かつて行われた大会、第一回モンド・グロッソにおいて、圧倒的な強さで優勝した『織斑千冬』
人は彼女をブリュンヒルデと呼び讃え、喝采をもって迎えた。
だが、もう一人、織斑千冬との決勝戦で敗れた戦姫がいた。
今は亡き小国、誰も名を知らなかった小国の国家代表にして、もう一人のブリュンヒルデと名高い彼女。
織斑千冬との六時間超に及ぶ決勝戦、そのたった一回の戦いで打ち立てた記録の数々、それらは未だに破られず後進達の目標であり続けている。
しかし、彼女はこの最初の大会を最後に、姿を消した。
彼女は変わり者だったと、彼女を知る者は口を揃えて言う。
いつもチューリップハットを被り、唄を口ずさみ弦楽器を奏でながら笑みを湛える、哲学的で否定的な彼女。
彼女はいつも言っていた。私が飛ぶ空は自分と『あの子』の空だと。
彼女は最後に、こう言い残し去った。
「何度何を言われても、私は『あの子』以外と飛ぶ気は無い」
IS というものが、日本で生み出されはや数年、私の故郷は危機に立たされていた。
既存の兵器を超える性能を持つマルチフォームスーツ、これの登場により、国家間のパワーバランスは一変した。強国は更に強国に、弱小国は強国に呑まれ併合されるしかなかった。
私の故郷も、その弱小国の一つだ。資源や技術に乏しく、観光名所すら無い、誰も名を知らぬ小国。それが私の故郷だ。
どうすることも出来ない。私は故郷が無くなるその日を待つしかなかった。
『あの子』に会うまでは・・・
空軍のパイロットであった私は、国から『あの子』を与えられた。
この機体を使い、二年後に行われる大会で結果を残し、併合の阻止若しくは併合後の発言力を手に入れる。
それが私のパイロットとしての最後の仕事だ。
私に与えられた『あの子』は、お世辞にも優れているとは言えなかった。
私の国は、資源も技術も貧弱だ。ISという最新鋭の機械を一から開発するような力は、はっきり言って無い。
だから、隣国や友好国から技術や部品を買い取り、継ぎ接ぎに組み上げたアンバランスな機体。それが私の『あの子』だ。
飛べば機体は軋み、加速すれば悲鳴を上げる。射撃をすればバランスが崩れる。ガラクタ、ポンコツ、『あの子』は様々な蔑称で蔑まれたが、私は気に入っていた。
どんな優れた機体も、 ダメージを受ければ故障するし壊れる。だけど、『あの子』は違った。
故障はするけど、壊れなかった。最後の最後まで、私のメチャクチャな機動に付いてきた。
私は考えた、『この子』を上手く使う為には、『この子』と飛ぶ為には、どうしたら良いのか。
『あの子』の長所は、故障してもその故障を平常として扱う事が出来る事と、見た目からは分からない強度。この二つだけ、力押しでは無理だ。なら、出来る事は一つだけ。
逃げ回る。それだけだ。なんだ、私の得意分野じゃないか。なら、簡単だ。私が空でやっていた事を、『あの子』とすれば良いだけの話だ。
結果はすぐに表れた。一回戦の相手はイギリス代表、狙撃主体の機体。逃げ回る私を捉えきれずに、シールドを削られ、焦ったところを撃ち落とした。
二回戦は、ドイツ代表。戦車の様に堅牢な機体を使い、堅実な戦い方をしてきた。
敗因は、基本に忠実過ぎた事。逃げる私を深追いし過ぎて罠にはまり、撃墜。
三回戦四回戦と勝ち進み、残すは決勝戦のみとなった。
はっきりと言わして貰えれば、私に勝ち目は無い。
彼女、織斑千冬は、今までの相手とは雲泥の差がある。今までの相手がお話にならない、優勝は不可能だ。
策を巡らせても、そのどれもを易々と突破してくるだろう。
たがそれでも、それでもやらなければならない。
これが私のパイロットとしての最後の仕事なのだから。
決勝戦のステージは、屋外。私の得意な空、見えない壁で塞がれていた今までの空とは違う。
『この子』と一緒に飛んできた空、さあ、飛ぼう。
私達の最後のフライトだ。
私達はひたすらに、体を振り回した。織斑千冬が振るう刃、あれに触れれば一撃で落とされる。
加速しても、彼女は先回りして現れる。だから、私達はひたすらに、必死に、体を振り回し回避し耐えた。
いつか、彼女が隙を作る、その瞬間まで。
見立てが甘かった。彼女は隙を作るどころか、私達が耐えれば耐える程、その太刀筋を鋭く速く疾らせた。
彼女の切っ先が、軽く触れる。それだけで、私達は削られた。『あの子』から限界を知らせる音が耳に響く。
見れば、あんなに高くあった太陽が朱色に染まっていた。
ああ、長く飛んだものだ。我ながら、そう思う。
勝てないと分かっていたが、悔しいものだ。だが、まあ良いか。最後のフライトは『この子』と飛べたのだから。
優勝は織斑千冬、私は二位。それが結果だ。
フライトの後、『あの子』はボロボロに壊れていた。
最後の空は、どうだったのだろう?私と同じように満足出来たのだろうか。
それなら良いのだが。
私の故郷は、やはり併合される事になった。その際に、併合先の国から国家代表のオファーがきていた。
私はそれを丁寧に断った。『あの子』と飛んだ空が、私の最後の空なのだ。
その様に、理由を述べたら、修理した『あの子』を用意していると言われた。
あの大会を最後に別れた『あの子』は死んでいた。
併合先の連中が、ご丁寧にも『あの子』を初期化していやがった!
さあ、用意したぞと、これで国家代表にと、ふざけた事を言っているバカを私は罵った。
あれほどまでに、人を罵ったのは初めてだった。パイロットと機体の関係を、まるで分かっていない自称技術者の顔は、まったくもって滑稽な顔だった。
その日の内に私は軍に退役届けを提出し、受理されると誰にも行き先を告げずに、軍を去った。
最後に何故と聞かれから、答えてやった。
「私は何を何度言われても、『あの子』以外と飛ぶ気は無い」
その日から、もう一人の変わり者のブリュンヒルデを見たものは居ない。
だが、亡くなってしまった小国の小さな町では、チューリップハットを被った女の弦楽器の旋律に乗り、唄が聞こえているという。