我が家の夕飯の食卓には、重苦しい空気が漂っていた。
「カズマ、いくら何でも生徒のパンツを剥ぐというのはどうなんだ?」
「えぇ、流石にやり過ぎじゃないかしら……」
両親が渋い表情でそんなことを言ってくる。
あの後大騒ぎになった教室はそのまま解散した。まぁ、初日に伝えなければいけないことは大体伝えていたからそこは大丈夫だが、問題は果たして生徒達が明日も学校に来るのかどうかだ。
うーん、パンツ奪ってくる先生がいる学校には行きたくないだろうなぁ。
「いやでもさ、紅魔族の子供ってのは特に躾を厳しくする必要があると思うんだよ。なんたって、子供の内から凄い力を持つことになるんだからさ」
「……ふむ、確かにそれはそうなのかもしれないが……」
「そうねぇ……カズマも少し甘やかし過ぎて、こんなことになってしまったし……」
「ごめんなさい」
母さんの可哀想なものを見る目が辛いです。
父さんは少し考えた後、溜息をついて。
「まぁ、フォローは父さんがしておくよ。だが、これからはもう少し慎重になってくれよ」
「あ、ありがとうございます……迷惑かけてすみません……」
「大丈夫よ、カズマ。里では『悪魔に最も近い者クズマ』や『邪智暴虐の王カスマ』、『陵辱の限りを極めしゲスマ』なんて呼ばれているあなただけど、根は良い子だって父さん母さんは分かっているからね?」
「ちょっとそれ広めてる奴について詳しく。俺がその呼び名に相応しいかどうか、身を持って思い知らせてやるから」
そんなことを話していると、静かな足音が聞こえてきた。
そちらに目をやると、学校を早退してからずっと部屋に閉じこもってしまっていたゆんゆんが、死んだ目でふらふらとやって来ていた。
ゆんゆんは何も言わずに食卓に着く。とてつもなく気まずい沈黙が流れる。
両親はちらちらと俺を見てくる。
これ、俺が何とかしろってことか……いや、大体俺のせいなんだけどさ……。
「……あー、ごほん。ゆんゆん?」
声をかけると、ゆんゆんは死んだ目のまま無表情でこちらに顔を向ける。こえーよ。
俺は尋ねる。
「と、友達できそうか?」
「がああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」
ゆんゆんが獣のように吠えて襲いかかってきた!
***
「いってえ……最近じゃモンスター相手でもここまで怪我しないぞ俺……『ヒール』」
「…………」
先程までの死んだ目とは打って変わって、真っ赤に光り輝いた目でこちらを睨んでくるゆんゆん。紅魔族は感情が昂ぶると目が光る特性がある。どうやら、俺をボコボコにするだけでは気が済まなかったらしい。
ちなみに両親はさっさと退散してしまった。
「で、友達できそうか?」
「どの口が!!! どの口がそんなこと言うのよおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「ぐおおっ!?」
再び掴みかかってくるゆんゆん。こ、こいつ、レベル1の魔法使いのくせに結構力あるな!
「おち、落ち着けって! 悪かったよ!」
「本当にどうしてくれんのよ! 私、これでもう絶対『ブラコンの痛い子』で定着しちゃったじゃない!!」
「まぁ聞けよ、プラスに考えろ。お前は今日、あの教室において確かな“キャラ”を手に入れたんだぞ」
「ブラコンなんてキャラはいらない!」
「贅沢言うなよ。ほっといたらお前、ただの存在感のない子になってたぞ。クラスメイトから『あれ、ゆんゆん居たの?』とか言われてもいいのか?」
「うっ……で、でも、それにしたってブラコンは……」
「紅魔族は強烈なキャラ持ってる奴が多いから、それに対抗するにはこっちも強烈なキャラでいくしかないんだよ。優等生キャラとか一瞬で埋もれるぞ」
「それは……そうかもしれないけど……」
まだ完全に納得できてはいないらしいが、一応まともに話くらいはできるようになってきたようだ。これで本題に入れる。
「よし、じゃあ明日の作戦会議だ。まずお前が教室に入ると、クラスメイトの誰かが話しかけてくれると思う」
「え、そ、そうかな!? 私なんかに話しかけてくれるかな!?」
「あぁ、たぶんな。内容は『ゆんゆんって言ったっけ? お兄ちゃんとはどこまで進んでるの?』とか『大丈夫、私は応援してるよ!』とかそんな感じだろう」
「わあああああああああああああああ!!!!!」
「いででででで!! だから落ち着けっての!!! 恋バナなんて女同士の会話じゃ普通だろ!」
「兄妹の恋愛話のどこが普通なのよおおおおおおお!!!」
「分かった、分かった! そんなにその話題が嫌なら、逸しちまえばいいだろ! 『みんなはどんな男の人がタイプなの?』とかさ!」
目と顔を真っ赤にしていたゆんゆんだったが、俺の言葉に少し考え込む。
「……な、なるほど。うん、それはいいかも……」
「だろ? で、あとは適当に『それあるー!』とか『ちょーウケるー!』とか言っとけば友達の一人や二人余裕だっての」
「ほ、本当? 本当なんだよね?」
「おう、お兄ちゃんを信じろ。俺がお前にウソついたことがあったか?」
「沢山あったけど」
「え、あ、うん……ごめん」
そんなこんなで、ゆんゆんがどうやって学校で上手くやっていくかということを話し合っている内に、夜は更けていった。
***
次の日、俺は学校の職員室から、目の前の画面を通して教室の映像を見ていた。
これは魔道カメラを応用したもので、本来とても高い。商人としてのコネを使って、王都で安く手に入れたものだ。
隣ではぷっちんが興味深そうに画面を見ている。
「ふっ、カズマ。そんなに己の片割れが心配か……? まぁ、無理もないか。お前とあいつは二人で一つ、どちらが失われてもいけない……」
「妹な妹、変な設定つけんなよ。あとお前、何度も言うが、絶対に教室で名乗る時の演出やり過ぎたりすんなよ? カメラ壊しやがったら弁償させるからな」
「ははっ、だから心配し過ぎだろう。そんなに俺が信用できないのか?」
「うん」
「何の迷いもなく言い切ったな……」
当然だ、信用できる人間はついうっかりで森を燃やしたりはしない。
肩を落としているぷっちんは放っておいて、教室の映像の方に視線を戻すと、ちょうどゆんゆんが教室に入ってくる所だった。しかし、見るからに挙動不審でビクビクしている。
俺はある魔道具を起動して、頭に手を当てる。
『おいゆんゆん落ち着け、かなり挙動不審だぞ』
『えっ、そ、そんなに……? 普通にしてるつもりなんだけど……』
『全然普通じゃない。まるでパンツの中にバイブ仕込まれて必死に耐えてるみたいだぞ』
『兄さんのバカッ!!!』
突然の大声に頭がキーンとなる。
大声、と表現したが、ゆんゆんは実際に声を出したわけではない。この魔道具は、離れた所から心の声を送受信することができるものだ。便利なものではあるが、家族や十年来の仲間といった強い絆で結ばれている者達の間でなければ使えない。あと高い。
ちなみにバイブは、以前に俺が大人のオモチャとして一度作ってみた物だったが、ゆんゆんに用途を伝え試用を頼んでみたら完膚なきまでに叩き壊された。
『とにかく、深呼吸でもして…………お、ふにふらとどどんこが来てるぞ』
『えっ、本当!? どどどどどどうしよう!!!』
『だから慌てすぎだっての。おい聞いてんのか? ゆんゆん?』
自分の席に近付いてくるクラスメイトに緊張して、ゆんゆんは俯いたままガタガタと震え始める。やっぱ洒落になってないレベルのコミュ障だなこれ……。
しかも困ったことに、完全に心に余裕が無くなったせいで、俺の声が届かなくなったようだ。
仕方ないので、画面の方に集中して見守ることにする。
『あの……ゆんゆん、だっけ? お、おはよ』
『っ!! お、おおおお、おはようございます!!!』
とんでもなくテンパってはいるが、何とか挨拶はできたようだ。
でも、気になるのはふにふらとどどんこの表情だ。何だろう、俺の予想ではブラコンのことで弄ってくるだろうと考えていたのだが、どう見てもからかうような表情ではない。
むしろ、なんか怖がってないか……?
『え、えっと……さ。ゆんゆんは……その、変なスキルとか……持ってないよね?』
『……は、はい?』
『だから、その……変な物を盗ったりするような……』
『???』
あぁ、分かった。
昨日あんな目に遭わされた二人は、俺の妹であるゆんゆんも変なスキルを覚えているんじゃないかと心配しているんだ。実際のところは、ゆんゆんは普通にアークウィザードだから、そんな心配する必要はないんだが、まだお互いのこともほとんど知らないしな。
ゆんゆんは二人が何を言っているのか理解できなく、目をぐるぐる回して混乱している様子だ。大丈夫かこいつ、ただ自分は兄さんと違って皆と同じアークウィザードだって言うだけでいいんだぞ……。
そしてゆんゆんが口を開く。
『そ、それあるー!』
『『!!!!????』』
アカン。
俺は再び頭に手を当てて、ゆんゆんに呼びかける。
『おいゆんゆんやめろ! お前かなりマズイこと言ってるぞ!』
しかし、混乱を極めている様子のゆんゆんには届いていないらしく、何の反応も返ってこない。
ふにふらとどどんこは、いよいよ震え上がっていた。
『え……え……や、やっぱりゆんゆんも、そういうスキルあるの……?』
『で、でも、ゆんゆんは女の子だから分かるでしょ……? あんなに鬼畜じゃない……でしょ? あれで私達がどれだけ嫌な目に』
『ちょーウケるー!』
二人は恐怖の表情でゆんゆんから逃げ出した。
***
昼休み。
俺は職員室でゆんゆんが作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、目の前の画面から教室の様子を眺めている。
結局、名乗りの時にうっかり教卓を消し炭にしてしまったぷっちんは校長室送りとなり、そこからの授業は俺が受け持つこととなった。俺にとっても初授業だったので結構緊張したが、生徒達は驚く程真面目に授業を受けてくれたので助かった。
俺が教室に入る度に、小さく悲鳴があがるのはちょっと凹むが。
教室では、案の定ゆんゆんが一人でサンドイッチを食べている。
『ねぇ兄さん。どうして私、ふにふらさんとどどんこさんに怖がられてるんだろう』
『たぶんお前の兄である俺が、昨日あいつらのパンツをスティールで奪ったからだろうな。お前は早退しちまったから知らないだろうけど』
『あー、そんなことがあったんだ。兄さん、あとでぶっ殺すから』
やだこの子、自然な流れでぶっ殺すとか言ったんですけど。
俺は冷や汗をかきながら、話題を変える。
『そ、それより、隣の席のめぐみんがお前の方見てるぞ。たぶん食い物目当てだ、分けてやれよ』
『えっ、本当!? で、でも、女の子が食べ物目当てっていうのはいくら何でもないでしょ。もう兄さんの言うことなんて信じないわよ』
『いや、お前がサンドイッチ食う度に、ゴクッて喉鳴らしてんぞそいつ』
『……わ、分かった……ちょっと言ってみるね』
それからゆんゆんは何度も深呼吸をする。
少しは学校に慣れたのか、それとも相手が一人だからかは知らないが、朝の時よりは大分落ち着いている。これなら会話にならないということはないだろう。
『ね、ねぇ、めぐみん……さん?』
『なんですか? あと私のことは呼び捨てで構いませんよ』
『あ、じゃ、じゃあ……めぐみん!』
名前を呼び捨てただけで、とんでもなく幸せそうな笑顔を浮かべるゆんゆんを見て、思わず目頭が熱くなる。良かったなぁ、ゆんゆん……!
『あのさ、その、良かったらこのサンドイッチ』
『ありがとうございます!』
最後まで言い終える前に、めぐみんはサンドイッチをかっさらい、凄い勢いで食い始めた。
『むぐっ……んぐ、口がパサパサしますね』
『あ、お、お茶もあるよ! はい!』
『これはこれは。ありがとうございます』
……なんか、餌付けしてるみたいだなこれ。
まぁでも、今のゆんゆんからすれば、どんな形であれクラスメイトと普通に会話できたというだけで大きな前進だろう。
めぐみんは相当腹が減っていたのか、すぐにサンドイッチを完食してしまった。
『ふぅ……生き返りました。ごちそうさまでした、ブラコン』
『ブラコン!? ゆんゆん! ゆんゆんだから!!』
『おや、失礼しました。ブラコンのゆんゆん』
『ブラコンっていうのやめて!!!』
おぉ、早速俺が与えたブラコンキャラが生きてるな。ゆんゆんもあんな泣きそうな顔しないで、素直に受け入れればいいのに。
めぐみんは首を傾げて言う。
『どうして嫌なのですか? 結婚したいくらいお兄さんが好きなのでしょう?』
『あれは誤解だから! 兄さんにハメられただけなの!』
『あの、すみません、ハメられたとか流石に生々しいのでちょっと……』
『そそそそそそういう意味じゃないから!!! 分かってて言ってるでしょ!?』
なるほど、女子同士の下ネタは男よりエグいというのは聞いたことがあるが、本当だったのか。まさか12歳からハメるとかそういう話をするとは……その頃は俺まだウンコとかチンコしか言ってなかったぞ……。
何か見てはいけない闇を見てしまったような気持ちでいると、めぐみんはからかうような笑みを浮かべ。
『それでは私がカズマ先生と付き合ってもいいでしょうか?』
『えっ!?』
おっと、何言ってんだこのロリ。いつの間にフラグ立ったんだよ。
……って分かってるけどな。これはゆんゆんをからかう為に言ってるだけだ。でもお兄ちゃんとしては、ゆんゆんの反応が非常に楽しみだからグッジョブ!
ゆんゆんは顔を赤くして俯きながら。
『や、やめた方がいいよ兄さんなんて……絶対浮気ばかりするし……』
『そこは私の魅力で繋ぎ止めて見せますよ。紅魔族でアークウィザードになれないなど、かなり辛いはずですのに、あそこまで努力できる姿はとても尊敬できます。ぜひ私のものになってほしいですね』
『……確かに悪いところばかりじゃないんだけど……いつもはあんなでも、私が本当に困ってる時は助けてくれるし……』
……あれ、なにこれおかしい……こっちが恥ずかしいんだけど! ゆんゆんの奴、俺が見てるってこと忘れてんだろ!
そんなゆんゆんに、めぐみんは更に笑みを広げて。
『では善は急げですね。早速今から告白してきます』
『ええっ!? ダメ! それはダメ!!』
『ほほう、何故ですか? あなたは別にブラコンでもなく、お兄さんのことは好きでも何でもないのでしょう? むしろ私が引き取ってあげるというのですから、喜ぶべきところなのでは?』
『そ、それは……だって……!』
『だって……何ですか? ほらほら、めぐみんお義姉さんが聞いてあげますよ。正直に言ったら、先生のことは諦めてあげましょう』
『ほ、ほんと……? その……わ、私……っ!』
魔道具のスイッチを切った。
うん、無理です、これ以上は本当に恥ずかしいです。ヘタレでごめんなさい。
***
体育の時間。
授業の方はようやく校長室から解放されたぷっちんに任せ、俺は保健室で先生を口説……楽しくお話をしていた。
そんな時、扉が開けられ、誰かと思えば校庭で授業中であるはずのめぐみんが入ってきた。
「すみません、体調が悪いので休ませてください」
「なんだ生理か? いってえ!!!」
後ろから保健の先生に叩かれた。力強いなこの人。
めぐみんは先生と一言二言かわした後、もぞもぞとベッドの中に入っていく。
「俺が添い寝してやろうか?」
「結構です。あ、そうだ、体術訓練のデモでぷっちん先生が格好つけてたら、あるえの足が先生の急所に入って割と本気で死にそうな顔のまま動かなくなったんで、良かったら診てもらえませんか?」
「あのバカの為に魔力使いたくねえな。お願いします、美人先生」
「あなたね……はぁ、仕方ないわね。じゃあ私は行くけど、カズマ先生、その子は12歳だからね?」
「え、なに、何を心配されてんの俺」
俺が軽くショックを受けている間に、保健の先生は部屋から出て行く。
残されたのは俺とめぐみんの二人だけ。めぐみんは布団から頭だけ出した状態で俺のことを見ている。
「先生、私はあるえやゆんゆんと比べて発育は良くありません。逮捕されるリスクに対して、リターンが見合っていないと思うのです」
「だから何を心配してんのお前は!? 何もしねえよ! どんだけ信用ないんだよ俺!!」
「昨日のアレを見て信用しろという方が難しいと思いますが」
……なるほど、昨日のアレで俺はロリコン扱いされているというわけか。
この際だ、誤解はきちんと解いておくべきだろう。
「いいか、よく聞けめぐみん。俺はロリコンじゃないんだ。確かにお前達にセクハラはするが、それは別に俺の性的欲求を満たすためというわけじゃなくて、ただ単にお前達の反応が面白いからってだけなんだ。分かってくれたか?」
「はい、分かりました。あなたはロリコンではなく、人間のクズなんですね」
うん、ロリコン疑惑は解消されたようだが、代わりにもっと大事な何かを失ったらしい。
というか、こんな澄んだ瞳でクズとか言われたのは初めてだ、結構ダメージくるなこれ。
めぐみんは小さく溜息をつき。
「まったく、ゆんゆんはこんな人のどこがいいのでしょうか」
「おっと、そのセリフは危ないぞ。そういう事言う奴に限ってコロッと落ちて、好き好きアピールばっかしてくるようになるんだよ」
「なるほど。もし私がそんな状態になってしまったら、一思いに殺ってくれとゆんゆんに頼んでおきましょうか。あの子に辛い役目を頼むのは心苦しいのですが……」
「洗脳か何かでもされるって言いたいのかお前!? その悟ったような顔もやめろよ!」
こ、こいつ……やっぱ天才ってだけあって大物感あるな……。
俺はめぐみんに苦々しい顔を向けたまま言う。
「ったく、だから俺はお前達みたいな子供に興味はねえんだよ。特別に俺の好みのタイプを教えてやろうか?」
「結構です」
「俺のタイプはな、美人で巨乳の貴族のお姉さんで、どんなクズ男でも受け入れてくれるような包容力がある人だ。間違っても、まだ毛も生えてないようなちんちくりんじゃねえ」
「ただ言いたいだけじゃないですか……そんな人がいるとも思えませんし。というか、一応自分がクズ男というのは分かっているのですね、少し安心しましたよ」
よし、こいつにも一度痛い目を見てもらおう。
そう思い、手をワキワキさせていると、めぐみんが視線を俺から天井に移してぼーっとし始めた。ふっ、バカめ。俺から目を逸らすなんて油断したな。
俺が口元をニヤつかせ、腕を上げようとした時。
「先生、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだよ。むしろ俺が懺悔の言葉の一つでも聞いてやってもいいぞ」
「私は悔いるようなことはないので、懺悔は必要ありませんね」
「だろうな。で、なんだよ」
また何か舐めたことを言ったら、その瞬間にパンツを奪ってやろうと思っていると。
「先生は、爆裂魔法についてどう思いますか?」
めぐみんが、静かな声で尋ねてきた。
天井に向けられたその表情は、淡い笑みを浮かべてはいるがどこか寂しそうで、先程まで俺の胸の中で燃え上がっていた嗜虐心が一気に萎んでいく。
……なんだよ、急にシリアスになるなよ卑怯だぞ。こいつ、昨日はもっと楽しそうな顔で爆裂魔法について語ってたくせに。
まぁ、生徒からの質問には答えるのが先生だ。
俺はめぐみんの方を見ずに言う。
「どう思うも何も、ただのネタ魔法だろ」
「……ですよね」
「なんだよ、お前も本当はそう思ってたのか?」
「いえ、私は今でも爆裂魔法を愛していますよ。でも、里の人に同じようなことを聞いてみたところ、私と同じ想いを持つ人はいないようです。誰もが口を揃えてネタ魔法だと言います」
「だろうな」
「今日、図書室でも調べてみたのです。本であれば、何か爆裂魔法の有用性について書いてあるかもと思って……でも」
「本でもネタ魔法扱いだった」
「はい」
めぐみんはふふっと自嘲気味に笑う。
なるほどな、頼みの綱の本にまで爆裂魔法をネタ扱いされて、流石に堪えたってわけか。
まぁ、理想と現実のギャップで悩むってのは誰にでもあることだ。ここは俺がきっちり引導を渡してやろう。
「本で調べたならもう知ってると思うが、爆裂魔法ってのはスキルポイントを馬鹿みたいに食う上に、魔力の消費も尋常じゃなくて撃てたとしても一発、当然他の魔法を撃つ余裕はなくなる。しかも、モンスターに使っても大体が過剰火力のオーバーキルで、爆音で他のモンスターも呼び寄せちまう」
「……はい」
「パーティーを組む時だって、爆裂魔法を使いたいなんて言えば絶対嫌がられるし、地雷扱い間違いなしだ」
「…………はい」
俺の言葉に、どんどんしょんぼりしていくめぐみん。
別にいじめたいわけじゃないが、ここで現実をぼかして希望を持たせるというのは違うだろう。一応教師だしな俺。
……と言っても、流石にここまで落ち込まれると居心地が悪いので、何かフォローしてやるか、と思っていると。
「くくっ、くっくっくっくっ……」
「……めぐみん?」
なんか噛み締めるように笑い出した。
どうしよう、ショックで頭がちょっとアレになっちゃったか?
そう心配していると、めぐみんは先程までの落ち込んだ様子はどこへやら、何やら不敵な笑みを浮かべて。
「なるほど、なるほど。私は世界に試されているのですね。そう、爆裂魔法への愛を!」
そんなことを自信満々に言ってのけた。いや、何言ってんだこいつ。
しかしめぐみんは、ちょっと引いてる俺の様子などお構いなしに、目を紅く光らせて続ける。
「考えてみれば、爆裂魔法は究極の破壊魔法。その偉大さはそこらの凡人には理解できず、選ばれし一握りの人間だけが分かるものなのでしょう。それならば、この私があの魔法に魅せられたのも納得できます……何故なら、この私は紅魔族随一の天才なのですから!!!」
「おーい、もしもーし?」
「くくく、いいでしょう、望むところです。どれだけ世界が爆裂魔法をネタ魔法だと笑おうとも、この私は……えぇ、この私だけは!!! 最後の最後、この命尽き果てる時まで、爆裂魔法を愛し続けるとここに誓います!!!!!」
「愛が重いよ。なんつーか、お前、すげえな」
「ふふっ、いえいえ、それほどでもないですよ」
「褒めてないぞ」
口ではそう言う俺だが、内心本当に感心している部分も無くは無かった。
こんなアホらしいことでも、めぐみん本人にとっては立派な障害だったはずだ。こいつの爆裂魔法への愛は、最初の自己紹介だけでも十分過ぎるくらいによく伝わってきた。
例えどんな障害があろうとも、こいつは自分の道を突き進む。まだ12歳のガキのくせに大したもんだ。
俺は苦笑を浮かべて。
「お前、将来は案外大物になるかもな」
「何を言っているのです? そんな分かりきったことを改めて言われましても」
バカなの? みたいな表情でこちらを見るめぐみん。こいつ、ホントかわいくねーな!
「ったく、どんだけ自分に自信あるんだよ。まぁ、爆裂魔法を覚えて卒業するなんて頭おかしいこと考えるくらいだし、今更お前の思考回路についてあれこれ言っても無駄か」
「な、なにおう!? 校則には、卒業する為に魔法の習得が必須とあるだけで、別に上級魔法である必要はないのです! ですから…………え、ちょ、何故私が爆裂魔法で卒業すると分かったのですか!? あ、まさか、カマをかけましたね!?」
「カマかけるとか以前の問題だろ。むしろ今までの流れでバレてないと思ってたのが驚きだよ。お前アレか、天才だけどバカなのか」
「ぐっ……こ、この私をバカ呼ばわりとは……! あの、これはバラされると本当に困ります。下手をすると、冒険者カードを取り上げられたりするかもしれないのです。だから、その、他言無用で……」
「えー、どうしよっかなー? お前あれだよ? 子供にはまだ分からないかもしれないけど、人に何かを頼む時って誠意ってやつが大事なんだよ? 分かる? ねぇ分かる?」
俺がこんな美味しい状況を逃すはずもなく、超上から目線でポンポンと頭を叩いてやると、めぐみんはギリギリと音が聞こえる程に歯を食いしばる。しかし、何か反撃することはできず、されるがままだ。なにこれ、最高に気分がいい!
……まぁ、この辺にしといてやるか。流石の俺も、秘密を盾にとって12歳相手にやりたい放題する程堕ちてはいない。これが巨乳のお姉さんだったら、メイドになってもらってご奉仕させるところだが。
俺はとりあえず『カズマ様、お願いします』と一言めぐみんに言わせて許してやろうと口を開こうとすると、その前にめぐみんの方が何かを諦めた絶望的な表情で。
「……分かりました。アレを舐めるまではやりますから、それで本当に勘弁してください……」
「アレって何だよ! 靴だよな!? 靴なんだよな!? 俺が何させると思ってんのお前!? どんだけクズだと思われてんの俺!? 別に何もしなくていいから! 言わねえから!」
本気でそんなことをさせる人間だと思われていたことに、割と本気でショックを受ける。つか、そんなことやらかしたら一発で逮捕だろう俺が。
俺の言葉が心底意外だったのか、めぐみんは目を丸くして驚く。だからこいつは俺のことを何だと……もういいや。
「ほ、本当ですか? 内緒にしてもらえるのですか?」
「あぁ、言わねえって。勝手に覚えてろよ爆裂魔法」
「……何故、先生は反対しないのですか?」
「はぁ? 何だよ反対してほしいのかよ、構ってちゃんかお前」
「いえ、純粋に疑問に思ったのです。これを知って反対しない人なんていないと思っていたので」
めぐみんの言葉に、俺は何でもないように答える。
「別に、卒業した後にお前が困ろうが何しようが関係ないからな。お前学校では普通に優秀だから、スキルポイントが貯まらずにいつまでも居座るってこともないだろうし」
「すごいですね、本当に教師とは思えません。一周回って感心しましたよ」
「はは、褒めるなよ」
「褒めてないです」
褒めてないらしい。うん、その顔見て知ってた。
つーか、どうせ反対しても聞かないんだろうから、それを知っててわざわざ反対するってのも馬鹿らしいだろ。やっぱり構ってちゃんか。
俺は盛大な溜息をついて。
「……まぁ、もし不安だったら里を出る時は俺に言えよ。どうしてもって言うなら、ある程度なら面倒見てやる」
「えっ……?」
「お前、爆裂魔法をメインにして戦うつもりなんだろ?」
「あ、はい。メインというか、それしか使う気がありません。爆裂魔法を覚えた後に手に入ったスキルポイントは、全て高速詠唱や威力上昇に使うつもりです」
「お前は一体何を倒すつもりだよ爆裂狂。まぁいい、とにかく、そんなスキル振りしてれば、普通のパーティーじゃ間違いなく地雷扱いされる。それは分かるな?」
「は、はい……」
めぐみんは苦々しい表情で答える。
こいつも馬鹿じゃない。自分が歩もうとしている道が、とてつもない茨の道であることは理解しているのだろう。まぁ、その上であえて進むのだから、やっぱりバカなのかもしれないが。
俺は真っ直ぐめぐみんを見て続ける。
「ただ、爆裂魔法が必要になりそうなクエストもあるにはある」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。とりあえず行くなら王都だな。あそこなら爆裂魔法でもオーバーキルにならない、とんでもなく強いモンスターの討伐クエストもある。使い捨ての強力な魔道具感覚で連れて行ってもらえるかもしれない」
「捨てられるのは困りますよ! 普通に死ぬじゃないですか私!!」
「使い捨てってそういう意味じゃねえよ。そんな高難易度クエストなら、テレポートを使える人かスクロールは必須だ。お前は一発撃ったら、先に街に飛ばしてもらえばいいんだ」
「な、なるほど……」
めぐみんは感心したように俺を見て頷いている。やっと俺はただのクズではないと分かってくれたのだろうか。
そう、俺は出来るクズなのだ。
「とりあえず、俺が信頼できるパーティーと交渉してやる。俺、王都はテレポート先に登録してあるし、ギルドでもそれなりに顔が利く。大物賞金首ばかり狙う頭おかしいパーティーとかとも仲良かったりするんだぜ。不本意ながら組まされたことだってあるし」
「え、カズマ先生って、本職は商人ですよね……?」
「商人だよ。ただ、人脈作りとか素材集めとか色々あんだよ色々。大物賞金首から取れる素材とかは特に貴重だしな」
戦える商人というのも、いることはいる。
例えば魔道具の素材集めだって、クエストを発注せずに自分で調達できるのであれば、その分の金は浮くことになる。強いモンスターと戦わなければいけないような素材なんかでは、その差は大きい。
俺の知り合いの中で間違いなく最強だと言える人も、元冒険者ではあるらしいが今は商人だ。と言ってもあの人、戦闘では頼もしいんだけど、逆に本業の方がアレなんだよなぁ。
目に希望の光を灯し始めためぐみんに対して、俺は更に。
「あと王都なら、結構な頻度で魔王軍の襲撃があるから、その時も爆裂魔法は役に立つと思うぞ。相手の数が数だから、あの広範囲魔法は使える。撃った後のフォローの方は、俺が騎士団の方に頼んでもいい。あいつらも爆裂魔法の火力は欲しいと思うし」
「王都の騎士団にも顔が利くんですか!?」
「まぁな。第一王女のアイリスは俺の妹のようなもんだ。アイリスもお兄様って呼んでくれるしな」
「あなたには、既にゆんゆんという妹がいるではないですか……」
「妹は何人いてもいいもんだ」
「それゆんゆんは知りませんよね? 言ってもいいですか?」
「やめろ」
そんなことゆんゆんが知ったら、俺がどうなるか想像したくもない。
そもそも、アイリスを妹扱いしていることだって、あの白スーツがガミガミうるさいのだ。一応あの女も、俺の実力は認めてくれてるっぽいけど。
ここで俺は一息ついて。
「……とまぁ、色々説明したけど、どれも危険だってのは変わりない。そこは文句言うなよ」
「はい、覚悟しています。それに、そこまでしてもらえるのに文句なんて言いませんよ。あの、それで先生……私は何を要求されるのでしょうか」
「は?」
「ですから、先生がそこまでしてくれるのですから、当然タダというわけではないのでしょう? 私、お金は持っていないので、出来ることは限られているのですが…………舐め」
「よし、お前はちょっと黙ろうか」
まったく、こいつはまだこんな事言ってやがる。
正直に言うと、めぐみんのバカみたいな信念を知っていながら放置して、将来どっかで野垂れ死なれても寝覚めが悪いし、後になって責任を追求されても面倒だというだけなのだが。
ただ、何か言うことを聞いてくれるというのであれば、ここは甘えておくか。
「じゃあ、ゆんゆんと仲良くしてやってくれよ」
俺の言葉に、めぐみんはポカンと口を開けたまま呆然としている。
しかし、少しすると本当におかしそうに口元を綻ばせて。
「ゆんゆんのブラコンっぷりも大したものですが、あなたのシスコンっぷりも大概ですね」
「妹がいれば、誰でもシスコンになるもんだ」
「……分からなくもないですよ、それは」
そう言ってくすくすと笑うめぐみん。
こうして見ると少女らしいあどけなさがよく目立つ。当然か、紅魔族随一の天才だなんだ言われてても、12歳の子供だしな。
そういえば、こいつの素直な笑顔を見たのは初めてかもしれない。顔は整っているだけあって、ちょっと可愛い。いや、かなり可愛い。
めぐみんは笑顔のまま言う。
「いいでしょう、あの子のサンドイッチはとても美味しかったですし、仲良くしていればまた食べ物を恵んでもらえるかもしれませんしね。それに、少し変わっていますが、悪い子ではないことは分かりますし」
「あいつもお前にだけは変わってるとか言われたくないだろうな。つーか、考えてみればお前も友達いないし、ぼっち同士でちょうどいいじゃん」
「ぼ、ぼっちじゃないですから! わ、私は……そう、群れることを好まない孤高の存在であって……!」
「じゃあ卒業後のパーティーの紹介とかもいらないな。一人で頑張れよー」
「意地悪です! 先生はとんでもなく意地悪です!!」
そうやってぎゃーぎゃー騒いでいると、気絶したぷっちんを連れて戻ってきた保健の先生に、二人共追い出されてしまった。
仕方がないので、俺達はまたバカみたいなことを言い合いながら、二人並んで教室へと戻って行く。めぐみんは変人だが一緒に居て退屈はしないし、ゆんゆんの良い友達になってくれそうだ。