これまた前回から期間が空きまくってしまい大変申し訳ありません。
その代わりと言ってはなんですが、今回の話は今までに比べ幾分か長めです。
それでは本編どぞー
授業を終え放課後になった青年は教室から移動を始めた。理由は言わずもがな対話の為である。その移動中青年はあることを決めた。
「(やっぱり、必要だな)」
それは昨晩辺りから授業を終えるまでずっと考えていたことであり、今後の為にも真面目に考える必要があったのだ。兎にも角にも、意を決した青年はAIに連絡を取り始める。
「(リグ、仕事の時間だ)」
"なんでしょう?"
「(手段は問わない。メタマテリアル迷彩と別荘、それと偽造パスポートと、それに合わせた戸籍若しくはそれに該当するものを作れ)」
まるで息を吐くかのようにさらりととんでもない命令を下す青年。普通の人間にこんな命令を下した日には、相手がブチギレること間違い無しである。相手が普通の人間であれば――
"了解です。具体的にはどの程度のものを?"
そんな無茶振りにAIは、何も問題が無いとでも言わんばかりに着々と話を進めていく。
「(メタマテリアル迷彩は二種類のものを作って欲しい。一つはステルス光学迷彩。もう一つは全身をすっぽり覆うタイプのホログラフィック投影迷彩だ)」
そもそもAIにそんなものが作れるのか? という疑問があるかもしれないが、ぶっちゃけ可能である。寧ろ、現代の最新型精密機材が束になっても造れない程度のものから、この世界にはありえないものまでいとも簡単に作ってしまう。ただ、材料の調達が出来ないだけだ。
以前はメインの作業を青年が行い、その補助をAIが行っていた。のだが、ただ不便という理由だけで青年は数十のフレキシブルアームを搭載するという魔改造を施したのだ。結果、青年とほぼ同等の精度で作業が行えるレベルにまで(強制的に)成長したのだ。
さて、話を戻そう。青年は、次の指示を出していた。
「(別荘の方だが、家を買うというより、家を建てるための土地が欲しいの方が正確だな。広さは50坪程度で家の有無は問わないが、間違っても都市圏からは選ぶなよ)」
"絶対ですか?"
AIからの確認に青年は答える。
「(当たり前だ。公表されていないとは言え、名目上テロリスト(笑)が土地を買うんだぞ? そんな奴が集合住宅付きを買ってみろ? 一瞬で大混乱を引き起こすぞ。PSIAからCIA、あとはMSSとSISが隣人になるオマケつきでな)」
青年が自嘲気味な言葉を聞いたAIは、納得したのか次へ移る。
"なるほど。では、範囲と予算はどの程度を?"
「(今の資産はどれくらいある?)」
"アレからもちょくちょく継続していまして今では十数兆弱です"
「(なら、トータルで一割まで許可する。なるべく広範囲から選んでくれ)」
"了解です"
「(偽造パスと戸籍は海外に出ることを前提に作ってくれれば大丈夫だ。数はそうだな……各二百位?)」
"何で最後疑問系なのですか?"
「(現時点だと、どれくらい必要になるかはわからないからな)」
"必要であると考えているのに、その数がわからない…… まさか"
「(ああ。奴らを呼ぶぞ。つまりはそういうことだ)」
青年の言葉を聞いたAIはそこで青年が寄越した命令の意図を理解した。
"成る程。委細了解しました。ということは渡るおつもりですか?"
「(ああ。GW中に一度家に戻って、そこから移動を開始するつもりだ。その間任せたぞ)」
"了解しました"
そこで、青年とAIの全く声に出さない脳内会話が終了した。当然その間も移動をしていたので、まだ距離はあるが青年の眼には【第四進路相談室】という看板が見えていた。
目的地にたどり着いた青年は、無意識に懐中時計を出し時間を確認する。するとそこにはレトロ風の懐中時計が、16:30分過ぎを指していた。
「(流石に早過ぎたな)」
一応、相談室の中を覗き確認を取ってみるも、中には誰も居らず青年が一番乗りであるということを表していた。仕方がなく待つことにした青年は、相談室の中ではなく外で壁に凭れながら小説を読んで待つことにした。
待つこと幾分。
横から誰かが複数人こちらに向かってくるのを、青年は感じ取った。それだけで誰かまでは特定でき(なくは)ないが、今回の状況を考えれば自ずと選択肢は絞られてくる。複数人ということに若干違和感を感じた青年だったが、このフロアには進路相談室以外にも施設はある。それを利用しに来た生徒なのだろうと考えていた。しかし、その考えは少し外れていた。
「おや、随分とお早い到着で」
階段を上り、最初に姿を現し声を掛けたのは少女だった。その後ろには微妙に隠れ切れていない金髪の女生徒が、何とかして少女の後ろに隠れようと必死になっていた。この女生徒こそ、リーグマッチで彼と試合を行い、意地を見せたものの虚しく敗北した人物【エイダ・アルバーン】本人だった。
戦闘時の口調や動きしか知らない青年から見ると、隠れている彼女の行動には些か違和感を感じざるにはいられなかった。
「そりゃ、こっちがお願いしていることだからね。相手よりも遅いのはマナー違反だ。で、何でまた雫さんが此処におるの?」
そう。青年の外れた予想とは、こちらへ向かってくる人物が、そのどちらも今回の対話に関係した人物だったことだった。基本的に、無駄な行動は一切取らない少女が何となくでこの場に現れるとは考えにくく、今回の件について何かあると青年は殆ど直感ではあるが何かを感じ取っていた。
「今回のアポイントメントを受ける条件として、私も同席するよう頼まれたからです」
「……なるほど。確かに、1対1での対話とは言っていなかったね。オーケー、了解だ。じゃあ、君の後ろに隠れている本日の主役さんとの対話を始めるとしよう」
青年は少女の言い分を聞き、彼女の行動とその理由を同時に理解と納得をした。
青年の言葉を皮切りに3人共部屋の中に入り、備え付けてある椅子に各々が座った。青年が奥側の椅子に、少女と彼女は机を挟んで反対側に座った。一見すると面談か懇談のようにも見えなくはない。その原因は、彼女がガッチガチに固まっているというのが大きく、青年少女が妙に落ち着いているというのもそれに拍車を掛けていた。
「さてっと。何はともあれ大丈夫?」
「は、はい。だ、だ、だ、大丈夫でしゅ」
自身の言葉で林檎の如く顔を真っ赤にしてしまう彼女。それを見て、何かしらの対策が必要だと考える青年。
「んー、そんなに緊張しなくてもいいよ? 別に獲って食おうとか、乱暴しようとか、脅そうとかは考えてないから」
考えたのは、ありえないジョークで空気を弛緩させようとしたのだが、予想外の返答によりそれは脆くも崩れる。
「えっ?」
彼女が返した言葉は、疑問だった。
「……雫さん?」
「なんでしょう?」
青年は、訪ねることにした。もし、少女が言ったことが関係しているのであれば、なるべく早く知っておきたいしこの現状が打開できる可能性が大きかったからだ。
「この子にアポイントメントを取るとき何て言ったの?」
「別に何も。強いて挙げるなら、『男性操縦者のやばい方が貴方とお話がしたいらしいです』と」
「うん。おめーが犯人だな」
「え? え?」
青年の何とも言えない口調と、先程から無表情を貫いている少女。
「ミスアルバーン。私の連れが大変誤解を招く発言をしてしまったことを深くお詫びします」
青年は、机に手を置き額を擦り付けるように頭を下げた。
「…………」
彼女は、無言で青年を見つめていた。その表情は驚きに近い表情を浮かべていたのだが、それは頭を下げていた青年には見えていなかった。そんな中、突如少女が口を開いた。
「ミスアルバーン、これでも足りませんか?」
「い、いえ。でも、すごく……意外でした」
「?」
そんな、2人の会話を聞いた青年は頭を上げ、今回における諸悪の根源(と思われる)少女に視線を移した。青年が移した視線の先に居た少女から、何も言わせないと言わんばかりの雰囲気が発されており、ここであえて問い詰めることはそこまで難しくは無いのだが、今回の本題からは大きく外れてしまうので大人しくした青年だった
しかし、それが功を奏したようで、緊張の表情だった彼女が先程とは打って変わり、多少の柔らかい表情を浮かべられるようにはなっていた。若干の緊張は残っていた為、どうにも違和感はあったのだが、それを差し引いても大きな前進である。
「まぁいいや、悪いがそろそろ本題に入ろうと思う」
「そうですね」
「わかりました」
青年は、一旦思考を止め本来の目的を達成する為に半ば強引に、話を戻した。幸いにも、反対する人物は居らずそこからは比較的スムーズに進行していった。
「さて、今回の対談において私が貴方に聞きたいのは3つだ」
「はい」
彼女からの返答を聞いた青年は、質問に移っていく。
「以前、クラス対抗リーグマッチに参加した際織斑一夏さんと対峙しそして敗北した。その試合中において貴方は何故、織斑さんの言葉を聞き入れなかったのです?」
「えっと、一言で言うなら嫌だったから。かな」
「具体的には?」
「……」
青年の踏み込んだ言葉に、無言になる彼女。しかし、それは聞かれるのが嫌といったものというより、言う為に決心をしようとしている感じだった。
「……えっと、少し前の話になるけどいい?」
「全く問題ないです」
彼女がとった確認に対し青年は即答する。それを聞いた彼女は、一度顔を下げその後ゆっくりと顔を上げた。その顔には確かな意思が宿っていた。
「四十川さんの両親はいらっしゃいますか?」
「いえ、以前とある事件に巻き込まれまして、双方とも亡くなっています」
「そう、ですか。私は、母親が居ないの」
「それは、所謂シングルファザーということですか?」
「多分そうだと思う。私が覚えているのは、私と両親の3人で行ったピクニックで3人がそれぞれ笑顔を浮かべている所。あの頃はこんな平和がずっと続くと思っていた」
「何かあったんですね」
「うん。事故、でね」
「そうでしたか……」
彼女自身にとって、決して話したいと思えるような内容の話ではない。それでも、彼女は止まらない。ゆっくりと、それでも確実に内容を語っていく。
「残された父は仕事も上手くいかず、仕事を何度も首になった」
彼女の語りに青年は次第に言葉を返さなくなった。しかし、その眼と耳は目の前に向けられていた。
「自分がどれだけ辛くても、どれだけ仕事で疲れていても、私の目の前では笑顔で居てくれた。そんな父の口癖が『何があっても絶対諦めるな。諦めなければ、負けることは無い』だったの」
「なるほど……、であれば織斑さんの言動は」
「うん。だからあの時、どうしても頷けなかったの。勿論、織斑君に悪気が無い事はわかってるよ。でも、誰かのために必死になり、自分の出来ることをひたすら続け、どれだけ自身が辛くてもそれでも笑顔を見せ続けてくれた人を私は知っている。だから、織斑君のは少なくとも優しさではない。と思ったからしなかった」
「なるほど……、では貴方から見て織斑さんの言動はどういった風に見えました?」
「正直に言えば、相手を下に見て甘やかそうとしているだけ……かな?」
彼女は気まずそうにしながらも、心情を吐露した。彼女の目の前にいる青年は、数度の相槌を打つか質問を重ねるかしかせず、聴きに徹底していた。それを見た彼女は、不気味に思いながらも、何故か嫌いになることが出来なかった。始めは、不安しかなかったが今はそこまで無いようだった。
確かに、完全になくなったわけではないが今流れている噂を否定するには十分だった。
そうこうしている内に、青年が次の質問へ移ろうとしていた。
「そうでしたか。では次です。今の世の中をどう思いますか?」
「それは、女尊男卑のこと?」
先程とは違い、彼女が質問を返す。
「それを含めてです。学園に進学するにあたって、日本の現状を良く聞かされたはずです。ですので、それを踏まえたうえで貴方個人の意見を聞きたいのです」
「えっと、誰にも言わない?」
「厳守しましょう」
青年が、そう断言したのを確認すると彼女は、自身の考えを口にした。
「凄く、歪だと思います」
「歪ですか?」
「だってそうじゃない。私達は生まれてくるときに性別を決められないのよ? それなのに男だから下だとか、女だから上だとか、そんな下らない思想が蔓延しているのかと思うと反吐が出るし、それに気がつかない人たちの心は底から歪んでいるとおもう」
多少の躊躇いはあったものの、彼女は今迄吐き出せなかった心情を吐露した。それを聴いた青年は、自身の予想が当たってしまったことに安堵し、そして悲しんだ。
「なるほど。確かに、これは他には言えませんね」
「本当に誰にも言わないでね」
「ええ、大丈夫です。貴方のことについて一切の他言をしないことを約束しましょう」
それを聴いた彼女は安どの表情を浮かべた。つい先程とは、若干言い回しが違うことには全く気がつかないまま。
「さて、長くなってしまいましたが、最後の質問です」
「なんですか?」
「ミスアルバーン、甘味はお好きですか?」
「はい?」
先程とは全く関係ない、ごく普通の質問に思わず固まる彼女。
「甘味って甘いものってことですよね?」
「えぇ、世間一般的にはスイーツとも言われています」
再起動を果たし、質問をしてみるもあまりにも大人しい内容の質問に首を傾げる彼女。
「あの、そこまで難しい質問をしているつもりは無いのですが……。YES or NO で答えられると思います」
「え、えっと」
気が動転しているのか、先程からどもりっぱなしの彼女だが、青年が変に催促しなかったことで落ち着きを取り戻し、まともな状態へ戻った。
「えっと、好きです」
「洋菓子と和菓子だったらどっち?」
「えっと、洋菓子かな?」
「そうですか、じゃあ、そんな貴方にはこれをプレゼントです」
青年はそういうと、制服の内ポケットから一枚のカードを取り出し机の上に置いた。
「「えっ?」」
その行動と内容に、彼女だけでなく傍観に徹していた少女までも声を上げる。青年が取り出したのは
「これって、フリーパスじゃないですか!」
そう。一悶着あったものの、無事に入手できた学食で使えるフリーパスだった。
「それは差し上げます」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ。よくよく考えてみれば、私はあんまり甘いものが好きじゃないんですよ。ですので、私が持っているよりも貴方がお持ちのほうが腐らないでしょう。それとも、これはもうお持ちですか?」
青年の言葉に、思わず怪訝な視線を向ける少女。青年はそれを知っていてあえてスルーする。
「うーん」
暫くの間、カードと青年の顔を交互に見ることで葛藤していた。青年としてはどちらでも構わないのだが、ゆっくりとカードに向けて手が伸びているところを見るに、葛藤は欲のほうが優勢らしい。
「えっとじゃあ、ありがたく頂戴します」
そのまま、伸ばした手で机においてあるカードを受け取る彼女。その顔には『本当にいいの? もう返さないよ?』といったことが書かれてあったが、青年は全く気にしていなかった。
「さて、今回のお話はこれで終わりです。そちらから何か質問があれば受けますが…… どうします?」
「いえ、特には」
「では、お開きですね。周りにお気をつけて」
青年の最後の言葉に若干首を傾げながらも、手に入らなかったパスが手に入って舞い上がっているのか、相当浮き足立った様子で、部屋から退出した。その様子を、青年と少女は席から立つ事無く見守っていた。
彼女が部屋から退出したことで、部屋には青年と少女のみが残された。青年が始めに言ったとおり今回の目的は果たされた。つまり、もう用事は無いのだ。にも拘らず、2人は一歩も動くどころか席を立つことすらしようとしない。
2人は、お互いの顔をじっと見詰め合っており、何かを待っているような様子だった。
そんな中、青年の伊達眼鏡と少女のスマホが全くの同時に反応した。青年はレンズを通して、少女はスマホで送られた情報を確認すると、青年が鞄の中から小さな黒い球体を2つ取り出し、片方を少女に投げ渡した。
「これを使え」
「わかりました」
そんな短い会話の後、2人は黒い球体を片手に部屋の中を歩き回り始めた。暫く歩き回った後、青年は天井の隅に、少女は机の真下に偶然あった不自然な穴の傍に球体をセットした。
作業を終えた2人は先程とは違い、気を楽にした状態になった。
「全く、監視盗聴が何処に居てでもついてまわるって、プライベートもくそもねーな」
「テロリスト(笑)の宿命ですよ諦めてください。それよりも、あれ本当に効くんですか?」
少女は、設置された球体を指差して質問する。
「一応部屋でテストしてみて、一定の成果は出とるよ。流石に、IS相手だと無力だけどね」
「リグからのデータにはありませんでしたけど、超長距離からというのは考えられませんか?」
「可能性としては無きにしも非ずだけど、この部屋の外は海だから、向こうがきちんと規則を守る気があるのならありえない。有るとしたら、それは同属の可能性のほうが高いよ」
「それはそれで問題のような気もしますが」
「今の立場上、ダーティーな手段が取れない。つまり、避けられないわけだ。なら、それを前提にしてしまえばいい。勿論、支障のないように考えてはいるけどね」
「はぁ……そうですか」
青年の言葉に、思わず頭を押さえる少女。
青年の行動は基本的に、言葉足らずな上に理論が自身の脳内でのみ完結しているため、少女はいつも苦労していた。
一般人が恐らく話すことはないであろう他愛もない会話を一通り終えた後、珍しく少女が青年に話し掛けた。
「今回の対談で、渉さんの言っていた意味がわかりました。確かにあの方は警戒に値する方ですね」
「でしょ? 周りの状況を理解していながらも尚、自分の意思を貫こうとする意志の強さ。あれは、はっきり言って織斑さんよりも厄介だ」
「他には似たような方は居ましたか?」
「いんや。そもそも本性が出るほどの追い詰められた状況になることのほうが珍しいし、見る機会がない」
「そうですか……。あ、そうだ」
「どった?」
何かを思い出したかのような少女の言葉に青年は首を傾げる。
「甘味。嫌いなんですねぇ~?」
「うん。言われると思った」
青年が、彼女にパスを譲り渡す際に言った一言だが、青年をよく知る少女からすれば白々しいにも程があるらしく、じとーっとした目を青年に向ける。
「だってさ、俺らお金に困ってないじゃん」
「それもそうですね」
あのフリーパスで出来ることは食堂内で販売されている、デザートに該当する食品を半額にするというものである。なので、庶民から出ていることが多い日本人には、少しでも費用が浮くということで躍起になっていたのだ。
それに比べ青年は、生まれは庶民では有るものの、偽名によるプール金を含め多額の貯蓄があるのだ。そもそも、青年一人で少女の分のお金も支払っているのだ。そんな人物が高だか数千円程度の出費では、全くと言ってもいいほど気にかけない。
であれば、何故パスを入手しようとしたのか…… それは、青年のみぞ知る。
雑談を終えた2人は黒い球体を回収し、帰る準備を進めた。別れ際に、青年からのアドバイスを受け取ってからそれぞれの部屋へ戻った。
……side
青年と別れた後、少女は歩きながら先程青年から貰った言葉を反芻していた。
「(影は傍にいる。ですか)」
青年は、まるで独り言のように丁度少女にのみ聞こえる程度の声で、そう言ったのだ。
「(影……、一体何を指しているのでしょう)」
少女は、言葉の心意を探る為に必死に思考を巡らせていた。そんな中、ふと外に視線を動かした。すると、そこには鮮やかな橙色の景色が広がっていた。
視界を橙一色にするほどの鮮やかな色。鮮やかな光は、周りにある建物や植物の細長く伸びた影をはっきりと浮かび上がらせていた。
「そういえば、もう夕方ですか。そろそろ、戻ったほうがいいですね」
少女は時間を確認すると、思考を一旦頭の隅に置いた。その直後、少女に声が掛けられた。
掛けられた言葉は、挨拶に使われるような単語だった。それだけであれば、特に問題はなかった。その声の主が少女の昔なじみでなければ。
「……!?」
一瞬の間の後、少女はすばやく距離を取りながら振り向いた。いや、向かされた。
少女の視線の先には、長い金髪を後ろで束ね、獰猛な笑みを浮かべる女生徒が居た。それを確認した瞬間、少女は青年の言葉の心意を理解し、それと同時に自分の平和ボケした頭を恨んだ。
「何のようです……」
「オイオイ、つれねーな。昔会った仲じゃないか、もっと仲良くしよーぜ」
カツッ カツッ と、靴を鳴らしながらゆっくりと近付いてくる。それと同時に少女の心臓が鼓動を早め、冷や汗が顔をつたう。
「久しぶりだな。M」
「……ひっ」
少し距離が詰められるたびに威圧感の他に、少女の中に巣くうどす黒いものが蘇っていく。視線をずらす事も出来ず、小さな悲鳴を上げ、蛇に睨まれた蛙の様に身体を硬直させていた。少女の心が黒で塗り潰されていく中で出来ることは、追い詰められるのをただ待つだけだった。
あと3メートル あと2メートル
笑みを貼り付けながら迫ってくる女生徒に、何も抵抗が出来ず次第に赤みがかかった瞳から光が徐々に失われていき、まるでその代わりと言わんばかりに身体は涙を浮かべ始める。
少女の心が黒で塗り潰されていく中、辛うじて残っていた色が黒に変色し始めた。その理由は、【結局何も変わっていない】という絶望だった。
そんな少女の心情を察知してかどうかはわからないが、女生徒はさらに笑みを深め、眼と鼻の先の距離になったとき、ゆっくりと手を前に出した。その手には何かを掴もうという持ち主の意思がありありと見て取れた。
それを見た少女は、とっさに腕で自分の顔を覆い隠し、何も見たくないと言わんばかりに瞳を強く閉めた。そんな状況は、目の前の女生徒の台詞で一転する。
「てめぇ、何のつもりだ」
女生徒の腕は、少女のすぐ手前で止められていた。それはもう一つの手によって手首を握られたからであり、握られた女生徒の手首はミシミシと不穏な音が静かに響いている。万力の如き握力によってピクリとも動かせない女生徒はその止めた人物を睨みつけていた。
「うちの子を守るのに理由が必要ですか?」
その人物は片手で腕を止め、もう片方の手で腰が引けてしまっている少女の頭を優しく撫で、そんな台詞を吐いた。
「わ、わた、る、さん」
もう既に決壊寸前となっている瞳をこちらへ向けながら、その人物の名前を何とか発する。
「どうした? 君の覚悟はこの程度だったのかな? もし違うのであれば、彼女に言うことがあるはずだ。待たせるのも相手に悪い、早く言えばいい」
青年は、少女に鼓舞をしていた。多少雑ではあったが。
「無茶! いわ! ないで! ください!」
口では不満を垂れながらも、瞳に溜まっていた液体を制服の袖で雑に拭き取り、力の抜けかけていた足腰に再び力を入れ始める。自分の足で地に立つ為に、自分を救ってくれた人物の期待を裏切らないように、そして何よりも、自分が変わる為に。
力の入った少女は一度深呼吸してから、改めて自己紹介をした。
「始めまして、ダリル・ケイシー先輩。私の名前は四十川雫です。別の方と間違えられてないですか?」
その姿は未だに腰が若干引けており、眼を涙で赤く腫らし、頭に乗せられている青年の掌が乗ったままなど、些かまともな姿とは言いがたい。しかし、少女は自分の言葉で言い切った。
それを聞いた女生徒は少しばかり驚いたような表情になった後、ほんの少し頬を引きつらせていた。それは、悔しさや苛立ちを隠す為のものと言うより、喜びを隠そうとしていると言ったほうが正しかった。
その直後、先程までかけられていた圧力が嘘のように霧散した。
「おう、そっか。悪かったな、知り合いと勘違いしちまったみてーだ」
青年は圧力が霧散したのを確認すると、女生徒の腕を放した。その手首には、青年が握っていた手の痕がくっきりと残っており、どれ程の力が掛けられていたのか見当もつかなかった。
あっさりと、開放された女生徒は青年たちに話し掛けた。
「雫だっけか。良い名前じゃないか、大事にしろよ。んで、アンタが噂の男性操縦者様か、ま、精々夜道には気をつけな」
「ああ、あんたらも失う覚悟があるならいつでもかかって来い」
青年は目の前の女生徒一人に対して言葉を返した。それを聞いた女生徒は、一瞬真顔になり、その直後急に背を向け、じゃーなーという言葉と共に、手をひらひらさせながらその場を去った。
その際、青年と少女は去り際に窓ガラスに映った女生徒の横顔を、正確には先程以上に大きく釣り上がっている頬と口の端をしっかり見えてしまった。
side out
青年は、相手がその場を去るまでずっと警戒しており、見えなくなった時点でそれを一先ず収めた。そして、少女に話しかけようとした矢先、背中に凭れかかる様な感触があった。何となく察した青年は、そのまま背中を貸すことにした。
背中からは非常に小さな声で、嗚咽交じりの謝罪の言葉が、何度も、何度も何度も、繰り返されていた。
暫く放置するつもりでいた青年だったが、気が変わったのかそのままの体制で話し始めた。
「雫、そのままでいいから聞け。返事は要らん」
少女は、青年の言葉を聴いて、謝罪の言葉を一旦止めた。
「これがトラウマというものだ。相当厄介なものであることは身に沁みて理解しただろう。だが、今回はまだラッキーだ。次があるからな」
「普段なら【些か頼りない背中ではあるが、困ってる家族一人の涙を受け止めるくらいならわけないぞ】とでも言ってやってもよかったんだが、今回は駄目だ。過去との決別は、本人にしか出来ないからな」
「厳しく聞こえるかも知れんがはっきり言っておく。この件で背中を貸すのはこれで最後だ。わかったな」
青年の言葉に、裾を握る少女の力が増した。それと同時に、背中にぐりぐりと何かを押し付けるような感触があり、青年はそれに気が付きながらも、何も言わなかった。
暫くすると、背中と裾にあった感触がなくなった。
「しっかしまぁ、なんつー酷い顔だ」
「み、見ないでください!」
振り返った青年が、少女の真っ赤に晴らした顔を見てサラリと毒を吐き、調子を取り戻し始めた少女が両手を使って必死に顔を隠そうとしていた。
「けど、いい顔だ。それは前に進むために覚悟を決めた顔だ」
「え?」
少女が、青年の言葉に呆気に取られている中、青年は少女の頭をぐりぐりと撫でていた。暫くして、再起動を果たした少女が、何とかして青年の手を振り払おうとしていた。
その様子を見た青年は、不完全ながらも持ち直したと認識し、言葉を紡いだ。
「次は、お前の番だ。今回よりも遥かに厳しい戦いになるだろう。準備を怠るなよ」
「は、はい! あ、あの、ありがとう……ございます」
少女の返事と、最後のほうは消えそうな程小さな声で謝罪を受けた青年は、「……ほら、早く行け」とだけ返事をすると、少女は小走りでその場を離れて行った。
その行動を見た青年は、心の中で深い深い溜息をついた。
「(はてさて、どうなる事やら……てか、ひっでぇなこれ。落ちんのか?)」
青年は、これから起こるであろう事件を予想しつつ、上着の背中に付けられた複数の体液の痕を見てどうしようか悩んでいた。
因みに、上着を見たルームメイトから何事かと、深く深ーく聞かれるのだがそれはまた別のお話。
……side
ある部屋。
そこではカタカタとキーボードを叩く音がひたすら響いていた。その人物は、首から肩辺りにかけて括れるような独特な癖を持つ金髪を揺らしながら作業をしていた。
暫くすると作業が一段落したのか、ぐっと両手を上に挙げ伸びをした。その途中、
「ケイシー、バスルームの準備が出来たっスよ」
ルームメイトが声を掛けてきたので、「今行く、先に入って待ってな」と返答をし、丁度いいかと判断したのか、動かしていたノートパソコンの電源を落とし、その場を後にした。
その後、風呂場から何とも艶のある声が響き始めた頃、電源を落としたはずのパソコンの画面が独りでに動き始めた。
暫くすると、何事もなかったかのように電源が切れた。
side out
どもども、最後まで読んで頂いてありがとうございます。
コメント(理不尽な批判以外)、質問、代替案、どしどしお待ちしてます。
此処からは、ちょっとした私情?です。
此処最近ですが、アイデアばかりが先行し、物語について手がつき難い状態です。
前々からそういったことはあったのですが、前々回位からそれが酷くなりつつあります。
これが、スランプと言うものなんでしょうか、それとも作者の実力不足?
多分ですが後者だと思います。
次は、割と早く投稿出来るとは思いますが、その次からは未定です。
あ、予定では次で1章の最終話です。