この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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今回は38000字程です
話的には次で一段落するので、一度に読みたいという人は次の投稿の時にまとめて読んでいただければと
 


紅魔祭 4

 

 

「おいあるえ、覚悟はできてるなコラ」

 

 義賊騒ぎから一夜明けた朝。

 俺は王城の一室であるえと対峙していた。自分では分からないが、今俺の左目はギラギラと紅い光を放っていることだろう。

 

 今回、俺達は客人として城に招かれていて、一人一室与えられている。

 そして、ここはあるえの部屋。

 

 昨夜はこいつが余計なことをクレアに言ったせいでとんでもない目に遭った。

 それに対して、何かしらの制裁を下してやろうというわけだ。

 

 少しでも俺のことを知っている女であれば、こうして俺が目の前で手をワキワキさせているのを見れば恐怖で逃げ出すものだ。

 しかし、あるえは全く動じる様子も見せずに、普段と変わらない何を考えているのかよく分からない表情でじっと俺を見ている。

 

「具体的には何をするつもりなのですか?」

「お、なんだ、もしかして子供相手なら手加減してもらえるとか思ってるんじゃないだろうな? 俺はやる時はやる男だ、相手が女子供だろうが容赦しないぞ。とりあえず、スティールの刑は避けられないな。女にはこれが一番よく効くってのは分かってる」

「それはつまり、いつかのふにふらやどどんこにやったように、スティールで私の下着を剥ぐということですか?」

「……な、なんだよその『芸がないな』みたいな微妙な顔は! あ、あまり俺を舐めるなよ、今回はパンツ剥ぐだけじゃ済まさねえからな! パンツだけじゃなく、服全部剥いだあと魔道カメラで撮影会始めてやるよ!! 映画の為にやりたい放題なお前にはお似合いの末路ってやつだ!!」

「…………ふむ。流石は先生、それでこそ国随一の変態鬼畜男です。それでは、どうぞ」

 

 そう言うと、あるえは両手を横に広げて無抵抗を示して待つ。

 

 え、な、なんでこいつ、こんなに冷静なんだ?

 まさかここまで潔い反応をされるとは思わなかった。というか、俺がセクハラしようとしてこんなに落ち着いてる女とか人生で初めて見たかもしれない。

 

 一瞬俺は思わず怯んでしまうが、すぐに気を取り直して、

 

「『スティール』!!」

 

 相手が無抵抗だとかは関係ない、さっきも言ったが、俺はやる時はやる男だ。

 俺の窃盗スキルは今日も抜群の切れ味で、手の中には黒のパンツが握られている。

 

「ふっ、そうやって堂々としていれば見逃してもらえるとでも思ったか? さぁ、どうするあるえ。もしここで『先生ごめんなさい』って言って頭を下げるなら、この辺りで勘弁してやっても」

「え、これで終わりなんですか?」

「…………『スティール』!!!」

 

 俺がもう一度スキルを発動させると、今度は黒いブラが手の中に収まった。

 

 朝っぱらということもあって今のあるえの格好は、寝間着用のゆったりとした黒のワンピース。

 つまり、パンツとブラを剥いだこの状態でもう一発スティールを発動させれば、即座にすっぽんぽんだ。

 

「おいあるえ、これが本当に最後の忠告だ。余裕そうな顔してるけど、内心はもうやめてほしいんだろ? 無理するなよ、女の子なんだからそれが普通だ。お前は歳の割にいいカラダしてるとは思うけど、俺はロリコンじゃないからお前の全裸がどうしても見たいってわけでもない。だから素直に謝れば」

「どうしたのですか先生、私を裸にして撮影会をすると言っていたではないですか。こんな所で終わる先生ではないでしょう?」

「い、いいのか!? やるぞ!? 本当にやるぞ!? お、お前、このままだと裸を見られるんだぞ!?」

「そうなりますね。父以外の男性に裸を見られるのは初めてですが、まぁ、人生そんなこともあるのでしょう」

「確かにそんな事はあると思うけど! でも、初めて裸見られる男ってのは、恋人ってのが健全だと思うんだけど!!」

 

 ど、どうしよう、こいつマジで何とも思ってないみたいだ……これじゃ俺が、何も知らない子供にイケナイことをするド変態ロリコンみたいになっちまう……!

 こう言うと普段から生徒達にセクハラしまくってるだろとか言われてしまうかもしれないが、あれは半分以上反応を楽しんでいるだけで、相手も期待通りの反応をしてくれるので軽いノリみたいに済ませられるのだが、こうやって受け入れられてしまうと冗談では済まなくなるというか……!

 

 しかし、俺としてもあれだけ言っておいてここで引くわけにもいかない。

 最後のスティールをかけようと、あるえに向けて掌を向けるが、その手が若干震えているのが分かる。

 な、なんだろう、追い詰めているのは俺のはずなのに、精神的な形勢は全くの逆になっている気がする。

 

 まさかの状況に、俺は最後の一言を言えずにいると。

 

 

「あの、あるえ起きてる? ちょっと映画の設定について聞きたいことがあるんだけど……」

 

 

 時が止まったような気がした。

 

 こんこんという控えめなノックと共に聞こえてきたその声は、普段であればいつでも聞きたいと思えるのだが、今この瞬間だけは最も聞きたくなかった声でもあった。

 

 それは、最愛の妹、ゆんゆんの声だった。

 

 ゴクリと喉を鳴らす。

 今のこの部屋の状況を見られたら、俺は一発で終わる。

 目の前には下着を剥がれたあるえがいて、部屋で俺と二人きり。言い訳のしようがない、どう考えても酷い結末しか見えない。

 

 姿を消す魔法を使うか? ……いや、一番良いのは何も反応しないことだ。

 まだ朝早いし、あるえが寝ていると判断すれば、ゆんゆんも大人しく出直すはずだ。

 

 そう考えた俺は、小さな声で詠唱を始め、消音魔法を使おうとした……が。

 

「起きてるよ、ゆんゆん。でも、今はちょっと立て込んでいてね。もう少し経ってからまた来てもらえると助かるかな」

 

 くっ……黙っていればいいのにあるえの奴……!

 

 でも、どうやら俺のことは言わずに、ゆんゆんを遠ざけようとしてくれているようではある。

 あるえからすれば、俺のセクハラを回避する為にここで助けを求めるのが一番だとは思うんだけど……やっぱり何を考えているのかよく分からない。

 

 外からは、ゆんゆんの慌てた声が聞こえてくる。

 

「あ、え、えっと、こんな朝早くにごめんね! そうだよね、朝は色々と忙しいよね!」

「まぁ、そうだね。忙しいといえば忙しいよ。実は今から撮影会をしようと思っていてね。先生もいるんだけど、私の裸を撮るって言っ」

 

 

 あるえがそう言いかけた瞬間、ドアが蹴破られた!

 

 

***

 

 

「つまり、あるえが何かやらかして、それに対する教育ということで下着を剥いだ……ってことね」

「そうなんだよ、やっと分かってくれたか。俺が何の理由もなしに生徒にスティールくらわせるような奴じゃないってのはお前も知ってるだろ?」

 

 部屋に入ってきた時のゆんゆんは、お兄ちゃんである俺がビビるくらい、それはもうお怒りだったわけだが、何とか説明だけはして今は少しは落ち着いている。

 

 未だに俺を見る目は冷たいが。

 

「……ねぇ、兄さん。別に生徒を叱るなとは言わないわよ。多少の罰を与えるのも仕方ないと思う。兄さんは先生なんだし。でも、下着を剥ぐっていうのはどうかと思うんだけど。とてもまともな教育だとは思えないんだけど」

「罰ってのは中途半端じゃダメだと思うんだ。廊下に立たせたり、延々と魔法の詠唱の書き取りをさせたりってのも、その時は辛いかもしれないけど、次の日にはもう忘れてるもんだ。そのせいで何度も叱られて、何度も罰を受けるってのも可哀想だろ? それなら、一発強烈なものをくらわせた方が、その後も気を付けるだろうし、トータルで受ける罰の数も少なくて済むと思うんだ。つまり、これは俺の優しさでもあるんだよ」

「いくら何でもその優しさは歪み過ぎてると思う…………というか、兄さんこそ、そろそろ痛い目を見るべきだと思うんだけど……」

「何言ってんだ、俺なんてとっくに痛い目見てるだろ。なんたって、紅魔族なのにアークウィザードになれなかったんだからな。そこから、ここまで人生立て直したんだから、多少調子に乗っちゃってもしょうがないと思うんだ。皆もっと俺に優しさを向けるべきだと思う」

「兄さんの場合、“多少”調子に乗ってるで済まないでしょ! 紅魔族が外で浮いちゃうっていうのはよくあるみたいだけど、兄さんくらい悪評だらけの紅魔族なんて聞いたことないわよ! そんなやりたい放題やってると、いつか罰が当たるわよ!」

 

 妹は相変わらず俺に厳しいが、このスタンスを崩すつもりはない。

 それに罰が当たるとか言われても、俺は無宗教だし、そもそも神様とやらには才能の振り分け方やら色々と文句を言いたいくらいだ。罰を当てるってんなら当ててみろってんだ。

 

 兄妹でそんな事を言い合っていると、ここで意外なことにあるえが俺を庇ってくれる。

 

「まぁゆんゆん、そこまで先生を責めることもないと思うよ。私が罰を受けるだけのことをしたのは事実だし、スティールも受け入れようと思っていたから。別にそこまで深刻に考えることでもないよ、たかが布切れの一枚や二枚や三枚……」

「ま、待ってあるえ、その考えは女の子としてどうかと思う! 服を無理矢理脱がされるんだよ!? 恥ずかしくないの!?」

「いや、別に……自分で言うのも何だけど、プロポーションには結構自信あるし……」

「そういう問題じゃなくて!!! ……ね、ねぇ、兄さん。あるえが何をして兄さんを怒らせたのかは知らないけど、あるえのこの感覚の方がよっぽど大問題なんじゃ……」

「あ、あぁ、そうだな。俺もまさかスティールにビビらない女がいるとは思わなかった……」

 

 俺とゆんゆんの言葉に、あるえはきょとんと首を傾げている。

 

「二人がどうしてそこまで深刻そうな顔をしているのかが分からないけど……ただ、先生が私にスティールを使ってくれないというのは少し困るね……」

「「えっ」」

 

 あるえがいきなりそんな事を言い出し、俺とゆんゆんは顔を引きつらせる。

 も、もしかしてこいつ、服を脱がされて喜ぶ変態さんだったのか……?

 

 俺は恐る恐る尋ねる。

 

「お、おいあるえ、なんで俺がお前にスティールを使わないと困るんだよ……返答次第では、これからお前を見る目が大分変わることになるんだけど……」

「……実は、この部屋にはカメラを仕掛けていまして。映画には先生の鬼畜っぷりが足りないと思っていましたので、この機会にそういうシーンを撮れたらと思っていたんです」

「…………は!? カメラ!?」

「えぇ、ここに」

 

 あるえが机の上の何もない空間に手を伸ばすと、急にそこにカメラが姿を現した。俺が盗撮用に開発した透明化機能を持った魔道カメラだ。

 

 あまりに予想外の事実に俺が呆然としていると、あるえは何を勘違いしたのか、

 

「あ、大丈夫ですよ。この辺りの会話は編集で簡単に切り取れます。ですので、先生は気にせずスティールを使ってもらえれば……」

「そんな心配してるんじゃねえよ!!! なにお前、もう怖いんだけど!! どんだけ創作しか頭にないんだよ、どうしてそうなった!!!」

「ねぇあるえ、もっと自分を大切にしよう!? いくら映画の為と言っても、そんな自分が脱がされる場面を撮るなんて……!!」

「そこも大丈夫だよ、いくら何でも裸をそのまま撮るのがマズイというのは私も分かっているさ。ちゃんと修正を加えて見えちゃいけない所は見えないようにするから……」

「そうじゃなくて!!!」

 

 ……クラスではめぐみんが一番の問題児だと思っていたが、俺はとんでもない奴を見逃していたらしい。

 あるえは何が問題視されているのか本気で分からないらしく、きょとんと首を傾げている。どうしよう、どうやったら直るんだこれ、というか直るのか……? めぐみんの爆裂狂やらララティーナのドMやらと同じようにもう手遅れなんじゃ……。

 

 それから俺達は何とかあるえに納得してもらおうとしばらく説得したが、効果は芳しくないまま時間だけが過ぎていった。

 

 

***

 

 

 王族というのを舐めていたのかもしれない。

 俺は城の修練場にて、ほとんど真っ白になりかけている頭の中で、かろうじてそんな事だけを考えていた。

 

 

「『セイクリッド・ライトニングブレア』!!!」

 

 

 それは可愛らしい少女の声。

 しかし、続けて聞こえてきた音はそんな生易しいものではなく、凄まじい轟音が辺りに響き渡り、耳がキーンとなる。

 音だけではなく衝撃波がこちらにまで飛んできてビリビリと肌を打ち、暴風によってバサバサと服が激しくなびく。

 

 それらは、目も眩むような真っ白な稲妻が修練場の中央に突き刺さった余波に過ぎなかった。

 土煙が晴れた後には、上級魔法の一撃でも砕けるかどうかというくらい硬い鉱石が、無残にも粉々になっていた。

 

 魔法を唱えた少女、アイリスは満面の笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「どうですかお兄様! 私の魔法は!!」

「…………す、すごいなアイリス、お兄ちゃんビックリしたぞー…………いやマジで。おいクレア、どうなってんだよこれ、なんで10歳の子供がこんなトンデモ魔法使えるんだよ、お前らアイリスを使って人体実験とかしてないだろうな」

「一国の姫君にそんな事をするわけがないだろう大たわけが! 王族は代々勇者の血を受け入れて様々な才を持ち、食事も日頃から経験値の詰まった最高級品を口にされているというのは貴様も知っているだろうに」

 

 それにしたって、ここまでとは思わないだろ普通……生まれ持った才能や立場ってのはこんなにも大きいものだと見せつけられると、一庶民な上に紅魔族の落ちこぼれで、生まれ持った才能といえば運くらいしかない俺からすれば結構くるものがある……。

 

 朝食を済ませた俺は、ゆんゆんやめぐみんと共に、修練場にてアイリスの魔法を見せてもらっていた。アイリスは一刻も早く見せたかったらしく、朝食の時からずっとその話しかしていなかったのだが、ここまでの大魔法を習得したのだからそれも納得だ。俺だってこんな魔法覚えたら自慢したい。

 

 アイリスの魔法を見て、ゆんゆんもめぐみんも目を丸くして口をあんぐり開けて固まっていた。強力な魔法は見慣れている紅魔族が、魔法でここまで驚くのは珍しい。

 ゆんゆんは目の前の光景が信じられないといった様子で、

 

「ね、ねぇ、兄さん、アイリスちゃんって私達はもちろん、兄さんよりも強」

「おっと、それ以上言うのは妹でも許さないぞ」

「でも明らかに今の魔法、兄さんの上級魔法よりも」

「聞こえない! 俺は何も聞こえないからな!!」

 

 ゆんゆんの言葉に、俺は耳を塞いで現実逃避をする。

 俺にも一応お兄ちゃんとしてのプライドというものはあるのだ。純粋な紅魔族相手に魔法で劣るのはもう諦めているが、王族といえど10歳の女の子以下というのは受け入れがたいものがある。

 

 俺はお兄ちゃんとして、精一杯余裕のある態度を保ちながら、

 

「ま、まぁ、でも、俺も本気出せば、魔王軍幹部にだって大ダメージを与えられる凄い魔法を使えるんだけどな!」

「え、本当ですかお兄様! ぜひ、見せてもらえませんか!?」

「……アイリス、奥の手ってものは、そう簡単に見せるものじゃないんだ。魔王軍やモンスターとの戦いは常に命のやり取りだからな。隠せるものは、本当に必要になる時まで隠した方がいい。もちろん、アイリス達を疑っているわけじゃないけど、情報ってのはどこから漏れるか分かったものじゃないからな」

「はっ……な、なるほど! そうですね、スキルの情報というのは、戦いにおいて極めて重要なものというのは習いました。ごめんなさい、私が浅はかでした……」

「いいんだアイリス、本来こういう事はお姫様は知らなくても良い事だと思うしさ。戦場の常識なんて、知らないでいられるならそれが一番幸せなんだよ」

 

 俺がそうやってアイリスに言い聞かせていると、ゆんゆんとクレアがジト目でこちらを見てくる。

 

「…………上手く誤魔化したわね、兄さん。というか、兄さんだって可能な限り戦場は避けて安全地帯から出ないスタンスじゃない……」

「そもそも、貴様の奥の手などというのはどうせろくでもない物だろうし、言いたくないというのも、ただ人様に自慢できるようなものではないというだけだろう。不意打ち騙し打ち、弱みを握った上での脅迫、裏切りに買収…………さぁ、どれだ」

「ち、ちげえし! 本当に俺のことなんだと思ってんだよ! ちゃんとした奥の手があんだって!! な、なんだよその目は、信じてないだろ!?」

 

 ゆんゆんとクレアの胡散臭いものを見る目に、思わずアイリスのように見せつけてやろうとも思ったが、この奥の手はこっちもかなりのダメージを受けるので何とか思いとどまる。

 

 そういえば、この奥の手を用意したのはもう随分と前のことなのだが、今まで一度も使ったことがない。まぁ、これを使うってことはそれだけ追い詰められているということだし、使う機会がないというのは、それだけ俺が上手くピンチを避けているということだろう。

 要するに、俺が優秀すぎて使う機会がないってことだ。うん。

 

 と、ここで一人静かな奴がいることに気付く。そう、めぐみんだ。

 元はと言えば、こいつがアイリスの魔法について煽るから、こんな事になったわけなんだが……。

 

「おいめぐみん、いつまでショック受けてんだよ。お前も何か言ってやったらどうだ?」

「……ショック? ふっ、何のことやら。まぁ、そこそこ、といった感じではないですか? 紅魔族随一の天才の私からすれば物足りない所もありますが、10歳の子供が使う魔法にしては中々のものではないでしょうか」

 

 何という上から目線。

 つーかこいつ、アイリスが魔法を使った直後は、ゆんゆんと一緒に目を丸くして驚いてたくせに。

 

 そして当然、こんな言い方をされてアイリスが納得できるはずもなく。

 

「な、なんですか、伝説の勇者も使っていたとされる魔法を物足りないとか言いましたか!?」

「えぇ、物足りないですね。それに、伝説の勇者が使っていたというのが本当だったとしても、その威力まで再現できているとは限らないではないですか。この程度の鉱石であれば問題なく砕けるようですが、アダマンタイトは無理なのでしょう?」

「そ、それは…………ですが、アダマンタイトなど、それこそ限られた魔法でないと」

「爆裂魔法なら問題なく壊せます。木っ端微塵ですよ」

 

 ここで凄まじい程のドヤ顔が出た。

 確かに威力だけで言えば爆裂魔法に敵う魔法など存在しないわけだが……。

 

 俺はぼそっと。

 

「……まだ習得できてないくせに」

「も、もうすぐできますから!!」

 

 そこは触れてほしくなかったのか、めぐみんは恥ずかしさでほんのりと頬を染める。

 アイリスは悔しそうにしながらも、

 

「で、ですが、爆裂魔法なんてそれこそ威力だけではないですか! 使い所も限られます!! 私は剣も扱えますし、魔法だって一発しか使えないなんてことはないです!! つまり、めぐみんさんより私の方がずっと役に立つのです!!」

「言ってくれますね! 本当の強者との戦いになればなるほど、私のような一点特化型の方が重要な戦力になりますから! あなたのような中途半端に何でも出来るような者は、戦いの中盤くらいまでなら活躍できるかもしれませんが、終盤に向かうにつれてインフレについて行けなくなり、解説役に回るものなのです!! 最終決戦において、あなたが、同じく中途半端に強いゆんゆんと一緒に私の偉大さを解説している姿が目に浮かびますよ!!」

「ねぇ、だからどうして私を巻き込むの!? 二人のケンカだよねこれ!?」

「中途半端と言いましたか!? めぐみんさんこそ、いくら力があったとしても、協調性皆無で問題行動ばかり起こしていては、すぐに騎士団から放り出されて最終決戦がどうとかいう話ではなくなると思います! そして、冒険仲間も中々見つからずに、結局一人で頑張っていたゆんゆんさんに泣きつくことになるでしょう!!」

「あ、あの、アイリスちゃん? なんか私も仲間を見つけられないっていう前提で話してない……?」

「お、お二人共、この辺りで落ち着いていただけると…………ああっ!!」

 

 涙目になっているゆんゆんは放置され、クレアの言葉も無視され、結局掴み合いのケンカを始めるめぐみんとアイリス。

 

 この二人は何でこんなにケンカばかりなのだろう……いや、一応お互いのことは心の底では認めているような感じはあるし、言いたいことを言い合える仲だからこそっていうのもあるんだろうけど……。

 

 そんな事を考えながら、必死に二人を止めているクレアを眺めていた時。

 

 

「失礼致します! クレア様、ご報告が」

 

 

 そう言いながら修練場に入ってきたのは一人の騎士だった。

 クレアは両手で怒れる二人の少女を抑えながら、

 

「見ての通り、取り込み中だ! 緊急でないなら後にしろ!」

「それが、その……緊急というか……紅魔族の方々に関することで……」

 

 騎士は言い難そうにしながら、俺のことをちらりと見る。

 あ、まずい、きっとあれだ。

 

 俺は即座に不穏な空気を感じ取り、

 

「それじゃ、俺はちょっと街でも見て来るかなー」

「待て」

 

 一歩踏み出した瞬間、後ろからクレアに首根っこを掴まれた。

 

 

***

 

 

 ここは王都にあるモンスター研究所。

 モンスターを捕らえて、その生態を観察し、弱点などを見つけて最も安全な対処法などを探る目的の為作られた施設だ。

 

 そんな施設に、悲鳴が響き渡っている。

 

 

「や、やめ……ぎゃあああああああああああああああっ!!!」

「ひぃぃっ!! た、頼む、何でもする! 何でも話す!! だから……ああああああああああああああああ!!!!!」

「頭おかしいだろお前ら!! これが人間のすることかよおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 騎士の報告を受けてやって来たのは、俺とアイリスとクレア。

 ゆんゆんとめぐみんは、次の撮影の打ち合わせとやらであるえに呼ばれて行ってしまった。まぁ、ここは生徒の教育には良くないだろうし、来ないほうが良かったとは思う。本当はアイリスにもあまり見せるべきではないのかもしれないが、本人が強く希望したので折れた形だ。

 

 先程から悲鳴をあげているのは、魔王軍の鬼やら鎧騎士といった魔族達。

 研究所内には、数人の紅魔族がいて、それはそれは楽しそうに魔族達を弄り回していた。

 

 俺は呆れながら、

 

「あんまりやり過ぎるなよお前ら。そいつらにはまだ仕事があるんだ、本来の目的忘れてないだろうな」

「分かってる分かってる。ちょっと遊……実験してるだけだって。あ、こら暴れんな!」

 

 どうやら魔族達は何とか紅魔族の魔の手から逃れようとしているようだが、元々魔法で体の動きを鈍らされていることもあって、逃げ切ることなどできない。

 紅魔族達は魔族を捕まえながら、目に怪しい光を宿して、

 

「逃げるな逃げるな。俺の考えが正しければ、この位置にゴキブリでもテレポートさせれば、うまい具合にお前と合成されて新種のキメラが出来ると思うんだ。お前にとっても機動力が上がって良い事だと思うぞ?」

「そんな怯えるなよ、ちょっとこいつを頭にぶっ刺すだけじゃないか。それにこの薬は、上手くモンスターの脳に作用すれば、人間への残虐性が消えて共存できるようになるかもしれないんだぞ。まぁ、まだまだ試作段階だから頭がパーになる可能性の方が高いんだけどさ」

「よし、じゃあ次はお前をオークの雌と掛け合わせてみるか。どんな子供ができるのか楽しみ……ほら、抵抗すんな! 大丈夫だって、相手は経験豊富なテクニシャンだって評判だぞ!」

 

 こんな光景を目の当たりにして、アイリスもクレアも引きつった顔を浮かべている。

 紅魔族的には、こういった実験などはそこまで抵抗ないのだが、普通の感性を持っている人からすると違うのだろう。

 

 クレアは額に青筋を立ててこちらを見る。

 

「おいカズマ、これは何だ」

「何だって言われても、見ての通りモンスターを使った実験だけど……その、黙ってたことは謝るって。でも正直に言ってたらお前、絶対反対してくるじゃん……」

「当たり前だ!!! いくら何でもこれは人道に反しすぎているだろう!!! いや、普段からこの研究所ではモンスターを捕らえて研究はしている。しかし、意思疎通ができる相手にここまでする事はないぞ!」

 

 やっぱりこうなるよな……。

 元々ここにいた研究員達には口止めはしていたのだが、紅魔族の実験内容が酷すぎてたまらず騎士に報告したとかそんな所なのだろう。

 

 アイリスも悲鳴をあげる魔族達に目を向けた後、おずおずと、

 

「あの、お兄様……私も流石にこれは残酷過ぎるのではないかと……いくらモンスターといっても……」

「アイリス、今俺達は魔王軍と戦争してるんだ。そんな甘いことを言ってられない、多少残酷なことでもやらなきゃいけないんだ。それに法律で魔王軍の人権……人じゃないけど……に関する項目なんて存在しない。つまり、魔王軍相手なら何やっても罪にはならないんだ」

「そ、そうなのですか……? なるほど……以前にお兄様に、敵には情けをかけるな、徹底的にやれと教わったことがあります。綺麗事だけではやっていけないのですね……」

「ア、アイリス様、この男の話を聞いてはいけません! 確かに魔王軍との戦いでは時に残酷な選択を取ることもありますが、これは一線を越えていますから!! それとカズマ! ここにいる魔族は魔王軍の者なのか!? どうしてこんな所にいる、しかもこの数はなんだ!!」

 

 ……どうしよう。

 正直怒られるのが目に見えてるし、すごく気が進まないのだが、他の紅魔族達は実験に夢中でこっちの事全く気にしてないし、俺が説明するしかないよな……。

 

「えっと、ほら、今度ウチの里で祭りをするって話は聞いてるだろ? その祭りのために必要なことなんだよ。昨日の魔王軍との戦いで、紅魔族の連中は敵を状態異常に陥らせてからテレポートでここに飛ばしてたんだ。実はここだけじゃなくて、他の大きめの街にも似たような施設がいくつかあって、そこにも飛ばしてるんだけどな」

「あ、そのお祭でしたら私も聞きましたよ! 私もぜひ行きたいのですが、クレアがそれならば護衛を何十人も付けるとか大袈裟なことを言い出して……」

「大袈裟でも何でもありません、一国の王女様が外出するのですから当然の対応です! しかし、祭り……? 紅魔族の祭りの話は聞いているが、それがどう魔王軍と繋がるのだ?」

 

 クレアのもっともな疑問に、俺は答える。

 

「今回の祭りには外の人達も沢山招きたいってのは知ってるだろ? でも、紅魔の里ってのは周辺に強力なモンスターが多くて誰でも気軽に行けるような場所じゃない。だから、移動には安全なテレポートを使うってのが妥当なところなんだけど、テレポートってのはかなりの魔力を消費する魔法だから、紅魔族でも何十回も使えるようなものじゃない」

「あ、はい、それは私も城での勉学で教わりました! 日に何度も使えるものではないから、転送屋の価格が高額なのですよね?」

「そうだ、賢いなアイリス。もちろんテレポート係は多めに動員するつもりだけど、大勢の人をテレポートで送るにはやっぱり魔力が足りない。かといって、マナタイトを使うにしても、それもコストが高い。一応里には魔力供給施設もあるんだけど、そっちもまだまだ試行錯誤の段階で、やっぱりコストの問題がある。それならどうするかって考えた時に思い付いたのが俺のドレインタッチだ」

「お、おい、まさか貴様……」

 

 何だかんだクレアとも、それなりに長い付き合いだ。どうやら本当の目的が見えてきたらしく、顔をしかめている。

 一方で純粋なアイリスはまだピンときていないらしく首を傾げて、

 

「ドレインタッチは魔力や体力を吸い取ったり、逆に誰かに分け与えることができるスキルでしたね。便利なスキルだとは思いますが…………あ!」

「お、気付いたかアイリス、流石は俺の妹だ」

「妹ではない! 貴様がアイリス様に妙なことばかり吹き込むから、戦術の授業などで鬼畜過ぎる策ばかり答えて教師が困り果てているのだぞ!!」

 

 何やら喚いているクレアは放っておいて、俺は正解を言う。

 

 

「要するに、テレポートの魔力確保に、この魔王軍の奴等を使うってことだ。ドレインタッチ用の魔力タンクとしてな」

 

 

 俺の言葉に、アイリスは小さく口を開けて感心している様子だ。

 一方でクレアは痛む頭を押さえながら、

 

「昨日紅魔族が魔王軍撃退に協力してくれたのは、初めからそんな目的があったのか…………し、しかし、祭りの時の転送用の魔力を確保するのだから、相当な数を送ったんじゃないのか? その魔力はどこから……」

「それも俺のドレインタッチだよ。敵も王都に攻めてくる奴等だけあって、魔力が高い奴は結構いたからな。そういう奴等を状態異常やらバインドで動けなくして、俺のドレインタッチで魔力を吸い切ってからテレポート。これを繰り返せば魔力切れになることもないんだ。まぁ、俺自身のテレポートの登録先は街だと王都くらいしかないから、他の紅魔族の連中にも魔力を分けて、そいつらに色々な街にモンスターを送ってもらったってわけだ」

「な、なるほど、お兄様は本当に色々と考えているのですね…………あれ、でも、お祭まではまだ少し日がありますよね? それまでの間、魔王軍の方達はどうするのですか?」

「それぞれの街で飼うって感じになるな。大丈夫、生物実験が好きな紅魔族はモンスターの扱いも心得てるよ。里にはモンスター博物館なんてもんもあるしな。餌代とかその辺もマナタイトを大量に買うよりはずっと安くつくよ。適当に残飯とか食わせといてもいいし」

 

 そう聞いて、まだ非情になりきれない心優しいアイリスは複雑そうな表情を浮かべている。もちろんクレアは、俺を全否定するような険しい顔でこちらを睨んでいる。

 

 俺は、アイリスに微笑みながら諭すように言う。

 

「アイリス、人っていうのはな、生きるために他の生き物を犠牲にしなくてはいけないんだ。そう、これは農家で牛さんや豚さんを育てて美味しくいただくのと変わらない。むしろ、ただ魔王軍を殺すよりは、こうやって有効活用した方が相手の命を尊重していると言えると思うんだ」

「はっ……そ、そうですね……! 確かに牛さんや豚さんをただ殺すだけというのは残酷なことですが、食べるためであるなら仕方ありません! それが食物ではなく魔力に変わっただけなのですね!」

「だ、騙されてはなりませんアイリス様! 魔力が必要なのは生きるためではありません、祭りのためにこんな事をしているのですよこの男は!! それに人と意思疎通ができる程知能を持った相手を家畜として扱うなど倫理的に…………何をやってる貴様ぁぁ!! アイリス様のお耳から手を離せ!!!!!」

 

 余計なことを聞かせまいとアイリスの耳を塞いだところでクレアの怒号が飛んだ。

 

 

***

 

 

 怒り狂うクレアは研究所に置いといて、俺とアイリスは映画の撮影の為に街に繰り出していた。

 もちろん、アイリスが普通に街を歩いたりすれば大騒ぎになるので、フードを深く被って顔が見えないようにしている。加えて、私服姿の騎士達がさり気なく周りの群衆に紛れて警護にあたっていた。

 ちなみに、アイリスのことを外で呼ぶ時は、周りに気付かれないように “イリス”という偽名を使うことになっている。

 

 集合場所には既にクラスの生徒達が集まっている。

 俺達の姿を見つけたゆんゆんは心配そうに、

 

「あ、兄さん、イリスちゃん。クレアさんは? それに、あの騎士の人の呼び出しって結局何だったの? モンスター研究所に行ってたんだっけ」

「クレアは研究所の方と少々お話があるとの事でした。でも安心してください、お兄様は悪さをしたわけではありません、お祭のことを考えて魔王ぐむぐっ!?」

「な、何でもない何でもない! ほら、紅魔族って生物実験が好きでモンスターにも詳しいだろ? それで色々と聞きたいことがあったとかそういう事だったんだ!」

 

 普通の紅魔族であれば、あの程度で何か思うことはないのだが、ゆんゆんは別だ。あんな事をしているとバレたら、クレアと同じかそれ以上に怒るに決まってる。

 

 ゆんゆんは俺の様子に少々訝しげにしながらも、一応は納得してくれたようだ。

 しかし、そんなゆんゆんの隣で。

 

「……おいあるえ。お前は何をしてるんだ」

「あ、どうぞお構いなく。先生が後ろから王女様の口を塞いでいるというのが中々面白い画だと思って撮っているだけですから。王女様が満更でもなさそうに頬を染めているのも、また」

「なんつーもんを撮ってやがるんだテメェはぁぁ!!!」

 

 本当にこいつは油断も隙もない。

 そんな映像、どこかに漏れれば即刻俺の首が飛ぶわ!

 

 俺が慌ててアイリスの口から手を離し、あるえからカメラを取り上げていると、ふにふらとどどんこが興味津々といった様子でアイリスを見ながら、

 

「わぁ、王女様だ……本物の王女様だぁ……!! すごい、近くで見ると本当にお人形さんみたい……綺麗な青い目にさらっさらな金髪……」

「ちょ、ちょっと、ふにふら! そんな無遠慮に見ちゃダメだって! 相手は王女様だよ!?」

「あ、いえ、気にしなくても結構ですよ! もしよろしければ、私にもクラスメイトのように砕けて接していただけると嬉しいです!」

 

 そんなアイリスの笑顔に、緊張していた二人もつられるように笑顔になる。

 そして、二人の元々のコミュ力の高さもあって、すぐにアイリスとも打ち解ける。

 

 お互いに挨拶を済ませると、アイリスが嬉しそうに、

 

「お二人が、ふにふらさんとどどんこさんでしたか! お二人のことは、めぐみんさんから聞いていますよ! 素敵な人達だと聞いていましたので、お会いできて嬉しいです!」

「え、そ、そうなんだ、めぐみんがあたし達の話を……ちょっと意外かも……」

「うん、ゆんゆんの話ならともかく、私達の事なんて、最初は中々名前も覚えなかったのに……」

 

 そう言いながら、ちらちらと視線を送ってくる二人に、めぐみんは小さく笑みを浮かべながら、

 

「今や二人ともそれなりに長い付き合いになってきましたからね。私にとっては、ゆんゆんの次に親しい仲だと思っていますし、私がイリスに二人のことを話していてもそこまで不思議なことでもないと思いますが」

「……ふ、ふーん、そんな風に思ってくれてたんだ……へぇ……」

「な、何ていうか、その、照れるね……うん……」

 

 二人は若干頬を染めて、どこか百合百合しい空気が漂い始める。

 めぐみんは妙に男らしいというか、こういった事を堂々と言う所がある。もう百合ハーレムとか築いちゃえばいいんじゃないかな。男がハーレム作ってるのはムカつくが、それなら許せる……いや、でもめぐみんにはゆんゆん一筋でいてほしいな。

 

 そんな事を考えていると、ふにふらが、そわそわとアイリスに尋ねる。

 

「その、めぐみんはあたし達のこと何て言ってたの? 素敵な人達って、めぐみんがそんな風にあたし達を紹介するっていうのもかなり意外というか……」

「そうだよね、日頃はあんなに私達のこと散々バカにしてるのに……もしかして、ツンデレってやつなの……?」

「めぐみんさんは、お二人のことを、自分には決して出来ないことをやってのける人だと言っていましたよ! ふにふらさんは、どんな男性ともすぐに性交渉をする程に仲良くなれるビッチで、どどんこさんは、自身は影が薄くても目立つ人に取り入るのが得意な腰巾着で、それでうまい汁を吸えているとか……」

「ちょっと待って!! それぜんっぜん褒めてないよね!? むしろ貶してるよね!?」

「めぐみん、あんた王女様に何吹き込んでるのよ!! ていうかどこ見てんのよ、こっち見なってば!!!!!」

 

 二人が先程とは打って変わって怒りの形相でめぐみんに食ってかかるが、当の本人は明後日の方向を見ながら、格好良いポーズや詠唱を考え始めていた。もうわざとらしいにも程がある。

 

 アイリスはそんな二人の反応は予想外だったのか、驚きながら、

 

「あ、あの、私、ビッチや腰巾着といった言葉についてはまだ良く分からないのですが、ふにふらさんのように男性とすぐに仲良くなれるというのは、生物の種の保存を考えても優れたことだと思いますよ? それに、どどんこさんのように有力者に取り入るのが上手い者は、人生を有利に進めていけるとお兄様も言っていましたし……」

「種の保存……!? な、なんか、とんでもなく斜め上の解釈をされてるような……あのねイリス、ビッチっていうのは全然褒め言葉でも何でもないから! だからめぐみんの言ったことは全部忘れていいから! ていうか忘れて!」

「紅魔族随一の天才とかいうめぐみんの肩書に騙されちゃダメだよ! 実際はただの変人だから!」

「おい、流石にそれは私も聞き捨てなりませんね! 誰が変人ですか!! あるえやゆんゆんと比べれば、私は十分常識人に入ると思います!!」

「えっ!? わ、私、めぐみんよりおかしいの!? いくら何でもそれは納得出来ないんだけど!!」

 

 めぐみんの言葉に涙目になるゆんゆん。だから、唐突にゆんゆんに流れ弾を命中させるのはやめてやれよ……。

 

 アイリスはふにふらとどどんこの言葉に何やら考え込みながら、

 

「た、確かに、変人さんの言葉を鵜呑みにするのは良くないですね……めぐみんさんの頭がおかしい事はよく知っていますし…………ありがとうございます、ふにふらさん、どどんこさん。とても勉強になります!」

「今普通に私のことを頭おかしいとか言いましたか!?」

 

 何やら納得した様子のアイリスに、めぐみんが噛みつく。

 そんなめぐみんをよそに、アイリスはふと何か思い出したように、

 

「……あの、ふにふらさん、どどんこさん、一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん、なになに、何でも聞いてよ! やっぱり世間の流行とか? あたし達、その辺には敏感で、常に流行の最先端を行ってる自信あるよ!!」

「あ、あはは、王都に比べたら私達の里の方がずっと田舎だけどね……でも、王女様だとあまり外には出られないだろうし、流行には疎かったりするのかな?」

「あ、はい、それもぜひ知りたいのですが……今はそれよりも、お二人のお兄様との関係について聞いておきたいと思いまして」

「「えっ」」

 

 二人が同時に俺の方を見てきたので、俺はさっと視線を逸らす。

 でも、他の周りの生徒達からも「やりやがったこいつ……」みたいなドン引きの視線が集まってきていて、逃げ場がない……違うのに、本当に俺はロリコンなんかじゃないのに……!

 

 アイリスは、戸惑っている二人に、

 

「実は、お二人はお兄様に好意を寄せていて周りをちょろちょろしていますが、特に何か進展する気配もなく最後には他の人に掻っ攫われるような典型的なかませ犬ポジションだというのを、めぐみんさんから聞いていたのですが……」

「「めぐみん!?」」

 

 二人は同時にめぐみんの方を向くが、めぐみんは再び格好良いポーズの考案に取り組み始めていた。

 アイリスは不安そうな表情で続ける。

 

「ですが、めぐみんさんの言葉があてにならないとなると、お二人とお兄様の関係というのも本当の所はどういったものなのかと気になりまして……」

「そ、そっか、なるほどね……うん、もちろん、あたし達はめぐみんの言うようなかませ犬なんかじゃないよ!」

「そうそう、むしろ、先生の周りの女の子って色物枠ばかりだし、私達みたいな常識人にこそチャンスがあると思う!」

 

 そんな事を力説している二人に、ゆんゆんとめぐみんは渋い顔でとてつもなく何か言いたそうにしているが、自分が色物枠というのを真っ向から否定できないのか何も言えずにいる。

 一方で、アイリスは探るような目付きで、二人に尋ねる。

 

「お二人は、お兄様と同じベッドで寝たことはありますか?」

「「えっ」」

 

 おい、いきなり何を言い出すんだこの王女様は。

 いきなりの突っ込んだ質問に、二人は見るからに動揺しながら、

 

「え、えっと、それは流石に……ねぇ?」

「うん……そこまでは、まだ……いや、いずれはそういう事もしたいなって思ってるけど……」

 

 歯切れ悪くそんな事を言う二人に、アイリスは一度頷いたあと、

 

「それでは、お兄様にキスをしたことはありますか?」

「「ええっ!?」」

 

 あの、周りの俺を見る目がとんでもなく冷たいものになっているのですが。

 特に、ゆんゆんの目が凄いことになってるんですが、本当に勘弁してください。

 そんな微妙な雰囲気の中、ふにふらとどどんこはアイリスの質問にブンブンと首を横に振ることしかできない。

 

 それを見て、アイリスはどこか余裕を窺える、柔らかい笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、大体分かりました。ありがとうございます」

「あれっ!? なんか遙かなる高みから見下されてるような気がするんだけど!! え、も、もしかしてイリス、今言ったこと先生とやったことがあるの!?」

「ま、まさか、先生は私達は年齢的に対象外とか言ってたけど、それって幼いってことじゃなくてむしろ逆だったってこと……!?」

「おい、違う! 人を本当に洒落にならないようなロリコンみたいに言ってんじゃねえ! これには色々とわけが……!!」

 

 これは放置していたらとんでもない事になりそうなので、たまらず口を挟む。

 それからしばらくは撮影などそっちのけで、ひたすら俺は生徒達からの凍るような冷たい視線を何とかしようと必死に弁解するのだった。

 

 

***

 

 

 ようやく撮影が始まった。

 

 といっても、普通に街を見て回るめぐみん一行とアイリスを撮っているだけなのだが。

 まぁ、この場面は、城の外の世界に疎いアイリスにめぐみん達が色々と教えてあげるというものなので、特に演技などは意識せずに自然体でいてくれればいいというのが、あるえ監督からの要望だ。

 

 アイリスにとって、こうやって同世代の子と街を歩くというのは貴重な体験なのだろう。フードから少しだけ覗く顔を見ても、それはそれは楽しそうだ。

 周りの群衆に紛れてアイリスを警護する私服姿の騎士達も、そんなアイリスを見て嬉しそうに微笑んでいた。

 

 少しすると、めぐみん一行は串焼きの露店の前で立ち止まった。

 

「そういえば、イリスは一人で買い物をしたことがないのでは? この機会ですし、社会勉強も兼ねてやってみてはどうですか。ちなみに、私は串焼き好きですよ」

「あ、はい、そうですね! 私も一度お買い物というのをしてみたいとは思っていました! それでは、めぐみんさんや他の皆さんの分も一緒に買ってきますね!」

「い、いいよイリスちゃん、私達の分は自分で買うから! ……ねぇ、めぐみん、社会勉強とか言ってるけど、それイリスちゃんにたかってるだけじゃないの……?」

「何というか、流石めぐみんだわ……年下の王女様にもたかるとか、あたし達じゃ中々出てこない発想だよね……」

「まぁ、うん……こういう貴族や王族相手でも物怖じしないでズカズカ行く所とか、先生と通ずるところがあるかも……」

「う、うるさいですよ、何ですか皆して! 私はただ、串焼きが好きだと言っただけですから! というか、先生と通ずる所があるとか失礼極まりない言い草はやめてもらおうか!!」

 

 おい、お前のその言葉も俺に対して失礼極まりないんだが。

 ゆんゆん達から一斉に非難の目を向けられ居心地悪そうにしているめぐみんだが、アイリスはやたらと嬉しそうに、懐から財布を取り出す。

 

「ふふ、皆さんそんな遠慮なさらずに。皆さんには外のことを色々と教えてもらっているので、そのお礼だと思ってください。えっと、買いたい物を言って、お金を払えばいいのですよね。あの、お金はこのくらいあれば足りるでしょうか?」

「大丈夫ですよ、串焼きなんて一本百エリス程度なので…………ちょ、ちょっと待ってください、その硬貨はしまってください! 店中のお金を集めてもお釣りが払えませんから!」

「そ、そうなのですか? でも、この硬貨くらいしか持ちあわせていないのですが……」

「……はぁ、仕方ありませんね。ここは特別に私が…………わ、わたし、が……」

「その、いいわよめぐみん、私が出すから……」

 

 アイリスに対してちょっとお姉さんっぽい所を見せてやろうと財布を取り出しためぐみんだったが、その中身を見て厳しい現実を思い出して引きつった顔で固まってしまう。

 それを気の毒そうに見ながら、自分の財布から硬貨を数枚取り出してアイリスに渡すゆんゆん。

 

 アイリスは受け取った硬貨を興味津々に見ながら、

 

「ありがとうございます、ゆんゆんさん! わぁ、このようなお金があるのですね、初めて見ました! あの、一枚だけでも、私の持っている硬貨と交換していただけないでしょうか?」

「ええっ!? い、いや、流石にそれは……」

「そこを何とか! それでは、こちらはこの硬貨を十枚出しますので、それでそちらと交換というのは……」

「そういう事じゃなくてね!? あのね、イリスちゃん、その硬貨は」

「じゃ、じゃあ、あたしが持ってるのと交換しようよイリス!」

「あ、ふにふらズルい! ほら、私のコインの方が綺麗だよ!?」

「ふにふらさん、どどんこさん、ダメだってば!!」

 

 目をキラキラさせて自分の財布から硬貨を取り出す二人を、必死に止めるゆんゆん。

 

 アイリスが持ってきた魔銀貨は一枚で百万エリスの高額硬貨で、商人である俺はそこそこ見ることもあるが、一般人は人生でそう何度も見るようなものじゃない。

 普通だったら子供が知っているような物でもないのだが、俺が以前に授業で得意気に実物を見せびらかして教えてしまったことがあった……お、俺のせいなのかこれも……。

 

 それからゆんゆんが何とかアイリスに硬貨の価値を教え込んだ頃。

 ようやくめぐみんがショックから立ち直ったらしく、気を取り直してアイリスに一般常識を教え始める。

 

 ……めぐみんが常識を教えるというのも何とも不安なものだが。

 

「それでは、世間知らずなイリスには買い物の極意というものを教えてあげましょう。まず、買い物をする時は限界まで値切るのが基本です。そう、買い物というのは、日々の生活を支えるものであって、一種の戦いとも言えるのです」

「な、なるほど、世の中にはそういった戦いもあるのですね…………勉強になります!」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ、お買い物ってそんな物騒な物じゃないでしょ……? むしろ、お金さえ払えば店員さんが会話してくれる、人付き合いが苦手な人にも優しいコミュニケーションツールみたいなものじゃないの……?」

「え、えっと、ゆんゆん? 確かにめぐみんの言い分もどうかと思うけど、あんたもあんたで相当こじらせてるからね……?」

 

 何か悲しいことを言っているゆんゆんに、若干引きながらそんな事を言い聞かせているふにふら。隣ではどどんこも同じような表情を浮かべている。

 

 もう、何というか、俺の妹はどうしてこうなってしまったのだろう。

 このままでは、将来「友達になってやるから、毎月友達料払えよ」とか言われたら普通に払ってしまいそうで心配だ。まぁ、もしゆんゆんにそんな事を持ちかけるような奴がいたら、逆に俺があらゆる手段を用いて相手の全財産を毟り取ってやるが。

 

 ちなみに、俺としてはめぐみんの言い分はそこそこ理解できる。

 一応金はそれなりに持っているので、普段の買い物でしつこく値切るなんて事はしないが、商談における値段の交渉なんかはまさに戦いだ。

 

 そして、ふにふらもゆんゆんよりは、まだめぐみんの方に共感できるらしく、

 

「まぁ、あたしも『おじさんまけてよー』くらいは言うかなー。流石にめぐみんみたいに必死にやったりはしないけどさ。イリス可愛いし、ちょっと言ってみるのもいいんじゃない? 上手くいくかもよ?」

「そ、そんな、可愛いなんて……でも、それがお買い物の作法という事でしたら、私もやってみます!」

「う、うーん、作法っていうのかなぁそれ…………というか、ふにふらはたまーにしかまけてもらってない気がするけど」

「う、うるさいな、別にあたしは本気出してないだけだし!」

 

 どどんこの言葉に、慌てて言い訳をするふにふら。

 それを見て、めぐみんは一度頷いてから、

 

「そうですね。ふにふらが本気出せば、串焼きの一本や二本、余裕でまけてもらえますよね」

「え、あ、う、うん! そうだよ、その通り! なんだ、珍しくめぐみんも分かってるじゃん!!」

「えぇ、ふにふらのことはよく分かっていますよ。ふにふらの武器といえば、その尻の軽さ。ようするに、店員さんにまけてくれれば一夜を共にするからと言って」

「しねえから!! あんたホントあたしをビッチ扱いするのやめろっての!!! ていうか、あたしの体の価値は串焼き程度って言ってないそれ!?」

「……それでは、もしかして、ふにふらの本気というのは、腰巾着のどどんこを使うという事でしょうか。ふにふらはコミュ力はそこそこありますし、話力で店員の注意を引き付けつつ、その間にどどんこがその存在感の無さを活かして商品をかっぱらうとか……」

「だから私のことも腰巾着だとか存在感がないだとか言わないでよ!! そもそもそれ、もはや値切りじゃなくてただの窃盗でしょ!!!」

 

 めぐみんの酷すぎる言葉を大声で否定する二人。

 まったく、こいつの思考回路は本当にどうなってるんだ。俺のことも鬼畜だなんだと散々言ってくれるが、人のこと言えないだろ。

 

 放っておいたらその内とんでもない事をしでかすんじゃないかと頭が痛くなってくるが、そんな俺の心配をよそに、めぐみんはアイリスにろくでもない事を教え込む。

 

「まぁ、イリスは買い物をするのは初めてですし、ここは簡単な値切り方から教えましょうか。まず、串焼きを一本普通に買って食べます。そして、あらかた食べた後に『生焼けだったのですが』などととイチャモンをつけます。すると、店の人は無料で新しい物をくれますので、一本分の値段で二本食べられるというわけです」

「な、なるほど! 私、まったく思い付きませんでした! 勉強になります!」

「イ、イリスちゃん、それは聞いちゃダメなやつだから!! 値切りっていうか、ただの迷惑なクレーマーだからそれ!!」

「ゆんゆんの話は聞き流してください。この子は里でも有名な変わり者なので。でも、そうですね、イリスならば他にもっと有効な値切り方があるかもしれません。例えば、胸をガン見されただとかパンツ覗かれたとか難癖つけて騒ぎ立て、許してあげる代わりに安くしろというのはどうでしょう。基本的にイリスのような幼女には大抵の人間が甘くなるものですし、周りの人達も味方してくれると思うのです。完全に悪者になった店員は、事態を穏便に済ませるために串焼きを安く、もしくは無料で差し出してくれるというわけです」

「凄いですめぐみんさん、それは確かに上手くいきそうな気がします! 流石は紅魔族随一の天才ですね!」

「イリスちゃん、待って! 本当に待って!! それ値切りじゃなくて普通に脅迫だってば!! めぐみんも王女様に変なこと教えるのやめなさいよ、兄さんじゃないんだから!! というか、あんた本当にお店でそんな事してないでしょうね!?」

 

 もう、めぐみんの奴は騎士団の前に牢屋に入ったほうがいいんじゃないか。

 

 クレアは俺がアイリスに悪影響を与えているだとか言ってくれるが、めぐみんが騎士団に入ったら、俺と同じかそれ以上にアイリスに変なことを吹き込むんじゃないだろうか。

 まぁ、めぐみんが卒業した後のことだし、俺はもう無関係だよな。そこはクレアに頑張ってもらおう。

 

 これには流石にふにふらとどどんこも呆れ顔で、

 

「ねぇ、めぐみん。いくら何でもそれはダメでしょ、下手すると警察呼ばれるって。あんたはともかく、王女様に前科がつくとか洒落にならないってば」

「うん、めぐみんだったら遅かれ早かれ前科はつく事になりそうだしいいかもしれないけど、イリスを巻き込むのはねぇ」

「おい、私をいつ犯罪を犯してもおかしくないような、ならず者扱いするのはやめてもらおうか。……はぁ、分かりましたよ、それでは一番穏便に済む方法を教えます。イリス、耳を貸してもらえますか?」

 

 言われた通りアイリスが耳を近付けると、めぐみんが何かを呟く。

 しかし、それを受けたアイリスはどこか困惑している様子だ。

 

「あの……それだけで本当に上手くいくのでしょうか?」

「えぇ、間違いなく上手くいきます。私が保証します」

「ちょっとめぐみん、何言ったの? 嫌な予感しかしないんだけど」

「大したことではありませんよ。もちろん、犯罪でもありません」

 

 不安気なゆんゆんに、めぐみんは何でもなさそうに答える。

 というか、俺も不安だ……アイリスの反応を見る限りでは、本当に大したことでもないようにも思えるが、アイリスが世間知らずだという事を考えると安心はできない。本人からすれば大した事でなくとも、実際はとんでもない事をやらかす可能性もある。

 

 群衆に紛れてアイリスを見守る騎士達も不安そうに見つめる中、アイリスはフードの奥で緊張した表情を浮かべながら、いよいよ串焼きの露店まで歩いて行く。

 店主は気の良さそうなオッチャンだ。

 

「あ、あの! この串焼きを、えっと……五本頂けますか?」

「お、可愛いお嬢ちゃんだね、お使いかい? よし、そんな偉い子には一本おまけしよう! 400エリスだ!」

「えっ? あ、ありがとうございます!」

 

 どうやら、アイリスが何かやらなくても値切るという目的は達成できてしまったようだ。うん、アイリス可愛いもんな。ケチな俺でもおまけすると思う。

 

 一方で、アイリスは思わぬ展開にめぐみんの方をちらりと見るが、めぐみんは一度だけ力強く頷いた。

 それを見て、アイリスは覚悟を決めたような表情になり、

 

「あの…………これを見てもらえませんか?」

「ん?」

 

 そう言いながら、胸元からペンダントを取り出すアイリス…………お、おい、まさか。

 ここでようやくめぐみんがアイリスに何を吹き込んだのか見当がつく……が、今更止めることもできない。

 

 ペンダントを見た店主は、一気に顔を青ざめさせ、顔中から脂汗をダラダラと流し始め。

 次の瞬間、大慌てで深々と頭を下げた。

 

 

「しししししし、失礼しましたあああああああああああああ!!!!! もちろんお代などいりません、どうぞお好きなだけ持って行ってください!!!!!」

 

 

 こうして、アイリスは一銭も払わずに串焼きを手に入れる事となった。

 

 先程アイリスが取り出したペンダントには、王家の紋章が刻まれている。

 ようするに、めぐみんが教えた値切り方とは、この国一番の権力を使うというものだった。

 いや、うん、確かにそれが一番確実なのかもしれないけど、串焼きに使うなよ……店のオッチャン、寿命縮んだぞ絶対……。

 

 しかし、当のアイリスはどうしてこんなにも上手くいったのか分かっていないらしく、驚きの表情を浮かべながら、めぐみん達の元へと戻っていき、

 

「めぐみんさん、凄いです! お金を払っていないのに、こんなに串焼きを貰ってしまいました!!」

「よくやりましたアイリス! では皆で食べましょう!」

「ねぇ、めぐみん、これって良いの!? こんな風に王家の権力使っちゃって怒られたりしないの!?」

 

 おそらく、ゆんゆんが心配している通り、バレたら怒られるだろう。

 王様が権力を振りかざしてやりたい放題という国もあるが、この国の王族は真っ当な人達でそういった事を良しとしない。

 

 まぁでも、バレなきゃいいだけだ。

 周りの騎士達は引きつった顔を浮かべているが、とりあえず面倒な奴に知られなければ……。

 

 そこまで考えた時だった。

 

 騎士達の方に視線を向けていた俺は、あるものを見つけた。……見つけてしまった。

 さっきまではいなかったから、今来た所なのだろう。そして、アイリスと店主のオッチャンのやり取りはちょうど良くバッチリ目撃したのだろう。

 

 そこにいたのは、王家の権力を使って串焼きを巻き上げたアイリスを見て、驚きのあまり何も言えずに口をぱくぱくとさせている白スーツの女。

 

 アイリスの側近にして、大貴族シンフォニア家の長女、クレアだった。

 

 ……どうしよう。

 いや、今回は俺は全く悪くないはずだ。うん、めぐみんの奴が全部悪い。

 そう考え、何を言われても責任逃れをする為の言葉を頭の中で考えて身構えていると。

 

 

 クレアは何の躊躇もなく、言葉より先に真っ直ぐ俺に掴みかかってきた!

 

 

「カズマ貴様ああああああああああああああ!!!!! アイリス様に何を教え込んでいる大たわけが!!!!!」

「いででででででででで!!!!! バ、バカッ、俺じゃねえよ、話聞けって!!!!!」

 

 

***

 

 

 ろくに人の話も聞かないクレアに頭にきて、スティールでパンツを剥いだ結果。

 もはやちょっとやそっとでは収集がつかない事態になってきたので、生徒達の映画撮影の方はクレアに丸投げして、俺は冒険者ギルドまで来て昼間から酒を呷っていた。いわゆるやけ酒というやつだ。

 

 理由としては、クレアからの理不尽過ぎる扱いもあるが、それよりも俺には頭が痛い大きな問題が一つあった。

 

 そう、王城の拡声魔道具でアクシズ教の宣伝をしなければ、紅魔祭にアクシズ教徒が大勢押し寄せるという問題だ。

 

「はぁ……」

「お、どうした、そんな深い溜息ついてよ。もしかして、ついに妹から愛想尽かされたか?」

「それは大丈夫だ、ゆんゆんは変わらずお兄ちゃん大好きっ子だよ。俺のことも盗撮してるみたいだしな」

「それは大丈夫じゃねえんじゃねえか……?」

 

 同じテーブルでジョッキ片手にドン引きしているのは、王都で活動している戦士職の冒険者で、鼻に引っかき傷のある大柄の男、レックスだ。

 レックスはぐいっと酒を呷り、口元の泡を拭うとニヤリと笑う。

 

「まぁ、相談くらいなら乗ってやるぜ? 何だかんだお前とも、それなりに長い付き合いになってきたしな。何か手伝いが必要だってんなら、手伝ってやらねえこともない。報酬次第だけどな」

「……うーん」

 

 手伝ってくれるというのはありがたい事だが、例え助けがあったとしても、現状としてはかなり困難だと言わざるをえない。

 

 その大きな理由としては、昨日の義賊騒ぎにある。

 あれのせいで城の警備が普段よりも厳重になっていて、動きづらくなってしまったのだ。

 

 警備が厳しいなら、日を置いて出直すという手もある。

 しかし、もう祭りまでそこまで日はないし、今回は映画撮影ということで王城に招かれているので、城の状況を把握しやすいというメリットもある。これを何とか活かしたい所だったのだが……。

 

 とにかく、警備の注意を逸らす必要はある。

 

「そうだな……じゃあレックス。報酬は100万くらいなら出すから、一つ頼まれてくれないか」

「おっ、何だよカズマにしては気前がいいじゃねえか! いいぜ、いいぜ、頼まれてやるよ。何をすればいい?」

「ちょっと王城に特攻して大騒ぎを起こしてくれ」

「舐めんな」

 

 一刀両断されてしまった。頼まれてやるよとか言ってたくせに……!

 

 まぁ、俺としてもそこまで本気で言ったわけでもない。

 囮というのは考えてはいるが、出来ればその役目は盗賊職がいい。すぐに捕まってしまっては、時間を稼げないからだ。

 

 といっても、知り合いの盗賊でこんな危ない橋を渡ってくれる奴なんていたっけなぁ……。

 

 そうやって俺が頭を悩ませていると、レックスは呆れた様子で、

 

「ったく、お前まさか王城にケンカ売るつもりなのか? 普段から法律スレスレどころか、ギリギリアウトな事まで平気でやるお前だけど、そこまでぶっ飛んだ事やるような奴だったか?」

「事情があんだよ事情が。俺だってこんな事やりたくねえけど、やらないともっととんでもない事になるんだよ。お前だって自分の故郷でアクシズ教徒が大暴れしたら嫌だろ」

「何がどうなったらそんな事になるのかは知らねえけど、想像したくもねえ悪夢だなそれは…………けど、それなら紅魔族の奴等に協力してもらえばいいんじゃねえの?」

「それも考えたんだけど、あいつら変人で行動読めないのが怖いんだよな……それに今は祭りの準備で手の空いてる奴もあんまりいないし」

「あー……そういや、紅魔族ってのは変わり者ばっかなんだっけか。お前も相当アレだしな」

「アレとか言うな、俺はまだ一般人寄りだと思うぞ」

 

 基本的に紅魔族というのは普通の人達とは感性が違う人ばかりで、格好つけたいが為に余計な事をする可能性もある。

 例えば、隙あらば格好良く名乗りたいという紅魔族の習性も不安だし、派手な魔法なんかを使えば紅魔族が絡んでいるとバレるかもしれない。それに、時間稼ぎの囮を頼んだとしても、「別に倒してしまっても構わんのだろう?」とか言い出したら最悪だ。俺は別に王都と戦争がしたいわけではない。

 

 昨日はドレインタッチ用の魔力源として魔王軍を捕まえるにあたって紅魔族の協力を得たが、あれも生物実験ができるという分かりやすいエサがあったから余計なことをせずに動いてくれたのだ。

 

 他に何か良い方法はないかと考えていると。

 

 

「どうしたんだい、カズマ。そんな難しい顔で考え込んで。また何か良からぬ事でも考えているんじゃないだろうね」

 

 

 そんな声に顔を上げると、いつの間にかテーブルの近くに一人の爽やかイケメンが立っていた。

 魔剣を携えた勇者候補、ミツルギだ。

 

 俺はこれ見よがしに深い溜息をつくと。

 

「何か御用でしょうか勇者サマ。悪いけど、今はとても鈍感系ハーレム野郎を相手にするような気分じゃないから手短にな」

「いい加減そのハーレム野郎という呼び方はやめてもらえないかな……別に、これといって用があったわけじゃないよ。でも、君が何かを考え込んでいるのを見ると嫌な予感しかしなくてね。昨日なんかは城で義賊騒ぎもあったし、これ以上何か余計な問題を起こしてほしくないんだ。僕も今夜は城の警備を頼まれてるし」

「お前まで警備に駆り出されてるのかよ……まぁでも、俺が何考えてようと、お前は俺との約束で、俺のことを邪魔できないんだから知ったところでどうしようもないだろ」

「ぐっ……た、確かにそうなんだけど…………それじゃあ、もう一度僕と勝負してくれないか? 次はあんな失態は演じない。だから」

「やだよ。せっかく面倒くさいお前を抑えられる約束を結ばせたのに、何でわざわざそれがチャラになるリスクを取らなくちゃいけないんだ。お前とはもう今後一切勝負しないからよろしく」

「き、君ってやつは……」

 

 取り付く島もない俺の言葉に、ミツルギは肩を落とす。

 そんなやり取りを眺めながら、レックスは苦笑いを浮かべて、

 

「なんだ、魔剣使いの兄ちゃんもカズマ関係で何かあったのか? まぁ、こいつはこんな奴だし、犬に噛まれたとでも思っとけば良いと思うぜ」

「うん……僕も最初はカズマが更正できるんじゃないかと思ってたんだけど、それは無理そうだね……」

「はっはっはっ、カズマが更正? まだ魔王が良い人になって人間と仲良くし始めるとか言われた方が現実味があるってもんだなそりゃ!」

「おいコラ、言い過ぎだろ。俺は何なの、魔王以上の悪なの?」

「実際、君はもしかしたら魔王以上に厄介なんじゃないかと言う人もいるくらいだよ……特にアイリス様に色々と変なことを教え込むのは、もはや魔王軍の工作と変わらないんじゃないかとか……」

「お、おい、カズマ、お前が王女様にも何かやらかしてるって噂は俺も聞いたが、まさかマジなのかよ……?」

「い、いや、やらかしてるとか人聞きの悪い事言うなよ! 俺はただアイリスと仲良くしてるだけで、別に変なことは…………な、何で距離取ってるんだよ!!」

 

 俺と関わっていると、自分にまでとばっちりがくるとでも思ったのか、おもむろに椅子を引いて俺から離れるレックス。

 

 噂の出処はクレアか、それとも昨日のパーティー会場でアイリスが俺に抱きついているのを見て、変な解釈をされたのか。

 どうしよう……国王の耳に入ったら処刑されるんじゃないだろうな、俺……いや、そこはアイリスがきっと庇ってくれるはず……。

 

 まぁ、噂に関しては止めようとして止められるものでもないし、出来るだけ早く自然消滅するのを待つしかない……それよりも、今は差し迫った問題がある。

 

 そこまで考えた時、ふとある事を思い出した。

 

「……あれ、そういやミツルギって女神アクアを信仰してるんだっけ?」

「げっ、お前アクシズ教徒なのかよ……言っとくが、俺は入信しねえからな! 入信書は絶対受け取らねえし、だからって服の至る所にねじ込んでくるのもやめろよ!」

「ち、違うよ、僕はアクシズ教徒じゃないよ! アクア様には深く感謝しているけど、それはあくまで個人的なもので……それに、アクシズ教徒は確かにちょっと変わった所があるけど、アクア様は神々しくも心優しく、魔王軍に脅かされているこの世界を救おうとしてくださっている、偉大な方なんだ」

「なんだよ、まるでアクアに会った事があるような言い方だな。リザレクションをかけてもらった事がある人はエリス様に会ってきたとか言うらしいけど」

「……うん、実は僕はアクア様に会ったことがあるんだ。そして、アクア様はこの僕を、魔王を倒す勇者として選んでくださったんだ」

「「…………うわぁ」」

「そ、そんなに引かないでもらえるかな!? ほ、本当なんだよ!!」

 

 ドン引きの俺とレックスに対して、すがるようにそんな事を言うミツルギ。

 やっぱり女神アクアを崇めていると頭がおかしくなるのかもしれない。

 

 ただ、ミツルギがアクシズ教徒だったなら、今回の俺の企みを手伝ってもらえるかもしれないと思ったのだが、そこはダメそうだ。

 ミツルギは女神アクアを崇めていても、アクシズ教徒の事はおかしな連中だと思っているようで、俺がやろうとしている事を話せば普通に邪魔されるだろう。

 

 …………そういえば。

 

「……お前って確か前に紅魔の里で、自分には好きな人がいて、その人はまさに女神のように美しいとか言ってたな…………まさか」

「うっ……よ、よく覚えていたね。まぁ、うん……そういう事だよ。僕はアクア様のことが……」

「…………」

「だ、だから、そんな痛い人を見る目を向けるのはやめてくれないかな!?」

 

 どうしよう、この勇者サマ、かなりヤバイ人だ。

 それはレックスも同じことを思ったらしく、

 

「……なんつーか、あれだな、まだカズマのロリコン、シスコン趣味の方がマシに見えてくるな……神様相手に本気で恋してる奴なんて初めて見たぜ……しかも、自分をその神様に選ばれた勇者様だって思い込んでるっていうのは……」

「おい、俺はシスコンであってもロリコンじゃねえ。あと、いくら何でもこんなのと一緒にすんな。俺も普段から言動に問題があるとは言われてるけど、ここまでネジぶっ飛んでねえよ」

「ま、待って、待ってほしい! 僕の話を聞いてほしい!!」

 

 もはや病人か何かのように扱われたミツルギが必死に弁解しようとしているが、これ以上おかしな事を言われても付いていける自信はないので、俺もレックスもろくに聞いていない。

 

 そんな時、テーブルに二人の少女が近付いてきた。

 

「あ、キョウヤ、いたいた! 良いクエストあったよ…………げっ」

「どうしたのクレメア、すごい顔して…………うわっ」

 

 俺のことを見て露骨に嫌そうな顔をしたのは、盗賊の少女とランサーの少女。

 えーと、確かこいつらは……。

 

「なんだミツルギのハーレム要員その一とその二じゃないか。というか、いきなりその反応はあんまりだろ、どんだけ嫌われてんだよ俺」

「そういう事言ってくるから嫌なのよ! 名前くらい覚えなさいよ、私がクレメアでこっちがフィオよ!」

「ていうか、またキョウヤに何かちょっかいかけにきたわけ!? これ以上何する気よ!」

 

 どうやら、以前の里での一件もあって、俺とはもう関わりたくないらしい。

 いや、今回も前回も、先にちょっかいかけられたのは俺の方だと思うんだけど……。

 

 隣ではレックスも面白くなさそうな顔をしている。

 

「けっ、いつ見ても華やかなパーティーで良い御身分だな、流石クエストと女を同時攻略する勇者サマは違うぜ」

「そ、そんな事してないよ! 僕はただクエストをこなしてるだけで……」

「キョウヤ、いちいち相手しなくていいよ! モテない男が僻んでるだけだよ!」

「そうそう、そんな事言ってるからモテないのにね! そういえば、テリーとソフィって言ったっけ? あんたのパーティーメンバーの他の二人が一緒に仲良く街歩いてるのを見たけど、やっぱりソフィから見てもあんたは対象外って事よね。残念でした!」

「えっ……ちょ、ちょっと待て! 確かにテリーとソフィは二人して何か用事があるとか言って今日は休みにしようとか言ってきたが、二人で一緒にいたのか!? あの二人、いつの間にかデキてたのか!? おいカズマ、お前は何か知らないか!?」

 

 フィオの言葉に、急に慌てだしたレックス。

 考えてみれば、三人パーティーで自分以外の男女が恋仲というのは中々複雑な気持ちになるのかもしれない。

 

 俺はそんなレックスの肩に、ポンと手を置いてやった。

 

「…………まぁ、その、なんだ。お前にだって、テリーよりも良い所がどこかはあるはずだから、そんなに落ち込むなよ。女だってソフィ以外にもいるんだし」

「や、やめろよ…………そんな優しい目で俺を見るなよ…………ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 そんな悲しい叫びを残して走り去ってしまったレックス。

 

 ……本当のところは、テリーとソフィはパーティー結成記念日に合わせて、リーダーであるレックスに何かプレゼントをあげようと思っているだけというのは知っているのだが、本人には秘密にしておいてほしいと言われたので黙っていただけだったりする。

 

 その上で、面白そうだったのでちょっとからかってみたのだが、想像以上にショックを受けてしまったようだ。……今度お詫びに酒でも奢った方が良さそうだな……。

 

 寂しい男の後ろ姿を見送った後、俺はミツルギの取り巻き二人に向き直って、

 

「おいお前ら、いくら先にケンカ売られたからって、あそこまでやらなくてもいいだろ。つーか、俺達のこと散々言ってくれてるけど、ミツルギの女の趣味もろくなものじゃないぞ」

「い、いや、確かにきっかけはこっちかもしれないけど、あいつにトドメを刺したのはあんたじゃん…………え、ちょっと待って、キョウヤの女の趣味って言った?」

「……それって私達とパーティー組んでるなんて趣味が悪いってケンカ売ってるわけ……?」

「違う違う。実はさっき、ミツルギの好きな女が分かってな。それに対してドン引きしてたんだよ」

「「えっ!?」」

 

 バッと同時に勢い良くミツルギの方を向く二人。

 ミツルギは居心地悪そうにしながらも、俺に抗議する。

 

「ぼ、僕はドン引きされるような謂れはないはずだ! 誰だってあの人に会えば、同じような気持ちになるはずだよ! ならない人がいるとすれば、カズマのような人として大切な何かが欠けている人くらいだ!」

「なっ、言ってくれるなコノヤロウ……! つーか、今回ばかりは俺の方が真っ当な事言ってると思うぞ! 何なら、こいつらにも聞かせてみるか!?」

「え、うっ……キョウヤの好きな人か……聞きたいような聞きたくないような……」

「で、でも、聞いておけば、キョウヤがどんな人が好きなのか分かるし……」

 

 複雑そうな表情の二人に、ミツルギは少し迷うような様子を見せる。

 しかし、一度目を閉じると、すぐに覚悟を決めた表情になった。やはり、このまま俺に頭のおかしい奴扱いされるのは嫌で、ここでハッキリさせておきたいのだろう。

 

 ミツルギは、じっと二人を真っ直ぐ見つめて、真剣な表情で告白した。

 

 

「フィオ、クレメア。僕の好きな人というのは…………女神アクア様なんだ。あの人に世界を救う勇者に選ばれ、魔剣を授けられたその時から、この気持ちは変わらない」

 

 

 しん、と空白の時間が流れた。

 ギルドの酒場ということで周りは騒がしいはずなのに、この辺りだけ別世界になったようだった。

 

 ミツルギの言葉を受けた二人は、目を点にして、しばらく何も言えずにいた。

 しかし、次第にその表情を心優しいものへと変えていく。

 

 そう、まるで重い病気を患った人を気遣うような。

 

「ねぇ、キョウヤ、やっぱり今日はクエスト受けるのはやめておこう? あ、そうだ、王都の中にも、お花畑が綺麗なところもあるんだよ! たまにはそういう所でのんびりしない?」

「えっ……? ど、どうしたんだい、急に? さっきまでは割の良いクエストを見つけてくるって二人共張り切っていたのに……」

「ごめんねキョウヤ、気付いてあげられなくて……そうだよね、普段のクエストとかでも、キョウヤには一番負担をかけちゃってるし、疲れてるのも当然だよね……」

「い、いや、僕は別に疲れては……ま、待ってくれ、話を聞いてくれ! 本当に僕はアクア様に会って…………あ、あの、優しい顔でうんうん頷かれると、逆に堪えるんだけど……!!」

 

 そんな会話をしながら、ミツルギは二人に背中を押されるようにしてギルドから出て行ってしまった。

 日々のストレスで頭が変になってしまったリーダーを気遣う仲間二人、それは固い絆で結ばれた良いパーティーの光景だった。

 

 それから俺は、王城の拡声魔道具ジャック計画に協力してくれそうな人はいないか、ギルド内を歩き回って探してみる。

 すると、程なくして何やら見知った顔を見つけた。

 

「こ、これはとても良い物のはずなんです! 物理耐性、魔法耐性といった耐性全般を著しく下げる毒餌で、なんと、スライムに剣が通ったりするんです!」

「うん、それは凄いと思ったよ。でも同時に防御全般がありえないくらい上がっちゃ意味ないだろ! 剣が当たってもダメージが全く入らないんだよ!!」

 

 そんな事を言い合っているのは、ウィズと他の冒険者達だ。

 どうやらウィズはまだ自分の店で扱っている魔道具の宣伝を頑張っているようだが、中々上手くいかないらしい。

 

 まぁ、厄介なモンスターの中には防御力云々の前に、端から攻撃を無効化するような強力な耐性を持っているモンスターが多い。例に出たスライムもそうだし、ウィズ自身も物理攻撃を無効化するリッチーという種族だ。

 その耐性を下げられるというのであれば、それは有用な魔道具のようにも思えるのだが、同時に防御力を上昇させてしまっては結局ダメージは入らないわけで。

 

 そんな事を考えながら、話しかけるべきかどうか迷っていると、ウィズの方がこちらに気付く。

 

「あ、カズマさん、良い所に! あの、この魔道具なのですが、私としては絶対に売れると思っていたのですが、思いの外不評で……」

「そりゃな……もういっそ、毒餌じゃなくて自分が使う物として売ったらどうだ? それ使えば大抵の攻撃じゃダメージを受けなくなるし、耐性全般が下がるデメリットを加味しても、まだそっちの方が売れそうだと思うけど……」

「っ!! な、なるほど、確かにそうかもしれません! 流石はカズマさん、相変わらず凄いことを思い付きますね!!」

「い、いや、これは別に俺が凄いとかそういう事じゃ……あ、でも、使用に注意が必要なのは変わらないぞ。耐性全般が下がるってことは」

「それでは、宣伝文句も変えた方がいいですね! 『これがあれば魔王さんの攻撃だって怖くない!』などはいかがでしょう!?」

「うん、魔王にさん付けは、正体バレる可能性があるからやめた方がいいな。というか、それよりも耐性の低下には致命的な弱点が…………あの、聞いてる?」

 

 俺の声はもうウィズには届いていないらしく、何だか一人で盛り上がっているようだ。

 まぁ、他の商人のやり方にあまり口を出し過ぎるというのも良くないし、本人がやりたいようにやらせるというのが良いのだろうか。何か嫌な予感しかしないが。

 

 そう思いながらウィズを眺めていると。

 

 

「ん、そこにいるのはカズマか! ……お、おい、今私のことを見ただろ! そういうプレイも悪くはないが、今はまともに相手をしてほしい!」

 

 

 いきなりそんな馬鹿なことを言いながらやって来たのは、金髪碧眼の大貴族のお嬢様で、その正体はただのドMの変態であるララティーナだ。

 

 俺を見かけてここまで嬉しそうな表情をする人というのも滅多にいないが、俺としては全く嬉しくないというのが悲しいところだ。

 ララティーナは上機嫌な様子で笑みを浮かべながら、

 

「良い所で会った。実は今から気持ち良さそうなクエストを探して挑んでみようと思っていたのだが、カズマも」

「断る」

「……んっ!」

「あ、あの、カズマさん? この方は……」

 

 俺からの一言で頬を染めて興奮している変態を見ながら、若干引いた様子のウィズが尋ねてくる。

 

「こいつはララティーナっていう変態だ。言っとくけど、俺とはちょっとした知り合い程度の関係だから、そこは誤解しないでくれ」

「ちょ、ちょっと待ってほしい、流石にその紹介は雑すぎると思うのだが! ……こほん。私はダスティネス・フォード・ララティーナ。カズマとは共にドラゴンを倒したり特殊プレイをした事もある決して浅くはない間柄だ。カズマはこう言っているが、照れているだけだ」

「おいホントやめろ! 俺の悪評をこれ以上広めるんじゃねえ!」

「は、はぁ……流石はカズマさんというか…………えっ!? い、今、ダスティネスっていいましたか!? あのダスティネス家!?」

 

 ウィズが目を見開いてそう聞くと、ララティーナは微妙な表情をしつつも頷いた。

 何だろう、あまり家のことを言われるのは好きじゃないんだろうか。でも俺がなんちゃってお嬢様扱いしたら普通に怒ってたし、やっぱり面倒くさい女なのかもしれない。

 

 ウィズは大慌てで頭を下げて、

 

「あ、私、ウィズといいます! アクセルで魔道具店を営んでおりまして……冒険に役立つ魔道具を多数取り扱っておりますので、クエストの前などには是非お立ち寄りいただければと……!」

「なるほど、アクセルに店を……分かった、今度訪ねてみよう」

 

 ウィズから店の住所を書いた紙を渡され、微笑みながらそう答えるララティーナ。

 なるほど、ダスティネス家なんていう大貴族にご贔屓にしてもらえば、確かに店の経営にとっても大きくプラスになるだろう。

 

 ただ、問題は肝心の魔道具にあるわけで。

 そんな俺の心配をよそに、ウィズはここぞとばかりに自分の店の宣伝をする。

 

「見たところ、ララティーナさんはクルセイダーですよね? それでしたら、最近入荷した魔道具の中に、戦士職の囮スキルの効果を劇的に引き上げるポーションがあるんです! その効果はもう凄まじいもので、近くのモンスターのみならず数キロ離れた先にいるものまで一気に集まってきて、気付けば視界全てがモンスターで埋まる程なんですよ!」

「な、なんだと……!? 確かにそれは私が求めていたものだ! よし、アクセルに帰った暁には、是非買わせてもらおう! 在庫はどのくらいある? 一つ二つなどではなく、箱単位で買いたいのだが……!」

「ありがとうございます、ありがとうございます! 大量に仕入れて在庫はいくらでもありますから、どうぞご心配なく!!」

 

 ……うん、どうやら相手も頭がおかしければ、ウィズの魔道具も普通に売れるらしい。ウィズは思った以上の上客を手に入れたようだ。

 この変態ドMに付き合わされる他のパーティーメンバーは気の毒でならないが、そこは色々と頑張ってもらおう。俺は関わりたくない。

 

 そんな事を思っていると、ふとある疑問が浮かんでくる。

 

「そういえば、お前のパーティーメンバーはどこだよ? もしかしてソロなのか? まぁ、お前とパーティー組むような奇特な人間は中々いないとは思うけど……」

「し、失礼な、私にだって仲間はいる! もう長い付き合いになる盗賊職の親友がな! 今は情報収集とやらで別行動をとっているが、もうすぐここに集まる約束をしている。ここに来たら、お前にも紹介しよう」

「……そいつ、お前の財産目当てとかじゃないだろうな。盗賊なんだろ? 『今月の友達料払えよ』とか言われてないか?」

「だから失礼にも程があるぞ貴様! あいつは私の身分についても知っているが、一度だって金など要求してきた事はない! 私の性癖に関して自重しろと少々うるさい所はあるが、それ以外は非の打ち所のない自慢の親友だ」

「…………マジか」

「もう、本当に失礼ですよカズマさん。友達料ってなんですか、そんなの要求する人なんてカズマさん以外にいませんって。そもそも、そんなものを大人しく払う人だっていませんよ」

「お、俺だってそんなもの誰かに要求したことないって! ただ、何となく思い浮かんだだけで……!」

 

 ウィズのもう手遅れな人を見るような目が痛いです……自業自得なんだろうけど……。

 あと、友達料を要求されて普通に払ってしまいそうな奴にも心当たりがあるのだが、それも心が痛くなってくるのであまり考えないようにする。

 

 ララティーナはその仲間のことを思い浮かべているのか、柔らかい笑みを口元に浮かべて、

 

「まぁ、あれは良い奴だよ。盗賊職なだけあって、見た目こそは少々軽薄そうな印象を抱いてしまうかもしれないが、困っている者を見ると放っておけないような心優しさを持っていて、いつも明るく、何でもない事でも話していて楽しくなってくる。私以上に熱心なエリス教徒でもあり、クエストの報酬のほとんどを教会への寄付に充てるくらいだ」

「へぇ、それ聞く限りだと本当に良い奴みたいだな。まぁ、お前と友達になってくれるくらいだしな」

「そ、それはどういう意味だ! い、いや、あいつには色々と苦労をかけてしまっているというのも事実ではあるのだが……しかし、あいつだって何もかもが完璧というわけでもないんだぞ! 例えば相手が悪魔やアンデッドとなると、何を置いても滅ぼしてやると、他の全てがどうでも良くなるくらいに一人で突っ走るところがあり、その鬼気迫る姿はどっちが悪魔だか分からないとさえ言われるくらいだ」

 

 苦笑を浮かべながらそんな事を言うララティーナに、ウィズは冷や汗をかきながらゴクリと喉を鳴らす。

 

「あ、あの、神を信仰している人達にとって悪魔やアンデッドが許せない存在であることは分かります……ですが、えっと、何かしらの事情があって人の身を捨てた者なんかには温情などがあったりは……」

「ないな。『どんな事情があっても関係ない、悪魔やアンデッドはとりあえず滅ぼす。話はその後に聞く』というのがあいつのスタンスだからな。滅ぼした後にどうやって話を聞くのかは知らないが……」

「ひぃぃ……!! あ、あの、それでは私は、この辺で失礼しますね! じ、実は今夜城の警備を頼まれていまして……それと、騎士団が使う魔道具に、私の店の物を採用してもらえないか売り込んでみようかと思っていたので……」

 

 ウィズは涙目になって、ビクビクしながら慌てて立ち去って行った。

 どうやらララティーナの親友は、悪魔やアンデッドを目の敵にしているようなので、会うのが恐ろしいのだろう。

 

 というか、ミツルギだけじゃなくウィズまで城の警備を頼まれてるのか……まぁ、噂の義賊がついに王城にまで乗り込んできたっていうんだから、これも当然の対応なのかもしれないけど……。

 

 それにしても、ララティーナの仲間は、かなり狂信的なエリス教徒らしい。

 国教とされているだけあって、その教えも信者もアクシズ教とは比べ物にならない程まともなものではあるのだが、悪魔やアンデッドに関してはアクシズ教と同じかそれ以上に厳しいのがエリス教だ。

 

 どうしよう、俺は正真正銘人間だけど、人よりも悪魔に近いだとか言う心ない奴もいるし、ララティーナの親友がそれを真に受けて聖水とかぶっかけて確認とかしてこないか不安になってきた。そんなアホなことをする奴がいるのかと普通は思うかもしれないが、悪魔が絡んでくるとエリス教徒は何をやるか予想がつかない。

 

 もうさっさとこの場から退散しようかと考えていると。

 

 

「あれ、ダクネス? あんたがそんな分かりやすく上機嫌なのは珍しいね。そんなに王都のクエストが楽しみ…………あっ!!」

「ん?」

 

 

 声の感じからして少女だろうか、何となく聞き覚えがあるような気がする。

 おそらくこの少女は、ララティーナが言っていた親友なのだろう。ダクネスというのはあだ名だろうか。

 

 しかし、仲の良さを窺える気軽な態度でララティーナに話しかけてきた少女だったが、すぐに背を向けてしまった。

 

 顔の方はフードを深く被っていて見えづらい。

 まるでさっきまでのアイリスみたいだ。意図的に顔を隠してるのか……?

 

 ララティーナはそんな仲間の反応に首を傾げて、

 

「お前こそどうしたんだクリス。社交的なお前がいきなり人に背を向けるなど初めて見たぞ。もしかして、カズマと何かあったのか?」

「な、何もないよ、何もない! 初対面だよ! あ、えっと、それじゃあ、あたしはそこらで時間潰してるから、ダクネスはゆっくり彼と話してるといいよ!」

「ま、待て待て、私はカズマも一緒にクエストにどうかと誘っていたのだ。前に話したことがあるだろう、私と相性の良さそうな者を見つけたと。それがこのカズマだ。だから、まずはお互いに紹介を…………カズマ?」

「……んー」

 

 頑なに俺の方を見ようとしない、ララティーナからクリスと呼ばれた少女を、俺は逆にジロジロと全身を眺める。

 

 何だろう、凄く見覚えがあるような気がする。

 顔は見えなくても、俺は一度見た女の子の体型はかなり頭に残る方だ。そう、この少女のような起伏の乏しい体型でも、差別せず他の子と同じように平等に俺の脳内に刻まれて…………あ。

 

 ようやく、俺の脳内検索で一人の少女が該当した。

 しかし、その結論は突拍子もなく、自分でも素直に受け入れていいものか疑問を抱いてしまう程だ。……マジなのか?

 

 一方で、ララティーナは俺の様子を眺めながら、何故か頬を染めて、

 

「カ、カズマ、初対面の少女に対して、いきなりそんな全身を舐め回すように視姦するのはどうかと思うのだが……ど、どうしてもと言うのなら、この私が受け止めて……!」

「…………なぁ、あんたクリスっていったか? 俺達どこかで会わなかったか? 具体的には昨日の夜とか」

「な、なんのことかな!? も、もしかして、あたしのこと口説いてるとか!? でも残念、あたしはそのくらいでなびくような軽い女じゃ」

「『バインド』」

「ちょ、きゃああああああっ!?」

「なっ……初対面の女にいきなり拘束スキル……だと……!? くっ、何てことをするんだお前は、やるなら私にやれ!! ほら、やってみせろ!!!」

 

 変態が何かを言っているが、徹底的に無視する。

 それよりも、クリスという少女を縛ったことで、俺の疑惑は確信へと変わった。

 

 俺は縛られて床に転がるクリスにビシッと指を向けて、

 

 

「やっぱり! 俺の拘束スキルでも全然強調されないその胸! これでハッキリした、お前、銀髪の義」

「わああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 その正体を口にしかけた俺に、クリス……銀髪の義賊は大声をあげて遮ってきた。

 

 

***

 

 

「それで、何で普通にこんな所にいるんだよ銀髪の義賊さんよ」

「ぎ、義賊って呼ぶのはやめてってば! ……こほん。ふふ、この姿では初めましてだねカズマ君。あたしはクリス。普段はアクセルの街で活動している盗賊で、ダクネスのパーティーメンバーだよ」

「しかしてその正体は王都を騒がす義賊で、ララティーナと友達になったのも、大貴族ダスティネス家を狙っているからであった……って事か」

「だから義賊って言わないでってば! あと別にダクネスの家を狙おうとも思ってないから!! あたしだって後ろ暗い身で王都をウロウロなんてしたくないけど、ダクネスがどうしても王都の高難易度クエストを受けてみたいっていうから……」

 

 俺達は人気のないギルドの裏手まできていた。ララティーナはギルドに放置してきた。

 まさかララティーナのパーティーメンバーが銀髪の義賊だったとは思わなかったが、人の縁というのも妙なところで繋がっているものだ。

 

 そして、意外だったのは向こうも同じらしく。

 

「それにしても、ダクネスが言ってた王都で見つけた相性が良さそうな人っていうのがキミだったとはね。確かにダクネスの性癖的にキミとは結構合いそうな気がするけど、親友のあたしとしては、あの性癖が更に悪化しそうで諸手を挙げて祝福はできないなぁ……」

「お、おい、妙な誤解するなって! 鬼畜だ何だ言われてる俺だけど、それは単に目的のためには手段を選ばないってだけで、ドSとかそういう性癖は持ってないから!」

 

 そもそも、相性が良さそうとか言われても、ララティーナの奴が勝手に楽しそうにしているだけで、俺にはひたすら疲労が蓄積されていくだけなんだけど。

 

 クリスはまだ納得していないような表情だったが、気を取り直すようにして、

 

「まぁそれはともかく、あたしの正体を知っているのはキミだけなんだから、そこは気を付けてよ。まったくもう、本当にキミは会う度にとんでもない事をしてくれるよ。昨日だって追手を撒くのに苦労したんだからね」

「こっちだってお前が無駄に騒いだせいで、せっかくの計画が台無しになったんだぞ。警備も厳重になっちまったし、どうしてくれるんだよ」

「それだってキミが最初にちょっかいかけてきたんじゃん!」

 

 ……そうだったっけか。うん、そうだったな、俺のせいか。

 

 しかし、なるほど、改めて考えてみると、これは中々に美味しい状況なのかもしれない。

 これはつまり、クリスにとって致命的な弱みを握ったというわけで、

 

「……ふむ」

「あ、あの、カズマ君……? なんだかその目付きは凄く不安を覚えるんだけど……何考えてるの?」

「いや、俺は人の弱みを握ったら骨の髄までしゃぶり尽くす程に活用する男だからさ。クリスのこの重要な秘密を使って何をしてやろうか考えてるんだ」

「っ!? あ、あたしに何するつもりさ!! い、言っとくけどね、あたしは敬虔なエリス教徒だから、変なことしたらエリス様から強烈な天罰が下るからね!!! 急いでる時にタンスの角に小指をぶつけたり、靴紐が切れたり、急にお腹が痛くなったり!!!」

「ふっ、その辺は心配ないぞ。なんせ、俺のステータスで唯一誰にも負けないものが運だからな。前から思ってたんだけど、これってやっぱ俺がエリス様に愛されてるってことだと思うんだ。だから、俺が何やってもエリス様はきっと許してくれるさ」

「そ、そんな事はないんじゃないかなぁ!! エリス様全然許さないと思うよ!?」

 

 やたらと確信がありそうな感じで言ってくるが、いくら敬虔な信徒だとしてもエリス様がどう思っているかなど誰にも分からないだろう。まぁ、俺はミツルギのような痛い奴じゃないので、本気で女神様に恋しているとかそういうのはないが。

 

 それよりも、今はこの義賊の使い道だ。

 そうだ、ちょうど今、人手が欲しい案件があったじゃないか。

 

「よし、それじゃクリス。お前が義賊だってのは黙っといてやる。でもその代わり、ちょっと今夜辺り王城まで行ってまた騎士団と鬼ごっこしてくれ」

「いきなり何言ってるの!? そんな、ちょっと近所の子供と遊んでくれみたいな気軽な感じで言われても!」

「でも昨日だって似たような事してちゃんと逃げ切れたじゃないか。大丈夫だよ、敬虔なエリス教徒であるお前には幸運の女神エリス様がついてる。きっと上手くいくさ」

「確かにエリス様はついてるけどさぁ! …………うーん、何だかなぁ、この言いたいこと言えない感じ……」

 

 何やら複雑そうな顔をしているクリスだったが、少し考えた後、渋々ながらも一度だけ頷く。

 

「……分かったよ、やってみるよ。予め逃げる算段とか色々立てておけば、たぶん何とかなると思うし……一応聞くけど、あたしは逃げるだけでいいんだよね? 要するに囮ってことでしょ?」

「お、理解が早いな、その通りだよ。昨日のことがあったばかりだし、お前が見つかれば城の連中の大半はそっちに行くと思う。その隙に、俺は城で自分の目的を果たすって寸法さ」

「その目的って昨日言ってたアクシズ教の宣伝だよね……? はぁ、あたしがこんなに身を挺してまでアクシズ教の宣伝に協力するなんて、どうしてこんな妙なことになるのかなぁ……」

「あー、確かにエリス教徒のクリスにこんな事頼むのもあれかもしれないけどさ、そこは頼むよ。ほら、何でもアクアとエリスは先輩後輩の関係で、アクアは毎回後輩であるエリスの仕事の尻拭いをしてるってアクシズ教徒も言ってたし、ちょっとくらい協力してやってもいいんじゃないか?」

「そ、そんな事言われてるの!? うぅ……どっちかというと、あたしが先輩の分の仕事までやってるのに……」

 

 明らかに納得いかない様子のクリスだが、最後の方は声が小さくて何を言っているのか聞こえなかった。

 

 まぁ、俺もアクシズ教徒の言うことを鵜呑みにする程残念な頭はしてないし、今回その話を出してみたのは単にクリスを言いくるめたかっただけだ。

 というか、本当にアクアとエリスが先輩後輩だったとしても、どうせ自由奔放と言われるアクアの方が迷惑をかけてそうというイメージしかない。これは主に信者に対するイメージによるものが大きい。

 

 とはいえ、ここまで危ない橋を渡るクリスに何のメリットもないというのも流石にあんまりかもしれない。

 モチベーションというのは物事を大きく左右する要因になる。

 

「そういえば、クリスは城にある神器を確認したいんだっけか。それなら、俺がついでに宝物庫にでも行って、宝感知を使って一番凄そうなお宝を持ってきてやるよ。問題なかった時に後で返すのはお前がやれよ」

「え、い、いいの? それはあたしとしても助かるんだけど……でも、宝物庫ってそんな気軽に入れる場所じゃないと思うんだけど、大丈夫なの?」

「あぁ、そこは元々考えてた拡声魔道具をジャックする方法を応用すれば何とかなると思う。ただ、寄り道する分、そっちの時間稼ぎは長めに頼むぞ。追手はすぐに撒いたりしないで、出来るだけ長い間引きつけておいてくれ」

「うん、分かった! そういう事なら、あたしもやる気が出るってもんさ! 任せといて、追手の騎士達がバテちゃうくらい長い鬼ごっこにしてあげるよ!」

 

 クリスはそう言ってニッと笑い、握り拳を作ってみせる。

 

 よし、上手く乗せることができた。これなら期待できそうだ。

 結果として余計な寄り道をする必要が出てきたが、まぁこっちは本当についで程度に済ませることができると思うし、そこまで障害になることもないはずだ。

 

 勝負は今夜、そこで紅魔祭の運命が決まる。

 アクシズ教徒から里を守るためにも、その責任は重大だ。

 

 すると、クリスが何やら得意気に、

 

「お、流石のキミでも緊張とかするのかな? まぁ、聞きたいことがあったら何でも聞いてよ! それなりの場数踏んでる先輩盗賊として、後輩クンにアドバイスくらいはしてあげるよ」

「いや後輩扱いはやめてくれよ……俺は人生にそんなスリル求めてないし、盗賊なんてこれっきりにしたいんだからさ……。つっても、俺には姿を消す魔法と潜伏スキルのコンボがあるし、盗賊やらせたら案外クリスより上なんじゃないか?」

「な、なにおう!? そういう油断が命取りになるんだよ! それに、昨日はクレアって人がキミの姿を消す魔法を看破する魔道具を持ってたじゃないか。あと、いくらあたしが囮になるっていっても、何人かは城に残しておくと思うし、万が一誰かに姿を見られる可能性を考えても、実際に動く時はあたしみたいに変装くらいはしといた方がいいんじゃない?」

「……そうだな、もし顔とか見られたら大変なことになるしな……つっても、事前に城の様子とかも見ておきたいし、クリスが騒ぎを起こす直前くらいに、どこか城の中の人気のなさそうな所で着替えるって感じになるのかな」

「うん、それがいいかもね。あと変装の方は、とりあえず目立たない黒装束なんかでいいと思うけど、問題は顔だね」

「俺の顔が問題とか言われると結構傷付くんだけど……」

「そ、そういう意味じゃないってば! キミは王城では顔が知られてるんだから、ちゃんと隠さなきゃダメってこと!」

 

 なるほど、それはごもっともだ。

 そこを考えると、義賊モードのクリスのように口元を隠すだけでも不十分に思える。

 かといって、先程までのアイリスや現在のクリスのようにフードを深く被るっていうのも、少し不安だし……。

 

 となると。

 

「じゃあ、仮面とかで顔を隠すか…………あ」

「ん? どうしたの?」

「いや、ちょうどこの前、悪……じゃなくて、知り合いから仮面を貰ってな。ちょうどいいから、それを使わせてもらうよ」

「ふーん? まぁ別にそれでもいいと思うけど、その知り合いにバレちゃう可能性もない? 大丈夫?」

「あぁ、そこは大丈夫だ。あいつが俺のことをバラそうと警察なんか行っても、逆にあいつの方が捕まるしな」

「キ、キミの知り合いってそんなのばかりってことはないよね……?」

「あー、何かしら後ろ暗い身だって奴はちらほらいるな。お前も含めて」

「うっ……それを言われると何も言えないです……」

 

 それから俺達はしばらく話し合い、細部を詰めていった。

 クリスの方は初めて盗賊仲間ができたというのもあったのか、やけに楽しそうにしていたが、俺はとてもそんな気分にはなれなかった。俺の目標は、何の心配もせずにのんびりダラダラと退廃的な暮らしをすることなのに、どうしてこうなった……。

 

 話も終わってクリスと別れた後、俺は城へと歩を進めながら、その巨大な城を眺めながら今夜のことを思って深々と溜息をついた。

 


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