この素晴らしい世界に爆焔を! カズマのターン   作:ふじっぺ

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ちょっと色々あって遅れてしまいました、ごめんなさい!
 


紅魔祭 5

 

 

 夜が来て気付いたが、今夜は満月らしい。

 とはいえ、今の俺に月を見上げて物思いに耽るような余裕があるはずもなく、むしろこれからやる事を考えれば、月の光が差さない新月の方がありがたいくらいだった。

 

 俺が今いるのは王城の中。

 今夜のためにわざわざ紅魔の里に一旦戻ってまで持ってきた変装用の仮面は、黒装束と一緒に人目につきにくい部屋に隠してある。

 

 作戦決行の時刻まではまだ少し余裕がある。

 その間もただ待っているだけではなく、城の中を歩き回って何か不安要素などないか色々と確認しておく。

 

 とりあえず、相変わらず警備はかなりの数が配置されているが、特に気になるのはその中の二人だ。

 

「いいか、ミツルギ、ウィズ。二人は何としてでも義賊を捕まえなきゃいけない。分かってるな? もし義賊が現れたら、何よりも優先して地の果てまで追いかけるんだぞ」

「あ、あぁ、もちろん義賊が現れたのなら全力で逮捕に協力するつもりだけど……どうしたんだい、カズマ。君にしては珍しくやけに気合が入っているじゃないか」

「えぇ、私の経験上、カズマさんが珍しくやる気を出してる時は、必ずと言っていい程何かえげつない事を考えている時なのですが……」

「何を言ってるんだウィズ、俺はただ、義賊といっても許されるべきではないって思っているだけさ。相手が善人だったとしても、犯罪は犯罪だしな」

 

 笑顔でそう言ってみたのだが、ウィズやミツルギはまだ怪訝そうな表情でこちらを見ている。

 ミツルギはともかく、ウィズにそこまで信用されてないっていうのは結構凹む……いや、今までウィズの前でも結構やらかしてたし、自業自得なのかもしれないけど……というか、実際今もろくでもない事をやらかそうとしてるしな……。

 

 こうして念を押したのは、もちろん二人をクリスの方に引きつけておきたいからだ。

 ウィズとはもうそこそこ長い付き合いだし、その強さはよく分かっている。そして、ミツルギだって、この前の決闘では勝てはしたが、あれはルールを逆手に取った不意打ちが上手く決まってくれたからで、まともにやりあえばかなり不利だ。

 

 しかし、色々と考えている俺とは違って、ミツルギはどこか楽観的な様子だ。

 

「まぁでも、これだけの厳戒態勢だし、流石の銀髪の義賊も手が出せないんじゃないかな。また城を狙ってくるにしても、もう少し日を置くと思うよ」

「そう思わせといて、あえて昨日の今日でまた狙ってくる可能性だってあるぞ。盗賊ってのはそういう心の隙を突いてくるもんだ。特にミツルギは脳筋で搦め手に弱いんだから、油断はしない方がいいぞ」

「ぐっ……いや、確かに以前の決闘では君の策略にまんまとやられたから何も言えないけど……」

「な、何だかカズマさんが言うと説得力がありますね……でも、安心してください、万が一例の義賊さんと戦闘になったとしても、とっておきの魔道具を用意していますから! カズマさんはもう知っていると思いますが、これを使えば耐性全般が低下する代わりに強大な防御力を得ることができるのです!」

「あー、それか。早速持ってきたんだな」

「えぇ、ここで私の魔道具を宣伝して、騎士団に採用してもらえれば、安定した取引先を手に入れることができますから!」

 

 ……うん、ウィズの言っていることは間違ってはいない。

 ウィズが店を構えているアクセルの街は駆け出し冒険者が集まる場所なので、比較的高度な魔道具を扱うことが多いウィズの店とは相性が良くない。だから、この機会に王都への供給ラインを結んでおこうというわけだ。

 

 例えば、紅魔族随一の鍛冶屋なんかは、ゴツい武器や防具ばかり作るから魔法使いばかりの里の中では決して繁盛しているとは言えないのだが、その質は確かで外部に大きなお得意さんをいくつか持っているのでやっていけている。

 

 まぁ、それならアクセルじゃなくて王都に店を移せばいいのではとも思うが、ウィズの立場上、できるだけ魔王城からは離れた街で商売はしたいだろうし、そもそも王都は土地も高い。

 

 それに、そういった理由以外でも、どうやらウィズはアクセルという街を気に入っているらしい。

 俺は行ったことがないのでよく知らないが、あの辺りは強いモンスターもいなく、魔王城から遠く離れているため全体的に穏やかな雰囲気で治安も良いと聞くし、温厚なウィズからすれば居心地も良いのだろう。

 

 といっても、とにかく金を貯めたい今の俺にとってはやはり縁のない街だろう。

 でも、そうだな、一生遊べるだけの金を稼いだ後は、そういう静かな所でのんびりと過ごすのも悪くないかもしれない。

 

 そうやって俺が将来について考えている間に、ミツルギはウィズの魔道具に興味を持ったらしい。

 

「なるほど、耐性全般を犠牲にして防御力全般を上げる魔道具ですか……あの、これを使うと防御力はどのくらい上昇するんですか?」

「それはもう劇的に上がりますよ! 物理攻撃では魔王軍幹部のベルディアさんの斬撃でも傷一つ付かなくなりますし、魔法攻撃では紅魔族の方の上級魔法も楽に耐えられるようになります!」

「本当ですか!? なるほど、確かにそれは凄い魔道具だ…………いや、でも、耐性が下がるということは……」

「どうでしょうミツルギさん、この機会にご購入されてみては! 値段はそこそこするのですが、まとめ買いという事ならお安くしますよ!!」

「えっ、あ、い、いや、ちょっと待って……もう少し考えさせて……」

 

 ウィズの勢いに押されながら、ミツルギは助けを求めるようにこちらを見るが、俺も商人としてミツルギのような金を持ってそうな冒険者を狙うというのはよく分かるし、ここは放っておこう。

 

 

***

 

 

 それから城の中を少し歩くと、大きめの広間で生徒達が映画の撮影をしているのを見つけた。

 そういや俺、一応教師のくせに王都での撮影はあまり協力できてないな……でも今回は俺にも大事な仕事があるし大目に見てほしいところだ。

 

 すると、俺を見つけたあるえが近付いてきて。

 

「先生、いい所に来ました。実は今、めぐみん達が悪徳貴族を懲らしめるというシーンを撮ろうと思って、そういった役が似合いそうな人を見つけて頼んでいたのですが、中々引き受けてくれる人がいなくて。先生の知り合いにそういった貴族はいませんか?」

「お前、貴族の人達に『悪徳貴族が似合いそうだからモデルになってくれ』とか言ってないだろうな……まぁ、凄くお似合いな奴は一人知ってるけど、アイツをお前達と一緒にいさせるのは嫌だなぁ」

 

 あるえの言葉を聞いて真っ先に浮かんできたのはアルダープだったが、女性関係でいい噂を聞かないアイツを生徒達の元に連れてくる気にはなれない。

 

 というか、向こうもそんな役を引き受けるわけないだろう。ただでさえ悪いイメージが更に加速するだろうし、めぐみん達に懲らしめられるというのは、つまりは魔法で手痛くやられるというわけで、アルダープでなくとも無駄にプライドの高い貴族でそんなやられ役を引き受けてくれるような人は少ないと思う。

 

 やってくれそうな人といえば、父親と違って心が広いバルターだったり、変態ドMのララティーナだったりが思い浮かぶが、あいつらはどう見ても悪徳貴族って感じじゃないしな…………もっと、あからさまに悪さをしてそうな、それこそ義賊に狙われるような…………そうだ。

 

「じゃあ、実際に悪徳貴族を使おうぜ。何か悪事をはたらいて牢にぶち込まれる貴族ってのは珍しくもない。そういう奴等を連れて来てもらって、演じさせよう。相手は犯罪者だし、多少傷めつけても問題ないしな」

「……ほう。流石は先生、良い事を思い付きますね。その発想はありませんでした」

「ねぇ、兄さん、あるえ、真面目な顔で何を話してるの? とてもまともとは思えない言葉が聞こえてきたんだけど」

 

 ようやくまとまりそうだったのに、ゆんゆんが苦々しい顔でやって来て口を挟んできた。

 一方で隣のめぐみんは何でもなさそうな表情で。

 

「どうしたんですか、ゆんゆん。先生とあるえの会話は私も聞いていましたが、中々良いアイデアだと思いましたが」

「相変わらずゆんゆんは変わった感性をしているね。でも、私はそれが悪い事だとは言わないよ。むしろ、そういった皆とは違うものを持っている人は小説のネタにもなるし興味深い」

「まったく、やっぱゆんゆんはちょっと頭が固いな。そんなんだとクレアみたいな堅物になっちまうぞ? 学校の授業でも教えただろ、犯罪者には何をやってもいいんだ」

「ちょっと待って、私がおかしいの!? 確かに授業ではそう習ったけど、それって本当に正しいことなの!?」

「何言ってるんだ、俺が正しくなかったことなんてあったか?」

「むしろ正しかった時の方が少ないと思うんだけど」

 

 最愛の妹はジト目で即答してきた……何も言い返せない。

 すると、めぐみんはふと何かを思い出したように。

 

「犯罪者といえば先生、昨夜の銀髪の義賊は何が目的で城に侵入したのか、本当に知らないのですか? あの人は賞金首でこそありますが、人としては先生よりもずっとまともな人格者ですので、何か誰もが納得できるような理由があると思うのですが……」

「……さあな。つーか、何が俺よりずっとまともだ。何度も言ってるけど、俺はいつも何かやるにしても、法律的にはギリギリセーフなところで抑えてるし、たまにギリギリアウトなことをやっても賞金首になるような大それたことじゃない。つまり、俺の方がずっとまともな人間だと言えると思う」

「なるほど。つまり先生は、法律は完璧ではなく、全ての人間を真っ当に裁くことなどできないと説いているのですね。珍しくちょっと先生らしいではないですか」

「おい違う、違うぞ」

 

 どんだけ俺のことをろくでなし人間だと思ってやがんだコイツは。

 

 ちなみに、義賊のことに関しては生徒達には教えないようにしている。

 以前めぐみんが義賊に会った時の反応を見ても分かるが、ああいった存在は紅魔族の琴線に触れるもので、憧れた結果、真似したり手助けしたりするのではないかという不安があるからだ。

 

 唯一その心配がないと言えばゆんゆんくらいであるが、そのゆんゆんも義賊に関しては良い印象を持っているらしく。

 

「銀髪の義賊かぁ、兄さんとめぐみんは会ったことがあるんだっけ? 悪徳貴族だけを狙う正義の盗賊ってカッコイイよね……私も一度見てみたいなぁ……」

「ほう、ゆんゆんでも流石にあの義賊の格好良さは分かるのですね。しかし、直接会わないと真の良さまでは分からないでしょう。闇夜に紛れる漆黒の衣、幻想的に光る銀色の髪、ミステリアスな空気を醸し出す中性的な顔立ち……思い出すだけでもワクワクしてきますよ」

 

 そう言いながら、ぽーっと惚けた表情で宙を見る二人。

 

 ……何だろう、何か面白くない。

 そりゃアイツがカッコイイってのは分からなくもないけどさ……俺だってたまにはカッコイイ所だって…………あったっけ。いや、あったはずだ。

 

 そんなモヤモヤした気持ちになっていると、不意にあるえがくいくいと袖を引っ張ってきた。

 

「先生、ちょっといいですか?」

「え? あ、おい」

 

 あるえは俺の返事を待たずに、そのまま俺を部屋の隅の方に連れて行く。

 ゆんゆん達は義賊のことを話していて、俺達には気付いていないようだ。

 

 そして、あるえは改まった様子で俺と向き合って。

 

「先生は銀髪の義賊について何か知っているのではないですか? 例えば義賊の目的や、正体、これからの行動などです」

「……な、何でそう思うんだよ」

「先生の様子を見て何となく、です。昨夜だって、先生は自分の怪しい行動を上手いこと義賊の騒ぎを使ってうやむやにしましたが、そこも上手くいき過ぎている感じがするんですよね。もしや、先生と義賊の間で何かしらの話がついているのではないか……と」

「はっ……随分とたくましい妄想力だな! お前は探偵より小説家に向いてるんじゃないか!」

「そんな推理小説で追い詰められた犯人のようなことを言われても。それに私は元々小説家を目指していますし」

 

 精一杯虚勢を張っているが、内心ドキドキで、冷や汗までかいてきた。

 あるえの奴、ぼーっとしてるようでよく人を見てやがる。人間観察も小説に役立つとかそういう理由なのだろうか。

 

 あるえは俺の奥底にある物を見透かすようにじっと見つめながら、更に尋ねてくる。

 

「私には先生が例の企みを諦めたようには見えないんです。まだ何か策があるのではないですか?」

「どうだろうな。つっても、俺ってそんな諦めが悪いタイプじゃないぞ。むしろ諦めは早い方で、無理はしないってのが基本スタンスだ」

「えぇ、でも先生は次々と新たな策を思い付くくらい機転が利きます。もう何か別の、勝算の高い策を思い付き、既に準備は整えてあっても不思議ではないです。実は今夜辺りにでも、何か仕掛けるつもりなのでは?」

「はっ、まぁ策士のカズマさんと呼ばれる俺のことをそこまで評価してくれるのは当然だけども、俺としては、それはお前の妄想だと言うしか…………な、何だよ、その目は! と、とにかく、俺から言いたいのはそれだけだ!」

 

 おそらくあるえは俺の言葉はほとんど聞いていない、ただ反応だけを見ている気がする。

 コイツの考えは分かっている、王都を騒がす銀髪の義賊なんてのは映画には打って付けのモデルといえるし、俺が義賊と組んで何かをするつもりであれば是非撮りたいと思っているのだろう。

 

 しかし、俺が考えている策では、義賊は囮に過ぎず、実行犯である俺も派手に動くつもりはない。

 “義賊が騒ぎを起こしている間に、俺はコソコソと誰にも気付かれないまま目的だけを達成しました”では、あるえ監督としても不満があるだろう。それだけに、もしこの事がバレたら絶対何か余計なことをして大事にしようとしてくるはずだ。

 

 あるえからの視線に居心地の悪さを感じ、これ以上の会話は危険だと判断した俺は、すぐに話を切り上げようとする…………が。

 

 あるえはマイペースに話を続ける。

 

「先生、取引をしましょう。先生が映画撮影に協力してくれるというのであれば、私は先生の将来の夢の実現に協力しましょう。確か将来は大金を得て何不自由なくゴロゴロと温い人生を送りたいとのことでしたね?」

「え、あー、うん、そうだけどさ……でも、学生で金も持ってないお前が一体どうやって協力してくれるんだ? …………一応言っとくけど、体で稼ぐとかそういうのはやめろよ。お前はそういうの全然気にしないみたいだけど、流石にそれは俺が止めるからな」

「いえ、確かに私のプロポーションがあれば、そういった方法で稼ぐというのも一つの手なのかもしれませんが、私にはもっとお金を稼げる能力があるでしょう?」

「もっと稼げる……? まぁ、お前はクラスでも三番目に優秀な生徒だし、卒業後は冒険者でも魔道具屋でも稼ぐ方法はいくらでもあるんだろうけど……」

「いえいえ、私の進路はもう決めてありますし、先生にも言ったではないですか。そう、私の天職は冒険者でも魔道具職人でもなく…………作家です」

「…………おい」

「私は将来、世界一の作家となります。私の物語は、男女や種族の垣根を越えたありとあらゆる者達の心を動かし、社会現象を生み出し、いずれは外の者全てが紅魔族と同じような感性を持つこととなるでしょう。フィクションはフィクションでなくなり、現実へと侵食していきます。お金はその過程で得られる副産物に過ぎませんが、少なくとも先生を一生養っていけるだけは稼げるはずです」

「こえーよ、夢がでかすぎるだろ。お前それ、ほとんど世界征服じゃねえか」

 

 作家になりたいというのは知っていたが、その先が壮大過ぎて俺にはついていけない……子供の間は夢はでかく持つものだとは言うけど……。

 とはいえ、教師としては現実というものも教えなければいけない。

 

「言っとくけど、人生そんな上手くいくもんじゃないぞ。そりゃお前が小説を書くのが大好きだってのはよく知ってるけど、それだけでやっていける程甘くないしな。作家で食える奴なんてのは一握りしかいないわけで……」

「私はその一握りになりますので問題ないです」

「何の迷いもなく言い切りやがったな…………とにかく、ダメだ。俺は商人だからな、そんな曖昧なもんに投資はしない。というか、お前は自分の創作のことになると後先考えなさ過ぎるだろ。俺を一生養うとかさ……まだ12歳のくせに生き急ぎ過ぎなんだよ、もう少し落ち着けって」

「私としては、先生と共に一生を過ごすというのも悪くないと思っているんですけどね。先生は問題児相手でも色々と文句を言いつつも、何だかんだ面倒見てくれますからね。こう見えて、ゆんゆん達のように私も先生への好感度はかなり高いですよ」

「そんな淡々とプロポーズ紛いのこと言うのもお前くらいだろうな……悪いけど、俺は結婚したら面倒見るより見られたいんだよ。売れっ子作家になったら、また声かけてくれ」

「先生と一緒にいるのがその売れっ子作家への近道っていう感じがするんですけどね……私の封印されし真眼によって見たところ、先生はかなりの波乱万丈な人生を送ることになりそうですし。近くにいれば、魔王との対決どころか神々と悪魔の最終戦争まで見られそうな気がします」

「そんなもんが俺の周りで起きてたまるか」

 

 こいつは何を物騒なことを言い出すんだ、俺がそんなとんでもない存在と関わり合いになる事なんて……いや、神々と戦うレベルの大悪魔とはもう既に関わってるな…………いやいやいや! それにしたって、無宗教の俺がカミサマなんてもんに会えるはずもないし、気にすることないよな、いつものあるえの妄言だ!

 

 …………でも、この妙な胸騒ぎは何だろう。

 

 

***

 

 

 そうこうしている間に、クリスと決めていた作戦決行の時間がやってきた。

 

 ざっと城を見回った結果として、どうやら今現在、城には姿を消す魔法とテレポートを封じる結界が張られているという事は分かった。

 おそらくあるえが助言か何かをしたのだろう、銀髪の義賊への対策というより、ピンポイントに俺への対策のように思われる。

 

 しかし、姿を消す魔法への対策はある程度予想できたが、テレポートまで封じられるとは思わなかった。

 

 テレポートがあれば、目的を達成した後の脱出が随分と楽になったのだが、この結界に関してはこれといった情報が集まらなかったので、どうしようもなさそうだ。

 まぁ、クリスが十分に騎士達を引きつけてくれれば、テレポートなしでも脱出くらいは何とかなるとは思うが。

 

 懸念材料を挙げるとすれば、何か疑っている様子のあるえだが、銀髪の義賊を撮りたくてウズウズしているというのは分かったので、きっと囮の方に食いついてくれる……はずだ。

 

 そして、その時がきた。

 突然、慌てた様子の騎士の声が魔道具によって城内に響き渡った。

 

 

『緊急! 緊急! 銀髪の義賊が正門に現れました! 応援願います!! 繰り返します、銀髪の義賊が正門に現れました!!』

 

 

 もう大騒ぎだ。

 騎士達は、予め城に残るように決められていた者達を除いて、大半が皆一斉に正門へと駈け出し、ガシャガシャという鎧の音が城内の至る所から聞こえてくる。

 

 俺もその流れに逆らわず、皆と一緒に正門へと向かう。

 とりあえずクリスの囮が上手くいっているか確認したいし、ここで妙な動きをして不審に思われたくないからだ。

 

 正門のところまでやって来ると、既に多くの騎士達が到着していた。

 しかし、肝心の銀髪の義賊が見当たらない。

 

「あれ? 正門にいるんじゃないのか?」

「カズマ様、あそこです」

 

 近くにいた騎士が指差す先に目を向ける。

 続いて、思わず口元に苦笑が浮かんだ。

 ……何というか、アイツも演出好きというか、かなり楽しんで義賊やってるんだなぁ。

 

 

 王都を騒がす銀髪の義賊は、正門の前ではなく、正門の上に立って得意気な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 

 

 王城の門というだけあってかなりの大きさだし、登るのも大変だったろうに。

 確かに出来るだけ目立ってくれた方がこっちとしても都合は良いのだが、まさかここまでやってくれるとは思わなかった。

 

 クリスは満月を背に、夜の闇に銀色の髪を輝かせ、言い放った。

 

 

「騎士諸君、こんばんは! 王都を賑わす銀髪の義賊さんが、今夜はお城の大切なお宝をいただきに来たよ!」

 

 

 その言葉に、一斉に身構える騎士達。

 一方で。

 

 

「「カッコイイ……!!!!!」」

 

 

 どうやらウチの生徒達もここまで駆けつけていたようで、皆が目を輝かせて義賊を見ていた。

 この演出が紅魔族の感性に刺さりまくるというのはよく分かる。正直、俺から見てもかなりカッコイイ。あの変わり者のゆんゆんですら、義賊に目を奪われているくらいだ。

 

 そして、もちろんあるえは、このチャンスを逃すわけもなく、魔道カメラで銀髪の義賊の姿を撮っている…………が。

 

「……先生、何だかあの義賊の言動、どこか芝居がかっていませんか?」

「っ……な、なんだよ急に! 元々ああいう奴なんだよ、直接会った俺が言うんだから間違いない!」

「…………まぁ、格好良いですし、別にいいですが」

 

 あるえは完全には納得できたわけではなさそうだが、それでも撮影の方に集中することにしたようだ。

 はぁ……コイツの言動はいちいち心臓に悪い……。

 

 そんな緊張感のないやり取りをしている俺達とは対照的に、騎士達は義賊の格好良さがどうとか言っている余裕などはない。

 こんな堂々とやって来た義賊に城の宝物を盗まれる事などがあれば、国の威信にも関わる。何としてでも阻止しなければいけないだろう。

 

 騎士達の間に漂う空気が、より張り詰めていく。

 ここまで義賊を捕らえようとしなかったのは、出来るだけ人数が集まってからの方がいいと判断したからだろう。騎士は盗賊職に相性が良くない上に、相手が逃げようともしなかった事を考えれば警戒するのは妥当だと言える。

 

 しかし、今はもう十分騎士も集まった。

 ミツルギやウィズといった実力者も既に到着している。

 これ以上、ただ義賊を眺めている理由はない。

 

 緊迫した空気の中、ついにクレアが叫んだ。

 

 

「捕らえろ!!!!!」

「「はっ!!!」」

 

 

 騎士が一斉に門の近くに殺到する。

 弓兵が弓を構え、魔法兵は杖を掲げて詠唱に入る。

 

 それを見ても、クリスは楽しげな笑みを崩さないまま、

 

 

「ふふ、キミ達にあたしを捕まえられるかな? それじゃ、いってみよう!」

 

 

 そう言い残し、身を翻して夜の闇の中へと飛び出した。

 次の瞬間、矢やら魔法やらが飛び交い、地上の騎士達も支援魔法で軽くなった体で一斉にクリスを追いかけて行った。

 

 ……まったく、クリスの奴。さっきの言葉の時、俺の方にウインクしてなかったか。バレないとは思うけど、万が一何かあったらどうすんだっての。

 俺はどこまでもノリが良い義賊に苦笑を浮かべつつ、周りに気付かれないようにこっそりと城へと戻って行く。

 

 派手な仕事はアイツが十分過ぎるくらいこなしてくれた。

 あとは俺が地味な裏方でしっかりと仕事をするだけだ。

 

 

***

 

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 

 

 俺が唱えると、体が淡く発光する。

 これは芸達者になれるスキルで、中でも声真似はかなり使えるので重宝している。今回の作戦の要となるのもその声真似だ。

 

 宝物庫や拡声魔道具の部屋は強力な結界で守られていて、当然俺のブレイクスペルでどうにかなるレベルでもない。この結界を解くには、王城に常駐している専属の魔法使いに頼まなければいけないのだ。

 

 俺は城の連絡室まで来ていた。

 先程、騎士の一人が銀髪の義賊が正門に現れたと城中に報告する時に使っていた部屋だ。

 

 王都中に声を届かせる大規模なものとは違って、ここにある魔道具はあくまで城の中だけに連絡するものなのでセキュリティもそこまで厳しくなく、一応鍵はかかっているが俺の解錠スキルで何とかなる範囲だった。

 

「あー、あー…………よし」

 

 念の為声の調子を確認すると、俺は魔道具を起動させて、結界専用の魔法使いが待機している部屋へと繋げる。

 

『応答せよ、応答せよ。私だ、クレアだ。義賊捕縛のために宝物庫と拡声魔道具を利用したい。結界解除の準備を頼む。そちらにはすぐ使いの者を送る』

『えっ、あ、はい! 了解しました!』

 

 相手は急に仕事を振られて意表を突かれた様子だったが、こちらを疑っている感じはなさそうだ。

 ここで俺がそのまま頼んだとしても応じてくれるはずもないが、こうやってクレアの声を使えば簡単に言う事を聞いてくれる。地位や権力は便利なものだ。

 

 それから俺は急いで変装用の黒装束に着替えると、その上から鎧を着込み、仮面を付けた上でフルフェイスの兜を被る。兜を被るのなら仮面を付ける必要はないかもしれないが、これは万が一兜が外れてしまった時に備えて念の為だ。サイズが合ってなくてブカブカだから不安なんだよな……。

ちなみに、この鎧は予め修練場から拝借してきたものだ。重くて動きづらい事この上ないが、支援魔法によって何とか軽減している。

 

 その格好で結界魔法使いが待機している部屋まで行って扉をノックすると、四人の魔法使いが出てきた。

 すぐにクレアが言っていた使いの者だと説明すると、魔法使い達は何の疑問もなく、先程言われた通り結界を解除する為に俺と一緒に目的の部屋へと向かう。

 

 まずは宝物庫からだ。

 魔法使い達は扉に手をかざすと、複雑で長い詠唱を唱え、結界を解除した。

 そして、自分達は宝物庫に入ることを許可されていないため、数歩下がって扉の外で待っているようだった。

 

 そういえば、宝物庫に入るのは初めてだ。

 俺は内心ワクワクしながら足を踏み入れると、そこには整然と並べられた財宝の数々が。どれもこれも宝感知がビンビンに反応する一級品ばかりだ。

 

 商人としてある程度成功した俺でも、ここまでの高級品の数々に囲まれた経験はなく、思わずキョロキョロと目移りしてしまう程だったが、本来の目的を忘れてはいけない。

 

 俺は頭を軽く振って気持ちを切り替えると、改めて宝感知スキルの方に集中する。周りからは相変わらず強い反応がいくつも返ってくるが、俺が……というかクリスが求めているものは、高級品の数々の中でもハッキリと分かる一際違う反応を示すはずだ。

 

 そう考えながら、そのまま部屋の中を探索して…………見つけた。

 

「……すげえ」

 

 それを見た俺の口からは、自然とそんな言葉が漏れていた。

 

 もちろん、宝感知スキルへの反応も凄まじい。他の財宝とは段違いだ。

 しかし、それ以上に、その見た目からして他とは一線を画していた。

 

 それは鞘に収まった剣だった。

 その鞘は今まで見たこともないくらいに美しい光を放ち、触れるのを躊躇うくらいの神々しさと存在感を感じる。

 

 とはいえ、この剣が神器というのは明らかなので本当に触らないというわけにもいかず、俺はゆっくりと手を伸ばして、剣を掴んだ。

 本来であればこの時点で城中に警報が鳴り響いているところなのだろうが、一応正規の手続きに則って専門の魔法使いの人達に結界を解いてもらったので、罠の類も一緒に解除されている。

 

 俺はそのまま持ち運びやすいように剣を腰に下げると、まるで伝説の勇者様にでもなったような気分になってくる。

 ミツルギの奴も、いつもこんな気分で魔剣を腰に下げているのだろうか。だとしたら、多少頭がアレになって自分が女神に選ばれし勇者だとか言い始めてしまうのも分かるかもしれない。

 

 さて、これで一つ目の目的は済んだ。

 時間稼ぎの方はクリスが十分にやってくれているとは思うが、出来るだけ早く事を済ませるに越したことはないので、さっさと次の目的……拡声魔道具によるアクシズ教の宣伝に取りかかるとする。

 

 そう考えて部屋を出ようとしたのだが。

 

「あれ、これってマンガか」

 

 ふと視界の端に映った本に、自然と足が止まってしまっていた。

 マンガというのは吹き出しのついた絵本のようなもので、元々は変わった名前のチート持ち達によって伝わった文化らしい。紅魔の里の図書館にも数は少ないがいくつか置いてあり、新聞にも四コマ漫画が連載されている。

 

 俺は漫画が好きで、そこそこ集めていたりもする。

 何というか、どこか懐かしい感じもあるんだよな。

 

 そして、王城の宝物庫にある漫画というのは漫画好きの俺としてはかなり気になる。それだけ面白いものなのだろうか。

 というか、何だろう、この表紙はどこかで見たような気がする。どこだったか…………思い出せない。こんな所にあるって事は相当貴重な物なのだろうし、そう簡単に忘れないと思うんだけどなー。

 

 それはともかく、ここは是非読んでみたいものだけど……。

 

「…………いやいやいや、ダメだダメだ」

 

 俺は首に力を入れて無理矢理漫画から視線を外す。

 漫画には恐ろしい魔力がある。そう、一度読み始めると止まらなくなる事が多いのだ。宝物庫で漫画を読みふけってて捕まりましたなんて大間抜けもいいところだ。

 

 それなら、この漫画もついでに持って行こうかと一瞬考えるが、証拠品を持ち帰るリスクを考えれば、それもやめておいた方がいいだろう。

 

 そうだ、俺はアクシズ教徒とは違うんだ。

 欲望のままに動いて全てを台無しにしたりはしない。

 常にリスクとリターンを考えて動けるクールな男、それが俺だ。

 

 そうやって屈強な精神力で見事漫画の誘惑を断ち切った俺は、今度こそ部屋を出ようと…………してまた止まった。

 

 先程の漫画の隣。

 そこには別の本が置いてあり、それに目を奪われたのだ。

 

 何も分かっていない誰かは、こんな俺を見て「またか」と呆れるかもしれない。「何が屈強な精神力だ」とあざ笑うかもしれない。

 しかし、これに関しては、俺は堂々と言い放つことができる。

 

 

 この本を目にしてスルーできる奴は、男じゃない。

 

 

 それは、表紙からしてやたらと肌色の多いものだった。

 それは、表現するだけで捕まりそうな程に色々とアレで、もう何というか、本当にありがとうございますと頭を下げてしまう程のクオリティを秘めていて。

 

 その表紙の子は、それはそれは柔らかそうで心地よさそうな膨らんだ大きな胸を持っている。

 それを見ているだけで、俺もドキドキとワクワクで胸が膨らみ。

 そして、自然と胸以外のどこかを物理的に膨らませてしまいそうで。

 

 ――何度でも言うが、俺はリスクとリターンを考えて行動できるクールな男。

 ここで理性を失って欲望のままに行動する獣ではない。

 

 だから、俺は少しの間考えて…………それから。

 

 

「あ、御用はお済みですか? それでは結界を張り直しますので、お下がりください」

 

 俺が宝物庫から出ると、魔法使い達は再び長い詠唱を唱えて結界を張る。

 それが終わると、魔法使いの一人が俺の腰に下げられた剣に気付き、驚いた様子で。

 

「そ、その剣は……! まさか、義賊というのはそれを使わなければいけない程の強敵なのですか?」

「え、あー、そ、そうだ。あの義賊は魔王軍幹部クラス……いや、もしかしたら神々にも匹敵する力を持っているかもしれない。だからこそ、その神々がもたらしたとされる神器が必要なのだ」

 

 そんな風に神妙に言ってみると、魔法使い達はゴクリと喉を鳴らして緊張感を露わにする。

 

 こういった反応を見ると、自分が本当にとんでもない物を持ちだそうとしているのだと実感する。

 しかし、これはあくまでクリスに預ける物だ。リスクはかなりあるが、人に押し付けられる物であればまだ許容できる。

 

 そして、俺の懐に大切にしまい込まれたお宝。

 これを持っていく理由については、単純明快だ。

 この本には男の欲望が詰まっていて、どんなリスクがあってもそれを遥かに上回る程のリターンがある。ただ、それだけの話だ。

 

 

***

 

 

 続いてやって来たのは、本命の拡声魔道具が置かれている部屋だ。

 ここまでの道中では、城に待機している数人の騎士と出会い、俺が腰に下げている剣を見て慌てた様子で色々と尋ねてきたが、周りの魔法使い達と一緒にクレアの名前を出して説明すればすぐに納得してくれた。

 

 魔法使い達に結界を解いてもらうと、俺は部屋の中に入る。

 そこには、広い王都全体に声を届けるというだけあって、今まで見たこともないような大規模な魔道具が置かれていた。

 

 少し心配だったのは、使い方が分からなかったらどうしようという事だったのだが、ざっと見た限りでは基本的なところは通常の拡声魔道具と同じらしく、何とかなりそうだ。商人やってて魔道具には慣れているというのも良かった。

 

 例によって魔法使い達は部屋の前で待機している。俺が魔道具を使った後に再び結界を張り直す必要があるからだ。

 ここで問題なのは、この状況で拡声魔道具を使ってアクシズ教の宣伝なんかやれば、真っ先に彼らが飛び込んでくるという事だ。彼らは魔法使いとしてかなり優秀みたいだし、まともに戦うのは危険だ。

 

 というわけで、ここはアサシンっぽく気付かれないように速やかに全員を無力化させる。

 もしも騒ぎにでもなれば、城に残っている騎士達も集まってくるだろうし、目的を達成するのが一気に困難になってくる。ここが前半の山場だ。

 

 俺は小さく息をついて覚悟を決めると、外に呼びかけた。

 

「すまない、魔道具の使い方がよく分からないのだが……誰か教えてもらえないか?」

「あ、はい、では自分が」

 

 俺の言葉に、一人の魔法使いが答えて部屋に入ってくる。

 そして、俺が立っている側にある魔道具のところまでやって来て、説明を始めてくれる。

 

「まず、このボタンを押すんです。すると、ここに光が灯りますので、その後」

「『サイレント』」

「……え?」

 

 予め詠唱を終えていた俺が急に魔法を使ったので、魔法使いはきょとんとした表情でこちらを見てくる。

 その隙に俺は素早く相手の手を掴み、次のスキル、ドレインタッチを発動する!

 

「なっ、あああああああああああああああああああっっ!!!!!!」

 

 体力と魔力を一気に吸い取られた魔法使いは、すぐに意識を失ってしまった。

 

 ……あれ、思ってたよりもすぐに落とせたな。

 体力はそこまでない魔法使いといっても王城にいるくらいだし、もう少し手こずるかと思ったけど、こんなにあっさり終わるとは。

 

 というか、なんか妙に調子が良い感じで、魔力もみなぎってくる気がする。

 なんだろう、もしかして先程宝物庫から持ってきた神器と思われる剣の効果なのか?

 

 どちらにせよ、俺にとっては好都合だ。

 やっぱり俺は運が良い。これも日頃の行いが良いから、幸運の女神エリス様が応援してくれてるとかそんな事なのかもしれない。

 

 その後俺は、ドレインタッチによって気を失った魔法使いを部屋の隅に連れて行って、物陰に隠す。

 先程俺がドレインタッチをかけた時に大声を出されてしまったが、消音の魔法によって、外で待機している他の魔法使い達には聞こえておらず、部屋の異変には気付いていない。

 

 次に、俺は部屋にかけた消音魔法を解除すると、部屋の電気を消す。

 その後、魔力ロープを入り口付近の床に広げてその一端を手で掴み、潜伏スキルを発動。

 そして、今気絶させたばかりの魔法使いの声真似をして。

 

「おーい、なんかこの魔道具、調子が悪いみたいだ! 悪いけど、お前らも来て見てくれないか?」

「調子が悪い? 昨日の魔王軍襲撃警報を出した時はそんな事なかったけどな……」

「お前がどっか変なところ弄って壊しちゃったとかじゃないだろうなー」

「ははっ、それが本当だったら減給じゃ済まないぞ?」

 

 そんな事を言いながら、部屋に入ってくる三人。

 しかし、すぐに部屋の異変に気付く。

 

「……あれ、なんで明かり点けてないんですか? あと、あいつはどこに?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡す三人。

しかし、部屋の暗さもあって、足元にあるロープには気付いていない。

 

俺は真っ直ぐ手を突き出して。

 

「『サイレント』……『バインド』っっ!!」

「「「むぐぅぅっ!?」」」

 

 突然足元から伸び上がってきたロープが三人をまとめて縛り、魔法を唱えられないようにしっかりと口も封じた。

 普通に拘束スキルを使っていたら、三人まとめてなんて上手くいかずに、誰か一人くらいは避けられていたかもしれないが、こうして罠を張っておけば案外何とかなるものだ。

それに、やっぱり今日はなんか絶好調な感じがする。ロープが巻き付くのもいつもより速かった。

 

 その後、俺は三人をドレインタッチで気絶させ、一人目の側に寝かせる。

 これで準備万端だ。後は拡声魔道具とゼスタから預かってきた録音魔道具を使ってアクシズ教の宣伝文句を王都に流せばミッション終了で、紅魔祭は守られる。

 

 それから俺は懐から録音の魔道具を取り出し、念の為最後の確認として盗聴スキルを使って周囲の音を拾って誰にも怪しまれていないことを確認しようと…………したその時。

 

 

『結界魔法使いが持ち場にいないとは……まさか、あるえ殿の言う通り、本当にあの銀髪の義賊が囮だというのか……?』

 

 

 ビクッと全身が震えた。冷や汗が噴き出してくる。

 突然のことに、一瞬頭が真っ白になって何も考えられなくなるが、すぐに呆然としている場合ではないと気付いて懸命に頭を回し始める。

 

 なんてこった……クレアの声だ! もうかなり近くまで来てる!

くそったれ、またあるえの奴がやりやがった!

 

 ど、どうする……!?

 クレアの声の他に鎧がガチャガチャ鳴ってたり、魔法使いのマントの衣擦れの音もするし、それなりの戦力を連れて来ている可能性が高い。

 

 もう諦めてさっさと逃げるか……いや、ダメだ!

 ここまで来たんだ、今更やめられるか!

 

 俺は覚悟を決めると、拡声魔道具を起動すると同時に録音魔道具のスイッチを入れる。

 すると、アクシズ教最高責任者ゼスタの声が、王都中に響き渡る。

 

 

『あなたは今、幸せですか?』

 

 

 …………あれ。

 てっきり、いつものハイテンションというか、狂気に満ちた調子で最初から飛ばしていくかと思っていたが、意外にも出だしは静かな口調だ。

 

 ゼスタの言葉は続く。

 

『この世知辛い世界で日々懸命に生きていく中で、本当の幸せというものは見えにくくなりがちです。今一度、ご自分の胸に手を当てて考えてみてください。あなたにとっての幸せとは? 望みとは? 何でも好きなことをしていいと言われた時、あなたは何がしたいのか?』

 

 一応は真面目なことを言っているように思える。

 思えるのだが、これを言っているのがアクシズ教徒だという情報が加わった途端、一気に胡散臭いものに変わるのだから言葉というのは不思議だ。

 

 というか、俺にはもうゼスタが何を言いたいのか予想がつき始めている。

 

『そう、皆さんは己の欲求を抑え過ぎているのです! やりたい事をやりたいようにやる。それは世間ではワガママだとか空気が読めないだとか愚かなことを言われたりもしますが、そんな言葉は聞かなくてもよいのです! 本当の自分を抑えた人生に意味はあるのでしょうか!? いいや、ない!! 断じてありませんとも!!!』

 

 話している内にだんだんと口調にも熱が入ってきたようだ。

 あと、自分を抑えた人生云々は、以前に俺も同じようなことを言ったような……いや、きっと気のせいだ、うん。俺はアクシズ教徒なんかとは違う……はずだ。

 

『今は苦しいけど、我慢すれば後できっと報われる? そんな保証はどこにもない! 不確定な未来よりも確実な今を好きに生きる、それのどこに責められる要素があるというのでしょうか! 好きな時に好きなものを食べ、好きな時に寝て、悪魔やアンデッド以外であれば身分種族老若男女関係なく、好きな人を好きなだけ愛でる! それこそが、生物として正しい姿なのです!!』

 

 どうしよう、聞けば聞く程ろくでもない教えだ。

 こんなのを王都中に響かせるとか、今更だけど俺、本当にとんでもない事しちゃってるんだな……なんか冷や汗かいてきた……。

 

『しかし、そんな生物として当たり前の自由を、世間は許してくれないでしょう。でも、大丈夫です! 世間は許さずとも、アクア様は許して下さいます! 自分を抑えることなかれ、本能のままに生きなさい。それが偉大なるアクア様の教えなのです!! さぁ、あなたも我々アクシズ教の同志となり、何にも縛られないこの素晴らしい人生を謳歌しましょう!!!』

 

 それからゼスタは、結婚可能年齢の引き下げやら、悪魔やアンデッドの撲滅、エリス教への罵詈雑言などを好き放題に言いまくり、狂気に満ちた放送はようやく終了した。

 

 その直後、部屋の外で真っ直ぐこちらへ向かって来る複数の足音が聞こえてくる。

 おそらく、先程まではあまりの事態に呆けきっていたのだろう。放送が終わった瞬間、我に返ったといったところだろうか。

 

 それから少しすると、凄まじい轟音と共に部屋の扉が吹き飛ばされた!

 

 

「何をやっている愚か者がああああああああああ!!!!! こんな事をして許されると思うな!! 覚悟しろアクシズ教徒…………ん?」

 

 

 青筋をビキビキ立てた恐ろしい形相で部屋に入ってきたのはクレア。

 その後ろでは、王城の騎士や魔法使いが臨戦態勢で控えていた。

 

 普通に考えれば、この状況を打破するのは相当な実力がないと無理だろう。それこそ、冒険者であれば新聞の格付けランキングで上位になるようなトップレベルでもなければ。

 当然、俺が正面からまともにどうにかしようと思った所で、一瞬で捕まって終わりだ。

 

 しかし、俺は元々そんな正攻法を取るような男じゃない。

 どんな手段を使ってでも、最大限自分が安全かつ確実に有利になれる状況にもっていく、それが俺だ。

 

 部屋に入ってきたクレアや他の人達は困惑した様子で。

 

「クレア様、犯人らしき者はどこにも……あ、結界担当の魔法使い達が倒れています! 騎士も一人!」

「くっ、もう逃げた後だったか……! お前達、大丈夫か!」

 

 そう、俺はあえて逃げないという選択肢を取った。

 

 今の俺は鎧を身に着けていて、端から見れば王城の騎士の一人にしか見えない。

 つまり、わざわざ慌てて逃げる必要もなく、こうして倒れた状態で賊にやられたように装っていれば自然にこの場をやり過ごすことができるのだ。

 

 予定では普通に逃げるつもりだったが、あるえのせいで想定以上に早く、そして大勢の人間が集まってきてしまったので何とか捻り出した策だったが、我ながら良い思い付きだ。まったく、自分の有能さが恐ろしい……。

 

 俺はよろよろと起き上がる演技をしながら、クレアに怪しまれないように声を変えて。

 

「ク、クレア様……申し訳ありません、賊を逃がしてしまいました……今頃はもう城を出ていることでしょう。我々の傷は命に関わるものではありません、構わず追ってください……!」

「……分かった。よく戦ってくれたな、後は私達に任せておけ…………ん?」

 

 言葉の途中で、クレアが訝しげな表情を見せる。

 え、な、なんだ……何かやっちまったか……? 怪しまれる要素はなかったと思うけど……。

 

 漠然とした不安が胸の中に広がっていくのを感じながら、俺は恐る恐るクレアに提言する。

 

「あ、あの、クレア様? 急がないと賊が……」

「……一つ、聞いてもいいか」

「……な、なんなりと」

 

 

「その腰に下げている剣はどうした? それは城の宝物庫で厳重に保管されている聖剣のはずだが」

 

 

 し、しまったあああああああああああああ!!

 

 ぶわっと、嫌な汗が全身から吹き出る。

 やばい、すっかり忘れてた……ど、どうする!?

 

 ここに来るまでにも、この聖剣を見た他の騎士達に事情を聞かれたりもしたが、クレアの名前を出せば納得させることができた。

 しかし、今回は相手がクレアなのでその手は使えない……しかも上層部にいる人間なので、他の偉い人の名前を出しても自分の耳に入っていないのはおかしいと結局怪しまれる予感しかしない!

 

 それでも俺は懸命に頭を回して言い訳を捻り出す。

 

「こ、これは……その、しゅ、趣味です! やはり騎士として聖剣というものには憧れがありまして、鍛冶屋に頼んで聖剣に似せて作ってもらった特注品で……!」

 

 それを聞いたクレアは、後ろに控えていた魔法使いの一人に尋ねる。

 

「と言っているが、どうだ?」

「い、いえ、本物ですよあれ……明らかに神器級の凄まじい魔力を感じます……」

「…………」

「…………」

 

 不穏な空気が部屋に充満し、クレアの後ろに控えている者達も再び臨戦態勢を整えながら、敵意のこもった視線を突き刺してくる。

 そして、クレアは剣を抜きながら。

 

「貴様、何者だ? その鎧を脱いでもらおうか」

「…………」

「……? 何を小声でブツブツ言っている。言いたいことがあるなら」

 

 

「『フラッシュ』!!」

 

 

 直後、目も眩む閃光が部屋を埋め尽くした!

 

 

***

 

 

「こっちだ! こっちに逃げたぞ! 聖剣を盗まれた!! 絶対に逃がすな!!」

 

 

 クレアの大声が城内に響き渡る。

 

 目眩ましの魔法によってクレア達の視界を奪った隙に何とか部屋を脱出したのだが、向こうも王城の騎士や魔法使いだ、すぐに回復して俺を追いかけてきていた。

 

 ただ、ちゃんと全員に効いてくれたというだけでも、俺にとってはラッキーだった。何というか、今日の俺の魔法は発動速度や威力が普段とは一味違う気がする。この人生のピンチに、ついに俺の秘められし力が覚醒したのだろうか。

 ……何をその辺の紅魔族みたいな訳分からん設定作ってるんだ俺は、これは精神的に相当参っているのかもしれない。

 

 今の俺は重い鎧を脱いで、黒装束姿でバニルから貰った仮面をつけている。

 これなら姿を見られても俺だとはバレないだろうし、実際にクレア達も気付いていないようだが、何かの拍子に仮面が外れたり壊されたりしたら終わりなので綱渡りをしていることには変わりない。

 

 一旦どこかに姿を隠してから着替えて聖剣を隠し、盗賊ではなく冒険者カズマさんとして何食わぬ顔でいれば誤魔化せるかもというのは考えたが、かなり危険な気がしたので選択肢からは外した。

 義賊を追っているはずの俺が城の中にいるのは怪しいし、スキルも色々使ってしまったので、俺と盗賊を結び付けられる可能性が高いからだ。それがなくたって、数多くのスキルを使っていたというだけで、結局俺が疑われるんじゃないかと心配なくらいだ。

 

 そんな事を考えていると、背後からは魔法使い達が詠唱を始める声が聞こえてくる。

 それに対し、慌てて顔だけ振り返った瞬間。

 

「『ライトニング』!!」

「『ファイアーボール』!!」

 

 魔法使い達の杖の先から白い稲妻と赤い火球が飛び出し、真っ直ぐ俺へと飛んで来る!

 俺は走ったまま、片手を後ろに向けて。

 

「くっ……『リフレクト』!!」

「「なっ!?」」

 

 先にこちらに到達した稲妻を跳ね返し、同じく向かって来ていた火球に当てて相殺する。

 背後ではざわざわと、

 

「今のはプリーストの反射魔法だろ!? さっきは目眩ましの魔法も使っていたし、どれだけ多彩なスキルを持っているんだ!」

「しかも、使い方が上手いぞ! 最小限の魔力で最大の効果が出るように使ってくる! これ程の者が何故アクシズ教のテロリストなんてやっているんだ……!」

 

 何やら褒められているようだが、こっちとしてはそれに対して喜んでいられる余裕などない。表向きは冷静を装ってはいるが、実際の所はかなりギリギリで、少しでも何かがズレれば危ない状態で何とか捌いているのだ。

 

 神経をすり減らすようなスキルの応酬の中で、俺はギリギリと歯噛みする。

 

 まったく、本当にどうしてこうなった!

 俺は卒業が近いゆんゆんやめぐみんに少しでも学校行事を楽しんでもらいたいと思っただけなのに、気付けば腰に聖剣をぶら下げた状態でアクシズ教徒のテロリストとして王城内を追いかけられている。

 

 それもこれもやっぱりあの頭のおかしいアクシズ教徒のせいだ。

この件が終わったら、もうあんなのとは金輪際近付かないようにしよう、絶対。元々、今回だってあるえがどうしてもって言うから仕方なかっただけで、俺は最初からアクシズ教徒を撮るなんて反対だったんだ。

 

 そうだ、これが片付けばそれでアクシズ教とはお終い。もう今後二度と関わることもないだろう。

 そう思えば、もう少し頑張れる。というか、頑張らないと人生が終わる。

 

 出来ることなら、昨日の義賊のように窓からさっさと出て行きたい。

 しかし、当然それは既にやろうとはしてみたのだが……。

 

「……くそっ! やっぱここもダメか!」

 

 近くにあった窓に手をかけて開けようとするが、まるで接着剤か何かで固定されているかのようにびくともしない。

 作戦前に城を調べた時は窓も普通に開いたので、非常時にすぐに全ての窓に対して防護魔法がかかるような仕組みを用意していたのだろう。俺のブレイクスペルでは解除できない程に強力なものだ。

 

 考えてみれば、昨日は義賊にまんまと窓から逃げられたので、何か対策を講じているのは当然だ。最初に窓を殴ったりして割ろうとしなくて良かった。そんな事していたら、割れていたのは俺の拳の方だ。

 

 窓が使えないとなると、普通に階段を使って下まで降りて脱出するというのも考えたのだが、ここまでするのだから入り口の扉も開かないようにされているだろう。

 これは完全に閉じ込められたかもしれない、と内心どんどん焦ってきていると。

 

「『ライトニング』!!」

 

 バチッ!! と白い稲妻が飛んできたので、慌てて身を伏せて避ける。

 稲妻は窓にぶつかり消滅したが、窓の方は傷一つ付いていない。これで割れてくれる程甘くはないらしい。

 

 …………いや、待てよ?

 

 俺は再び背後を窺う。

 追っ手は魔法使いだけではなく騎士もいるのだが、そちらは逃走スキルを使っている俺に追い付くことはできず、現状では遠距離攻撃の魔法でしか俺の元までは届かない。

 どうやら弓兵の方は、義賊の方に人員を割かれているようで、この場にはまだ到着していないようだ。

 

 俺はゴクッと喉を鳴らし、魔法使いの次の攻撃に備える。

 向こうは速度重視の電撃魔法ライトニングによる攻撃に絞ったらしい。それはこっちとしても反射魔法のタイミングを合わせるのが難しくなるので、直撃してしまうリスクが更に上がった。

 

 この状況は俺の力だけではどうにもならない。

 むしろ、今まで俺の力だけでどうにかなる状況というものの方が少なかったかもしれない。普通の紅魔族であれば、大抵のことは自力で何とかしてしまえるのだろうが、俺はアークウィザードにもなれなかった紅魔族の落ちこぼれだ。

 

 だから、俺は自分の力以外も遠慮無く利用する。

 そして、利用できる力というのは、何も味方のものだけとは限らない。

 

 

「「『ライトニング』!!!!!」」

 

 

 魔法使い達が一斉に電撃魔法を放つ!

 

 少しでもズレたら致命的だ。

 俺はここまで集中した事がないんじゃないかというくらい極限まで集中して、タイミングを測る。体を逸らして、電撃の進行方向から逃れるようにしながら、手を伸ばして。

 

 …………ここだ!

 

 

「『リフレクト』ッッ!!!!!」

 

 

 複数の稲妻は俺の魔法により跳ね返る。

 しかし、相手の方に向かって、ではない。

 

 反射角を調整した結果、複数の稲妻は全て一つの窓へと一斉に叩きこまれた!

 

 窓にかけられた防護魔法は、電撃魔法が一発当たっただけではビクともしなかった。

 しかし、それが何発も同時に、となるとどうだろう?

 俺は祈りながら窓を見つめる。

 

 そして、確かに聞こえた。

 ピシリ、と何かがひび割れるような、その音を。

 すかさず俺はその窓へと手をかざし、大量の魔力を込めて詠唱し、叫ぶ!

 

 

「『カースド・ライトニング』!!!!!」

 

 

 飛び出した黒い稲妻は勢い良く窓へと向かい、直撃。

 既に複数の電撃魔法によってダメージを受けていた上に、更に一撃が加わった結果。

 

 

 ガシャァァン!! と、ついに防護魔法を貫通して窓が枠ごと大破した!

 

 

「しまっ……」

 

 

 それは俺に攻撃した魔法使いの一人の声だったか。

 そんな声を背後に聞きながら、俺は何の躊躇もなく窓から夜空へと飛び立った。

 

 

***

 

 

 窓から脱出した俺は、そのままかなりの高さから重力によって落下していくが、地面が近付いてきた所で風の魔法を使って安全に着地する。

 もちろん、上にいる魔法使い達も同じことができるので、皆一斉に俺を追って飛び下りてくる…………が、そこはちゃんと対策を考えてある。

 

 俺は、魔法使い達が落ちてくる先の地面の辺りに手をかざして、予め詠唱しておいた魔法を発動させる。

 

「『ボトムレス・スワンプ』!!」

「「どわああああああああっ!?」」

 

 彼らが着地しようとした瞬間、そこを底なし沼へと変えたことで、見事に全員まとめてはまってくれた。

 流石に溺れさせるわけにはいかないので、ロープを投げて助けてやるが、その時にきっちりドレンタッチで気絶させておくことは忘れない。これで、先程から大分消費していた魔力も全回復できた。

 

 すると、上からクレアの怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「馬鹿者!! 全員一度に下りる事もないだろう!!! 仕方ない、扉や窓にかけた監禁魔法の解除を急げ!! 我々は下の扉から出て奴を追うぞ!!!」

「し、しかしクレア様、今、城内に残っている魔法使いは、最初に賊にやられて気絶していた結界担当の者達だけで……!!」

「くっ……起こすしかないだろう!! 何とかやってもらうしかない!!」

 

 クレア達が焦るのも当然だ、こうやって魔法使いが全員やられてしまえば、騎士達だけではあの高さから下りるのは難しい。ロープを使ってどうこうなる高さでもない。

 そして、俺が最初に気絶させた結界用の魔法使い達は、ドレインタッチによって体力と魔力をほとんど空にされている。魔力はマナタイトで何とかなったとしても、体力の方は回復するまでしばらく時間がかかるだろう。

 

 俺は淡い期待を込めて、テレポートを唱えてみる。

 しかし、やはりまだ発動することはなく、この結界は城の中だけではなく敷地内全てが効果範囲だという事が分かる。

 

 それなら、早いところこの敷地内から出るだけだ。

 

 少し走ると、城の敷地と外を区切る塀が見えてくる。

 俺のことは城内に閉じ込めて捕まえるつもりだったためか、城の外では特に誰にも見つからないままあっさりとここまで来れた。やはり、ほとんどの人員は銀髪の義賊の方に割かれているのだろう。

 

 とにかく、これでやっとゴールだ!

 

 一刻も早くこの神経をすり減らすような大捕り物から解放されたい俺は、すぐに鉤付き魔力ロープを取り出し、塀の上に引っ掛けようと投げた。

 

 しかし、その直後だった。

 ぞくっと、敵感知に何かが反応した。

 

 

「逃さないよ」

 

 

 ズバン! と、魔力ロープが切断された。

 えっ……き、切られた……?

 

 思わずロープの切断面を呆然と見つめてしまう。

 俺の魔力ロープは金に物を言わせた特注品で、大型モンスターが引っ張り合ってもビクともしない強度と耐久性を持っている。実際使い始めてもう二年くらいになるが、切られたことなんて一度もなかった。

 

 こんな芸当は普通の騎士にできるものじゃない。

 それこそ、人の力を超越したような…………あ。

 

 そうだ……こんな馬鹿げた力を振りかざす奴なんて、あいつしかいない。義賊が現れる前に、城の中で会ったじゃねえか。

 そして、答え合わせをするように、暗がりから月明かりの下へ一人の男が出てきた。

 

「こんばんは。君は例の銀髪の義賊の仲間、ということでいいのかな? 僕のことは知ってるかい?」

「……知ってるよ、いつも女の子侍らせてるハーレム勇者様カツラギだろ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、そんな風に知られているのか僕は!? あとカツラギじゃなくてミツルギだよ! 肝心な名前が違うじゃないか!!」

 

 カツラギ……もといミツルギはショックを受けた顔をしている。

 

 その手に握られているのは、どんなものでも斬ってしまうと言われている魔剣グラム。

 なるほどな……こんなもんで斬られたら、いくら特注品のロープでも耐えられるわけがない。神器と呼ばれるものは、それだけ常識外れな力を持っている。

 

 俺はミツルギから目を離さないようにしながら、一歩二歩と後ずさる。

 くそっ、大体なんでこいつがこんな所にいるんだよ、あれだけ義賊を追いかけろって前もって念を押しておいたのに!

 

 とにかく、こいつとまともにぶつかるのはマズイ。

 以前、紅魔の里でミツルギと戦った時は、ルールの裏をついて勝つことができたが、今回はルールなしのガチの実戦だ。

 

 そういえば、ミツルギとの決闘に勝った時に「もう俺の邪魔をしない」という約束を結ばせたのだから、ミツルギには正体をバラして見逃してもらうというのも…………いや、流石にこんな事やらかして、正義感の塊であるコイツが見逃してくれるとは思えないな……。

 

 やっぱり、何とかしてこの勇者サマを出し抜かなければならない、と腹をくくった時。

 

 敵感知スキルにまた反応があった! 背後からだ!

 俺が急いで回避の行動を取ると同時に、背後から鋭い声があがる。

 

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!!」

「ぐっ……うおおおおおおおおおおあああああああっ!!」

 

 

 強烈な冷気が広範囲に広がり、透明な氷の柱を次々と生み出していく。

 俺は敵感知スキルで直前に攻撃を察したこともあり、逃走スキルと回避スキルを使って最後は自分から地面に転がるようにしながら、命からがら攻撃範囲から逃れる。

 

 このキレッキレの氷魔法は見覚えがある……!!

 俺はもう涙目になりながら、声がした方を向いて、魔法を撃ってきた者を確認すると。

 

そこにいて、こちらに手をかざしていたのは、ウェーブのかかった長い茶髪の美女。

いつもは赤字にヒーヒー言っている貧乏店主だが、戦闘になるととてつもない強さを発揮する、元凄腕冒険者にして現在は魔王軍幹部のリッチー…………ウィズだった。

 

 あかん……本格的にあかん……!!

 どんどん絶望的になっていく状況にパニック寸前になっていると。

 

「ごめんなさい、ミツルギさん! かわされました!」

「大丈夫、任せてくださいっ!」

「うおっ、ちょ、待っ!!」

 

 地面に転がる俺に対して、すぐさまミツルギが斬りかかってくる!

 俺はそのままゴロゴロと更に地面を転がって二、三度攻撃をかわしながら、掌をミツルギの足元に向けて唱える。

 

「『アンクルスネア』!」

「うっ」

 

 ミツルギの耐性が高いのか、転ばせるところまではいかないが、一瞬足を止めさせてわずかな隙は作れた。

 その隙に立ち上がり、急いでミツルギから距離を取る…………が。

 

「『カースド・ライトニング』!!」

「ひいいいいいいっ!!」

 

 慌てて身をひねると、すぐ近くを黒い稲妻が通過していく。

 俺は全身から冷や汗を噴き出しながら、魔法を撃ったウィズに。

 

「お、おい、殺す気かよ! あの、俺のこと銀髪の義賊の仲間だって思ってんなら、とりあえず生かして情報を聞き出した方がいいんじゃないでしょうか!!」

「大丈夫です、手加減していますので体を貫通したりはしませんよ。万が一大変なことになっても、私の魔道具で何とかしますから安心してください!」

「何も安心できねえ! むしろ不安が大きくなったよ!!」

 

 くそっ、そもそもこの二人を一度に相手するって時点で、無理がありすぎる!

 元々俺のことは城の中に閉じ込めて捕まえる作戦だったはずなのに、どうしてこんな重要な戦力が外にいるんだ。まるで俺が脱出するって予想してたみたいな……。

 

 とにかく、この状況は早く何とかしないとマズイ。

 あまりゆっくりしていては、城の中にいる連中も監禁魔法を解除して外に出てくるかもしれない。

 

 状況的には、魔王軍幹部と神器持ちの勇者様を相手にするという最悪も最悪なものだが、それでもプラス要素を挙げるとすれば、二人共俺の知っている相手ということだ。

 何か……何かないか。二人共、俺がまともにやっても敵わない相手だというのはよく分かっているが、全てが完璧な者も存在しない。二人の欠点もいくつか知っている。そこを上手く利用できれば……。

 

 そうやって必死に突破口を探していると。

 

 

「「か、かっこいい……!!」」

 

 

 この緊迫した状況で場違いな、少女達の声が聞こえてきた。

 そして、その声は聞き覚えのあるもので、俺は嫌な予感がしながらもそちらに視線を送ってみる。

 

「あっ、あるえ、あの盗賊の方、こっち見ましたよ! ちゃんと撮ってますか!?」

「撮ってるから揺らさないでほしいな。それより、演技の方よろしく頼むよ、めぐみん。あとゆんゆん、顔色が悪いけど大丈夫かい?」

「…………」

 

 そこにいたのは、俺が連れてきた紅魔族の少女達だった。

 めぐみん、ゆんゆん、あるえの他、何人もの生徒達が少し離れた所からキラキラと目を輝かせて俺のことを見ている。たぶん、俺の今の黒装束に仮面という格好が紅魔族の琴線に触れるのだろう。

 

 そんな中、ゆんゆんだけが顔を引きつらせて何も言えずにいるようだった。

 やばいな……他の生徒達には気付かれてないみたいだけど、ゆんゆんにはバレてるっぽいぞ……あと、何となくあるえも気付いてる感じがするが、良い映像が取れればそんな事はどうでもいいのだろう。

 

 俺の方もいきなりの展開に反応できずにいると、ミツルギとウィズが慌てた様子で。

 

「なっ、こんな所で何をしているんだ君達は! 危ないから下がって下がって!!」

「そ、そのカメラ、もしかして映画の撮影をしてるんですか!? あの、これはお芝居でも何でもなく、実戦なんですよ!? この人も本物の盗賊です!!」

 

 俺も二人と同意見なんだが、あるえは何を言っているんだというような顔を見せる。

 

「だからこそ撮るのではないですか。魔王軍襲撃の時の撮影で改めて分かりましたが、やっぱりお芝居と本物とでは迫力というものが違いますから。それに、こうして盗賊と対峙できたのも私の策のお陰ですので、このくらいのワガママは許してもらいたいですね」

「ぐっ……そ、それを言われてしまうと……」

 

 あるえの言葉に、ミツルギは言葉に詰まる。

 

 ……なるほどな、またあるえのバカがやりやがったか!

 こんな後一歩のところで都合よくミツルギとウィズが俺の前に立ちはだかるなんて出来過ぎているとは思ったが、こいつがそうなるように誘導したというのなら納得できる。

 

 あるえは普段はぼーっとして何考えてるか分からないし、言ってることも意味不明なことが多いが、他人を観察して行動を予測することに長けていて勘も鋭い。

 普通なら子供の知恵など真面目に聞く者はいないのだろうが、それが知能が高いことで知られる紅魔族であれば話は別だ。実際に、めぐみんが騎士団に仮入団した時は、その知恵を借りて、次に義賊が狙う貴族を特定し、その屋敷に先回りすることもできた。

 

 すると、突然の乱入に俺やミツルギ達が固まっていることをいいことに、めぐみんがノリノリで一歩踏み出して撮影用衣装のマントを翻す。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を操る者! ふっふっふっ、さぁこれで二対二ですよ! 覚悟してください、マツラギにウィズ!!」

「ミツルギだ!! えっ、というか君は盗賊側なの!? 僕達と協力して盗賊を捕まえるって流れじゃないのかい!?」

「何を言っているのですか、こんなカッコイイ盗賊を捕まえてどうするのですか! それに、この方はあの銀髪の義賊の仲間というではないですか。味方しない理由などありません!!」

 

 バカなことを言い出しためぐみんに、ウィズも慌てた様子で監督のあるえの方を向いて。

 

「あの、あるえさん!? この映画って、正義の魔法使いが魔王を倒す王道ストーリーでしたよね!? 少なくとも私はそう聞いていたのですが!」

「うーん、まぁ、悪の魔法使いが悪の魔王を倒すというのもそれはそれで面白そうですし、アリだと思いますよ。その辺りの脚本の変更は上手く調整できます、任せてください」

 

 あるえはぐっと親指を立ててそんなことを言っているが、ミツルギとウィズは微妙な表情を浮かべるしかない。

 何というか、ダークヒーローに憧れるというのは紅魔族らしくはあるんだけど、それを祭りで上映とかしたら後で苦情とか来そうだよな…………俺に。

 

 そんなこんなで、俺には頭のおかしい爆裂狂という仲間ができたわけだが、流石に生徒に大犯罪の片棒を担がせるわけにもいかない。

 

「……よし、じゃあ紅魔族随一の天才よ。君はとりあえず下がって後方支援に集中してくれ。俺のとっておきの必殺スキルは強力だからな、近くにいると巻き込んでしまうかもしれない。他の子達もよろしく頼む」

「っ……は、はい!!」

 

 俺の言葉を聞いて、目をキラキラさせながら大人しく下がる紅魔族の生徒達。

 それだけ俺の必殺スキルに期待しているのだろう。紅魔族はそういった秘められし力だとか、とっておきの秘術やらに並々ならぬ関心を示す人種だ。

 

 ただ、生徒達の中ではゆんゆんだけが、胡散臭そうな顔をして凄く何かを言いたそうにしている。

 しかし、流石にこの場で俺の正体をバラすのはマズイと思ったのか、とりあえずは何も言わないでいてくれている。多分あとで散々説教されるんだろうな……。

 

 ゆんゆんは俺の言葉はハッタリだと思っているようだが、実のところ、一応俺にもこの二人に対してだって通用する奥の手を持っている。

だからあながち丸っきりデマカセというわけではないのだが、それはこっちの命を削るにも等しい代償を伴うので本当にどうしようもなくなった時にしか使いたくない。

 

 最小限の代償で最大限の結果を。

 それは俺がいつも心に刻んでいる行動指針の一つだ。

 

 とはいえ、この二人相手となると、よく考えて動かないと少しのミスが一発で命取りになる。

モンスター戦よりも対人戦の方が得意な俺だが、この状況は明らかにキャパを超えている。

 

 対人戦においては、まずは自分の安全を確保しながら相手の隙を探り、確実にいけると判断できた時初めてこちらからも仕掛けて、的確に急所を突いていくというのが俺にとってのセオリーだ。

しかし、ミツルギはともかく、ウィズとはそれなりに長い付き合いだけど、戦闘では中々隙が見つからない。代わりに商人としては、むしろ弱点だらけなんだけど…………あ。

 

 ここで、名案が浮かび上がった。

 対峙するミツルギは、こちらを警戒しながら。

 

「必殺スキルといったか? 何を温存しているのかは知らないけど、そう簡単にやられる程僕達も甘くはないよ」

 

 よし、ちょうどミツルギが良い流れを振ってくれた。

 ここは乗っておくしかない。

 

「くくっ、それはどうかな? 俺の必殺スキルの威力は凄まじいぞ。高レベルのクルセイダーであっても耐えられるかどうかといった所だろうな」

「くっ……そんな脅しで僕達が引くと思ったか! 例えお前がどれ程の実力者であっても、僕達はかならず打ち勝ってみせる!!」

「はい! 私も最後まで精一杯…………あっ!」

 

 ここでウィズは何かを思いついたようで、顔色を変える。

 そう、凄腕魔法使いの顔から、ポンコツ商人の顔へと。

 

「…………ふふふ。大丈夫ですよ、ミツルギさん! 私、例えどれだけ強力な攻撃だろうが防いでしまう、とっておきの魔道具を持っていますから!!」

「えっ……そ、それって……」

「えぇ、ミツルギさんには一度お話しましたよね。そうです、この魔道具を使えば絶大なる防御力を手に入れることができます! 耐性全般が著しく下がってしまいますが、いかなる物理攻撃、魔法攻撃でもダメージを受けなくなるのであれば大したデメリットではありません!!」

「ちょっ、待っ……!!」

 

 ミツルギが慌てて止めようとするが、ウィズは手にしていた黒いキューブ型の魔道具を口に入れた。

 そして、清々しい程までのドヤ顔を浮かべて両手を広げる。

 

「さぁ、どんな強力なスキルでもお好きに撃ってみてください! 今の私なら、爆裂魔法でも耐え切る自信がありますよ!! あとミツルギさん、この素晴らしい魔道具をお買い求めの際は、アクセルのウィズ魔道具店までどうぞ!! こちらのセット販売でしたら更にお安くな」

「『スリープ』」

「むにゃ……」

「ああっ!!! ウィズさん!?」

 

 何やら黒いキューブがいくつか入った小瓶を取り出して店の宣伝まで始めたウィズだったが、俺の魔法でいとも簡単にぐっすりと眠ってしまった。

 

 そう、耐性が下がるというのは、こういう致命的な欠点があるのだ。

 本来であればリッチーを状態異常にするなんて、余程の大魔法使いでもない限り不可能だが、今のウィズは俺の魔法ですら簡単に通ってしまうくらい貧弱な耐性になってしまっている。

 

 まぁ、状態異常を使ってこないような相手であれば有用な魔道具なのかもしれないけど、俺みたいな、スキルの威力よりも種類で勝負するような相手にこれは大悪手というしかない。状態異常系の魔法なんてのは、俺にとってはメインスキルみたいなもんだしな。

 

 とにかく、これで厄介な相手を一人処理できた。

 あとはこの勇者候補サマをどうするかだが…………と考えていたら。

 

「……え、もしかしてあれが必殺スキル……?」

「何というか……地味……」

「うん……この残念な感じ、先生に通ずるものがあるよね……」

 

 離れた所にいる生徒達からの心ない声がグサグサと刺さる……き、聞くな、集中しろ俺!

 一応めぐみんはまだフォローしてくれる気があるようで。

 

「ま、まぁ、流石にあの二人を同時に相手にするのは大変ですしね! ここからは魔剣の人との一対一ですし、きっとカッコイイところを見せてくれるはずですよ!」

 

 その言葉は俺にとって嬉しいものだったが、ゆんゆんが困った様子で。

 

「う、うーん、それはなさそうだけど…………ねぇめぐみん、まだ何も気付かない? あの盗賊の正体って兄さんだと思うんだけど……」

「また変なことを言い出しましたよこの子は。ゆんゆんは普段から言動がおかしいとは思っていましたが、流石にブラコンこじらせ過ぎですよ。あの方は銀髪の義賊の仲間ですよ? 先生はただの賊にはなってもおかしくありませんが、間違っても義賊なんて柄ではないでしょう」

「うっ……そ、そう言われると何も言い返せないんだけど……でも……」

 

 酷い言われようだが、俺自身も何も言い返せないのが悲しい。

 まぁ、正体バレなくて良かったと思うことにしよう……うん……。

 

 気を取り直して目の前のミツルギに集中する。

 向こうも剣を構えて警戒していて隙がない。あとはコイツさえ何とかできれば逃げられるのに、最後の最後で面倒な奴が立ち塞がったもんだ。主にあるえのせいだけど。

 

 とにかく、何とかしてこの勇者候補サマを出し抜かなければならない。

 俺が持っているスキルの中で、最も簡単に相手を無力化できるものは拘束スキルだ。

 

 このスキルは、拘束成功確率は運によって左右され、使われるロープやワイヤーの質次第ではどんな強力なモンスターでも無力化させられる。つまり、運や金だけはある俺とは相性が良い。

俺の持ってるミスリル合金ワイヤーであれば、いかにミツルギであれど縛られてしまえば自力での脱出は不可能だろう。

 

 しかし、ここで問題になってくるのは、あいつの持つ魔剣グラムだ。

 あれがある限り、どんなに強力なワイヤーを用意したとしても、縛る前に斬られてしまう。流石に神器というだけあって、ホント理不尽だなあの剣…………あれ、そういえば。

 

 俺はふと思い出して腰にある聖剣に目をやる。

 そうだ、今は俺だって神器を持っているんだった。

 

 …………これは使えるかもしれない。

 

 俺はゆっくりと鞘から聖剣を抜き、構えた。

 何だかこうしていると、俺も勇者サマになったような気分がして、こんな状況でも気持ちが昂ぶってくる。

 

 対するミツルギは怪訝そうな表情を浮かべて。

 

「……何の真似だい? それは聖剣に認められた者にしか扱えないはずだよ。代々勇者の血を継いできた王族ならともかく、他の者が使った所でただの装飾剣と変わらないよ」

「ふっ、それはどうかな?」

 

 俺がそう言うと、聖剣が発光し始める。

 それを見たミツルギは目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 

「なっ……バ、バカな、ありえない!! 何故聖剣を使えるんだ!? ま、まさか……君は勇者の血を引いているとでも言うのか!?」

「さぁ、どうだろうな。そんなことより、お前はまずこの聖剣の一撃をどうするか考えた方がいいぞ。神器による一撃の威力は、お前自身が一番よく分かってるだろ?」

「くっ……!!」

 

 ミツルギは顔をしかめながら、改めて魔剣を構えて備える。

 この聖剣が本来の力を発揮した場合、いかに魔剣グラムがあろうともただでは済まないというのが分かっているのだろう。

 

 少し離れた所では、先程は少しテンションが落ちていた紅魔族の生徒達が、再び目をキラキラさせて俺達を見ている。

 

「聖剣と魔剣の激突だ……! どっちが勝つかな!?」

「決着はつかないと見たね! 光と闇が衝突した瞬間、次元の歪みが発生して二人共そこに飲み込まれちゃうんだよきっと!!」

「いやいや、ぶつかる前に新たな第三勢力が現れると思う! 光にも闇にも属さない、“無”の力を持った最強の存在に、二人共いっぺんにやられちゃうっていう流れだよ!! そう、そしてその最強の存在こそが、封印されし真の私だった……みたいな!」

 

 ……なんだろう。

 もちろん、生徒達が妄想しているような物騒なことは起きないんだが、“次元の歪みに飲み込まれる”ってのが妙に気になる。なんか、頭の奥底で引っかかるような…………うーん、わからん。

 

 一方で、ゆんゆんは首を傾げて。

 

「……ねぇ、あの聖剣、凄く光ってはいるけど何か変じゃない? あの剣からは確かに凄い魔力を感じるんだけど、光の方からは大した魔力は感じないというか…………どう思う、めぐみん?」

「そうですね、ゆんゆんは空気の読めない痛い子だと思います。なに真面目にそこに突っ込んでるんですか、そんなんですから人間の友達が増えないんですよ」

「ええっ!? そ、そこは突っ込んじゃダメだったの!? 私って空気読めないの!?」

 

 ゆんゆんとめぐみんの会話に、冷や汗が出る。

 恐る恐るミツルギのことを観察するが、どうやら目の前にある聖剣に集中している様子で、あの二人の会話は耳に入っていないようだ。

 

 安心してほっと一息つく。

 魔力感知に長けている紅魔族にはすぐにネタが分かってしまうようだが、ミツルギにさえバレなければ問題ない。

 

 そして、この演出にはあるえもノリノリで眼帯をくいっと上げつつ。

 

「王家に伝わる聖剣による最強の一撃。その名は『セイクリッド・エクスプロージョン』……」

「ま、待ってください、待ってくださいよあるえ! それじゃ完全に爆裂魔法の上位互換じゃないですか!! 爆裂魔法よりも上位の攻撃なんて私は認めませんよ!!!」

「分かったよ、じゃあ『セイクリッド・エクスプロード』にでもしようか」

「語尾しか変わってないじゃないですか!! あるえは爆裂魔法がどれだけ特別な魔法なのか全く分かっていませんね! いいですか? まず爆裂魔法とは」

 

 何やらめぐみんが面倒くさそうなことを言っているが、あるえは聞き流している様子で、俺に対して意味深な視線を送ってくる。

 ……なんだよ、もしかして今あいつが言った技名を叫べとでも言いたいのか。まぁ、そういうそれっぽい演出は俺の作戦ではプラスに働くだろうし、いいけどさ……。

 

 俺は静かに早口で詠唱を始めながら、光り輝く聖剣を掲げる。

 対するミツルギは顔に緊張の色を浮かべながらも、目には力強い光を灯しながら俺を真っ直ぐ見据えている。

 

「来るなら来い!! いずれ魔王を倒す者として、もう誰にも負けてたまるものか!!」

 

 ミツルギの熱い言葉に応えるように、俺も声を張り上げる。

 

 

「俺にだって負けられない理由はある! いくぞ、魔剣の勇者!! 俺の最強の一撃をくらえ!! 『セイクリッド・エクス』…………『フラッシュ』!!!」

 

 

 俺は剣を掲げたまま振り下ろさずに、目眩ましの魔法を放った。

 眩い閃光が辺り一帯を飲み込む。

 

 うん、俺が伝説の聖剣なんて使えるはずないじゃないですか。剣が光っていたのも、単に俺が魔法で光らせていただけ。

この前の魔王軍との戦いの撮影で、めぐみんが爆裂魔法を撃つかのように見せかけた仕掛けと似たようなものだ。

 

 生徒達はこの目眩ましは予測していたらしく、全員が目を閉じて回避したようで、あるえは少し考えこんだ様子を見せながら。

 

「結局目眩ましっていうのは何とも言えないけど、一応演出的には良かったし、見た目だけなら派手だし合格点かな」

 

 その言葉に、周りの生徒達も「でももっと雷の魔法とか使って派手に演出できたんじゃないかな」やら「口上のインパクトがもう一つね」やら、好き放題批評し始める。

 あいつら、これが見世物か何かだと思ってやがるな……こっちはどんだけ必死だと思ってやがる……!

 

 しかし、今はそれに対して文句を言っている暇はない。

 俺はすぐに塀に向かって走り出し、魔力ロープを取り出す。先程はミツルギに斬られてしまったが、魔力で伸ばせばまだまだ使える。強度は落ちてしまうが、それもまだ問題ない程度だ。

 

 視界を奪われたミツルギはしばらく動けないだろう。

これでようやく逃げきれる…………と思ったその時。

 

 ぞくっと、敵感知スキルが背後からの危機を知らせる。

 

「っ!?」

 

 背後を確認する余裕もなく慌てて横へと体を逸らすと、ブォン! とすぐ近くを魔剣が通過した! あっぶねえ!!

 足元でゴトッと音がしたので目だけを動かしてそちらを見ると、どうやら今の魔剣の一撃で腰の留め具が斬られたらしく、聖剣の鞘が地面に転がっていた。

 

 ここでようやく俺が背後に向き直ると、ミツルギが追撃を加えようとしているところだった。

 

 どうして目眩ましが効かなかったのかは気になるし、落としてしまった聖剣の鞘も回収しなくてはいけないのだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。ミツルギは既に魔剣を振り上げている。

 

 そのまま魔剣がこちらに振り下ろされる瞬間、俺は手にしていた聖剣を横に構えて受け止めようとする。

 

「っ!? くっ……!!」

 

 魔剣が聖剣に当たる寸前で、ミツルギは振り下ろすのを止めた。

 俺はその苦々しげな顔を見て口元をニヤつかせながら。

 

「そうだよな、いくら聖剣でもそんな魔剣で斬られたらどうなるか分かんねえもんなぁ! ほら、斬れるもんなら斬ってみろよ! ほらほらほいってええええええ!!!!!」

 

 ミツルギは魔剣が使えないと見るとすぐに鋭い上段蹴りを放ち、俺の手元から聖剣を弾き飛ばした!

 く、くそっ、俺としたことが油断した!

 

 聖剣という人質を失った俺に、ミツルギは容赦なく魔剣を振りかざす。

 

「ちょ、待っ……うおおおおっ!! ひいいっ!!!」

「くそっ、逃げ足だけは速い……!!」

 

 俺は必死に後ろに跳びながら少しでもミツルギから距離を取り、懐からマナタイトを二つ取り出す。

 

このマナタイトは上級魔法用の高級品で出来れば使いたくないんだが、この状況じゃそんなことも言ってられない。こいつ相手に中途半端な魔法は通用しないのは分かってる。さっきの目眩ましの魔法も、かなりの魔力を込めた。

ただ、だからといって、大量の魔力を込めた魔法を連発していては、俺の貧弱な魔力量ではすぐに底をついて動けなくなってしまう。そこで、消費魔力を肩代わりしてくれるマナタイトの出番だ。

 

 ミツルギは素早い動きですぐに距離を詰めてくるが、その間に口早に詠唱して唱える。

 

 

「『クリエイト・アース』!! 『トルネード』!!!」

 

 

 手元のマナタイトが崩れると同時に、俺とミツルギの間に、大量の土を巻き上げた強烈な竜巻が吹き荒れた!

 

 その風圧によって俺の体は後ろへ飛ばされミツルギから距離を取れて、更に相手の視界を奪うこともできる一石二鳥の一手……いや、実は更にもう一つ狙いがあるのだが、それは万が一の時の為の保険だ。

 ただし、この勇者サマは竜巻程度で何とかなるほど甘くはなく。

 

「はぁぁっっ!!!」

 

 ズバァァッ! と、魔剣の一撃によって竜巻は一瞬でかき消されてしまった。

巻き上げられていた土が雨のように降り注ぎ、体を土まみれにさせながら俺は顔をしかめる。何なんだよあの魔剣は、これだから神器なんていうチートアイテムは。

 

 とはいえ、俺だって初めからこれだけで何とかなるとは思っていない。

 魔剣を振り切ったこの瞬間、そこを狙う。

 

 俺は魔剣の方に向けて手をかざす。

 ミツルギの目が驚きで見開かれるが、遅い!

 

「『スティール』ッッ!!!」

「しまっ……!?」

 

 発光のあと、ずしりと、俺の右手に魔剣グラムが収まった。

 それを確認すると、すかさず左手に持っていたミスリル合金ワイヤーを前にかざす。

今ミツルギには魔剣がない、距離も取れている、あとは拘束スキルで詰みだ!

 

「『バイ』……うおおっ!?」

 

 スキルを発動させる寸前で、先程落とした聖剣の鞘が凄い勢いでこちらに飛んできたので、慌てて避ける。

 あ、あいつ、国宝級の神器を蹴り飛ばしやがった!!

 

 ミツルギはその隙にこちらに向かって走ってきて、俺との距離を詰めにくるが、まだ余裕はある。

 俺は再びワイヤーをかざして。

 

「このっ、無駄な足掻きだ! 『バイン』……ひぃぃいいいいいっ!!!」

 

 今度は聖剣そのものを蹴り飛ばしてきた!

 こんなもん当たったら洒落にならないので、屈みこんで命からがら避ける……が。

 

 そこから顔を上げると、ミツルギはもうすぐ近くまで迫ってきていた。

 

 やばい、間に合うかこれ!?

 俺は今度こそスキルを発動させようとワイヤーをかざす!

 

「『バインド』!! ぐぼえっっ!!!!!」

 

 まともにミツルギの体当たりをくらって吹っ飛ばされ、あまりの衝撃に骨が軋み息が止まり視界がブレるも、手元のワイヤーは勢い良くミツルギの方へと飛んで行くのが見える。

 よし、これで何とか…………あ、あれ、魔剣は……?

 

 俺が手に持っていたはずの魔剣は体当たりをされた時の衝撃で取り落とし、それをミツルギが器用にキャッチしていた。

 そしてミツルギは自らを縛り上げようとするワイヤーに対して、すぐさま魔剣を一閃。

 

 ミスリル合金ワイヤーは、ものの見事にぶった斬られてしまった。

 

 俺は吹っ飛ばされた勢いそのままに地面を転がり、ようやく止まっても這いつくばったまま呻くことしかできない。

 支援魔法で防御力は強化してあるのに、元々のステータス差もあってただの体当たりが体の芯に響いて相当なダメージが入っている。

 

「げほっ……ごほっ……!! く、くそ、メチャクチャな奴め……!!」

「まったく、器用にスキルを使うものだね。僕も少し焦ったよ。ただ、搦め手の怖さはある男から痛いほど教わったから、そうそう食らったりはしないよ。あの閃光の目眩ましだって、発動寸前で君が目を瞑るのが見えたから対処できたよ」

 

 ……なるほどな、どうやらこの勇者サマは俺との決闘を経て、相手を警戒してよく観察することを覚えたらしい。慢心せずに成長し続けるチート持ちとか、相手にする方からすれば厄介とかいうレベルじゃない。

 ただ、強くなること自体は結構なことだが、こんな所で発揮しなくてもいいだろ! 魔王軍との戦いとかで役立てろよそういうのは!!

 

 すると、離れた所で見守っていたゆんゆんは焦った様子であるえに何かを話している。

 

「ね、ねぇ、あるえ! 兄さんがピンチなんだけど、大丈夫なの!? これ捕まっちゃったら、もう撮影がどうとかいう話じゃなくなっちゃうと思うんだけど!」

「……ゆんゆん。もしもあの人が捕まったとしても、私達は立ち止まらずに、最高の映画を完成させよう。それが犠牲になった人への弔いとなるのだから……」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って、映画撮影ってそんな犠牲者が出るような壮絶なものなの!?」

 

 あ、あるえの奴、勝手なこと言いやがって……映画のために先生を切り捨てるとか薄情ってレベルじゃねえだろ……!

 もうあるえには、めぐみんを抜いてクラス一の問題児の称号を与えてもいいかもしれない。一番厄介なのは俺のセクハラが効かないことだ。どうすんだよこれ。

 

 おろおろと焦りまくっているゆんゆんとは対照的に、あるえはゆっくりとした動作で地面から何かを拾いながら。

 

「本当にマズイ時は私の方で何とかしてみるよ。今はもう少し様子を見よう」

「す、既に十分マズイ状況だと思うんだけど……!! というか、今何を拾ったの?」

「大した物じゃないよ、万が一の時に何か役に立ってくれるかなと思って。まぁでも、先生なら大丈夫だよ」

 

 あるえはゆんゆんを落ち着かせるようにそう言うと、こちらを見ながら何やら意味深な笑みを浮かべて。

 

 

「――――ここですんなりとやられる人じゃないよ、あの人は」

 

 

 ……まったく、本当に勝手な奴だ。

 俺を信じていると言えば聞こえはいいかもしれないが、結局は面倒事を放り投げてきて「何とかできるでしょう?」と無茶振りしてきてるようなもんで、どっちにしろとんでもない奴だ。

 

 でも、どうやら俺のことを分かってくれているのは本当みたいだ。

 そうだ、俺はここで大人しく捕まってやるほど甘くない。

 

 地面をもぞもぞと芋虫のように這って動く俺に、ミツルギは一歩一歩近付いてくる。

ここでミツルギがこの絶対的有利な状況に油断とかしてくれたら楽に付け入ることもできただろうが、どうやら油断なんてこれっぽっちもないようで隙が見えない。

 

 でも、それがどうした。隙がないなら作るだけだ。

 

 俺はミツルギの今の立ち位置を確認してから、近くの土の中に手を突っ込んだ!

 その手に伝わるのは、ミスリル合金ワイヤーと魔力ロープの感触。

 

 

「『バインド』ッッ!!」

「なっ……!?」

 

 

 ぶわっと、ミツルギのすぐ足元の地面の中からワイヤーが伸び上がり、縛り上げようとする!

 

 仕込みはクリエイト・アースとトルネードで大量の土を巻き上げた竜巻を発生させた時。

 あの土はただの目眩ましというわけではなく、視界を奪った隙に地面にバインド用のワイヤーやロープを仕込んでおくためのものだったのだ。竜巻が魔剣で斬られることによって、巻き上げられていた土が一気に降り注ぎ、地面に仕掛けたワイヤーとロープを隠してくれる。

 

 警戒が疎かになりがちの足元からの強襲。

 普通だったらここで拘束スキルが決まっているところだが、この相手はそう簡単にはいかない。

 

 怯んだのは一瞬だけ。

ミツルギはすぐに魔剣を軽やかに振り回し、自分に伸びてきていたワイヤーを斬り落としてしまう。

 

「君が何か仕掛けているのは何となく分かっていたよ。目がまだ死んでいなかったからね…………っ!?」

 

 得意気な様子で話していたミツルギだったが、俺が手元に引き寄せたものを見て目を見開く。

 そして、この完璧な勇者サマはここで初めて本気で焦った顔を見せる。

 

「な、ど、どうして……いつの間に……! や、やめろ、何をする気だ……!!」

「何もしないよ、お前が何もしなければな」

 

 ミツルギの表情とは対照的に、俺の口元はニヤニヤと笑みを抑えられない。

 それだけ、先程までの俺の劣勢だった状況は一変していた。

 

 俺は、魔法で眠り込んでいるウィズをロープで縛った上で手元に引き寄せ、その顔の前に手をかざしていた。

 

 そう、人質である。

 正義感溢れる勇者様に対して、これは最も一般的で効果的な手段だというのはあまりにも有名だろう。

 

 ようやく狼狽えた様子を見せてくれたミツルギに、俺はテンション高く。

 

「ははははははっ!! 読みが甘かったな勇者サマ! 俺が地面に仕込んでたのはワイヤーだけじゃなく、魔力ロープもだったんだよ!! しかもロープの方の狙いは無防備なウィズだ!! 自分に向かってくるワイヤーに気を取られて、そっちまで意識が回らなかっただろ!!!」

「くっ……卑怯な……!!」

「おっと、動くなよ!! 少しでも動けばウィズは大変なことになるぞ!! 今のウィズは耐性が極端に落ちてるし、俺の状態異常スキルでどうにでも出来るんだからな!!!」

「や、やめろ!! 分かった……言う通りにする……!!」

「それじゃあ、まずはその魔剣を捨ててもらおうか!」

 

 俺の言葉に、ミツルギは顔をしかめて悔しそうにしながらも、言う通りにしてくれる。

 その間に、俺はウィズに対してドレインタッチを発動して魔力を補給させてもらう。もちろん、ウィズの体に支障をきたさない程度にだが、流石にリッチーなので余程吸い過ぎない限りは全然大丈夫なはずだ。

 

 そうやって形勢を立て直して冷静になってくると、生徒達からのヒソヒソとした声も耳に入ってくる。

 ふにふらとどどんこは互いに顔を寄せ合って。

 

「あれ、先生じゃん」

「うん、あの普通に優秀なのに、肝心なところでどうしても小悪党っぽさが抜けないって所が先生だよね。そこがいいんだけど」

「分かる分かる、あの頼りになったりならなかったり微妙なところが良いんだよね!」

 

 どうやら、流石に俺の正体がバレてしまったらしい。他の生徒達も同じようにひそひそと盗賊の正体は俺なんじゃないかという事を話している。

 それはまぁ仕方ないのかもしれないし、生徒達がそれだけ俺のことを分かってくれているっていうのはそれなりに嬉しいことでもあるはずなのだが。

 

 その……俺だと決めつける根拠が酷すぎないですかね……俺の印象はどうなってるんだ……。

 ふにふら達は褒めてくれているっぽいんだけど、全然褒められてる気がしない……。

 

 そして、ふにふらはふと、あるえの様子を見て。

 

「なんか、あるえはそんなに驚いてないね。もしかして、最初から気付いてた? ていうか、先生だって知った上で魔剣の人とかウィズさんけしかけたわけ……?」

「うん、まぁね。ただ、少し予定とはズレているところもあるよ。先生が人質をとるのは予想できたけど、てっきり私達の誰かにすると思ったんだけどね。まさかウィズさんをあんな簡単に無力化できるとは思ってもみなかったよ」

 

 あるえの奴、俺のことを生徒でも平気で人質にする教師だとか思ってやがったのか。いや、その手も少しは考えたけど。

 それと、あるえは俺の行動パターンはよく分かっているようだが、ウィズとはまだ会ってから日が浅く、あそこまでポンコツだとは思っていなかったのだろう。

 

 一方で、めぐみんはショックを受けた様子で俺を見ながら。

 

「な、何かの間違いです……あのカッコイイ義賊の仲間が、こんな、人質をとるなんて小悪党みたいな格好悪いことをするはずが…………はっ!! ゆ、ゆんゆん、大変ですよ!! あの盗賊は……」

「めぐみんもやっと気付いた? だから言ったじゃない、あの盗賊の正体は」

「魔王軍の手の者に違いないです! あの盗賊は銀髪の義賊と協力していたわけではなく、義賊が現れたことに乗じて単独で悪事を働いただけなのです!! アクシズ教の人をダメにする教義を王都に広め、しかも国宝の聖剣を盗む……これはどう考えても魔王軍の仕業です!!」

「ええっ!? ねぇ、めぐみんってもしかしてバカなの!? バカと天才は紙一重って言われてるけど、めぐみんは紙一重でバカなの!?」

 

 クラスで唯一、主席のめぐみんだけが未だに俺の正体に気付いていなかった。

 何というか、めぐみんは確かに頭は良いんだが、時々思考がビックリするほど変な所へぶっ飛ぶことがある。義賊の仲間だと思ってたのに裏切られたショックで、変なスイッチが入ってしまっているのかもしれない。

 

 そして、ミツルギの方も相手を観察するという事を覚え、実際にかなりの脅威になっているのに、何故か肝心の俺の正体にはまだ気付いていないようだ。

 何だろう、ミツルギやめぐみんみたいな特別な力を持っているような奴は、どこか抜けているところがあるのだろうか。

 

 俺はそんな事を思いながら、地面に転がっていた聖剣と鞘を回収しつつ、魔力ロープを塀の上に引っ掛けて逃走の準備を整える。流石にそろそろ城の中の連中が外に出てくる頃だ。

 俺が逃げようとしているのを、黙って見ていることしかできないミツルギは悔しそうに。

 

「待て、ウィズさんを置いて行くんだ」

「嫌だよ、人質を離した瞬間に攻撃してくるだろ絶対。ウィズは連れて行くぞ。ちゃんと逃げ切れたら解放するって」

「ぐっ……本当だろうな……!」

「本当だって。つーか、どっちにしろお前に選択肢はないだろ。だから」

 

 

「行かせませんよ」

 

 

 そんな、静かだが確かな力のこもった声が響く。

 そちらを見ると、瞳を真っ赤に輝かせためぐみんが、一歩前に踏み出していた。

 

 ゴクリと、生唾を飲む。

 ……この状態のめぐみんは何をやらかすか分かったもんじゃない。

 まだ魔法は使えないし、高い魔力があっても直接的な攻撃手段があるわけでもないんだが……何か、嫌な予感がする。

 

 めぐみんの様子を注意深く観察していると、何やら先程ミツルギが捨てた魔剣を拾い上げていた。

 

「お、おい、何するつもりだよお前は」

「もちろん、あなたを倒すつもりですよ。あなたが持っているその聖剣は、魔王軍に対する重要な戦力です。それを奪われてしまえば、魔王軍との戦いが不利になってしまい、結果として多くの人達が苦しむことになるのです。あなたが銀髪の義賊の仲間ということなら、聖剣を盗むのにも何か重大な理由があるのでしょう。しかし、あなたは決してあの義賊の仲間などではありません!!」

「い、いや、俺は義賊の仲間だって! この聖剣も、義賊に頼まれて盗んだだけで……」

「誰がそんな嘘に騙されますか!! あなたのような平気で人質を取る小悪党が、あのカッコイイ義賊の仲間だとか騙るのは許しませんよ!!! まだウチの先生の仲間だと言われた方が納得できますよ!!」

 

 く、くそ、こいつ言いたい放題言ってくれやがって!

 もう正体バラして色々と文句を言いたいところだが、生徒達はともかくミツルギにバレるのはマズイ。この融通が利かない勇者様は、問答無用で俺を牢屋にぶち込むはずだ。

 

 そうだ、冷静になれ。めぐみんに釣られて熱くなるな。

 この状況は、人質を取っている俺が絶対的に有利なんだ。

 

「……ふん、許さないからどうするってんだ。言っとくが、こっちには人質がいるんだぞ。まぁ大人しくしてろ、誰も何もしなければウィズは無事に返すよ」

「人質? それがどうしたのですか」

「えっ」

「ウィズは一般人ではありません、昔は最前線で魔王軍と戦っていた元凄腕冒険者です。自分の身を危険に晒してでも人々を守る、そんな気高き信念を持っています。きっと彼女も、意識があれば『私のことは構わずやってください』と言ってくれるはずです」

 

 なんか凄くシビアなこと言い出したぞコイツ!

 判断としては正しいのかもしれないけど、12歳の女の子ならもっとこう、葛藤とか色々あってもいいと思うんだけど!!

 

 これにはミツルギも慌てた様子で。

 

「ま、待ってくれ! そんな、ウィズさんを犠牲にするようなやり方、僕は……」

「何を甘いことを言っているのですか! 何かを得る為には、別の何かを犠牲にしなければいけないものです!! いいですよ、あなたが出来ないのなら私がやってやりますから!! その代わり、これを出来るだけ細かく斬ってください!! 早く!!!」

「えっ……あ、わ、分かった……けど……」

「ゆんゆん、私の近くに来てください!!」

「わ、私!? ていうか、めぐみん、何する気なの!? 本気でウィズさんを見捨てるつもりなの!?」

 

 めぐみんの剣幕に押されながら、ミツルギはめぐみんから魔剣を手渡され何かを斬り始め、ゆんゆんはおろおろとしながら、めぐみんの隣に立つ。

 

 何だ、本当に何する気だ?

構わず逃げてもいいんだけど、何となく今背中を見せるのが不安だ。

 

 というか、さっきからミツルギは何を斬って…………あれって、俺が最初に斬られた魔力ロープか。それを細かくして………………っ!?

 

 俺の頭の中で、とんでもない予想が浮かび上がった。

 嫌な汗が全身から吹き出し、震えた声が口から漏れる。

 

「ま、まさか……あの、バカ…………!!」

 

 俺は急いで捕縛用のワイヤーを取り出し、めぐみんに投げつけた!

 

「『バインド』ッッ!!!」

「ゆんゆんバリア!!!」

「えっ……きゃあああああああああああ!!!」

 

 めぐみんが隣にいたゆんゆんを前に押し出した結果、俺が投げたワイヤーはゆんゆんを縛って地面に転がした。

 お、お兄ちゃん、初めて妹を縛ってしまった……いくら何でもこんな変態プレイはしたことなかったのに……!

 

 い、いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない!

 俺はすぐにまたワイヤーを懐から取り出そうとして……固まった。

 

 めぐみんは不敵に笑う。

 その手には、ミツルギによって細かく斬られた、大量の魔力ロープの切れ端が乗っている。

 

「どうしました? 顔色が悪いようですが」

「……待て、話をしよう」

 

 めぐみんが王都の騎士団に仮入団した時のことが鮮明に思い出される。

 俺とめぐみんが初めて銀髪の義賊に会って、貴族の屋敷から大量のモンスターが脱走して街中に溢れかえったあの夜。

 

 そこで俺達は漆黒のシャギードラゴンと戦って、何とか勝利したのだが。

 …………その時、ドラゴンを空から叩き落とした、決め手と言っていいほどの大爆発はどのようにして引き起こされたものだったか。

 

 めぐみんは何かを思い出すかのように目を閉じて。

 

「私の恩師が言っていました」

「な、何て?」

 

 

「――――『敵の話は聞くな、躊躇なくやれ』、と」

 

 

 めぐみんが、魔力ロープの切れ端を投げつけてきた。

 ロープはいつの間にか真っ赤に変色していて、眩く光った直後。

 

 

 ドンッ!! という体の芯に響く音と共に、凄まじい爆炎が辺り一帯を飲み込んだ!

 

 

「どわああああああああああああっ!!!!!」

 

 ギリギリで何とか直撃は免れたが、攻撃範囲が広く完全に躱すことは敵わず、爆風がまともにぶち当たって為す術なくふっ飛ばされる。

 俺の体はそのまま地面を何度も跳ねた後、塀に激突してようやく止まった。

 

 もう激痛を通り越して感覚がなくなり始めてる。体の方は見るも無残な状態だ。

 そんな中、俺は何とか手を動かして自分の体に当てると、マナタイトをいくつか取り出して息絶え絶えに唱える。

 

「『ヒール』! 『ヒール』!! 『ヒール』!!!」

 

 治癒魔法の連続によって、体が淡く光る。

 本職のアークプリーストであれば、このボロボロの状態からでも全快近くまで回復できるのかもしれないが、冒険者の俺では流石にそこまでの効果は見込めない。

 

 それでも、何とか立てる状態までは回復できたようで、俺はフラフラと立ち上がる。

 痛みはまだまだ酷くて軽く泣きそうだ。あと、さっきから高級マナタイトを何個も使っていて、そっちにも泣きそうだ。

 

 爆煙によって辺りが見通しづらいが、人質にとっていたウィズは近くに転がっていて、ぐっすりと眠ったままだ。

 流石はアンデッドの王リッチー、あの爆発でも大したダメージは負わないのか。めぐみんも、それが分かった上で攻撃を…………したのだと思いたいが。

 

 今の爆発で、塀の上に引っ掛けていた魔力ロープもどこかにふっ飛ばされてしまったようだ。

 まだ予備はあるのだが、いつ追撃がくるか分からない以上、ここは慎重にいくべきだろう。逃げようとして無防備な所を攻撃されたら終わりだ。

 

 煙の向こうでは、何やら騒ぎが起こっているようだ。

 盗聴スキルで聞いてみると、ふにふらとどどんこの泣きそうな声が聞こえてくる。

 

「め、めぐみんアンタ何やってんの!? ねぇホント何やってんのよおおおおおおおお!!! せんせええええええ!!!」

「あんた手加減ってものを知らないの!? 自分まで余波で吹っ飛んでるじゃない!! ていうか、ゆんゆんも勇者の人も気絶しちゃってんだけど!!!」

「ゆんゆんと勇者の人は私の近くにいましたからね、同じように吹っ飛ばされて運悪く頭を打って気絶しただけです。念の為確認しましたが、命に別状はないようですし、その内起きますよ。あと、ふにふら。今ここには先生はいません。あの人に頼りたくなる気持ちは分かりますが、今は私達だけで何とかしなければいけません」

「そういう意味じゃねえから!! だからあの人が……ちょ、ちょっと待ってめぐみん!! ストップストップ!!! どどんこ! 他の皆も!! このバカを止めて!!!」

「わっ、ちょ、何するんですか離してください!! 今の一撃で仕留められた保証はありません、ここは一気に畳み掛けるべきです!! 先生だって言っていたでしょう、『念には念を入れて追い打ちをかけろ、躊躇するな』、と!! 私だって本当はこんな事したくありませんよ! こんな、爆裂魔法紛いの邪道な攻撃なんて! でも、騎士団として、国のためにぐっと我慢しているのです!!」

「いや我慢しなくていいから! 攻撃なんてしなくていいから!! あれ、ていうか、あるえはどこいったの!? まさか今の爆発に巻き込まれてないよね!?」

「大丈夫ですよ、私がクラスメイトを巻き込むはずがないでしょう。その辺りはちゃんと気を付けた上で攻撃しましたよ。あるえの事ですから、大方、カメラが壊れたとかで、大急ぎで替えの物を取りに行っているとかそんな所でしょう」

「だからまず攻撃すんなっての!! あとあんた、思いっきりゆんゆんは巻き込んでるし!!」

 

 お、おい、ミツルギはともかく、ゆんゆんが気絶してて、あるえが行方不明とか向こうも大惨事じゃねえか……。

 

 めぐみんは相変わらず頭がぶっ飛んでいるようだが、どうやら他の生徒達が皆であの爆裂狂を押さえこんでくれているみたいだ。

 というか、めぐみんといいミツルギといい、俺の助言を踏まえて実践するのはいいんだけど、俺自身にぶつけるのはやめてほしい。

 

 とにかく、めぐみんが動けないのなら、この隙にさっさと逃げたい所だ。

 あるえの奴が行方不明って所が気になるが、あいつの事だ、めぐみんの言う通りマイペースに映画のために色々余計なことをやっているのだろう。

 

 俺が再び魔力ロープを塀の上に引っ掛けて逃げる準備を進めていると、爆煙の向こうからは、ふにふらとどどんこがめぐみんを説得する声が聞こえてくる。

 

「いい加減に話を聞けっての、あの盗賊の正体は先生なの! あんた、さっき恩師だとか言ってた人を吹っ飛ばそうとしてんだってば!!」

「何をバカなことを言っているのですか、ゆんゆんでもあるまいし。それより、そろそろ本当に離れてください、ヤバイです」

「ヤバイのはあんたの頭…………えっ、ね、ねぇ、そのロープ、赤くなってるけど…………」

「はい、既に魔力を目一杯込めたので、もうじきボンッてなりますよ」

 

 生徒達が一斉に悲鳴をあげてパニックになる。

 お、おい、大丈夫なんだろうなあいつら。逃げるに逃げられないぞこの状況。

 

 そんな中、めぐみんの焦った声が。

 

「ちょ、二人共! さっさと離してくださいってば!!」

「じゃあ、あっち! あっちに投げて!!」

「何を言っているのですか! 先程の盗賊の立ち位置からして、攻撃するならこっちの方向でしょう!」

 

 必死な声をあげているのはふにふらだろうか。

 すると、続いてどどんこの声も聞こえてくる。

 

「だからその盗賊が先生だって言ってるでしょ!! これ以上やったら本当に死んじゃうってば!!!」

「まだそんな事言っているのですか!! というかいい加減に離してください、私達の方が吹っ飛びますって!!!」

 

 これはいよいよ洒落にならなくなってきた。

 ……そうだ、爆煙で状況がよく見えないが、確かめぐみん達の言葉によると、ミツルギは今気絶しているんだったか。それなら、ここで俺の正体をバラしても面倒なことにはならないんじゃないか。

 

 俺は急いで地声に戻した上で、めぐみん達の方に向かって叫ぶ。

 

「めぐみん、待て! 俺だ!! そいつらが言うように、盗賊の正体は俺なんだよ!!! だからさっさとその危険物はどっかに捨てろ!!!」

「ふっ、騙されませんよ! 城の中での騒ぎがこちらにも少し聞こえてきましたが、どうやらあなたは声を変えるスキルを使っていたようではないですか!! 確かに、ちまちまと嫌らしく搦め手を使う所や、躊躇なく人質を取るといった所は、小物っぽくて先生に通ずるものはあります。でも、先生がやらかす犯罪なんてものは、法律ギリギリのセコい物ばかりです! あの人には、こんな大それた事をする度胸なんてないんですよ!!」

 

 こ、この……人を小物呼ばわりしやがって……!

 いや、でもこんな事をするのは確かに俺の柄ではなく、めぐみんが疑問に思うのも仕方ないのかもしれない。本当に、何でこんな事しちゃったんだ俺は。祭りに浮かれちゃってるのか……?

 

 しかし、これはマズイ。本当にマズイ。

 このままだとめぐみん達が吹っ飛ぶか、俺が吹っ飛ぶかの二択だ。説得してる時間もないし、仮面を外して顔を見せるにしても、爆煙を抜けて彼女達の近くまで行く暇もない。

 

 とにかく、ここは。

 

「お前ら全員、めぐみんから離れろ!! 俺が何とかする!!」

「で、でも、先生!」

「いいから早くしろ!!」

「「は、はい!!」」

 

 まずは生徒達を避難させて、めぐみん達が吹っ飛ぶという最悪の結末を回避する。

 問題は、ここで俺が助かる手までは思い付いていないところだ。ど、どうする……!?

 

 しかし、今の俺の言葉で、めぐみんにも迷いが生まれたらしく。

 

「な、何故、私を解放させたのですか……このまま私達が吹き飛べば、そちらにとって理想の展開のはずなのに……」

「あっ、そ、そうだ、よく考えろ! 今のは自分のことよりも生徒のことを第一に考えた教師らしい行動だろ!? だから」

「……なるほど、あえてそうやって自分のことを先生だと思い込ませようとしたのですね! どうせ、皆も最後まで粘ることはせず、結局は私のことを離してしまうと踏んでいたのでしょう!! それならば、最初から皆に離れるように言っておいて、私に好印象を与える、そういう魂胆ですか!! ふっ、でも残念ですね、その程度の浅知恵では紅魔族随一の天才であるこの私は誤魔化せませんよ!!!」

「いやお前は紅魔族随一のバカだよ!! このバカ!!!」

「なにおう!?」

 

 くっそコイツ、なまじ頭が良いだけに自分の考えに自信がありすぎて、一度変な方向に進み始めたら全然戻ってこねえ! 爆裂狂のところもそうだけど、我が道を行きすぎだろ!!

 

 とにかく、考えろ。

 先程はロープの切れ端を一つ投げただけであの爆発だ。まぁ、あんな小さくなった魔道具に、めぐみんのアホみたいに高い魔力を思い切り注ぎ込めば当然の結果とも言えるが。

 そして、めぐみんの手元にはミツルギに細かく斬ってもらった弾がまだまだ残っている。

 

 あの細かい切れ端一つ一つを連続して投げられでもしたら、もはや絨毯爆撃のような地獄絵図になること間違いなしで、まともにくらえば骨も残らないだろう。

 紅魔族には爆発魔法を連続して撃ちまくる伝説の魔法使いがいたそうだが、その魔法使いと対峙していた敵もこんな心境だったのだろうか。そりゃ恐れられるはずだ……。

 

 何とか凍結魔法でロープが爆発する前に凍らせられないかとも考えるが、ウィズみたいに広範囲を凍らせられるならまだしも、俺の魔法くらいじゃ全てを凌ぐことはできない。

 拘束スキルで縛れてしまえば楽なんだが、爆煙で視界が悪く、声や敵感知で大体の位置は分かっても成功するかどうかは微妙なところだ。千里眼スキルも暗闇は見通せるが、こうやって物理的に視界を悪くされると役にたたない。

 

 くっそ、でも他にろくな考え浮かばないし、もうイチかバチか拘束スキルにかけてみるしかない! 俺は運だけはいいんだ、きっと上手くいくはずだ!

 

 そうやって、もしかしたら人生最大の大博打に挑もうとした、その時。

 

 

「先生っ!!」

 

 

 すぐ近くからそんな声を聞いた瞬間、俺は焦りを通り越して頭が真っ白になった。

 辺りが妙にスローに感じながら、声がした方向に顔を向けてみると。

 

 あるえが、珍しく焦った様子を見せて、煙を抜けてこちらに走ってきていた。

 

 最悪だ、最悪すぎる。

 もう、いつめぐみんから爆撃がくるか分からないこの状況で、これは……いや、どっちにしろ拘束スキルに賭けるしかないのか……でも、失敗したらあるえまで……!

 

 そう逡巡し、動きを止めた俺に。

 あるえは、素早く手を突き出し、俺の口に何かを――――

 

 

 直後、凄まじい光と轟音と共に、視覚や聴覚、その他全ての感覚が飲み込まれ、辺り一帯の空間を爆炎が蹂躙した。

 

 

***

 

 

 ……体が重い。

 俺はどうなったのだろうか。あれだけの爆撃だ、やはり死んでしまったのだろうか。

 

 まったく、めぐみんの奴、とうとうやりやがった。

いつかはとんでもない事をやらかすとは思っていたが、教師を消し飛ばした生徒なんて前代未聞だろう。

 

 でもまぁ、あいつもあいつで、騎士団として国のために一生懸命戦っただけだからなぁ。

 悪いのは、こんな紛らわしいことをした俺であり、あいつは何も責められることはない。

 

 ただ、めぐみんの奴、俺のことが大好きみたいだったからな。

 自分で自分のことを責めてしまうかもしれない。短い時間でもいいから、何とか幽霊くらいになって最後にめぐみんに会えないもんだろうか。

 

 そして、格好良く言ってやろう。

 

「めぐみん、お前は騎士団として立派に戦っただけだ。だから、何も迷うことなく、これからも自分の道を進んで行ってくれ。先生は、天国からお前のこと見ててやるからな……」

「いいえ、あなたのいるべき場所は天国ではありません。あなたはいずれ神々に導かれ、世界を救う選ばれし勇者なのですから…………さぁ、こんな所で終わる男ではないはずです! 今こそ覚醒の時!!」

 

 …………あれ?

 

 すぐ近くから聞こえてきたあるえの声に、上半身だけ起こしてみる。

 ガラガラと、体の上に積もっていた細かい瓦礫が落ちていき視界が開ける……といっても、辺りは凄い爆煙で、少し先もろくに見えない状況なのだが。

 

 声がした方を見ると、あるえがまるで俺を蘇生でもさせたかのように、こちらに手をかざした大仰なポーズをとっていた。

 何というか、こいつはこんな時でもいつも通りで、安心してしまう。

 

 自分の体の方に目を向けてみると、ちゃんと五体満足でいられているようだ。

 体は痛むが、これは元々あったダメージが残っているだけで、たった今の大爆発に関してはほとんどノーダメージだったことが窺える。

 

そんな事ありえるのか?

 というか、あるえの方もぴんぴんしてるのはおかしい。あの状況的に、俺と一緒に爆発に巻き込まれたはずだ。

 

「なぁ、なんで俺達生きてんだ? 今の爆発で無傷とか、高レベルのクルセイダーでも無理だと思うんだが」

「えぇ、そうでしょうね。魔法を覚えていなくてもここまでの攻撃ができるとか、めぐみんの事を甘く見ていましたよ。まぁでも、万が一の為に拾っておいたこれが役に立ちました」

「ん、それってウィズの…………あ」

 

 あるえが懐から取り出した小瓶。

 その中にいくつか入っている黒いキューブは、ウィズがやたらと宣伝していた、耐性全般が著しく下がる代わりに絶大なる物理防御力と魔法防御力が手に入るという魔道具だ。ウィズが俺の魔法で眠らされた時に取り落として、それをあるえが拾ったのだろう。

 

 なるほど、あの爆発の直前、あるえが俺の口に入れてきたのはそれだったのか。もちろん、自分でも予め使用していたのだろう。

 

 そういえば、めぐみんによる最初の爆撃で俺とウィズが一緒に吹っ飛ばされた時、ボロボロになった俺とは違ってウィズは無傷のままスヤスヤ眠っていた。

 その時は、流石はリッチーの防御力だとか思っていたけど、あの魔道具を使っていた影響も大きかったのかもしれない。めぐみんのあの爆撃が物理攻撃と魔法攻撃、どちらに分類されるのかは分からないが。

 

「それにしても、あの状況で俺のところまでよく来れたな。煙で視界も悪かっただろうに」

「ふっ、私の魔眼の力を舐めないでください。あの程度の煙幕、あらゆる物を見通すこの眼の前では何の問題にもなりません。…………まぁ実際は、魔眼を使う必要もありませんでしたけどね。めぐみんが最初に攻撃した時の先生の位置と、あの爆発の威力から考えて、おそらく塀の近くまで吹っ飛ばされただろうと当たりをつけて爆発直後から動いていたんですよ」

「あんな爆発直後に、そんだけ冷静に動けるお前も相当大物だよな。何にせよ助かったよ、ありがとう…………ん、待てよ。そもそも、お前が映画の為にアホなことしなければ、こんな大惨事にはならなかったわけで、これって要するにマッチポンプってやつじゃ」

「…………あ、ウィズさんもここにいましたよ。相変わらず眠ったままですが、ちゃんと無傷のままです。良かったですね」

「うん、良かった。良かったんだが、お前はこっちを見ろ」

 

 あるえは俺の言葉は軽くスルーして、近くの瓦礫の下からウィズ引っ張り出しながら。

 

「それでは、私はウィズさんを連れて皆の所に戻ります。多分あっちは、先生が消し飛んだと思って大パニックになっていると思いますので。先生はこれから、その聖剣を渡すために義賊の人と合流する感じですか? あまりゆっくりしている暇はありませんよ、義賊の方を追っていた騎士達も、今の爆発を見て集まってくると思いますから」

「それはそうかもしれないけど! 何か上手く誤魔化してないかお前!? これから俺が義賊と合流するってのも当然のようにお見通しみたいだしよ…………ちっ、分かったよ、とりあえずクラスの方は任せたぞ。あとお前、明日になったら覚えてろよ」

「明日のことはともかく、クラスのことは任せてください。先生も気を付けてくださいよ? 私もですが、例の魔道具を使った今の状態は、防御力こそ高くなっていますが耐性が下がり過ぎてて、毒でも麻痺でも状態異常全般は何でも素通し状態で危険ですから」

 

 どんな屈強な肉体を持っていても、免疫力が落ちればすぐに病気になって弱ってしまう。それと似たようなものだ。

 この凄まじいまでの防御力は魅力だが、リスクが大きすぎて、やっぱりあまり進んで使いたいとは思えない。

 

 あとこいつ、明日のことはともかくとか言いやがった。逃げる気満々じゃねえか。

 ただでさえ、こいつの場合はどんな罰を与えればダメージが入るのか分からなくて厄介なんだが……それも明日までにちゃんと考えておこう。絶対に逃がさん。

 

 それから俺はあるえと別れ、クリスとの合流地点へと向かう。

 

めぐみんの爆撃によって、塀は軒並み破壊されて俺もその外へと吹っ飛ばされたらしく、ここはもう城の敷地外だ。つまりもう結界の外なので、姿を消す魔法もテレポートも使い放題で、まず捕まることはない。

 

 夜の王都を、魔法で姿を消した状態で走っていると、ひどく慌てた様子の大勢の騎士達とすれ違う。義賊を追跡していた者達が、城での大爆発を見て駆けつけている所なのだろう。

 街の住民は皆建物に避難しているようで、窓から不安そうに城の方を眺めている顔がいくつも見える。…………お騒がせしてすみません。

 

 そのまま少し走ると、俺はクリスとの合流地点、街の外れにある小さな宿屋に到着する。

 

 あとはクリスに聖剣を渡して全て終わりだ。思わずほっと一息つく。

 今夜だけで何度人生が終わるかと思ったか。王城に侵入して拡声器をジャックした上に、聖剣まで盗むなんていう大それた事をやらかしたのだから、こうして最終的には何とかなっただけ儲け物と考えるべきだろう。

 

 我ながら今回は危なすぎる橋を渡ってしまった。やっぱりこんな無茶するのは俺の柄じゃない。

 それだけ俺にとって紅魔祭が、自分のクラスが大事だという事なんだろうか。初めは、学校側とのとある取引の為に教師になったってのが大きかったんだけどな……。

 

もしかしたら、学校に通うようになって変わったのはゆんゆんだけではなく、俺もそうなのかもしれない。まぁ、これはめぐみん辺りに知られたら絶対からかわれるから胸の中に置いておこう。

 

 そんな事を考えて胸の中に暖かいものを感じながら、クリスとの合流地点である宿屋の一番奥の部屋の扉を開くと。

 

 

「――あっ、やっと来た!! その、見ての通りマズイ事になっちゃって!! ねぇカズマ君からも」

 

 

 バタン、と開けた扉をそのまま閉めた。

 

 部屋の中ではクリスが正座させられていて、その正面には腕を組んで仁王立ちしているダスティネス家のお嬢様がいたような気もしたが、おそらく見間違いだろう。今夜は色々あったし、俺も疲れてるんだろうなぁ。

 

 さて、俺は何食わぬ顔で城に戻って自分の部屋でぐっすり寝てしまおうか。いや、その前にこの厄介な聖剣をどうにかしないとな…………などと思っていたら。

 

 

「カズマ、早く入って来い。今なら私も言い訳くらいなら聞いてやらない事もないが、何も言うことがないのであれば、お前は明日には牢にぶち込まれる事になるぞ」

 

 

 俺は回れ右をして再び部屋の扉を開けて中に入った。

 そして、黙って大人しくクリスの隣に同じように正座した。目の前には相変わらず仁王立ちしているララティーナお嬢様。

 

 そうして一息置いてから。

 

「おいコラ、クリス!!! お前何捕まってんだよ!! それでも銀髪の義賊サマか!!!」

「し、仕方ないじゃんか!! こっちも想定外だったんだよ、追手の中にダクネスもいたなんてさ!! でも、あたしだっていつも以上に顔を隠してダクネスにもバレないようにしたんだよ!? でも」

「確かに、あれだけ顔を隠されたら私でもすぐにはクリスだとは分からなかった。しかし、バインドで私を縛って無力化したのは悪手だったな。クリスのバインドはいつもプレイ中に味わっている、すぐに分かったさ」

「…………お前ら、いつもそんなプレイとかしてるのか」

「ち、ちちち違――っ!! 別にプレイとかじゃなくてクエスト中に敵にバインドかけようとすると、ダクネスが勝手に割り込んできてわざと縛られて喜んでるだけなの!! あたしにそんな趣味ないから!!!」

 

 それから話を聞いていくと、クリスのバインドによって義賊の正体に気付いたララティーナが他の者達の前で余計なことを言いそうになったので、慌ててクリスがそのまま連れ去って今に至るという事らしい。

 

 ララティーナは険しい表情でじっと俺を見て。

 

「それより、クリスによると、そもそも今回の騒ぎを計画したのはお前のようだが、何か釈明はあるか?」

「あっ、き、きたねえ! クリスお前、俺に責任全部押し付けて自分だけ逃げる気か!? それでも義賊サマかよ!! エリス教から破門されちまえ!!」

「べ、別に責任押し付けるとかそんなつもりはないってば! あたしはただ、ダクネスに聞かれた通りに答えただけで…………あと、あたしをエリス教から破門って、凄くツッコミたいんだけどツッコめないのがもどかしいんだけど!!」

 

 そんな俺達に、ララティーナが凄みのある声で一言。

 

「さっさと全て説明しろ。二人共だ」

「「は、はい!!」」

 

 その迫力に押され、俺達は慌てて今回のことを全てララティーナに話す。

 俺が紅魔祭のためにアクシズ教に手を貸したこと、クリスは城に危険な神器がないか確認したかったこと。

 

 ララティーナは黙って俺達の話を聞いていたが、最後は頭を押さえて盛大な溜息をついた。

 

「まったく、そんなバカげた事を考えた挙句に、本当に成功させてしまうとはな…………おい褒めてないぞ、得意気な顔をするなカズマ! お前という奴は、つくづく力の使い所を間違っているというか……」

「お、お前だってスキルポイントの振り方間違ってるくせに…………まぁでも、これで分かってくれただろ? 俺達は何も悪気があったわけじゃないんだよ。あ、そうだクリス、ほら。これが城で見つけた神器だよ、これは何か曰くつきだったりするのか?」

「あ、うん、さっきから気になってたんだ、それ。見せて見せて…………あぁ、その聖剣は大丈夫だよ。それは使い手を選ぶタイプの物で、邪な心を持ってる人では扱えないからね。でも、ちょっと勿体無いなぁ」

「勿体無い?」

「その聖剣は神器の中でもかなり強力な物でね、魔王軍に対する切り札にもなり得るものなんだ。それが宝物庫に置かれてるだけっていうのがねー。単に使い手が現れてないってだけかもしれないけど」

「ほーん、やっぱ凄い神器なのかこれ。で、どうすんだ? やっぱりお前が持っておいて、使い手でも探すか?」

「うーん、確かに回収しとくのもアリなんだけど…………異世界からの転生者が特典として聖剣を選ぶ場合は、他のチート能力は貰えないわけで、それなら元々いろんな素質を持った、勇者の血を引く王族の誰かに使ってもらった方が…………」

 

 何やらブツブツと言いながら考え込むクリス。

 

いきなり転生者やら特典やら、紅魔族が好きそうな設定を言い出したけど、もしかしてこいつもそういう感性を持っているのだろうか。

そういえば、里の学校の図書室には、『異世界からの居住者がいるとの噂の真相』というタイトルの本があったような気もする。

 

 もちろん、俺やララティーナには意味不明で、ただ首を傾げることしかできない。

 それでも、クリスがあまりにも真剣な様子なので、口も挟めずにただ待っていると。

 

「…………うん、決めた。それは王城に置いておくことにするよ。そっちの方が、きっと魔王軍との戦いに役立ててくれそうだし。何はともあれ、神器の所在を確認できて良かったよ。ありがとね、カズマ君」

「ん、そっか。よく分かんないけど、お前がそう言うのなら、その方がいいんだろうな。じゃあララティーナ、これ城に返しといてくんない?」

「軽い!! 聖剣の扱いが軽すぎる!!! そんな、ちょっと知り合いから借りていた物を返すようなノリで渡してくるな!! 国宝だぞそれは!!!」

 

 ララティーナはこめかみをピクピクとさせて怒りながらも、俺から聖剣を受け取る。

 そりゃ俺だってこれが凄い物だってのは分かってるけど、凄すぎて俺とは関係ない物って思っちゃうんだよな。俺としては、これとは別に宝物庫から持ってきた本の方が重要品だ。

 

 ララティーナは、どんよりとした目を俺達二人に向けて。

 

「……まぁ、事情は分かった。初めから私だって、お前達が悪意を持ってこんな事をやらかしたとは思っていない。だが、まずは私に一言くらい相談しても良かっただろう。特にクリスだ。義賊なんて真似をしなくとも、私に言えば悪徳貴族を調べあげることくらいできる。流石に宝物庫に保管されている神器に関しては、私でも少し難しかったかもしれないが……」

「ご、ごめん……でも、ほら、あたしが貴族のアラ探しをするような人だって知られたら、ダクネスと友達になったのも、ダスティネス家を調べる為に近付いただけだとか思われちゃいそうだし……実際、カズマ君にも最初はそう思われちゃったし……」

「はぁ、何を余計な心配をしているんだ。クリスとも長い付き合いだ、お前がそんな者だとは思っていない。何故そんなに神器に詳しいのだとか聞きたいことはあるが、言いたくないなら言わなくていい。とにかく、これからは義賊なんてせずに私に相談しろ」

「ダ、ダクネス……う、うん、分かった! ありがとう!」

 

 クリスはぱぁっと明るい笑顔を浮かべ、ララティーナも困った子供を見るような苦笑を浮かべている。

 そんな、二人の友情がよく分かる良い光景を眺めながら、俺はちょっとクリスを突っついてみることにした。

 

「でもクリス、お前義賊もかなり楽しんでやってただろ。ララティーナに言ったら絶対にやめさせられるから、それで黙ってたっていうのもあるんじゃないのか。もう義賊っぽいことができないとなると、それはそれで少し残念だとか思ってないか?」

「うっ……あ、あはは、まぁそれもちょっとは…………じょ、冗談! 冗談だよダクネス!!」

 

 バツの悪そうな顔で俺の言葉に頷こうとしていたクリスだったが、ララティーナの顔を見て慌てて取り繕う。

 ララティーナはやれやれと首を振って、今度は俺に対して。

 

「それで、カズマはアクシズ教徒に脅されて仕方なく……という話だったな。王都中にあんな教義を宣伝するなど許されることではないのだが…………まぁ、お前も教師として大切なものがあるのだろう。今回だけは不問にしておこう」

「そ、そっか! ありがとうララティーナ! 俺、お前のことはドMのド変態のくせに普段は堅物ぶってて頭も固くて体も硬い女だと思ってたけど、誤解してたよ!! 体は硬くても、頭はそこまで固くないんだな!!」

「お前は私のことをそんな風に思っていたのか!? 頭が固いというのはクリスからたまに言われるが、体はそこまで硬くない!!」

「ふっ、誤魔化しても無駄だぞララティーナ! あんなステータスしてんだ、体もガッチガチに決まってんだろ!! どうしても否定したいって言うなら、俺に調べ」

「させないよ。どさくさに紛れてあたしの親友に何しようとしてんのさキミは」

 

 クリスがジト目で俺の言葉を遮ってきた。

 ちっ、このお嬢様はちょっと煽れば乗ってきそうな気がしたんだけどな。

 

 すると、クリスは視線を俺からララティーナに移すと。

 

「でも確かに、ダクネスって最近はちょっと頭が柔らかくなった感じはするよね。何というか、結構融通が利くようになったっていうかさ。もしかして、カズマ君の影響あるんじゃない……?」

「……否定はできないな。それだけカズマと初めて会った時の印象は強烈だった。誰も考えないような、例え上手くいったとしても賞賛はされない、斜め下過ぎる策を思い付き、躊躇なく実行する。純粋に結果だけを求め、使えるものは私のような硬いだけのクルセイダーでも使い倒す。そんな、何にも囚われずにやりたい放題やらかすのも、時には大切なのではないかとも思ったりもした」

「……なぁ、これって俺褒められてんの? なんか素直に喜べないんだけど」

「ふふ、一応褒めてはいる」

 

 ララティーナはおかしそうに小さく笑みを浮かべながらそう言ってくるが、褒めてくれるならもっと言い方を何とかしてほしい。お、俺だっていつもいつもやりたい放題やってるわけじゃ……ないと……思うけど……。

 

 ララティーナの言葉を聞いたクリスは、少し困ったように笑いながら俺を見て。

 

「まったく、キミってやつは。あたしの親友をあんまり変な道に進ませないでよ?」

「な、なんだよ、クレアといいお前といい、俺のことを他に悪影響ばかり与える困った奴みたいに言いやがって……というか、ララティーナの場合は既に手遅れなくらい変な道を突き進んでるだろ」

「……あぁ、うん。確かに」

「ク、クリス!?」

 

 俺の言葉を否定しないクリスに、涙目になるララティーナ。

 ララティーナとしても色々と言い返したいことはあるのだろうが、俺達二人が相手だと分が悪いと見たのか、わざとらしく話を変えてくる。

 

「そ、それにしても、カズマが脅されるとはアクシズ教徒は噂通りの凄まじい連中なのか? 悪評だけならいくらでも耳に入ってくるのだが、実際に見る機会がないから分からないのだが」

「凄まじいなんてレベルじゃないぞアレは。今まで変な奴はお前含めて沢山見てきたが、あそこまでの変人集団は初めてだ。特に最高責任者のゼスタって奴は存在自体が犯罪みたいなもんだ」

「カ、カズマにそこまで言わせるほどの連中なのか……! アクシズ教徒というのは、エリス教徒に対して容赦がないという話も聞いていたので前々から興味はあったのだが、その辺はどうなんだ……?」

「そりゃとんでもない嫌がらせを受けてたぞエリス教徒は。普段は温厚そうなエリス教プリーストのお姉さんがマジギレしてたからな。アクシズ教徒の奴ら、俺でも引くレベルの直球のセクハラしたり、エリス像の胸が盛られてるとか言って削り始めたり」

「ま、待って! エリス像にそんな事してんの!? な、何を根拠に、も、も、盛ってるなんて…………そんなの信じちゃダメだからね!! 全くのデタラメなんだから!! 分かった!?」

「お、おう、分かったって」

 

 クリスが凄い剣幕で迫ってきたので、若干押されながら答える。

 まぁ、自分達が崇めてるエリス様にそんな事されればそりゃ怒るか……ただ、あの時のエリス教プリーストのお姉さんよりも更に鬼気迫るものを感じる。それだけクリスの信仰心が高いということなのだろうか。

 

 一方で、ララティーナは何やら興奮しだして、頬を赤く染めながら。

 

「そ、そんなアクシズ教徒達と出会ったら、敬虔なエリス教徒である私はどうなってしまうのだろうか……! 邪教徒扱いされた私は、人知れぬ教会の地下で囚われの身となり、その身を清めるだとかいう建前で、想像もできないような拷問陵辱の限りを…………くぅぅ!! や、やめろぉ、この身がどれ程汚されようとも、わ、私の心はエリス様のものだ! ち、違う、気持ち良くなんかなって……く、悔しい……! でも感じて…………んんんんっ!! …………ふぅ。なぁ、クリス。今度アルカンレ」

「行かないよ」

 

 言い終える前に即座に却下され、しゅんと項垂れるララティーナ。

 おそらく、こんなにアルカンレティアに行きたがっているエリス教徒なんてこいつくらいだろう。そして、アクシズ教徒に対抗できる変人というのもこいつくらいだと思う。それが良い事なのかどうかは判断が難しいところだ。

 

 とりあえず、俺としては今夜はもうこの変態をいちいち相手にできる程の体力も残っていないので、この辺で解散の方向に話を進めることにする。

 

「それじゃ、その聖剣は任せたぞララティーナ。大貴族のお前がそれ持って『私が盗賊から見事聖剣を取り返してやったぞ。褒め称えるがいい』とか言っとけば賞賛の嵐だろ。あ、そうだ、ついでに『盗賊は私が発見した時には既にかなりのダメージを受けていて、それが剣を取り返せたことに繋がった』とか言っとけば、めぐみんの評価も上がると思うからそれも頼む」

「お、お前というやつは、よくそんな作り話がぽんぽんと出てくるな…………あと、私はそんな自分の功績を鼻にかけるようなことは言わない! お前は本当に私のことを何だと思ってるんだ!」

「分かった分かった、細かいところはお前に任せるって。とにかく、俺はもう城に戻って寝たいんだよ、流石にくたくただからな。正直、里に帰った方が安心してぐっすり眠れそうだけど、このタイミングで俺だけ里に帰ってたらそれはそれで怪しまれそうだしな」

「まったく……今回は庇ってやるが、もうこれっきりにしろ。次はないからな」

「あぁ、俺だってこんな危ないこと何度もやりたくないって……元々俺は、一切働かずに一日中家でダラダラと温く生きていきたい平凡な人間なんだよ」

 

 そう言うと、クリスが苦笑を浮かべて。

 

「そ、それは平凡って言っちゃっていいのかなぁ…………ね、ねぇ、せっかく高レベルで沢山のスキルも持ってるんだし、人々のために魔王軍を懲らしめようってつもりは」

「ない」

 

 俺の即答に、クリスはガクッと肩を落とす。

 一方で、ララティーナは何だか微妙な表情で。

 

「な、なんだろう……魔王軍を放置するなど決して褒められたことではないのだろうが、ろくに働きもせずに家の中で腐っていくカズマと一緒に生活するのも悪くないと思っている私はダメなのだろうか…………な、なぁカズマ。ちょっと私にこう言ってみてくれないか? 『おい雌豚、酒が切れたぞ早く持って来い』、と。そこで私が『か、かしこまりましたご主人様……!』と答えるので、お前は怒りながら『なに人間様の言葉で話してる! 返事は「ブヒ」だろうが!! あと豚の分際で二足歩行するとは何事だ!!!』と」

「言わないぞ」

 

 俺がそんな頭の悪い言葉を遮って却下すると、変態は口を尖らせて不満そうな顔を見せる。

 もちろん本人も言うようにこの変態はもうダメなんだが、こんなのが王国の懐刀とも言われる名高き大貴族ダスティネス家の一人娘なんだから、もう国自体もダメなのかもしれない。

 

 俺は深い溜息をつき、じとっとした視線をクリスに送って。

 

「なぁ、お前こいつの親友なんだろ? 責任とって何とかしろよこの変態。つーか、こいつの周りにはお前とか親父さんみたいな真っ当な常識人がいるのに、どうしてこうなった」

「そ、それはあたしが聞きたいくらいなんだけど……ていうかキミ、人事のように言ってるけど、ダクネスはキミと出会ってから更に悪化してるんだよ。何とかしろって言うなら、キミこそ何とかしてよ、もう」

「えっ」

「お、おい、二人して私をそんな手遅れみたいに言わなくても……し、しかし、そうだな。カズマと出会い、私はもうちょっとやそっとの責めでは満足できない体になってしまった。これは責任を取ってもらって、私とパーティーを組んでもらうしかないな!」

「お前とうとう本性を隠さなくなってきたな」

 

 こいつも見た目だけはどこに出しても恥ずかしくない貴族のご令嬢なんだが、中身がどこに出しても恥ずかしいド変態というのが残念というレベルじゃない。

 俺だって綺麗な女クルセイダーとだったら喜んでパーティーくらい組みたいけど、それが俺もドン引くレベルのド変態で攻撃も当たらないとなると激しく気が進まない。

 

 ……でも、まぁ、悪いやつではないしな。

 俺はがりがりと頭をかきながら。

 

「…………はぁ、分かったよ。今は教師の仕事もあるからちょっと無理だけど、今受け持ってるクラスの奴らが卒業したら、その内、な。その……今回の件ではお前には借りができちまったしな」

 

 俺の言葉に、クリスは意外そうな顔をして、ララティーナは勢い良く身を乗り出してくる。

 

「ほ、本当か!? 嘘ではないよな!? 今確かに聞いたからな!!」

「嘘じゃないって。お前、拠点はアクセルだったよな? 俺の拠点の紅魔の里からはかなり遠いけど、アクセルならウィズが拠点にしてるし、商人の仕事の関係とかで会った時にでも、ついでに俺も一緒にテレポートで連れて行ってもらえば定期的に通えるとは思うし」

「へぇ、もしかしてカズマ君、意外とダクネスのこと気にかけてくれてる感じ? あはは、素直じゃないなぁ」

「ち、ちげえよ、借りができたからって言っただろうが! おいララティーナ! 言っとくけど、俺とパーティー組んでクエスト受けた時は、容赦なくこき使ってやるからな! 覚悟しろよ!!」

「っ……あぁ! 望むところだ!!」

 

 俺は脅かしてみるが、ララティーナはそれはそれは嬉しそうな満面の笑みで答えてきた。

 ……俺とパーティーを組むことにここまで喜ぶ奴がいるとはなぁ……いや、もちろん悪い気はしないんだけど、何というか、調子狂うというか…………あと、クリスがニヤニヤと鬱陶しい!

 

 

***

 

 

 俺が着替えて城まで戻ってくると、案の定そこは大騒ぎだった。

 

「賊だ! 俺達が義賊を追いかけている間に、城に別の賊が入って聖剣を盗んだらしい!」

「なっ……聖剣を!? それならば早く追わなければ……いや、しかし、塀がこんな状態ではまた別の賊が入ってくる可能性も……」

「城を守る人員は既に確保してある! 後から到着した者達は、外に逃げたらしい賊を追いかけろとのクレア様からの命令だ! 賊は黒装束に仮面をつけていて、爆発によるダメージを負っている可能性が高いからそう遠くまでは行けないはずだとのことだ!」

 

 そんな事を言いながら、ちょうど俺と入れ違いになるように出て行く騎士達。

バレることはないと思いながらも、小心者の俺はドキドキしてしまう。大丈夫だ、堂々としてろ……おどおどしてる方が逆に怪しいぞ……。

 

 そうやって自分に言い聞かせるようにしながら歩を進めると、今度はミツルギとウィズがこちらに走ってきた。ミツルギは爆発の余波で頭を打って気絶してしまい、ウィズは俺の魔法で眠っていたはずだが、どうやら二人共目が覚めたらしい。

 

 先程まで戦っていた相手に、俺は思わず体がびくっとなって、反射的に正門の影に隠れてしまう。

 

「僕としたことが、あんな大事な局面で気絶してしまうなんて……! 絶対に逃さないぞ、仮面の盗賊め!!」

「えぇ、私だって、もうあんな失敗はおかしません!! 今度こそ、当店自慢の魔道具を駆使して、聖剣を取り戻してみせます!!」

「……あ、あの、ウィズさんは魔道具を使わなくても十分強いのですし、そのまま戦った方がいいんじゃ…………」

「そういうわけにはいきません! こっちも生活がかかっているんです! 何としても、ウチの魔道具を宣伝しないと!!」

 

 どうやらウィズは何も懲りていないらしく、ミツルギが何とも微妙な顔をしている。

 そんな二人が街中へと消えていくのを確認して、一息つく。別にこの格好なら隠れる必要はないはずだが、どうしても警戒してしまう。

 

 ララティーナが聖剣を持ってくれば、この混乱も少しは落ち着くはずだが、念の為に俺とは少し時間をずらしてから城に戻ることになっている。もう少しすれば来るはずだ。

 

 そのまま城の中に入ると、慌ただしく指示を出しながら走り回るクレアがいた。

 

「そうだ、エレメンタルマスターを連れて来られるだけ連れて来い! まずはあの塀だけでも何とかしなくては…………なに、アイリス様が部屋から出たがっている!? 自分も賊を捕まえると!? くっ、分かった、私が行って説得する!! …………ん、そこにいるのはカズマか! 何をぼーっとしている、お前は騎士よりも機動力があるんだ、さっさと賊を捕まえに行け!!」

「あー、悪い、銀髪の義賊を追ってて、もう魔力はほとんど使っちまったんだよ。それよりも、ウチの生徒達はどこだよ。俺だって教師なんだ、あんな爆発があったんだし、まずは生徒の安全を確認させてくれよ」

「むっ……そ、それもそうか。悪かったな、私もこの一連の騒動で相当参っているようだ…………紅魔族の生徒達は、食堂の方に全員避難している。行ってやれ」

 

 クレアは珍しく俺に対して申し訳なさそうにそんな事を言ってくる。

 な、なんか、こんな姿を見せられると、こっちの方が申し訳ないというか、居心地が悪いというか……ごめんなさい……。

 

 俺は心の中で謝りながら、食堂の扉を開く。

 中ではクレアの言っていた通り生徒達が集まっていて、俺を見た瞬間、一斉にこちらに集まってきた。

 

 先頭は安心したような表情を浮かべたゆんゆんだ。どうやら気絶からは目覚めたらしい。

 俺はそのまま愛する妹を正面から抱きとめる体勢を取ろうとした…………が。

 

 ゆんゆんが安心したような表情をしたのは俺の姿を見た最初の一瞬だけで、近付いて来るにつれて次第に呆れた表情になっていき。

 俺の前まで来た時には、もう完全に怒り顔になっていた。

 

「まったく! 兄さんはいつもいつもバカなことするとは思っていたけど、今回はその中でもとびっきりね! 心配させないでよ、もう!!」

「えっ……あ、あの、ゆんゆん? ここは俺の無事を確認できて、この胸に飛び込んでくるっていう美しい兄妹愛が見られるような感動的なシーンなんじゃ……」

「最初は私もそのつもりだったけど、今回兄さんがやったこと思い返してる内にそんな気持ち無くなったわよ! 城の拡声器を使って王都中にアクシズ教の宣伝をした挙句に聖剣を盗むなんてバカじゃないの!?」

「うっ……ま、まぁ、確かに俺も今回は相当危ない橋を渡った自覚はあるけどさ…………でも、あるえから大体の事情はもう聞いてんだろ? 今回のことは、全部紅魔祭を守る為で……」

「それは聞いたわよ…………でも…………紅魔祭も大事だけど、自分のことも大事にしてよ……。無茶はせずに自分は常に安全圏にいる、それが兄さんじゃない……」

「……あー、それは、その…………すみませんでした……」

 

 未だに怒った表情のままだが、少し涙目になっているゆんゆんに、俺は目を逸らして頭をかきながらそう言うしかない。

 流石にここで「そんなにお兄ちゃんが心配だったか!」みたいな事言ってからかえる空気じゃないし……ど、どうしよう、この重い空気。

 

 そんな感じに困っていると、ゆんゆんの後ろから、ふにふらとどどんこが出てきて両側からゆんゆんの肩をぽんぽんと叩きながら。

 

「まぁまぁ、とりあえず先生は無事だったんだし、それでいいじゃん! 終わり良ければ全て良しって言うしさ!」

「そうそう! それに今日は色々あって先生だって疲れてるだろうし、文句とかその辺はまた明日でいいんじゃない?」

 

 二人の言葉に、ゆんゆんはまだ涙目でむくれながらも、小さく頷いた。

 おお……流石はふにふらとどどんこだ。二人に親指を立てて見せると、向こうも笑顔で返してくれる。

 

 そして、ゆんゆんと入れ替わるようにして、今度はめぐみんが前に出てきた。

 その様子はいつもの堂々としたものではなく、ちらちらと俺の顔を窺いながら、気まずそうな様子で。

 

「あ、あの……その……ごめんなさい。まさかあの仮面の盗賊が先生だったとは思いも寄らず……思わず攻撃してしまい……」

「あ、あんた、思わず攻撃ってのは仕方ないにしても、あそこまでやることはなかったでしょ……ていうか、正体見抜いてなかったのあんただけだったし……」

「はぁ……めぐみんって、紅魔族随一の天才とか言われてるくせに、肝心なところで抜けてるというか……」

 

 そんな呆れたようなふにふら達の言葉に、めぐみんは珍しく何も言い返すことなく俯く。

 普段だったら何の躊躇もなく飛びかかっている所だろうが、今回は流石に自分でもかなり反省しているのだろう。

 

 まぁしかし、俺としても別に責めるつもりはない。

 だから気にするなといった感じのことを言おうとした時、生徒達の中からあるえが一歩前に出てきて、落ち込むめぐみんの肩にぽんと手を乗せ、優しい表情を浮かべて言った。

 

「めぐみん、そんなに気にすることはないよ。聖剣を盗んで逃げようとしている輩を攻撃するのは当然のことだし、そもそも正体を隠していた先生が悪いよ」

「おいちょっと待て、俺も似たようなこと言おうとしてたけど、お前に言われると物凄く釈然としないんだけど! そもそもの話をするなら、まずお前が余計なことしなかったらこんな厄介なことにはならなかったんだよ!! めぐみんを怒るつもりなんかないけど、お前にはキツイ罰くれてやるから覚えとけよあるえ!!」

「えぇ、覚悟はしています。逃げも隠れもしませんし、どんな罰でも受け入れます。先生の性奴隷になることでも、全裸に剥かれて王都中を引きずり回されることでも、ロリコン貴族に売り飛ばされることでも……」

「そ、そこまでしねえから!! …………お、おい、お前らもそんな、俺ならやりかねないみたいな顔やめろって!!!」

 

 うわぁと引いている生徒達に必死に弁解する。

あるえの奴が俺のことをどんだけ鬼畜野郎だと思ってやがるのか問いただしたい所だが、その鬼畜の所業を逃げずに受け入れるつもりだというのも恐ろしい。そこは逃げろよ普通に……本当に大丈夫なのかこいつは……。

 

 一方で、めぐみんはまだ落ち込んでいるようで、顔を俯かせたままだ。

 俺を攻撃してしまった事をここまで気にしてくれるとか、なんて心優しい生徒なんだろう。あるえと比べたら雲泥の差だ。めぐみんのことをクラス一の問題児だと思っていた過去の俺をぶっ叩いてやりたい。

 

 俺はそんな事を思って反省しながら、落ち込むめぐみんに優しく声をかける。

 

「まぁ、あるえのバカはともかく、お前に攻撃されたことは本当に気にしてないからさ、お前も気にするなって。あの状況じゃしょうがねえよ」

「ですが、他の皆は気付いていたのに、私だけが気付けなかったというのは……それに、ふにふらの言う通り、洒落にならないような攻撃でしたし……」

「…………ふっ、見くびるなよめぐみん。我が名はカズマ、紅魔族随一の冒険者にして数多のスキルを使いこなす者……あの程度の攻撃、この俺からすれば回避することなど造作も無い。だから余計な心配はするな」

 

 バサッとローブを翻し、紅魔族らしくちょっと格好良いポーズを決めて、余裕ぶってみる。

 

 こうしてめぐみんが落ち込んでいるのを見ていると、こっちまで調子が狂ってしまう。

いっそ、「紛らわしいことをしている先生が悪いのです!」みたいに開き直ってくれる方が気持ち的に楽ですらある。

 

 だからこんな感じに、何でもない風に装って軽く流してしまおうと思ったのだが。

 めぐみんは少し驚いたような表情を浮かべて俺を見て、やがて困ったように苦笑して。

 

「……やっぱり先生は、何だかんだ言って優しいですよね。私が攻撃しようとしていた時は涙目になってたのに、私に気を使ってそれを無かったかのように装ってくれて……」

「べ、べべべべ別に涙目になんかなってねーし!! ぜ、全然余裕だったし!!!」

 

 どうやら頭の良いめぐみんには、俺の強がりはバッチリ見抜かれているらしく、何とも締まらない。やっぱりこういうちょっとキザな事は俺には向いてないのか……ミツルギとかだったら上手くやるのかな……。

 

 何だか妙に恥ずかしくなってきて顔が熱くなり、めぐみんから目を逸らして他に何か言い訳でもないかと考えていると。

 

 ぎゅっと、いきなり正面からめぐみんが抱きついてきた!

 

「ありがとうございます。先生のそういう所、大好きですよ」

「なっ……お、大袈裟だろうが、別に大したことしてねえよ! ま、まったく、相変わらずちょろいなお前は!!」

「ああああああっ!! ちょっとめぐみん、あんた何ちゃっかり先生に抱きついてんのよ!!! あ、あたしだって!!!」

「あ、ズルい!! 私も私も!!!」

 

 めぐみんに張り合うように、ふにふらとどどんこも左右から俺に抱きついてくる。

 おお……これは良いな……! 相手はまだ子供だけど、そこに目を瞑ればハーレム男になった気分だ。全身から伝わってくる女の子特有の柔らかい体の感触が心地いい。

 

 そして、そんな俺をじーっと見つめるゆんゆん。

 これはあれか、自分も抱きつきたいけど、周りの目とかを気にして躊躇しているのだろう。よし、それなら俺から誘って抱きつきやすくしてやろう!

 

「ゆんゆん! まだ俺の背中が空いてるぞ! さあ、思いっきりぎゅっと来い! そして色々と押し当ててくれると嬉しいです!! …………あれ? お、おい、ゆんゆん? どこ行くんだ?」

「クレアさんに盗賊の正体でも話そうと思って。兄さん、これだけ心配かけといて全然反省してないみたいだし、ちょっと牢屋に入って色々更生した方がいいんじゃないかなって」

「ま、待て! 俺が悪かった! 調子乗りました、許してください!!」

 

 恐ろしいことを言って部屋を出ようとする妹を、慌てて引き留めた。

 

 

***

 

 

 次の日の朝。

 俺は昨夜、ゼスタからの無理難題を見事やり遂げ大事な紅魔祭を守り、達成感と開放感と共に王城で爽やかな一時を過ごしている…………はずだった。

 

 俺は椅子に座った状態で周囲を見渡し、そして目の前にいるクレアに尋ねる。

 

「……おい、この状況はなんだ」

「なに、大したことではない、少し話を聞きたいだけだ。周りは、まぁ、気にするな」

「気にするよ! メッチャ気にするよ!! 武装した騎士で完全包囲しといて何が気にするなだふざけんなコラ!!!」

 

 そう、とある一室にて、俺は周りを屈強な王都の騎士達に囲まれた状態で、机を挟んでクレアと向かい合っている。

 朝っぱらから俺の泊まっている部屋を訪ねてきたクレアは、そのままこの部屋まで俺を連れて来て、あれよあれよと言う間にこの状況だ。

 

 そして、騎士の一人が目の前の机に何かを置いた。

それはお馴染みの嘘を見抜く魔道具で…………もうこれ、完全に尋問態勢じゃないですか。

 

 クレアは俺の文句を軽くスルーして、勝手に話を始めてしまう。

 

「さて、カズマ。昨夜は大変なことになったな。銀髪の義賊が堂々と城の正門に現れたかと思いきや、王城内では仮面の男が宝物庫に侵入して聖剣を盗んだ挙句に、城の大型拡声魔道具を使って王都中にアクシズ教の宣伝までやらかした。大事件と言うのも生温いくらいの大事件だ」

「あー……で、でもほら、聖剣は戻ってきたんだし、一応最悪の事態は防げたじゃないか」

「そうだな。それもこれも、ダスティネス卿とめぐみん殿のお陰だ。ダスティネス卿は一時は銀髪の義賊に縛られ連れ去られるという危機に見舞われたようだが、そこから脱出し、逃走中の仮面の盗賊から聖剣を取り返してくださった。そして、めぐみん殿も、ウィズ殿やミツルギ殿といった有力者が倒れる中、仮面の盗賊に大ダメージを与え、それが聖剣奪還に繋がった。爆撃によって王城の塀の大部分が大破してしまったが、あのまま聖剣を盗まれるのと比べれば問題の内に入らないだろう。騎士団が不甲斐ない中、王都を危機から救っていただき、あのお二方には頭が上がらん……」

 

 どうやら、前もってララティーナに吹き込んでおいた作り話の効果の程は上々のようだ。

 まぁ、少し前のドラゴン戦でも功績を残した二人がまたやってくれたというシナリオにすれば、そこに疑いを持つ者もいないだろう。妙な所で真面目なララティーナは、そんな作り話で自分の株を上げるというのは嫌だったろうが。

 

 俺は何度か頷きながら。

 

「そっかそっか。俺も教師として、生徒のめぐみんが評価されるのは嬉しいよ…………で、何で俺がこんな尋問みたいなことされてんだ?」

「……王城に侵入した仮面の男。その男は多彩なスキルや魔道具を使いこなし、城の構造にやたらと詳しかった。そして直接対峙したミツルギ殿によると、自分が不利になるや否や躊躇なく人質をとる、目的の為には手段を選ばない非情な男だったとの事だ。そして偶然にも、私にはその特徴と合致する男に心当たりがあってな」

 

 俺は思わず目を逸らすも、クレアはじっとこちらを覗き込んでくる。

 バクバクと心臓の鼓動が早くなるが、それを必死に抑えながら。

 

「ほ、ほーん……それならここで俺とのんびり話してないで、早くその怪しい奴の所に行ったほうがいいんじゃないか? そいつも怪しまれてると勘付いたら、さっさと遠くに逃げちまいたいだろうし……」

「それは大丈夫だ。私が怪しんでいる男は今、目の前にいるからな。…………カズマ、貴様だ」

 

 クレアからの圧力に思わず反射的に否定しようとして、言葉が喉まで出てくるが、何とか押し留める。

 今、目の前の机には嘘を見抜く魔道具が置かれている。下手なことを言えば余計に立場が悪くなる。

 

 落ち着け、落ち着け。

 商人として魔道具の知識はそれなりに持っている俺は、知っている。

 この魔道具は便利だが、万能ではないんだ。

 

 クレアは目をギラギラ光らせながら、問い詰めてくる。

 

「正直に言えカズマ。なに、私だって鬼ではない。貴様も度々王都の為に働いてくれたし、アイリス様にも気に入られている。極刑だけは勘弁してやるさ、極刑だけは……な。あれだけの事をやらかして破格の温情だと思うが?」

「……なるほど。つまりクレアは、昨夜俺が正体を隠して聖剣を盗んでアクシズ教の宣伝をやったと思ってるんだな?」

「あぁそうだ、その通りだ。これでも私は、貴様の能力自体はそれなりに認めてやっている。貴様なら、大勢の騎士団だったりウィズ殿やミツルギ殿を相手にしても、やりようによっては互角以上に立ち回れるだろうと思っている」

「……ふっ、まぁ王都でも有名なカズマさんだからな! なんだよクレア、日頃は散々俺のことボロクソに言ってるくせに本当は認めて…………あ、いや、調子に乗りましたすみません」

 

 珍しくクレアから褒められてるっぽかったから、つい得意気に言ってしまったが、鋭い眼力に押されて慌てて謝る。

 それから俺は、こほんと空咳をして気を取り直すと。

 

「クレア、俺はリスクとリターンをよく考えて動く男だ。それはお前も知ってるだろ。そして、昨夜仮面の男がやったことは、とんでもないリスクを伴うものだったはずだ。じゃあ代わりに得られるものは何だ? 言っとくけど、俺は聖剣なんて別に欲しくないし、アクシズ教徒でもないぞ」

「…………な、なに?」

 

 俺の言葉に、クレアは目の前の魔道具をじっと見るが、何も反応しないことに困惑した様子を見せる。

 

 そう、この魔道具の前ではとにかく嘘を言わなければいいのだ。

 本当にマズイ質問はのらりくらりとかわし、言っても良いことだけは言う。

 俺が聖剣を欲していないことも、アクシズ教徒ではないことも、嘘でも何でもなくただの真実だ。

 

 クレアは少し考え込んだあと、何かに気付いたのかはっとして。

 

「そ、そうだ、別に貴様自身が望んでいた事とは限らないだろう! 誰か他の者に依頼された可能性だってあるはずだ!! 見返りは…………そうか、金だな! それも、莫大な額を受け取ったのだろう!! それならば、あれだけの大犯罪を犯したとしても不思議ではない!!」

「確かに俺は金でも動く男だ。でも、あれだけの事を金で頼むっていうなら、相当な額を積まないと俺は動かないぞ? 100万200万程度じゃ話にならん。もちろん、俺はそんな大金が絡んだ依頼は受けてない」

 

 魔道具は鳴らない。

 それを見て、クレアはますます困惑の色を濃くして、ついには頭を抱えてしまった。

 

 一応クレアは良い線はいっている。昨夜の件は誰かから依頼されたという所まではあっている。

 しかし、見返りは金ではない。祭りの平和でありプライスレスなものだ。

 

 とにかく、クレアも困ってるみたいだし、ここで畳み掛けよう。落ち着かせてはいけない。

 今のこの状況は本当に危ういものだ。もしクレアが「仮面の男の正体はお前か?」という質問に拘り、それに対する答えだけを強要されたりしたらアウトなのだから。

 

「おいクレア、よく聞け。俺だって聖剣がこの国にとって大切な物だってことはよく知ってる。あれは良い使い手が持って、魔王軍を倒す切り札にしてほしいとも思ってる。魔王軍が勢いを増すのは俺だって困るしな」

「っ……そ、そうか……」

「あと、俺がアクシズ教徒の一員であるかのような疑いは断固として否定するぞ。冗談じゃねえ。最近映画の撮影でアルカンレティアに行ってアクシズ教徒と関わる機会があったんだけど、そこでトラウマレベルの体験をしたからな。アレとはもう二度と関わりたくないと思ってるんだ」

「……な、なぜ、何故鳴らないのだこの魔道具は!!」

 

 どうやらクレアは魔道具の方に何か問題があるのではと、持ち上げてどこか壊れていないかとまじまじと覗き込んでいる。

 そして、見た限りではどこも壊れていないことを確認すると、今度は俺をじっと見つめて。

 

 なんと、普段アイリスに向けるように優しく微笑んだ!

 

「カズマ、申し訳なかった。そうだな、お前のような心優しく正義感に溢れたイケメンが、あんなことをするはずがなかったな。どうか許してほしい」

「おっ、なんだなんだ。もしかしてお前、実は俺に惚れ」

 

 チリーンチリーンチリーンと、魔道具の音が何度も何度も連続した。

 クレアは再び悩ましい表情で魔道具を見つめる。

 

「……壊れているわけではないのか。まさか、本当にカズマではなかったのか……?」

「おいコラてめえ、ちょっと表出ろや。裸にひん剥いた後、バインドで縛って王都中を引きずり回してやる。大貴族だとか知ったことか」

 

 俺の発言に、周りを取り囲んでいた騎士達が慌てた様子でその包囲を狭めて警戒してくる。

 ちっ、流石にこの状況じゃ中々やり返せないな…………いや、待てよ?

 

 俺はある仕返しを思い付き、即座に実行する。

 

「そもそも、お前は日頃から俺のこと言いたい放題言ってくれるけどさ、お前だってどうなんだよ? 良い機会だし、この魔道具の前で聞いてみようか? お前、アイリスに対して忠誠心以上の物を抱いてるだろ。具体的に言うと、アイリスをペロペロしたいとかそういう邪な劣情とか」

「ななななななな何を言っている!!!!! そ、そんな、根も葉もない……こ、この私がそのような事を思うはずがないだろう!!!」

 

 チリーンと、魔道具が鳴った。

 それを受けて周囲の騎士達がざわめきだし、クレアの顔が真っ赤に染まる。

 俺はニヤニヤと口元を緩ませて。

 

「ほら見たことか。なぁ騎士団の皆さん、俺なんかよりもこの変態お嬢様の方がよっぽどアイリス様にとって危険じゃないか? くっくっくっ、楽になれよクレア、お前はこっち側の人間だ。じゃあ次はどんな質問を」

「ま、まま待て! やめろ!! わ、分かった! お前は無実だ!! 疑って悪かった!!!」

 

 俺の更なる追求にすっかりビビったクレアは慌てて頭を下げた。

 よし、何とか乗り切った! 一歩間違えたら逮捕されて祭りどころじゃなくなる所だった、あぶないあぶない……。

 

 そうやって一息ついていると、バンッと突然勢い良く部屋の扉が開いて、クレアと同じくアイリスの側近で魔法使いのレインが慌てた様子で入ってきた。

 

「ク、クレア様、昨夜の件に関与したと思われるアクシズ教徒なのですが、アルカンレティアにて取り調べを行ったところ、どうやら彼らは何も関係ないようで……その、不当な取り調べに対する謝罪として、王都にアクシズ教の教会を増やせと要求してきているのですが……!!」

「な、何を言っている、アクシズ教の最高責任者の肉声が王都中に流れたのだぞ!? 関係ないわけがないだろう!!」

「それが、アクシズ教徒は誰一人として王城には一歩足りとも入っていないと言い張っていて……王都に流れた声についても、実は先日、布教用に最高責任者ゼスタ様の声を録音した魔道具が盗まれたと言っていて、それが使われたに違いないと……! 盗んだ相手については顔を隠していて窃盗スキルを使ってきたとのことで……」

「なっ……う、嘘を看破する魔道具はもちろん使ったのだろうな!?」

「はい、使いましたし、動作確認も念入りに行いました! でも全く反応しないんです!!」

「そんな……バカな……!!」

 

 レインからの報告に、クレアは驚愕の表情を浮かべて固まってしまった。

 

 なるほど、向こうはそうやってやり過ごしたのか。

 確かにアクシズ教徒は誰も王城には入っていないし、録音魔道具を盗まれたというのも本当だ。

 

 アルカンレティアでの別れ際に、ゼスタが俺に対して「顔を隠した状態で自分の持つ録音魔道具をスキルで盗んでくれ」みたいな事を頼んできたが、取り調べを見越してのことだったのか。言うなれば“作られた真実”というやつだが、嘘ではないことには変わりない。

 流石、何度も逮捕されているだけあって、嘘を見抜く魔道具への対策も心得ているらしい。

 

 レインは困り果てた様子で。

 

「どういう事なのでしょう、アクシズ教徒とは関わりのない第三者が、単に王都を混乱に陥れるためにアクシズ教を利用したという事なのでしょうか……?」

「そうだな……現状ではそう考えるしかない……。とにかく、アクシズ教徒の要求などは飲めん。向こうにもそう伝えておけ」

「そ、それが、アクシズ教徒は、こちらの要求が聞き入れられないのであれば、直接王都に出向いて抗議するとも言っていて……!!」

「な、何だと!? それだけは何としても阻止しろ! ただでさえ、王都では昨夜のアクシズ教の『自由に生きろ、我慢するな』といった教義を聞いた子供やニートなどが同調し始めているのだ!! こんな時に奴らが来たら本格的に収集がつかなくなる!!」

「し、しかし、言って聞くような人達ではありません! 私も何とか収められないかと話し合おうとはしたのですが、ろくに取り合ってもらえず、次第に調子に乗ってセクハラまがいの言動までしてくる始末で……!!」

「よ、よし、それだ! セクハラは立派な犯罪だ!! 昨夜の件については無実だったとしても、別件で逮捕してしまえばいいのだ!! アルカンレティアへは私も行こう、必ずアクシズ教徒を止めるぞレイン!!」

「……なぁ、俺はどうすればいいんだよ」

「ああもう、好きにしろ! お前に構っている暇はなくなった!!」

 

 そう言い残し、ドタバタと慌ただしく部屋から出て行くクレアと、その後を追うレイン。

その切羽詰まった様子はまさに国の一大事といった感じで、魔王軍が襲撃してきた時ですらここまで大騒ぎにはならない。

 

 何というか、アクシズ教徒ってのはもはや天災とかそういう域に達している気がする。

 俺もあの連中には散々トラウマを植え付けられて振り回されたから、とても人事のようには思えず、クレアとレインがこれから見舞われる災難を思うと素直に気の毒だ。

 

 たぶん、セクハラやら何やらやりたい放題のアクシズ教徒を相手にして、帰ってくる頃には二人共げっそりとやつれている事だろうけど、アレはああいう物だと諦めて強く生きてほしい。

 

 

***

 

 

「おう、コラ。今回は本当にやってくれたなコノヤロウ」

「…………ごめんなさい」

 

 額に青筋を立てた俺の言葉に、あるえは意外にも素直に頭を下げる。

 

 ここは俺の寝室として割り当てられた王城の一室。

 クレアからの尋問を何とかやり過ごして部屋に戻ってくると、すぐにあるえが訪ねてきたのだ。

 

 こいつに関しては後日キツイ罰をくらわせてやろうとは思っていたが、まさか自分から謝りに来るとは思わなかった。

 

「なんだよあるえ、自分から素直に謝りに来るなんていつになく殊勝な心掛けじゃないか」

「えぇ、その、私も流石に今回は少しばかりやり過ぎたかと思って。昨夜も言いましたが、罰は受けますよ。どんなものでも」

「少しばかりってレベルじゃねえよ! マジで大ピンチだったんですけど俺! もちろんとんでもない罰与えてやるから覚悟しろよ!!」

 

 今回の件で、俺にとって最も厄介だったのは、ミツルギでもウィズでもなく目の前にいるあるえだった。

 あるえは俺の思考を尽く先読みした上で、クレア率いる騎士団、そしてミツルギやウィズのような実力者を上手く誘導して俺にぶつけてきた。あるえが余計なことさえしなければ、案外すんなりと上手くいったんじゃないかと思うくらいだ。

 

 それらは全部映画を盛り上げるためで、自分の創作のためならば見境がなくなって暴走するという、あるえの厄介すぎる一面が出た。

 何というか、ゆんゆんやめぐみんも、周りが見えなくなって暴走するということがあるが、優秀な紅魔族というのはそういう傾向があるのだろうか。

 

 しかし、やられてばかりの俺ではない。

 俺はニヤリと口元を歪ませると。

 

「くっくっ、もしかしてお前、俺が与える罰ってのはどうせセクハラばっかで、それなら全然余裕だとか思ってんじゃないだろうな? 俺を舐めるなよ、嫌がらせをさせれば右に出る者はいないと言われるカズマさんだぞ。お前にはとっておきの罰を考えてきてやったぞ」

「ほう、先生が考えたとっておきの罰ですか。それはどんなものですか?」

「おいお前ちょっとワクワクしてないか。ララティーナみたいなドM根性ってわけじゃなくて、小説のネタにできそうとかそういう理由で」

「いえいえ、そんな。国一番の鬼畜と言われる先生の罰がどんなものなのか、内心ビクビクと怯えていますよ」

「そういう嘘はもうちょっと怯えてるような様子を見せて言え。なんだその堂々とした態度は」

 

 まったく、こいつには恐怖心というものが完全に欠落しているように思える。

 多分、目の前にブレスを吐く寸前のドラゴンがいたとしても、慌てる様子もなくただじっとその様子を興味深く観察しているのだろう。

 

 とはいえ、本当に何も怖いものがない人間などいない。

 

 どんな事でも小説のネタとして活かそうとしてくるあるえは厄介な相手だが、今回考えてきた罰だけは勝算がある。あるえが一番嫌がりそうなことは見当がついている。

 俺はビシッとあるえに指を突き付け宣告する。

 

「ここからの映画の内容は全て変更で、俺が決める! 王道的な魔王討伐物語なんてやめて、俺を主人公とした露出多めの美少女ハーレム物語にするからな!! 安心しろ、とりあえずエロで釣っとけば、少なくとも男連中が集まって大盛況間違いなしだ!!」

「っ!? ちょ、ちょっと待ってください! そ、それでは鬼畜な先生としては少し物足りないのではないですか? もっとこう、私に対して直接何か鬼畜なことをするとかの方が、先生としても満足できるのでは……」

「はっはっはっ!! なんだあるえ、お前でも動揺するなんて事があるんだな!! 俺の心配はいらないぞ、お前が嫌がることなら俺としては満足だ! お前どんな罰でも受けるって言ったよな? 今更取り消しは認めないぞ!」

「うっ……」

 

 珍しく狼狽えるあるえを、俺は気分良く眺める。

 普段は何考えているのかよく分からない奴だが、今は普通のどこにでもいる12歳の少女と変わらないように見える。

 

 そうだ、あるえにとって最も大切なものは自分の作品だ。

 作家にとって、自作品というのは我が子のように愛着のあるものだというのは聞いたことがあるし、それを他人の手によって好き放題に弄くり回されたらそれは辛かろう。

 

 俺はそのまましばらく、あのあるえが目を泳がせてチラチラと俺のことを窺うという珍しい姿をニヤニヤと眺める。

 こんなあるえ、滅多に見られないしな。こいつにはここ最近振り回されっぱなしという事もあって、胸がすかっとする想いだ。

 

 …………まぁ、本当に映画をメチャクチャにするなんてことはしないけどさ。

 俺としてもこの反応を見れてもう十分満足したし、そろそろ許してやるとするか。

 

 そう思って口を開きかけた時。

 

「…………分かりました」

「え?」

 

 さっきまで動揺していたあるえだったが、今は何故か儚い微笑みを浮かべている。

その何かを諦めたかのような微笑みは、何とも言えない罪悪感となって俺に重くのしかかってくる……そ、そういうのは卑怯だと思うんですけど……。

 

今度は俺の方が動揺し始めるが、あるえは相変わらずの笑顔で。

 

「これが罰だというのなら、私は大人しく受け入れます。今回やってしまった事を考えれば、それも当然の報いでしょう」

「な、なんだよ……そんな顔すんなよ……その、もうちょっと粘れよ、お前にとってこの映画は大切なものなんだろ……?」

「えぇ、映画は大切です。でも、それだけに気を取られていて、私は大切な人を……先生を失ってしまうところでした」

「い、いや、まぁ、そんな気にすんなって! ほら、お前が最後にウィズの魔道具で助けてくれたお陰で何とかなったし…………と、というか、さっきは大袈裟に大ピンチだったとか言ったけど、言うほどでもなかったというか、その、実は本気出せばまだまだ余裕だったからな!」

「……先生は優しいですね。でも、大丈夫です、先生にならこの映画も任せられます。きっと私よりも良い物に仕上げてくれると信じていますから……」

「待て! 待てってば! 悪かった、冗談だ!! 俺は別に本気で映画をどうこうしようだなんて思ってねえよ!! ちょっとお前を脅かしてやりたかっただけなんだって!!」

 

 微笑みの裏に切なさも見える表情で部屋を出ていこうとするあるえを慌てて止めながら、俺は必死に弁解する。

 まさか、ここまで深刻な感じになるとは……俺はちょっと軽くからかってやろうと思っただけなのに…………あれ?

 

 なんだろう、何かこの流れ、前にもあったような気がする。

 そうだ、確か以前にめぐみんをからかった時に似たようなことが……。

 

 あるえは俺に腕を掴まれて動きを止めているが、顔は向こうを向いたままだ。

 ……嫌な予感がする。すごく嫌な予感がする。

 

 少しして、あるえはゆっくりとこちらを振り返った。

 

 

「……やっぱり先生って、割と純情なところありますよね。ぶふっ」

 

 

 その表情は、さっきまでの切なさや儚さはどこへやら、今やこちらを思い切りからかうようなニヤケ顔へと変貌していた。

 俺は無言のまま両手でゲンコツを作ると、そのままあるえの頭を挟み込んで両側からゴリゴリと圧迫した。

 

「ああああああああああっ!! わ、私の! 私の偉大なる頭が!! 神々の奇跡とも言われる私の頭が大変なことに!! うぐぐっ、そ、その辺にし、しておいた方がいい……これ以上は封印が解けて世界が大変なことあああああああああああああ!!!」

 

 なるほど、何でも小説のネタとして消化できるあるえでも、こういう物理攻撃は普通に効くらしい。

まぁ、ララティーナみたいなドMの変態じゃないから当たり前か。今度からこいつへの罰はこの方向でいこう。俺は少しくらいの体罰は辞さない男だ。

 

 俺は涙目になっているあるえに満足すると、ようやく両拳を離す。

 

「ったく、これに懲りたら映画撮影で暴走するのはちょっとは自重しろよ。次また何かやらかしたら、今の二倍グリグリしてやるからな。……ほら、今日はこの辺で勘弁してやるから、もう行った行った。せっかくの王都だし、帰る前に皆と観光でもしてこいよ。王都の撮影はもう終わってるだろ」

 

 俺はそう言って話を切り上げると、しっしっと手を振ってあるえを部屋から追い出そうとする。

 しかし、あるえは俺のことをじーと見たまま動かないと思ったら、口元に小さな笑みを浮かべて。

 

「先生はいつもは鬼畜だなんだと言われてますけど、結構甘いですよね。正直、私のやったことを考えると、本当に映画の監督を降ろされたり脚本を変えられても仕方ないとも思いますよ」

「別に甘やかしてるつもりはねーよ。単に、今更そういう重要な所を変えたせいで映画自体が完成しなくなるって可能性があるからってだけだよ」

「ふっ、我が真眼を誤魔化せると思わない方がいい……一応はこの眼帯にて封印を施してはいるが、それでも人一人の心など簡単に見通せるのですよ……。意外と生徒想いの先生のことです、お祭りということで、多少のことは大目に見てくれているのでしょう?」

 

 ぐっ、真眼とやらは知らんが、大方のことは見透かされているようだ。

 ホントこいつ、普段はぼーっとして何考えてるのか分からないくせに、意外と人のことは見てるもんだ。

 

 ここで更に言い訳なんかしてもドツボにはまるような気がしたので、俺は諦めて溜息をつきながら。

 

「まぁ、そんなとこだよ。生徒達で好きにやれって言ったのは俺だしな。俺も俺でいつも好きにやらせてもらってるし。それに、お前もそろそろ卒業だろ? その辺も一応考慮して大目に見てやってんだよ、感謝しろよ」

「あれ、先生、私がもうそろそろ卒業って分かるんですか? 私の冒険者カードを見せたことはないように思うんですが……」

「カード見なくても何となく分かるっての。スキルアップポーションをどれだけ受け取ったかとか、養殖でどれだけ敵を倒したかとか、その辺りは見てるしな」

 

 あるえも、成績だけ見ればめぐみんやゆんゆんに次ぐ優等生だ。

 あの二人よりは少し後にはなると思うが、それでもほとんど間を空けずにあるえもスキルポイントが貯まって魔法を覚えて卒業していくだろう。

 

 ただ、めぐみんやゆんゆんもそうだが、あるえもまた卒業後が不安な生徒であるのは確かで。

 

「どうせお前、卒業後は部屋にこもってひたすら小説を書こうとか思ってるんだろ? ゆんゆんと違って、一人でも全然苦にしない所あるしな。でも、たまには学生の頃のクラスメイトなんかと外に出掛けて、皆でワイワイやるのもいいんじゃないか。お前も今回の映画撮影、結構楽しかっただろ?」

「……えぇ、そうですね。こうしてクラスの皆と何かを作っていくというのは初めてでしたが、良い思い出になりそうですし、小説を書く上でも大切な経験になったと思います。ありがとうございます」

「礼ならゆんゆんに言えよ。最初にあいつがクラスで何かイベントをやりたいって俺に言ってきたからな。あ、でも、もし万が一将来お前が売れっ子作家になって、この経験が役に立ったってことで俺に謝礼を渡したいって思ったら、俺は喜んで受け取るから遠慮無く言ってくれよ」

「ふっ、いいでしょう。私にとってお金など些細なものです。この経験によって素晴らしい小説が書けたのであれば、その利益全てを先生に捧げると誓いましょう」

「お、おい、冗談だって本気にすんな! そんな事簡単に誓ってんじゃねえよ、金は大事にしろっての!!」

 

 こいつは本当に大丈夫だろうか。

 ここまで金に無頓着だと、良からぬ輩に付け込まれそうだ。この辺りも卒業までに何とかしたいが、多分何ともならないような気がする……。

 

 俺の不安が顔に出ていたのか、あるえはクスリと笑って。

 

「もしかして、私のことを心配してくれているのですか? なるほど、そうやってたまに普段とは違う優しさを見せてくるというのは、女性的に中々高評価かもしれません。ずっと疑問でしたが、めぐみん達が先生に惚れた理由が少し分かったような気がします」

「お、なんだなんだ、お前まで俺に惚れたのか? しょうがねえなぁ、今はお前もまだ子供だしあれだけど、将来売れっ子作家になって俺を十分養っていけるくらい稼げるようになったら考えてやらなくもないぞ」

「…………私って、先生に惚れているのでしょうか?」

「えっ……い、いや、知らねえよ……というか、そんな真顔で返してくんなよ……冗談なんだから軽く流してくれよ……」

 

 俺としては「調子乗んな」的な反応を期待して言ってみただけで、めぐみんはそんな反応をしてくれるだろうし、ゆんゆんは顔を真っ赤にして怒ってくれるはずだ。そういう反応であれば、俺も気分良くいつもの調子で話せるのだが、こんなマジに受け取られてしまうとこっちも反応に困る……。

 

 そんな俺の気持ちも知らずに、あるえは首を傾げて。

 

「いえ、純粋に疑問で。私は出来れば卒業後も先生と一緒にいたいと思っているのですが、これはいわゆる恋というやつなのでしょうか。小説では恋愛感情について書くこともあるのですが、それは他の小説などの心理描写を参考にしているところも多くて、正直私自身ハッキリとは分からないのです」

「そ、そんなこと俺に聞かれても! つか、そういうのって本人に直接聞くもんじゃないと思うんだけど!! あー、その……」

 

 あるえから真っ直ぐな目を向けられて、俺は視線をあちこちに泳がせてパンクしかけている頭を何とか動かそうとする。

 一応教師として、生徒の疑問には答えた方がいいとは思うし、こういう人生相談的なものを受けるのも教師の仕事だとは思うんだが、中々良い答えが浮かんでこない。

 

 代わりに、いつだかゆんゆんに言われた「兄さんは本気で誰かを好きになったことがないんだよね」という言葉や、めぐみんからの「その年でまだ人を好きになる気持ちが分からないとか……」といった言葉が頭に浮かんでくる。

 

 ぐっ、あの時はあいつら好き勝手言いやがってとか思ったけど、ここであるえの疑問にバシッと答えられないと本当にそうだと認めることになる!

 俺はそんな、恋も知らないガキじゃない。もう人生で様々な経験をした、立派なオトナなんだ!!

 

「……あるえ。どうして俺と一緒にいたいんだ? それを聞けば分かると思うんだ」

「それはもちろん、面白そうだからです。私の真眼にて見通したところ、先生はこれから波乱万丈な人生を歩んでいくこと間違いないです。時には全財産が消し飛んだり、時には死んでしまうこともあるかもしれませんが、女神に導かれた先生は何度も立ち上がり、そしてついに魔王を討伐するのです!」

「うん、お前が何を言っているのかは分からんが、その気持ちが恋じゃないってのはよく分かった」

 

 拳を握りしめたあるえの力説に、ハッキリと答えてやる。

 あるえの奴、結局こんなオチかよ! いや、確かにあるえらしいし、俺としてもこれならシリアスにならなくていいんだけど、さっきまで真面目に悩んでた俺の気持ちを返してほしい……。

 

 なんだかどっと疲れてきて溜息をついていると、あるえは俺の答えに何やら考え込んでいる様子だ。

 もしかしてまだ何かあんのか……?

 

「……なるほど、これは恋ではないのですね。確かに言われてみれば、他の小説に書いてあるような、胸が切なくなったり、周りの景色が違って見えるというような恋する乙女にありがちな症状はないです」

「症状とか言うなよ、恋は病気か何かじゃねえよ。あー、いや、病気みたいなもんだっていう見方も確かにあるけどさ。まぁ、でも、そういう事を知るのも個人差あると思うし、別にそんな焦る必要もないと思うぞ。恋に恋して何か変なことやらかすってパターンも結構ありがちだしな。お前はそんなタイプじゃないと思うけど」

「ふむ、個人差ですか。ですが、私の場合、誰かにそういった感情を抱くというのが全く想像もできないんですよね。私でも、いつかは誰かに恋とかするのでしょうか?」

「…………悪い、俺もお前が誰かに恋するとかいうのは想像できねえわ……」

「ですよね」

 

 こんな事を生徒に言うのは教師としてどうかと思われるかもしれないけど、多分俺じゃなくても、あるえをある程度知ってる人なら皆同じようなことを言うと思う。

 

 そして、あるえの方も納得できたのか何度か頷くと。

 

「では先生、私と付き合ってもらえませんか?」

「……は? え、一応聞いとくが、それはどこかに一緒に行こうとかそういう意味で」

「いえ、恋人になってくださいと言っています」

「お前は何を言っているんだ」

 

 今度は俺が真顔になってしまった。

 もう本当に何なんだこいつは、口開く度に俺を混乱の渦に巻き込むのはやめてほしい。

 

 一方であるえは、マイペースに淡々と説明してくれる。

 

「今回こうして皆で映画撮影をして、色々な場所へ行ったり人と出会って、やはりそういう経験は人生においても小説においても大切なことだと思いました。だから、恋というものも知った方がきっと良い経験になると思ったのです」

「……うん、それはその通りだと思う。恋は人を成長させるってのもよく聞くしな。……でも、そこから俺に告るって流れが全く分からん。何度でも言うが、お前は全然これっぽっちも俺に恋してるとかそういうのはないぞ。自分でも納得してただろ」

「えぇ、そうですね。でも、形から入るというのも悪くないと思うのです。とりあえず恋人同士になってそれらしく過ごしていれば、恋愛感情というのも後から湧いてくるのではないかと」

「そ、それは……ないこともないかもしれないけど……! いやでも恋人って、もっとこう、お互いのことを知って気持ちが通じ合って……みたいな段階を踏んでからなるもんじゃねえの!?」

「…………やっぱり先生って、普段は婿入りして養われたいとか、愛人を何人も囲いたいだとか言ってますけど、実はかなり純情なところがありますよね。実際の所、婿入りしたいというのは本当だとしても、愛人を何人もとかそういうのは本音ではないのでしょう? 先生はこう見えて、きちんと一人の女性を選ぶ、意外と誠実なところがあるんですよね」

「ち、ちがっ……!!」

 

 あるえのニヤケ顔に言葉が詰まる。

 くそっ、何か言い返してやりたいけど、何も言い返せない!!

 

確かに俺の言うような、恋人になるにはまずお互いの気持ちが通じ合って……なんてのは古い考え方なのかもしれない。それこそ、恋愛小説にありがちな、ろくに恋愛もしたことがない夢見がちな少年少女が憧れるようなものに過ぎないのかもしれない。

 

 王都みたいな大きな街の若者なんかは、「とりあえず付き合ってみる」といった感じにすぐに異性とくっついてすぐに別れるってパターンを繰り返している人も割とよく見る。

 俺に対しても、悪評が広まる前は近付いてくる子とかいたしな……一人残らず金目当てだったんだけど……。

 

 ただ、こういった恋愛の仕方はリスクが全くないわけではない。

 そうだ、そういう所を教師らしく教えてやることにしよう!

 

「まぁ聞け、あるえ。気軽に付き合ってみるってのも、ありっちゃありなのかもしれないが、相手によっては面倒なトラブルに巻き込まれたりもするんだぞ。男ってのもいろんな奴がいるわけで、合わなかったら大人しく別れてくれるような奴ならいいけど、全員が全員そういうわけでもないからな。その辺をよく考えてから告るように。はい、以上。この話終わり」

「終わりませんよ。私を誰だと思っているのですか。クラスでも三番目の成績を誇り、人を見る目に関しては主席のめぐみん以上のものを持っていると自負していますよ。先生とならきっと上手くやっていけるはずです。さぁ、私に思う存分ネタを提供して、史上最高の伝説的な小説を二人で生み出しましょう!」

「こ、断る!! というか、俺の都合はガン無視じゃねえか!! 今は祭りのために映画撮影には協力してやってるが、その後のお前の小説にまで身を捧げるつもりはねえぞ!!!」

「……ふむ、確かに先生にも何かしらの見返りがなければ協力する気も起きませんか。それでは、この体はどうでしょう。自分で言うのも何ですが、私は年の割にかなりスタイルが良いと思うのです。それに成長期ですので、まだまだ成長します。私と付き合った暁には、この体を好き放題できるのですよ?」

「お、お前、そこで俺が飛びついても何とも思わないのかよ、思いっきり体目当てってことになるんだけど! そんな簡単に自分の体差し出してんじゃねえよ!」

「男性はとりあえずやれれば何でもいいんじゃないんですか?」

「そんな事ないから! あ、いや、まぁ、やりたいってのはかなりあるかもしれないけど、それ以外は何でもいいなんてことはないから!!」

 

 まったく、酷すぎる偏見だ。

 男は何もエロいことばかり考えているわけではない。せいぜい思考全体の七割くらいだ。

 

 もうこれ以上は付き合ってられんと、俺は無理矢理話を切り上げることにする。

 

「とにかく、この話はもう終わりだ終わり! お前もバカなことばっか言ってないで、さっさと観光でも何でも行けっての!!」

「……人生初の告白は振られてしまいましたか。まぁ、今日のところは諦めてあげましょう」

 

 こんな簡単に人生初の告白なんかするんじゃねえって言ってやりたかったが、そこからまたどんどんこじれていくような気がしたので何も言わないでおく。

 

 しかし、あるえはまだ部屋を出て行く気はないようで。

 

「私としては観光もいいですが、それよりも先生の話を聞きたいですね。昨夜なんかは、それこそそのまま小説の話にしてもおかしくないような大立ち回りをやってのけたではないですか。それに、昨夜の先生は、何やら禍々しい力も感じられました……もしかして、禁忌の封印が解けつつあり、悪魔として覚醒しつつあるという事なのでは……?」

「勝手に俺の正体を悪魔にするのはやめろ。まぁ、でも、確かに昨夜はなんか調子が良かったんだよな……スキルのキレとか魔力の感じも」

「や、やはり覚醒が……! そういえば、昨夜はちょうど満月。満月の夜に調子が上がるのは悪魔の特徴! 先生、頑張ってください、そろそろ思い出せるはずです。悪魔としての本当の自分を……」

「うるさいわ、ほっとけ! つーかお前、俺のことを女神に選ばれし者だとも言ってただろうが! 設定ブレすぎなんだよ!!」

 

 こいつはどうしても俺の正体が別にあるという設定にしたいようだが勘弁してほしい。ただでさえ、紅魔族なのにアークウィザードになれなかったって時点で妙な存在なのに。

 

「そもそも、昨夜のことに関してはお前だってよく知ってるだろ。お前のお陰であそこまで大変なことになったんだしな」

「いえ、私も全て知っているというわけではないですよ。例えば、先生は宝物庫で一体何を盗んだのか……とか」

「いや、だから聖剣だよ。お前だって見ただろ?」

「えぇ、それは見ました。…………でも、盗んだのはそれだけではないでしょう?」

「っ!!」

 

 あるえの探るような視線に、ビクッと体が反応してしまう。

 な、なんで分かるんだこいつ! 王族の方も、エロ本を宝物庫で保管していたとか気付かれたくなかったのか、盗まれたのは聖剣だけだと言って存在を隠してるのに!

 

 俺の反応を見て、あるえは満足そうに頷きながら。

 

「私の見立ては間違っていなかったようですね。先生のことです、宝物庫で何か面白そうな物を見つければ、ついうっかり持ってきてしまっても不思議ではないと思っていたのです。それに、盗まれた方もそれについて口を閉ざしているということは、何かやましい物だったりもするのでしょう?」

「ぐっ…………だああああ! 分かった分かった、見せればいいんだろ。放っておいたらお前、また変なことしそうだしな……」

 

 俺は仕方なく、ごそごそと荷物から昨日の戦利品を取り出す。

 普通の女の子なら表紙を見せた瞬間に可愛い悲鳴でもあげて部屋を出て行くところなのだろうが、当然あるえはそんな反応を見せるはずもなく、じっと興味深そうに見ている。

 

「これは、いわゆるエロ本というやつですよね? 本当にこれが宝物庫に?」

「あぁ。でもお前じゃ分からないかもしれないけど、表紙からして明らかにクオリティが違うんだよ。こんなもん、どこの誰が描いたんだろうな……世間に出回ってればバカ売れ間違いなしなんだけどな……」

「……ふむ。確かに絵は綺麗ですし、女性の肌もよく表現できているとは思いますが……では、中も見てみましょうか。王城の宝物庫にあるような物です、きっと内容も素晴らしいものなのでしょう」

「えっ……お、おい、流石に12歳の子供にこんなもん見せるってのは、一応教師としてあまり気が進まないんだが……」

「まぁまぁ、そう言わずに。12歳にもなれば性知識だって一通りありますし、別に大丈夫でしょう。それでは、ベッドにでも寝転がって二人で読んでみましょう」

「待て、おかしい、絶対おかしいって。なんで教師と生徒がベッドに寝転がって一緒にエロ本読まなくちゃいけないんだよ」

「解説がほしいんです。先生はこういったものには詳しいのでしょう? 生徒の為に一緒に本を読んで、分かりやすいように解説してくれるというのも教師っぽいではないですか」

「…………でもそれ、エロ本なんだけど」

「それが何か?」

 

 なんだこの純粋な表情は、もうホントこいつはどうなってるんだ。

 

 結局俺はあるえに流されるままに、言われた通りにベッドに並んで寝転がって本を広げる。

 ぱっと見では、妹に本を読んであげているお兄ちゃんみたいな心あたたまる光景なのかもしれないが、その本がエロ本だという一つの要素だけで全てがブチ壊しなのが残念過ぎる。

 

 どうしてこうなった……と頭を抱えたくなりながら、俺はあるえに急かされてページをめくる。

 

「なるほど、イラスト集ではなく、漫画なのですね。シチュエーションは普通の純愛系ですか。お互い恋人がいた経験もないという設定で、この手探りの初々しさを押していく感じですね。少し意外です」

「意外? なにが?」

「いえ、先生の趣味は女性を一方的に攻め立てるようなものだと思っていたので。調教物とか」

「そ、そんな事ねえから! つか勝手に人の性癖を予想してんじゃねえ!」

 

 普段の行いから俺の性癖がそういう物だと思われても仕方ないのかもしれないが、断じてそんなことはない。…………まぁ、そういうのも少しは持ってるけども。

 

 そこから更に読み進めていくと、ようやく濡れ場へと進む気配が出てくる。

 

「……な、なぁ、この辺でやめとかないか? 今ならまだ引き返せると思うんだ」

「何を言っているのですか、ここからが良い所ではないですか。それにしても、意外と濡れ場まで引っ張るんですね。私のエロ漫画へのイメージは、ストーリーなどというものは二の次で、もうひたすら女性がよがっている場面が続いているものだと思っていたのですが」

「い、いや、確かにそういうのは多いけど、全部が全部そうじゃないというか、ちゃんとストーリーを重視してるエロ漫画だってあるから……」

「ほうほう、勉強になります。流石はエロマンガ先生」

「そんな名前の人は知らない」

 

 というか、今の俺達みたいに一緒にエロ本を見てる内に……っていうシチュエーションのエロ本も結構あるんだが、そこは絶対指摘してはダメだろう。

 

 更にページを進めると、いよいよ漫画の中の男女がお互い恥ずかしがりながらも、衣服を脱いでいき絡み始める。

 そして、それを何も言わずに真剣な表情でじっと読みふけっているあるえ。

 

「…………お、おい、何か言えよ。この状況で無言でいられると気まずいんだが。もっとこう、冗談というか、ネタっぽい空気出していこうぜ」

「あ、すみません。自分であれば、この漫画の状況をどうやって文章で表現しようかと考えていまして。漫画は小説よりも視覚的に分かりやすく表現できますが、小説なら小説で深く生々しく描写することで読者の妄想力を刺激して漫画にも負けないエロさを出せるのではないかと思いまして」

 

 そわそわしている俺とは対照的に、あるえは至って真面目にそんな事を言いながら再び考えこむ。

 ……うん、そうだな、これはこれでいいかもしれない。こういう真面目な空気を出してくれれば、あくまでこれは勉強であると思い込めるし、気まずさも緩和される……はずだ。

 

 それからは俺も特に口を挟まないでいたのだが、唐突にあるえがこちらを向いて。

 

「先生、ここの●●●の状態なのですが、小説で書く場合は、男性的には●●●が□□□で△△△といったような分かりやすい表現の方が興奮したりするのでしょうか?」

「お前いきなり何言ってんの!? か、仮にも女子が平然と●●●とか言ってんじゃねえよ!! お前には羞恥心ってもんが存在しねえのか!!」

「一応作家志望ですから。自分の内面をさらけ出すのが小説ですし、羞恥心なんてものは邪魔なだけですよ。それより先生、質問に答えてもらえると助かるのですが。水音というのも様々な表現がありますし、粘性が高い場合は」

「聞きたくない! 言いたくない!! 生々しいにも程があるだろ、流石の俺もドン引きなんだけど!!」

 

 俺の必死の主張にも、あるえはイマイチ納得していないようで不満そうな顔をしている。

 普段から下ネタばっか言ってる俺だが、流石にこの状況でここまで直接的な下ネタトークを女子とするとか勘弁してほしい。

 

 もう早く読み終わってくれと思いながら、俺自身はページをほとんど視界に入れないままじっと時が過ぎるのを待つ。

 昨日この本を手に入れた時はあれだけワクワクしていたのに、何故こんな拷問のような状況になってるんだ……。

 

 そして、ようやくページも残り少なくなった頃。

 

「……先生、ずっと疑問に思っていたのですが、これって男性はともかく女性も本当に気持ちいいのですかね? 正直こんな所に異物を入れるとか、普通に考えて痛み以外湧いてこないと思うのですが」

「し、知らねえよ……俺に聞くなよ……」

「それもそうですね……ではゆんゆんに聞きましょうか。色々入れてそうですし」

「おいやめろ、俺の可愛い妹が部屋に引きこもって出てこなくなるだろ」

「仕方ありませんね、今度母親にでも聞いてみますか」

「……そ、そうだな、そうしとけ。念の為言っとくけど、間違っても俺の名前を出すんじゃねえぞ」

 

 あるえの母親には悪いが、そこは親として我慢してもらおう。娘からいきなりそんな事を聞かれたらビックリするなんてもんじゃないだろうが。

 

 すると、あるえは何か閃いたかのようにはっとすると。

 

「もっと良い手段があるではないですか。私達で実際に試してみればいいのです」

「試さねえよ」

「……時は来ました。私と先生は、大昔の古文書にも記されている運命に導かれし二人。私達二人の間に生まれし新たなる命は、いずれ魔王を倒し世界を平和へと導くことでしょう。さぁ今こそ、私と真なる契りを結ぼうではないか」

「言い方変えてもダメなもんはダメだ。俺には紅魔族特有の『格好良ければ何でもよし』みたいな考え方はこれっぽっちもないって分かってるだろ」

「…………先生、よく考えてください。これは素人とやれる大チャンスなのですよ? これを逃すともう一生ないかもしれませんよ?」

「一生ないとか言うなよ! あと、素人以外とはやってるみたいな言い方すんな!!」

 

 頑なに譲らない俺に、あるえは溜息をつくと。

 

「そこまで拒まなくても良いではないですか。先生、子作りというのは何も恥ずかしいことではないですし、決していやらしいことでもないのです。新たな生命を宿す、神聖なる儀式なのですよ?」

「ま、待て、なんで俺が説教される流れになってんの!? 俺がおかしいのか!? いや、確かに子作りをいやらしい事だって全否定するのも、それはそれで問題だとは思うけど……!!」

「そうですよ、そういった事を教えるのが教師としての仕事ではないですか。『子作りは何も変なことじゃないんだぞ。それじゃあ、俺とやって慣れる所から始めようか』などと言って、子作りへの忌避感をなくしてあげるというのが真っ当な教師というものではないですか」

「お前の中での真っ当な教師は、現実では即逮捕だからな」

 

 女の子だと、子作りをいやらしい事だと嫌悪してしまう子は割といるらしいが、逆にここまでアグレッシブなのは中々いないだろう……しかもこういうのは放っておくと何するか分からないから、より深刻のように思える……。

 

「な、なぁ、あるえ。念の為に言っとくけど、そういう事に興味あるからって誰彼構わず誘ったりするなよ? 流石にその辺の分別はあるよな……?」

「分かっていますよ。先程も言ったでしょう、子作りというのは神聖なる儀式です。確かに興味はありますが、相手が誰でもいいだなんて事はありませんよ。この人との子供なら将来面白いことをしてくれそうだ、と認めた相手にしかこんな話は持ちかけませんよ」

「そ、そっか……うん、なんかちょっと認識がズレてるような気がするけど、もうそれでいいや……」

 

 あるえに関しては、「本当に好きな人としかしない」みたいな模範解答は初めから期待してないし、これで妥協しておこう……。

何だかんだ、あるえは人を見る目はある。なんたって、世間の評判に流されずに、紳士な俺を認めてくれるんだからな。

 

 その後漫画では、初体験から一夜明けた男女の気恥ずかしさだったり、一歩先へ進んで絆が深まった二人の成長が丁寧に描かれていて、そのまま綺麗に終わった。

 

 読み終えたあるえは、満足気に息をつくと。

 

「なるほど、これは良いエロ漫画ですね」

「女子の口からそんなセリフを聞く日がくるとは思わなかったぞ俺は」

「そう言われましても、素直な感想ですので。ただエロい所ばかりを描くのではなく、そこに至るまでの過程や二人の関係性などの描写にも力を入れているのが良いですね。それによって、メインであるエロい場面がより盛り上がっている印象を受けます。私も読んでいて少々発情しましたよ」

「真顔で発情したとか言うな」

 

 まったく、こっちは隣にあるえがいるってのもあって、エロい場面はろくに読めなかったのに。

 そんな感想を聞くと、こうやって中途半端に内容をチラ見したのは凄く勿体無いことをしたように思えてくる……あとで一人でじっくり読もう。

 

 それにしても。

 

「そもそも何でそこまでエロ本に興味津々なんだよ。お前って、俺が官能小説を書けって言っても渋い反応しかしなかったじゃないか。なんだ、もしかしてそっちの道に行こうって決心したのか? それなら、俺にも一枚噛ませろよ、絶対良い商売になるから」

「いえ、今でも私は魔王討伐物のような王道的なものを書こうと思っていますよ。ですが、だからって自分が書きたいジャンルにだけ触れていても表現の幅が狭くなると思いまして。こうして様々な作品から自分にとってプラスになる部分を吸収していければと。あと、今回の映画撮影で色々と直に体験するのも大切だと思いましたので、卒業後は引きこもったりはせずに先生の言う通り外に出て様々なものを見て回るのも悪くないなとも思っていますよ」

「ほーん、そういうもんなのか。まぁ、あんま無茶とかしないで、程々に頑張れよ。良い物書けたら、俺のコネ使って宣伝してやってもいいからさ」

「ふふ、ありがとうございます。その時はお願いします」

 

 あるえはそう言って、穏やかな笑みを見せる。

 まだまだ色々と心配の多い問題児だけど、ここまで夢に向かってひたむきに進んでいる姿を見せられると応援したくなるもんだ。これは流石にまだ楽観的過ぎるかもしれないけど、あるえなら本当に誰もが知るような売れっ子作家になってもおかしくないかもな。

 

 そんな事を思って、暖かな気持ちで目の前の作家の卵を眺めていると、その作家の卵はおもむろにローブを脱ぐと、ネクタイを外し、ブラウスのボタンを上からいくつか外し、スカートを脱いだ。

 

「…………あの、さっきまで教師と生徒の心温まる一時みたいな感じだったのに、なんでお前は唐突にそれをぶち壊すような事してるの? なんで脱いでるの?」

「そう言われましても、このまま寝ると制服にしわが付いてしまうではないですか。いえ、私としては別に構わないのですが、親がうるさくて」

「は? 寝る?」

 

ぽかんとしている俺をほっといて、あるえはマイペースに、もぞもぞとベッド上からその中に潜り込み始めた。

 そして、俺の方を見て自分の隣をぽんぽんと叩く。

 

「先生も一緒にどうですか?」

「……いや、何やってんのお前」

「少し眠くなってきまして。最近映画のことばかりを考えていてあまり眠れていないのです。あ、性的なイタズラをするのは構いませんが、どうせやるのなら出来れば起きている時にお願いします。寝ている時にされても体験として頭には残らないので」

「しねえよ。というか、なんで俺のベッドでお前が我が物顔してんだよ全体的に自由過ぎるだろ……まぁ、俺も昨夜の疲れが残っててまだ少し眠いし、女の子と一緒に寝るってのは大歓迎なんだけどさ」

 

 なんか状況的には、俺が一緒に本を読んであげていたら眠くなってしまったといった、まるで小さな子供の微笑ましい光景のようにも見えるが、その本がエロ本だという事で一気に台無し感がある。

 

 俺がベッドの中に潜り込むと、あるえは満足気な顔で寄り添ってきて、静かになる。

 そして、少しすると静かな寝息が聞こえてきた。

 

 おそらく、こうやって誰かと添い寝するという事も中々ないので、小説のためにそういう体験もしてみたいという事もあるんだろうが、こんなすぐ寝てたら体験も何もないだろうに。

 

 というか、やっぱりこいつ無防備過ぎないか。

 ゆんゆんやめぐみんと一緒に寝た時もあるけど、向こうから誘われたのは初めてだ。それに、あるえが薄着ということもあって、胸やら何やらの感触だったり体温がかなり生々しく伝わってくる。紳士な俺じゃなかったら大変なことになってるところだ。

 

 そんな事はお構いなしに、普段とは違った子供らしい無垢な表情で俺にくっついたまま眠るあるえの寝顔を、俺はほっこりとしながら眺めていたが、次第に俺の瞼も重くなってきて――――

 

 

***

 

 

「兄さん! もしかして寝てるの? 兄さんってば!!」

 

 

 ドンドンという扉を叩かれる音と、呆れたような妹の声が聞こえてくる。

 まだ重い瞼を少しだけ開けてみると、そこには見慣れない天井が…………いや、そこそこ見慣れてるな。俺が王城に泊まる時はいつもあてがわれるお馴染みの部屋だ。

 

 俺はまだ覚醒しきっていないぼーっとした状態でベッドから出ると、のそのそと扉まで歩いて行き開けてやる。

 

「なんだよ、ゆんゆん。お兄ちゃん結構疲れてるから、悪いけどデートならまた今度に……」

「そ、そんな事お願いしに来たんじゃないから! もう、まだ寝ぼけてるの!? 外を見てよ、もう夕方よ?」

「…………ホントだ」

 

 窓に目を向けてみると、寝る前はまだ昇りきっていなかった太陽がもう大分傾いていて、オレンジ色の柔らかな光が差し込んできている。

 そんな俺の反応に、ゆんゆんは呆れ顔で溜息をついて。

 

「まったく、もうとっくに里に帰る予定の時間は過ぎてるわよ? 皆待ってるんだから、早く支度して来てよね」

「あー、それで呼びに来たのか、悪い悪い。じゃあちょっと待っ」

「まぁ、待ってください。お兄様はお疲れのようですし、もう一泊ほどしていってはいかがでしょうか!」

「えっ、ア、アイリスちゃん!?」

 

 突然、ゆんゆんの背後からアイリスが楽しげな笑顔で現れ、そんな事を提案してくる。

 ふむ、もう一泊か。俺は少し考えると。

 

「よし、それじゃあお言葉に甘えて……」

「ダメだから!! 簡単に流されすぎよ! もうお祭りも近いんだし、何日も外泊なんてしてる暇ないでしょ!!」

 

 俺の言葉を遮って、ゆんゆんがダメ出ししてくる。

 わ、分かってたよそのくらい……言ってみただけだって……。

 

「あー、悪いアイリス、今日はもう帰るよ。また今度な?」

「むぅ……そうですか。そういう事なら仕方ありません……お兄様には、私が聖剣を使いこなすところを見ていただきたかったのですが……」

「それもまた今度絶対見に来るからさ! だから今日は…………ん、今何て言った? 聖剣?」

「はいっ!」

 

 アイリスは満面の笑みで、腰に下げていた剣を見せてくる。

 その美しい鞘と、ビリビリとくるほどの強烈な魔力は、紛れも無く……。

 

「お、おい、これ本物の聖剣じゃねえか! 何でこんなもん、アイリスが持ってんだよ!」

「ア、アイリスちゃん? これはオモチャとかじゃないんだよ……? ど、どこからこんな物持ってきたの?」

「ララティーナがこれをお父様に返す時に、私もその場におりまして。鞘がとても綺麗でしたので、お父様に『これ欲しいです!』と言ったら、お父様も『もちろんいいぞ!』と。お兄様から教わった上目遣いのおねだりが効いたようです!」

「兄さんのせいじゃない……」

「えっ、お、俺のせいなの!? 待て待て、それ以前に国王がいくら何でもちょろすぎるだろ!! 娘に甘いってレベルじゃねえぞ!! 周りは止めなかったのか!?」

「止めていましたが、お父様が押し切っていました。ただ、お父様としては私を前線に立たせるつもりはなく、あくまで聖剣は護身用にとの事のようですが」

「ご、護身用に神器持たせるとかどんだけ娘が可愛いんだよ……いや、気持ちは分かるけどさぁ……」

 

 ……あれ、でも、そもそも俺が聖剣を盗んだりしなければ、アイリスがそれを欲しがるなんて事もなかっただろうし、元はといえば俺のせいなのか……?

 い、いや、まず聖剣を盗むことになったのはクリスに頼まれたからだし、元凶はあいつだ! 俺は悪くない!!

 

 俺が心の中で責任逃れをしていると、アイリスは拳を握って。

 

「もちろん、私は護身用に聖剣をもらったわけではありませんよ! これでもっともっと強くなって、少しでも早くお兄様を前線に連れて行く計画を成功させてみせます!! 聖剣には無事使い手として認められましたし」

「えっ!? ア、アイリスってその聖剣を使えるのか!?」

「あ、そっか、アイリスちゃんって王族だし勇者の血を引いてるもんね。聖剣を使えても不思議じゃないよね」

「えぇ、もしもまた賊がこの剣を盗もうとやって来たら、その時は斬り捨ててみせます! 昨夜の賊騒ぎの時も、魔法でお手伝いしようと思ったのですが、周りの者達が必死に止めてきまして。強行突破しようとも思いましたが、私を外に出したら彼らが責任取らされてクビになってしまうとのことで……終いにはクレアまで半泣きで止めに来たので、仕方なく大人しくしていたのです」

 

 そう残念そうに言うアイリスに、俺は冷や汗をかきながら、もう何があっても王城にケンカを売るのはやめようと心に誓う。ゆんゆんは呆れ顔でそんな俺を見ている。

 

 しかし、昨夜は思っていたよりもギリギリの綱渡りをしていたらしい。

もしも、あの場にアイリスまで駆けつけて、あのとんでもない魔法をぶっ放してきたりしたら本当に洒落にならなかった……。

 

 すると、アイリスは何かを思い出したように。

 

「あ、でも、聖剣を盗むのはもちろん許されることではないですが、アクシズ教の教義に関しては私も少し共感した部分もありましたし、あの宣伝に関しては多少大目に見ても良いのではとも思っているのですが、お二人はどうでしたか?」

「ア、アイリスちゃん、アクシズ教の教義に共感したの……? あれって兄さんが普段言ってることと同じくらいろくでもない事ばかりだと思うんだけど……」

「俺あそこまで酷いこと言ってるか!? あれと比べたら、もう少しマシだと思うんだけど…………で、アイリスはアクシズ教のどの部分に共感したんだ?」

「そこに愛さえあれば年齢や身分など関係ないという所です!」

 

 明るい笑顔でそんな事を言ってくるアイリス。

 そして、何故か俺の方に冷たい視線を送ってくるゆんゆん……俺が何したって言うんだ……。

 

 アイリスは拳を握りしめて力説し始める。

 

「もちろん、アクシズ教の全てを肯定するわけではありません。皆が皆、自分の好きなことだけをしていては、国というものが成り立たないですから。ですが、恋愛に関しては本人の好きなように全てが許されるべきだと思うのです! ゆんゆんさんだって、兄妹での恋愛が許されれば嬉しいでしょう?」

「そこで私に振るの!? そ、そもそも、私と兄さんは、兄妹といっても血は繋がってないし、別に何も問題は……」

 

 顔を赤くして小さな声でぶつぶつ言うゆんゆん。

 本人は俺に聞こえないように言っているようだけど、バッチリ聞こえてます。盗聴スキルなんて持っててすみません。

 

 ただ、俺としてもその辺りに関しては大方アイリスと同意見だ。

 

「そうだな、アクシズ教の奴らが言っているように誰でも自由に恋愛できるようになれば、ゆんゆんとめぐみんだって結婚できるようになるかもしれないし、俺もそれなら大歓迎だな。ゆんゆんをどこぞの馬の骨に取られずに済むし、めぐみんが妹になるってのも悪くない」

「まだそれ言ってるの!? だから何度も言ってるけど、私とめぐみんはそんなんじゃ」

「いいではないですか! そうですね、ゆんゆんさんとめぐみんさんはお似合いですし、結婚するべきだと思います!! 安心してください、王族の力を使って何とか法を変えられるように頑張りますから!!」

「アイリスちゃん!? なんでそんなにやる気出してるの!? ね、ねぇ、もしかして、私とめぐみんがくっつけば、兄さんを独り占めできるなんて思ってるんじゃ……」

「…………思っていませんよ?」

「なんで目を逸らすの!? その誤魔化し方、何だか兄さんみたいなんだけど!!」

 

 アイリスも中々したたかになったものだ。うん、でもこういう所は、将来国を動かす者なら備わっていても損はないはずだ。外交でもきっと役に立ってくれるだろう。

 

 アイリスはニコニコと上機嫌に言う。

 

「この自由恋愛に関してだけは、クレアも理解を示している様子でしたし、結婚に関する法改正もそう遠い未来の話ではないかもしれません。期待していてください」

「えっ、ク、クレアさんまで乗り気なの!? ちょっと意外かも……」

「…………なぁアイリス、クレアは自由恋愛のどの部分に共感してた?」

「えっと、確か…………年齢と性別と身分のところでした。でも、それが何か?」

「いや、ちょっとクレアに話ができただけだから気にすんな」

 

 あの女、俺よりよっぽど危険人物じゃないか……? アイリスの身が心配だから、妙な真似をしないようにちゃんと釘を刺しておかないと。

 

 どんなネタでクレアを脅そうかと考えていると、ゆんゆんがふと何かを思い出した様子で。

 

「あ、そうだ兄さん、あるえ知らない? 呼びに行ったんだけど、部屋にいないみたいで。皆も見てないって」

「あるえ? あいつなら…………」

 

 そこまで言って、固まった。

 ……あれ、そういやあるえの奴、俺の部屋で寝てるんだったっけ…………こ、この状況、二人に見られたら結構やばいんじゃないか?

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 いや待て、あるえはただ寝てるだけだ、何もやましい事なんてしていない。

 それなら堂々としているのが正解なんじゃ…………。

 

 そこまで考えた時、部屋の中からごそごそと布が擦れ合う音が聞こえてきて。

 

 

「ふぁぁ…………ん、そこにいるのは、ゆんゆんと王女様かな。どうしたんだい、また先生を巡って修羅場とか?」

 

 

 眠そうなその声に、ゆんゆんとアイリスは部屋の中を覗き込んで…………ベッドから出てきたあるえと目が合った。

 そして、あるえはただ寝ていただけだから何も問題ないはずだと、楽観的に考えていたことを心の底から後悔した。

 

 まだ眠そうにあくびをしているあるえ。

 着ているブラウスは乱れ、上からいくつかボタンを外していることで、その豊満な胸の谷間と黒いブラが覗いている。

 加えて、下はスカートを穿いていないので、ブラウスの裾から白く細い足と共に黒いパンツが見え隠れしている。

 

 うん、どう考えてもアウトです、本当にありがとうございました。

 

 ガッ! と、ゆんゆんが俺の胸元に両手で掴みかかり、真顔でじっと見つめてくる。

こわいこわいこわい!!

 

「ま、待て、落ち着け! これには深い理由があるんだって、とりあえず話を聞いてほしい!!」

「兄さんって放っておくと本当にろくなことしないよね、もうどうしたらいいのかな? カメラでも取り付けて四六時中監視するしかないのかな? それとも、身動きを封じてどこかに監禁するしかないのかな? 大丈夫、私は兄さんの妹だから。責任持って兄さんの全ての世話はしてあげるから……」

「おっと、これは中々面白そうなことになっているね。先生、カメラはどこですか?」

「撮ってる暇あったらこの状況を何とかしろおおおおお!! お前のせいだろうがあああああああああ!!!!!」

 

 あるえの相変わらずのマイペースっぷりに、こっちは必死で叫んでいると、アイリスが苦笑を浮かべて。

 

「ゆんゆんさん、まずは話を聞いてみましょう。お兄様はこう見えて誠実なところもあります。そう簡単に教え子に手を出すなんてことはしないと思いますよ」

「ア、アイリス……分かってくれるか……!」

「えぇ。まぁ、もしも本当に手を出していたら、王族の権力を使って少々アレして本格的に囲って逃げられなくしますけど、私はお兄様を信じていますから」

「ありがとな……俺のことを信じてくれるのはアイリスだけ…………ちょっと待て。今権力を使ってアレするって言ったか? 何する気なの?」

 

 俺の言葉に無邪気な笑顔で首を傾げるアイリスに背筋が凍る。

 どうしよう、目的のためには手段を選ぶなってのは教えてきたけど、今になって何だか取り返しの付かないことをやっちゃった感がある。この国の王女様は大丈夫なのだろうか。

 

 どんどんややこしくなっていく状況を、あるえはしばらく楽しそうに眺めていたが、少ししてようやく助け舟を出してくれた。

 

「二人共、安心していいよ。私が先生の部屋を訪ねたのは、映画のことで少し話したい事というか、謝りたいことがあったからなんだ。その後、先生と一緒に本を読んでいたら、眠くなってしまってね。無理言ってここで寝かせてもらったってわけさ」

 

 あるえの言葉を聞いて、ゆんゆんとアイリスは俺の方を見てきたので、コクコクと何度も頷く。

 二人はそんな俺とあるえを交互に眺めて……やがて安心したように息をついた。

 

「なんだ、そんな事だったんだ。あるえが映画のことで兄さんに謝りたかった事っていうのも大方予想付くし……」

「あるえさん、映画で何かやってしまったのですか? もし撮り直しなどの必要があるのでしたら、言ってくださればいくらでも協力しますよ?」

 

 気遣わしげに言うアイリスに、俺は慌てて。

 

「あ、い、いや、アイリスは気にしなくていいぞ! そんなに大したことじゃないから!!」

「そうですか? それならいいのですが、遠慮はしなくていいですよ?」

「そ、そっか、ありがとな。何かあったら、その時は頼むよ」

 

 ウチの生徒達は、昨夜俺やあるえがやらかした事は大体知っているのだが、アイリスはまだ知らない。

 別にアイリスに言ったところで、それを誰かにバラして大事にすることもないだろうし、隠す必要もないのかもしれないが、秘密というのは意図せずとも何かの拍子に漏れてしまう事が多いので、わざわざそのリスクを高める必要はないと思ったのだ。

 

 すると、ゆんゆんは少し意外そうな表情をこちらに向けて。

 

「でも、兄さんがあるえに本を読んであげるなんてね。どういう風の吹き回し?」

「えっ、あー……べ、別に俺が読んであげたってわけじゃないんだけどな、あるえが勝手に読んでたっていうか…………それに、俺だって昔は寝る前にゆんゆんに本読んでやったりしただろ? 俺は基本的に面倒見の良いお兄ちゃんなんだよ」

「うん、ぼっちの勇者が魔王になっちゃうお話を何度も読んで『お前も将来の魔王候補だな! あははは!!』とか笑ってたわね」

「お、お兄様……それは……」

「流石は先生、実の妹にその鬼畜っぷりは中々真似できませんよ」

「ち、ちがっ、それはだな、ゆんゆんを何とかぼっちから脱却させたいが為の愛のムチというやつで……!」

 

 ジト目でこちらを見るゆんゆんや、ドン引きしているアイリス、そして満足気に頷いているあるえに慌てて弁解する。

 でもゆんゆんって可愛くていじめたくなっちゃうんだよ、めぐみんなら分かってくれると思う!

 

 そんな感じに心の中で言い訳をしていると、アイリスが何かを期待したような好奇心に満ちた表情であるえに尋ねる。

 

「それであるえさん、お兄様と一緒に読んだ本というのはどういった物なのですか? 紅魔の里にある本は時々お兄様が持ってきてくださいますが、どれも面白い物ばかりでしたので、もしよろしければ私も読んでみたいなと!」

「あぁ、これだよ。純粋に書物としての完成度が高いから、私からもオススメだよ」

「ばっ……!!」

 

 俺が止めるのも間に合わず、あるえは気軽な様子で、それを…………エロ本を渡してしまった。何やってんだこのバカは!?

 その表紙を見た瞬間、アイリスの顔がほんのりと赤く染まって。

 

「こ、ここここれは、もしかして……あっ!! ゆ、ゆんゆんさん、それはあるえさんが私に貸してくださった物ですよ!? 返してください!!」

「ごめんねアイリスちゃん、これ多分年齢制限かけられてるような物だと思うから、先にちょっと確認させてね」

 

 ゆんゆんが、動揺するアイリスの手から本を取り上げ、パラパラとページをめくる。

 その間、俺はただ床を見つめたままじっとしている事しかできない……もう完全に、審判を待つ罪人の状態だ……。

 

 少しして、パタンと本を閉じる音が聞こえてきた。

 その音は、俺からすれば裁判長が罪状を言い渡す前に鳴らす木槌の音のようだ。

 

 俺は床から視線を上げて、恐る恐るゆんゆんの方を見てみると、我が妹はにっこりと穏やかな笑みを浮かべていた。

 そして。

 

 

 次の瞬間、至高のエロ本は目の前で無残にも破り捨てられた!!

 

 

「「ああああああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 

 俺とあるえの絶望的な悲鳴が部屋に響き渡った。

 

 

***

 

 

「お前はあの本の価値を何も分かってない! 何も破らなくたっていいだろ!! 妹物だったら許してくれるくせに!!」

「まったくだよ! 自分は夜な夜な兄を思って自慰にふけっているくせに、エロ本の一つや二つも許せないのかい!?」

「妹物でも許したりしないわよ! 兄さんで自慰もしてない!! これ以上バカなこと言うなら、あるえの両親にさっきのこと言うわよ!!」

「「ぐっ……!!」」

 

 ゆんゆんの返しに、俺とあるえは言葉を詰まらせる……そ、それは卑怯だろ……。

 

 王城を出た俺達は、夕暮れ時の王都を転送屋に向かって歩いている。

 アイリスはそこまで俺達を見送りたかったらしいが、クレアもレインも留守にしているので許されなかったようだ。

 

 気になるのは、アイリスが割と大人しく引き下がったところだ。いつもなら、もう少し食い下がるような気がするが……一応、クラスの皆とは俺が寝ている間に色々と遊んでもらったあと、別れも済ませていたようだが。

 

 アイリス曰く、またすぐ会えるからとの事だが…………もしかして、祭りに来るのかもしれない。クレアはあまり良い顔はしていなかったように思ったけど……。

 

 その後もギャーギャーと言い争いながら、転送屋の扉を開くと、そこではクラスの皆が「やっと来たか」と言いたげな顔で俺達を待っていた。

 そして、めぐみんは呆れ顔で。

 

「そんなに騒いでどうしたのですか。あるえまで声を荒らげるなんて珍しいですね」

「私だって怒るよそれは。聞いてくれるかいめぐみん、私と先生が感銘を受けた貴重な本を、このブラコンが破ってしまったんだよ。おそらくゆんゆんの事だから、その本に可愛いヒロインがいたのがまずかったんだろうね。『例え空想上の女の子でも、兄さんが私以外の女の子を見るなんて許せない!』という事なんだろう」

「ゆんゆん……流石にそれはブラコンこじらせ過ぎてて私も引くのですが……」

「ちちちち、違うから!!! そんな事思ってやったわけじゃないから!! 兄さんがあるえに……そ、その……え、……っちな……本を…………」

「え、なんだって? どんな本だって? 聞こえないぞゆんゆん、恥ずかしがってないでもっと大きな声でいてててててててっ!!! わ、悪かったって!!!」

 

 顔を真っ赤にして涙目になったゆんゆんが掴みかかってきたので仕方なく謝っておく。

 

 生徒達は今のやり取りで大体何があったのかは分かったらしく、「またか」とでも言いたげな呆れた顔で溜息をついている。

 ……なんかもう、俺のことは色々と諦められてる感が虚しい。

 

 一方で、ふにふらとどどんこは、あるえに意外そうな目を向けて。

 

「なになに、ゆんゆんやめぐみんならともかく、あるえが先生と二人きりでそんな事してたの?」

「うん、意外というか何というか……そういうのに関わってるのは、大体いつもゆんゆんとかめぐみんなのに……」

「おい、人のことをいつも先生とエロいことしてるように言うのはやめてもらおうか」

「わ、私だって兄さんとそんな事ばかりしてるわけじゃないよ!!」

 

 何か反論している二人は置いといて、皆の視線があるえに集まる。

 あるえの方は特に何も気にしていない様子で。

 

「確かにエロ本には興味があったし、先生と一緒に読んだのも事実だけど、単に小説に活かせると思ったからで、それ以上でもそれ以下でもないよ」

「……つまり、先生とどうこうなった……っていうわけじゃないんだよね?」

「うん。そもそも、二人は私にそんな浮いた話があると思うのかい?」

 

 あるえがそう尋ねると、ふにふらとどどんこの二人はほっと安心したように息をついた。

 

「はぁ、そっか、そうだよね。もー、驚かせないでよ、あるえって何考えてるか分からないけど、スタイルはあたし達の中でも一番だし、また強力なライバルが増えちゃったかもってちょっと焦ったじゃんかー」

「うんうん、案外あるえみたいな子が一番厄介だったりするからね……ゆんゆんは放っておいてもろくに進展しそうにないし、めぐみんは放っておいても勝手に逮捕されてそうだし」

「それはケンカ売ってるんですね? いいでしょう、買ってやりますとも! ちょっと表出ましょうか!!」

「し、進展しないって……うぅ、その通りなんだけど……」

 

 青筋を立てて目を紅く光らせて激昂するめぐみんに、もじもじと何か言いたそうにしながらも何も言い返せずにいるゆんゆん。

 

 めぐみんに絡まれて騒いでるどどんこを尻目に、ふにふらは苦笑を浮かべてあるえに言う。

 

「でもあるえらしいわ、そりゃあたしだってそういう事に興味がないわけじゃないけどさー、だからって先生と一緒にエロ本読もうだなんて思わないって。まぁ、本当に読んじゃう先生も先生だけど……」

「あ、あぁ、それは今思えば俺もどうかしてたわ……というか、教え子とエロ本読むってのがあそこまで居心地悪いものだと思わなくて油断してた。普段はお前らにセクハラばっかしてるし、今更エロ本読むくらいどうって事ないと思ってたんだけどなぁ」

「ねぇ兄さん、まず普段からセクハラばかりしてるって時点でおかしいんだけど、そこは分かってる?」

 

 ゆんゆんの言葉は軽く聞き流していると、あるえは普段通りの淡々とした口調で。

 

「私からすれば、一緒にエロ本読んだくらいで騒ぎ過ぎだと思うよ。そもそも、私としてはもっと踏み込んで、実際に結婚だったり性行為だったりを体験してみたかったんだけどね。そこは先生に断られてしまって残念だったよ」

「「えっ」」

 

 あるえの発言に、周りの視線が俺とあるえに集中する。

 こ、こいつ、何の前触れもなくとんでもない爆弾落としやがった……!!

 

 めぐみんも、どどんこに掴みかかったまま、顔を引きつらせてこっちを見て。

 

「い、今なんて言いました? あるえは、先生と結婚だったりその先まで行こうとしたのですか!?」

「うん。そうだけど」

 

 相変わらず表情も変えずに淡々と言ってのけるあるえに、ゆんゆんがわなわなと震えながら恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「つ、つまり、その……あるえは兄さんのことが好きってことなの……?」

「いや? 別にそういうことではないけど。そもそも、そういった感情はまだよく分からないし」

「えっ……で、でも、兄さんと結婚とか、その、えっちな事とか……しようとしたんだよね?」

「うん、そうだよ。私は先生と結婚やセッ○スをしてみたかったんだ。でも、別に先生のことを男性として愛しているというわけではないよ」

「ごめん私、あるえが何言ってるのか全然分からないんだけど!! ねえこれ、私がおかしいわけじゃないよね!?」

 

 普段は里で変わった子扱いされてるからか、ゆんゆんはすがるような表情で周りに確認をとる。

 そして、周りも引きつった表情でゆんゆんに対して頷いているのを見て、今度は俺の方を見てきた。何とかしろとでも言いたげに。

 

 ゆんゆんに追従するように、他の生徒達からの視線も俺に集まってくる。

 俺はそれらの視線をまともに受けないように目を逸らしながら。

 

「あー……まぁ、世の中いろんな考え方の奴もいるしな。これも個性ってやつで、そこまで何か口出しするような事でもないんじゃないかな、うん」

「ええっ!? こ、個性で済ませちゃっていいのこれ!? 好きでもないのに結婚とかセッ……とかしようとするのは放置しちゃダメだと思うんだけど!! ねえ兄さん、なんで目を逸らすの!? あるえのことはもう手遅れだって諦めてない!? ねえってば!!」

 

 ゆんゆんは俺を揺さぶりながら問い詰めるが、俺は頑なに目を合わそうとはしない。

 とはいえ、このままではいつまでも解放してくれなさそうなので、とりあえず適当な事を言って何とか納得させることにする。

 

「まぁ聞けって。分かってるよ、あるえがどこかおかしいってのは。俺だって、あるえには誰彼構わず結婚だとかそういう事は言うなってのはもう言ったよ。でもさ、根本的な問題である恋愛感情が分からないっていうのは、教師が言い聞かせて教えるもんじゃないだろ? こればっかりは、あるえにとって運命の人ってやつが現れるのを待つしかないと思うんだ」

「そ、それは……そう、かもしれないけど……」

「だろ? あるえも今はこんなんだけど、運命の人と出会えばきっと普通の女の子っぽくなるって。な、あるえ?」

「ふっ、運命の人……ですか。そうですね、いずれ私も輪廻を彷徨う永劫の旅を終えた我が半身との運命の出会いを果たすのでしょう。しかしそれは遥か太古より定められし宿命に基づくものであり、決して偶然などではなく必然である事を、私は既に知っているのですが」

「ねえ兄さん、あるえはまず運命の人って言葉に対する認識からおかしいような気がするんだけど大丈夫なの!?」

 

 もちろん大丈夫じゃないんだろうが、その辺はもう気にしないことにした。多分深く関わっていくとドツボにはまる事間違いなしだ。

 

 そう結論付け、ゆんゆんからの追求をかわしていると。

 

 

「は、離せクリス! 超大型ローパーの討伐クエストなんてそうそうお目にかかれないのだぞ!? これを逃すわけには……!!」

「あんなの駆け出し冒険者でレベルも低いあたし達が行っても何にもできないでしょ! 簡単に捕まっちゃうのがオチだよ!」

「それがいいのではないか、何を言っているんだ!」

「何を言ってるんだってこっちのセリフだよ!!」

 

 

 そんな頭の悪い会話をしながら転送屋に入ってきた二人。

 一人は金髪碧眼でナイスバディな女騎士、もう一人はフードを深く被って顔を隠した起伏の乏しい体型をした謎の少女。

 

 何とも妙な連中だが、どちらも俺の知り合いだ。

 とはいえ、知り合いだからといって必ず関わらなくてはいけないという事もないわけで、俺としてはこいつら……特に金髪の方と話すと精神的に相当疲れるのでここは華麗にスルーを決めることにする。

 

「よし、それじゃもうさっさと里に帰ろうぜ。すいませーん、テレポートの準備を……」

「……はっ。こ、この、他の者とは明らかに違う、鬼畜でスケベな女の敵そのものの禍々しい気配は…………やはりいた!! おいカズマ! 私だカズマ!!」

「うるさいわ!! 何が禍々しい気配だ、人をそんなもんで判断してんじゃねえよコラ!!!」

 

 あんまりな言い草につい反応してしまった。

 

 視線の先には、あっさりと俺のことを見つけ、頬を染めて興奮しているララティーナ。

 そして、その隣にいたフードを被った少女……クリスもこちらに気付いたようで。

 

「あっ、カズマ君、偶然だね。キミもちょうど帰るところ? もう、聞いてよ、またダクネスが変なこと言い出してさ」

「さっきちょっと聞いてたし、詳しくは聞きたくないっての。しっかりしろよ、お前はその変態の飼い主なんだからさ」

「か、飼い主ってやめてよ! あたしまで変な趣味持ってるみたいに思われるじゃんか!!」

「飼い主…………なるほど、そういうプレイも楽しそうだな! 首にロープを巻かれて強引に引きずられる……か、考えただけでもゾクゾクするな!! 流石はカズマ、目の付け所が違う!!」

「ち、違うから!! 俺は別にそこまで考えて言ったわけじゃないから!!! おいだから違うって、お前らもそんな目で見んなよ!!!」

 

 生徒達から集まる白い目に慌てて弁解する。

 それによって、ララティーナとクリスの二人も生徒達の存在に気付いたようで、お姉さんらしい優しげな微笑みを見せる。

 

「生徒の皆も、今回はアイリス様の遊び相手になってくれてありがとう。あれ程楽しそうにしているアイリス様を見たのは私も初めてだ」

「へぇ、この子達がカズマ君の教え子かぁ……そういえば、城にいるのを見たね。王都は楽しかった?」

 

 そんな二人の言葉にめぐみんが首を傾げて。

 

「まぁアイリスと遊んであげるくらい別に構わないですし、私達も楽しかったので良いのですが…………えっと、クリスと言いましたか? 顔がよく見えないのですが、私達、どこかで会いましたか? 一昨日の戦勝パーティーの会場にいたとか?」

「え……あっ!! い、いや、その……う、うん、そうだよ! ダクネスの連れってことでちょっとだけ城に入れさせてもらってさ、その時に一方的にちらっと見たんだよ!! 挨拶できなくてごめんね!!」

 

 フードの奥で冷や汗をかきながら目を泳がせてそんな言い訳をするクリス。

 そして、そんな迂闊な相棒にハラハラとした様子で落ち着きをなくしているララティーナ。

 

 クリスが城で生徒達を見たっていうのは、昨夜のことだろう。

 義賊モードで囮として正門前に現れた時、そこには城中の者達がそこへ集まり、生徒達も正門の上で格好良いことを言っている義賊を目撃している。その時に、向こうも彼女達を見たのだろう。ちょうど、生徒の近くにいた俺に視線で合図も送ってたしな。

 

 ついでに言うと、めぐみんなんかは以前も義賊モードの時に会っていて、会話もしている。めぐみんが騎士団に仮入団した時のことだ。下手なことを話せばすぐに正体がバレる危険がある。

 この場で……というか、おそらくこの世界で銀髪の義賊の正体を知っているのは俺とララティーナだけだ。そして、出来ればこれ以上は増やしたくはないだろう。

 

 ただし、相手は高い知力を持つ紅魔族。

 その中でも随一の天才と言われるめぐみんは、探るような視線をクリスに向けて。

 

「……ところで、ずっと気になっていたのですが、そのフード……」

「っ……あ、ご、ごめんね? ほとんど初対面なのに、こんな顔を隠すようにして……で、でもね、これは、えっと、のっぴきならない理由があってね……」

「ふっ……皆まで言わなくてもいいですよ。全部分かっていますから」

「っ!?」

 

 めぐみんの不敵な笑みに、クリスはビクッと震える。

 やっぱりバレるか……まぁ、そうだよな。めぐみんは普段はアレだが、頭は良い。ここまで怪しいのに流石に気付かないわけないか。

 

 めぐみんはそのまま確信のある口調で得意気に言う。

 

 

「外の人達は皆センスがないと思っていましたが、あなたは分かっているではないですか。フードで顔を隠してミステリアスな雰囲気を出す、中々イケてると思いますよ。ナイスファッションです」

「えっ…………あ、う、うん、そうだよ! これはファッションなんだよファッション! ふふ、このあたしのセンスが理解できるなんて、流石は紅魔族。分かってるね!!」

 

 

 ……なんだろう。

 昨夜のことといい、こいつは頭は良いはずなのに色々とズレてる。いや、爆裂魔法なんてものを覚えようとしている時点で今更か、やっぱりこいつはバカなのかもしれない。

 

 ただ、昨夜と違って今回はめぐみんだけがズレているわけではないらしく、他の生徒達もめぐみんの言葉にうんうんと頷いている。

 あれか、紅魔族特有の、格好良ければ他は何でもいい的なところが出ちゃってるのだろうか。

 

 クリスからすれば意外過ぎる展開だったろうが、上手く誤魔化せるチャンスだと判断して、戸惑いながらも乗っかることにしたようだ。

 

 そんな中、里では変わり者扱いされているゆんゆんは、皆の反応に焦った様子で。

 

「ちょっと待って、ファッションなのこれ!? 皆はこれが格好良いって思ってるの!? 全然そう思わない私がズレててセンス悪いの!?」

「「うん」」

 

 その疑問に、めぐみんだけではなく他の生徒達も「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな顔で頷き、ゆんゆんは涙目になる。

 しかし、このまま変な子扱いされるのは嫌なのか、ゆんゆんは今度は俺とララティーナの方をすがるような目で見てくる。

 

 俺とララティーナは一瞬だけ目配せして。

 

「あー、まぁ俺もこういうファッションがあってもいいとは思うよ、うん」

「そ、そうだな、これはこれでありというか、その、わ、悪くはない……と思う……」

 

 俺達の言葉を聞いたゆんゆんは、絶望的な表情で立ち尽くしてしまった。

 

 いやもちろん、こんなもんをファッションだとか思うセンスは俺やララティーナにはないんだが、クリスの正体を隠すには、皆と話を合わせておくのが一番良かったわけで…………あ、あとでゆんゆんにはフォロー入れておこう……。

 

 ゆんゆんを不憫に思いながら、そんな事を考えていると、ふと袖がくいくいと引っ張られるのを感じる。

 

 そちらを見ると、あるえがじっとこっちを見ていた。

 何かと思っていると、あるえはそっと皆から少し離れた所まで俺を引っ張ると、耳元に口を寄せて。

 

「あのクリスって人が銀髪の義賊ですね」

「ぶっ!!」

 

 直球すぎる言葉に、思わず吹き出してしまった。

 こ、こいつ……相変わらずぼーっとしてるくせに、こういう所は無駄に鋭いな……。

 

 一瞬どうにかして誤魔化せないかとも考えるが、あるえの目を見て無理だと悟る。こいつは本当に厄介だ。

 

「……やっぱり分かるか?」

「えぇ。聖剣をララティーナさんが返しに来たという事から、先生と義賊、そしてララティーナさんが繋がっているというのは何となく分かっていましたし。その上で、こんなあからさまに怪しい態度をとられては、もうそれ以外考えられませんよ」

「そ、そっか……あのさあるえ、分かってるとは思うけど、これは内緒に……」

「大丈夫ですよ、誰かにバラしたりはしませんって。ただ、義賊の体験談なんかにはとても興味があります。先生が仲介してくれればスムーズに話が進みそうですし、お願いしますよ」

「わ、分かった分かった。今は色々と忙しいし、その内な……」

 

 もう何というか、こいつには手玉に取られてばかりな感じがする。

 普段はこの俺が誰かに一方的に押されるなんてことはなく、大体は相手の弱みを握って脅して立場逆転ってパターンが多いんだけど、こいつの場合は掴みどころがなくてどうも上手くやられてしまう。アクシズ教徒もそうだけど、俺にとって天敵ともいえる相手かもしれない。

 

 そんな事を思いながら溜息をついていると、あるえはおもむろに左目の眼帯を上にずらすと、じっとクリスのことを観察しながら。

 

「……先生。我が真眼にて見通した所、あのクリスって人、義賊以外にもまだ何か隠している正体がありそうな気がします」

「何だそりゃ、あいつはララティーナの友達であって、駆け出しの街の冒険者で、王都を騒がす銀髪の義賊だぞ? もう十分だろ、これ以上何があるんだよ」

「いえ、具体的には分かりませんが……ですが、我が真眼は絶対です。必ず何かありますので、今後あの人と関わることがあれば、先生からもそれとなく探ってみてください」

 

 やけに確信のありそうな口調でそんな事を言うあるえ。

 もちろん、こいつにそんな大層な真眼とやらがあるわけもなく、その真眼の力を封じてるとかいう眼帯も里の雑貨屋で298エリスで売ってるような安物なんだが。

 

 ……でも、こいつの言葉ってなんか妙に説得力があるというか、何かありそうな感じがするんだよな。

 

 そうやってあるえと話をつけて皆のところへ戻ると、ちょうどララティーナとクリスの二人は、転送の順番が回ってきたようで魔法陣へと向かっていく。

 

 あぁ、そういや俺達まだテレポートサービスの申請してなかったな。ぶっちゃけ、俺がちょっと里までテレポートで行って、他の紅魔族に王都まで来てもらって何人かで協力すれば生徒全員を里に送ることはできるんだけど、今は祭りの準備で皆忙しいだろうし頼むのも気が引ける。

 

 魔法陣の中へと入ったララティーナとクリスはこちらを向いて、別れの挨拶をする……のかと思いきや、ララティーナがふと何か良い事を思い付いた顔で。

 

「そうだカズマ、どうせなら私達と一緒にアクセルまで来て、ちょっとクエストでも受けてみないか? クリスのせいで大型ローパーのクエストをお預けされて、体が火照って仕方ないんだ。もちろん、教え子達も連れて来て、今日は私の屋敷にでも泊まればいい」

「いやお前何言って」

「それはいいですね!」

 

 そう言って何やらテンション上げだしたのはあるえだ。

 

「先生とララティーナさんの組み合わせとか、絶対何か面白そうなトラブルに巻き込まれるに決まっています! ぜひ見てみたいです!! 皆だって、他の街を見てみたいだろう? しかも、夜は大貴族ダスティネス家のお屋敷に泊まれるんだよ?」

 

 その言葉に、他の生徒達もそわそわと落ち着きを無くし始め、期待を込めた目でこっちを見てくる。あるえの奴……また勝手に面倒なことを……!

 

 俺は腕を組んで断固として譲らないという考えを見せつけながら。

 

「ダメだダメだ。もう紅魔祭まで時間ねえんだから、ロケはこれで最後! どうしても行くってんなら、映画を今撮ってある所までで強制的に終わりにさせるからな。『俺達の戦いはこれからだ!』みたいに」

「くっ……わ、分かりましたよ……」

 

 流石にそれは嫌なのか、あるえも渋々ながらも諦める。

 それから俺は、残念そうにしているララティーナに。

 

「悪いな、そういうわけだから、今回は無理だ。また今度な」

「仕方ないな…………だが、約束を忘れるなよ! 昨夜お前が、『その内パーティーを組んで、色々なプレイをしてやる。覚悟しとけよ』と言ってくれたこと、私はずっと覚えているからな!!」

「そこまで言ってねえよ!! 俺はただパーティー組んでやるって言っただけで……お、お前らもそんな目で見んなって、違うって言ってんだろ!!! だああああ、もう、クリス!! さっさとその変態を連れてけ!!!」

「はいはい、ほらダクネス暴れないでってば。すいませーん、テレポートお願いしまーす」

「待て、私の話は終わってないぞ! おいカズマ、もしいつまでも来なかったら、こちらから紅魔の里へと乗り込ん」

 

「『テレポート』!!」

 

 言葉の途中で、転送屋のおっちゃんの魔法によって二人は光に包まれた後、跡形もなく消えてしまった。アクセルへと転送されたのだろう。

 

 ようやく変態もいなくなったので一息つきながら、俺達もテレポートで里まで送ってもらおうと思っていたのだが。

 …………なんだか嫌な視線を感じる。周りを見てみると、どうやらゆんゆん、めぐみん、ふにふら、どどんこの四人からのもののようだ。

 

「な、なんだよ、もしかしてまだララティーナが妙なこと言ってたのを気にしてんのか? だからあれは、あいつが勝手に俺の言葉を曲解してただけなんだって。お前らだって、あいつがおかしいのは知ってるだろ?」

 

 そう説明するが、四人は険しい顔を崩さない。

 すると、めぐみんがこちらをじっと見たまま尋ねてくる。

 

「でも、パーティーを組むと約束したのは本当なのでしょう?」

「あー、まぁ、そうだけど……お前らが全員卒業したらその内にって話だぞ? 別に教師辞めて本格的に冒険者始めるってわけじゃないよ」

 

 俺がそう言っても、四人はまだ何か複雑そうな表情でひそひそと話し合いを始めてしまう。

 居心地の悪さを感じながら反応に困っていると、ゆんゆんがじっと俺の目を見て。

 

「兄さん、一昨日のパーティーの時は、ララティーナさんからパーティーに入ってもらいたいって言われても相手にしてなかったのに、何だか態度が軟化してない?」

「そ、それは……何というか、あいつにはちょっと借りができちまってな。それを返そうと思っただけだよ、別に深い意味はないっての」

「そうやって律儀に借りを返そうとするのも先生にしては珍しいですよね。先生のことですから、例え借りがあっても色々と理由をつけて踏み倒すことも平気でやりそうですのに」

 

 失礼極まりない言い草だが、否定出来ないのが悔しい……。

 すると、ふにふらとどどんこも訝しむような視線を向けてきながら。

 

「それに、先生ってララティーナさんへの扱いが悪いように見えて、何だかんだ結構楽しそうにしてますよね……」

「うんうん、端から見てるとやっぱり相性良いようにしか……」

「ま、待てって、お前らまで俺とあの変態が相性良いとか言うのかよ! べ、別に楽しそうにもしてねえし!!」

 

 俺が全力で否定するも、めぐみんが呆れた様子で。

 

「何をツンデレのテンプレみたいな事を言っているのですか。考えてみれば、先生だって隙あらば女性のパンツを剥ぐ変態ですし、変態同士で相性が良くても不思議ではないと思うのですが」

「そんな事ねえよ! 男が女のパンツに興味持つのは普通のことだろ!! あいつのアブノーマルな性癖と一緒にすんな!!」

「兄さん、例え興味があっても本当に手を出すのは明らかに普通じゃないわよ。まったくもう、変態だとか思われたくないなら、もう少し自重してよ。妹の私まで変な目で見られるじゃない」

 

 ぐうの音も出ない。

 ゆんゆんの言葉には、ふにふらとどどんこも苦笑いを浮かべて。

 

「あー、うん、確かにあたし達も最初はゆんゆんの事、先生の妹ってことでかなり警戒しちゃったよ。でも、今はちゃんとゆんゆんの事分かってるから大丈夫だよ!」

「心配しなくてもいいよゆんゆん、どれだけ先生がやらかしても、私達はそれでゆんゆんの事までどうとか言ったりしないよ!」

「ふにふらさん……どどんこさん……!」

「なんですか二人共、もしかしてゆんゆんは先生と違ってまともだとか言うつもりですか? この子はこの子でかなりヤバイ所があると思うのですが……」

「「うん、それは知ってる」」

「ええっ!?」

 

 ふにふらとどどんこからの暖かい言葉に感激していたゆんゆんだったが、一気に涙目になる。

 まぁ、ゆんゆんの奴、暴走するとあのあるえまでもがドン引きするような事するからな……将来が色々と心配だ。

 

 すると、何かぶつぶつと言い訳をしているゆんゆんは放置され、めぐみんがこっちの顔色を窺うようにしながら尋ねてくる。

 

「それで、結局あのお嬢様のどこが気に入ったのですか? 胸ですか? やっぱり胸なんですか? 言っときますけど、あの巨乳にチラチラと視線が泳いでいるのはバレバレですからね」

「だから気に入ってねえって何度言えば…………えっ、胸見てんのバレてんの!? マジで!?」

「バレていないとでも思っていたのですか、先生は特に露骨なんですよ。まったく、将来的に私が大魔法使いになって巨乳になったら、あの舐め回すような視線に晒されるのかと思うと、少しだけふにふらが羨ましく思えてきますよ」

「ちょっと待って! 何さらっとあたしの事、一生貧乳みたいに言ってんのさ!! ちゃっかり自分はちゃんと育つって決めつけてるし!! あんたにだけは胸のことでどうこう言われたくないっての!! ねえどどんこ、めぐみんと比べたらまだあたしの方が可能性あるよね!?」

「……うーん、正直ドングリの」

「「こいつ!!!」」

 

 どどんこが言い終える前に、めぐみんとふにふらが跳びかかって悲鳴があがる。

 

「痛い痛い!!! ふ、二人共、胸がどうとか気にしすぎだってば! ほら、アルカンレティアでは『巨乳などはただの醜い脂肪の塊でしかない! おっぱいというのは、膨らみかけこそが至高にして正義なのだ!!』とか力説してたアクシズ教徒もいたし」

「それはフォローしているつもりなのですか!? ケンカ売ってるとしか思えないのですが!! 大体、ふにふらやどどんこのような当て馬にどんな胸が付いていようが何の意味もありませんから!!」

「めぐみんが言っちゃいけない事言った!! わ、私は当て馬じゃないから! 先生は、あんたみたいに面倒事ばかり起こす子より、私みたいな普通の子に癒やしを求めるんだから!!」

「あ、あたしだって当て馬なんかじゃ…………ていうか、よく考えてみれば、めぐみんだって立場的に危うくなってるじゃん。あんた、ララティーナさんに完全に負けちゃってるじゃん」

「ふん、何を訳の分からないことを。確かにスタイルだけでいえば、現時点では少々不利なところはあるかもしれませんが、それだけでは……」

「だってさ、めぐみんは顔は良いけどスタイルは良くなくて頭がおかしいじゃん? で、ララティーナさんは、顔が良くてスタイルも良くて頭がおかしい。つまり、めぐみんの完全上位互換ってことに」

「ぶっ殺」

 

 取っ組み合いの騒ぎは収まるどころかどんどん大きくなっていく。

 もうこいつらは王都に置いていこうかとも思ったが、店の人達が明らかに迷惑そうな目でこっちを見ているので、仕方なくこの辺りで注意しとく。

 

「おいお前ら店の中で暴れんなって、ケンカなら里でやれ里で。…………ん? どうした、ゆんゆん?」

 

 袖をくいくいと引かれたのでそちらを見てみると、ゆんゆんがほんのりと頬を染めて、上目遣いでこちらを見ていた。

 

「その……兄さんってやっぱり、ララティーナさんみたいな胸が大きい人が好きなの……?」

「ま、まだその話続けんのかよ……まぁ、うん、俺は貧乳派ってわけじゃないし、胸は大きければ大きい方がいいと思うぞ」

「…………私じゃ、ダメなのかな?」

「えっ」

「あ、か、勘違いしないでね! 兄さんって放っておくと性欲を持て余して他の女の人にセクハラばかりするし、それなら妹として何とかしなきゃなって思っただけだから!!」

「な、何とかするって……何するつもりだよ」

「……え、えっと……ちょっとくらいなら……その、む、胸触らせてあげてもいいかなって……」

 

 恥ずかしそうにしながらも、小さな声でとんでもない事を言いながら、こちらを窺うゆんゆん。

 

 あ、兄に自分の胸触らせる妹ってどうなんだ…………最近薄々気付いてたけど、俺の妹はもうかなり手遅れなところまでいっちゃってる感じがする。

 いや、普段から妹の胸を触ったりする俺が言うなって話かもしれないけど、あれはあくまでちょっとふざけてる程度の感覚でやってたから、いざこうやって本人から受け入れられたりすると、マジっぽい空気が出て凄く気まずいんだが……。

 

 そうやって動揺している俺の肩に、ぽんっと手が置かれた。

 思わずびくっとなってそっちを向くと、そこにいたのは警察ではなくあるえで、何やらやけにワクワクとした表情でぐっと親指を立てて。

 

「モテモテですね、先生。こっからのドロドロの修羅場展開も期待していますよ。何なら、そこに私も参戦して更に引っ掻き回して面白くすることも吝かではありません」

「おいやめろ、マジでやめろ頼むから! ああもう、ほら帰るぞお前ら!!」

 

 色々とトラブル続きだったロケもようやく終わり、いよいよ紅魔祭がすぐ近くまで迫っている。

 

 もう準備の段階で体力的にも精神的にもかなり削られていて、休めるものなら一月くらい何もせずにいたい程に疲れきっているのだが、ここまでやったのだから何が何でも祭りを成功させたいものだ。

 

 ……でも、どうせ祭り当日もとんでもないトラブルばっか起きて、俺はその尻拭いに奔走することになるんだろうな……知ってるよ、紅魔族がやる祭りで何も問題が起きずにつつがなく進行するなんて事がありえないって事くらい……。

 

 俺はそんな事を考え深く溜息をつきながら、未だに暴れてるめぐみんの首根っこを掴んで、テレポート用の魔法陣の中へと入って里へと帰るのだった。

 

 




 
終わってみればあるえ回みたいな感じに
次は出来るだけ早く更新できるよう頑張ります

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