ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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希望の箱舟にはほど遠く

 

《晴風艦長以下4名、オーシャンモール四国沖店にて発見、()()しました》

 

 電話越しの声に、宗谷真雪は安堵とも呆れとも取れる溜息をついた。

 

「……オーシャンモールということは、買い出しかしら?」

《なんでもトイレットペーパーが足りなくなったため、応急処置的に買い出しに出たとのことです》

「彼我の人員の損傷は?」

《双方ありません。安全監督室の室員は優秀です。貴校の生徒を傷つけるようなことはしておりません》

 

 それを聞いてしばらく間をとって、真雪は言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう。ご苦労様」

《……お母さん》

「なあに、真霜」

 

 電話の向こうの声色が緩んだことで真雪も表情を緩めた。相手がいくら海上安全整備局本局直轄の情報調査隊のトップを務めているといっても、真雪にとってはどこか心配な愛娘の一人にはかわりないのだ。

 

《ごめんなさい。……晴風への寄港禁止命令や撃沈許可、止められませんでした》

「それは仕方ないこと。あなたは本当によくやってくれたわ。真霜、あなたの方こそ大丈夫?」

《安全監督室の内部監査機関としての位置づけのおかげか、これといった妨害とか、圧力とかは来ていないわ》

「そう、なら……ならいいわ」

 

 それを聞いて心の底から安堵した。自分の始めた賭けを続けるために娘たちの生活を掛け金にするわけにはいかない。

 

《母さんからのお願いの件ですけど、海上安全整備局と横須賀女子海洋学校宛てに『委員会』から抗議文が出てきています》

 

 海上安全委員会としては処分留保期間とはいえ、晴風を戦術リンクに参加させたことは認められないというスタンスらしい。

 

「学校宛てのものは私も確認したわ。想像以上に手を回すのが早いけど、遅かれ早かれこうなるのはわかっていた。問題ないわ」

《……やっぱり、母さんは知ってたのね。学校の航海実習で何かが起こるって、気がついていた》

 

 そう言われ、軽く笑みを浮かべる。

 

「確証はなかったけれど、気が付いていなかったと言えば嘘になるわ。それはあなたもそうよね、真霜?」

《……職務規定上話すことはできません》

 

 それが雄弁に答えを語る。真雪は娘が自分と比べて不釣り合いなほど優秀な局員に育ったことを喜びながら、言葉を続けた。

 

「そう、なら話さなくていいわ。……このまま私が話しても大丈夫?」

《……防諜パッチは通していますが、セキュリティは保証できませんよ》

「そういう意味じゃないわよ。私が人魚としてできる、最後の仕事になるかもしれない。その前に、あなたには伝えておかないといけない。……調書として必要になる可能性がある。録音の用意をなさい。宗谷真霜一等監察官」

 

 電話の奥が沈黙した。物音が何度かする。録音のためにスマートフォンを何かに接続したのだろう。電子機器を操作するような音もスピーカーから流れてきた。

 

《用意できました。宗谷真雪校長、どうぞ》

 

 声色が再び仕事モードに切り替わる。わざわざ真雪の名前を呼んだのは、録音の声が誰なのか、明確に残すためだろう。本当に優秀に育った。それがこんなにも喜ばしい。

 

「私がこうなる危険性に気が付いたのが、丁度8ヵ月前。西ノ島新島沖を演習に使用するため、海洋安全整備局へと申請を出した後。海洋科学技術機構が同行申請をしてきていたことがきっかけでした」

《研究機関が国有艦船への同行を申請することになんら問題はなく、ままあることである以上、疑う余地はないかと思いますが》

「それ自体はあることでしょう。しかしながら、8ヵ月も先の演習への同行申請はあまりに遠い予定であり、わざわざ同行する理由が見当たりません。8ヵ月の間に入念な用意を行う必要があるような調査であるならば、海洋技術研究機構の調査艦を使用するはずです」

 

 受話器の向こうはまだ黙って先を聞くつもりらしい。それをいいことに真霜は続けた。

 

「研究の名目は火山活動で現れた新島の地勢調査及び生態系の調査とありました。確かにこのメカニズムを研究すれば、日本の地盤沈下に歯止めがかけられる可能性がある。そこは疑いませんし、こちらも断る理由はないため受け入れは行いました。……その研究の協力者(パトロン)に大山(いさむ)衆議院議員が付いていると知るまでは、疑念はあれど納得できるものでしたから」

 

 その名前を出せば受話器の向こうで息を飲む音が聞こえた。

 

《大山議員と言えば、……防衛省庁設置推進派の有力議員ですね》

「えぇ、ブルーマーメイドやホワイトドルフィンが保有する艦艇を再編し海軍へ移行するべきと古くからおっしゃっている議員様。軍艦として艦艇の増強を図り、強いニッポンを全面に押し出し、国益の増強を図るという考え方をなさる方ね」

 

 ブルーマーメイドを取り巻く環境は決して単純ではない。当然だ。国土交通省を始めとする中央省庁だけでなく、海洋技術研究機構のような研究機関、海上で事業を展開する民間企業や工場・商工組合など、様々な組織と関係があるためだ。公正・中立を謳う海上安全整備局だが、関係機関を数えるだけでも楽に4桁に達する状況の中にあれば、当然関係の濃淡が出てくる。それが立場の違いに繋がっており、それが海上安全整備局での内部派閥を生み出すことに繋がっている。

 

 武装艦艇を運用する側面から、警備に重点を置くべきだという執行派。公海上への航路啓開業務や海上救難業務を重視する人道派。安全な海を維持するという組織理念実現のため諸外国の類似機関との連携を重視する外交派。庇護対象を領土や日本国籍保有者、日本国籍を有する艦船に限定するべきだと主張する専守派……それぞれの利害を守るため、海上安全整備局では日夜喧々諤々の会議が繰り返されている。内部の会議だけでもこれであり、外部との関係も鑑みると、海上安全整備局は決して一枚岩の鉄壁の盾などではなく、非常に脆い砂上の楼閣であることがわかる。

 

 そんな脆い基盤の上で宗谷真雪は海上安全整備局の理念をあくまで守る原則派の有力者としての地位を確立している。海上生活を守る海上救難業務、海上犯罪の抑止・対策を行う海上警備業務、海上交通を確保する航路維持業務―――――すなわち『海に生き、海を守り、海を往く』というブルーマーメイドの理念を忠実に守る力としての艦艇運用に限るべきというスタンスだ。原則派が『宗谷派』と呼ばれるのはこのためでもある。

 

《宗谷校長はそれを危険視しているということでしょうか?》

「大山議員は国土交通大臣時代にインディペンデンス級高速航洋艦8隻をアメリカ相手に発注したことからもわかるように、国防のための兵力の拡充を急速に進めようとする人です。……その人が西ノ島新島沖での調査に多額の支援金を供出している。疑わざるを得ない状況でしょう」

《……ですが、それには確証は存在しない、違いますか?》

「その通りよ。だからこれまで危険だと思いつつも、それを止める術を持たなかった」

 

 それを聞いた電話の先にいる宗谷真霜の声が一気に冷えていく。

 

《……過去形で語るということは、術を得たとおっしゃるつもりですか?》

「現状におけるすべての行方不明艦のリストと直前までの航路を閲覧すれば、わかることもあるでしょう」

 

 そう言って真雪は手元に引き寄せたタブレットのロックを解除した。直前まで閲覧していた航路図が表示される。

 

「行方不明は武蔵・比叡・鳥海・摩耶・五十鈴・名取・晴風・天津風・磯風・時津風・アドミラル・シュペーの全11隻。全艦が今回の演習への参加艦ですが、その航路を参照すれば、特徴が見えてくる」

《……。晴風と武蔵を除いて、西ノ島新島沖でまとまって錨泊していること、ですか?》

 

 真霜の声に真雪は頷いた。やはり自分と比べて分不相応なほどに優秀だ。

 

「その通り。比叡他錨泊していた艦艇は何らかの共通する理由で連絡を絶っていることが予測される。その接点は西ノ島新島で何かがあったと考えるのが妥当よね。晴風の場合は、西ノ島新島で何らかのトラブルに巻き込まれたと思われる教導艦『猿島』と接触したことを皮切りに状況が発生している。現状の問題はすべて西ノ島新島沖で何があったのかという問題に収束する」

 

 彼女は優秀だ、ここまで言えば真雪が何を言いたいのかを察しているはずだ。

 

 

 

「では、武蔵は連絡を絶ったんだと思う? 西ノ島新島まで到達せず、その他の艦艇と接触していないはずの武蔵が、なぜ?」

 

 

 

 電話の向こうは黙りこくっている。それはすなわち真霜は真雪の疑念を突き崩すような答えを持たないことを意味する。

 

「武蔵のトラブルだけが『異質』であるならば、その例外たるなにかが存在する」

《それが――――大山議員に繋がる、と?》

「武蔵に座上する担当教官、北条沙苗教務主任補は現役のブルーマーメイド時代に大山議員が主催する勉強会の受講生だった。……関係がないというにはあまりに出来すぎているとは思いませんか?」

 

 まだ受話器の向こうは無言。持ちえない答えを要求しているのだから仕方ない。

 

「安全監督室及び情報調査隊はそれを調べる権限を有し、本校にはそれがない。私が既に目をつけられていている以上、校長である私が公に動くことを安全監督室は容認することはできない。それは十分承知している。それでも尚、私はあなたに伝えなければならない」

 

 そう言って真雪は視線を上げた。背筋を伸ばす。

 

「宗谷真霜一等監察官に横須賀女子海洋学校校長として通告します。本校はいかなる事情があろうとも本校生徒を脅かす可能性がある以上、それを容認しません。たとえ本校の関知しない領域のものであったとしても、それが本学の生徒を危険に晒す可能性があるものであるならば、本校は生徒の安全を優先するため断固としてそれらに反対し、行動します」

 

 これがただの意地であることなど百も承知。それでも真雪は立たねばならない。

 

「現状生徒が危機的状況に陥っている以上、本校はこれへの対処を最優先事項として扱います。従って、海上安全委員会及び海上安全整備局が発表した本校所属直教航洋艦『晴風』への撃沈許可 及び 寄港禁止令に対する撤回要求を取り下げることは決してないことをご理解いただきたい。そして本校は生徒を守るため、独自の調査を続行する方針を維持し、これからも調査を続行します」

《――――確かに、承りました。それでもあなたが行動をとり続けるというのならば、こちらもそれなりの対応をしなければならなくなります》

 

 真霜はどこか悔しそうな声色でそう言った。真雪にも真霜が何を憂いているのかは痛い程わかる。真雪と真霜の立場が逆だったとしたも、同じように言っただろう。

 現状で組織としては校長が引き下がり、捜査を安全監督室に任せることが『最善』であり、『なすべきこと』だろう。それに対して否ということは、組織として好ましくないことだろう。それに対しては罰せねばならないのが組織というものだ。

 

 しかしそれでは生徒を守れない。だから真雪は立ち上がらねばならない。それは真霜もきっと理解してくれているだろう。それでもそれを容認することは安全監督室室員という立場上到底許されないのだ。

 

 だからこそ言わねばならない。

 

「それなりの対応とは、査問会議や懲戒免職と言ったところかしら。大いに結構よ。私は校長としての職務を果たしているだけ。……あなたも職務に忠実でありなさい」

《……ご心配ありがとうございます》

 

 その声はどこか辛そうだが、ここで私情に流されないあたりはさすが安全監督室室長を務める女性と言ったところだろう。

 

「では、くれぐれもよろしくお願いします」

《……どうか、ご自愛を。宗谷校長》

 

 その最後の一言を聞いて、電話を切る。そうして目を閉じる。

 状況は未だに流動的で、今後どうなっていくか読み切れないところがある。だからこそ打てる手は打っておくべきであり、今、その一つを打った。これで真霜はこちらの意見を汲み、何らかの調査を行っていくだろう。真雪が調査や対策を公にできなくなったとしても真霜が動ける状況を作った。

 

「あなたたちが背負うべきは栄光だけよ、真霜、真冬、ましろ。だから……」

 

 その先の言葉を飲み込んで、椅子から立ち上がった。新着通知がタブレットに届く。見なくても大体の予想がつく。

 

「……泡となって消えるにはまだ早い、真雪。まだやるべきことが私には残っているでしょう」

 

 査問会議への出頭命令を見てそう嘯いた。真雪は校長室を後にする。

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

「暇ー、ひまヒマ暇ー、教官なんとかしてー」

「お昼食べてるんだから暇もなにもないだろう」

 

 お昼のお盆を受けとるや否や西崎芽依に呼ばれた柳は、彼女からいきなりそう言われ、小さく苦笑いを浮かべた。白身魚のフライをメインに据えた昼食をテーブルに置いて、柳は芽依の向かいの席につく。

 

「実際何とかしろって言われても何をすればいいんだい? ダメコン訓練でもする?」

 

 先生相手にしてはかなりラフな口調だが、柳は気にした様子はない。箸を手に取り律儀に手を合わせてから白米を口に運ぶ。晴風の面倒を見ながらなので全員が揃ってのご飯と言うのはない。お昼には早い時間帯なのもあり、柳と芽依を除いては砲雷科の万里小路楓や航海科の勝田聡子など数名しかいない。

 

「なにかこう、もっとドカーンとかズガーンとかいくものないのー?」

「基本的に武装は使用禁止。訓練用のターゲットブイは積んであるが、訓練弾も禁止」

「えー?」

「仕方ないだろう。ただでさえこっちは反乱の被疑が掛けられているんだ。無駄に動くのは得策じゃないよ」

「むー……」

 

 どこか不満げな芽依だが、柳は気にせず昼食を続ける。醤油を少し垂らした白身魚のフライはかなり美味だ。相変わらず晴風の給養員の腕はいい。

 

「暇すぎて撃て撃て魂が騒ぐよぅ」

「なんだその物騒な魂は。そもそも、いきなり訓練段階(トレーニングステップ)を10も20も飛ばして魚雷や主砲を撃ちまくれたのが異常なんだよ。横須賀に戻ってからは3ヵ月の基礎座学が中心になる。それを受講して上級火器管理官ライセンスを取れるまでは生徒単独での火器制御はやらせないからな」

「教官の鬼ー。ちゃんと魚雷も主砲も使えるじゃんよー」

「使えるのと適正管理は別問題。魚雷を押し出すだけとか引き金を引くだけかなら誰でもできるが、それをどういうタイミングでやるべきかはしっかり座学で学ばないとな。だから座学頑張りなさい」

「うげ……」

 

 芽依が机に突っ伏したのをどこか面白そうに見ながら柳は料理を口に運ぶ。ゆっくりと食事を楽しんでいると食堂に横須賀女子海洋学校の制服とは違うブレザータイプの恰好をした女性がズカズカと入ってくる。ヴィルヘルミーナだ。

 

柳教官(リーラー・ヤナギ)。探したぞ」

「どうかしたかい、フリーデブルクさん」

「貴校がアドミラルシュぺー等の艦船のトラブルを予測していたというのは本当か?」

 

 柳の箸が止まる。宗谷ましろが食堂に走り込んだ。突っ伏していた芽依がどこか目をぱちくりとしながら起きて、ヴィルヘルミーナを見上げる。

 

「え? どーゆーこと?」

「西ノ島新島沖での演習で何かが起こることを知っていた。それになんらかの対策をするために貴官が晴風に配置された可能性があると聞いた」

「……今朝の無線を盗み聞いていたのはフリーデブルクさんだったか。てっきり宗谷副長だと思っていたが」

 

 柳の言葉を聞いたましろの顔が青ざめる。柳は箸を置いて、体ごとヴィルヘルミーナに向き合った。座ったままの柳を見下ろすようにしながらヴィルヘルミーナが答える。

 

「そんなことはどうでもいい。貴校が演習で何かが起こる可能性について知っていたのかと聞いている。答えてもらおう。演習にはアドミラルシュぺーが関わっていた。貴校が知っていたとするならば、当然アドミラルシュぺーにも伝達されるべき内容だ。アドミラルシュぺー副長として情報開示を要求する」

 

 場の空気はとっくに凍り付いていた。ヴィルヘルミーナと柳の問答を静かに見つめるしかない。この場で発言できるのはその二人だけだった。柳の声色は硬い。猿島と対峙していたときのような緊張感を芽依は柳から感じていた。

 

「……具体的な情報は私まで降りてきていないが、少なくとも宗谷真雪校長が何らかの疑念を抱いていたのは確かだ」

「つまり貴校の校長は予測していたということだな?」

「それが具体的に何かと言う部分に関してはわからないだろうが、何らかの動きがあることは掴んでいたと見て間違いないだろう」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 その間に割り込むように芽依が声を上げた。

 

「待って、待ってよ。もし学校がこうなることを知っていたなら……なんで晴風は追われてるの? なんで撃沈許可なんて出てるの?」

 

 それに関しては誰も答えを持ちえない。それでもここにいる誰もが予測を立てられるほどに優秀だった。

 

「……晴風は、見捨てられたのか?」

 

 ましろがそう言った。柳は首を横に振った。

 

「すべては推測に過ぎないが……可能性として否定はできない。しかし確率的にみればその可能性は低いだろう」

「ならば貴方はなぜだと思う? リーラーとしての意見を聞かせてくれ」

 

 教官としての意見とヴィルヘルミーナに問われ、柳は考え込むような仕草をした。

 

「……安全監督隊(ブルーマーメイド)の治安維持活動を引き起こすことを目的としているのなら、筋が通る」

「ブルーマーメイドの……」

「治安維持活動……?」

 

 ましろと芽依がオウム返しにそう言った。

 

「宗谷校長は西ノ島新島沖で何かが起こることを掴んでいたのはほぼ間違いない。おそらくそれが学校内部で処理できるレベルを遥かに超えていた。反乱、テロ、犯罪行為……それらを抑えつけるための治安維持部隊の投入が必要なレベルでの動きがあると校長は判断したとしたらどうだろうか? 安全監督隊が介入する理由づけとしての晴風の反乱というデマゴギーが必要だとしたら、現状の処置はうなずける」

「ど、どういうことなのでしょう……?」

 

 横で聞き耳を立てていたらしい万里小路楓が会話に参加する。

 

「要はブルーマーメイドに本隊を投入させることが目的だったということだ。ブルーマーメイド本隊の投入には理由が必要だ。その理由として『晴風の反乱』という事件が必要だった可能性がある。だから教導艦『猿島』が晴風に砲撃を行い、晴風が学校から離反するようにしかけた」

「それって……学校は晴風を見捨てたことと変わらないじゃんか!」

 

 芽依の言葉に柳は再び首を横に振る。

 

「いや、それに関しては『柳昂三教務主任補の暴走』と言うことで決着をつけられるだろうし、私一人切り捨てるだけで君たちは守られるだろう。……少なくとも宗谷校長は生徒を見捨てるような、切り捨てるようなことをしない信頼できる方だよ。文字通り命がけで生徒を守るだろう」

 

 柳は肩を軽く竦めて続けた。

 

「それに、晴風は本当に反乱したわけではない。だからブルーマーメイドの本隊の疑いの目は『なぜ猿島が発砲したのか、西ノ島新島沖で何があったのか』に向けられる。そこで何があったのかを公的機関が公に調べること、それを引き出したいというのが目標じゃないかと思う。そうだとしたら晴風クルーは無罪放免どころか、勲章モノの立役者だ。なにせ事件を解決する糸口をブルーマーメイドの本隊に引き継いだんだからな」

 

 そう言うとみんな複雑そうな顔をしていた。柳はそう言って続ける。

 

「何度も言うが、これは推測に過ぎない。判断に必要な情報が絶対的に不足しているからだ。逆に言えばこちらに伝えることが出来ないほどに重大で不確定要素の多い情報が、晴風より上の指揮系統でやり取りされているということを指す」

 

 だから晴風に取れる手段は限られる訳だ、と柳はそう淡々と告げていく。ヴィルヘルミーナはそれに異様な雰囲気を感じていた。あまりに落ち着いているのだ。

 

「本艦の方針に変更はない。補給が完了し次第、学校の指示に従って横須賀女子海洋学校、直教艦桟橋へ帰還し、次の指示を仰ぐ」

 

 フリーデブルクさんは異論あるかい? と聞かれるが異論を挟む余地はない。

 

「……貴方は、何者なんだ」

「元ホワイトドルフィンの現教官だけど?」

 

 即答で返されればそれ以上問うことはできない。それでもなお、ヴィルヘルミーナには疑念が残る。一介の教官にしては、あまりに非常事態に慣れているように思えるのだ。話を早々に畳んだのも、なにか知られたくないことでもあるのかと疑ってしまう。

 

「超えられない嵐は無いと言うし、何とかなると信じよう」

 

 彼はそう言って笑う。その顔はいつも通りの柔らかさがある。平時は本当にただの教官に見える。声をかければちゃんと真摯に答えてくれるし、相談を投げても親身になってくれるだろう。口うるさくもなく、生徒としても動きやすい教官のように思える。それが、時折見せる厳しさと要領の良さを際立たせる。

 

 本当に、何者なんだ。

 

 ヴィルヘルミーナの不穏を気にしないで柳は笑みを深めた。

 

「とりあえずは岬艦長たちの買い出し組が返ってくるのを待とう。あと2時間もすれば帰ってくるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際のところ、彼の予想は大きく外れることになる。2時間経っても岬明乃艦長をはじめとした買い出し組は戻ってこなかったのだ。結局戻ってきたのは4時間23分後。帰艦予定時間を3時間ほど過ぎていた。

 

 遭難などの可能性もあり、気を揉んでいた柳やましろだったが、安堵した次の瞬間に驚愕することになる。

 

 

 

 

 

 安全監督隊の高速警備艇をはじめとした武装艦を引きつれていたのだ。

 

 

 

 

 

 




……言えない。導入のつもりで書いていた2シーンだけで一話埋まったなんて言えない……! 
次回の更新分も含めて今回投稿するつもりだったのですが、1万5000字を超えることがほぼ確定してしまったので分割です。おかげで今回小難しいことを話すだけの話になってしまいました。

宗谷真雪校長はこの作品の裏主人公というか、晴風では切り込めない上層部との駆け引きを行えるキーマン(キーウーマン?)です。今後もかなりの頻度で登場することになりそうです。アニメでは既に明らかになっているシュぺーや猿島の暴走の理由になったアレは何のために行われ、生み出されたのか。そのあたりに近づいてくれそうです。真雪の戦いにも注目してくれると嬉しいです。

次回はいよいよブルーマーメイドとの接触、気合入れていきます。

――――――
次回 鶏が先か卵が先か、その問答に意味があるか
それでは次回もよろしくお願いいたします。
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