ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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本日7月20日は晴風艦長、岬明乃艦長の誕生日ということで、特別短編を投下です。
正直しろちゃんの出番が多すぎてミケちゃんの誕生日短編といえるのかどうかがかなり怪しくなってますが、公開してみます。

【注意】
・百合やガールズラブ要素あり。注意!
・時系列はアニメ『ハイスクール・フリート』終了後。アニメのネタバレあり。
・拙作『ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー』のラストとは異なります。無関係だとは言いませんが、これが正しい終わり方でもありません。IFのパラレルワールドだと思ってください。
・物語の進行の妨げになることを防ぐため、割り込み投稿を掛けています。

以上が気に入らないという方は閲覧を控えることを強くおすすめします。
それでもいいぜ! という方はお付き合いいただければ幸いです。


それでは皆様声を合わせて


ミケちゃんHappy Birthday!




QRT / 一時中止せよ
【特別短編】名前を呼んで【ミケちゃん誕生日】


 

 

 

 私は艦長(あのこ)に勝てない。くだらない劣等感に捕らわれていることは重々承知だ。それでも、私はあの子に敵わない。適わないの方が正しいのかもしれない。それがまるで重石のように私を沈めるとしても、それなしではいけない。

 

 八つ当たりのようにそう思って、宗谷ましろはそっと横を覗き見た。スタイラスペンで板書をタブレットに移しとっている岬明乃が見える。この授業は板書がそもそもあまりないのに必死にメモを取っているのは、教官の口頭でのアドバイスを書きこんでいるのか、さっきまで板書をサボっているのか――――多分後者だ。

 

 明乃ならば板書を必死に取らなくても、ほぼ間違いなく「優」評価を勝ち取るだろうとも思う。海上行動基礎理論の授業を受ける前から旧晴風クルーは実戦に投入され、任務を完遂し生きて帰ってきた。救難活動だってこなした。その指揮をとったのは岬明乃と、座上していた艦艇群司令だ。明乃の実力は文字通り折り紙付き。試験も易々と切り抜けるだろう。

 

 溜息をつくと、明乃が一瞬ちらりとましろの方を見た。口パクで何かを伝えようとしている。

 

 

 だ い じ ょ う ぶ ?

 

 

 それを見て、こくりと頷いておく。笑えているかどうかわからないが、笑みを浮かべようとしてみる。明乃は笑い返してノートを取る作業に戻っていった。それを見て、ちくりと胸が痛む。昼下がりの教室に入りこみ始めた蝉の声と一緒二意識から追い出すようにましろスタイラスペンを滑らせる。少なくとも放課後までにはこんな気持ちを奥底に仕舞い込まねばならない。

 

 

 今日は7月20日。外出申請を出している日だ。――――明乃と一緒に。

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「……誕生日?」

 

 聞き返すと晴風クラスの書記を務める納沙幸子が頷いた。副長室にいきなり乗りこんできたと思えば、何の前触れもなくそう言った。

 

「ミケちゃんの誕生日が一週間後の7月20日なんです。だからみんなでお祝いしようと思いまして、ほら、ミケちゃんなんだかんだで皆の誕生日お祝いしてくれるじゃないですか」

「……あぁ」

 

 副長室のデスクに置いてある白い蝶ネクタイを締めたテディベアをちらりと見る。副長室では一番の新参がそこにちゃんとあることを確認してから、幸子に視線を戻した。

 

「だから、誕生日パーティーをやろうって話か?」

「さっすが副長、その通りです」

 

 そう言って演技臭く両手を振る幸子。

 

「もうミカンちゃんとあっちゃん・ほっちゃんがケーキやごちそうづくりの算段に入っています。教室の飾りつけなどはヒメちゃんとモモちゃんのダメコンコンビがデザイン中。必要経費や補給線の管理と当日までの隠蔽工作はミミちゃんと美波ちゃんが担当してます。もちろん教官には根回し済です」

「まてまてまてまて! そんな大がかりにやるのか!?」

 

 想像以上の規模に思わず声を上げるましろ。隠蔽工作など物騒な言葉が聞こえた気がしたのは聞き間違いだと信じたい。

 

「だって、ミケちゃんずーっと頑張ってきたんですよ? 少しは恩返ししないと、でしょ?」

 

 そう言ってウィンクを決める幸子。それを言われてしまえばましろに反論材料は残されていない。

 

「……で、私に何をすればいいんだ」

「そーですねー」

 

 幸子すごくイイ笑みを浮かべた。幸子がこういう笑みを浮かべるとき、彼女はほぼ間違いなく危ないことを考えている。人騒がせなひとり芝居『ココ劇場』なんて生ぬるい、なにかキケンがアブナイ何かを考えている。三ヶ月以上寝食を共にしたクルーとしてそれを肌で知っている。ましろの背中が一気にじっとりと汗で濡れていく。

 

「どーしましょーかねー」

「……とっくにどうするか決めているくせに、下手に伸ばすな」

「へへ、バレてましたか」

 

 そう言ってぺろっと舌を出す幸子。

 

 

 

「しろちゃん副長ー。ミケ艦長とデートしてきてください」

 

 

 

 何を言われているか本気でわからず、ましろはフリーズした

 

「……いま、なんて言った?」

「ミケ艦長とデートしてきてください」

「で、デート……?」

「デート」

「デートってあれか、日付のことか」

「デイトじゃなくてデートです」

「な、ならナツメヤシか……?」

「それはデーツですねー」

「で、デートとは何をすればいいんだ……?」

 

 しどろもどろになってそう言ったましろに幸子は盛大に溜息をつく。

 

「だから、ミケ艦長誘ってー、買い物してー、お茶してー、時間があったら映画でも見てー……好きなだけちゅっちゅしてー」

「まてまてまてまて!」

 

 顔を真っ赤にして言葉を断ち切らせるましろ。

 

「なんで艦長と! 私が! デートを! しなきゃ! いけないんだ!」

「だって、当日の準備はさすがに隠しきれないのでー、この科戸風(しなとかぜ)から追い出さないといけないですし」

 

 そういって床を指さすような動作をする幸子。

 

「それはわかる! だがなんで私なんだ!? お前でも知床航海長でもいいだろう!」

「私は企画長として全体の状況把握がありますしー、りんちゃんも役割があります。もともとりんちゃんは当日は艦橋当直がありますからねー」

 

 どんどん反論の余地を潰されていくましろ、早く跳ね除けなければ訳もわからないままそのままデートになってしまう。それだけは、避けたい。

 

「……だから、なんで私なんだ」

「多分ミケちゃんが一緒に出掛けて一番楽しいと思うのがしろちゃんだからです」

 

 頭をぶん殴られたような気分だ。その言葉にくらくらする。視線も落ちた。

 

「……嘘だ、それは」

「なんでそう思うんですかー?」

 

 いつも通りの声が響く。反論しようとして、その言葉が自分に刺さることに気が付いた。それでも、口にしないことはできなかった。

 

「艦長が求めているのは、私じゃない。本当に隣に立ってほしいのは、柳教官だろう。私なんかより、ずっといいはずだ」

 

 しばらく言葉が途切れる。アナログ時計の時を刻む音が隙間を埋めた。

 

「……艦長は、ずっと柳教官の背中を追っているんだ。理想の艦長(あのひと)めざして、わき目を振らずに、ずっと」

「だから逃げるんですか、しろちゃんは」

「逃げてなんか……!」

 

 とっさに顔を上げれば幸子の顔はいつの間にか目の前にあった。両手で頬を押さえられ、視線を下ろせなくなる。そのまま真正面から幸子の顔を見ることを強いられる。

 

「大好きなんでしょう、艦長のこと」

「……それは」

「『私は貴女の助けになりたい。支えになりたい』……そう言ったんでしょう」

 

 表現は違うが、確かにその思いを込めて言葉をぶつけた覚えはある。だから反論はできない。

 

「おどれも吐いた唾、飲まんとけよ」

「え?」

「あなたも一度言った言葉は守れってことです。……ミケ艦長はずっと柳教官の背中を追いかけるかもしれない。それでもその背中を支えるんでしょう? 守るんでしょう? ()()()が。それを躊躇ってどうするんですか?」

「私よりも艦長はずっと強いよ……だから」

「だから?」

 

 幸子の声がどこか呆れたような色を帯びる。

 

「ミケ艦長はきっと宗谷副長が思っているよりずっと普通の女の子ですよ」

 

 そう言って幸子はましろの頬に触れていた手をそっと離した。

 

「まんざらでもないんでしょう? 素直になって楽しんで来ればいいと思いますよ」

 

 そう言って笑って出ていく幸子。机の上に外出申請書類を置いていくのも忘れない。

二枚置いてあるのは片方が明乃の分だからだろう。

 

「……どうすればいい」

 

 背中を丸めてそう漏らす。机の上の申請書とテディベアを見つめてどうすればいいのか考える。そうしていると足元でごそごそと動く気配。どうやら艦内の散策を終えた猫の多門丸が部屋に戻ってきたらしい。そのまま、ましろの足元にすり寄って、毛並みを擦りつけてくる。グレーの毛並みをそっと抱えて机に乗せる。

 

「多門丸……どうすればいのかな、私」

 

 そう言って喉の下を撫ぜてやる。気持ちよさそうに目を細めた多門丸は喉を鳴らした。

 

「……素直になんて、なれるわけない」

 

 そう嘯いてましろは多門丸が寝付くまでそのまま撫でつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせー、しろちゃん!」

 

 そんなことを思い出していたら、いつの間にか時間が経っていた。明るい茶色の髪が跳ねさせながら岬明乃が駆けてくる。

 

「いえ……行きましょうか」

「うんっ!」

 

 海洋学校公式のスクールバックを手に正門を潜る。いつも通りの制服の裾が揺れる。

 

「それにしてもしろちゃんから買い物に誘われるなんてびっくりしたよー」

「わ、私だって買い物には行きますよ」

「買い物に行ってないなんて言ってないよ?」

 

 そういってクスクスと笑って明乃は後ろ手にスクールバックを下げて歩く。

 

「それで、何を買いに行くの?」

 

 艦長の誕生日プレゼントですとはさすがに言えない。事前に用意していたシナリオを思い出す。

 

「……前にテディベアを買ってくれたこと、覚えていますか?」

「? しろちゃんの誕生日の時のあの子?」

 

 頷くましろ。ぎこちなくなっていないかかなり心配だ。

 

「机の上で一人じゃ寂しそうなので……もう一人買おうかなと、店を知っているのは、艦長ですから」

 

 自分で考えておいてなんだが、これはこれで恥ずかしい。だが、明乃はそんなましろの気持ちも知らずに納得顔だ。

 

「なるほど。じゃぁ案内するね!」

「お願いします、艦長」

 

 一歩先を歩く明乃がくるりと振り返った。どこか不満そう。なにか地雷を踏んだかと冷や汗をかくましろ。

 

「しろちゃん、やっぱり私のこと艦長って呼ぶんだね」

「……艦長は艦長ですから」

「今は艦降りてるし、放課後なんだから艦長とか役職じゃなくて、あだ名か名前で呼んで?」

「……み、」

「ほらほら」

「み……」

「うんうん」

「……岬さん」

 

 いきなりずっこける明乃。なにか間違えただろうか。

 

「むー、名前かあだ名って言ったのにー」

 

 そういって頬を膨らませる明乃。

 

「まぁ、ゆっくりね。ぜったいいつか呼んでもらうからね!」

「は、はい……」

 

 表情がくるくると変わる明乃に既にタジタジのましろ。なんというかこのあと数時間なにごともなくいくのかというのがかなり心配である。そんな思いを置いていったまま明乃が言葉を続けた。

 

「えっと……すぐその店に行くのでいいのかな?」

「はい。そのつもりなので」

「横須賀市街の中心あたりだから、スキッパーの係留有料なんだよね……。私のスキッパー二人乗りできるから一緒に乗ってこ!」

「え……?」

 

 フリーズする間にも明乃はましろの手を引っ張って連れていってしまう。そのまま流れで二人乗りになるらしい。本当にこのまま何事もなくいくのか心配なましろだった。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「上手くいっていると思う? あの二人」

 

 脚立に上って壁に紙のリースを張り付けながら水雷長の西崎芽依がそう言った。マイクシステムのセットアップを行っていた万里小路楓がそれに答える。

 

「トラブルはありそうですけど、おそらく楽しんでいらっしゃるんじゃないでしょうか?」

「それはそうなんだけどねー」

「西崎さんは気になることがございますの?」

「んー、気になることって言うほどではないんだけどねー……ってタマちゃん何してるの?」

 

 白っぽい髪を揺らして足元でなにやら作業を始めた砲術長の立石志摩を見下ろして芽依が胡乱げな声をかけた。

 

「……クラッカーづくり」

「いや、なんでチャフランチャーの予備部品なんて使ってるの?」

「これくらいあると、派手」

「いやいやいやいや! 祝砲じゃないんだし艦内で使うには明らかオーバースペック!」

 

 そう言って芽依は脚立から飛び降りるとチャフランチャーの発射筒を取り上げた。

 

「ひどいことなるよー。ちなみに発射体(プロジェクタイル)は何を使うつもりだったの?」

「……小麦粉」

「ギャグか! 艦に戻って早々に小麦粉塗れにしたらヤバいって!」

 

 キレのいいツッコミに満足げな志摩。その二人のやり取りを見て微笑んでいた楓が教室に入ってくる影を認めた。

 

「あら、和住さんに青木さん、できましたのー?」

「なんとか間に合わせたッスー」

「横断幕のペイントも終わったー、やれやれだねー」

 

 機関科の青木百々と和住媛萌が両手に大荷物を持って入ってくる。百々が置いたのは大ぶりなアルバムである。

 

「とりあえずクルーみんなでのプレゼントっス。似顔絵とメッセージをまとめたのが前半分。後ろのアルバムにはミカンちゃん撮影のスナップ集」

「横断幕もきれいに染まってよかったよー」

 

 その横に広げれば黒板の幅いっぱいになるほどの大きな幕を置いて媛萌が大袈裟に汗をぬぐった。

 

「さっすがモモ画伯、ほんとそっくりー」

「まぁ3ヵ月も一緒にいればみんなぐらいは描けるようになるッスよー」

 

 アルバムの方をパラパラ眺める芽依。最後のページを見てクスリと笑った。

 

「ミーちゃんのはどうやって集めたの?」

「ミカンちゃんがかなりマメに連絡取ってるッスよー。今はドイツ本国で時差7時間なので、一九〇〇(ヒトキューマルマル)時からの誕生パーティーの時にはオンライン参戦するそうッス」

「あー、丁度昼休みなのか。いいねぇ」

 

 芽依が嬉しそうな笑みを浮かべてアルバムに視線を戻した。パラパラと捲れば晴風クルーのスナップに移る。

 

「ミカンちゃん、上手」

「だなー」

 

 志摩が関心を示したとおり、うまく一瞬をとらえている。

 

「そう言えばミカンたちは?」

「杵埼ツインズがケーキで晴風を再現しようと躍起になっててさー、烹炊所が過去にない程鉄火場になってる。ミカンちゃんもミカンちゃんでポテトサラダとかいろいろ量産体制に入ってるし、今マジで危険。下手に突っ込むと包丁とかいろいろ飛んできそう」

「そのレベルで鉄火場!?」

 

 媛萌の言葉に芽依が突っ込む。肩を竦めたのは百々だ。

 

「本当は今の科戸風(しなとかぜ)と合わせて二隻建造予定だったらしいッス。時間と分量の関係で晴風だけにするみたいッスよー」

 

 料理、特に甘味が絡むと超絶アクティブになる杵埼姉妹に、こだわりが強くて声をかけても反応しないほど集中している美甘と、優秀だが一癖も二癖もある給養員チームなのだが、イベントを前に本当にやる気を出しているらしい。

 

「今日は金曜じゃないからカレーは封印だけど、ミケちゃんの好物カレーだし、カレー味の唐揚げ作ろうかとかいろいろやっているらしいよー」

「なら今晩の料理は期待大だねー」

 

 それに首を大きく縦に振って同意を示す志摩。カレー大好物はここにもいるのである。

 

「ま、7時『に』戻ってねーって言ってあるし、それまでにいろいろ終わらせちゃおー」

『おー!』

 

 戻ってくるまであと2時間。急ピッチで用意が進む。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 

 手提げ袋に入ったテディベアを満足そうに眺めるましろの横に明乃が並んだ。水路をまたぐ橋を渡ってスキッパーまで戻れば今日の予定は『一応』終了だ。

 

「良かったね気に入ったのがあって。……黄色のリボンを選ぶのはちょっと意外だったかも」

「そうですか?」

「ちょっとね」

 

 そう言うとにっこりと笑う明乃。その笑顔から静かに目線を逸らした。ポケットに差し込んだ左手が落ち着かない。黄色のリボンは岬さんの髪留めの色ですとか口が裂けても言えない。

 

「かん……岬さん」

「んー?」

「今日は、ありがとうございました」

「え?? いきなりどうしたの?」

 

 笑って首を傾げる明乃を横目でみる。頬がどこか熱くなっている気がする。夕焼けにはいささか早い時間のせいで夕陽のせいにするわけにも行かないのが厳しい。それでもここまできて黙っているわけにはいかない。

 

「わざわざ、付き合わせてしまって……」

「ううん! 楽しかったよ! しろちゃんやっぱりかわいいもの大好きなんだねー」

「か、からかわないでください……」

 

 水路を渡る橋に続く階段を昇る。電気自動車用の橋に合流しようとかなりの長さの階段を昇っていく。

 

「……もしよかったらなんですが、」

 

 そう言ったタイミング、言葉が切れた。正確には騒音で叩き切られた。強烈なブレーキ音、衝撃音、誰かの悲鳴。その方向を慌てて見ると橋から半分乗り出す形で車が止まっていた。

 

「な、事故……!?」

「しろちゃん! いくよ!」

 

 明乃が駆けだす。手に持っていたバックを投げ捨て階段を駆け上がる。

 

「要救助者2名! ひとりは子ども!」

「了解!」

 

 明乃が自動車橋に合流したタイミング、バランスを崩した電気自動車が海中に落ちていく。明乃が息を飲む音が聞こえる。周りにいる人が騒ぎ出すのを抑え込むように明乃が声を張った。

 

「警察と救急車を呼んでください! そこの車のドライバーさん! 自動車の非常用ハンマー貸してください!」

「お、おう……!」

 

 橋の上で止まっていた車からオレンジ色の窓ガラスハンマーを借りた明乃が橋から下を覗き込む。高さは5メートル強だろう。車は完全に水没、水深も十分にある。海面の泡はおそらく車から空気が漏れているんだろう。

 

「しろちゃん、海上で足がいる!」

「わかった!」

「どなたか懐中電灯か何か持っていませんか! 持っていらっしゃる方いらしたら貸してください! 人命救助に必要です!」

「わ、私持ってます!」

 

 遠巻きに見ていた女性が声を上げた。小さなペンライトだが、それを受け取って明乃は頭を下げた。明乃にハンマーを貸した運転手の男が近寄る。

 

「お、おい嬢ちゃん達大丈夫かい……?」

「車の中の空気が抜けきるまで時間がありません。急がないと危ないです」

 

 明乃はセーラー襟の裏に仕込まれた膨張式救命胴衣(インフレータブル・ライフベスト)の設定を手動に切り替えた。潜るのに起動されても困る。男はそれを見ながら戸惑ったような声を上げた。

 

「そういう意味じゃねぇ。あんたらが大丈夫なのか?」

「大丈夫です。こういうときのための訓練は積んでます」

「……嬢ちゃん達何者だ?」

 

 明乃は橋の縁に立って下を見てから、振り返り、笑った。

 

 

 

「ブルーマーメイドです!」

 

 

 

 そう言って明乃は飛び込んだ。大きく水柱が立つ。衝撃は思ったよりも強くない。海は濁りが強いが何とか見える。一度頭を上げて息継ぎをして底を目指して泳ぐ。暗い海の中でも車は良く見えた。中の人が動いているのを確認して一度浮上した。

 

「艦長!」

「要救助者は車の中でパニックになってるし、ドアは多分水圧で開かない。空気が完全に抜けてから窓を割って救助する。しろちゃんも潜れる? 子どももいるし水没しきってからの2分で助けないと危ない」

 

 そう言われましろも海に入る。不純物がいっぱい詰まった海水の匂いが鼻をつくが気にしている余裕はない。ペンライトを明乃から受け取って、口を開く。

 

「私達で助けないと、ですね」

 

 明乃が頷いた。浮き上がる泡が少なくなってきたのを認めて、コール。

 

「……3、2、1」

 

 ゼロのカウントはなかった。二人同時に水底目指して潜る。助手席側の窓に取り付いた明乃の手元を照らすようにましろがペンライトを灯す。助手席に座った男の子が酸素を求めて足掻いているのが見える。

 

 明乃がハンマーを叩きつける。過たずドアロックの上を叩いて窓を壊すと、手を突っ込んでロックを解除。ドアを手前に引き上げる。シートベルトをハンマーの柄に付いたシートベルトカッターで切る。

 

 明乃が目配せ。二人で協力して子どもを車から引き抜くように外に出す。子どもの足が車から引きだされると間髪入れずに明乃が車の奥に上半身を突っ込んだ。運転手のシートベルトを切り裂いて引っ張り出す。

 

 要救助者を抱えてライフベストを起動。炭酸ガスで一気に膨らんだ救命胴衣が海面に一気に体を押し上げていく。

 

「―――――ぷはっ!」

 

 先に海面に上がったのはましろだ。子どもが咳き込んで飲みこんだ水を吐きだしている。

 

「もう大丈夫。怖かったね。大丈夫だから」

 

 子どもが落ちないようにしっかりと抱きかかえてましろは海面を見回した。すぐに明乃が浮いてくる。

 

「ぷはっ! 大丈夫ですか!?」

 

 母親の方も咳き込んでいる。とりあえず呼吸があるのを確認して、明乃は安堵した。

 

「とりあえずスキッパーに乗ってください。すぐに救急車が来ると思いますので」

 

 こくこくと頷く母親をスキッパーに掴まらせ、明乃とましろで子どもから先にスキッパーに引き上げた。続いて母親も乗せて、とりあえず一息。

 

「……はー、なんとかなったー」

 

 乗員2名までの小型スキッパーのため、スキッパーの縁に掴まって明乃がそう言った。その横に並んで捕まって、ましろが口を開いた。

 

「……お手柄です、ミケ艦長」

「ありがと……って、いまミケって呼んだ?」

「何ですか艦長」

「今絶対ミケってよんだよね!?」

「さぁ、なんのことでしょう」

「絶対言ったー! ほらもう一度!」

「 絶 対 イ ヤ で す 」

「なんでー!」

 

 姦しいやり取りが始まってしまい、そのこと自体に明乃は笑ってしまった。そうして空を見上げる。橋の上の人込みが明乃たちに手を振っていた。明乃はそれに振り返そうと手を上げようとして顔をしかめた。よく見れば左腕をガラスか何かで切ったらしい切り傷があった。止むをえず小さく振り返すだけにした。

 

「……とりあえず病院ですね」

 

 スキッパーの上の要救助者に聞こえないように小声でそう言ったましろに、明乃は苦笑いを返した。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

 明乃の怪我の治療の後、正式なブルーマーメイド隊員から無茶しすぎだとこっぴどく叱られ、救助した親子からそれはもう感謝されまくり、頭を上げてもらうことに苦心するという事態が発生したが、なんとか7時前には学校に戻れそうだった。

 

「……クシュン!」

「帰ったら風呂に入らないとですね」

「うん」

 

 ましろがハンドルを握るスキッパーはゆっくりと横須賀女子海洋学校目指して海を進む。明乃はましろの肩に手をそっと乗せてぼんやりと沈みそうな夕陽を見ていた。

 

「……ねぇ、しろちゃん」

「なんですか?」

「……ううん、なんでもない」

「なんなんですか、気になりますよ」

 

 そう言われるが、明乃は言葉にできずに黙り込んだ。スキッパーのエンジン音だけが響く。

 

「……あの時、何を言おうとしたの? ……もしよかったら、のあと」

「……もう、関係ないことです」

「そうなの?」

「そうです」

 

 また会話が途切れた。嫌な沈黙ではないが、すこし寂しい。

 

「……とんだ誕生日になってしまいましたね」

「まぁ、仕方がないかなぁ。こればっかりは。……あれ? しろちゃん、私の誕生日知ってたっけ?」

「納沙さんから聞きました」

「あー、そう言えば前聞かれたっけ……?」

 

 そう言って笑う明乃の声を背中越しに聞く。ましろはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「本当は……」

「うん?」

「本当は艦長に何か買おうと思ったんですが……結局……」

「……うん」

 

 それ以上はましろは声を紡げない。背中にトンとあたたかな重みがかかった。

 

「ありがとね、しろちゃん」

「え?」

「なんて言ったらいいのかな……少し、お母さんとお父さんを思い出した」

 

 そう言われ、息を飲みそうになるましろ。明乃の過去は前話してくれていたから知っている。

 

「……施設に入った時から、私はどちらかと言えばお姉さんのほうだったから、皆のお姉さんじゃないといけなかったんだ」

 

 そう言った声はどこまでも穏やかで、悔やんでいる色は全くない。だが、それが痛々しくて仕方がない。それでも、そういうことはきっと彼女に失礼だ。

 

「だからね、うれしかったよ。しろちゃんが出かけようって言ってくれて。連れ出してくれて」

 

 

――――ミケ艦長はきっと宗谷副長が思っているよりずっと普通の女の子ですよ

 

 

 頭の中を過るのは一週間前に幸子から聞いた言葉。あぁ、彼女の方がちゃんと見つめられていた。支えたいと言っておきながら、私はまだ艦長のことをまともに見れていないじゃないか。

 

「まだ、まだまだ頼れないダメダメな艦長だけど、しろちゃんは私のそばにいてくれる? ……私のこと信じてくれる?」

 

 反省の念に駆られていたが、そう言われて――――その思いが消えるほどに、瞬間的に頭に血が上った。

 

「……貴女が艦長だからついて行っていると思ってたんですか」

「しろちゃん……?」

「たしかに貴女は船を放り出して出ていってしまうし、リスクを考えずにさっさと動いてしまうし、缶の都合考えずに前進一杯の指示を連発するし! 上官らしさとか威厳とか皆無だし! 命令系統無視して指示出すし!」

「……しろちゃん? しろちゃーん……?」

 

 さすがにそこまで言われると……と呟く声が聞こえるが、ましろは無視。

 

「だけど、海の仲間は家族なんでしょう?」

 

 視界が歪んだ気がした。気のせいだと思うことにした。

 

「家族がどれだけダメダメでも、ダメだからって見捨てることはしないんじゃないんですか? 頼れる頼れないで切り捨てるようなもんじゃないでしょう、家族って! 海の仲間は家族って言って、艦長は私を部下としてしか信じてなかったんですかっ!」

 

 そう言って息を整える。息が上がっていた。

 

 

「……私は、艦長のこと、信頼してますよ。信じてますよ。傍にいたいですよ」

 

 

 背中側で息を飲む気配。すごく恥ずかしいことを口走った気がするが、いまさらもう止まれない。

 

「家族だっていうなら、頼ってください。甘えてください。どんなにみっともない艦長でも、わがままな艦長でも、私は見捨てたりしませんから」

 

 もうすぐ学校が見える位置まで戻ってきた。もう少しだけ学校が遠ければと思う。

 

「それに、岬艦長は絶対にダメダメなんかじゃない。それは私が知ってます。今日だって、二人助けた。そんなことが出来る人がダメダメなんかじゃ絶対ない」

「しろちゃん……」

 

 そう言われた直後、ましろの腰に手が回った。それにおどろいて一瞬だけスロットルを吹かしてしまう。

 

「い、いきなりどうしたんです!?」

「……ありがとう、しろちゃん」

 

 そう言った声が震えていて、それ以上何も言えなかった。

 

「……なら、一個だけ、わがまま言っていい?」

 

 どこか恥ずかしそうな、声。

 

「なんですか?」

「もう一度だけでいいから……私のこと、ミケって呼んで」

 

 スキッパーが水路を曲がり、学校が見えてくる、その島の反対側には皆の母艦が待っているはずだ。

 

「あ、あの、恥ずかしかったら無理しなくていいからね……?」

 

 どこか慌てたような明乃の声。

 

 

「――――そう呼んでほしいなら、いくらでも呼びますよ、ミケ艦長」

 

 

 そういうと、遅れて返事が返ってきた。それを聞いてましろは学校の桟橋へのアプローチのためにスロットルを緩める。

 

 

 

 

 

 

 今は無理だけれど、いつか「艦長」なしで呼べるだろうか。その時はもうすこしだけ、距離が近ければいいなと思った。

 

 

 

 






……いかがでしたでしょうか?
昨日の夜になって今日がミケ艦長誕生日だと知ったキュムラスなので慌てて突貫工事とあいなりました。その割には短編とはなんだったのかというまさかの1万字越え。いろいろ至らないところがあるかと思いますが、お楽しみいただけたなら幸いです。

ここではアニメで沈んでしまった晴風の代艦(?)として科戸風(しなとかぜ)という架空の陽炎型航洋艦をでっちあげていますが、晴風と同じように、大和型建造予算捻出のための隠れ蓑に使われた『幻の陽炎型』3隻のうちの一隻のイメージです。

話の進行を妨げないように割り込み投稿を掛けていますが、本編完結後はおそらく後ろに移行することになるかと思います。その時は何卒宜しくお願いいたします。また、時々このような形で特別短編を投下するかもしれませんが、その時はどうぞよろしくお願いいたします。

それでは次回もよろしくお願いいたします。
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