小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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激闘の学園祭 後編②

「あ……がぁ…」

 

全身から走る焼ける様な痛みにブロック状の床に膝を着き、苦痛の声が漏れてしまう。

 

月光の放った斬撃は玉手箱を真っ二つに斬り裂き、その中からは赤黒い泥が大量に撒き散らされた。

この泥ただの泥ではない。

泥が付着した木は腐り、ブロックの床は黒ずみ融解している。これは『呪い』だ、しかもかなり悪質な物だ、触れたもの全てを毒し、徐々にしかし確実に相手を死に追いやる最悪の猛毒だ。

 

しかも最悪な事に、玉手箱から一番近くに居たあたしはその泥を直に浴びてしまった。

 

解毒、解呪の魔法をかけても一向に治る気配がない、この呪いの密度があまりにも濃く、異常なまでに強力なせいだ。

魔法使いが創れる様な物ではない、これがただの魔法なら構造を把握し、それを解体すれば肉体を蝕む呪いを引き剥がせるのだが、これはそう言ったものが一切見つからない。

ならば生物の出す毒かと問われればこれも違うであろう。

この人生、毒竜や大蛇とも戦った事はあるが、それでもここまで酷い物ではないし、解毒だって出来た。

 

「何や、随分と辛そうやないか」

 

顔を上げると、そこには先程倒した月光が悠々と歩いて来た。しかし、先程とは違い、左手にももう一本の小太刀を持ち、両腕は泥で覆われ、ボトボトと腕から滴り落ちていた。

 

もう一本の小太刀は彼女の本来の姿だ、彼女は神鳴流でも二本の小太刀を使う剣士だ、玉手箱が無くなったのでそうするのは当然だが、彼女の両腕は明らかに異常だった。

 

今もなお二つに引き裂かれた玉手箱からは泥が噴き出し続けているが、彼女の両腕の泥はそれと同じ物だ。

いや、よく見れば彼女両腕からも徐々であるが泥が溢れ出ている。

 

「…あぁ、そぉいう事かよ

こいつはただの呪いや毒じゃねぇ、そんなチャチなもんじゃねぇなこりゃぁ」

 

「?」

 

全身から走る呪いに耐えながら、勝気な笑みを浮かべて、首を傾げる月光に語りかける。

 

「『殺生石』だな」

 

「へぇ、よぉわかったなぁ」

 

『殺生石』

かの有名な大妖怪『玉藻の前』が殺害され、石になったと言う呪いの石であり玄翁和尚によって三つに砕かれ、全国の三箇所に飛散したと言われるが、あの石単体ではここまで酷い呪いは生み出さない。

 

「この日本で一番やべえ呪いつったらこいつしかねぇからな

かなり凄腕の呪術師じゃねぇと、ここまでの呪いは作り出せねぇ」

 

だが、呪術師が手を加えたのであれば話は変わってくる、『殺生石』は媒体としては最高で最悪の代物だ。

あれを核すれば、日本中がパニックになる程の呪いを創れてもおかしくは無い。

 

「ずっと考えてたんだ、玉手箱の中身を、入っていたのは物理法則を無視した程の大量の呪いの泥だった

別に事象すら収納出来ると言われてた呪術具だったんだ、海と同じくらいある泥が収納されてるって言われても驚かねぇがよ」

 

呪いの泥を噴き出し続けている玉手箱を指差し、そのまま泥で覆われた月光の腕を指差した。

 

「あんた、呪われてんだろ」

 

玉手箱には『殺生石』が入っていかと思ったがそれは違った、そもそも『殺生石』程の呪術具が盗まれたのなら日本中は大騒ぎだ。

それに、玉手箱が切り裂かれた瞬間、あたしは中身を確認したが中には噴き出す泥だけでその他には何も無かった。

 

「元々、『玉手箱』なんて物は完成してなかった、いや、もしかしたら、あれはそんなものじゃなかったのかもしれないな

それに、もし『玉手箱』が完成したとしても、それを持ち出す事を関西呪術協会は黙っていないだろうし、そんな物が持ち出されたのなら関東魔法協会に連絡が来ないのはおかしい」

 

「そうやろか?もしかしたらウチが関西呪術協会を全滅させたかも知れまへんでぇ?」

 

「それはない、いくらあんたでも、重傷も負わずに詠春さんを殺せる訳ねぇし、彼処には多くの神鳴流がいる」

 

いくら月光が天才と謳われた神鳴流剣士でも多勢に無勢、免許皆伝クラスの奴だって何人もいる居る関西呪術協会に、しかも年老いたと言えど英雄である近衛 詠春を無傷で倒せるなどできる訳がない。

 

「あたしが思うに、あんたに『玉手箱』を持たせたのは詠春さんだな

『玉手箱』の逸話には、所持者の時間をその中に収納したと言われている、なら『自分にかかった呪い』だって収納出来る筈だ

どういう経緯で呪われたかは知らねぇが、あんたは自分にかかった呪いを『玉手箱』に収納することで延命している、両腕から出ている泥は、呪いを収納する物が無くなった事により肉体の侵食を再開し始めた証拠だ」

 

多分だが、月光は自分の呪いを常に移し続ける必要があり、そのせいで戦闘中も『玉手箱』を手離さなかったのだ。

自分の得意の二刀流を封じてまでして持ち続けなければ、呪いの侵食が再開してしまうから。

 

「……ほんま、中々の名推理や、魔法使いなんか辞めて、探偵に転職した方がええんやないどすか」

 

月光は愉快そうに手を叩き、此方に賞賛を送るが、あたしにはまだ疑問があった。

 

「じゃあ、何で京都で大人しくしてなかった、恩人である詠春の娘を何故殺そうとした!」

 

そう、この疑問だけがどうしても解決しなかった。

自分の生き方を変えてもらい、尚且つ『玉手箱』の所持で呪いを進行を収めたにも関わらず、その恩人に牙を向き、恩を仇で返したのだ。

 

次の瞬間、月光は瞬動であたしの目の前まで跳び、そのまま腹部を蹴り飛ばした。

 

「ぐぉっ!」

 

呪いによる激痛のせいで反応が遅れ、回避する事が出来ず地面を転がり、泥の水溜りに突っ込んでしまった。

 

 

「ぐあああぁぁぁぁああああっっっ!!!!!」

 

 

更に呪いは全身を焼き、痛みは更に加速する。

泥だまりから脱出するが、侵食した呪いは身体を蝕み、皮膚が黒く変色し始める。

 

「痛いか?涙が出る程痛いか?失禁する程痛いか?身体が痙攣する程痛いか?脳が犯される程痛いか?

ウチはその痛みを二年間背負い続けたんや、二年も、頭が逝かれてもおかしくなかったんやけど、ウチは耐え続けた、意地でも生き続けたんや」

 

じゃあ何故だ、そう言葉を発しようとするが、痛みで声も出ず身体が悲鳴を上げ始めていた。

 

「ウチは剣士や、自害は許されへんし、する気もなかった、剣を振るうだけがウチの生き甲斐やった

 

やけど、ウチを怨む輩は数多くおったし、それを作ったのもウチや、覚悟はしとったやが、これはあんまりや……

ウチの両腕が……腐り始めたんや」

 

月光は腕に着いた泥を拭うが、何度拭っても泥は腕から溢れ出ており、拭った衣服の方が腐り始めていた。

 

「玉手箱で封じ続けても、腕の腐敗は止まらへん、腕を切断したとしても、呪いの進行からして余命は一年

ウチは耐えられへん…こんな死に方耐えられへんのや……

 

ウチは剣士や、戦場で死ぬのなら本望や、決闘で死ぬのなら天命や、愛する人に殺されるのなら……これ程幸せな事はあらへん」

 

だから、詠春さんの娘なのだ。

近衛 詠春は甘い人間だ、いくら月光が死合を願っても、彼は親しい人間を殺せない。

だが、もし自分の娘を目の前で殺されたのなら、彼は月光を殺すだろう。

いくら親しい人間でも、娘を殺されて黙っている親はいないのだから。

 

「伊織、あんたはウチが目をかけとった娘や、あんたならウチを殺せるかと思うとったんやけど……期待ハズレやったわ

やっぱり、ウチを殺してくれるのは、詠春はんだけやわぁ」

 

呪いで苦しむあたしを月光は虫ケラをみるかの様な下卑た目で此方を見下し、そして、何か最悪な事を思いついたかの様に醜悪な笑みを浮かべた。

 

「そういえば、さっきの可愛い子、あんたの家族かえ?確か〜縁はんやったかいな」

 

「っ!」

 

 

縁の名前が出た瞬間、僅かにあたしは反応してしまった。その僅かな変化も月光は見逃さずニタァといやらしい笑みを浮かべ、此方に小太刀の切っ先を向ける。

 

「あの子をあんたの目の前で殺せば、あんたはどないするやろうか?怒り狂ってまたウチに立ち向かってくるやろうか?それともその勝気な顔を悲しみと悔しさの涙で歪めで、ウチに殺して欲しいと縋ってくるやろうか?」

 

ケタケタと笑う月光の声など耳にも届かず、月光の言葉が頭に何度もループした。

縁を殺す?あたしがあいつに縋る?

笑えない冗談だ。酔ったおっさんでももっと面白い事を言う。

 

だが、今の月光なら絶対にやる。もう一度あたしと殺し合う為に、今度こそ、あたしに勝利する為に。

 

「ぐがぁ……がぁあ………ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!!!!!」

 

激痛で痙攣する身体を無視し、血管がブチ切れるんじゃないかと言う程全身から力を捻り出し、喉が潰れてしまう程の雄叫びを上げてあたしは立ち上がった。

 

意識が跳びそうだ、今にも倒れてしまいそうなあたしの身体は両足で立っているのが不思議なくらいだ。

でも立たなければならなかった。

 

自分の誇りでもあった、英雄としての信念でもあった。

 

だが、そんなどの思いよりも

 

縁の顔が、頭から離れなかった。

 

 

「は…はは…あははははは!!

最高やっ!!やっぱりあんたは最高や伊織!!どの戦士よりも違う、あんたは英雄として相応しい!!」

 

再び立ち上がったあたしに、月光は歓声の声を上げた。

万全の英雄として、一人の戦士として、そして何より、己の宿敵に相応しいと。

 

しかし、あたしはその賞賛の声を無視して、ゆっくりと目を閉じた。

意識が跳んだ訳では無い、降伏した訳でもない。

 

深い深海の様に精神を落ち着かせ、夜空に浮かぶ月の様な神聖さと、『とある天使』をイメージする。

 

すると、身体から激痛が徐々に和らぎ、付着した泥が剥がれ落ちていき、呪いが浄化されていく。

 

「何や……何が起こっとるんや……」

 

あまりの出来事に唖然とした月光の声が聞こえてくる。

誰にも解呪不可能な呪いを打ち払い、身体からは『魔力』でも『気』でもない、全く別のエネルギーが流れ出ている、月光にはその全てが解らない。

 

「月光さん、あんたの事は尊敬もしてるし

あたしも戦場で育った人間だ、剣士として死にたいっつぅあんたの言い分も解らないでも無い」

 

今度はあたしの足元から影と水が伸び、身体に纏わり付く。

影は今着ている衣服を破り、身体を覆い、ピッチリとした衣服となり、水は氷ることにより軽装の鎧となる。

 

「死にたいのなら勝手にすればいい

だがなぁ、それはあたしの知らねぇ所でやりやがれ

目障りな事にあたしの前に出て来やがって、あまつさえ、あの餓鬼を殺すだと?あたしに絶望をあたえるだと?

死にたがりが何一丁前に生きがってやがるんだ」

 

月光の殺意とあたしの殺意が拮抗する。

月光の『気』と『呪い』、あたしの『魔力とも気とも違う力』がぶつかり合い、辺りに突風が吹き荒れる。

 

「もうあんたを『倒す』なんて言わねぇ、てめぇはあたしが『殺す』

 

詠春さんの所にも、縁の所にも行かせねぇ、ここで息の根を止めてやる」

 

あたしはゆっくりと目を開く、海の様に深く、空の様に蒼生に変色した『蒼眼の瞳』は目の前の怨敵を射抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、多分のお忘れであろうと思い参考までに書いますと、
伊織さんの元の瞳の色は茶色です。

なぜ瞳の色が切り替わったかと言いますと……まぁ、あれですよ、ヤル気スイッチですよ。

と言うのは嘘ですが、彼女の謎は引っ張る作者です(・ω・)


大変時間が飽きましたが、次回は学園祭編最終回です。

ゆかりんはまぁ……その辺走ってますよ(・Д・)ノ
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