるものじゃないんだ…………そうだ! 君達、王都はまだ慣れていないんじゃないか? 良かったら明日辺り、ウチのパーティーの連中でこの街を案内しようか! お互いに人柄とか知ることができるし、いいと思うんだ。途中で何か買いたいものがあったら買ってあげるしさ!」

「「ほう」」

 

 冒険者の最後の言葉に、二人は同時にキラリと目を光らせる。

 こ、こいつら本当に現金な奴等だな…………いや、俺も人のことは言えないけど。

 

 二人はそのまますぐに食いつくかと思いきや、何やら勿体ぶった様子を見せて、

 

「でも、どうしよっかなー。あたし達、ちょっと言い寄られれば簡単に付いて行くような軽い女じゃないからなー」

「えっ……いや、これは別にそういう意味で誘っているわけじゃなくて、確かにウチは男しかいないけど、あくまでパーティーの皆の事を見てほしいってことなんだけど……」

「本当かなー? 何か下心がありそうなんだけどー」

「ええっ!? ちょ、そんな事あるわけないじゃないか!」

 

 冒険者が慌てるのも無理はない。

 ふにふら達が妙なことを言い出すものだから、その冒険者は周りから変な目で見られている。具体的には、「このロリコンが」みたいな目で。

 

 俺が見た感じこの人は、アルカンレティアで会ったアクシズ教徒のような変態ロリコン野郎ではなく、純粋にアークウィザードの卵として勧誘しているっていうのは分かるんだが……可哀想に。

 

 しかし、その時。

 ふにふらとどどんこは二人で何かこそこそ話し合った後、何やらニヤニヤしながら辺りに視線を巡らせ始めた。

 

 ……なんだろう、嫌な予感がする。

 俺はその直感に従い、その場を後にしようとしたのだが。

 

 ちょうどその瞬間、二人の視線が俺を捉えて、

 

「「せんせー!!」」

 

 こ、このタイミングで呼ぶのかよ、反応したくねえ……!

 だが、ふにふら達の方に集まっていた視線は既に俺の方にも向けられているので、ここで完全に無視するというのも中々できない。

 

 俺は諦めて二人の方まで行って、

 

「なんだよ、どうした」

「えへへ、実はあたし達、今ちょっとナンパされてまして。明日街を案内するって言われて、どうしたらいいかなーって呼んでみました!」

「うん、先生としても、生徒が知らない人とどこか行くのは心配じゃないかなーって思いまして!」

「ち、違うんだ、聞いてくれ! 俺は別にナンパしたとかそういうのではなく、あくまでパーティーに」

「大丈夫、大丈夫。大体分かってるよ」

 

 さて、どうしたもんか。

 ふにふらとどどんこは、顔に期待の色を浮かべてちらちらとこっちの様子を窺っているけど、これってやっぱ俺に嫉妬してほしいとかそういう事なのかなぁ……。

 

 俺は少し考える。

 そして。

 

 

「……うん、別にいいんじゃねえの。行ってこいよ。二人共、あまり迷惑かけるんじゃねえぞ」

「「あれっ!?」」

 

 

 俺の言葉が予想外だったのか、二人はショックを受けたように固まってしまった。

 俺はそのまま続けて、

 

「一応明日も撮影はあるけど、そんな丸一日かかるようなものじゃないしな。撮り終わったら街を回る時間くらいはあるさ。それに、この人のパーティーも皆気さくで良い人ばかりって評判だし、俺も別に心配してないよ」

「そ、そうか、ありがとう! 助かったよ、何か妙な誤解をされるかと……」

「え、ちょ、ちょっと先生……その、少しくらいは止めてくれたっていいんですよ……?」

「ていうか、ここまですんなりと許されるっていうのも……なんというか……」

 

 そう言って微妙な顔をする二人。

 

 正直に言うと、教え子が他の男達と街を巡るというのには若干モヤモヤした気持ちはある。例えそれが、恋愛的なものを含まないものだったとしても。これは多分、父親が娘を他の男に取られるのを嫌がるとか、そういう気持ちなのだろう。

 

 でも、そこは俺もオトナだ。

 相手がアクシズ教徒みたいな変態だったり、ミツルギのような鈍感ハーレム野郎じゃなければ、俺は生徒達を束縛するような事はしない。そもそも、俺にとって12歳は年齢的に恋愛対象外で手を出すつもりなど全くないくせに、他の男には渡さないというのも身勝手な話だ。

 

 あと、今ここで断れば、一気に俺がロリコン扱いされるしな。

 ぶっちゃけ、今の状況ではこれが一番大きな理由かもしれない。

 

 というわけで、俺はさっさとこの場を後にすることに。

 しかし。

 

「う、うぅ……捨てられた……先生に捨てられたぁ……!」

「やっぱり私達のことは遊びだったんだ……本気じゃなかったんだ……本命はめぐみんかゆんゆんなんだ……!」

 

 二人はそんな事を言い出し、周りの視線が俺に集中する。

 え、ちょ……!

 

「お、おい、待て、聞け! 違う、違うぞ、俺は別にロリコンじゃないし、こいつらに何かしたってわけでも…………あ、いや、あくまで指導として多少はアレなことやったかもしれないけど…………で、でも、本当に手を出したとかそういうのは…………だから聞けってば!! お前達も変な誤解されるようなこと」

「あたし達、先生にパンツまであげたのに……あれもやっぱり遊びに過ぎなかったんだ……」

「ちょ、ちがっ……パ、パンツは盗んだけど、ちゃんと返しただろ!! おいやめろよ、周りからの目が酷いことになってるんだけど!!!」

 

 もはや周りは俺の弁解など聞く気配すらなく、ひそひそと「カスマ」やら「クズマ」やら「ロリマ」やら色々聞こえてくる。

 何故ここまで言われなければいけないのか、教育の一環としてパンツを剥ぐくらい別に普通…………じゃないな。どこの変態教師だよ。

 

 俺に残された選択肢は、逃げるようにその場を離れることだけだった。

 

 

***

 

 

 晴れてロリコンという悪評が追加された俺が、次に目にしたものは。

 

「なぁ、あんた、卒業したら王都で冒険者やるんだって? それなら、ウチのパーティーにぜひ!」

「…………えっ。あ、あの! それ、私に言ってるんですか!? めぐみんじゃなくて、私に!?」

「お、おう、そうだけど……そっちの短髪の嬢ちゃんは騎士団に入るってのは聞いたし……と、というか、嬢ちゃん、目が真っ赤に光って……」

 

 どうやら、めぐみんと一緒にいたゆんゆんが、冒険者から仲間に入らないかと誘われているらしい。まぁ、ゆんゆんは元々冒険者やるつもりだったし、他の子よりは勧誘に成功する確率は高い。

 お兄ちゃんとしては、できれば男が少ないパーティーに入ってもらいたいところなんだけど、流石にそこまで口を出すわけにもいかないので、とりあえずは大人しく見守ることにしたのだが……。

 

 なんか、早くも暗雲立ち込めている感じだ。

 というのも、声をかけられた事で感情が昂ぶったゆんゆんの目が真っ赤に光って、冒険者が若干怯えているように見えるからだ。

 

「その……す、すまん。何か気に障ったなら謝るから、言ってもらえると助かる……紅魔族が目を光らせる時って、怒ってる時なんだろ……?」

「えっ!? あ、ち、違います違います! 怒っているわけじゃなくて、ただ感情が昂ぶっているだけで…………そ、その!! ほ、本当に私でいいんですか!? わ、私、話が面白いわけでもないですし、最初の内は相手の目を見て話すっていうのもまだちょっと難しいんですけど、そ、それでも見捨てないでくれますか!? あ、あの、クエストがない日でも一緒に遊びに行ったり、ご飯食べたりとかしたいんですけど……そ、それってウザかったりしますか!?」

「ちょっ……急にどうした!? えっと、俺はただ、ウチのパーティーに入ってくれないかって……」

「うぅ……や、やった……こんな私にも、仲間が……! 冒険者になっても上手く仲間を見つけられずに、本当に一人ぼっちになるかもって思ってたのに…………良かったぁ……!!」

 

 目にうっすらと涙まで浮かべ、心の底からほっとした様子のゆんゆんに、声をかけた冒険者は引きつった顔で一歩後ずさった。

 

 ……そいつの気持ちは分かる。

 フリーのアークウィザードなんてそれこそ引く手数多であり、本人だってそれは分かっているのが普通で、多少天狗になることはあっても、ここまで仲間の心配をする者などいない。

 本来ならば、相手のほうが必死にアピールして、アークウィザードは誘われた中から条件が良いものを好きに選べる立場だ。

 

 そんなアークウィザードが、ここまで必死になっているのだ。

 俺だったら絶対、何かある地雷なんじゃないかと警戒する。

 実際のところは、地雷なのは隣の爆裂狂であり、ゆんゆんは普通に優秀な魔法使いになる予定なのだが。

 

 とはいえ、この冒険者は俺と違ってこいつらの事はまだ何も知らない。

 冒険者は、恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「な、なぁ、なんであんたはそんなに仲間が出来るかなんて心配してんだ? もしかして、その……何か、あるのか……? えっと、人から避けられそうな事、とか……」

「えっ? そ、それは一体どういう……」

「それについては、私から説明しましょう」

 

 ゆんゆんの言葉を遮って、めぐみんが一歩前に出た。

 ……何言い出す気だろう、こいつは。何かろくでもない事を言い出すような気がしてならない。

 それはゆんゆんも同じ思いらしく、心配そうな表情でめぐみんの方を見ている。

 

 めぐみんは、こほんと咳払いをして喉の調子を整えると、

 

「まず、ゆんゆんはカズマ先生の妹で、この子のことをそれはもう溺愛しています。例えば、冒険仲間として付き合っていく中で、この子が何か悲しむような事があったとします。その場合、例えそれがどんな些細なことであっても、あの国随一の変態鬼畜男がどんな行動に出るか予想も付きません」

「!?」

「ちょ、ちょっとめぐみん!? いきなり何言い出すの!?」

 

 冒険者は驚愕の表情を浮かべて、また一歩後ずさった。

 

 ……まぁ、めぐみんの言っていることは間違ってはいない。

 ゆんゆんが冒険者になったら、俺もちょくちょく様子を見に行こうとは思っているが、もし可愛い妹が何か嫌な思いをしていると知ったら、その時はあらゆる手段を用いてその何倍もの嫌がらせをするつもりだ。これはお兄ちゃんとして当然のことだろう。

 

 めぐみんは、涙目のゆんゆんに揺さぶられながら、なおも続ける。

 

「そして、この子自身も大好きな人に関する事で時々暴走して、そうとう恐ろしい言動をとったりもします。その恐ろしさは、あの先生が震え上がる程です。例えば、目の前のモンスターを浮気性な先生に見立てて、無表情でひたすら木刀で何度もめった打ちにして仕留めたり、これ以上先生がセクハラをしないように、アレを切り落とすことを考え始めたり……などです」

「ひぃぃっっ……!!」

「や、やめてえええええええ!! め、めぐみん、まだそんな事覚えてたの!? あ、あの、違いますよ!? アレを切り落とすとか、全然本気で言ったわけじゃなくて!!!」

 

 ゆんゆんが大慌てで弁解しているが、もう冒険者はほとんど泣きそうな顔で、一歩、二歩とどんどん後ずさってゆんゆんから距離を置き始めている。

 

 めぐみんは、その冒険者の反応はお構いなしに、締めくくるようにニコリと笑顔を浮かべて、

 

「でも、そんなゆんゆんにも冒険仲間ができるようで、友達の私としても安心しました。それでは、何かと危うい所も多い子ですが、末永くお願いしますよ?」

「うっ……わ、悪い! 何というか、その、や、やっぱりウチのパーティーじゃ荷が重すぎるみたいだ!! ほら、王都には他に冒険者パーティーなんていくらでもあるしさ!! きっと、その子にもっと合うパーティーも見つかるはずだ!! そ、そういうわけで、俺はこれで……」

「ええっ!? あ、あの、待って!! 待ってください!!! お願いですから話を聞いてえええええええええ!!!!!」

 

 ゆんゆんの悲痛な声も虚しく、その冒険者はそそくさと立ち去ってしまった。

 そして、よく見ると、次に声をかけようとしていた周りの冒険者達も、ここまでの会話を聞いて一斉に解散し始める。

 

 ……これはひどい。

 大勢の冒険者からモテモテなゆんゆんというのは俺もモヤモヤする想いがあったが、かといってこんな状況を見せられると心にくるものがある……。

 

 一方で、元凶であるめぐみんは、呆然と立ちすくんでいるゆんゆんの肩に手を置いて、

 

「あまり気にしない方がいいですよ。これで去っていくという事は、所詮はその程度の気持ちしかなかったのです。あなたにはきっと、もっと良い仲間が」

「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「いたたたたたたたたたたたたた!!!!! ちょ、何なんですか急に!!! 私はあなたの事を思って」

「許さない!!! 今度という今度は絶対に許さない!!!!! あんた本当にいい加減にしなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「いたっ、痛いですってば!!! あなたの方こそいい加減に……こ、この…………あああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 そんなこんなで、パーティー会場で取っ組み合いを始める二人。

 事情をよく知らない冒険者なんかは、騒ぎを聞きつけて見物しながらぴーぴーと口笛を吹いたりもしている。

 

 本来なら俺が止めなきゃいけないんだろうが、正直関わりたくない……ほっとけばその内ミツルギやクレアが止めてくれるかもしれないし、放置じゃダメかな……。

 

 まぁ、めぐみんは、やり方はアレだが、ゆんゆんに良い仲間を見つけてもらいたいと思っているのは本当だと思う……が、多分それだけじゃない。

 しょうがねえなぁ。

 

 俺は二人のところまで歩いて行って、

 

「二人共その辺にしとけって、ここは学校じゃないんだぞ。特にめぐみん、お前仮にも騎士団に入るんだから、今からイメージ悪くしてどうするんだよ」

「止めたいなら、そっちのぼっちに言ってくださいよ! この子は放っておくと、話しかけられただけで舞い上がり、どんな相手にも付いて行ってしまいます。だから私が善意で冒険者の選別をしてあげようと思ったのに……!」

「善意!? 善意って言った今!? あと私が誰にでも付いて行くような軽い女みたいに言わないでよ! めぐみんこそ、ちょっと食べ物をちらつかされたら簡単に付いて行きそうなくせに!!」

「な、なにおう!?」

「やめろっての。とりあえずめぐみん、ゆんゆんが変な奴に付いて行かないか心配してくれるのはありがたいけど、やり方もっと考えろって。というか、ちょっと寂しかったんだろお前」

「っ!! な、なぜ私が寂しがらなくてはいけないのですか、ちょっと意味が分からないですね!!」

「……? 兄さん、どういうこと?」

 

 何やら慌てだしためぐみんを見て、ゆんゆんは首を傾げながら、ようやく少しは落ち着いたらしく、めぐみんを掴んでいた手を離した。

 

 俺は口元を緩ませながら、めぐみんの方を指して、

 

「ゆんゆんは色々テンパってたから気付かなかったかもしれないけど、めぐみんの奴、冒険者から誘われてるゆんゆんを見て寂しそうな顔してたんだよ。自分の一番の友達が他に冒険仲間を見つけて楽しくやっていくってのが複雑だったんだろうぜ」

「なっ……ち、違いますから、別に寂しそうになんかしてませんから!!! ま、全く、この私がそんな、子供みたいなこと思うわけないでしょう……勝手な妄想はやめてほしいですね……」

「…………め、めぐみん? その……私達、立場は違くてもどっちも王都を拠点にするんだし、そんなに寂しがる必要は……」

「だから違うと言ってるでしょう!!! な、何ですか、何なんですかそのちょっと嬉しそうな顔は!! 何度も言っていますが、これは勝手に先生が言ってるだけで…………先生は何ニヤニヤしてるんですか!!!!!」

 

 今やめぐみんは顔を真っ赤にしているが、これは中々可愛いものだ。

 そう思っているのは俺だけじゃなく周りの冒険者や騎士も同じらしく、微笑ましげに仲良しな二人の事を眺めている。

 

 ……そんな、良い雰囲気だったのに。

 

 

「あっ、見つけた! 見つけたぞカズマ! お前が王都に来ていると聞いて…………ん、なんだこの空気は、その子はめぐみんといったか? なぜそんなに顔を赤くして…………はっ!! ま、まさか、こんな公衆の面前で何かしらの羞恥プレイを……!?」

 

 

 いきなり頭のおかしい事を言いながらやって来た金髪碧眼の女。

 俺は一瞬だけそいつを見た後、再びゆんゆん達の方に視線を戻す。

 

「まぁでもゆんゆん、めぐみんのやり方はともかく、仲間はちゃんと選んだ方がいいぞ。お兄ちゃん的には、女の子が多いパーティーの方が嬉しい」

「無……視……っ!? くぅぅっ!!」

「あ、あの、兄さん? この人は?」

 

 できればこの変態はずっと放置しておきたかったのだが、流石にゆんゆんが尋ねてきた。

 すると、俺が何か言う前にめぐみんが、

 

「ゆんゆん、この人はララティーナというお嬢様で、持ち前のエロい体を使って先生を籠絡しようと企んでいる人です。気を付けてください」

「えっ」

「ちちちち、違っー!? わ、私はただ、カズマとパーティーが組みたいだけで……!!」

 

 めぐみんの紹介に顔を赤くして言い訳をするララティーナ。

 一応その辺の羞恥心はちゃんとあるらしい。その羞恥心をもっと別のところにも向けてほしいところだが。

 

 ララティーナは気を取り直すように、一度咳払いをすると、

 

「私の名はダスティネス・フォード・ララティーナ。カズマとは以前、特殊プレ…………ではなく、ドラゴン討伐で共に戦った間柄だ」

「ダ、ダスティネスって、あの……!? あ、わ、私はゆんゆんといいます! えっと」

「ゆんゆんは先生の妹で、自分の兄に対して家族以上の重い愛情を抱いています。普段は大人しい子ですが、先生絡みの事となると、平気でとんでもない事をやらかす子ですので、あなたも先生を狙うというのなら覚悟しておいた方が痛い痛い痛い!!! 何するんですか!!!!!」

「それはこっちのセリフよ!!! さっきから何なのよバカああああああああああ!!!!!」

 

 確かにさっきと似たような流れだが、今回はゆんゆんのヤンデレっぷりを教えておいて、ララティーナが俺に近付かないように牽制するつもりだったのだろう。

 ララティーナの方は、冗談か何かかと思ったのか、苦笑いを浮かべているだけだ。

 

 俺は溜息をついて、

 

「あのな、めぐみんには前にも言ったけど、本当にララティーナとは何もないし、これからもそうだ」

「それは聞きましたが、理由まではハッキリ聞いていませんから、まだ納得しきれていないのですよ。だって大貴族で美人なお姉さんなんて、先生が飛びつかない方がおかしいくらいじゃないですか」

「そ、そうだよね、兄さんがこんな良い人に手を出さないわけが…………あ、あの、ダスティネス家なんて大貴族の方が、どうして兄さんにそこまで……」

「ん、この前の戦いで、カズマは私ととても相性が良いと思ってな。私は駆け出しの街で冒険者をやっているのだが、ぜひパーティーに入ってはもらえないかと頼んでいたんだ」

「おいふざけんな、アクシズ教徒といい、なんで俺と相性が良いとか言ってくる奴はどいつもこいつも変態なんだよ。悪魔やアンデッドと相性良いって言われる方がまだマシだぞ」

「……ふふ、そうだ、それだ。私の立場を知っていてなお、その歯に衣着せぬ物言いや容赦無い暴言……そこが気持ちい…………ごほん。そこが気に入ったのだ」

 

 ララティーナのその言葉に、ゆんゆんとめぐみんは複雑そうな表情で黙り込む。

 ……なんだろう、アイリスに気に入られた理由も似たようなものだったと思うが、こいつに言われると残念な気持ちにしかならない……もうホントどうにかしてくれこの変態……。

 

 ゆんゆんは不安げな目で俺とララティーナを交互に見ながら、

 

「その、妹の私が言うのも何ですけど、兄さんはやめた方がいいですよ……? 油断するとすぐにセクハラばかりしてきますし……学校でも、教室の皆の前でスキルを使って生徒の下着を剥ぐなんて事もあって……」

「なっ……こ、公衆の面前で下着を剥ぐ……だと……!?」

「はい……他にも、勇者候補の人との決闘で、土下座して相手を油断させた隙に、不意打ちで全身を氷漬けにしたり……」

「不意打ちで全身氷漬け!?」

「そうなんです。こんなのはほんの一例で、兄さんがやらかした事なんて他にもいくらでもあります。だから…………あ、あれ? あの、どうしたんですか? 何か顔が赤く……」

「ゆんゆん、見ちゃいけない。これは見たらダメなやつだ」

 

 俺の悪行を聞いて、思いとどまるどころか頬を染めて息を荒くし始める変態の姿を見せまいと、俺は両手でそっと妹の目を塞ぐ。ゆんゆんはゆんゆんでエロいところはあるけど、こういうアブノーマルな世界は見せたくない……教育に悪すぎるだろこのお嬢様……。

 

 そうやって頭を痛めていた時だった。

 

 

「これはこれはダスティネス様。今日もお美しくいらっしゃる。このような大規模なパーティーでも一際目立つその輝きは、さながら夜空に光る一番星のようですな」

 

 

 そんな歯の浮くようなセリフを言いながらやって来たのは、頭髪は薄い割に体は毛深い、太った大柄の中年男。そいつは。

 

「なんだ、アルダープのオッサンじゃねえか。こんな所で何してんだ? あと、お星様ってなんか死んだ人みたいなイメージもあるし、その例えはやめた方がいいんじゃねえの」

「や、やかましいわ!!! 貴族のワシがここにいて何が悪い!! それにワシのことはアルダープ様と呼べと何度言えば分かる!!!」

 

 このオッサンはアルダープという成金貴族で、普段は駆け出しの街アクセル周辺の地を収める領主をやっている。

 普通なら俺と接点を持つことはないような相手なのだが、とある物品関係の取引で度々かち合うことがあるのだ。

 

 アルダープは不機嫌そのものの表情で俺を睨んでいたが、そこから視線をゆんゆんやめぐみんに移すと、口元をニヤリと歪める。

 

「……ほう」

「おい、あんたが女に目がないってのは知ってるが、ウチの生徒に手を出したら承知しねえぞ。特にこっちは俺の妹なんだからな」

「し、失敬な! ワシはただ可愛らしいお嬢さんだと…………ん、今何と言った? その少女が貴様の妹? …………あぁ、金で買ったのか」

「何だとコラ、失礼だなコノヤロウ!!! 血は繋がってないけど、ちゃんとした義妹だ義妹!!!」

 

 俺とゆんゆんが似てないってのはあるが、それにしたって酷い暴言だ。

 まったく、俺のことをちゃんと理解してくれている人なら、俺が金で妹を買うなんて非人道的なことをするわけがないって分かって……くれると……思う……。

 …………分かってくれるよな?

 

 ゆんゆんとめぐみんは、アルダープのいやらしい目付きを嫌がり、俺の後ろに隠れてしまっている。セクハラは俺で慣れているとは思ったが、このおっさんは受け付けないらしい。

 

 アルダープは胡散臭い目で俺を見たあと、ララティーナに視線を移して、

 

「ダスティネス様、こやつは王都でも悪名高い冒険者です。あまり関わり合いにはならない方がよろしいかと……」

「ん、それは私も聞いてはいますが、実際に接してみてそこまで悪い印象は受けませんでしたよ。悪名や悪評といったものがあてにならないというのは、あなたも常々仰っている事ではないですか、領主殿」

「うっ……そ、それは、そうかもしれませんが……」

「そうだぞオッサン、大体あんただって人のこと言えないだろうが。エロ関係の魔道具取引で俺とよく取り合いに」

「うおおおおおおおおおお!!!!! き、貴様、いきなり何を言い出す!!! ち、違いますぞ、ダスティネス様!! これはこやつが勝手に……!!!」

「何が違うってんだ! この前だって、俺が狙ってたマジックミラーを横取りしたくせに!! あれは一体どこに取り付けるつもりなんだ言ってみろ!!」

「わわわ、分かった!! ワシも言い過ぎたな、ここは穏便に済まそうではないか!!! 互いのためにもな!!!」

 

 アルダープは大慌てでそう誤魔化すと、ごほんと咳払いをして、

 

「そ、それよりも。恐れながら、今日はダスティネス様にお見合いの話を持って参りました。お父上にも話は通してあります」

「は? 見合い? いやいやいやいや、いくら何でもオッサンがララティーナと結婚とか無理あんだろ」

「貴様は黙っとれ!! それに今回はワシではないわ!!!」

 

 今回はってことは、前にオッサン自身も見合いを申し込んだことはあんのか。引くわー。

 一方で、アルダープの言葉に、ララティーナは眉をひそめる。

 

「見合い……ですか。それで、その相手というのは?」

「私の息子でございます。まだまだ未熟な部分はありますが、向上心は人一倍で民からの評判も良く、最年少で騎士に叙勲される程の剣の腕もあります。どうかご一考いただければと…………バルター! 来い、バルター!!」

 

 アルダープの言葉に、今まで目立たないようにそっと後ろに控えていた青年が前に出てくる。

 澄んだ瞳をした爽やか系のイケメンだ。身長は俺より頭一つ分くらい高く、騎士に叙勲されているというだけあって、体も引き締まって鍛えられているのが服の上からでも分かる。

 

 バルターは口元に柔らかい笑みを浮かべたまま、深々と頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります、ダスティネス様。私はアレクセイ家の長男、アレクセイ・バーネス・バルターと申します。どうかお見知り置きを」

「……ダスティネス・フォード・ララティーナです。しかし、その、私は見合いなどは……」

「お、バルターじゃん。なんだよ、ララティーナの見合い相手ってお前なのか。やめとけやめとけ、このお嬢様、見てくれだけはいいけど中身が問題ありまくりだから」

「だから邪魔をするなと言っているだろうが小僧め!! なんだ貴様、もしやダスティネス様に気があるのか!? 身の程を知れ平民が!!!」

「あぁ!? おい今なんつったコラ!? 俺はバルターのことを心配してんだよ、誰がこんな変態ドMなんか」

「わああああああああああああああああ!!! ななな、何を言うつもりだカズマ!!! そ、それに、その、別に私はお前とどうこうなるつもりはないが、そこまでバッサリ切り捨てられると、一応は女の端くれとして何というか……」

 

 ララティーナはそう言って微妙な顔をする。

 こいつ、見合いには消極的っぽかったのに、なんて面倒くさいお嬢様なんだ……あと基本ドMのくせに、喜ぶ時と喜ばない時の線引がよく分からん。

 

 ちなみに、俺はバルターとも一応知り合いで、俺のことを目の敵にするアルダープのオッサンをなだめてくれたりする良い人なので、基本的にイケメンは敵視する俺もバルターにだけは好感を持っている。だからこそ、ララティーナとの見合いを止めようと思ったわけだ。

 

 バルターは、そんな俺達に苦笑いを浮かべながら、

 

「カズマ君も相変わらず元気そうで何よりだよ。それにしても、驚いたよ。君はダスティネス様とも親交があるのかい?」

「いや、ちょっと知り合う機会があっただけだよ……とにかく、このお嬢様はやめとけ。わざわざこんな地雷選ばなくても、お前にはもっと良い子がいるって」

「まだ言うか小僧!! これ以上邪魔するつもりならワシにも考えが」

「ま、まぁまぁ、父上! その、ダスティネス様も、カズマ君やそこの紅魔族の子達と歓談していた所だったのですよね? お邪魔してしまい申し訳ありません」

「え、あぁ、まぁ……」

「父上、これ以上はダスティネス様のご迷惑になってしまうかと……」

「くっ…………で、では、ダスティネス様、私達は失礼させていただきます。どうかお見合いの件はお願いいたします」

 

 不満そうな表情で去っていくアルダープの後ろを、こちらに申し訳なさそうに会釈してから付いて行くバルター。ホント良い奴だなぁ……。

 

 そんな二人を見送った後、ようやく俺の背後に隠れていたゆんゆんとめぐみんが出てくる。

 

「な、なんだろう……セクハラとかは兄さんで慣れてるのに、あのオジサンだけはどうしても生理的に受け付けないというか……」

「えぇ、紅魔族の勘が告げていますが、あれは裏で相当悪どいことをやらかしていますよ。たぶん先生以上の悪党ですよ、あの人」

「お、よく分かってるなめぐみん。あのオッサンは法律的にアウトなことでも貴族の権力で強引に揉み消すような奴だけど、俺は権力なんていう卑怯な手には頼らずに、のらりくらりと警察をかわしていくスタイルだから、全然マシだと思う」

「お、お前、それだって胸を張って言えるようなことでは…………ま、まぁ今はいい。それよりも、だ」

 

 そこでララティーナは険しい表情を浮かべると、綺麗な碧眼を真っ直ぐ俺に向ける。

 

「カズマ、アルダープについてはよく知っているのか? もしそうなら、どんな些細なことでもいいから、出来る限り情報提供を頼みたいのだが……」

「……え、なに、お前もしかしてああいうのがタイプなの?」

「ちがっ、そうではない! まぁ、あの舐め回すようないやらしい目付きはカズマに通じるところがあるし、誠実そのものでつまらんバルターよりはマシかもしれないが、これは真面目な話なんだ」

「真面目な話ならその余計な前置きやめろよ!!! い、いや、違うって、俺はそんな目向けて…………ちょ、ちょっとしか向けてねえから!!!」

 

 ゆんゆんとめぐみんがジト目で見てくるので慌てて弁解する。

 あとララティーナのやつ、どさくさに紛れてバルターよりはアルダープの方がマシとかとんでもない事言いやがったが、そこはあまりツッコみたくもないのでスルーすることにする。

 

 俺は何とか二人をなだめたあと、

 

「情報提供っつっても、本当にやばいネタは持ってないよ。ちょっと法から外れちゃってるかもしれないエロ魔道具関係くらいだ。あと、それに関しては吐くと俺も面倒なことになりそうだから黙秘させてもらうぞ」

「お、お前…………分かった。いや、分かりたくはないが、とりあえず今は追求しないでおく。その代わり、アルダープに関して何か大きな情報を掴んだらすぐに私に教えてほしい。謝礼も出すぞ」

「それはいいけど……なんでそこまでして、あのオッサンの情報が欲しいんだ? そりゃ邪魔な家を失脚させるってのは、貴族が成り上がるには必要な事なのかもしれないけど、お前の家くらい巨大になるともう成り上がりとか関係ないだろ。それにアルダープって金は持ってるみたいだけど、貴族としての格じゃお前が気にするような相手じゃないと思うんだけど」

「し、失敬な、当家はそんな意図的に他の家を蹴落とすような真似はしない! ……いや、貴族の間でそういう事があるというのは否定しないが……」

 

 ララティーナは気まずそうにそう濁すと、アルダープが去っていった方向を苦々しく見ながら、

 

「そういった露骨な蹴落としをやっているのはアルダープの方だ。めぐみんやゆんゆんの言う通り、アルダープはどう見ても真っ黒でな。贈収賄や不当な搾取、気に入らなかったり邪魔な人間は罪人に仕立てあげ、気に入った女は汚い手で物にして飽きたら捨てる。流石に国も黙っているわけにはいかないので、本格的に調査に乗り出してすぐに裁判にかけようとしたのだが……」

「……証拠が出てこない。それで、国はお前の家に調査を頼んだってわけか。そういや、王国の懐刀とも言われてたなダスティネス家は」

「あぁ、そうだ。国から何かを頼まれるのは今まで何度もあったが、ここまで厄介なものは初めてでな。今回は調査に関する情報共有の為に、父と一緒に王都まで来ていたのだ」

 

 俺の言葉に、ララティーナは渋い顔でそう説明する。

 どれだけ怪しくても、肝心の証拠が出てこなければ捕まえることはできない。そこを無理矢理捻じ曲げて強引に逮捕してしまえば、それはアルダープがやっている事とほとんど変わらない行為になってしまう。

 

 ゆんゆんは少し意外そうな顔で俺のことを見て、

 

「兄さん、妙に察しが良いね。今の流れでそこまで分かっちゃうんだ」

「まぁな。ほら、俺も後ろ暗いことはいくつかあるし、常に証拠を残さないようにってのは気をつけてるんだよ」

「そ、そういうことね……うん、兄さんらしいというか、もう追求する気も起きないというか……」

「いや私としては中々聞き流せないのだが……なぁカズマ。一応聞いておくが、その後ろ暗い事とはどんな事なんだ? ちょっと話してみろ、怒らないから」

「いやです」

 

 怒らないからとか言ってた奴が本当に怒らなかった試しがないので、俺はそっぽを向く。

 一方でめぐみんは怪訝そうな表情を浮かべて、

 

「しかし、そんなにやりたい放題やって証拠が出てこないものなのですか? どんなに上手く誤魔化しても、何かしらボロが出そうな気がしますが」

「あぁ、国の方も最初はここまでこじれるとは思っていなかったようだ。本当に不思議なものだ。痕跡はいくらでもあるのに、証拠だけは全く出てこないのだ」

「あ、え、えっと……もしかして、何かしらの魔法や魔道具を使ってるんじゃないですか……? お金はあるみたいですし、力のある魔法使いを雇ったり、凄い魔道具を買ったり……」

「その辺りも魔法に関するスペシャリストを王都中から集めて調査したらしいが、皆口を揃えて何もなかったと報告してきたそうだ」

「じゃあ、そいつら皆買収されちまったんじゃねえの」

「そんなの嘘を見抜く魔道具を使えばすぐ分かるでしょ。兄さんだってあれ使われたら、色々マズイ物が出てくるんじゃない?」

 

 ゆんゆんはそう言って、俺に疑わしげな目を向けてくる。

 まったく、失礼な妹だ。俺の場合はそれでマズイ物が出てきたとしても、金をいくらか巻き上げられて少しの間牢屋にぶち込まれるくらいで済んでくれるはずだ。そこまで大きなことはしていない。

 

 めぐみんはしばらく考え込んでいたが、やがて頭を振って、

 

「すみません、紅魔族随一の天才の頭脳でも、何故証拠が出てこないのかは思い付きませんね。強いて挙げれば、学校の図書室にあった本の『地獄の公爵シリーズ』に載っていた『真理を捻じ曲げる悪魔』ならば証拠を完全に隠し、真実そのものを捻じ曲げるので嘘を見抜く魔道具も突破できそうですが、あのオジサンが公爵級悪魔を使役できるような器があるようには思えませんしね」

「うん、公爵級悪魔なんて本来なら人間が使役できるようなものじゃないしね……紅魔族だって無理だと思う。何故か兄さんは、あのバニルっていう公爵級悪魔にやたら気に入られてたみたいだったけど……」

「なんかそうやってアルダープのオッサンより悪魔に好かれてるみたいに言われると、俺があのオッサンより酷い奴みたいに聞こえるからやめてほしいんだけど……」

 

 そもそも、バニルは悪魔の中でもかなり特殊な性格をしてるし、あんまり参考にならないと思う。悪魔といっても色々な奴がいるし、もしかしたら公爵級悪魔の中にもアルダープを気に入るような奴だっているかもしれない。…………いや、性格はともかく、力関係を考えると可能性は限りなく低いとは思うけど。

 

 ここでめぐみんは自分の考えをまとめて、

 

「とりあえず、先程ゆんゆんが言った、魔法や魔道具関係を疑うというのは間違ってはいないはずです。調査に送る人材に幅を持たせて、より広い分野をカバーできるようにした方がいいかもしれません。一口に魔法や魔道具といっても、その種類は多岐にわたりますし、専門分野も人によって違いますからね」

「あと、モンスター関係のスキルも調べた方がいいかも……兄さんのドレインタッチとか見ても、便利そうなものがあります。兄さんみたいにモンスターのスキルを覚えている冒険者というのはそんなに多くありませんが、魔獣使いを囲えば良いようにスキルを使えると思いますし……」

「…………ふむ、なるほど。ありがとう、凄く参考になった、後で父に話してみよう。やはり紅魔族の意見は参考になる。…………ん、どうしたカズマ、お前からも何かあるのか?」

「いや、さっきからお前が真面目なことしか言わないから珍しいと思ってな。やれば出来るじゃねえかララティーナ、まるで貴族のお嬢様みたいだぞ」

「ま、まるでとか言うな! これでも立派な貴族のお嬢様だ!! ……こほん。いいかカズマ、お前は何か私のことを誤解しているようだが、私はいつだって真面目だ。お前が勝手に茶化してくるだけなんだ」

「……つまりお前は真面目にモンスターに陵辱されたいとか思ってんだな」

「あぁ、そうだ」

「ついに言い切りやがったなお前……」

 

 もはや自分の性癖を隠すことすらしなくなり、真面目な顔で酷いことを言う変態。ここで初めて知ったゆんゆんとめぐみんは、引きつった顔でララティーナから一歩距離を取った。

 子供の教育には悪すぎるお嬢様だが、これで俺がこいつを狙ってなんかいないってのは分かってくれたはずだ。

 

 そうしていると、俺達のもとに気の良さそうなオッサンがやって来た。

 ララティーナの親父さんだ。何やら困り顔だが。

 

「探したぞ、ララティーナ……バルター殿にはもう会ったか? 今日は他にも良い若者が集まっているから、ぜひ…………おや、その左だけ紅い瞳……君はもしかしてカズマ君かい? そちらのお嬢さん方は教え子さんかな」

 

 俺達に気付いた親父さんが、興味深そうに目を向けてくる。

 

 ……な、なんか気まずい。

 この人と正面から向き合って話すのはこれが初めてだけど、以前ララティーナをドラゴンの餌にした事で、あまり良い印象を持ってなかったみたいだったからな……いや、娘がそんな目に遭わされたら父親だったらそれが当然だと思うけど……。

 

 俺がおどおどしている間に、ゆんゆんとめぐみんは挨拶を済ませていて、残った俺に視線が集まる。

 

「……あー、え、えっと、カズマです……その、この前は、娘さんをその……」

「ははは、そのことはもう構わないよ。確かに最初は納得しきれない部分もあったが、その後詳しい話を聞けば、あの戦いは君の作戦が大きかったらしいじゃないか。それに」

 

 親父さんはそこで言葉を切ると、俺とララティーナを見て優しい微笑みを浮かべて、

 

「ララティーナは家でも実に楽しそうに君のことを話すんだ。……内容は酷いものなんだが。それでも、ウチの娘がこれだけ誰かを気に入ることはそうそうない。カズマ君、それにめぐみんさんとゆんゆんさんも、これからも娘と仲良くしてもらえるとありがたい」

「あ、は、はい……」

 

 俺と一緒に、隣でゆんゆんとめぐみんも頷いている。

 良い親父さんだなぁ……貴族ってのは色んな意味で問題ある奴が多いけど、この人やバルターは人格者でほっとする。でも、娘はどうしてこうなった……。

 

 すると、親父さんは急に改まったように、ララティーナを見つめて、

 

「……ララティーナ、もしやお前が見合いを断り続けるのは、カズマ君がいるからなのか? あ、いや、二人がそういった関係であるのならば、私も応援しよう。身分の問題はあるが、そこも何とか」

「「それはないです」」

「えっ」

 

 珍しく俺とララティーナの意見が合い、綺麗に声が重なる。

 そんな俺達の反応に、親父さんは目を丸くして驚いているようだ。

 

「そ、そうなのか……家で娘があれだけカズマ君のことを話すものだから、私はてっきり……」

「いやですわお父様、結婚相手と特殊プレイの相手はまた別物でしょう? そもそも相手の問題ではないのです、私はまだ結婚などせずに自由に色々なプレイを楽しみたいのです」

「お嬢様言葉で何言ってんだこの変態。でも、親父さん、俺も流石にこれはちょっと勘弁してもらいたいです。俺にだって選ぶ権利くらいはあると思うんです」

「なっ、ちょ、ちょっと待て! 先程も言ったが、そこまでハッキリと否定されると、女の端くれとして納得できないものがあるのだが!! これでも私は殿方からの人気はそこそこあるのだぞ!?」

「そりゃ見た目だけは良いからなお前。それなのに中身はどうしようもない変態とか、もはや詐欺だろ詐欺。綺麗な女の姿に化けて冒険者を騙すモンスターと変わんねえよ」

「さ、詐欺……モンスターと変わらない……!? こ、この……私だって怒る時は怒るのだぞ!! というか、お前こそどうなんだ! 見た目は平凡で、中身の方も巷で女の敵だとか囁かれるダメ男なんて、それこそ私くらいしか貰い手がいないのではないか? ふっ、どうだ、痩せ我慢などせずに、お前も私を口説いてみるか?」

「はっ、俺がお前を口説く? 冗談はその性癖だけにしとけよ。つーか、お前、一応女としての自覚はあったんだな。普段はそんなもんお構いなしに女捨てたみたいな変態っぷりを見せつけてくるくせに、女扱いしないと怒るとか面倒くさいですね、なんちゃってお嬢様!」

「面倒くさい!? なんちゃってお嬢様!? …………いいだろう、ここまで愚弄されたのは生まれて初めてだ!! ぶっ殺してやる!!!」

「は!? うおおおおっ!?」

 

 激昂したララティーナが掴みかかってきた!

 それに対して俺が慌てて両手を出した結果、手四つの形で組み合う状態に。

 

 そして相手はクルセイダー。

 レベルは俺の方がずっと高いが、戦士系の上級職相手に俺が筋力で勝てるはずもない。

 案の定、ギリギリと手を握りしめられ、骨から鳴っちゃいけない音が鳴り始める。

 

「いでででででででででで!!!!! お、おい、仮にも女の端くれだとか言うなら、こうやってすぐ暴力に頼るのはどうなんでしょうか!! 女の子はもっとお淑やかでいるべきではないでしょうか!!!」

「うふふ、いやですわカズマ様。こんなものは軽いスキンシップではありませんか。カズマ様は、そんなに私と手を繋ぐことが嫌なのですか?」

「何が軽いスキンシップだこの筋肉女……いだだだだだだだだだだだ!!!!! ぐっ……あんま調子に乗るなよ、くらえ『ドレインタッチ』!!!」

「んんんっ!? ふ、ふふ、妙なスキルだな、体力を吸っているのかこれは……しかし、この程度で私が止まると思うなよ! むしろ、自分の中のものをカズマに強引に奪われていると思うと、ゾクゾクして気持ち良い!!」

 

 くそっ、こっちはこんな変態の体力を吸い取って自分の中に入れてると思うと、ゾワゾワしてくる!

 つーか、どんだけ体力あんだよこの脳筋お嬢様! こんなもん吸いきる前に俺の手がへし折られる!!

 

「こ、この……それならこれでどうだ!! 『パラライズ』!! 『スリープ』!!!」

「ふはははははははははは、無駄だ無駄だ!!! 私の状態異常耐性スキルがあれば、本職の紅魔族の魔法ならともかく、貴様みたいななんちゃって紅魔族の魔法などくらわん!!」

「今なんちゃって紅魔族とか言ったかコラ!? な、舐めるなよ、俺がどれだけスキルを持ってると思ってやがる!! お前には効かないってんなら……『パワード』! 『プロテクション』!!」

「なるほどな、支援魔法か! 面白い、では改めて力比べだ!!」

「はっ、そんな余裕も今の内だ! いくぞ、強化した俺の力いだだだだだだだだだだだだ!!!!! 痛い痛い痛い!!!!! ちょ、待っ、たんまたんま!!!!!」

「残念だったなカズマ!! 本職のアークプリーストの支援魔法ならともかく、なんちゃって紅魔族である貴様の支援魔法では到底私とのステータス差は補えないようだな!!!!!」

「またなんちゃって紅魔族とか言った!!! そんなになんちゃってお嬢様扱いされたのを気にしてたんですか、可愛いところありますね!!! でもお嬢様のくせに、こんな喧嘩っ早くて、すぐご自慢の馬鹿力で男でも捩じ伏せるんだから、なんちゃって扱いされてもしょうがないああああああああああああああああ!!!!! 折れる折れる折れるってばあああああああ!!!!!」

 

 こ、こいつ、あんなにバカなスキル振りしてるくせに、この状況だと本当に厄介だな! もう剣とか使わずに素手で戦えよ!!

 

 いよいよどうにもならなくなってきたので、俺はゆんゆんとめぐみんの方を向いて、

 

「お、おい、二人共、お前らの恩師が大ピンチだ! 助けてくれたら、こっそり次のテストの問題を教えてやらなくも…………あ、あれ? あの、どうしてそんなにニコニコしているんですか……?」

「さて、こう言っていますが、どうしましょうかゆんゆん。私としては、こんなに追い詰められている先生というのも珍しいですし、日頃のセクハラやら何やらもあって胸がスカッとする気持ちなので、出来ればこのまましばらく見ていたいのですが」

「うん、そうだね。兄さんって対人戦はやたらと強いから、ちゃんと懲らしめることが出来る人があんまりいないのよね。だからこの機会に、たっぷり痛い目見ておくのもいいんじゃないかな」

「ひ、酷い、あんまりだ!! お前らだけ次のテスト難しくしてやるから覚えとけよ!!!」

 

 薄情な生徒達の反応に軽く泣きそうになるが、今はそれどころではない。

 俺はすぐにララティーナの親父さんの方を向いて、

 

「あの、ちょっと! おたくの娘さん、本気で俺の手をへし折る勢いなんですけど、何とかしてもらえませんか!?」

「ははは、いや、すまないね。こんな風に娘が同世代の子と力尽くのケンカをする所なんて珍しいから、つい見入ってしまっていたよ。良い友人を見つけたようだな、ララティーナ」

「いやいやいやいや!! そんなのんびりした状況じゃないですから!!! 娘さんは立派な脳筋女に成長して、そんな微笑ましい子供のケンカじゃ済まなくなってますから!!!」

 

 そうやって騒いでいると、いつの間にか周りには人が集まってきていた。

 その多くは、こういった荒事が好きな冒険者連中で、興味津々といった様子で俺達の様子を眺めている。

 

「お、なんだなんだ、カズマがまた何かやらかしたのか?」

「ダスティネス家のお嬢様とケンカだってよ! しかもカズマの方が劣勢っぽい!」

「はははははっ、マジかよ! いいぞ嬢ちゃん、やっちまえやっちまえー!!」

「あー、魔道カメラ持ってればなー。カズマが負けるところなんて、そうそう見れるものじゃねえのに」

「お、お前らホント覚えとけよ! 後で絶対後悔させてやるからなちくしょうが!!」

 

 どうやらギャラリーの大半がララティーナを応援しているらしく、完全アウェーの状況だ。

 …………というか、日頃の行いのせいか、どこ行ってもこんな感じがする。俺のホームはどこにあるのでしょうか……。

 

 しかし、ギャラリーの存在というのはララティーナにとってもマイナスになる。

 

「おい、いいのかララティーナ! もう結構人も集まってきたけど、こんな所でこれ以上馬鹿力を発揮すれば、冒険者の間でお前は『筋肉令嬢』だとか呼ばれ続ける事になるぞ!!」

「ふ、ふん、そんな事を言う奴は片っ端から、今のお前のような目に遭わせてやればいいだけだ! そうすれば誰も私に迂闊なことを言えなくなるはずだ!!」

「どこの独裁者だ、発想が脳筋過ぎるだろ!!! お前、こんな事してると、マジで嫁の貰い手いなくなるからな!? はっ、俺には見えるぜ、今は自由にやりたいだとか言ってるけど、結局行き遅れて、いつまでも結婚できない曰くつきのお嬢様とか言われてるお前がなぁ!!!!!」

「うふふふふふふ、それは大変ですわね!! それでは、こうして私の手を取ってくださるカズマ様だけは力の限り握り締めて離さないようにしなくてはいけませんね!!!!!」

「いだだだだだだあああああああああああああああああああああああああああ!!!!! わ、分かりました俺の負けです許してくださいダスティネス様あああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 ララティーナは俺の渾身の謝罪に、満足そうに笑みを浮かべてやっと手を離す。

 それを見届けた周りの冒険者は歓声をあげてララティーナを祝福し、ゆんゆんとめぐみんまで親指を立ててララティーナと笑い合っている。

 

 く、くそ、覚えてろよ……いつか絶対に泣かせてやる!

 俺は半泣きで自分の手にヒールをかけながら、復讐を心に誓う。…………でもこのドMお嬢様、何しても悦びそうなんだよなぁ……本当に厄介な相手だ……。

 

 ララティーナの親父さんは、苦笑いを浮かべて娘を見ながら、

 

「まったくこの娘は……こんな事を続けていたら、カズマ君の言う通り本当に嫁の貰い手がいなくなってしまうかもしれんぞ? ……まぁ、いざとなったら、本当にカズマ君に貰ってもらうというのもあるが……名の売れた冒険者で大商人でもあるわけだしな……」

「ごめんなさい、無理です。大貴族のお嬢様と結婚して婿入りなんて、俺の理想とも言えるくらいありがたい話なんですが、相手がコレってのは本当に無理です。あ、この変態を追い出して、代わりに可愛い養女をとって俺と結婚させたいというのなら喜んでお受けします」

「こ、この……お前はまだそんな事を言うか……! しかし何だ、この怒りと悦びが同居する新感覚は…………こほん。お父様、何も私は一生結婚しないなどとは言っていませんわ、今はまだその時ではないというだけです。私はまだ17、もっと自分の目で世界を見て、良い出会いを探す段階かと……」

「む、むぅ、しかし貴族としてはそろそろ…………いや、お前の言っている事も分かるし、親としては尊重してやりたいのだが……」

「親父さん、騙されちゃダメです! このお嬢様、どうせ来年は『私はまだ18……』とか言うに決まってる!! とりあえず先延ばしにしてるだけだ、俺には分かる!! 何故なら、俺がよく使う手だから!!」

「ぐっ、カズマ貴様、余計なことを……! お父様、私を信じてください、必ずいつかは結婚しますので……」

「…………そ、そこまで言うのなら」

「いやいやいや! いつかやるとか言ってる奴が本当にいつかやる事なんてないですから! 親父さん、ちょっといいですか!」

 

 このままではララティーナに押し切られそうなので、一旦親父さんを娘から離すことにする。

 

 俺としてはララティーナが結婚するかどうか自体はどうでもいいのだが、もしも本当にララティーナが結婚せずに行き遅れた場合、こっちにまで飛び火する可能性があると思ったからだ。

 何故か親父さんは俺のことを買っているようで、『いざとなったらカズマ君に貰ってもらう』というのも笑い飛ばせる冗談じゃないようにも思える。

 

 そして相手は大貴族ダスティネス家だ。

 普段は権力の行使を嫌う家ではあるらしいが、なりふり構っていられない状況になればどうなるか分からない。当然、ダスティネス家が本気を出せば、一市民である俺くらいどうにでも出来るだろう。

 

 そんな事にならない為にも、ララティーナにはちゃんと見合いを受けて、どこかの貴族か何かと結婚してもらう!

 俺は真剣な顔で親父さんに諭すように話す。

 

「親父さん、娘さんが可愛いというのは分かります。でも、甘やかし過ぎるのはダメですよ。そうやって自由にやらせてきた結果が、あのとんでもない性癖ですよ」

「うっ……それを言われてしまうと何も言えないのだが……。しかし、その、結婚などと言った話は本人の意見というのも尊重しなければいけないもので……」

「甘い! 甘すぎますよ!! お宅の娘さんは、もうそんな悠長なことを言ってる場合じゃないんですよ! 常に触手モンスターや魔王軍に陵辱される妄想で発情してるような奴ですよ!? ほっとけば、その内とんでもない事に突っ込んで行くに決まってる!! というか、チャンスさえあれば自分から魔王軍に捕まりに行きますよアイツは!!」

「そ、それは……」

「あと、ララティーナは自分で良い出会いを探すとか何とか言ってましたけど、あいつに任せといたらとんでもない奴連れてくるに決まってますよ! さっきなんて、バルターよりはアルダープの方がマシだとか言ってたんですよ!!」

「っ……!! そ、そう、だな、カズマ君の言う通りだ……いつまでも甘やかしていると大変なことになるかもしれん…………分かった、私も心を鬼にしよう。何よりも娘のために!」

 

 俺の説得により、親父さんは意を決したようにララティーナのもとへ向かうと、険しい表情で娘を真っ直ぐ見据える。

 

 その様子にただならぬ物を感じたのか、ララティーナは若干押された様子で、

 

「あ、あの、お父様? どうなされたのですか? もしやカズマ様に何か妙なことを吹き込まれたのでは……」

「……ララティーナ。お前が選んだ冒険者という道、親としては応援してやりたいのだが、やはり危険も伴うので心配の方が大きいのだ。もしも、魔王軍に捕らえられたりなどしたら、お前はどうするつもりなのだ」

「それはもちろん理想のシチュエーションなので存分に楽しむつも…………あー、い、いえ、その時は騎士として立派に耐え忍んでみせますわ! 例えどんな辱めを受けたとしても、私は決して落ちたりは……んんっ……」

「うむ、よく分かった。お前はダメだ。もうどうしようもなくダメだ。結婚して少しは落ち着きなさい。大丈夫、相手は私がきちんと選ぶ。まずは見合い希望者達にご挨拶に行こうか」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、お父様!? あの、この手をお離しになってもらえると…………こ、この、離せ! やめろ、誰が結婚などするか!! おいカズマ貴様、父に何を言った!!!」

 

 ララティーナは抵抗しながら俺を睨んでくる。

 いや、確かに俺が後押ししたけど、決定打はお前の今の頭おかしい言動だろ……。

 

 しかし、ララティーナは往生際悪く、俺達の方を見ながら、

 

「そ、そうだ、待ってくださいお父様! 今私は彼らと大事な話をしていたのです! アルダープの悪事に関することです! 今は見合いなどよりも、そちらの方が大切でしょう!!」

「む……そうなのかい、カズマ君?」

 

 少し困った様子で聞いてくる親父さんに、俺は。

 

 

「いえ、もう話は終わったんで連れて行っていいですよ」

 

 

「よし、じゃあ行くぞララティーナ。彼らとの話は、後で私にも聞かせてくれ」

「お、お前、覚えていろよカズマあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 そう喚きながら、ララティーナは連行されていった。

 うん、ちょっとスッキリした。少しはさっきのお返しができたみたいだ。このままどこかの誰かと幸せになってくれればいいんだけど。

 

 そうやって無事にララティーナを見送って満足していたのだが、何やら隣でゆんゆんがぼーっと物憂げな表情でララティーナの後ろ姿を見ているのに気付く。

 

「ん、どうしたゆんゆん。もしかして、あいつと友達になりたかったとか? まぁ、あいつも変態だけど基本的には良い奴だし、別に反対はしないけどさ。ただ、あんま色物枠が増えると振り回される事が増えて大変だと思うぞ? ただでさえ、めぐみんみたいなのが親友なんだしさ」

「おい、この私を色物枠扱いするのはやめてもらおうか! 大体、そういう事言ったら、一番身近にいる先生こそが最もゆんゆんを振り回していると思うのですが」

「う、うーん、兄さんとめぐみんだと、やりたい放題っていう点では結構良い勝負な気がするけど…………あの、ね。ララティーナさんが行き遅れるかもとか心配されてるの見て、私もそうなったりしないかなぁって、ちょっと不安になってたの……ほら、そ、その、私って」

「あぁ、そういう事ですか。そうですね、男性はおろか同性とも仲良くなるのに苦労するコミュ障ぼっちのゆんゆんですし、行き遅れる可能性は高いでしょうね」

「そんなにハッキリ言わなくてもいいでしょ!!! やっぱりめぐみんってそういう所無神経だよね! めぐみんこそ、行き遅れる可能性は十分あると思う!!」

「な、なにおう!?」

 

 また掴み合ってケンカを始めた二人に、俺は溜息をつきながら、

 

「だからこんな所でケンカすんなって言ってんだろ。大丈夫だって、二人共行き遅れることなんてねえよ。もし貰い手がいないってんなら……」

「も、貰い手がいないなら……?」

「な、何ですか、何を言うつもりですか……」

 

 急にそわそわし始めて、俺の次の言葉を待つ二人。

 俺はニッと笑顔を見せると、親指を立てて、

 

「お前らで結婚しちまえばいい」

「どうせそんな事だろうと思いましたよ! ですから、私達はそんな関係ではないと何度言えば分かるのですか!! 大体、同性でどうやって結婚するというのですか!!」

「その辺りは任せとけ。アクシズ教徒に協力して何とか法律を変えられないか考えているところだ。そもそも、二人は愛し合っているってのに同性だからダメなんて、法律の方がおかしい」

「だから愛し合ってないって言ってるでしょ! おかしいのは兄さんの頭でしょ!! もし本当に私達を結婚させる為に法律変えるなんてバカなことしたら、ゼスタさんに兄さんを幸せにしてくださいって紹介するからね。同性でもいいんでしょ!」

「いっ!? わ、分かった、俺が悪かったから、それだけは勘弁してくださいお願いします!!」

 

 ここで俺のトラウマを引きずり出してくるのは卑怯だと思う……流石は俺の妹、的確に俺の弱い所を突いてくる……。

 でも、大切な妹をどこかの馬の骨に取られたくないというお兄ちゃんの気持ちも分かってほしい。ゆんゆんとめぐみんってお似合いだと思うんだけどなぁ……。

 

 そうやって俺達が騒いでいると、何やら周りがざわつき始めた。

 この会話にドン引きでもされたのかと辺りを見回してみると、何やら皆が視線を前の方に向けているのに気付く。

 

 すぐに俺達はその視線を追ってみると、パーティー会場の前方にある壇上に、見知った少女が上がっていた。金髪碧眼で純白の綺麗なドレスに身を包んだ、ゆんゆん達よりも少し年下でまだあどけなさの残る顔立ちをしたその少女。

 

 この国の第一王女、アイリスだ。

 

 それは、少女の幼いながらも身についたカリスマ性によるものなのか、自然と会場中の視線は彼女の元に集まり、周りの雑音も消えていく。

 そしてアイリスは、見る者を安心させる柔らかな笑みを浮かべて、拡声魔道具を使って集まっている皆に向けて話し始める。

 

『こんばんは、第一王女のアイリスです。皆さん、今回は魔王軍の撃退、本当にお疲れ様でした。国の為に勇敢に戦ってくださる皆さんのお陰で、大勢の民が守られ、暮らしていけています。王族として、そして一国民として、深く感謝申し上げます』

 

 そう言って、アイリスは深々と頭を下げる。

 

 ……王族が人に頭を下げてもいいのだろうか。

 そんな疑問が浮かんで、ふとアイリスの側に控えるクレアとレインを見てみるが、二人共顔を引きつらせているので、やっぱりダメなんだろう。

 

 アイリスは頭を上げると、更に続けて、

 

『もちろん、全てを皆さんに押し付けたりなどはいたしません。国は皆さんへの協力を惜しみません。戦う力のない者でも、何かしら別の形で必ず力になってみせます。魔王軍との厳しい戦いは続きますが、共に力を合わせ、いずれは魔王を討ち滅ぼし、真の平和を手に入れましょう! …………では堅苦しい話はここまでで、引き続きパーティーをお楽しみください! お料理は高級品質のものばかりですので、沢山召し上がって力をつけてくださいね!』

 

 アイリスの言葉に、パーティー会場からは割れんばかりの歓声が湧き起こる。

 騎士達は流石に節度を保っているようではあるが、冒険者の方はそんな事を考えられるはずもなく、皆礼儀などはお構いなしにアイリスに声をかける。

 

「うおおおおおおおおおおおお!! やっぱアイリスちゃんの言葉は心にくるぜ!!! アイリスちゃんの為なら死ねる!!!」

「アイリスちゃん、こっち向いてくれえええええええええええ!!! ニコッてしてくれえええええええええええええ!!!!!」

「アイリスちゃん可愛いよアイリスちゃん!! アイリスちゃんが応援してくれれば、魔王なんて全然大したことないぜ!!!」

 

 もはや完全にお姫様に向けるような言葉ではないのだが、当のアイリスは全く気にする素振りも見せずに、頬を染めて照れているようだ。まぁ、アイリスには俺が散々無礼の限りを尽くしたみたいな感じなので、今更この程度でどうこう思うこともないだろう。

 

 とはいえ、やはりクレアとしてはこんなものをスルー出来るはずもないらしく、騎士団長と一緒になって凄い剣幕で冒険者達に怒鳴っているが、あまり効果はないみたいだ。

 

 それにしても、アイリスも立派になったものだ。とても10歳の少女とは思えない。

 ……それは俺としても嬉しいことなんだけど、何というか、アイリスが遠い所に行ってしまったようにも思えて、少しばかり寂しい感じもする。あぁ、ゆんゆんを見ててもたまに思うけど、こういうのが娘を持った父親の心境なのかなぁ。

 

 そうやって、少ししんみりとしていると、壇上でアイリスがキョロキョロしていて…………すぐに俺と目が合った。

 その瞬間、ぱぁっと顔を輝かせて、壇を降りてこちらへ走って来る。

 

 そして。

 

「お兄様! こんばんは!」

「おおっ?」

「「なぁっ!?」」

 

 そのまま、正面から抱きついてきた。

 それを見て、ゆんゆんとめぐみんがショックを受けたような声を出している。

 

 その声を聞いて、アイリスは二人の方を見て、

 

「あ、ゆんゆんさんもめぐみんさんも、こんばんは! ゆんゆんさんはお久しぶりですね」

「え、あ、う、うん、こんばんは久しぶり…………あ、あの、アイリスちゃん……?」

「いきなりやってくれますね、このお姫様は……!」

 

 ゆんゆんは戸惑いを隠せずに目の前の光景に目を白黒させていて、めぐみんは不機嫌なのを隠さずにアイリスに紅く光った目を向けている。

 

 正直、俺もかなり驚いたが、とりあえずここはオトナとしての余裕を見せるために、アイリスのサラサラの金髪を撫でながら、

 

「どうした、どうした。さっきまでのアイリスは随分立派に見えて、兄離れも近いかもしれないってちょっと寂しく思ってたのに、急に甘えん坊になったな。いや、俺としては嬉しいんだけどさ」

「っ……ご、ごめんなさい、つい……」

 

 流石にこれは自分でも積極的すぎたと思ったのか、顔を赤くして俺から離れるアイリス。

 しまった、こんな事なら余計なことなんか言わなきゃ良かった。

 

 と、後悔していたのだが。

 周りにいた冒険者達がひそひそと。

 

「お、おい、カズマのやつ、今アイリスちゃんに抱きつかれてたぞ……」

「見た見た。しかも『お兄様』とか呼ばせてたぞ……ついにやっちまったなアイツ……」

「いくらカズマでも、王族にまで手を出すとは思わなかったぜ……これ、国王に報告しといた方がいいんじゃね? 知ってて黙ってたら後で何か罪になりそうだし」

 

 何か恐ろしいことを言い出したので、俺は慌てて弁解する。

 

「ま、待て、誤解だ誤解!!! これは、ちょっと子供がじゃれてきたとかそういうので、別にそんな大層なことじゃないから、国王に言うとかはマジでやめろ!!!!!」

「むっ、いつまでも子供扱いしないでくださいお兄様。これでも私、お兄様に女性として見てもらえるように、日々勉強しているのですよ? この前は、とある書物にて仕事から帰ってきた夫を家で出迎える妻の決まり文句を学びました! えっと、確か『おかえりなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それともわた』」

「よしアイリス、ここじゃ何だから、もっと静かな所に行こうか!!!」

 

 かなり危ういことを言い出したアイリスを、大慌てで引きずるようにして人があまりいない会場の隅っこへと連れて行く。

 

 アイリスが俺によく懐いてくれているのは、騎士団の人達とか普段城にいる人は知っている人も多く、空気を読んでそれ程大事にしないでくれているのだが、冒険者は俺とアイリスの関係についてはそこまでよく知らないし、空気を読んでくれる保証もない。

 アイツら、面白そうなことになるとすぐ騒ぎたてるからな……。

 

 そんなわけで、少しは落ち着いて話せる場所までやって来たのだが、めぐみんは全く落ち着いていなく、むしろ憤った様子で早速アイリスに噛みつく。

 

「まったく、さっきから何なのですかあなたは! 急に先生に抱きついたと思ったら、今度は夫を出迎える妻がどうとか訳の分からないことを言い出して! 先生のことで暴走するのはゆんゆんだけで十分なのですよ!!」

「ちょ、わ、私はそんな兄さんのことで暴走なんて……し、してないと……思うけど……」

 

 ゆんゆんは言っている途中で説得力が皆無なことに気付いたのか、次第に声を小さくしていってしまう。

 一方で、アイリスは少し居心地が悪そうにしながら、

 

「そ、その、確かにめぐみんさんの言う通り、少し舞い上がり過ぎてしまったかもしれません。私、お兄様と会えたのが嬉しくて……」

「なるほど、嬉しかったのなら仕方ないな。なぁめぐみん、嫉妬してんのは分かるけど、もうこの辺で許してあげてもいいんじゃないか?」

「し、嫉妬じゃないですから! これはアイリスに一国の王女として立ち振る舞うように注意しただけで…………それに先生はアイリスに甘すぎるのですよ! 大体、ゆんゆんはともかく、私と先生はこの前王都に来てからそこまで経っていないではないですか。それなのに、もうそんなに寂しがっているとか、やっぱりまだ子供じゃないですか」

「うっ…………で、ですが、私は不安だったのです! めぐみんさんは何をやるか分からないところがありますし、何かの勢いでお兄様の貞操が奪われていないかと……」

「おい、人のことを痴女みたいに言うのはやめてもらおうか! 何もやっていませんよ失礼ですね!!」

「痴女みたいって、実際痴女じゃないですか! 忘れたとは言わせませんよ、仕事中にも関わらず、お兄様のし、下着をむぐっ!!」

「言わせませんよ!!! こ、こんな所で何てこと言おうとしてんですか!! あとそれを言うとゆんゆんの目から光が消えるのでやめてください!!!」

 

 どうやら、あの事は本気で忘れたいらしく、めぐみんは顔を真っ赤にしてアイリスの口を押さえ込んでいる。そして、ゆんゆんはこの話になると、何とかショックを隠そうとして失敗した結果、何とも影のある笑顔を浮かべる……本人は別にそんなつもりはないんだろうけど、妙に迫力があって怖い。

 

 でも、うん、正直俺としてもアレはなかった事にしたいです……。

 今まで色々やらかしてきた俺だが、アレはその中でも特に消したい黒歴史だ。

 

 アイリスは自分の口を押さえるめぐみんの手をどかすと、

 

「とにかく、めぐみんさんは危険なんですよ色々と! 少しはゆんゆんさんの事を見習ってください!! ゆんゆんさんの安心感は、めぐみんさんとは雲泥の差です!!」

「え……あ、ありがとう……なんか照れるな……。こほん、まぁでも、そうね。めぐみんは全体的に落ち着きが足りないと思うわ。気を抜くと、すぐ変なことするんだから。もうちょっと、周りの迷惑とかも考えなさいよね」

「ぐっ、コミュ障のぼっちがこの私に説教とは……そ、それに、そんな変なことなど……」

「いいえ、めぐみんさんは本当に油断なりません! ゆんゆんさんを見てください、いつもお兄様の一番近くに一番長くいるのに、何も進展無さそうなこの安心感!! これがもし、めぐみんさんの方が妹だったらと思うとぞっとしますよ……」

「あ、あれっ!? 安心するってそういう意味だったの!?」

 

 アイリスからの好印象に最初は顔を綻ばせていたゆんゆんだったが、その詳しい理由を聞いて一気に涙目になってしまう。

 これで対抗心を燃やして、お兄ちゃんに甘えまくってくれたら嬉しいのだが、そう素直になれないのが我が妹だ。それはそれで可愛いんだけどさ。

 

 めぐみんは溜息をついて呆れた様子で、

 

「まぁ、ヤンデレブラコンこじらせて進展する気配すらないゆんゆんは置いときますが……アイリス、あなたも」

「置いとかないで! なんかもうすっかり私にそんな変なキャラが付いちゃってるけど、別に私はヤンデレでもブラコンでもない……と思うんだけど……」

「アイリス、あなたももう子供ではないというのなら、そろそろ自分の立場というものを理解して、先生と結婚などという非現実的なことを言うのはやめるべきです」

「無視!?」

 

 めぐみんの言葉を受け、アイリスはむっと口をへの字に曲げる。

 涙目のゆんゆんは二人共完全に放置だ。どうしよう、お兄ちゃんが慰めてあげるところなのだろうか、ここは。

 

 アイリスはめぐみんに対して挑むように、

 

「非現実的などではありません! 大魔道師キールが貴族の令嬢を攫った有名なお話も、真実は身分違いの恋が原因の二人の逃避行という説もありますし、隣国では国随一の槍使いであるドラゴンナイトの方が、お姫様をドラゴンに乗せて連れ去ったというお話も」

「ちょっと待ってください。それはつまり、先生もそうやってアイリスを連れて逃げてくれるかもしれないとか言っているのですか?」

「えぇ! 実際、お兄様は以前に『アイリスが望むなら連れ出してやる』と言ってくれましたから! あの時はゆんゆんさんもいて、聞いていましたよね?」

「た、確かにそんな事言ってた気がするけど……でもその時って、アイリスちゃんは『国に迷惑をかけられない』って王女様として立派なこと言ってたような……」

「ゆんゆんさん、状況というのは常に変わっていくものですので、それに合わせて言っていることをコロコロ変えていくのは何も悪いことではないのですよ」

「それ絶対兄さんから吹き込まれた事だよね!? そういうのは一切聞かなくていいから! というか、前も今もアイリスちゃんが王女様っていう一番重要なところは何も変わってないから!!」

 

 ど、どうしよう、めぐみんという厄介な存在を知ったからか、なんだかアイリスがどんどん手段を選ばなくなってきてる……いや、手段を選ぶなってのは俺が教えたことではあるんだけども……。

 

 俺のそんな心配をよそに、アイリスは得意気な表情を浮かべている。

 

「まぁ、攫ってもらうというのは冗談です。でも、めぐみんさんが里に帰ってから、私も色々と動いていたのです。実はある相談をお父様にしておりまして……お兄様には以前私と同じベッドで寝た時に言ったと思いますが、王女の婚約に関することです」

「あ、あの、アイリス、同じベッドで寝たって所を強調するのはめぐみんへの当て付けっていうのは分かるんだけども、それ他にバレると大変なことになるし、めぐみん以上にそこの妹が怖い顔でアイリスじゃなくて俺を見てるから、あくまで内緒の話にしてほしいんだけど…………ん? ちょっと待て、王女の婚約に関することって……まさか……」

「はい! 『魔王軍相手に苦戦している現状で、魔王を倒した者を王女の婿として迎えるというのは、もはや悠長な考え方ではないか。それよりも、勇者の血を受け継いだ王女は早く優秀な者と結婚して子供を作り、新たな勇者候補として育てるべきではないか』というものです!」

「えっ、あ、あれ言ったのか!? 国王に!?」

「えぇ、言いました! あ、大丈夫ですよ、そこでお兄様の名前を出してしまうと色々と大変なことになるというのは分かっております。お父様は『急にどうしたアイリス……もしやお前、誰か好きな相手ができたのか……!?』と聞いてきましたが、『それは秘密です』って誤魔化しておきましたから!」

「それは多分、誤魔化しきれてないと思うんだけど!! そこからアイリスの周りを徹底的に調べられて、俺のことがバレて処刑されるって流れにならないだろうな!?」

 

 なんか一気にこの城にいるのが不安になってきた。

 

 例えば俺がゆんゆんに『好きな相手ができたのか』って聞いて『それは秘密よ』とか返ってきたら、確実に俺の可愛い妹に手を出した害虫がいると判断するし、必ず突き止めてあらゆる手段を用いて排除するだろう。

 まぁでも、国王は第一王子と共に魔王軍と戦う最前線にいることが多いので、俺が王都にいる時とかち合うというのはあまりないのだが……。

 

 そんな俺の不安をよそに、アイリスはニコニコと上機嫌に、

 

「お父様はかなり渋い顔をしていましたが、『一応考えておく……』と言っていました! 下準備は整っています。あとはお兄様がどれだけ優秀な人なのかを知らしめれば、晴れて私とお兄様は結ばれるというわけです!」

「いや、確かに先生は優秀なのかもしれないですけど、性格の方に難があり過ぎるので普通に断られて終わりでしょう。自分の娘をこんなのに渡そうと思う父親がいたら見てみたいですよ……いえ、先程のララティーナお嬢様の件は特殊な例だとは思いますが……」

「うん……普通は兄さんのことを知れば知る程、ダメな所が露呈していって大変なことになると思う……。ほ、ほら、アイリスちゃんはまだあまり外のことを知らないしさ、もっと色々な人と出逢えばもっと良い人が見つかると思うよ! 兄さんってかなりアレだと思うし!」

「おい、俺のことをこんなのだとかアレだとか言いたい放題言ってくれてるが、それに惚れてるお前らはどうなんだよ」

 

 俺の言葉に二人は答えずに目を逸らす。

 こ、こいつら、これで誤魔化してるつもりなのか……。

 

 一方でアイリスは自信満々といった様子で、

 

「もちろん、このままお兄様を紹介したら大変なことになるというのは分かっています。これでも私、人を見る目はあるつもりです。お兄様がアレなこともよく知っていますとも。その辺りもちゃんと考えています!」

「ア、アイリスまで俺のことアレって…………まぁでも、俺の評判が最悪ってのは本当だし、それを覆すってのはかなり難しいと思うぞ?」

「そうでしょうか? お兄様は功績自体はよくあげていると思うのです。それでも悪評の方が目立ってしまうというのなら、その悪評をかき消すくらいにもっともっと功績をあげれば良いのです!!」

 

 アイリスは拳を握ってそう力説してくるが、めぐみんは呆れながら、

 

「策というから聞いてみれば、ただのゴリ押しではないですか。だいたい、先生は基本的に国のために積極的に功績をあげるような人ではないでしょう。名誉よりも金をくれと言う人ですよ」

「それも分かっています。私が考えた策はこうです。まず私自身が強くなります。そうすればお父様や本当のお兄様のように、前線で戦えるようになります。そうしたら私の側近の参謀的な役割にお兄様を指名して、無理矢理にでも功績をあげさせます。王家の力があればお兄様も逃げられません」

「おい、どうしようゆんゆん。なんかいつの間にかアイリスまでお前みたいに暴走し始めてるんだけど。王家の権力を使ってでも俺を逃がさないとか言ってるんだけど」

「だ、だからそこで私を出さないでよ、そこまで暴走なんてしてないから!!! でもアイリスちゃん、いくら強くなっても国王様がお姫様を前線で戦わせるとは思えないんだけど……」

「その時はお父様に決闘を挑んで力尽くでも認めてもらいます! 大丈夫です、お父様も強いですが、勝算はあります。お父様は私には甘いですし、色々と隙を突くことはできるはずです」

 

 何という脳筋理論。

 いや、この国ベルゼルグは昔から武闘派で、他国との交渉でもその国で一番厄介なモンスターを退治して代わりに要求を飲んでもらうという力技をやっていたとかは聞く。

 

 めぐみんは深々と溜息をつきながら頭を押さえて、

 

「仮にその頭の悪い策が上手くいくとしても、アイリスが前線で戦えるようになるまで一体どのくらいかかるか分からないでしょう。いくら才能に恵まれた王族といっても、まだ10歳の子供じゃないですか」

「ふっ、そうやって私を子供扱いできるのも今の内です! この前の王都でのモンスター騒ぎの事もあって、私も本格的に強くなるための訓練を始めましたから! 既に魔法も習得したのですよ!」

 

 自信満々にそう言うアイリスに、ゆんゆんは目を丸くする。

 

「え、ほんと? 10歳で魔法を覚えるなんて、紅魔族でも滅多にないのに……どんな魔法を覚えたの?」

「聖なる雷の魔法です! 上から雷をズドンと落として、ブワッと辺り一帯をなぎ払います!」

「雷の魔法っていうと……も、もしかして、ライトニング・ストライク? でもあれって上級魔法なんだけど……」

「何を言っているのですか、王族といえど10歳の子供に上級魔法が使えるわけがないでしょう。その習得した魔法とやらもアイリスが大袈裟に言っているだけで、実際は初級魔法程度のお遊びのような威力ですよきっと」

「そ、そんなことありません! それは王家に代々伝わるオリジナル魔法で、伝説の勇者様も使っていたとされる強力な魔法なのです! 強いモンスターだって一撃で倒せるのですよ!!」

「はいはい、そこらで虫でも捕まえて痺れさせてみたのですか? 虫だって命があるのですから、あまり可哀想なことはするべきではないですよ」

「まったく信じていませんね!? 分かりました! そこまで言うのなら今から見せてあげますよ!! クレア!!」

「はっ、お呼びでしょうかアイリス様」

 

 アイリスが呼んだ瞬間、いつの間にかクレアがすぐ側にやって来ていた。

 俺は急に現れたクレアに少し驚いて、

 

「なんだクレア、いたのか。どこから湧いたのかと思ったぞ」

「か、仮にも大貴族の私を虫か何かのように言うな! いや、私としては常にアイリス様の一番近くに付いていたいとは思っているのだが、近頃はアイリス様に嫌がられて……」

「クレアは私の側近としての仕事をよくやってくれているとは思います。ですが、私が何をするでも側にいるというのは、いくら何でも過保護だと思うのです。特に、私がお兄様と話していると、いつもガミガミとうるさいではないですか」

「それは、この男の言動は明らかにアイリス様に悪影響を及ぼすからです! アイリス様は一国の姫君なのですから、こういった下賤な欲望に塗れた思想に染まってしまうと色々と問題があります」

「はぁ、まったく、相変わらずクレアは頭が固いですね。欲があるというのも人間らしいではないですか。自身の欲を抑えた清らかな精神というのも崇高な物ではあると思いますが、そればかりというのも人として何かが欠けてしまうと思うのです。もっと柔軟な考えを持ちましょうクレア。そんなだから、男性との縁にも恵まれないのですよ」

「っっ!? そそそそ、それは今は関係ないのでは……!? くっ……ついにアイリス様にも反抗期が……これもやはりカズマのせいか……!!!」

「ふっ、諦めろクレア。まだ子供だからって、いつまでも手元に置いておけると思ったら大間違いだぞ。俺の妹も、昔はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってくれてたのに、今じゃ全然入ってくれなくなってな……」

 

 俺が溜息をついていると、ゆんゆんは顔を赤くして、

 

「そ、そんなの当たり前でしょ!!! この年になって一緒にお風呂入るなんて、相当なブラコンでもない限り…………な、何よめぐみん、その何か言いたげな目は……」

「いえ、相当なブラコンであるゆんゆんの事ですから、口では拒否していても口実さえあれば簡単に押し切れるくらいチョロいのではと思いまして。聞きましたよ、先生がお風呂を覗こうとすると『そんなに見たいの……?』と満更でもない反応をするみたいじゃないですか」

「なぁっ!? ちょ、ちょっと兄さん、めぐみんにそんな事言ったの!? あれは別にそんなつもりじゃ…………そ、そう言うめぐみんこそ、兄さんにちょっと挑発されたら勢いで一緒にお風呂でも入っちゃいそうじゃない!! この前だって王都で勢いで一線を越えそうになったんでしょ!!!」

「わ、私のことを何だと思っているのですか!? いくら何でもそこまで後先考えてないわけじゃないですよ、失礼な!!」

「はぁ……ゆんゆんさんもめぐみんさんも、どっちもどっちですよ。お二人共、淑女としてはしたないです。いくらお兄様が流されやすいといっても、もっと慎みを持ってですね……」

「国家権力を使ってでも先生を囲おうと思っている王女様が何か言っていますね!!!」

 

 そうやって騒ぐ三人の少女を眺め、俺はやれやれと肩をすくめる。

 

「モテる男ってのも罪なもんだな……」

「貴様は一度刺された方がいいと思うぞ」

 

 クレアの辛辣な言葉は無視する。

 ただ、美少女達が俺を巡って揉めているのは見ている分には悪い気はしないのだが、あまり騒ぎ過ぎると周りがこちらに気付いてしまうかもしれないので、そろそろ止めることにする。

 

「ほら、もうその辺にしとけって。それよりアイリス、何かあってクレアを呼んだんじゃなかったか?」

「あ、そうでした! クレア、皆さんに私の魔法を見せたいので、修練場を開けてもらえませんか?」

「えっ、い、今からですか? もうこんな時間ですし、明日にしては……」

「今からです! めぐみんさんに私の魔法をバカにされたのです、黙ってなどいられません!」

 

 わざわざ修練場に行く必要があるという事は、それなりの規模の魔法なんだろうか。

 初級魔法くらいのものなら、例えこの場で使っても問題にはならないだろうし、もしかしたら中級魔法くらいの威力があるのかもしれない。中級魔法といえば、普通の魔法使いのメインスキルなわけだが、10歳の子供が使えるとしたら流石は王族といったところだろう。

 

 しかし、ここでアイリスがこの会場を出て他へ向かうのは、とある事情から俺としては少し困る。

 

「……あー、その、アイリス? 実は俺、これからちょっと用事があってな……その凄い魔法は明日見せてくれないか?」

「え、そうなのですか…………それでは仕方ありませんね、では明日は必ず見てくださいね!」

「ア、アイリス様……その男の言うことは素直に聞くのですね……。というかカズマ、ちょっとした用事というのは何だ。貴様のことだ、また何か良からぬ事でも考えているのではないか」

「考えてないよ」

「おい、こっちを見ろ」

 

 ちっ、こいつ、相変わらず俺のことを犯罪者か何かみたいに扱いやがって……いや、今実際ろくでもない事を考えてるし、こいつの警戒は正しいんだけども。

 俺の様子にクレアだけではなく、ゆんゆんやめぐみんも不審そうな目でこちらを見ているので、これ以上余計な詮索を入れられないように、俺はさっさとこの場を離れることに。

 

 一人で会場を歩きながら、俺は気合を入れ直す。

 ここからが本番だ。俺にとって、今回王都にやって来たのは映画撮影以上に重要な目的がある。

 

 そう、王都の拡声魔道具をジャックして、アクシズ教の宣伝をすることだ。

 これに失敗すれば、紅魔祭には大勢のアクシズ教徒が押し寄せることになり、それはすなわち祭りの破滅を意味する。責任は重大だ。

 

 そうやって気を引き締めていると。

 

「行くんですね、先生」

「うおおっ!?」

 

 突然近くから声をかけられ、思わずビクッと全身を震わせてしまう。

 心臓がバクバクいっているのを感じながら声のした方へ目を向けると、赤いドレスに身を包んだあるえが気付かない内に近くに来ていた。

 

「な、なんだ、あるえか。驚かすなよ。それにしてもあれだな、そのドレスすげー似合ってるぞ。元々お前って発育はクラスで一番だもんな、子供のくせにやたらエロくて良いと思います。ほら、あそこの貴族連中なんかも、お前のことちらちらと見てるぞ」

「それはどうも。ですが、今はそれよりも、例のアクシズ教の宣伝の話です。やはり先生のやり方は良くないと思います、考え直してください」

 

 何とか話を逸らそうとしたのだが、あるえは軽く流すとすぐに本題に戻してしまう。

 い、一応女の子なんだから、容姿とか服に関することにはもう少し食いついてもいいと思うんだけど……いや、こいつはこういう奴だっていうのは知ってるけどさ……。

 

 俺がアクシズ教の宣伝をすることになったというのは、今のところあるえくらいしか知らない。本当は生徒には誰にも知らせるつもりはなかったのだが、あるえには事故のような物でバレてしまったのだ。

 

 あの後にあるえの言う“いい考え”とやらを聞いたのだが、それは即座に却下した後、俺が自分で一番可能性が高そうな策を考えたのだが、そちらはあるえには不満のようだ。

 

「あのな、何度も言ってるけど、俺は安全性重視でいきたいんだよ。いつも色々やらかしてきた俺だけど、今回ばかりはバレたらマジでやばいんだって。それを考えたら姿を消す魔法と潜伏スキルのコンボ一択だってのは分かるだろ。それに今は、このパーティー会場に貴族だけじゃなくアイリスも集まってる。警備はこの場所に集中してて他は普段よりは甘くなってるはずだ。もちろん、それで全て上手くいく程王城の警備も甘くないけど、少なくともお前のメチャクチャな策よりはずっとマシだっつの。そもそも策とも言えないだろお前のは」

「ですから私も何度も言っていますが、映画のことも考えてくださいよ。こんな美味しい状況、撮らない選択肢はないです。姿を消す魔法は映画と相性が悪いんですよ。やはりここは、私が提案した通り、城の警備が万全な時に真正面から突破した方が映画的に絶対面白いですって。城の全てを巻き込んだ大捕り物……謎の凄腕盗賊は並み居る兵士達を相手にどんどん先へと進んでいく……しかし、そこで賊の前にめぐみん達が現れる! 完璧です」

「だから誰が映画にとって良い方法を考えろつったああああ!! そんな余裕あるわけないだろ、俺を何だと思ってやがる!! 正面突破とか普通に捕まるわ!!! つかお前分かってんのか、これ失敗したら祭りにアクシズ教徒が押し寄せて大変なことになるんだぞ?」

「正直、私的にはアクシズ教徒が来ることになっても一向に構わないのですが。むしろああいった濃い人達の存在は、創作においてもインスピレーションを得られるので歓迎したいところです。それに先生が捕まるというのも、映画的には普通にアリだと思いますし。正義は勝つみたいな感じで。大丈夫ですよ、仮に捕まったとしても、先生には王女様という強力なバックがついていますし、何日か牢に入れられるくらいで済みますって」

「お前ふざけんなよ!? なんでお前の落書き創作の為に俺が前科持ちにならなきゃいけねえんだ!!」

「ら、落書き!? 私の魂の結晶である脚本を落書きとか言いましたか!?」

「ああ言ったね! というか、俺は何度も言ってきただろ、お前は自分のエロい体を生々しく描写した官能小説を書いたほうが絶対売れるっていででででで!!!!! おいコラ離せ!!!!!」

 

 珍しく激昂したあるえが掴みかかってきた!

 いつもクールに振る舞ってはいるが、譲れない一線というものがあるのだろう。

 

 俺はそんなあるえを振りほどいて、

 

「とにかく、俺は俺の好きにやらせてもらう! アクシズ教徒が来ても構わないとか言ってる辺り、俺とお前は絶対に相容れないようだしな!! 一応言っとくけど、邪魔したらどうなるか分かってるな!?」

 

 俺はそう言い残して、さっさとその場を後にする。

 あるえだって馬鹿じゃない、俺の仕返しを無視して邪魔してくることなどないはずだ。

 

 そんなこんなで色々とあったが、ようやく計画を実行に移せそうだ。

 俺は小さく詠唱しながら、人気の少ない場所まで行ってから魔法を唱える。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 いつもの光を屈折させる魔法によって姿を消した俺は、人にぶつからないように慎重に歩いて行き、静かに扉を開けてパーティー会場を出た。

 

 会場の外は、予想していた通り普段よりは騎士も少なく、動きやすそうだ。

 今までクレアの実家に忍び込んで嫌がらせをしたことはあっても、王城で同じようなことをやる度胸は流石になかったので、かなり心配な所もあったのだが、これなら余程のことがない限りバレることはないだろう。

 

 拡声魔道具は王城の上の方に置かれている。

 この魔道具は魔王軍襲撃警報を鳴らす時によく使われているのだが、王族からの国民への大事なお言葉などにも使われるので、そのセキュリティは生半可なものではない。

 

 まずは強力な結界を破らなければその部屋入ることすらできないのだが、それは俺のブレイクスペル程度でどうにかなるものでもない。

 しかし、この魔道具はいつ魔王軍が来てもすぐ使えるように、常に別室で結界を解除できる腕利きの魔法使いが数人待機しているので、攻略するならそこからという事になる。この辺りは何度も王城に来て知っていた知識が役に立つ。

 

 俺は姿を消しているとはいえ、慎重に慎重を重ねて、ゆっくりと辺りを警戒しながら進んでいく。時折会場の方から楽しそうな笑い声なんかも聞こえてくるが、さっきまでその場に自分がいたことが嘘のように、今は極限まで集中を高めていた。

 

 そんな時だった。

 

 

「こっち……かな。ふー、流石に緊張するなぁ……」

 

 

 小さな声でそんな事を呟きながら、俺と同じように人目を気にしつつ、低い体勢でゆっくりと廊下を歩く少女が目についた。

 起伏の乏しい体付きに、銀色の髪、口元を黒い布で覆ったその少女に、俺はとても見覚えがある。

 

 …………。

 俺は急な展開にしばし冷静に考えたあと。

 

 

「『バインド』」

「えっ!? きゃあああああああああああっ!!!!!」

 

 

 とりあえず、目の前の銀髪の義賊を捕縛してみることにした。

 

 

***

 

 

「おかしいな、確かにこっちから女の子の悲鳴が……」

「なんだよ、まさか警備中に居眠りでもしてたんじゃないだろうな。まぁ大方、パーティー会場から聞こえてきた女の子がはしゃぐ声を勘違いしたんじゃないのか。確か今、紅魔の里から女子学生さんが来てるんだろ?」

「うーん、それにしては妙に近くから聞こえたんだよなぁ……まぁ、いいか。悪い、持ち場に戻ろう」

 

 部屋の外からそんな騎士達の声と共に、足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 俺は小さく息をついて、

 

「ふぅ、助かったな」

「ね、ねぇ、もう行ったならそろそろ離れてもいいんじゃない……? あたし、こんな状態でキミとこんなに密着してると、すごく身の危険を感じるんだけど……」

「何言ってんだ、油断するのはまだ早いぞ。もうちょっとこのままでいよう。ほら、そんな離れようとすんなって」

「ちょっ、どこ触ってんの!? やめっ、誰か助けてええええええ!!」

「ばっ……そんな大声出したら流石に見つかるっての! 分かった、離れるから落ち着け!!」

 

 俺が慌てて離れると、義賊は涙目ながらもようやく静かになってくれる。

 

 この少女は、王都で有名になっている、悪徳貴族だけを狙う銀髪の義賊。

 少し前にめぐみんの騎士団入りの件で王都に来た時に捕まえて、何だかんだあって逃がすことになったわけだが、まさか再会することになるとは思わなかった。

 

 現在、義賊の体には俺の拘束スキルによってロープが巻き付いていて、自分ではろくに身動き一つ取れない状態だ。

 本来であれば、敵感知スキルを持っている盗賊相手に不意打ちを決めるというのは中々難しいことではあるのだが、あそこまで接近していた事もあって、向こうも反応が間に合わなかったようだ。

 

 とはいえ、つい悪戯心でやってしまった代償に軽い騒ぎになってしまい、警備の騎士が駆けつけてきたので、慌てて近くの部屋に逃げ込んだわけだ。

 

 もちろん、騎士達は廊下だけではなく、この部屋も中を覗いて誰かいるのか確認をしていたのだが、俺達は部屋の隅っこで小さくなりながら、姿を消す魔法と潜伏スキルで何とかやり過ごした。

 

 身を寄せ合っていたのは、姿を消す魔法の効果範囲を少し広げて、その中に義賊を入れるため……というのは建前で、その気になれば効果範囲はもう少し広げられるし、あそこまでくっつく必要はなかったのだが、女の子と密着できる機会を逃すほど俺もバカじゃない。

 盗賊だけあって肌の露出も大きく、とても堪能させてもらいました。この義賊はかなり細身なのに、肌はすごく柔らかいから女の子は不思議だ。胸はめぐみん並のぺったんこだけど。

 

 そんな感想を抱いていると、義賊は俺に警戒する目を向けながら、

 

「……あの、そろそろこのロープ解いてくれないかな……あとずっと思ってたんだけど、なんか縛り方がやらしい気がするんだけどこれ……」

「いや、その縛り方は胸を圧迫しないように配慮した結果なんだぞ? まぁそんな気にすんなよ、普通だったら胸が強調されるはずなんだが、お前は全然そんな事もなく全くエロいことにはなってないから」

「うるさいよ! ほっといてよ!! ていうかいい加減解いてってば、そもそもなんで急にこんな事したのさ!!」

「なんでって言われても……目の前に無防備な女の子がいたら、男ならとりあえず縛ってみたくなるもんじゃないか?」

「もし男の子が皆キミみたいな考えだったら、この世界は滅びちゃった方がいいと思う」

「そ、そこまで言うかよ世界とか大袈裟過ぎるだろ……分かったよ……」

 

 どんよりとした視線を向けてくる義賊に、流石にちょっと居心地が悪くなったので、俺は大人しくブレイクスペルをかけて拘束スキルを解除した。

 

 そして、ようやく解放されて体を伸ばしている義賊を見ながら、気になっていたことを聞くことにする。

 

「で、なんでお前がこんな所にいるんだよ。悪徳貴族しか狙わない正義の盗賊って評判なのに、ついに本性現したのか?」

「ひ、人聞きの悪い言わないでよ! 別に何も盗むつもりはないよ、王城にどんな神器があるか確認だけしたくてね。あ、でも、何かしらの悪意を感じられる神器があったら持って行っちゃおうとは思ってるけどね」

「悪意? 神器ってのはすんごい便利アイテムじゃないのか? その言い方だと呪いのアイテムみたいじゃねえか」

「本人が扱いきれていないと、結果的に呪いのアイテムみたいになっちゃうのもあるね。例えば、体を入れ替える神器は、知らずに身に着けていると誰かに発動されて体を奪われちゃう事もあるし、前に話したモンスターを召喚して使役する神器だって、呼び出したモンスターにそのまま殺されちゃうことだってあるんだから」

「なにそれこわい」

 

 なまじ凄い効果があるだけに、それに伴うトラブルというのも大変なものになる……どこかひょいざぶろーのガラクタ魔道具を髣髴とさせるな。流石にあれと一緒にしたら失礼かもしれないが。

 

 義賊は更に続けて、

 

「あとほら、モンスターを召喚する神器がどこかの貴族に買われたって話は前にしたでしょ? このお城には王族だけじゃなくて貴族も滞在することが多いから、もしかしたらこっそりこの城のどこかに神器を隠している人もいるかもってね。セキュリティを考えれば、ここ以上に安全な場所はないと思うし」

「あー、それは俺も似たようなことをやったことあるな。何だか警察が俺を怪しんでいるような気配を感じた時は、がさ入れに来られる前にヤバそうなもんをアイリスの部屋に隠してもらうんだ。もちろん、本人にはそれがどんな物なのかは教えずに、ただ俺の宝物とだけ言っておいてな」

「キ、キミってやつは…………はぁ、もういいや。そういえば、キミってかなり有名な商人だったね。ってことは、流通に関しては情報を持ってるんだよね? その中に、何か神器に関係しそうな情報とかないかな? 妙なものを買っていた貴族とかは?」

「うーん、すんごい魔道具の情報は頻繁に入ってくるけど、そこまで詳しく調べたりはしないからなぁ。魔道具の性能に関しては里にある物で十分過ぎるくらいだし。あ、でも妙なものを買ってる貴族ってのは一人心当たりがあるな」

「え、ほんと!? どんな人!? 詳しく教えて!!」

「アルダープってオッサンなんだけどさ、そいつがいつもエロ魔道具買い漁ってて俺とよく取り合いに」

「うん、ごめん、もういいや……」

 

 自分から聞いておいて、頭を押さえながら話を切り上げてしまう義賊。

 なんでこんな呆れた反応をされなければならないのだろう。エロ魔道具というのは男のロマンというやつなのだが、やはり女には理解できないのだろうか。

 

 神器に関してはこれ以上俺から聞けることはないと判断したのか、義賊は他のことを聞いてくる。

 

「それで、キミはどうして姿を消す魔法まで使って、コソコソとしていたのさ。キミこそ何か良からぬことを考えてるんじゃないの?」

「いや、神器をどうこうしようっていうお前と比べたら全然大したことないよ。ちょっと拡声魔道具をジャックしてアクシズ教の宣伝をしようと思っていただけだから」

「あー、そうなんだ…………えええええええええええ!? ちょ、ちょっと待って、全然大したことあると思うんだけど!! ほ、本気なの!?」

「あぁ、本気だ。男には絶対に守らなければいけないものってのがあるんだ」

「そんなカッコイイ感じの事言われても意味が分からないんだけど!? ていうかキミ、アクシズ教徒だったんだね…………まぁ、うん、言われてみれば確かに…………何となくキミ、アクア先輩とも相性良さそうだし」

「お、おい、納得すんな!!! 違うから!! これには深い理由があって、間違っても俺はアクシズ教徒なんかじゃねえから!!! つーか、あの頭のおかしい連中が崇めてる女神様と相性が良いとか言うのはやめてほしい…………ん? あれ、お前今、アクア先輩って言ったか?」

「……あっ!! え、えっと、その、あたしはエリス教徒だからね! ほら、女神アクアと女神エリスは先輩後輩の関係だっていうし、それでちょっと呼んでみたっていうか!! あ、あはは、ダメだよね、あたしは一信徒に過ぎないんだし、ちゃんとアクア様って呼ばないとね!!」

 

 何故か焦った様子で言い訳がましくそんな事を言う義賊。

 俺からすればそこまで気にするようなことでもないと思うけどなぁ。むしろ、俺としては神様と言えどアクアに様付けする事が何となく嫌だ。なんだろう、この前アクシズ教徒に散々な目に遭わされたばかりだからだろうか。

 

 そうやって首を傾げていた時だった。

 

「「……ん?」」

 

 俺と義賊が同時に扉の方を見る。

 敵感知に何か反応した。

 義賊は緊張をにじませた表情で、俺の近くに寄ってくる。再び姿を消す魔法の効果範囲内に入るためだ。

 

「…………近付いてきてるね」

「あぁ。お前が騒ぎ過ぎたんじゃないのか。さっき俺がアクシズ教の宣伝するって言ったら大声あげてたじゃねえか」

「あ、あたしのせいにするの!? キミだって結構な大声で話してたじゃんか!」

 

 俺達がひそひそと罪を擦り付け合っていると。

 

 

「カズマ! どこだカズマ出てこい!! お前達もしっかり探せ、奴は姿を消す魔法を使っている可能性もある、生体反応を感知できる魔道具を使うのを忘れるな!」

 

 

 突然聞こえてきたクレアの声に、俺と義賊がビクッと同時に体を震わせる。

 そして、義賊はジト目でこちらを見て、

 

「…………やっぱりキミじゃん」

「お、おかしいって! なんで俺だけなんだよ! クレアの奴、そんなに俺の声に敏感なのかよ、もしかして俺のこと好きなのか?」

「この状況でそこまでポジティブになれるのは凄いと思うよ……」

 

 義賊が呆れきっているのは置いといて、この状況はマズイ。

 敵感知スキルだけではなく、声の大きさから考えても、もうかなり近くまで来ている。

 

 どうしたものかと考えていると、クレアの他に騎士らしき声も聞こえてくる。

 

「しかしクレア様、本当にカズマ様はこの城で何かを企てているのですか?」

「あぁ、それは間違いない、明らかに様子がおかしかったからな。それに紅魔族の生徒のあるえ殿も、カズマが何かを企んでいるような顔でこっそりと会場を出るのを見たそうだ」

 

 あ、あるえの仕業かああああああああ!!! あいつ覚えてろよ、後ですんごい事してやる!!!

 俺がそうやってギリギリと歯を鳴らしていると、

 

「ですがクレア様、カズマ様は具体的に何をしようというのでしょうか……カズマ様といえばアイリス様にご執心というのは知っておりますが、今現在アイリス様はパーティー会場の方にいらっしゃいますし……」

「おそらく、奴の狙いはアイリス様の私物だ。この隙にアイリス様の部屋へと侵入して、アイリス様の香りが染み付いた枕に顔を埋めて深呼吸したり、ゴミ箱を漁ってアイリス様が鼻をかんだ紙を手に入れたり、アイリス様の歯ブラシを探して口に含んで味わおうとしているに違いない!! そんなことさせるか!!」

 

 あいつは俺のことを何だと思ってやがる。

 というか予想が妙に生々しいんだが、まさか似たようなことやってんじゃないだろうな。俺より先にアイツの方を何とかしたほうがいいんじゃねえのか。

 

 まぁでも、クレアのこの口振りであれば真っ直ぐアイリスの部屋へと向かうのだろうし、この部屋に潜んでいればとりあえずはやり過ごせそうだ。

 

 俺はほっと一息ついていると、隣から妙な視線を感じる。

 すぐにそちらを見てみると、そこにはドン引きの目を向けてくる義賊が。

 

「…………うわぁ」

「おい違うからな!? 俺そんなことやってないから! アイツが勝手に言ってるだけだから!!」

「それならいいんだけど……もしキミがそこまでの変態さんだったら、この密着してる状況に割と本気で身の危険を感じたりするから……」

 

 こいつは本当に俺がクレアの言っているレベルの変態でもおかしくないとか思っているのだろうか。いや、国随一の変態鬼畜男とか呼ばれてるし、これが自然な反応なのか……。

 

 俺がかなりガックリきていると、他の騎士の声が聞こえてきた。

 

「クレア様? どうなさったのですか、そのような大きな声で」

「カズマだ! カズマが何かをやらかそうとしている!! お前達はこの辺りの警備中だったな? 何か妙なことはなかったか?」

「妙なこと……そういえば先程、この辺りで少女の叫び声らしきものを聞いて駆けつけたのですが、特に変わったこともなく、ただの私の勘違いだったと」

 

 騎士の言葉が終わる前に、バンッと隣の部屋の扉が勢い良く開けられる音がした!

 バクバクと、自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。隣では、義賊がゴクリと喉を鳴らしている。

 

 隣の部屋を捜索しているらしきクレアの声が聞こえてくる。

 

「近くにいるぞ! 十中八九、姿を消す魔法を使っている! その少女の叫び声というのは、もうすぐアイリス様の私物を味わえると思って感情が昂ぶり性魔獣と化した奴が、たまたま他の少女を見つけて我慢できずにセクハラしたに違いない!! 警備中のお前達が異変に気付いたから、慌てて少女の動きを封じた後、魔法で自分と少女両方の姿を消して隠れているに違いない!!」

 

 あ、あのアマ、完全に俺を性犯罪者か何かみたいに扱ってやがる! でも言ってることは所々合ってるから全否定できない!!

 

 くそ、どうする。

 隣の部屋を調べ終えたら、次はきっとこの部屋だ。どうやらこの姿を消す魔法を看破できる魔道具も持ってるみたいだし、ここでじっとしていてもすぐに捕まっちまう。敵感知によると、廊下には何人か騎士を立たせているみたいだし、ここから出ることもできない。残るは窓しかないけど、それはそれで、隣の部屋のクレアに気付かれる危険が……。

 

 しかも、隣には王都で有名な賞金首、銀髪の義賊までいる。

 こうして二人で隠れているところを見られると、俺もこいつの仲間だとか思われる可能性すらある。それは絶対に避けたい…………待てよ?

 

 俺はある妙案が浮かび、姿を消す魔法を解除する。

 すると、隣の義賊が慌てた様子で、

 

「ちょ、ちょっと、どうして魔法解いちゃうの!?」

「どっちみち、この部屋を調べられたらすぐにバレちまうだろ。一番マズイのは、隠れているところを見つかることだ。それなら、その前に堂々と出て行った方がマシだ。お前はそこにいろよ、アイツが探してるのは俺だ。俺が見つかれば、これ以上探ってきたりはしないよ」

「えっ……そ、それってもしかして、自分が囮になるって言ってるの? …………その、ありがと……あたし、キミのこと誤解してたかも……」

 

 義賊はそう言って、こちらに申し訳なさそうな顔を向けてくる。

 元々俺のせいでこんな事になっているのだが、それでもこうして俺のことを気遣ってくれる辺り、やっぱりこの義賊は良い人なんだと思う。

 

 俺は親指を立ててそれに応えると、扉を開けて顔だけ廊下に出す。

 廊下にいた騎士達は俺を見てざわつくが、お構いなしに叫ぶ。

 

 

「皆、いい所に来た! 銀髪の義賊だ! この部屋にいるぞ!!」

「「えっ!?」」

 

 

 俺の言葉に、騎士達だけではなく隣の部屋のクレアや、この部屋にいる義賊の声も重なった。

 すぐさま騎士達が部屋に雪崩れ込んで来て、隣の部屋から出てきたクレアもその後を追って来る。

 

 クレアは、目の前の光景に目を丸くして、

 

「なっ……ほ、本当に銀髪の義賊が……これはどういう事だカズマ!!」

「どういう事も何も、俺が怪しい気配を感じて城を見回っていたらこいつを見つけたんだ! そこにちょうどお前らがやって来たんだよ!」

「キ、キミって……やつはぁ…………!!!」

 

 追い詰められた義賊は涙目になってぷるぷる震えている。

 しかし、これはしょうがない事だ。そう、人生というのは悲しいことに、誰かを蹴落とさなければならない場面というのが必ずあるものだ。

 

 俺はビシッと義賊を指さし、

 

「義賊とか言われてても、罪は罪だ! 逃げられると思うなよ! 行くぞクレア、騎士のみんな!!」

「よ、よし、この機会を逃すわけにはいかん! 全員、かかれええええええええ!!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」」

「お、覚えてろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 義賊はそんな捨て台詞を残して、半泣きになりながら窓から逃げていった。

 

 その後、義賊は何とか逃げ切ったようで、俺の怪しい行動は全て、こっそり曲者を捕らえるためのものだったという事で一応納得してもらえた。

 しかし、この騒動のせいで城の警備は厳重になり、ますます潜入が困難になってしまった。

 

 アクシズ教徒の足音が背後まで迫って来ているような、そんなおぞましい気配を感じながら、俺は頭を抱えて次の策を必死に考えるはめになったのだった。

 




 
アルダープは2章の為の顔見せ程度って感じです
いつになったら2章に入れるんだろう……
 

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